とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》 作:篠乃丸@綾香
ミツオとチハルはエル・アルコンの駆動音を聞きながら、イスラを離れてる。
索敵開始から一時間ほど、それまで二人とも無言のまま索敵に集中していた。
そんな時だ、彼らがその魚影を見つけたのは。
「ん……!?」
断片、あの白の海原の上に鳥のような群れが見えた……気がした。
「チハル、高度を上げて。あっちに何か見えた」
伝音管でチハルに情報を伝える。エル・アルコンの現在の高度3500メートルでは、見えかけた影より雲の方が高い。練習機でこれ以上の高度はなかなかきつい、仕方なくミツオはその方向へと双眼鏡を向ける。
だだっ広い聖泉は真っ白に光り輝く。あたりはダークブルーの空から朱色の空に代わり、日が沈みかけ間も無く夜になろうとしていた。
それでも、まだ視界は良好。なのに見えるはずのものが見えない。
「チハル、あっちに寄せてみて。気になるから」
「うん」
言われるままに、チハルはミツオのいう方向へとエル・アルコンを翻す。
途中の雲達に被さりながらも、二人はその方向をじっと監視する。
そして……
「あ!あそこっ!!」
チハルは声を出して左下方を指差した。
その先、高度三千メートルあたりにこれまでみたこともないような、巨大な蛾の群れがイスラへ向かって傲然と飛翔していた。
「な、なにあれ!?」
「大型爆撃機だ……にしても大きい!!」
ミツオは双眼鏡でその群れの概要を確認する。
彼のレンズの中を埋め尽くすようなほどの大きさと多さの爆撃機は、なぜか翼と胴体が一緒になっていてその境界線が曖昧だ。
その大きさは翼の上だけで野球ができそうなくらい翼面が広々として、機体の胴体と翼の端にハリネズミのような機銃が付いている。おそらく、下側にも機銃があるだろう。
それらが全部で24機、空賊の大型爆撃機編隊であった。
いや、それだけではない。
編隊の中央に、蛾のまゆのごとき、爆撃機よりもさらに巨大な葉巻型の船体を持つ浮遊物があった。
「空母まで……!」
ミツオの呻きに、チハルも応える。
「あれ、空母?あんなのみた事ないよ!?」
「僕も……上と下の甲板に挟まれた空間に、戦空機が詰まってるみたい……」
ミツオは双眼鏡でその空母をよく観察した。
普通空母は、格納庫に収容している飛空機をリフトを使って上甲板に上げて発艦させるのだが、あの空母は前と後ろの甲板だけが開けていて、他は上下の甲板に挟まれた構造になっている。どうやら、あの挟まれた真ん中の甲板で発艦を行うらしい。
あれでは、風の影響は受けなくても発艦が難しくなる。おそらく重鈍な機体は発艦できないであろう。
あのアイガイオンでも、甲板に挟まれているのはほんの一部分だけで、他はひらけたスペースになっている。
それを考えると、あの空母は異様だった。
「もしかしたら、単座戦空機専用の空母なのかも。あれじゃ、戦空機は飛び立てても、爆撃機や雷撃機は危なくて飛び立てないよ」
「じゃあ……大きい爆撃機を守るための、
「多分……でも、本当は爆撃機の護衛じゃなくて飛空艦隊の護衛用なのかもしれない……艦隊が相手の戦空機に襲われても味方を守れるから……」
「それを爆撃機にも使ってるんだ……なんか、すごいね。なんだっけ、あれ?戦いの考え方……」
「ドクトリン。……うん。空母の存在意義が直掩用だなんて……僕らの考えと全く違う」
「全然、蛮族に見えないよ……あたし達より進んでそう……」
チハルは不安そうに呟いた。
「チハル、雲を伝いにして艦隊と平行に飛んで。もっと観察したい」
「うん。頑張る」
