とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》   作:篠乃丸@綾香

27 / 33
第26話〜海猫〜

センデジュアル上空高度2800メートル──

 

カルエルたちは追い詰められている。眼下800メートル下に広がるイスラの大地、その上空には5〜10人乗りの中型飛空艇が編隊灯をきらめかせながら航過していく。空飛ぶ砲艦や水雷艇を集めた小規模飛空艦隊が、飛空科の迎撃をすり抜けてイスラ地表面を砲撃しようとしている。

 

しかし、大事な街が焼けようとしているのにも関わらず駆けつけることもできない。

 

飛空科エル・アルコン編隊は完全に包囲されてしまっていた。単縦陣から防御円陣を組み替え、包囲をやり過ごしている。残っているのは8機のみ、空賊戦空機隊はセンデジュアル組を逃さぬように一定距離を置いて旋回をしている。

 

残った7機は無事な機体はない。どこかしら削られ、煤と煤煙に汚れて破口がひらいて、煙を吹いているものもいる。互いに肩を寄せ合って耐えてきた7機だった。

 

傍目でてきを監視しながら、カルエルは伝音管に手に取った。

 

 

「アリー、無事?」

 

 

気休め程度の掛け声であった。

 

 

「無事なわけないでしょ。だから絶対こうなるっていったのに……」

 

 

掠れた声がすぐに返ってきた。思ったより元気そうである。彼女の声を聞くと、一人ではないと安心できる。

 

そんな彼の安心をよそに、アリエルは周りを警戒するとともに考え事をしていた。このままでは自分たちは全滅してしまう。

 

せめて、この紙吹雪がなければ味方たちと連絡が取れるのに……と考えながらシノンは渋るように顔をしかめ、紙吹雪に睨みきかせる。連絡さえ取れれば、自分たちが置かれた状況を知らせることができ、救援を求めることだってできる。そうすれば、このジリ損の状況からも脱出できるはず……

 

?、そういえばこの忌々しい紙吹雪はどこから降ってきているのだろうか?アリエルは周りを見渡し、その忌々しい犯人を捜し始めた。おそらく、この空のどこかにいるはずだ。そしてアリエルが顔をほぼ真上に向けたとき、それが確認できた。

 

 

「あ!」

 

 

アリエルはエル・アルコン編隊の上空、雲の上あたりにそれはいた。ずんぐりとした一機の飛空艇が確認できた。フグのような太った飛空艇の図体からひらひら、ひらひらと銀色の紙吹雪が舞い散らかされている。忌々しい犯人を見つけられた。

 

 

「みんな!あそこに空賊の妨害機が!」

 

<<なに⁉>>

 

 

ファウストたちの目線が一同に、その犯人へと向かう。確かにそこに妨害機が存在した、銀色の紙吹雪を撒き散らして舞う忌々しい機体。ファウストはすぐさま目を凝らして奴との距離を測る。

 

 

<<ダメだ……遠すぎて小銃じゃ当たらない……>>

 

 

しかし、現実は無情であった。確かによく見れば、フグは豆粒みたいに見えるくらいでしかない。それだけ距離が離れているということだった。

 

しかし、その中でシノンは諦めていなかった。解決策は手元に置いているからだ。緑色の円筒状の物体。尖ったアンテナを備えたそれは、紛れもなく空中艦隊から貰ったものだった。

 

 

「ねえ!あいつとの距離はどれくらい!?」

 

 

シノンはとっさに周りに聞き始める。その言葉にハッとしたのか、クラスの皆が計測器を構える。それに答えたのは、一番早く計測器を構えたアリエルであった。

 

 

「千!千メートルくらい!!」

 

<<それなら対空空雷が届く!>>

 

 

そのシノンの言葉にファウストはハッとした。そう、シノンたちはこういった事態を想定してスティンガーミサイルを持ってきていたのだ。千メートルならこの誘導空雷の射程圏内だ。しかも、低速でひらひらと飛んでいるために当てやすい。

 

 

<<対空空雷を所持しているものは空雷を構えろ!>>

 

 

あの時、誘導空雷を毛嫌いしていたファウストでも今回はその有用性に頼ることにした。スティンガーを持っているものはすぐさま後席からその円筒を持ち上げる。

 

ヴァン・ヴィール組は誘導空雷を持っていなかった。もしあしたら、彼らは誘導空雷に対して何かしらの疑念があったのかもしれない。そのため、誘導空雷を持とうとしない頭に凝り固まってしまっていたのだ。しかしヴァン・ヴィール組の例外であるシノンと、センデジュアル組のウォルフとアリエルは迷うことなく持ってきていた。

 

全部で3本。それだけでもフグを撃ち落とすのには十分すぎる性能を有している。3人はスティンガーよアンテナを立ち上げて、誘導に使うバッテリーを筒の下にはめ込み、照準器をフグへと向ける。

 

 

<<撃てっ!!>>

 

 

ファウストから号令がかかると、アリエルたちは円筒の引き金を引く。

空気が抜けるような音と煙が筒の後ろ側から弾頭が飛び出し目にも留まらぬ速さで物体は飛翔する。

 

三本の矢槍が、フグへと殺到して行く。そして、旋回するフグの腹と翼へと突き刺さった。爆音が空気を轟かし、爆風がフグを打ち壊し、主翼を粉微塵に吹き飛ばした。

 

翼を失ったフグは、そのまま腹から炎を吹き出して錐揉みしていった。鈍重で巨大な機影のため、回転する速さは遅く見えた。

そして腹に抱えた自衛用の弾薬か、それとも水素ガスにでも火がついたのか、小規模な爆発とともにフグは粉微塵に吹き飛んだ。その爆風は、周りの紙吹雪たちを焼き潰してしまう。

 

 

「よし!」

 

「やったぁ!!」

 

 

アリエルたちはその光景に喜びをあらわにした。一方、ファウストたちは誘導空雷の性能に口をあんぐりと開けていた。

千メートルと言えば首尾線に機銃を配置した単座の戦空機でも当てるのが難しい距離だ。その距離を歩兵が持てるくらい小さい空雷で届いて、さらに撃ち落とせるとは信じられなかったのだ。

 

しかし、指揮官であるファウストはその思想を振り払って頭を切り替えた。すぐさま周りに指示を出す。

 

 

<<これで妨害機は撃滅した、至急イスラ本部と空中艦隊に連絡を取れ!!>>

 

 

その号令を合図に、真新しい通信機器の音声が轟く。通信機器を持った生徒がイスラ本部へと自分たちの置かれた状況の一報を元に、正確に伝える。

 

その時、またも甲高い音が響き始めた。プロペラのドップラー、まるで口を開けて唸りを上げる猛獣のようなその叫びにアリエルたちの視線が集中した。

引きつけて、火線を集中させてその空賊機に対処する。さすれば、敵機は降下の途中で火を吹き上げた。

 

二つの編隊が凄絶な花火を散らしながらすれ違っていった。

 

しかし、こちらも無事では済まされなかった。エル・アルコンが一機火を吹き上げた。乗っていた二名の生徒が絶叫しながら墜ちていく。凄まじい叫び声がカルエルのところまで届く。

 

しばしの静寂が戦場を包む。

 

その時、ローター音が間近から届いた。振り向くと、編隊長であるファウスト機が翼を寄せてきている。ライフルを構えたファウストが、カルエル機へ怒鳴った。

 

 

<<連絡はついたが、このままではジリ貧だ!包囲を突破する!>>

 

 

よく通る声だった。カルエルは手信号で了解を示し、他機へも注意を呼びかけた。生き残りのペアたちが編隊長機を注視する。そして、ファウストは包囲突破の陣形を号令した。

 

