とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》   作:篠乃丸@綾香

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ヒーローは遅れてやって来るものです。


第25話〜ヒーローは遅れてやって来る〜

 

 

「イスラとの距離10海里を切りました!」

 

「機関室なおも全速航行中です!」

 

 

アイガイオンの機内。

夜間でも比較的明るいLED照明の下、マカロフ大佐たちは全速航行をアイガイオンに要求している。

 

アフターバーナーが出るのではというほどの勢いで飛び出していく空気たち。吸い込み口のエアインテークは赤く光り、機関室のジェットエンジンは全速航行の振動でガタガタと揺れている。その振動は翼から離れたコックピットの中からでも伝わってくる。

 

 

「レーダーでイスラと敵の浮島は捕らえられるか?」

 

「ダメです。レーダー撹乱の影響で敵味方の識別不能です!」

 

 

マカロフ大佐は疼いた。イスラが攻撃を受けているにもかかわらず、駆けつけられないことがもどかしく感じられたからだ。

 

発端はつい先ほどの事。空賊爆撃機艦隊をニンバスで殲滅、空母を含む24機の爆撃機を殲滅するという大戦果を上げた直後のことだ。突然にもイスラの東側と南側に同規模の浮島が飛び出してきたのをレーダーが確認した。先ほどまで探知できなかったことを見ると、どうやら聖泉の内部に隠れていたようである。

 

聖泉は海水から吹き上げる噴水だ。レーダー波は水の水滴に弾かれて届きやしない。さらに奇襲時にはチャフがばらまかれてレーダーを撹乱している。これではレーダーは使い物にならない。さらに言えば、レーダーが使えないということはミサイルの誘導もできない。味方を誤射するかもしれない状況ではアイガイオンはそのロングレンジ攻撃能力を完全に失っていた。

 

完全なる奇襲であった。イスラは戦力に余裕ができたことにより善戦はしているだろうが、おそらく長くは持たないだろう。ならば、我々が早急に駆けつける必要がある。

 

しかし、アイガイオンの体力はあまり持たない。

 

 

「レオナード中佐、燃料はあとどれくらいだ?」

 

「……残り6時間分です、おそらく戦闘終了までは持つでしょう」

 

 

そう、アイガイオンを含め空中艦隊は燃料で空を飛ぶ兵器だ。この世界に来てから約三日、その間にどんどん燃料は消費されて空になり始めている。現在、アイガイオンは持てる力の全てを振り絞って航行している。

 

 

「そうか……これがアイガイオンの最後の任務になるわけだな……」

 

 

結局、最後の最後まで燃料問題は解決しなかった。イスラからあるだけ集めた化石燃料で補給を受け、ある程度は燃料残量を延長させたがやはり限界というものはある。

 

アイガイオンは燃料がなくなれば飛べなくなる。その前に、せめてものこと今いる空賊たちだけでも片付けてイスラを救いたい。

 

 

<<最後だなんてとんでもありませんよ、大佐>>

 

「!?」

 

 

その時突然、アイガイオンの通信に割り込むかのように声が轟いた。マカロフ大佐は目を見開く。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

「司令、アイガイオンの6時方向に新たな機影を探知しました!これは……空中給油機かと思われます!」

 

「なんだと!?」

 

 

声の主は、おそらくそこから通信をしてきているのだろう。大出力の通信機を備えていることがうかがえる。なぜなら機影はレーダーの探知範囲ギリギリのところに位置しているからだった。

 

 

<<お久しぶりです、マカロフ大佐──

 

 

 

 

 

 

 

──アイガイオンへの夕食(ディナー)はいかがでしょうか?>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イスラ

ヴァン・ヴァンビール地区

 

ガシャン!とネックレスの落ちることが殺風景な部屋に轟いた。メイドたちは一様に怯えた表情で口を塞いで窓の外を見ている。

 

外を見れば、火山の噴火のような爆煙がドカドカとヴァン・ヴァンビールの街を荒らしている。今まで暮らしていた街たちが炎に包まれる。家も、家屋も屋敷も、バラバラに砕け散る。

 

空を見上げればサーチライトが夜空に照らされ、空には火蛇のような空戦の模様が空を切り裂いている。

 

空戦が巻き起こっている。

 

この5ヶ月間、いつものように暮らしていた街たちが崩れ去っていくのを、クレアはその様子を黙って見ているしかなかった。

 

ウリシラ夫人に連れられ、中央宿舎の屋敷まで避難してきたクレア達。安全だと言われていたこの場所にも、すでに炎の魔の手が迫ってきていた。

 

その時、慌ただしいノックと共に空挺騎士団員がドアの前で避難を促してきた。ドアを開け、ウリシラ夫人が騎士団と対応する。

 

 

「状況は?」

 

「敵勢力はすでに内陸近くまで進行しています。さらに、第二波がセンデジュアルに向かっているとの報告も……」

 

「……!」

 

 

その報告はクレアにとって聞き捨てならないものであった。大事なセンデジュアルの街が、攻撃を受けている……居ても立っても居られず、クレアは走り出した。開いた扉の隙間から、夫人が押さえつける間も無く飛び出していった。

 

理性で押さえつけるまもない。もはや体が命じるままのようなそんな感覚で飛び出していった。向かう先は、言わずともがな。

 

