とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》 作:篠乃丸@綾香
「見えるか?」
「はい、イスラです!島の表面から黒煙と戦闘の模様らしき閃光が確認できます!」
「アイガイオンからの連絡通りですね」
「……ああ」
視認対策として照明をつけていない暗めのの艦橋で、オズワルドとレオポルドはそう呟いた。
暗闇に光り光るイスラ。ヴァン・ヴィール地区やセンデジュアルにポツポツと光り輝く閃光はこの島が戦場になっているという証拠である。
そのイスラに魚影が舞い込んでくる。巨艦、ルナ・バルコだった。アイガイオンの到着からかなり遅れ、ルナ・バルコは到着した。悔しいものの、アイガイオンはジェットエンジンを24基も抱えているが、ルナは6基の揚力装置のプロペラのみ。推進力では差が大きかった。
アイガイオンからイスラが攻撃を受けているとの報告を受け、直掩機15機を従えてゆっくりとその巨体をイスラに向けていた。本来ならば直掩機はイスラに回したかったが、アイガイオンが先ほどの囮爆撃機艦隊を撃滅してくれたおかげで余裕ができたため、ルナに付かせたままにしている。
「よし、ここで空賊共に発破をかけるぞ」
「ええ。空中艦隊に手柄を取られそうです、ここはひとつ我々も活躍をしましょう」
そう、アイガイオンはルナに敵の戦艦部隊がいることを告げていた。しかも、アイガイオンは敵飛空要塞への攻撃に集中するらしい。
つまり戦艦部隊をルナに任せてくれたのだ。
そのために、彼らは戦意を昂らせてイスラへと向かっていた。
ルナ・バルコは戦意、準備共に不足なしである。
「よし、艦長。総員戦闘配置だ」
「了解です。総員、戦闘配置!繰り返す、総員戦闘配置!」
それを聞けば、待ってましたと言わんばかりに乗組員たちが戦闘配置に着く。慌ただしく館内を駆け巡り、砲手は主砲に、機関士は揚力装置に、対空要員は砲座に着く。
「観測機が敵艦隊を発見!本艦前方真正面、距離20キロ!」
「アイガイオンが捉えていた奴らか、数は?」
「戦艦2、巡空艦3、駆逐艦5!空中艦隊へ向けて転進中です!」
全部で10隻、これはなかなかの大物である。事前にアイガイオンからは超弩級戦艦クラスが最低でも2隻いることを知らされていた。おそらく、彼らの電探で捉えた大きさを基にした数であろう。情報通りだった。
対してルナはたったの一隻、同じ超弩級戦艦といえども数の上では不利であった。しかし、ルナは三連装砲を左右二列に配置している特殊な戦艦だ。背追い込み式の砲塔は前部三基、後部一基。その数は左右合わせて8基もある。
この数は散布界を狭めながら行う砲撃戦で有利である。砲門数が多ければ多いほど、散布界の密度が多くなり命中しやすい。
「巡空艦は軽重を特定できるか?」
「いえ、観測機によると似通った外観をしており判別はできない模様です。暗いのでよく見えないのではないかと思われます」
そうか……とレオポルドは呟いた。おそらく敵の艦は艦首を誤認させるためにわざと形状を似せているのかも知れない。艦の種類を誤認させる前提で船を作るなど小癪な手段だが、我々のドクトリンとはまた違う進んだ印象を受ける。
(敵は戦い慣れているな……)
レオポルドは空賊に対してそうぼやいた。敵の詳細な情報が知れないのは手痛いが、今はそれどころではないであろう。
「仕方がないな……あちらに向かっているということは、アイガイオンを追っているのか?」
「どうやらその模様です。アイガイオンは敵艦隊の射程圏外にて敵飛空要塞を攻撃中」