チハルは雲を盾にして隠れ隠れしながら艦隊と平行になるように機体の向きを変え、旋回する。
平行になると、その様子がさらによく見える。超大型爆撃機と空母以外にも、複数の単座戦空機が周辺を飛んでいるのが見えた。
「前に来た機体と随分違うけど……」
「わざと古い機体を見せて、本当の部隊を送ってきた、とか……」
「うん……なんかこれ見てるとそう思えてくる……」
ミツオとチハルはそう分析した。
わざと古い機体を見せつけて「空賊とはこんなものか」と油断させる。そして、そのところに本命をねじ込んで一気に奇襲する。
理にかなっている作戦だ。空賊のイメージがますます蛮族からかけ離れて行く、それこそ僕たちより進んでいるのではと思うほどだ。
「……にしても、あの艦隊の形なんすかね?ちょっとずんぐりしてる……」
「うん、爆撃機なんか翼と胴体が一緒になってる……空母も葉巻みたいな装甲に包まれてて、全体的に垂直面が少ない……」
「偶然そうなったのかな?」
「うん、多分そう。飛空力学にも色々な形があるから……」
ミツオはそう言ってその時の疑問をそこに置いていった。たしかに、飛空力学には色々な形があるため、2つとして同じ飛空機は生まれにくい。時代が変わるにつれて飛空機は進化していくからだ。
しかし、彼らの機体達は単座の戦空機以外はほとんどが見慣れないずんぐりとした形をしている。おそらく偶然だろうが、あれで空気力学的に問題はないのかと気になる。
「?、そういえばここってアイガイオンの電探の範囲じゃなかったっけ?」
突然、チハルは思い出したようにミツオに聞いた。それは、彼女が今1番気がかりな案件であった。
「え?ああ、ちょっと待って今確認する」
ミツオはすぐさま地図を取り出し、機体の後席で広げてみる。アイガイオンが待機するといった空域を地図に鉛筆で記入。今いる自分たちの空域を計算で求めてそれも記入。
そして小さなコンパスでアイガイオンから一定の距離の円を描く。
ミツオとチハルの機体と空賊の艦隊は、アイガイオンの円のギリギリのところに収まった。
「うん、できた。電探の範囲内だったよ」
ミツオはチハルにその情報を伝えた。
「え?それじゃあアイガイオンから連絡がないのはなんで?何か新しい部隊が来たら連絡するって……」
今引いたのはアイガイオンの電探の探知範囲の図だ、自分たちはその円の中に入っている。それならば、何故彼らなんの連絡も来ないのだろうか?
このような奇襲に備えてアイガイオンは待機していたはず、ならば尚更不自然である。
「……多分だけど……気づいてないんじゃないかな?」
「え?どういう事っスか?」
「わからない、戦闘に夢中なのかそれともトラブルがあったのか……」
ミツオは悩んだまま声を漏らした。
「とにかく、イスラに向かっているのはたしかだから、連絡しないと。こんなのに爆撃されたら、イスラが火の海になっちゃう」
ミツオはそれに頷き、電信の文面を少し考えてから、送信機に連絡する。空中艦隊から支給された高精度の音声通信機があるが、イスラ司令部に直接届くほどの通信距離はない。
そのためこのトン・ツー通信を使って報告する。
<<1807、イスラ290度、240海里、敵超大型爆撃機24機、イスラ未来予測位置に向かってまっすぐ飛行中。
敵編隊は直掩空母一を配す。高度三千メートル、雲量5から6、雲高六千メートル、射程七千メートル……>>
とにかく正確に、かつ詳細に敵の模様と当該空域の状況を告げて打診する。
二人とも、これから自分たちが成さなければいけないことはわかっている。ミツオは伝音管を手に取り、全席へ声をかける。
「チハル、いいね?」
「うん。わかってる。大丈夫、できるよ」
「落下傘を背負っておいて。万が一があるから」