 

「連れ戻します」

 

 

騎士団員の隣にいた1人の青年がウリシラ夫人に頷きかける。そのまま走り去っていく後ろ姿、青年は白い銀髪を携え、近衛騎士団の制服を身に纏ったイグナシオであった。

 

 

「第一班、遅れるな!第二、第三班はバリゲートの構築急げ!」

 

 

中央宿舎の正面玄関。正規兵達の命令声を尻目に、クレアは近くの軍用車に飛び乗った。運転席につきエンジンキーを回す。

 

 

 

回す。

 

 

 

回す……

 

 

 

 

無情にも、軍用車のエンジンは未だにかからない。かかりそうでかからない焦れったい状態、エンジンの回転がかかったと思ったらまたすぐに回転音が下がっていく。まるで、行くなと言っているかのようでクレアに苛立ちが募り始める。

 

 

「やるべきことが違う、お前が行ってどうなる?」

 

 

不意に声がかかった。

振り返ると、何かしらの私物が入ったアタッシュケースを抱えたイグナシオがあきれた目でこちらを見据えていた。

 

センデジュアルの街に火の手が上がろうとしている。それなのに、この青年はまったくもって顔色を変えようとしない。それどころか、済ました顔をしている。同じセンデジュアル組なのに、仲間のことなどどうでもいいと言っているかのようでクレアは苛立った。

 

 

「貴方は!どうしてそんなに冷静でいられるんですか!」

 

 

答えない。

 

彼はぶっきらぼうな事は出会った時から知っている。自分の護衛として選ばれた時から、自分とは話が合わない事も。

そんなことを知っているため、行き場のない怒りをぶつければクレアは軍用車のエンジンキーをまた回す。

 

 

「……そいつはコツがいる」

 

 

とイグナシオから不意に答えが返ってきた。

え?という間も無く運転席を変わられた。イグナシオはエンジンキーを回すと同時に軽くアクセルを踏んだ。

すると、先ほどまでうんともすんとも言わなかった軍用車のエンジンに灯火が灯る。

 

 

「できるだけ早く戻るぞ」

 

「…………」

 

そう言ってイグナシオは車を走らせる。まるで、手慣れているかのような満点の運転であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、エスコリアル飛空場でも、イスラ前部で開かれた戦端を視認できた。

彼方、ゴリオン砲台付近の空域が炸裂弾の影響で真紅に爛れている。遠くから伝うプロペラの音が鳴りやまない。

 

ノリアキ、ベンジャミン、ナナコ、シャロンの四人は対空砲座の付近にある塹壕へ向かって全速で駆けていた。

 

 

「俺たちが守る場所ってあれか!」

 

「怖いよ〜!戦いたくない〜!」

 

 

情けない声を上げながらも付いていくナナコ。四人全員が空中艦隊の自動小銃を腕に抱えながら薄暗い泥まみれの塹壕の中へと入っていった。

 

足がガクガクと震えながらも、彼らは「エスコリアル飛空場を守れ」という正規兵たちからの命令のままに守備を整える。

 

 

<<降下地点上空だ!行け行け!>>

 

<<降下!降下!!>>

 

 

その時、花火散るセンデジュアル上空で立て続けに爆発が起こる。空中に広がっていく炎が滑空する敵空中艦艇群を照らし出していた。対空砲火など御構い無しに14艘が強引に突っ込んで来る。

 

あの敵の狙いは──

 

 

「あ!」

 

 

ずんぐりとしたフグみたいな飛空艇が一艘、燃え盛りながら墜落寸前に落ちていった。その中から、地上めがけて何がぱらぱらと落ちていっている。

 

こぼれ落ちた何かは滑空しながらいきなりぱっとクラゲみたいな姿になって、ゆらゆらしながらイスラ地表面を目指して降下していく。

 

 

「落下傘部隊!」

 

 

思わず叫ぶ。これは予め予測されていた事態ではある。『沈没』がありえない空飛ぶ要塞イスラは『占拠』されることが敗北なのだ。だから敵は、このタイミングで強襲上陸を狙っていた。

 

 

「撃って!みんな、あの落下傘を!」

 

 

幸にも不幸にも、落下傘部隊は目と鼻の先。小銃や自動小銃なら十分届く距離だ。しかし撃っている仲間達はどこかへっぴり腰、初めての戦場に飲まれている。

 

クラゲのような落下傘に対して熟練の対空砲火も射撃を開始する。正規兵に落下傘が撃ち抜かれれば、落下傘はたちまち火に包まれて燃え広がる。灰になった落下傘に頼ることはできずに、空賊は地面に叩きつけられた。

 

それでも、撃ち漏らした二十ほどの敵がそのまま降下していった。落下傘を土嚢の先の林に引っ掛けて切り離す。不幸にも、彼らのいる対空砲座は降下部隊の接地点から最も近いところにあった。

 

 

「来たっ、降りてきた〜っ!」

 

「落ち着いて!それじゃあ当たらないでしょ!!」

 

「もういや!寮に帰りたい〜」

 

「おや、自動小銃が引っかかりました。この自動小銃は塹壕の中だとかさばって使いづらいですね……」

 

 