さすがはアイガイオンである。マカロフ大佐の優秀な指揮のもと、彼らは速力を生かして射程距離外にて敵戦艦部隊を振り切っていた。
そして敵戦艦部隊はそれを追いかけようとしており、ルナに背後を見せている。
「そうか、背中を突くようで悪いが、このまま攻撃させてもらう。艦長、主砲砲撃戦!追撃用意!」
「了解です。全艦、主砲砲撃戦用意!最大船速!!」
ルナの6基の揚力装置が唸りを上げて、加速し始めた。ぐわんぐわんと鳴り響く振動は、環境の内部にいてもしっかりと感じられる。
揚力装置は偉大な発明だ。これがなければ飛空艦は生まれなかったし、大瀑布だって越えることができたかっただろう。今こうして、聖泉の上を飛んでいることもなかったかも知れない。
「距離一七〇……」
艦内は底知れぬ静けさを保っていた。周りの空は不気味なほど静かで、暗く、ルナと直掩機たちのプロペラの音だけが響いていた。
距離が20キロを下回っても未だ敵艦を確認することはできない。この時間は夜、夜戦となる。夜戦での戦艦同士の砲撃戦は、いかんせんお互いが暗闇に隠れる。そのため砲撃戦としてはかなりの近距離戦闘となる。
「一六〇…」
別段、飛空艦は音を頼りに察知されるわけでもないのに自然とレオポルドたちは静かになってしまう。緊張感が体をピリピリとさせ、冷や汗を垂れ流す。そして、その時はやってきた。
「距離、一五〇!」
「今だ!合図を送れ!」
レオポルドの指示が轟けば、その命令はすぐさま無線で観測機に伝えられて伝達される。途端、観測機の機体後部座席の搭乗員が何かを放った。空高く上に向かって放たれたそれは、蛇のような白い尾を引きながら上へ上へと登って行く。
さすれば、敵艦隊の上空に灯火が光る。夜が裂け、明るさとともに空賊の魚影達が浮かび上がる。そう、ミツオたちが空賊爆撃機艦隊を照らしあげた照明弾そのものであった。
<<な、なんだ!?>>
<<敵の照明弾です!後方にも敵戦艦!>>
敵の慌てふためく様子が目に浮かぶ、レオポルドは自然と自分の作戦がうまくいったことを知り、ニヤリと笑う。
「敵艦隊!目視で視認!」
「砲撃開始!」
レオポルドの号令一下、火蓋は切って落とされた。不意をつく先制攻撃、ルナのハリネズミのこどきその砲門たちが、暴力の火を放たんと旋回する。
さあ、地獄の業火で敵を焼き尽くせ!
「撃てっ!!」
途端、ルナは轟音と爆音に包まれた。
まるで空全体が震えるかのような巨大な爆音。辺り一面の空気が黒く焦がれ、空気が震え、艦橋を、ルナ全体を大きく震わせる。
敵戦艦を葬らんと殺到して行く。
斉射前の試射。前部の砲門の約半分、九問にも及ぶ破壊の一撃が敵戦艦を捉えようと飛翔して行く。戦艦より早く、戦空機よりも早く飛んで行く9発。山形の軌道を描いて炸裂した。
途端、9発はその暗闇に閃光を咲かせた。一番先頭の戦艦、その艦首の周りを覆い尽くすように爆煙がかぶさる。敵戦艦の艦首の前に爆炎たちが華を咲かせる。艦は揺れ、空は砕け散り、爆炎は周りの船をも焦がす。
「観測機より報告!遠弾です!」
その報告を聞いたレオポルドは砲術士の腕前に感心した。初弾で遠弾ともなれば、周りの空気や風の影響を計測しやすい。そのため、空挺騎士団内では初弾で遠弾は最良とされていた。
「主砲装填急げ!」
その号令を聞けば、ルナの乗組員たちは皆一層に気を引き締め始める。まだ戦闘は始まったばかり、自分たちの腕次第で敵戦艦を葬れるかが決まる。
状況はルナが空賊艦隊を追いかけ回す形での追撃戦。それならば、前部に砲門を集中配置させたルナの方が有利であろう。