 

<<単縦陣っ!先頭は私が務める!みな、我に続けっ!>>

 

 

カルエルは頷いた。たしかに包囲を突破するにはそれしかない。

 

だが──その際、もっとも危険なのは敵の包囲を突き破る先頭機だ。敵もまずは編隊長機を墜として、こちらの編隊空戦を阻害しようとするだろう。捨て身の単縦陣はファウストの覚悟を示している。

 

カルエル機は戦闘開始時の順列に従い、単縦陣の後ろから2番目に位置どりした。最後尾はウォルフガング機である。

 

 

<<しんがりはおいどんに任すでごすっ!命に代えても追撃を抑え込むでごわす!>>

 

「死なないでねフォルフ!約束破るなよっ!麺、あんたじゃないと打てないんだから!」

 

 

アリエルが背伸びをするようにして、口の横に手のひらを当てて叫んだ。

 

 

「シノン!アスカも!ヴァン・ヴィール組で尊敬できるのあんた達だけなんだから、約束破るなよっ!!」

 

<<もちろん!生きて帰るつもりだよ!!>>

 

<<大丈夫よ、みんなで生きて帰るから>>

 

 

アリエルの力の限りの応援を送り、ウォルフの前席のマルコも含めた四人へ手を放ってから、目を閉じてぎゅっと自分の自動小銃を握りしめた。

 

 

──ここにいる全員が、またいつものイスラへ戻れますように

 

 

強く、強く祈ってから唇をかみしめて刮目し、勢いよく顔を上げて、伝音管も使わず前席のカルエルを怒鳴りつけた。

 

 

「わかってると思うけど命がけだよ。何があっても絶対ヘタレんなっ!!」

 

「わかってるよ!今日はまだ一度も弱音吐いてないっ!」

 

「うん!あたしもびっくり!もしかして根性ついた!?訓練のおかげかな!?」

 

「昔から根性はある!時々甘えてただけだ!」

 

 

アリエルは片目をつぶって、立てた親指をぐっとカルエルのかをの前へ突き出した。

 

 

「今日はちょっとかっとこいいぜ、バカ弟!」

 

 

そんな声へにこりと頷くと、カルエルは前方へ目を戻した。珍しくアリエルに褒められて赤面しながら、遮風板のむこうにに浮揚するファウスト機の号令を待つ。

 

ファウストの右手が高々と挙がり、打ち下ろされた。編隊長機の機首が下がる。7機の列機はそれに続いて単縦陣を組んだまま一気に降下する。

 

同時に敵の壁から凄まじい機銃掃射の嵐が巻き起こる。文字面どおりの曳光弾の雷雨。

同時に、夜空を切り裂くような爆音が聞こえてくる。ファウスト機は勇敢にもその雨を切り裂いていく。

 

カルエルはフットバーを蹴りつける。機体が右に滑り、手を伸ばせば届きそうなところを敵機がかすめていく。

 

同時にアリエルの自動小銃が火を吹いた。この驚くべき妹は、何をやらせても感嘆するほど上手にこなす。

 

被弾した一機がカウリングから火を吹いた。機体を傾けて戦線から逃れていく。もう一機はプロペラに被弾してがくんと前のめりになって高度を下げていく。折れたプロペラが宙に置き去りになり、制御を失った機体がイスラ地表面に激突して炎をあげる。

 

降下しながらローター面を垂直に立てる。エル・アルコンの機速が上がる。五百メートルほど中空を斜めに滑り降り、最高速に近い機速を獲得したところで機首を引き上げる。

 

高度2300メートル。これがもっとも敵にとって追撃しにくい高さである。両翼に固定機銃を持つ敵は、エル・アルコンの後ろ上方から接近して射撃した後、すぐさま機首を引き上げねば地面に激突するリスクを背負って撃たねばならない。

 

カルエルは懸命に機速を上げる。狙われているのは先頭のファウスト機、しんがりのウォルフガング機、中央のアスカ機だった。二人のおかげで挟まれた機体達はそれほど攻撃を受けず、真ん中のアスカ機がその合間を縫って一撃を与えている。その利を活かしてアリエルが懸命に周辺機を追い払おうとするが、敵もこちらが寄せていると分かると逃げて相手になってくれない。

 

技量で勝てない。機体性能でも負けている。こちらのやり口もバレてしまった。

 

地上の対空砲に助けてもらうしかないであろう、しかし、対空砲があるのはエスコリアル飛空場周辺。そのまで逃げ切るしかない。

 

先頭のファウスト機は渾身の飛翔で列機を引っ張っていく。嫌なやつだが、列機に対する責任感は相当なものだ。自ら盾になって後続機を敵弾から保護しているのが分かる。

 

あいつには負けたくない。

 

あいつの頑張りに応えなければ。

 

遮風板の向こう、ライフルを手にするファウストがこちらを見ていた。ファウストが微かに口元に勝気な笑みを刻んでいた。

 

 

(なかなかやる)

 

 

そんな言葉がその表情から伝わってきた。

 

 

(君も、なかなかやるね)

 

 

カルエルはそんな気持ちを込めて、この窮地を共にする戦友へと微笑みを送った。

 

と──

 

はるか上空からキラリと何かが光った。

同時に、夜空を切り裂くような爆音が聞こえてくる。空気を吸い込み、熱し、爆発させる暴力的な発動機。異界の機体がそこに響いている。

 

 

「え?」

 

 

カルエルは気づいた。高度3500メートルほどのところから、3機、銀色に輝く何かが凄まじい急降下で突っ込んでくる。三機の機首に、揃って銀狐が描かれているのが見えた。

 

 

「危ないっ!みんな避けて!」

 

 

その言葉の真意を聞くまでもなく、全員の機体が左右にバラバラに散る。散華のような散りばめられた機動、機体の運動エネルギーを無駄にしての捨て身の回避行動。

 

しかしその中で一機、散華から離れられなかった機体がいた。そんな悠長なやつを見逃してくれるほど奴は優しくなかった。

 

三機から放たれた曳光弾の牙が、その機体を無造作に食いちぎる。銀狐達はその直前をあざ笑うかのように斜めに滑り降りていく。

 

 

 

直後──

 

 

 

疾風が通り過ぎた。

 

カルエルの目が大きく見開かれる。

 

すれ違いざまに機影が見えた。エル・アルコンの何倍はあろう巨大さを持つその機影、鋭いナイフのような銀色に輝くその風靡。主翼は前に前にと恐ろしいくらいにマエニ突き出している。

 

風防にガラスはなく、操縦席らしき膨らんだ機首には潜水艦の窓ガラスのような半円型の透明な物体がつけられている。そして、その異形の機首に目を凝らすとそこにはプロペラが付いていないではないか。

 

代わりに、機体の上下に張り出すような物体。そこには空気を切り裂いて全てを吸い込んで灰にして吐き出すかのごとき煮えたぎるエンジン、そこに接近配置された内向き斜め双垂直尾翼。

 

まさか……あれは……

 

すれ違うと、エル・アルコンが風圧で大きく揺れる。吹き飛ばされてしまいそうになるのをじっと堪える。カルエルには今素通りしていった光景の意味がわからなかった。

 

 

「え……?」

 

 

漏れてくるのはそんなつぶやきのみ。

 

 

「なんで……?」

 

 

ただ疑問符だけが喉を通り抜けていく。頭蓋のうちが動かない。

 

だってあれは……あいつらしか持っていないはずの機体……異世界から来た、新しいエンジン……

 

何故、なんであの機体がここにいるんだ?何故攻撃してきたんだ?