ノリアキはパニックになったのか照準が定まらないうちに撃ってしまっている。これでは当たる弾も当たらない。ナナコは土嚢から顔を出して銃を構えてはいるものの、涙ぐんで顔が滲んで情けなく泣いてしまっている。ベンジャミンも静かに錯乱しているらしく、眼鏡のレンズが煤で汚れて真っ黒だ。

 

シャロンは崩れ落ちそうになる自意識を懸命に支えながら、銃口を降下してきた敵兵へ向ける。

 

錯乱は徐々に周りに広がっていっている。戦場の狂気に飲まれ、自意識を失い周りが見えなくなる。これは一時的な戦場パニック症状、長期的なものになるとシェルショックとも呼ばれる戦場精神障害の一つだ。

しかし、今回のそれは周りにどんどん広がっていっている。残るシャロンすらも飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

集団パニック

 

 

 

 

 

 

同一空間上にいる人物が発したパニック障害やヒステリーを発端として、周りにいる多数の人物に連鎖的に広がっていく現象だ。深い絆で結ばれているセンデジュアル組だからこそ感受性が高く、パニックが伝染しやすかった。

 

そんな中で自意識を保っていられるシャロンは、並々ならぬ精神力を抱えているのがうかがえるだろう。

 

シャロンはG3自動小銃を敵兵に向けながら目を凝らし、『空の一族』を観察した。外見はバレステロス人とそれほど違いはない。照明の中に浮き立つ顔つきや身体つき、髪の色も地上に住まう人間とほとんど違いは見受けられない。

 

空に住まう一族、と聞いた時には、人間とかけ離れた化け物じみた外見を想像していたが、見た目に大きな違いはない。ただ信条が異なっているのだ。

 

それにしても、空に住むと言う空賊がここまで大規模な航空戦力を保持しているのは何故なのだろうか?バレステロスに匹敵するほど巨大な勢力なのか?もしくは私掠艦隊のように国家からの支援を受けて特定空域を通過しようとするものを攻撃する存在なのか。

 

……あるいは空中艦隊のように別の世界からやってきたのか?もしくはそこから支援を受けているのか?謎は深まる。

 

どちらにしろ、非常に近代的(この世界基準)であり、しかも物量はイスラよりはるかに勝ることはもうわかった。

 

 

<<地上兵!お荷物だ、受け取れ!!>>

 

 

夜空を見上げたなら、さらにもう一艘、中型飛空艇がイスラ上空1千メートルほどのところを航過しつつ、落下傘をつけた大ぶりなコンテナをエスコリアル飛空場へ投下した。

 

 

<<お、おい待て!?>>

 

 

落下中に傘を射抜かれたコンテナはそのまま垂直に落下、滑走路にいた1人の不運な空賊兵を押しつぶして破砕した。練度は高そうなのに、連携は取れていないのだろうか?

 

コンテナの中に入っていたのは材木や土嚢、迎撃用の機関銃と言った地上拠点向けの資材だった。

 

明らかにイスラへの足がかりを作る気だ。強襲作戦に限らず、上陸作戦には迅速な対応が必要。そのためにも、拠点を作って足がかりを作る必要が出てくる。通信機を置けば制圧の際の対応も良くなり指揮系統も改善する。制圧のスピードが上がるし、有利な補給基地にもなる。

 

 

「イスラへの足がかりを作る気だわ!とにかく撃ちましょう!」

 

 

シャロンはみんなを励ましながら、土嚢から顔を突き出し、自動小銃を発砲した。10発、それで1人の空賊兵がばたりと倒れた。

 

1人殺した。

 

罪悪感など感じている暇などなかった。そんなことに悠長に時間を取られていたら自分がやられる。そして、お返しとばかりに手慣れた反撃が返ってきた。土嚢に身を隠した矢先、シャロンの頭上を真っ赤なライフル弾が横切った。

 

 

「ひぃぃっ!怖えよぉぉぉ!!」

 

 

ノリアキは凡人の名に恥じない臆病っぷりを情けなく露見する。ナナコもうずくまってしまって何も出来ていない。

 

屁っ放り腰の仲間たち、唯一正気を保てそうだったベンジャミンすらもガタガタと小銃を震わせて、マガジンの装填ができないでいる。

 

 

「みんなしっかりして!私たちの町や学校が、乗っ取られてもいいの!?」

 

 

シャロンは土嚢から首を離し、塹壕に隠れる。手慣れた反撃は、彼らのいたところを射抜くかのように突き刺さる。弾が切れたマガジンをリリースボタンを押して取り出す。

 

 

「撃たなきゃ、やられるだけなのよ!」

 

 

そして、落ち着いた手つきでG3自動小銃のマガジンを交換。コッキングレバーを引いて初弾を込める。それが終われば今度はこっちの番。すぐさま土嚢から顔を出し、再びの射撃を開始する。

 

シャロンの励ましに、いや叱咤激励に心を撃たれたのはベンジャミンたちだった。彼ら空賊たちが、学生だからと言って容赦をしない空賊たちが自分たちの町や学校を自由にしてくれるのか?いいや、答えは否だ。

 

ならば、自分たちの場所を守るためには戦うしかない。

 

 

「……シャロンの言う通りです、何もせずにやられるくらいなら……!」

 

 