「うん……みっちゃんも」
「もちろん。大丈夫、すぐ味方が来るから」
「うん……がんばる。イスラのためだもんね」
チハルは決意を固めた表情でミツオに振り向いた。そうだ、覚悟はできてる。
大好きなイスラのために。
<<1809、これより接触を開始す>>
空賊主力部隊出現、その一報は空中艦隊旗艦アイガイオンにも届けられた。アイガイオンの高性能の電子機器は、イスラに向かって届けられたミツオたちの通信を拾った。
マカロフ大佐の予想は大当たりだった。
<<……後を任せてもよろしいのですか?>>
「ええ、足の速い我々ならイスラが火の海になる前に迎撃できます」
イスラ空挺騎士団司令部へ、マカロフ大佐は作戦を簡潔に述べる。
答えているのはルイス提督、偶然その場に居合わせたらしいが彼は軍務にも精通している人物だ。マカロフ大佐の作戦を理解してくれるだろう。
<<しかし、空中艦隊だけで迎撃を?イスラ主力部隊は本当に帰還させて良いのか?>>
「有事の備えです、空賊の構えはこれだけではないはず」
<<……つまり、第三次攻撃があると>>
「ええ、イスラ主力部隊を2度も釣り上げ、本当に手薄になったところに攻め込む。確信はありませんが、もしそうなった場合の備えは必要です」
<<そのために空挺騎士団はイスラに帰投させて待機させる……か、なるほど、わかった。騎士団にそう伝える。よろしく頼んだ>>
「ええ、分かりました。必ずや成功させてみましょう」
通信の向こうでルイス提督に頼りになる声で呼応するマカロフ。空賊達の奇襲がこれで終わるとは到底思えない、ならば空挺騎士団は帰還させてイスラを守り、手薄な直掩を補わなければいけない。
「ついに来たか……」
マカロフ大佐はそう呟いた。
「機長、しかしどうやって200海里先の敵編隊を攻撃するのでしょうか?シュトリゴン隊は先ほどの戦闘で携行したミサイルを使い果たしており、燃料もアイガイオンに戻って補給しなければなりません」
「そこに関しては問題ない、アイガイオンはー
ーニンバスを使うぞ」
「!?、ニンバスをですか!?」
「ああ、これは時間との勝負だ。奴らを素早く殲滅するにはこれしかない」
ニンバス、それはアイガイオンが装備している特殊巡航ミサイルである。アイガイオンのロングレンジ攻撃の要を作っている決戦兵器であった。
前の世界でも、E・E戦争にてエメリヤ空軍に対して猛威を振るい、エストバキアを有利に進めたほどの対空制圧力のある兵器である。
それを使えば空賊の大型爆撃機艦隊をも殲滅することができるであろう。
「ここで使うのですね……あれは彼らにも秘匿している兵器ですが……」
「問題ない、どうせ隠してもいつかは使わなければいけないからな」
現在、ニンバスはアイガイオンの上部に数回斉射分が装備されている。ニンバスの残弾は少ない上、異世界にいる状況では補給もできない。それでも使うべき時に使うべきであろう。
「しかし司令、今の状況でニンバスは……」
「ああ……」
マカロフはそう言ってレーダー士官に振り向く。
「まだレーダーに機影は映らないか?」
「ダメです、何度も出力を調整していますが探知できません」
そう、彼らはなぜか空賊の大型爆撃機艦隊を捕捉することができていなかったのだ。これではニンバスの直接照準も使い物にならない、そもそも使えない。
「探知範囲ギリギリとはいえ、さっきまで空賊艦隊を捕捉できていたレーダーに故障があるとは思えません。何が原因なのでしょうか……このままではニンバスの照準もつけられません」
「ああ、いち早く原因を突き止めなければな」
アイガイオンのレーダーに故障があるとは思えない。ならば原因は何か?周りが雲にでも覆われているのだろうか?一体何が原因なのかわからない、これではニンバスの照準もつけられなかった。