<<挟み撃ちか!全艦急ぎ左回頭、戦艦を先に落とせ!>>
途端、敵の戦艦部隊が一斉に回頭をし始めた。一糸乱れぬ艦隊行動、戦艦を先頭に出し巡空、駆逐と後に続く単縦陣。どうやら敵側も艦隊行動に慣れている模様だ、空賊は蛮族と侮っていたレオポルドだがこれは考えを改めなければならない。
「敵艦隊が左回頭!イスラ東側へ転進中!」
「ならばこちらも左回頭!追撃せよ!」
しかし、それを改めるのは生きて帰ってからだ。ルナの乗務員を死なせないためにも、指揮官である自分が持てる技量を尽くさなければならない。
「了解!取舵一杯!」
「と〜りか〜じ!ヨーソロー!」
ルナが唸りを上げてその巨体をぐわんぐわんと翻す。駆逐、巡空には遠く及ばない旋回半径だが、それでも戦艦の部類の中では早く曲がれる。ルナは戦艦にしては機動性が高いのだ。流石は、バレステロス随一の造船技術を尽くして建造された戦艦なだけはある。
「このまま同航戦に入る!主砲第二斉射用意!」
状況は補助艦の数が多い空賊側が有利かもしれないが、それは数だけの話。戦艦同士の砲撃戦では砲門数の多いルナが優っていた。戦艦2隻を合わせても、横っ腹を見せて全ての砲を向けているルナの火力には勝てない。
しかし、敵も戦意勇猛。ルナに対する振りも御構い無しに、関係ないとばかりに突き進む。そして、敵の砲門たちが閃光を上げて暴力を放った。
「敵艦発砲!」
「構うな!第二 射!」
「第二射、撃てっ!!」」
レオポルドとオズワルドの号令一下、再びルナの主砲が爆裂する。空を引きちぎるかのようなそれは、夜空を焦がし、余韻の陽炎が主砲をゆらゆらと揺らす。放たれた9発の暴力が、再び敵艦船に襲いかかる。
山形に飛んで行く46センチ砲弾。9発のそれは、山形の頂点を超えると飛空戦艦に向かって殺到して行く。独特の風切り音を立てながら、飛空戦艦に突き刺さろうとしていた。
しかし、その砲弾が届くのを見届ける暇は全くない。敵艦からお返しとばかりにルナと同程度の暴力の雨が降り注いで来ようとしていた。
「弾着、来ます!」
「衝撃に備え!」
途端、ルナが暴力に揺れた。
目も眩むような閃光が防弾ガラスの向こう側を恐ろしいほど彩り、耳を聾す爆発音が轟いた。
「損害報告!」
カシルダ副長が伝音管越しに怒鳴りつける。いつもは小動物のような彼女も、戦闘時になればこの通りだ。
<<各砲塔!損害軽微!>>
<<左舷電気回路破損!第2区画停電!>>
<<左舷第1対空砲、使用不能!>>
主砲塔はかなりの厚さの天蓋に守られており、損害は軽微で済む。主砲弾が真上で炸裂しようと耐えられる設計だ。
しかし、敵の徹甲弾は時限信管で炸裂してくる。その破片は対空砲や、やわな回路たちを破損させる。
「各部署のダメージコントロール急げ!停電を急いで復旧させろ!」
オズワルドの号令はここにきても冷静である。戦艦が砲撃戦で傷つくのは承知の事、ならばせめて、その被害を最小限にまで抑えるのが彼ら指揮官の役目である。
「復旧を急がせろ!こちらの砲撃は?」
レオポルドがそう言った瞬間、砲弾たちが向こうで破裂した。敵飛空戦艦の周りの空気たちが閃光を上げて暴力を開花させた。破裂の華たちは炎を上げて燃え尽きる。
「至近弾!敵艦から微量の火災を確認!」
第二斉射で至近弾。第一斉射で遠弾だったことを考えると、もはや完璧とも呼べるような砲戦経過であった。
「よし、このまま続けろ!主砲第三斉射!」
「了解、主砲第三射!打てっ!!」
ドカンドカンドカン!