シャロンの言葉に勇気付けられたベンジャミンは土嚢から顔を出し、懸命に射撃を開始した。練度では負けていても、装備では負けていないはずだ。元に、空賊のアサルトライフルよりもこっちの武器の方が性能がいい。空中艦隊からもらったこの小銃なら、空賊とも互角に戦える。

 

その勇気に、ノリアキとナナコも勇気付けられた。2人の足を挟んで頷くと、一斉に顔を出して射撃を開始する。そうだここが正念場だ、自分たちが大切なカドケス高校を守らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャリ。

 

大抵の軍用車には備え付けの小銃やら拳銃が座席に備え付けられている。弾丸も込めてあるので、有事の際には非常に役に立つ武器となるであろう。

 

例えば、敵に追尾された時。後席や助手席の誰かが銃を構えれば威嚇になるし、腕次第では敵の車両や運転手に当たって巻くことができるかもしれない。

 

もう一つは、車が使えなくなった時。車が故障や事故、妨害により使えなくなった時に何も持たない手ぶらな丸腰の状態で敵地をさまようわけにはいかない。

 

そして、今のクレア達の場合は後者に当たる。クレア達の乗ってきた軍用車は銃弾に貫かれてボロボロだった。エンジンは7.7ミリの弾丸に貫かれてオイル漏れを引き起こしていた。

 

炎上していないだけまだマシ。タイヤも潰され、ここまで頑張ってきた軍用車のたくましいエンジンも最早使い物にならなかった。

 

途中、何度も敵の急降下爆撃機の空戦をしている空域を通った。イグナシオの少々危険な運転によって難を逃れていたのだが、その奮闘も限界が訪れていたようだった。

 

空賊単座戦空機編隊が、回避行動を行なっていた軍用車の動きを予測した憎ったらしいほどの小癪な連携でエンジンはを貫かれた。その後、空賊機編隊は彼方の空へ消えていった。おそらく、向かった先はセンデジュアル。イスラの空は空挺騎士団の奮闘もあって完全には制圧されていない。

 

しかし、空いた穴から100機以上の戦空機や飛空艇達がこぞってセンデジュアルに向かっていっている。

 

イグナシオが壊れたエンジンを切り、見つからないように壊れた軍用車のライトを消す。そんな行動すら焦ったく感じるくらいクレアは焦っていた。

 

森の中に作られた車道の先、眼下に広がるセンデジュアルの街並み。夜空に照らされた街は普段なら照明がついて明るく照らされていたはずだ。しかし、その明るさは電気の明かりの優しいものではない。

 

夜空を切り裂くサーチライト、上空で照らされる飛空艇達、彼らに向かって伸びる対空砲火の濃密な火線。飛空艇のずんぐりとした胴体達から赤い光が迸り、バランスを崩す。

 

 

「センデジュアルの街が……」

 

 

センデジュアルの街並みは爆撃を回避増しているものの、敵飛空艇の強襲揚陸の標的にされていた。燃え盛る夜空が空気を焦がして照らしあげる。今まで暮らしてきた街並み達が、敵の手に落ちようとしている……

 

クレアは居ても立っても居られなくなった。車の後処理をした無口なイグナシオを置いて、道をそれて森へと入っていった。雑多な森林は駆ける彼女の足をもつろうとするが、クレアは一心不乱にそれらを避けている。

 

目指すはエスコリアル飛空場。センデジュアルの皆んなが、苦しい戦いをしていであろうあの場所へ。

 

 

 

クレアは息を切らして、飛空場の滑走路近くまでたどり着いた。途中、着地に失敗したであろう哀れな空賊兵から武器のライフルを奪ってここまでかけてきた。

 

ここは敵勢力の左側面、エスコリアル飛空場の向かい側。イスラから見て北側に位置している場所にまでたどり着いた。

 

 

「みんな……」

 

 

クレアの眼下、左手には滑走路を挟んだ塹壕から身を乗り出して懸命に自動小銃で応戦するシャロン達が見えた。他にもベンジー、ノリアキ、ナナコの3人が見える。

 

みんなを助けるためにも、私がなんとかしなくちゃ……!

 

クレアは一心不乱に奪ったライフル銃を構える。しかし今の今まで銃を持ったことのないクレアの照準はガクガクと震えており、構え方も非常にぎこちなかった。

 

 

「そんな構えだと肩が外れる」

 

 

と、不意にふてくされたような声がクレアの耳に響いた。イグナシオだ。どうやらここまでクレアを追いかけてきていたようだった。

 

 

「お前はいい、俺に任せろ」

 

 

ぶっきらぼうにそう呟くと、彼はアタッシュケースをパカリと開いた。中に入っていたのは大ぶりな小銃、いや狙撃銃だった。見たこともない代物で緑色の塗装に二脚が付いている。

 

イグナシオはそれに初弾を込めると、何の役割があるかわからない奇怪な照準器を覗いて二脚を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イグナシオの視線の先、シャロンたちの奮戦はいまだに続いていた。シャロンの激励により戦意を取り戻したセンデジュアル組の生徒達は、空中艦隊の高性能の自動小銃で空賊部隊達をなんとか抑え込んでいた。

 

 

「持ちこたえて!ここを守れば学校も飛空場も守れるわ!」

 

「撃てっ!撃て撃て撃て!!!」

 

 