「司令……レーダーに映らないとなると、まさかステルス技術の類では……」
「まさか!この世界でその技術はあり得ないはずだ……!」
レオナード少佐の突拍子のない憶測を、マカロフ大佐は切り捨てた。
この世界では戦闘機や爆撃機の発動機はプロペラが主流の時代。そんな時代にステルス技術は発明されていない。
そもそもレーダーというもの自体がこのころに産まれたばっかりであった。技術の発展には時間がかかる。空賊がわざと古い機体を出してきて、新しい機体で教習をかけてきたとしても、それは良くて単発単座のレシプロ戦闘機くらいであろう。
「いえ、司令。その技術がなくとも偶然ということがあります」
「?、どういうことだね?」
その思考に意見具申したのは戦術科のヴィクトル中尉だった。
「こちらの機体をみてください」
「?、これは……全翼の爆撃機?」
マカロフ大佐はヴィクトル中尉が手に持ったタブレットの画像をまじまじと見る。
ずんぐりとした機体形状、翼の後部から伸びた4枚のプロペラ、そして一番の特徴は胴体と翼の境目がないその翼形状だった。
「ええ、これはYB-35フライング・ウィングという当時のオーシアで開発された試作爆撃機です」
「B2のような見た目をしていますね」
「ええ、この機体はB2と同じくステルス形状をしています。
この機体が生まれたのは1946年、その当時はステルス技術などは産まれていませんでしたし、機体もプロペラ機でした。が、この機体全翼機の形状はレーダーに映りにくいという擬似的なステルス機になりました。
この機体のステルス技術はのちにB2の原型となっています」
「なるほど……それならレーダーに映らないのも頷ける……」
「おそらく。そして、空母も垂直面が少ないステルス形状をしているのかもしれません。報告では丸い円筒状の船体をしているとのことです」
たしかに偶然ならこの機体のように、プロペラ機時代でも擬似的なステルス機が作られる可能性はある。それに、報告では爆撃機は全翼の機体だという。それがこのステルス説を裏付けた。
「まさか偶然とはいえステルス機が現れるとは……」
しかし、レーダーに映らないとなれば彼らをどうやって殲滅するのか、それが問われる。
「仕方ない。こうなったら無人偵察機を使って当該空域に向かい、直接誘導するしか方法はないな……」
「しかし、無人機の速度では到達する時には爆撃機艦隊はイスラ上空に迫っています。そんなところでニンバスを使えば……」
「……せめてレーダーに映ればな」
マカロフ大佐は悔しそうに呟いた。
「今……今すぐにこれを叩かなければ接触している学生たちが危ない……彼らを死なせるわけには……」
マカロフ大佐には焦りが見えてくる。先ほど聞いたが、この情報をもたらしてくれたのは他でもないセンデジュアル組のミツオ・チハル機である。
そのため彼らに思い入れのあるマカロフにとって、彼らが危険な接触任務についていることが心配でならなかった。
なんとしても彼らを助けたい、死なせるわけにはいかない。
「司令、シュトリゴン隊が帰投。着艦体制に入ります」
ヴィクトル中尉がマカロフに報告した。空賊の囮艦隊を一気に殲滅したシュトリゴン隊は、燃料と弾薬の補給のためアイガイオンに着艦し、補給をする。
しかし、彼らも空賊本体への攻撃には参加できないだろう。燃料と弾薬の補給に時間をかけてはイスラが火の海になる可能性もある。
だが、一人だけそれが可能な人物がいた。
「!?、そうだ彼に頼めばいい」
「え?司令?」
そう言ってマカロフ大佐は通信マイクをとった。送信先はロレンズ・リーデルである。