ルナはまたもや主砲の拳を振り上げた、敵艦を殴ろうと殺到して行く9発の暴力。その一つ一つが敵にとって憎たらしいほど、自分たちにとってはありがたいほど正確に降り注いで行く。
そして、華は咲いた。
主砲46センチにもなる巨大な火薬たちが、全て敵の戦艦を捉えて周りを焦がしていった。時限信管で彩られた散布界は、周りの空気を焦がして炸裂する。その間に埋められるように敵戦艦は鎮座している。その模様は主砲の爆炎に戦艦が包まれているかのようであった。
夾叉である。
「観測機より入電!夾叉です!」
艦橋が「おお……」とちょっとした歓喜に包まれる。第三斉射だけで夾叉を得られたのだ。それは、このルナ・バルコの搭乗員がいかに優秀かを物語っていた。このままいけば、敵飛空戦艦を撃滅するのにかなり有利な立場に立てる。
しかし、その思想は衝撃によって打ち切られた。
禍々しい飛翔音、それがしたかと思えば夜闇の暗さがパッと光る。火山の真っ只中にいるかのような衝撃がルナを包み込む。
全長二百六十メートルを超える巨体が大きく動いた。分厚い艦橋にさえも衝撃が伝わる。レオポルドは懸垂式の双眼鏡を掴んで転倒をこらえ、オズワルドとカシルダは手すりにつかまって揺れるルナの衝撃に耐えた。
「敵近弾多数!」
「ぐぅぅ!敵もなかなかだ!被害報告!」
オズワルドが唸れば、各部署から被害が上がってくる。悲鳴のようなそれは、被害の大小なれども無視はできない。
<<こちら兵員室!衝撃で負傷者あり!>>
<<右舷三番、四番対空砲旋回不能!>>
「負傷者の対応急げ!対空砲の応急処置もだぞ!」
ダメージコントロールは迅速に行わなければいけない。さもすれば、船員一千名がたった一人二人のミスによって空中に没するやもしれないのだ。
「艦長、夾叉したなら一斉射撃だ!」
「了解です!」
そう、夾叉したならば散布界の濃度を高めるために一斉射撃の方が効率が良い。せっかく前部に二列三段、後部にも主砲を構えているルナの特徴を活かすにはこれが一番である。
<<主砲装填完了!>>
「主砲全基、第一斉射!打てっ!」
途端、先ほどの衝撃とは比べ物にならないほどの強力な衝撃が鳴り響いた。
ドカンドカンドカン!一基三門にもなる主砲たちが一斉に火を吹き、周りの空気を轟かせる。一番砲、二番砲、三番砲、四番砲と順々に火を吹いて左右のバランスが少し崩れるくらいの反動がルナを伝わる。
全部で24門。空賊の標準的な主砲九門を携えた戦艦とは、まるで比べ物にならないほどの数の主砲たちが一斉に殺到して行く。それらはまるで、魚を狩ろうとして行く槍のようであった。
またも、華が咲いた。
それは空賊たちへの手向けの華となった。一つ、二つ、三つ四つと空賊戦艦の腹に主砲弾が突き刺さる。夜戦で距離がわずか12キロほどでしかないこの夜戦では、その主砲弾の運動エネルギーは果てしない。自艦の主砲に耐えられるように設計された装甲も、限界を超えて貫かれる。
命中。計3発の46センチの徹甲弾たちが炸裂し、魚影を大きく揺らす。各所から黒煙が吹き上げ、燃え盛る。先頭の禍々しい空賊戦艦はあっという間に瀕死となった。
「観測機より入電!命中です!!」
「次弾装填!続けて第二斉射急げ!」
その号令一下、砲塔内部の乗組員たちが一斉に作業し始める。1トンを超える砲弾を楊弾エレベーターで釣り上げる。そして、その後に人力で砲弾を方針に詰め込んで、炸薬を入れる。いわゆる半自動装填、この作業が一番長く感じる。
乗組員は登ってきた徹甲弾を、ローラーを使って手で押し込み、装薬を再適量詰め込んで弁を占める。
砲塔の責任者がすぐさま通信を入れた。