我らながら、よく持ちこたえていると思う。奇跡なのはいまだに死者を出していないことだった。練度は圧倒的に敵に負けていても、戦意と武器の性能では全く負けていない。このまま敵を殲滅できれば、この学校も飛空場もセンデジュアルの街だって守りきれるはず。とそんな自分を励ますような思考の最中……

 

いきなり──

 

業を煮やしたひとりの敵兵が遮蔽物から飛び出し、地を転がって腰だめで立ち上がり、こちらへ向かってアサルトライフルを乱射した。ナナコが悲鳴をあげて顔を引っ込める。

 

 

<<今だ!やっちまえ!>>

 

<<食らえ!下段人どもが!!>>

 

 

その隙を狙って、ホイッスルの音がこだまする。すると十数名が仮拠点を飛び出し、こちらめがけて駆け込んできた。

 

 

「突撃してくる!」

 

 

シャロンは慌ててG3を構えて引き金を引くが、弾が出ない。

 

 

「!?、弾切れ!?」

 

 

マガジンの中に希望の弾は入っていなかった。その間に十数名の敵兵が突っ込んでくる。装備の質では優っているが、数と練度では比較にならないくらい敵が優勢だった。

 

今からマガジンを交換する猶予は全くない。シャロンは死を覚悟しようとした。

 

──いや、諦めない。せめてものこと拳銃で……

 

諦めずにシャロンは拳銃を取り出そうとする。そんな思考の下、敵兵達はさらに距離を詰めてくる。シャロンが拳銃のホルスターに手を添え用としたその時……

 

ゆらり。

 

華奢な背中が忽然とその手を遮った。シャロンと突撃してくる敵兵との間に、たったひとり。

 

 

「ーーえ?」

 

 

不意を突かれ、シャロンの手が止まる。

こちらへ背を向け、小柄な少女がひとりぽつんと直立している。身長は150センチくらい。おかっぱの黒髪。上下とも臙脂色の中学校ジャージ。武器も持たない全く手ぶらのちんちくりんーー。

 

 

「……寮長?」

 

 

シズカ・ハゾメ。

センデジュアル組寮の長をしている寮長だった。いかんせん放任主義なのか寮の事は生徒たちに任せっきりたが、いつも自分たちの子を見守ってくれている人物だった。

 

彼女がなぜここに?意味がわからず、しばらく硬直する。そして、ハッと我に返った。

 

敵兵は、目の前まで迫ってきている。その顔も、サスペンダーまでよく見える距離にまで……

 

 

「逃げてっ!!」

 

 

叫ぶ。

 

刹那、白銀の閃光が夜空を盾に切り裂いた。

 

ばたり。

 

寮長を守るために塹壕から身を乗り出していたシャロンの目と鼻の先、そこに空賊兵がひれ伏した。うつ伏せになったその胴体が自らの血だまりに沈んでいく。

 

 

「え……?」

 

 

呆気にとられた顔を上げた。

 

 

「業務以外の労働は差し控えようと思ったのですが」

 

 

夜なのに、両目を閉じたままの無表情がそこにあった。

 

 

「寮長……?」

 

「後日、労働特別手当を請求いたします」

 

 

その一言の後、死にかけのうめき声が耳元に届く。視線を移せば、シズカに刺されたと思わしき先ほどの空賊兵がホルスターから拳銃を構えてシズカを捉えようとしていた。ガタガタと震えた腕が、死に損ないの努力を表している。

 

 

「!?、危ないっ!!」

 

 

叫んだ。

シャロンはノリアキ達が呆気にとられる中、寮長を守るために慌てて自動小銃を構える。しかし、マガジンに弾は入っていない。それどころか、シャロンが構えるよりも先に空賊兵の方が先に寮長に向けられている。

 

空賊が引き金を引こうとした、その時……

 

 

 

バシュッ!!

 

 

 

どこからともなく、そんな乾いた音が轟いた。赤い閃光が空賊の頭を貫く。

 

ばたり。

 

今度こそ、空賊兵は生き絶えた。その頭上から煙が吹くように絶え絶えの白煙がのぞかせる。

 

 

「え?」

 

 

またも、シャロンは呆気にとられる。頭から血を流し、綺麗な弾痕が付いていることから銃撃された事はよくわかった。しかし、どこから撃ってきたのか?そもそもなぜ銃声がならない?シャロンにはそのことが疑問で仕方がなかった。

 

 

「大丈夫でございます」

 

 

不意に、寮長は話しかけた。相変わらずの無表情だが、シャロンを安心させるかのような優しい言葉だった。

 

 

「優秀な狙撃手がいらっしゃるようですから」

 

 

言葉の後、長い睫毛の陰りの下、シズカ・ハゾメの両目が開いた。シンとした深緑色の瞳が敵を捉える。

 

全部で14名、腰だめに構えているのはいずれもアサルトライフル。

 

音を立てて、シズカの忍者刀が白銀の光を散らす。敵兵のアサルトライフルが咆哮する。幾千もの弾丸がシズカへ伸びていく。

 

シズカの瞳が火花を蹴立てた。深緑色の瞳が残光を弾く。

 

 

 

刃風一颯──

 

 

 

鉤状に屈折する、深緑の稲妻。清冽な風が空賊兵十数名の狭間を疾駆する。十数名は自分たちの間を吹き抜けた疾風に気づくことなく、そのままシャロン達の砲座に向かって突撃していく。