 

空中艦隊の機体達はまだ来ていない、来たとしたらロレンズが僕たちに連絡を入れるはずだ。「よく頑張った」とか、「よくやったな」とかふてぶてしい事を言って空賊の機体達なんてあっという間に片付けてしまうはずだ。

 

それなのに……あの銀狐はこちらを攻撃してきた。と言うことは十中八九空賊だ。

 

じゃあなんで……

 

なんで空賊が……

 

 

「なんで空賊がジェット機を持っているんだ……!!」

 

 

その言葉が、その疑問が、その衝撃が、脳裏を何度も何度も駆け巡っていく。右から左へ、上から下へ、繰り返し繰り返しそれを問うた。

 

 

「カルッ!!」

 

 

伝音を通じたアリエルの叫びが、カルエルを醒ました。

 

 

「ぼやっとするな!!まだ敵の中だよ!!」

 

 

アリエルの声は焦りもなにも見えないスッキリとした声だった。ありえないものが目に映っても、それを受け止めて現状をどうにかしようとする意思が見える。

 

 

「あいつはシュトリゴンの人たちの機体じゃない……!あたし達を攻撃してきたって事は敵だよ!空賊だよ!ぼやっとせずに突き進め!!」

 

 

凛とした声で怒鳴りつけてくる。カルエルも必死に忘我の淵で踏みとどまり、後席へ怒鳴り返す。

 

 

「わかってる、わかってるよ!」

 

 

そして遮風板の向こう、月明かりの下の穀倉地の起伏へ目を送る。そして、やつを見失わないように月明かりの空へと目を向ける。満月は雲に隠されて光が届く事はない。

 

──銀狐。

 

生意気にもジェットエンジンを駆る3匹の狐たち。その機影を敵群の中に探し求める。

 

しかし見当たらない。異貌のジェットエンジンの音だけがあたりの空域に轟いているのは確かだ。奴はまだこの空域にいる、存在している。

 

遥か上空からこの低高度へ急降下をかけて、三機揃って機首を跳ね上げ、またはるか上空へ上り詰めているのだろう。きっとまた上空からこちらを見下ろして、隙を見て逆落としを仕掛けてくるつもりだ。油断ならない、あいつを放っておいたら、もっとたくさんの見方が食われる。

 

そのとき──

 

右後方、雲の上8000メートルにまで登っていった銀狐の牙が、ぎらりと光る。まっしぐらにこちらへ向かって反転、突っ込んでくる三つの銀の光。

 

 

「アリー、後ろ!」

 

 

奴の角度が鋭くなり、遠くから連なるようにして響くジェットエンジンの音。ジェット機は快速だ、プロペラ機たちが登ってこれない高度にまで上り詰めて一気に降下して、速度を生かした一撃離脱を仕掛けてくる。

 

 

<<全機!あの銀色のジェット機を狙え!!>>

 

 

ファウストの怒号が飛ぶ。銀狐はこちらめがけて一直線に降下してくる。角度からして、狙いは先頭のファウストか?ならば、その死角へと回り込んで機銃弾を浴びせるしか方法はない。

 

 

「ファウストを援護する!!カル、根性見せろっ!!」

 

 

後席からアリエルが凛々しい声を跳ね上げた。

 

 

「わかった、行こう!」

 

 

了承してカルエルは唇を引き噛んだ。

 

カルエルを狙う機はない。これ見よがしに音速の壁を超え、超音速で近づく銀狐。アフターバーナーを吹かすこともなく急降下のみで加速する。

 

カルエルはファウストを援護しようと、自ら火線を盾のように広げる。

 

だが──

 

銀狐から音すらも超えて盛大な機銃掃射が始まった。射撃音すらも置いてけぼりにして、曳光弾の雨が殺到する。しばらく遅れてきた射撃音から、凄まじい音が夜空に轟く。

 

そして、高い唸りを発して3匹の銀狐たちがカルエルの真上を航過していくりあまりに凄まじい速度で上を横切っていった為、なにが起こったのかもわからない。

 

カルエル機は無事だ。

 

しかし──

 

 

「あっ!!」

 

 

前方を飛翔していた二機のエル・アルコンが揃って炎を吹き上げた。制御不能になった機体が左右に揺られて激しく錐揉みしていく。

 

 

「降りろっ!!着陸するんだっ!!」

 

 

呼びかけるが、操縦者は炎に飲まれてなにも返事をしない。一機は機体を大きく傾けてしまい、そのまま揚力を失い重力へ逆らう事はできずに落ちて行く。もう一機はしばらく頑張ったが、ほかの空賊機からとどめの一撃を食らって爆散した。

 

てっきり一番先頭のファウストを狙ってくると思い防御陣を固めていたが、反対に真ん中の機体たちを狙ってきた。

 

何のつもりだ?こちらを効率よく落としたいのならまず指揮官機であるファウストを墜として指揮系統を混乱させるのが常道のはず。300キロで飛行するこちらへ向かって、マッハを超える速度で効率よく迎撃するにはそれしか方法はないはずだ。

 

 

──遊んでいる?

 

 

そうとしか思えない。こちらが切磋琢磨して生き延びようとするのをあざ笑うかのように、なぶり殺しにするつもりだと。むらむらと怒りが湧き上がってくる。完全に生きようとする僕たちをあざ笑っている!

 

銀狐はエル・アルコンでは到底実現不可能なほどの速度で追い抜かして行く。そして、くるりと大回りの宙返りをして反転、その位置エネルギーを急降下させて加速する。こちらと真正面に向かい合うキューバンエイトだ。

 

カルエルは舌打ちをした。

 

あんな機動を行えば、飛空機は速度を出しすぎて反航戦では絶対に不利となる。時速300キロで飛行するエル・アルコンとマッハを超える銀狐では、すれ違うのは一瞬だ。そんなの非効率的に決まっている。

 

速度差がありすぎるため、通常の反航戦よりも首尾線を合わせられるのは一瞬なのだ。低速のプロペラ機ならではの優位だったが……

 

つまりこれは確実に──

 

 

「僕たちで遊んでいる……!」

 

 

これで確信が持てた。銀狐の奴らは完全に奮闘する僕たちをあざ笑っている。どうする?このままでは先頭のファウスト機が真っ先に狙われる。火線を集中させるために、ファウストを援護するためにフットバーを蹴って機体を右に寄せる。

 

その中で、アスカの機体がふわりと高度を上げた。ファウストに向けて振り下ろさせる曳光弾、ファウストが自分の死を覚悟して眼を瞑る。しかし、その銀狐の牙に向かってもう一つの牙がむき出しになった。

 

 

<<食らえ!!!>>

 

 

その声の主はシノンであった。構えられた円筒から空雷よろしく火の玉が放たれる。蛇の尾を引いて飛翔するそれは、銀狐めがけて一直線に飛翔するスティンガー。

 

銀狐の目が見開かれる。人間でいうとゾッとするような電気信号が流れ、すぐさま回避に移る。あれだけ近くから放たれれば、直ぐに回避に専念しなければ間に合わない。銀狐の隠された本能がそう言ったのだ。

 

すぐさま射撃をやめ、半ロール経て左右に一気にブレイクターン。白い蛇は尾を引きながら左側に向かった銀狐に向かっていった。炎を蓄え、煮えたぎるエンジンに向かって熱源探知の誘導空雷スティンガーが殺到して行く。

 

しかし、スティンガーの奮闘はそこまでだった。

 

銀狐の機体後部からババババッと音がする。夜空を照らしあげるかのような真っ赤な火の玉だ。真っ赤に染め上げられ、小さな太陽のようなそれは、夜空を彩って暗闇を切り裂く。連続して燃え盛るマグネシウムはスティンガーの熱探知能力を逆手に取り、惑わされ始める。

 

不運なことに、銀狐は火球を放った直後に機首を上げている。重力に向かって降りて行く火の玉に向かって惑わされ、銀狐のエンジンの排熱を探知できていなかった。

 

ボカン!!