<<次弾装填完了です!>>
「第二斉射!」
「第二斉射、打てぇ!!」
轟く爆炎、ルナから瀕死の戦艦に向けてとどめの一撃が2万Gを超えて飛び出した。マッハを超え、殺到して行く暴力たち。速度を緩め、後続の戦艦と変わろうとしていた空賊飛空戦艦の元へ、正確な一撃が飛んでくる。
そして、時限信管は炸裂した。周りの空をも巻き込んで弾薬庫のすぐそばにてそれは炸裂した。
爆風は群れを乱し、戦艦を内部から突き破る。魚影の腹に抱えた無数の爆薬たちが一斉に火が付く。さすれば、戦艦たりともひとたまりもない。一夜にして全てを葬り去る量の爆薬たちが一斉にその牙を自艦に向ける。もう一度言おう、ひとたまりもないのだ。
鋼鉄の装甲たちが、一気に赤く爆ぜた。膨らんだフグのようにぶくぶくと大きくなり、割れ、爆ぜ、そして全てが粉微塵となった。
光が、閃光が防弾ガラスの向こう側に照りつけている。暗闇を照らす太陽のようなそれは、艦橋の要員たちが求めていたそれそのものだった。
「敵戦艦!1番艦を撃沈!」
その途端、艦橋に歓喜に包まれる。有利な事運びをし、さらに敵戦艦を打ち破った。余韻に浸りたい気持ちもレオポルドには分からないわけではない。
敵の戦艦は爆発炎上。弾薬庫が爆ぜたのか、その全てが粉々になって聖泉へと没して行く。揚力装置がまだ稼働しているのか、その速度は遅い。しかしその戦艦から闇夜に照らされていく残骸や水兵たちは、轟沈のふた文字を物語っていた。
<<1番艦が撃沈されました!>>
<<このままの砲撃戦で不利だ!>>
空賊たちが慌てふためく、砲門数24のルナ・バルコと立ったの9問しかない空賊戦艦では砲撃戦であまりにも不利だった。しかも、空賊戦艦はルナより前にいる。前部の砲は射角いっぱいに傾けており、加速をすれば射角外に自ら追い込まれてさらに不利になる。加えて言えばルナは前部に主砲を集中配置させているため追撃戦でも有利だった。
完全に空賊側は策が尽きている。
<<駆逐艦を前に出して雷撃を行え!発破をかけろ!>>
しかしその途端、空賊艦隊に動きがあった。追撃している戦艦に比べて小型の小さな艦、まるでメダカのような魚影たちが進路を変えてこちらの未来予測位置に向かって進撃してきた。
「敵艦隊から三隻の駆逐艦が突撃してきます!」
「魚雷で攻撃するつもりか……!駆逐艦は副砲で対処!艦長、いつでも空雷を回避できる姿勢を取れ!」
「了解です!全艦、面舵用意!」
ルナが回頭する。ぐわんぐわんと唸りを上げながら面舵を取る六万トン。搭載された副砲たちが、敵駆逐艦を捉えて発砲し始める。
しかし、それが夾叉するのは遅かった。敵の駆逐艦はもうすでに回答をし終えており、ルナ・バルコの未来位置に陣取っている。
「敵駆逐艦が腹を見せました!雷撃体制です!」
「面舵45度!!見張りは空雷の雷跡をよく見ておけ!」
どちらも暗闇の中、あちらがいつ空雷を発射したのかは見当がつかない。戦艦ですら数発で葬り去れる空雷は、オズワルドが急降下爆撃の次に警戒している敵だった。
「空雷を確認!左20度、雷数9!いや、18!放射状に広がっています!」
来た。敵の駆逐艦は一中を狙わずに放射状に空雷を拡散させてこちらの進路を妨害してきた。空雷の壁が迫ってくる。あの1発でも弾薬庫に命中すれば、ルナバルコは轟沈ものである。それだけはなんとしてでも避けなければならない。
「取舵一杯!左20度に向きを変えろ!同時に上げ舵20!」
オズワルドは最も的確な指示を出す。空雷の避け方は簡単だ、空雷と同じ舳先へと艦首を向ければいい。そして、飛空艦ならば上に飛べはなおさらいい。