シズカはすでに、敵兵の群れを突き破って、地に膝をつき、逆手に持った忍者刀を横へ流して静止していた。

 

さすれば、シズカの後方を駆けていた空賊兵の足も止まり、身体がどさりと地面に伏した。

 

「え?」

 

 

シャロンが呟いたのもつかの間、急に地面に伏した空賊兵に気づき、先頭の3人が足を止める。振り返れば、華奢な少女の前にひれ伏した空賊兵達がそこにいた。血だまりがちょっとした地獄を形作る。

 

 

<<なんだ?どうしたお前……>>

 

 

しかし思考で判断する前に、彼らの意識はそこで途絶えた。

 

空賊兵の一人、彼の脳天を一筋の弾丸が貫いた。銃声もせず「バシュッ」という音とともに地面にひれ伏す隊長兵らしき人物。

 

思考が追いつかず、シズカへと銃口を向けていたもう一人の空賊兵にもそれが突き刺さった。取り残されたたった一人の空賊兵はそこでようやく自体に気づく。

 

 

<<!?、狙撃兵……!>>

 

 

しかし、そこで彼の意識は途絶えた。3発目の弾丸が、彼の脳天をしかと貫いた。シズカはそれをわかっていたかのように、振り向かずに敵を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは使えるな」

 

 

暗闇の中、イグナシオは大ぶりな狙撃銃に向かってそう呟いた。戦闘地帯の真横、センデジュアル組の奮闘が見られる場所に陣取り、伏せた状態で狙撃銃の二脚を立てる。

 

彼の使っている銃はL96A1、空中艦隊から貸し出されたもので半端彼の私物として所持していた狙撃銃だった。

 

ストレンジリアル世界でも優秀な狙撃銃として数えられていたL96A1。.338ラプアマグナム弾という専用弾を使用する本銃は、高い威力と精度を誇る。

 

スコープを覗けば、シズカが疾走し始めた。深緑色の閃光が夜に煌めき、閃光を放った。忍者刀が月明かりを跳ね返し、逆手の手を光示す。さすれば空賊兵達がばたりばたりと倒れ、地面にひれ伏した。

 

 

 

……寮長が何者かは知らないが、今は彼女と協力するしかないであろう。

 

 

 

そんな思考とともにイグナシオは狙撃銃の照準を定める。そして、横に広がっていた残りの3人が後ろの惨状に気づいた。

 

 

<<なんだ?どうしたお前……>>

 

 

彼らは目を見開いてその光景に目を白黒させる。思考が追いつく前に、イグナシオは引き金を引いた。

 

 

 

バシュッ!

 

 

 

しかし、ほとんど銃声はしない。まるで首元に静かにナイフを立てるかのような静寂は、敵に思考に浸る暇を与えない。

 

空賊兵の脳天をマグナム弾が貫く。髪の毛、頭皮、頭蓋骨、そして脳髄を順々に貫いて貫通した。脳細胞を破壊された空賊兵は、ばたりと反動で地面に倒れ、血だまりに沈んで行く。

 

その第二の惨状に、空賊兵達が目線を倒れ伏した仲間に向ける。しかし、そちらに敵兵はいない。

 

 

 

バシュッ!

 

 

<<!?、狙撃兵……!>>

 

 

バシュッ!!

 

 

 

またも、音のない銃声が轟いた。火薬の音とは思えない小さく乾いた射出音とともに、マグナム弾が空賊兵の体を貫いた。

 

 

「…………」

 

 

それより驚いているのは、隣にいるクレアの方だった。彼は、この暗闇の中早く正確に照準を合わせ、射撃をする様は人間業とは思えなかった。

 

暗闇の中でも彼は難なく狙撃を当てて見せている。実際には、イグナシオが暗闇で照準がつけられるのは銃に暗視スコープを取り付けているからであった。これは暗闇の中でも敵兵の様子が見て取れる装備だという、性能は今立証している。

 

さらに、銃口の先には銃声を緩和するというサプレッサーが取り付けられている。これなら狙撃をしても、位置が露見することはない。装備では完全に有利な立場にいた。

 

だが、狙撃技術に関してはイグナシオの腕は本物だった。わずか数秒の間に3人の急所を貫く様は、彼が狙撃に関して類稀なる才能を持っていることが伺い知れる。

 

この世界には無いスコープの暗視機能と精度の高さに舌を巻き、イグナシオも非常に使えるとこの銃を褒めるに値していると評価した。

 

空賊兵は、いきなりの乱入者と狙撃手の登場により仮拠点に陣取った兵士たちに緊張が走る。イグナシオとシズカは同時にその仮拠点へと目線を横に流した。

 

仮拠点に残された残り二十名程の空賊兵が、シズカめがけて一斉に銃撃を加える。気を揃えた一斉射撃。数千発の弾丸が正面から襲いかかる。

 

シズカの両足の裏が、いきなり浮き上がった。ふわ……っ、とジャージ姿が羽のごとく宙を舞う。

 

月明かりを背に無重力を泳ぐ人魚みたいに背筋をそらして跳躍しながら、シズカはジャージのポケットに両手を突っ込んだ。引き抜かれた両手には、青銅色に光る二つのクナイ。深緑色の一人が蘭と輝く。

 

仮拠点から機関銃が降り注がれる。機銃弾の火線が、対空砲火のように火山の噴火が巻き起こる。その機を逃さなかったハンターがいた。

 

 

 

バシュッ!!!