空賊主力部隊出現、ミツオ・チハル機が接触に入ったというその一報はエスコリアル飛空場にも届けられた。
待機してきた生徒たちにどよめきが走る。興奮するもの、喜ぶもの、自分が発見できなかったことを悔しがるもの、様々だった。
だがここにそれらの反応とは違う、チハルとミツオを心配するものがここにいた。
「ど、どうしよう……無理だよミツオに接触なんてできないって」
「ペアとしての成績は優秀だけれど……二人共まだ見習い飛空士なんだから、無理してはいけないわね」
「ち、中止するように頼めないかな〜?学生には無理だよ、正規兵に代わってもらわないと……」
「接触は単機行動が前提です、複数機で行うと発見される確率が高くなり、情報も錯綜してしまいますから。とはいえ、この場合は速やかに正規兵と交代するべきかと」
「もう余っている飛空機がイスラにはないのよ。空中艦隊の人たちがなんとかしてくれるみたいだけど、早くしないと……」
索敵順を待っていたシャロン、ベンジャミン、ノリアキ、ナナコは不安そうな顔を見合わせて、ただオロオロするしかなかった。
「やだよ……おれ、ミツオにひどいこと言ったまんまだよ。絶対、帰ってこないと嫌だよ」
ノリアキは珍しく鼻水を啜りながら枯れた声を出す。
彼は出撃する前に行ってしまった失言を随分と後悔していた。ミツオにひどいことを言ってしまったまま、謝ることもできずにお別れになるかもしれない。
それが彼を不安にさせていた。
「先生に頼んでみようよ、ね?先生ならなんとかしてくれるかも」
ナナコがオロオロしながら、ソニアとバンデラス先生を探し回り始めた。が、先ほどまで待機所内め学生の様子を見ていたはずだが、なぜか今は二人ともいない。
<<ロレンズ君、では改めて作戦の概要を説明する>>
ロレンズはマカロフ大佐の言葉に耳を傾ける。ロレンズはフランカーに乗りながらコックピットで緊急ブリーフィングの内容を聞いていた。
<<空賊軍の爆撃機艦隊を確認したと、索敵を行なっていた学生隊から報告が入った。陽動で手薄になったところを強襲する作戦らしい。
敵は爆撃機24、直掩の
ロレンズのHUDに明るい図形たちが現れ、戦域マップが表示される。奴らの艦隊はイスラ左前方からまっすぐ向かっており、未来予測位置からしてイスラと接触するのも時間の問題だった。
<<敵編隊を捉えることができない以上、ニンバスの誘導には直接目で確認する必要がある。しかし、無人機では艦隊に到達するよりイスラが爆撃されるのが早い>>
そうなれば、イスラは火の海になってしまう。ロレンズも、ここにいる皆も、それだけは絶対に許せないだろう。
<<そのため、足の速い誘導手段が必要だ。そして、君の機体には偵察ポットが備え付けられている。
データはアイガイオンまで送信可能で、ニンバスの誘導も可能だ。よってこれを用い、ニンバスの誘導を実行せよ>>
たしかに、理にかなった作戦だ。偶然ロレンズの機体には偵察ポットが装着されており、それを使えばニンバスの誘導をすることができる。フランカーのマッハ2にもなる最高時速をもってすれば、空賊艦隊にだって素早く接触できる。
そして、きわめつけは彼の機体には増槽タンクも備え付けられていた。つまり、彼の機体はまだ燃料が十二分に残っているのだ。
<<なお、敵編隊は現在ミツオ・チハル機が接触を行なっており、非常に危険な状況だ。彼らも必ず生還させるんだ>>
それを聞いてロレンズは操縦桿を握りしめる。ミツオとチハルはセンデジュアル組の生徒。ロレンズにとっては深い関わりのある子だった。
そんな子たちが今危険な接触任務をこなしている。彼らを死なせない、ロレンズにはその想いだけがあった。
「了解です、必ず成功させます!!」