 

スティンガーの自爆する音が暗い空を彩って散る。銀狐に損傷を与えようとした火薬の花火は、無情にも火球に踊らされて散ってしまった。

 

 

<<ダメね……>>

 

 

そう呟いたのはシノンであった。空の空雷発射器を無造作に捨て、戦火の上げられなかったスティンガーを見据える。

 

 

<<でも追い払えたよ!ファウストのピンチも救えた!>>

 

 

撃墜にまでは至らなかったが、それでもピンチのファウストを救えた事にアスカはシノンへと感謝の言葉を送る。あのまま行けば、確実にファウストはやられていた。誤射を防ぐために期待の高度を上げて、上から見下ろす形で誘導空雷を発射させたのだ。

 

結果、ファウストは生き残っている。

 

 

「あいつら……」

 

 

カルエルはそんな二人のちょっとした英雄を見据え、賞賛の微笑みをかける。しかし、今の手段もこちらの手の内をさらけ出したようなものだ、2度目は通用しないであろう。このままでは飛空場へたどり着くまでには持ちこたえられない。

 

飛空場が長く感じる。

 

一分一秒が1時間に感じてくる。

 

カルエルは大きく息を吸い込み、深呼吸をした。敵機を見据える。エル・アルコンの前席から、後ろを見れば銀狐たちはまたはるかかなたの上空へと飛び立っていっている。

 

このままあいつらに黙ってやられるわけにはいかない。

 

ここでなんの一矢も報いずに終わったら、僕たちの奮闘は奴らの自慢話の最中にされてしまう。

 

 

──そんなのは絶対許さない……

 

──なら……根性を見せるんだ……!

 

──僕がみんなを救うんだ……!

 

 

「……アリー」

 

 

後席へ語りかける。決意を固めた勇気ある少年の声にそっと振り向く。

 

すでにアリエルはカルエルの考えを察している。これからこいつはとんでもない無茶をして根性を示そうとしているのが、先ほどの声から伝わってきたのだ。

 

 

「うん……わかってる。根性見せなよ!」

 

 

カルエルは黙って頷く、決意に満ちた澄んだ目であった。

 

その瞬間、カルエルは全てを右に向け込んだ。フットバー、操縦把柄の全てを右に傾ける。フラップ、ラダー、尾翼の全てを用いて戦隊から外れる。カルエルを除いて残り三機になったエル・アルコンたちの飛空士たちが一斉にその行動に目を白黒させる。

 

隊列を乱すかのような自殺行為だった。せっかく単縦陣でエスコリアル飛空場へ向けて舳先を向けていたのにもかかわらず、それらの縦陣を完全に乱す行為は、ファウストの目からは異質に見える。

 

 

<<な!?カルエル!貴様隊形を乱す……>>

 

 

と、同士に銀狐三機編隊が全てカルエル機に向けてターゲットを変えた。機首がカルエル機を捉えて離さない、その何条もの目線がわざわざ隊列を離れた機体へ向けられる。ファウストはそこまでみて初めて、カルエルの行おうとしている事に気がついた。

 

 

<<いや、違う……まさか囮に……!>>

 

 

そう、カルエル機は自らを犠牲にして編隊から銀狐を引き離そうとしているのだ。単縦陣からわざと離れ、味方から孤立し始めた格好の獲物に縋り付かない空腹の狐はいない。それを逆手に取った自己犠牲作戦だった。

 

 

<<カルエル!アリー!無茶でごわす!!>>

 

<<戻ってきて二人とも!!>>

 

「大丈夫……必ず、必ず帰ってくるから……」

 

 

しばしの別れを告げる。こうして囮になれば、ファウストたちは銀狐たちから逸らされて逃げ切ることができるはずだ。その効果は予想以上で、ファウストたちを囲っていた三十機あまりの空賊戦空機たちまでカルエルにつられていった。

 

編隊の輪が乱れる、エル・アルコンを囲っていた緻密な包囲網はバラバラに砕け散り、大きな隙ができる。ファウストたちもその隙を逃さない。

 

 

<<……!全機……カルエルの勇気を無駄にするな!我に続け!!>>

 

 

涙ぐむファウストを尻目に、自分でも良くやったと思い込むものだ。あれだけケンカして、嫌味ったらしかったファウストも、今では立派な飛空士の仲間であることを知らしめていた。

 

 

「カッコつけちゃってさ、ほんっとバカ……」

 

 

アリエルが呆れたように呟いた。

 

 

「分かってる、でもこれしかないんだ……」

 

 

機首はエスコリアル飛空場から外れ、東側へと舳先を向けている。飛空場への到着は少し遅れるだろう。みんなには申し訳ない。

 

エル・アルコンの後方から全てを吸い込む悪魔のエンジン音が轟く。ぎらりと光る塗装は鋭利な機体形状と相まって鋭いナイフのような印象を受ける。

 

カルエルはフットバーを左に蹴りつける、機体が左に水平移動する。さすれば、機体後方から首尾線を合わせようとしていた銀狐たちの首尾線からカルエル機が外れる。

 

曳光弾の雨は虚しく地面へと迸る、ただのそれだけで終わった戦火に苛立つのか、銀狐の頭脳がカルエル機を最優先目標に切り替えた。

 

すれ違い、機首をぐわんと引き上げて逃げていく銀狐たち。あまりの早さにアリエルの射撃も全く当たらない。

 

銀狐はとうとう見えなくなった。おそらくこの最後の獲物をどうなぶるか、夜空のどこかに隠れて考えているのだろう。

 

しかし、一方でそんなことも気に留めないかのように舞うカルエルの機体。緊張や怒りをなくして、ただ感覚のみで天使のようにふわりと操縦する感覚。

 

 

「そうだ……僕は天使だ……」

 

 

自分を例える。背中から羽を生やし、美しく空を飛ぶあの天使みたいに。僕は飛ぶ。

 

 

「来い、銀狐共!天使とダンスだ!!!!」

 

 

かつての嫉妬の対象、血塗りの戦空機を駆る彼から教えてもらったフレーズを、声帯がちぎれるほど叫んだ。あらゆる勇気を総動員して無我夢中で銀狐を煽る。

 

おそらく、いま周囲を旋回している敵機は銀狐を待っている。銀狐がどう芸術的にこの最後の獲物に散華を強いるのか、見届けようとしている。

 

飛空場まであと3分。

 

遠い。遠すぎる。

 

1分が1時間にも思える。極限まで集中力を高め、敵の射弾をかわしながら、懸命にカルエルは飛ぶ。

 

そして──

 

 

「銀狐、左斜め後方、同位高度!!」

 

 

アリエルが叫ぶ。カルエルは振り返る。

 

左斜め後方からまっしぐらに銀狐三期編隊が向かってくる。こちらと同じ高度を後方から追いすがってくる。

 

 

「アリー!!」

 

「わかってる……!!」

 

 

アルエルが唇を引きむすんで自動小銃を構えた。

 

カルエルは敵の進路に目を凝らす。敵はかならず首尾線を合わせてくる。ならば、タイミングを見極めて機体を滑らせて機軸外から攻撃すればいい。

 

みんなの囮になったんだ。根性を見せてやる。

 

三匹の狐たちが駆け込んでくる。かなり遠くまで距離を取り、そこから一気に近づいてくる。空域に轟くジェットエンジンの爆音が、だんだんと大きくなっていく。

 