 

 

 

本日4度目の風切り音。狙撃銃の暗視スコープには、機関銃を空に向かって撃つ空賊兵の重機関銃がしっかりと捉えられている。レクティカルの真ん中、暗視スコープで緑色に光る物体に向かってマグナム弾が殺到する。

 

 

 

ガツン!

 

 

 

そんな音と共に、重機関銃の弾倉に穴が空いた。何百発もの機銃弾を携えた弾倉を、マグナム弾は容赦なく貫く。さすれば、機銃弾の炸薬達に一斉に火がついた。銃口から飛び出すはずだった機銃弾は、小規模の爆発音とともにあれやこれやの位置に向かって付近にいた空賊兵達の体を貫きながら飛散した。

 

体、頭、内臓達を機銃弾が貫き、全部で四人の兵士たちが犠牲となった。呻く間も無く、即死しただけまだマシであろう。

 

それとほとんど時を同じくして、ふわりとシズカは音もなく敵拠点内に降り立つ。足と地面の間に不可視のクッションを敷いたような不思議な着地だ。

 

不意をつかれた敵兵が、一斉に背後を振り向くと、臙脂色の学校ジャージを身につけた悪魔が新しいクナイを構えて変な笑いをしていた。

 

 

 

その後は悲惨であった。

 

 

 

シズカのクナイがアサルトライフルを構えようと振り向いた空賊兵に殺到する。首元へ夜空を切り裂くような無慈悲な銀色の刃が切り裂く。声帯を切られ、もう一生出せない声を上げて空賊兵はばたりとひれ伏した。

 

空賊兵のわずかな悲鳴を顧みず、シズカは素早い動きで敵を翻弄し始める。自分に返り血が付かないような華麗な避け方で空賊兵の首を刺し、飛び上がり、今度は手足の健を正確に切り裂いた。

 

閃光のような動きで陣地をかき回すシズカ。彼女の動きについてこれるものは空賊兵にはいない。銃を構える前に腕を切り裂かれ、ナイフで応戦しようにも華麗に避けられて首を切られる。疾風迅雷の如き凄まじい動きであった。

 

さっ……と音もなく空中から着地したシズカめがけて、生き残った空賊兵が背後から迫ってくる。銃のストックをバット代わりにして迫り来るが、シズカは気にも留めない。あと数メートル、空賊兵は仕留めたとでも思ったであろう。しかし、その考えが甘いことをすぐに知る。

 

 

 

バシュッ!!!!

 

 

 

空気を切り裂くような音とともに、弾丸が空賊兵を貫いた。シズカの後頭部めがけて振り下ろされそうだったアサルトライフルは、持ち主の死亡によってばたりと地に伏せ血だまりに沈む。

 

シズカは横に目をそらし、弾丸の主を目に据える。優秀な狙撃手の援護がわかっていたからこその油断であった。

 

シズカはそれを見届けると、ぎんっ、と音を立てて新しい忍者刀を取り出した。それから両目を閉じて唇の両端を吊り上げ、前歯をむき出しにして「しゅしゅしゅしゅしゅ〜」と歯の間から音を立てた。

 

空賊兵が怖気付く。

 

転瞬──

 

空賊兵達の絶叫が、満月へ向かって高々と迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唖然呆然……。

 

沈黙した敵の仮拠点を、シャロンは静観していた。ありえない光景が夜間照明の黄色い光に晒されている。

 

一体何が起こったのか意味がわからない。敵が突撃してきたかと思ったら、いきなり寮長がジャージを着たまま戦場に割り込んできて、さらに森から誰かもわからない狙撃手がそれを援護して……1分もかからずに敵拠点を制圧してしまった。

 

たくさんの疑問符を頭上に浮かべながら、月明かりの下をシズカがひょこひょこと歩いて戻ってくる。

 

それから、よっこらせ、と片足を上げて塹壕に飛び入り、まだ震えているノリアキとナナコの傍に正座して、一言の挨拶もなく腰に掲げた水筒を取り出し、熱いお茶をコップに注いで両手でいただきはじめた。

 

 

「……り、寮長……」

 

 

しばらく思考に逸らそうとしたが、その思考を遮るかのような音調が轟いた。サーチライトがまたも、夜空に照らされる。飛び出したままの足、特徴的な逆ガル翼。数十機あまりの急降下爆撃機達がエスコリアル飛空場めがけて一直線に並んで向かっている。

 

 

「!?、敵の増援!!」

 

 

シャロン達の目に、今度こそ絶望が映ったと思った。ベンジャミンもノリアキもナナコも、今度こそおしまいだとばかりに頭を抱えて爆撃機達を見据えている。

 

防空網を突破してやってきた爆撃機達は、高い高度をとって上から降下して来ようとする直前だった。腹の下に携えた爆弾達が目に映る。

 

エスコリアル飛空場に備え付けられた対空砲はわずか。これでは、数十機の急降下爆撃機隊を退けることは叶わない。今度こそ、学校や街はボロボロにされ自分たちも生き残れるかわからない。しかし、シズカは……