マカロフ大佐のブリーフィングが終わると、ロレンズはフランカーをアイガイオンの前に出し、翼を左右に振るう。
それにマカロフ大佐は敬礼で応えると、ロレンズ機は一気に加速して機体を翻して遥か彼方へ飛んで行った。ロレンズはフランカーで真っ直ぐ空賊達の下へと向かって行く。
この作戦が失敗すれば、イスラが火の海になってしまう。そんなことは絶対にさせない。
「え?ロレンズさんが?」
<<ああそうだ。彼が接触機となり君と交代する。そのあと、彼を誘導に従ってロングレンジ攻撃を実行する事になった>>
ロングレンジ攻撃、その言葉にミツオは一瞬聞き間違えたかと思った。
ミツオたちはマカロフ大佐からロレンズ機を応援に回してくれることを知らされ、空賊艦隊の殲滅作戦を説明された。
アイガイオンは確か何百海里も先の空域に留まっている筈だ。それなのに、ここまで届く兵器を持ち合わせている?話を聞けば彼らは本気であることがわかった。
「わ、分かりました。到着次第、接触を交代します」
ミツオは疑問を残しながらも、それを了承した。
「?」
ふと、通信機をしまおうとしていたミツオが右側のエンジンのカウルフラップから発動機の中の灯火が漏れ出しているのに気づいた。
「チハル、発動機の出力を下げて。光が漏れてる」
「うん」
チハルは言われた通り、すぐに発動機の出力を下げる。光は、だんだんと弱まり同時にプロペラの回転も少し弱まって行く。
もし、ここで見つかってしまえばロレンズさんが来る前に作戦が全て総崩れになってしまう。それだけはさせなかった。
そして、そのまま暫くがたった。が、気の遠くなるような長さではなかったことをよく覚えている。
遠くから、空気を切り裂くような轟音が響いてきた。ミツオ達にはそれがジェットエンジンであることを知っている。
「来た!ロレンズさんだ!!」
「え、もう?速すぎだよ!」
喜び、それよりも驚きの方が勝っていた。
上方、はるかかなたの方向にロレンズのフランカーの巨大な機影が夜空の陰に映っていた。ジェットエンジンの音もあそこから響いている。
「ミツオ君、チハル君、二人とも無事か?」
通信機からロレンズの優しげな声が響いてきた。まるでここまでやってくるのを待ちわびていたかのような清々しい声であった。
「は、はい!大丈夫です!」
「よし、あとは私に任せてくれ!」
そう言ってロレンズはフランカーの増槽タンクをパージ。高度を6000メートルから一気に降下、敵艦隊に向かって突撃して行く。
ロレンズは敵の空母艦隊を見渡す。敵の爆撃機は全翼機、B2スピリットと同じく蛾の様な機体でプロペラ型のB2といった感じだ。そして空母の方も、丸い円筒状の形をしており、中を繰り抜く様に飛行甲板が立っている。
どれも垂直面が少ない、通りでアイガイオンが探知できないわけである。実際、ロレンズのレーダーにも、爆撃機達は小さな点にしか映らなかった。
「シュトリゴン0、エンゲージ」
そう言ってロレンズは敵の空母に狙いを定める。四角いコンテナは後ろの揚力装置の排熱を探知し、そこにロックをかける。
なにも、これで全てを殲滅するわけではない。フランカーに残された武装は両翼のサイドワインダー6発、これだけではいくらミサイルといえど、敵艦隊を殲滅することはできない。
狙いは陽動、ミサイルを撃ってわざとこちらに注意を引きつけ、ミツオ達から目をそらす作戦だ。
「シュトリゴン0、FOX2!」
そして、ロレンズは槍を放った。
放たれた2つのサイドワインダーは狙い通りに空母に殺到、円筒の後方から伸びていた4つの揚力装置のうち2つを破壊する。
<<うわっ!な、なんだ!!>>
<<敵襲です!敵機、艦隊上方!>>