首を後方へ捻る。眦を開いて銀狐を睨みつける。びびるな。落ち着け。避けてから、お返しの一撃だ。

 

首尾線が合う。

 

銀狐が爪を振り上げた。

 

カルエルは右フットバーを蹴りつける。

 

機体が右へ滑る。敵の射弾が右側面をら通過する。

 

アリエルの銃撃が航過する編隊長機へ浴びせられる。

 

だが──

 

バコン!と何かが砕け散る音がカルエルの耳を打った。何が起きたか、理解できない。エル・アルコンの右側を敵の列機が通過していく。

 

凄まじい衝撃がエル・アルコンを包み込む。機首がガクンとうつむき、右側面から黒煙が吹き出されていた。みるみるうちに機速が落ちる。慌ててスロットルを開くが、増速は足りない。

 

さらに──

 

 

「え……?」

 

 

被弾状況を確認しようと後席を振り向いた両目が大きく見開かれる。

 

「アリー……?」

 

 

アリエルが血に沈んでいた。

 

異界のエンジン音が轟く。それは空賊でも銀狐でもない全くの別物の機体からだった。前を見据える。遮風板の向こう、高速でこちらへ近づいてくる機影が見て取れる。

 

プロペラはない、機体は銀狐ほど大きく巨大で、地に塗られた塗装は悪魔のようにも見える。

 

すれ違う。

 

乗っている飛空士の顔が見開かれる。

 

速度を緩めた機体同士が疾風をが巻き起こらないようにやさしく接した。

 

 

「ロレンズ……さん……」

 

 

憧れとは程遠い、それでも自分たちを助けようと必死になってここまでやってきた血塗りの戦空機がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルエルたちの救難信号を経て、駆けつけてきたロレンズ・リーデルことシュトリゴン0。途中の空賊機の邪魔を食い破り、猛勇にここまで飛んできた。サイドワインダーも使い果たし、残っているのはわずかな機銃弾だけ。

 

そして、たった一機しか残っていないカルエル機が目にとまる。

 

アリエルが血に沈んでいた。肩のあたりが鮮血で真っ赤に染まっていた。

 

 

「……な………!」

 

 

ロレンズはすぐさま通信機を伝って、呼び声を轟かせた。カルエルとアリエルを呼ぶ声が通信機からこだましてくる。

しかし、二人とも返事をしない。

 

 

そんな……

 

 

アリエルが、返事をしない。

 

 

あんなに元気で、明るく。

 

 

自分のことを一番に信頼してくれた彼女が、返事をしない。

 

 

ロレンズの操縦桿を握る手の力が自然と強まる。

 

 

そんなまさか。

 

 

自分には、何も守れないのか?

 

 

イスラを守るどころか、1人の子供すら守れないのか?

 

 

ロレンズは後ろにいる銀狐三匹を見据えた。風防のないまっさらな機体、銀色の前進翼。その全てが、憎く見えた。

 

あれは……我々の世界のもの。本来ならこの世界に存在しない機体。主翼に前進翼、機体左右と下部に取り付けられた3面カナード、上下に張り出した大型エンジンユニットに接近配置された、内向き斜め双垂直尾翼で構成されるエンテ型。

 

それはかつてロレンズの世界、ストレンジリアル世界のノースオーシア・グランダーI.G.が極秘に開発した極秘機体……

 

 

「ファルケン……!!!」

 

 

何かが、ロレンズの脳裏を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アリー……」

 

 

カルエルもその名を呼ぶ、しかし返事はない。

 

 

「……アリー。起きてよ」

 

 

返事はない。五体満足であるから、機銃の直撃は食らっていないはずだ。しかし、破片の当たりどころが悪ければ……

 

 

「……アリーってば。ねえ。一緒にベラスカスへ帰るんだよ」

 

 

カルエルは力なく伝音管を握って、ポツリポツリと語りかける。

 

 

「お父さんとお姉ちゃんたちのところへ」

 

 

貧乏だけど、明るくて楽しいアルバス家。

カルエルがお父さんと呼ぶミハエル・アルバスは、元王子でバレステロスでのクーデターによって身寄りを失ったカルエルを引き取ってくれた恩人だった。

生意気言ってげんこつを食らった事もあったけど、いいお父さんだった。

 

 

「空の果てを見つけて」

 

 

アルバス家の姉妹たちも、カルエルのことを受け入れてくれた。そんな楽しい場所へ、アリエルと一緒に……

 

 

「立派な飛空士になって」

 

 

帰るんだ。

 

 

「そうでしょ、アリー?」

 

 

機体の前方、銀狐たちが垂直旋回する。二機揃って両翼を地面に対して垂直にカルエル機と交差してくる。

 

カルエルの視界には、その様子が薄ぼんやりと映っている。熱していた思考が冷めて行く。

 

銀狐。邪魔だ。ぼくは今、アリーと話しているんだ。

 

 

「ねえアリー。動いてよ」

 

 

銀狐が加速する。

 

 

「覚えてる?僕が初めて君に会った日のこと」

 

 

狐たちの牙が、ショーの終焉を飾ろうと振りかざされる。

 

 

「ぼく、不機嫌そうだったでしょ。そりゃそうだね、ほとんど無理やり、お父さんに連れてこられたんだから」

 

 

先頭の鼻先が光った。

 

 

「でもね」

 

 

カルエルはぞんざいに、操縦把柄を回しながら押し込んだ。

 

 

「ほんとは君のこと、かわいいって思ったんだよ」

 

 

エル・アルコンが急横転を打つ。

 

 

「君と一緒に寝るの、大好きだった」

 

 

銀狐が不意をつかれたかのように2機が乱れる。銀狐の2機がカルエル機の左右を突っ切る。ジェットエンジンの爆音がカルエル機揺らすが、全く気にも留めない。

 

 

「朝起きたら、君に蹴られたりしたけど」

 

 

機首はそのままエスコリアル飛空場を向いている。

 

 

「殴られるのがわかっててもさ」

 

 

飛空場まで後3分。

 

 

「君のそばだと安心できたんだ」

 

 

銀狐たちが翼を翻そうとした時、別の爆音がカルエル機の上を突っ切る。

 

 

「君が一緒にイスラに乗ることになった時」

 

 

ロレンズのフランカーだった。フランカーはそのまま、翼を広げた銀色の狐たちに機銃弾をぶつける。

 

 

「ぼくほんとは、とってもうれしかったんだ」

 

 

銀狐三機は不意を突かれ、半ロールを打つ。さっきまで銀狐がいたところに対して正確無慈悲に30ミリが通りすぎていった。

 

 

「知ってる?」

 

 

その様子を見かねた空賊戦空機たち、編隊長機が指示送りカルエルに対して後ろ上方に位置した。空賊たちの牙が、後方から襲いかかる。

 

カルエルはフットバーを蹴った。

 

 

「ぼく、君のことが大好きなんだ」

 

 

エル・アルコンがいた場所を、銀狐の牙がかすめる。まるで、読まれていたかのような避け方。空賊機たちがお互いに顔を見合わせる。

 

 

「ねえ、アリー」

 

 

しかし、彼らはそんな思考も許されなかった。

ロレンズの機体が軽い宙返りを打つ。わざと大回りに回ったそれは、カルエル機の後ろについた空賊機たちを逆さに捉えていた。

 

切り刻むかのような鉄槌。

 

ロレンズは空賊の機動を読むこともなく、引き金を絞って撃ち込んだ。そして、当たる前に射撃をやめる。まるで、当たることを確信しているかのような素ぶりだった。

 

機銃弾が当たり、砕け散ったのは先頭の二機。30ミリの餌食となった空賊機たちは、翼を折られて地面へと爆散して行く。

 

 