同時に、敵の駆逐艦から巨大な火の手が上がった。残った空雷に誘爆して、無残に残骸を散らして行く。副砲が敵の駆逐艦を夾叉したようだった。装甲の薄い駆逐艦は副砲の至近弾、又は夾叉の爆発だけでも致命傷となる。
しかし、まだ油断はできない空雷はこちらへ向かってきているのだ。その一本一本が戦艦に致命傷を与えるほどの威力を持ち合わせている。
空雷が近づく。
静寂が艦橋を包む。
そして、空雷はルナ・バルコの真下をスッと通過していった。
「空雷を回避!!」
これでようやく安堵した。オズワルドもレオポルドもホッと息をなでおろす。
ルナの環境にも安堵が充満する。よもや、アイガイオンが奮闘している中でこちらだけがあっさりとやられるわけにはいかないからだ。
<<敵艦空雷を回避!>>
<<今だ!撃ち込め!>>
しかし、その安堵を打ち破るかのような衝撃が彼らを驚かせた。
「!?、敵戦艦発砲!」
「な!?まさかこの回避した未来位置を狙って!?」
そう、ルナ・バルコが空雷を回避するのは分かっていた、予測されていた事象だ。空雷の雷跡で進路を妨害すれば、敵は特定の進路を進む。いわば、進路が予測できるのだ。
「くっ!読まれていたのか……!全艦回避行動、舵戻せ!」
「もど〜せ〜!」
敵はそれを逆手にとってこちらの未来位置に砲撃を仕掛けてきた。レオポルドは苦虫を潰したかのような顔をして手すりに掴まる。このあとくる衝撃は、先ほどのよりもさらに強力だろう。
「着弾!来ます!」
「衝撃に備えよ!」
そして、ルナが暴力に揺れる。
空が怒りに満ちているかのような爆音と衝撃波。ルナの巨体が揺れ、窓の外は火山の噴火のような業火に包むれる。全長260メートルがグラグラと軋む。爆炎の熱が陽炎を作り出す。
「至近弾!損害多数!」
「くっ!小癪な……」
レオポルドは空賊の作戦の小癪さに睨みを効かせる。反撃したいところだが、こちらは回避行動をしたせいで照準をやり直さなければならず状況は互角にまで持ち込まれた。
しかも、もしまた駆逐艦やら巡空艦やらが突撃してきたら、ルナ・バルコはそちらの対処に専念しなければならない。敵の数が多い分、ルナにとってはむしろ不利だった。
しかし──
<<敵艦に損害!>>
<<よし、このまま空母艦隊と合流して逃げ切るぞ!!>>
敵艦は速力をあげ、全速力で背中を見せながら撤退して行く。観測機が跡を追おうとするが、観測機は何を思ったか帰投し始めた。
「観測機より入電!『我照明弾の残弾なし、本艦に帰投する』との事です」
「ここまでか……」
レオポルドは悔しながらもそう嘆いた。照明弾が使えなくなればさらに接近するなどの方法があるが、敵がこちらを照準に定めている以上迂闊に近づくのは危険だ。
しかも、敵は取り残されたアンタレスの空母艦隊と合流するために、全速力で当該空域を離れていっている。深追いせずとも、戦艦一隻と駆逐艦一隻を仕留めた戦果は確実であろう。
戦争好きのレオポルドにとっては十分な戦果だった。深追いはやめて、ここで撤退してイスラ上空への援護へ回るのが得策だろう。
そう潔く諦めて、レオポルドは新たな指示を出そうとしたが
<<艦橋!新たに敵編隊を確認!数50、距離4000!>>
「なに!?いつの間に!?」
敵機のいる空域に、ルナ・バルコは誘い込まれていた。敵がわざとイスラ南方へ左回頭したのは、同航戦をすると同時に空戦の巻き起こっているイスラのヴァン・ヴィール地区へと誘い込むためのものだったのだ。
そこまで行けば、航空支援でルナ・バルコはたやすく沈められると。飛空艦の大砲では戦空機の爆弾には勝てないのだ。