<<何!?なぜ今まで気づかなかった!!>>
<<司令!揚力装置が2基被弾、速力が落ちます!!>>
<<立て直せ!戦空機隊、発艦準備!直掩機隊は敵機を排除せよ!!>>
空賊達が一斉にロレンズに気付き始める。直掩らしき戦空機隊達がロレンズめがけて殺到して行く。ロレンズはそんなことも気にせずに、ふわりとエンジンの出力を上げて上昇して行く。
ロレンズは周りを見渡して、近くの大きめの雲の中へ突入する。一度冷たい雲に入れば、上下感覚を失うかの様な真っ白な空間に入る。キャノピーに水滴がつき、そしてしたたれる。
<<奴め、雲に隠れたぞ!>>
<<囲め!どこから出てきても狙い撃ちにしてやる!!>>
どうやら敵はロレンズが入った雲を取り囲んで這い出てくるのを今か今かと待っている。雲の中は視界がない。そのため雲がどこまで続いているのか?そもそも機体がどの向きを向いているのかわからなくなる。
その点、外側から雲の様子を見ることができる雲の外の方が、今回は有利だった。
が、今回は違った。
刹那、厚めの雲の上が膨らんだと思うと、雲を突き破るかの様にロレンズのフランカーが飛び出してきた。
<<な!?上だと!?>>
空賊はいきなりの出来事にあっけにとられた。上昇は大変なエネルギーを使う、そのため彼らは上から出てくることはないだろうと考えていた。
雲を突き破って飛び出すフランカー、空母や爆撃機達の探知灯に照らされその概要は美しく光った。
<<血塗りの……戦空機……>>
誰かがそう言った。
ロレンズはそんなこと御構い無しにフランカーを急上昇させる。当然、後ろから空賊機達が一心不乱に追いかけてくる。
が、推力が違った。
<<くそっ!なんなんだあの機体は……!>>
<<早すぎる!追いつけない!!>>
<<ダメだ……揚力がもたない……!>>
ジェットエンジンとレシプロエンジンでは、出力に雲泥の差があった。彼らはただ上昇して行くだけではすぐに失速してしまい、高度を取れなくなる。そのうちに機体がきりもみして行き、聖泉へと朽ちて行く。
「すごい……」
今度呟いたのはミツオだった。
あの、あまりにも速い速力とあの上昇力、それもまさか一気に高度8000メートルほどのところまでわずか数秒で登りつめたのだ。
「よし、ここからなら艦隊を確認できる!!」
ロレンズの作戦は今のところ大成功だった。
空賊の注意はロレンズに向かい、ミツオ達のことはまだ発見できていない。
<<くっ!これ以上は届かん!>>
空賊機はこれ以上の高度へ上がってこれず、機銃達はフランカーに届かずに無念に空を切っていた。
<<なんなんだあの機体は!?プロペラもなければ高度限界もない!あの血塗りは一体どこの機体なんだ!>>
<<くそっ!対空機銃、奴を撃ち落とせ!!>>
途端、空母や爆撃機たちのありとあらゆる機銃が真上を飛ぶロレンズのフランカーを狙い始めた。
凄まじいほどの対空弾幕が空の一角に噴出し、全ての機銃達が夜空の一点を目指して集中砲火を浴びせ始める。
傍から見れば、その軌跡はとても美しく見えるだろう。
狙われたロレンズは回避軌道を取りながらも、機体を水平に保ちつつカメラを起動。その腹に空賊の爆撃機達を捉えてニンバスの誘導を開始する。
今夜は月が出ていない真っ暗闇だ。そのため、暗視カメラをオンにする。カメラが機影達を凝視するかの様に視界に捉える。暗視カメラスコープは小さな一点、同じスコープ内に赤外線カメラが内蔵している。普通のカメラは隣のスコープに付けられている。
本来ならば偵察用だが、アイガイオンにその座標データを送るために送信モードにした。これならば、機銃をかいくぐりながらニンバスの誘導ができる。
が……その時だった。
ガツン!!!