「君がいないと嫌だよ」

 

 

その機動と銃撃に、カメラで見据えていた銀狐達はエラーを起こした。

 

 

「君がいないと、生きていけない」

 

 

2人とも先ほどまでよりも格段に操縦技術が向上している。カルエル機はまるで後ろに目が付いているかのようであり、ロレンズは未来が見えているかのであった。

 

 

「アリー。お願い、起きてよ。

 

 

 

 

 

 

ほんとは王子だ、とか言って、もう君の前で威張らないから。

 

 

 

 

 

 

君の弟でいいから。

 

 

 

 

 

 

ぼくの命をあげるから。

 

 

 

 

 

 

神さま。

 

 

 

 

 

アリーを助けて」

 

 

カルエルは、薄くなる思考の中で願いに頼った。隠れていた月明かりが、雲の中から顔を出す。少しだけ明るさを増した空に、月明かりの下カルエル機が照らされる。

 

そのとき──

 

 

「……ん?」

 

 

思考に熱せられたカルエルの眉が、わずかに寄った。

 

その行為に疑問を感じたロレンズの叫び声が聞こえる。薄ぼんやりと聞き流してしまう。銀狐とロレンズの機体たちから鳴り響く轟。そのひとひら。

 

聞いたことのない、異質な力強い轟音が響いてきた。耳を切り裂くような、空をかき分けるような、そんな音が空域へ紛れ込んでいた。空賊のジェット機のものでもなく、イスラ空挺騎士団でもなく、ロレンズの機体でもない、異邦の音調。

 

 

「ジェットエンジン……?」

 

 

カルエルはそれの正体を耳で感じた。

カルエルは周りの世界へ視線を送るが、何も見えない。空賊の新手だろうか。後方へ目を回してみてもそれらしい機影は見えない。

 

唐突に──

 

黒煙を切り裂いて、空賊ジェット戦空機のうち1機がいきなり後ろへ現れた。

 

 

「!?、しまった!?」

 

 

それは誰の声だっただろうか?ロレンズかカルエルか?無我夢中でわからない。

 

黒煙を切り裂いて、銀狐がいきなり後ろに現れた。相手はすでにカルエル機に首尾線を合わせている。

慌ててカルエルがフットバーを蹴った瞬間、あらかじめ予測していたように、滑った先のこうほうにも空賊単座プロペラ機が待ち構えていた。

 

カルエルの髪がゾッと逆立つ。

 

ロレンズが叫ぶ。しかし彼はいつのまにか他の二機の銀狐に追い立てられて、駆けつけられない。気づいたとしても、時すでに遅い。

 

 

「くっ…………!!」

 

 

カルエルが叫ぼうとした、その時──

 

 

 

 

 

 

ブヴヴヴヴヴン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

異形の轟音と白銀の煌めきが黒煙を裂いた。

 

 

「え──?」

 

 

閃光の向かう先、銀の狐にその暴力が突き刺さる。煌めきは光り輝き、銀狐のきらびやかな異形の胴体へと突き刺さる。

続けざまに機体は一刀両断に斬り落とされて、夜の方へ消えて行く。

 

 

「「え……?」」

 

 

カルエルとロレンズは思わず呟いた。

 

どうやらこれは……銀色の曳光弾。しかも、撃ち込んだ機銃も見たことのないものだった。一瞬機銃ではなく雷が降ったのかも思ったほどのそれは、空挺騎士団でも空賊でもましてや空中艦隊でも使っていない機銃と曳光弾だ。

 

すると銀狐が何かを察知したのか、2匹はロレンズのフランカーから離れて行き、周りをくるりくるりと旋回し始めた。

そして空賊戦空機も慌てて距離をとった。敵機の壁が離れて行く。空賊達もいきなり現れた新手の正体をつかもうとしているようだった。

立ち込める煙がはれ、カルエルの視界が開ける。

 

天頂から降り注いでくる真っ青な月明かりの最中──

 

異邦の音調が後ろから迫ってくる。

 

振り返える。

見たことのない機影がゆっくり、カルエル機へ近づいてくる。こちらへ首尾線は合わせていない。怯える子犬に近づくときのように、慎重に翼を上下に振るっている。これは自分に攻撃の意思はないという暗黙の了解だ。

 

 

「誰……?」

 

 

いつでも逃げられるように、カルエルはフットバーに右足を置いて、謎の機影に片目を送った。

 

 

「……誰だ……?」

 

 

その光景に、ロレンズのフランカーも近づいて、その様子を確認しにきた。彼にも異邦の騎士の姿が見えていたはずだ。

 

未知の機体は、空気を切り裂く音を奏でていた。だが、それが牙を剥くことはない。まるで、力強く優しい賢者の獣のような機体であった。

 

ジェットエンジン。

かの機体にはそれが備わっていたことがわかった。

 

 

「……!ロレンズさん……」

 

「ああ……こちらでも見えたぞ」

 

 

その瞬間、カルエルとロレンズは彼が敵なのか味方なのかを瞬時に考えた。ジェット機は今まで空中艦隊にしか、配備されていないはずだった。

おそらくは、銀色の曳光弾で空賊を撃ち落としたのはこの機体であろう。会ったその場で撃墜していたのだから空賊の敵か。

ロレンズから見れば、空中艦隊でもない。

未知の第三勢力が戦闘空域へいつのまにか紛れ込んでいる。

 

カルエルは息を呑みながら、未確認機を見つめる。

未知の機体は、異邦のジェットエンジンの音を響かせながら、ゆっくり慎重に、カルエル機に並んだ。カルエルは恐る恐る右目を謎の機体へ送る。

 

雷撃機と見間違えるほどの大きさの青色の機影は、全身が流れる流線型の形をしており全体的に垂直面が少ない。

 

操縦席は前に前にと突き出しており、風防はなんの仕切りもないまっさらな形をしている。ガラスになんらかの加工がされているのか月明かりを跳ね返し、橙色に光り輝く。

 

そこにプロペラはなく、代わりに機体の上下に引き込まれてしまいそうな暗い空洞がパカリと開いていた。

 

そして、翼はなんと前向きに恐ろしいほど突き出ており、V字の翼の形をしている。先端翼、主翼、尾翼の三対の見たこともない翼形状だった。

 

そして、カルエルはその光景に驚いた。

なんとジェット機はローターを水平に立てたエル・アルコンと平行に同速度で飛んでいた。

 

よく見れば、機体の上面のカバーが開き、そこにもう一つのジェットエンジンがあるではないか。さらに機体後ろのノズルは目一杯下を向いていて、まるで空気を下へ下へと送り込んでいるようだった。

 

翼も、尾翼も、下向きに折りたたまれるように下を向き、まるでこれから着陸をする鳥のような風貌だ。

 

そうつまり、かの機体はエル・アルコンと同じく垂直離着陸を行える機体だった。まさか、ジェット機であんな芸当を可能にするとは、カルエルは信じられなかった。

 

そして、それはロレンズも同じであった。

 

 

「なんと……」

 

 

ロレンズは自分の記憶を絞り出して、その機体に思い当たる節があったのだ。先端翼、前進翼、折りたたまれる尾翼、それらを持ち合わせているのはあの機体しか無い。

 

 

「まさか……あの機体が……」

 

 

と、その機体の飛空士がひとり。風防越しにこちらへ顔を向けてきた。酸素マスクを外し、ヘルメットのバイザーを開けてこちらを興味深げに観察している。

特に、ロレンズのフランカーには少し目を見開いていた。まるで、そこにいるはずのないものを見て驚いているかのような。

 

どちらも初見なのは確からしい。光の加減と風防の加工により、その機体の飛空士の顔は口元しか見えなかった。年齢を判別することはできないが、まだ年若いような印象をカルエルとロレンズは抱いた。

 

異邦の飛空士は二人の機体から視線を外してカルエルの後席へと目を向けた。血まみれのアリエルが見えたのか、彼の口の端が痛ましそうにしわを寄せた。

 

謎の飛空士が、カルエルの方を向き口元が動いた。

 

 

(大事な人?)