 

 

「大丈夫でございます」

 

 

と一言だけ呟いただけであった。驚きもせず、あたかも後に誰か任せているかのような飄々とした表情でお茶をすする。

 

 

「え?大丈夫って……?」

 

 

その時だった。

 

上空から火線が迸った。真っ赤な噴火のような機銃弾が爆撃機変態へと殺到して行く。チェーンが回るかのような音調が鳴り響き、火線が上空から挟み撃つかのように爆撃機へ殺到して行く。

 

 

「え?」

 

 

シャロンの目が見開かれる。高度をとってエスコリアル飛空場を爆撃せんとしていた空賊急降下爆撃機達が、一斉に数を減らした。

 

今のは一体どこから響いたものなのか?シャロンには一瞬それがわからなかった。エスコリアル飛空場の対空砲はあんなに連写性能は良くないし、命中率だって対空砲手の腕前だよりだ。

 

あれだけの数、ざっと8機くらいだろうか?それらが一瞬にて翼から火を吹き、空を転がり落ちていった。それを見た残りの爆撃機達は一斉に散らばり、謎の対空砲火を避け始める。

 

その傍──

 

 

「……?」

 

 

と、その時にシャロンの目がじっと凝らされた。月夜に輝く夜空の下、先ほどまで見えていた満月が見えていない。そのかわり、雲の網間が真っ黒の影に落とされていた。

 

影は、ゆらりとその姿をあらわす。ゆっくりと進むその影は、イスラを包み込むかのように巨大で、異形で禍々したかった。

 

 

「……!、あれは!!」

 

 

しかし、それでいて頼もしかったと感じられた。その上空、センデジュアルの街を覆い尽くすような影が姿を現した。

 

ずんぐりとした、それこそ飛空艇など比べ物にならないくらいの異形の巨大さ。戦艦ですら飲み込むくらいの大きなジェットエンジン。そして、それらを支えるエイのような巨大な翼の影。

 

 

「空中艦隊!!」

 

 

アイガイオンは、そのまま彼らを見守るかのようにずんずんと飛行して行く。まるで、ここにいる空賊達など目でもないくらいに偉大であった。

 

空賊達も、その異形に気づいたのか慌てて機首を翻して逃げようと避け始める。しかし、鈍足な急降下爆撃機ではその魔の手から逃れない。

 

その直後、異界の轟音が鳴り響いたかと思うと、白い尾を引いた何かが爆撃機に向かって殺到して行った。プロペラ機よりもはるかに早いそれは、明らかな意志を持つかのように爆撃機達に6つ。一つ残らず殺到して行く。

 

 

 

そして、空が弾けた。

 

 

 

辺り一面が火の粉で散りばめられ、破壊の花が咲く。誘導するかのように殺到して行ったそれは、彼らにとって馴染みのあるものであった。

 

刹那、異界の轟音がエスコリアル飛空場を通り過ぎて行く。

 

それは、疾風であった。

 

その瞬間、機体の全容を見ることができた。巨大な機影、先端翼と大きな翼、そしてプロペラのないまっさらな赤い塗装。異界のジェットエンジンを唯一奏でられるあの機体は──

 

 

 

──ロレンズさん……

 

 

 

直感だが、彼の機体だと悟ることができた。血塗りの恐ろしい機体がこれほどまでにたくましく見えたのは初めてであろう。彼の機体はそのまま上空へと飛び上がり、ヴァン・ビールの方向へと向かって行った。

 

 

「シュトリゴン隊だわ、制空戦闘をするみたい……」

 

「やった、あいつら来てくれたんだ……助かった……」

 

「彼らが来たからには、空は大丈夫にございましょう」

 

 

シャロンたちが安心しきったのもつかの間。シズカは盛大に、ぐうううとお腹を鳴らして黙り込む。どうやら食べ物を要求しているらしい。シャロンが慌てて糧食の乾パンを差し出すと、不味そうな顔をしながら食べ始めた。

 

同時にバタバタと異界のプロペラ音が上空にこだまする。上空に目を向けると、垂直にプロペラを立てた飛空機械達がゆっくりとエスコリアル飛空場に降り立った。彼らにとっては見たこともない飛空艇のような飛空機械の後部から次々と、近未来的な武器や装備を抱えた空中艦隊の兵士たちが降りてきた。空中艦隊のヘリボーン、空挺部隊であった。

 

彼らはシズカによって壊滅した仮拠点に駆け込むと、うめき声をあげて健や喉を切られていた空賊兵達を取り押さえて武装解除する。いったい誰がこんな事をしたのか、彼らは疑問に思った事だろう。

 

彼らはそのまま戦場となったセンデジュアルに向かって部隊を援護に回した。鎮圧は時間の問題だろう。

 

 

「……寮長、そういえば職業は……?」

 

 

ヘリボーン部隊が残りの空賊兵を片付けてしばらく経つと、シャロンはそんな疑問を口にした。

 

 

「しがない一介の派遣労働者。野を越え山を越え()()()()()()()()()()()()()()()()任地へ赴く、哀れな一介の派遣労働者でございます」

 

 

そう答えを返して乾パンを平らげる。熱いお茶を持っていただくと、シズカはまたしてもお腹をぐうううと鳴らした。

 

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