「!?」
突然、ロレンズの機体に金属音が走る。どうやら偶然にも1発だけ当たってしまった様だった。これだけならば大した被害にはならない、そう思って機体の状況を確認するが……
「っ!?映像が切れた!?」
ロレンズはいきなり毒づいた。
多目的ディスプレイの暗視カメラがいきなりブラックアウト、急いで赤外線カメラに切り替えるが……
「!?、両方とも故障か!」
ロレンズは機体の状況がわかった、先ほどの被弾の被害は最悪だった。
多目的カメラのレンズに機銃弾1発が命中。そして同じスコープにあった暗視カメラと赤外線カメラが故障。
先ほどの機銃弾で両方のカメラが喪失し、使えるのは通常のカメラのみとなってしまった。
「ロレンズさん!」
「ロレンズさん、どうしました!?」
ミツオとチハルが心配そうにロレンズに通信で声をかけた。幸いにも、彼らはまだ見つかっていない。
「ダメだ!誘導装置の一部が故障した、暗闇だと誘導できない!灯が必要だ!」
今の状況は最悪だ。ロレンズ機の偵察ポットの通常カメラでは、この暗すぎる夜では敵艦隊を捉えることができない。
解決策を模索するしかなかった。
が……
「!?……なら、僕たちが照明弾を撃ちます!」
突然、ミツオが解決策を持ち出してきた。それはあまりにも危険すぎる賭けであった。
「ダメだ危険だ!撃ったら君たちまで発見てしまう!私だけで解決策を見出す、君たちは今すぐ逃げ……」
「照明弾を持っているのは僕たちだけです!今やらないとイスラが火の海になります、それだけは嫌です!!」
ロレンズはフランカーを操りながら考える。照明弾を撃てば空賊たちの艦隊を捉えることができるであろう。
空賊の注意はこちらに引きつけており、ミツオたちはまだ見つかってはいない。だが、照明弾を撃てば彼らも追いかけられることになる。
「だが……」
「大丈夫です、1発目を撃ち込んだら逃げに徹します」
彼らは決意を固めていた。
「……5分だ、5分以内に全てを終わらせるぞ!!」
時間はあまりにも短かった。
「了解です!チハル、行こう!!」
「うん!」
その決意を聞いたロレンズはすぐさまマカロフ大佐に通信を掛ける。ニンバスの発射要請だった。
「こちらブーメラン、今から指定座標を送る!ニンバスを発射してくれ!」
<<待てロレンズ君、まだ誘導されていない!これでは効果的な殲滅は……>>
「ギリギリまで制空戦闘をする必要が出てきました!そこからではニンバス到達までは300秒はかかります!先に発射してから隙を見て誘導させます!!」
<<……わかった、君のいる座標にニンバスを発射する!後の誘導は頼んだぞ!!>>
「了解です!!」
ロレンズは機体を翻し、降下する。
制空戦闘に入り、なるべくミツオたちから注意を引きつける構えだ。
<<血塗りが降りてきたぞ!>>
<<今だ!直掩隊は奴を排除しろ!!>>
同時に敵機がほぼ正面から舞い上がってきた。先に降下してから位置エネルギーを稼ぎ、攻撃を仕掛けてくる。反航戦だ、これは首尾線方向に機銃が付いているあちらの方が有利だろう。
だが、ロレンズはフランカーの武装から残りのサイドワインダーを選択。目標のコンテナをロックして発射。そしてHUDを素早く操作して今度は別の目標にロック、続けて1発を発射をする。
「FOX2!!」
計2発、それらが発射されると迷うことなく空賊機に殺到して行き、近接信管で届く直前で破裂する。
ロレンズの機体に対して機銃を撃つことなくそれらは聖泉へ沈んでいった。
<<ブースター点火、座標指定よし!>>
アイガイオンがニンバスの発射シークエンスを始める。
<<ニンバス
ニンバスは放たれた。
「
「はい!!」
彼らの奮戦の火蓋が切って落とされた。
用語解説のコーナー
《ニンバス》
アイガイオンの機体前方上部に8基ある専用のVLSから発射される、大型の長距離巡航ミサイル。対地・対空を問わない広域制圧を主任務としており、着弾地点に巨大な火球を発生させる特殊弾頭を搭載している。アイガイオンのレーダーの範囲外の場合、マーカードローンなどの観測機を必要とする。
ちなみにニンバスとは、天使や聖人の天使の輪を意味する言葉。
次回は後編です、明日には投稿されていると思います。