 

 

その飛空士がそう尋ねてきているようにカルエルは思えた。

理屈ではない。直感的に、この人はそう尋ねていると理解できた。

 

 

(とっても、大事な人)

 

 

カルエルは涙ぐみながらそう答える。

きっと、僕よりも大事な人。そんな風に思える、初めての人。

 

 

──イスラを守るどころか、大切な人すら守れていない。

 

──そのことを認めるから。もう偉そうなこと言わないから。

 

──だからどうか、アリエルを助けて。

 

 

そんな気持ちを、今まで話したこともない飛空士へ無言で伝えた。その飛空士の口元が、困ったように微笑むのがわかった。

 

思考にくれるように、彼の顔が前方へと戻る。

 

 

──彼の目線の先。

 

 

空賊戦空機はカルエルに近づこうとしない。未確認機の実力を推し量っているのか、それともチャンスをうかがっているのか。

 

そしてはるか前方から2機、こちらへ向かい脇目も振らずかけてくる機影がある。

 

親を失った二匹の銀狐。

 

独特のジェットエンジンを奏でながら、態勢を立て直して体調機の仇を取るように反抗してくる。その姿にロレンズは身構えて、抵抗しようと機体を翻そうとする。

 

そんな中、カルエルは潤んだ瞳を異邦の飛空士へ戻した。

 

会ったことのない相手、だけれどもどこか優しい雰囲気を醸し出す彼にすがりつきたかった。

 

身勝手な思いはあっさり届いた。

その飛空士は酸素マスクとバイザーをつけると、手のひらを出し、ハンドサインを送った。

 

 

(そこにいて)

 

 

彼は機体を翻す。

機体の主翼と尾翼たちが一斉に張りを得たかのように変形していき、主翼と先端翼は真っ直ぐに、尾翼はキッとV字型になる。

 

機体が前に出て、月明かりの下でもわかるほど赤いエンジンノズルの中に煮えたぎる炎を蓄え、その機体を加速させる。

 

その光景に二人は目を奪われた。

あまりに洗練された、美しい機体であった。

 

彼は銀狐を正面から迎撃するつもりだ。昂りなど微塵もなく、飄々とした横顔を風防越しにわずかに覗かせ、カルエル達を追い越していく。

 

謎の機体の尾翼が持ち上がり、尾翼に描かれたイラストがカルエルとロレンズの目に入る。

 

純白の鳥のエムブレムだった。

白い羽毛に青灰色の翼、歪曲した嘴。みゃあみゃあと猫みたいな声で海の上を飛ぶ。

 

あの鳥の名は──

 

 

「海猫」

 

 

蒼い空へ自由に翼を広げ、いくつもの海を渡る鳥の名前。海猫は静かに、カルエルたちの前方へと突出してゆく。

 

前方から銀狐たちが牙をあらわに襲い来る。海猫は正面から彼らと対峙する。

 

銀狐が左右へ大きく別れて高度を一気に下げ始めた。ジェットエンジン特有の大出力に物を言わせて上昇、そして500メートルほどの優位高度から機種を下に向けて突っ込んできた。

 

海猫はあいも変わらずアフターバーナーを炊くことなく、巡航速度のまま高度を上げて正面に正対する。その後ろ姿は裏庭を散歩するように安穏としている。

左右の銀狐が加速する。マッハ越えの戦闘速度。その銀翼が傾き、左右から一気に海猫めがけて降下する。

 

狐たちの機首から爪が振り上げられ、左右から海猫めがけて振り下ろされた。放たれた曳光弾が真っ赤な螺旋状の帯を2条、海猫の翼へと伸ばしてゆく。

 

海猫はひらりと身を翻し、風に乗る木の葉のような動きで狐たちの二つの爪の僅かな間隙を縫った。

 

銀狐たちはすれ違うとそのまま高度を落とし、地面へと向かって降下して行く。降下して速度を稼いで、その後に機首上げをして海猫を追いかける姿勢だろう。

 

この機を逃すまいと銀狐が二匹揃って増速しようとした矢先──

 

 

 

くるり。

 

 

 

海猫はその場で180度反転した。

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

カルエルが目を見開いている間に、海猫は反転した。機種を翻しての旋回ではない、その場でぐるりと回転して、後ろを向いた。

だが、海猫の機体は上空に向かって登り続けている。つまり、進行方向とは真逆の方向に機首を向けて飛んでいるのだ。

 

 

(まさか……)

 

 

カルエルは海猫の意図を悟った。無防備かと思われた海猫は、あっという間にその首尾線に銀狐たちを捉えていた。海猫は、そのまま機銃で仕留めるつもりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ドルルルルルルルル!!

 

 

 

 

 

 

カン!キン!

 

 

 

 

 

 

 

機銃の轟音と金属の当たる澄んだ音が、イスラの空に響いた。もはや機銃とは思えないほどの轟音とともに、無数の曳光弾が放たれた。

 

同時にそれらが銀狐たちに殺到してゆく。2機の銀狐のジェット機に無数の弾痕が刻まれ、鋼鉄の破片がキラキラと星空へこぼれ落ちた。

 

拡散していく飛沫の中、銀狐たちはいきなりガクッと機種をうなだれ、そのまま力なく地面へと急激に高度を落としていく。

 

息を飲むカルエルとロレンズの前で、地面に激突、盛大な爆発とともに火葬の炎をふたつ、星空へと炊き上げた。

 

カルエルの口がぽかんと開く。

 

ヴァン・ヴィール組をほとんど壊滅させたあの銀狐たちが、ロレンズが介入してもその翼を折ることのなかった俊敏な狐たちが、突然現れた海猫の前に爪も立てられないまま二匹揃って機体を撃ち抜かれてしまった。

 

たったの数秒の斉射、しかも当ててみせた。離れた、しかも常に進んでこちらを射抜かんとしている敵機に対して、機首だけ反転して二つの針の穴を通すのは技量というものを超えた何か。もはや、人間業ではないことはカルエルにも朧気にわかった。

 

そして狐を落とした機銃も、普通の機銃ではない。尋常じゃないほど連射力が違いすぎることをカルエルは察した。

 

あの数秒の斉射で何発を使った?数えられなかった。曳光弾の陰に隠れた弾でも発射音を聞けば大体何発撃ったはわかる自信があった。

 

しかし、あれはなんだ?ロレンズのフランカーの機銃も相当な連射力を持っているが、あれはまるで機銃音が繋がって聞こえてしまうほどであった。つまり、連射速度は尋常ではないレベルであるという事だ。

 

海猫は機体を立て直し、機首を進行方向へ向け直す。一瞬機体の高度がずれたがすぐに立て直し、青灰色の機体上面をカルエルの目に晒しながら、あたかも満月を目指すかごとく星空を上昇していく。

 

近くにいた6機の戦空機が慌ててそのあとを追う。しかし、ジェット機相手には加速力に天と地の差がある。空賊機も加速しているが、上昇速度は海猫の方が圧倒的だった。

 

それでも、悠然と空の階梯を上る海猫の背後へ殺到する。まるであえて敵機を呼び寄せているかのような、緩慢な海猫の動作だった。

 

敵機へ構うことなく海猫は上昇を取りやめ、エンジンを絞って頂点を定めた。機首を天頂へ向けたまま上昇を終わらせる。カルエルの位置からはちょうど、満月と海猫の機影が重なって見えた。

 

蒼い満月の背景へ、その異形の美しい機体を満面に刻み込み、海猫は音叉を逆さあてがうように反転(ターン)した。

カルエルは自分が戦闘空域にいることも忘れて、海猫が曳くノズルの陽炎に魂を奪われていた。

 

海猫を追いかけていた空賊機たちは、今のターンを目の当たりにして自分たちが勝てないことになぜ気づかないのだろう。

 

いま、この戦闘空域を支配しているのは誰なのか?この空の王が誰なのか?

 

満月を背にしたその機体が告げている。

 

 

「海猫……さん」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

カルエルはその名前を口にして、今のターンと一緒に頭蓋の中枢に記録した。

 

空賊機の真っ赤な曳光弾が海猫めがけて撃ち上げられた。噴火口から迸る溶岩のような灼熱の弾幕。その只中を海猫は桜の花弁みたいにひらひらとかわしてゆく。

 

何食わぬ顔で弾幕を避け切り、空賊期待の合間を縫うと、地表近くで機首を引き起こし、後方に敵機を残してカルエルの方へ戻ってきた。

 

そして、空賊機が先ほど海猫がターンした高度まで上り詰めると──

 

 

 

ぱきん。

 

 

 

満月を背にして空賊機が砕け散った。いつの間にか放たれた機銃弾が空賊機を貫き、破裂した。

 

風防も、翼も、胴体も、エンジンもプロペラも、全てがばらけて散らばってゆく。天頂へ機首を向けながらゆっくりと墜ちていき、夜空を叩き上げるような焚き火となった。

 

残った空賊戦空機たちはようやく、この空の王が誰だか悟ったらしい。銀狐三機失ったことで戦闘意欲も失われたのか、もはや海猫に近づこうともしない。

 

カルエルは相変わらず呆然としたまま接近してくる海猫を見ていた。

 

 

──なんて綺麗で……

 

──なんて悲しそうに敵を落とすんだろう……

 

 

海猫の戦舞には悲しみの底が隠しようもなく横たわっていた。この人はきっと戦うことが好きではない、そう思えた。

 

 

──こんな風に……

 

──こんな風に飛びたい……

 

 

心がそう囁いているのをカルエルは感じ取った。素直に憧れているのだ、海猫のその飛び方はカルエルは今の今まで見たことがなかった。

 

まるで次元が違った、空戦をしているようには見えなかった。戦場の空はもはや彼の一人舞踏会であった。

 

「やたらめったらな空戦機動など無粋だよ」と言わんばかりに基本動作をこれ以上なく精密に、優雅に表現していた。

 

とても美しく、とても儚く飛ぶその様に、カルエルは見惚れていた。

 

ロレンズも海猫の空戦機動に目を奪われていた。彼のした機動、それはジェット機の本質をも、戦闘機であることすらも忘れさせてしまうほどであった。

 

 

「あれは……左捻り込み……」

 

 

ロレンズが見たのはかつての零戦(ゼロファイター)が行なってみせた、左捻り込みという空戦機動であった。しかし、その機動はプロペラのついたレシプロ機でしか出来ない芸当。ジェット機では到底不可能な空戦機動であったはずだ。ならば、あれはその再現であろう。

 

なら、どうしてその真似事ができる?

もしあれが海猫一人の技量であったならば相当だ。あの時、海猫のジェット機はVTOL機能をうまく使って左に捻り込んでその機動を再現していたのだ。それらの操作が人間業でないことは一瞬でわかった。

 

そして、あの機体。

 

カナード、前進翼の主翼、V字型尾翼を持つあの蒼い機体の事をロレンズは知っていた。いや、だがそれは本来ならばこの世界に存在しないはずの機体であったはずだ。

 

あれは、我々の世界の物。ストレンジリアル世界において、かのノースポイントが開発したステルス戦闘機……

 

その機体は──

 

 

「震電Ⅱ……」

 

 

それが、なぜここにいる?

 

カルエルとロレンズの自失をしってかしらずか、海猫は翼を振りながらこちらへ接近してくる。

カルエルはそこでようやく我に帰り、力一杯手を振って、届くはずのない言葉を海猫に投げた。

 

 

「……ありがとうっ、海猫さん……ありがとう……っっ!!」

 

 

すれ違い様、海猫はカルエルにも口元だけの微笑みを送る。そして、地上の一点を指差すと、カルエルたちを置き去りにしてヴァン・ヴィール地区ほうめんへと機首を向けた。

 

 

「ありがとう……!本当に……ありがとうっ……」

 

 

とにかく、感謝の言葉を送るしかカルエルには出来なかった。いつか恩返しができることを祈る。そして、海猫が指し示した方を見下ろした。

 

 

「あ……」

 

 

そこには、エスコリアル飛空場の誘導灯の線が、夜の底に輝いていた。それでようやく自分が家に帰り着いた事に気がついた。

 

 

「……帰ってきた!!やった、帰ってきたよ!!」

 

「ああ、私たちは帰ってきたんだ」

 

 

アリエルは返事ができなかった。カルエルは彼女が重傷を負っているかもしれないことを思い出し、大慌てで操縦把柄にのしかかるようにして最後の力を振り絞り飛空場を目指した。

 

エスコリアル飛空場にカルエル機が着陸すれば、生き残りのファウスト、ウォルフ、アスカとシノン。そして地上にいたセンデジュアル組の生徒たちが懸命な顔で駆けつけたのは言うまでもない。しかし、彼らの質問は気絶したアリエルが担ぎ出されたところで消し飛んだ。

 

カルエルは彼らに負けないくらいの懸命な表情で、駆けつけてきた衛生兵に取りすがりながらアリエルから離れようとしなかった。

 

そこへ飛空戦艦ルナ・バルコが回頭してきた。カルエル達が着陸してから十分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルエル機が無事エスコリアル飛空場に着陸をした。駆け込んでくる仲間の人たちがポツポツと見えている。

 

その様子をホッとした様子で海猫は見据えていた。戦闘空域なのにもかかわらず、悠然とした飛び方で、まるで裏庭を散歩するかのように。

 

 

「先程の事で礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 

ロレンズは海猫の震電にバンクを振るって近づいた。青い青灰色の機体のディティールまでよく見える距離まで近づく。しかし海猫は反撃はしてこない。

 

 

「とても素晴らしい操縦技術だった。見事な腕だ」

 

 

通信を開かなくても届くような近さだ。お互いの顔は風防とバイザーに隠れて見えないが、隣からでも安心したような笑みが見て取れる。

 

 

「貴方の所属を述べて欲しい。我々でも空賊でもない恩人の名を、私は知りたい」

 

 

敵意のない言葉で、ロレンズは語りかける。空賊でも、空中艦隊でもイスラでもない第三勢力。そして凄腕を持ったパイロット。そのどれもが、我々の疑問を呼ぶからだった。

 

海猫はヘルメットのバイザーを開いた。若々しい顔つきが、ロレンズの目にも見て取れる。彼は優しい表情のまま通信機を手に取る。

 

 

<<IUN国際停戦監視軍、神聖レヴァーム皇国駐留エイギル艦隊聖泉方面探索隊所属、狩乃シャルル大尉です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめまして、ベルカの飛空士さん。

 

 

 

 

 

 

お会いできて光栄です>>




小説内で出てきたファルケンですが、本調子が出ていません。
ミサイルは装填されていないし、機銃はただの7.7ミリの機関銃に変えられていて、頭もまたまだバグだらけ。

なのでカルエル機相手には無双できていません、その理由は後々明らかにする予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。