「罠は二段階あったのか……!」
苦虫を潰す。
しかし、敵の作戦に舌を巻いている場合ではなかろう。レオポルド達はすぐさま指示を開始する。
「直掩機に連絡!敵戦空機隊を排除せよ!!」
その指示に従う直掩機のイスラ空挺騎士団のラガルティア。それを迎え撃つかのような空賊の護衛戦空機隊。それぞれが突貫し、火花を散らして争い合う。
両機のヘッドオン。しかし、胴体の機首にも機銃を配置した空賊戦空機の方が、ただの航空機機関銃を備え付けただけのラガルティアより、正面の戦いに強い。
それを察知したラガルティアはそれぞれの機動で反航戦を回避してやり過ごした。
その間に、ルナ・バルコへ向けて雷撃機が殺到して行く。足を出したままの重鈍な逆ガル翼の雷撃機が五機、ルナ・バルコへ空雷を放った。
「空雷接近!左30度撃ち下げ、来ます!」
見張りの切羽詰った報告が艦橋を轟かせる。空戦の舞台は艦隊決戦から対空戦闘に移っていた。
「取舵一杯、上昇角30!」
ルナ・バルコはその出力に物を言わせてずんずんと上がって行く。ごわんごわんと揚力装置が鳴り響き、幾千もの雲の波間を超えて空へ登って行く。
そして本日2度目の雷跡が、先ほどまでルナがいた場所を通り抜けた。だがまだ安心できない。
「舵戻せ、前後水平」
「警戒!敵機直上、急降下!」
オズワルドたちはその報告に冷や汗をかいた。カシルダも目を見開いている。艦橋の窓ガラスから見える敵の数は約20。急降下は明らかな急降下爆撃を観光しようとしている証拠だった。
飛空戦艦は急降下爆撃には手も足も出ない……
「ランダム回避!対空砲火、弾幕張れ!」
焦ったようにレオポルドが指示を出す。瞬間、ルナ・バルコから必死の抵抗が花火を咲かせる。敵機は20もあれば、このルナを沈めるには十分すぎる数である。
なんとしてでも回避したいが、現実は無情。
弾幕はほとんど効果はなく、未だに何機もの敵爆撃機が迫ってきている。
「爆撃がきます!!」
「ダメなのか……!」
オズワルドたちが、衝撃に備えて唇を噛んで手すりに掴まる。レオポルドは諦めたように仁王立ちをしたまま、敵機を見据えていた。
距離1000……900……800……
その時──
ドカン!!
聞きなれないエンジン音とともに、爆弾が弾け飛んだ。跡数秒で爆弾を落とそうとしていた敵爆撃機が全て消え去っていた。
オズワルドを含めた艦橋の要員たちが、目をパチクリとさせて口をぽかんと開け、今の状況を飲み込めないでいる。
見れば、爆撃機だったものの爆炎に向かって空雷の軌跡のようなものが見えた。まさかと思い、周りを見渡す。
その時、疾風が通り過ぎた。
二つの機影、プロペラのない鋭い機影に真っ赤な塗装、轟くジェットエンジン。あれはシュトリゴン隊のフランカーだった。
まさか、助けに来てくれるとは。
オズワルドとレオポルドはホッと胸をなでおろす。二機はそのまま二手に分かれ、ルナ・バルコを囲んでいた飛空機たちをラガルティアと共に片付け始めた。
対空砲も、彼らが助けに来てくれたことを察知したのか現れた
「?」
二つの機影?たしか、目に見えるのフランカーはシュトリゴン隊の機体のみ。ならばもう一つの機体は?
「シュトリゴン隊……いや、あれは……」
オズワルドは双眼鏡でその新しいジェット機を見据える。
雷撃機と見間違えるほどの大きさの青色の機影は、全身が流れる流線型の形をしており全体的に垂直面が少ない。機体の色は青灰色だ。
翼はなんと前向きに恐ろしいほど突き出ており、V字の翼の形をしている。先端翼、主翼、尾翼の三対の見たこともない翼形状だった。
「あの機体は……」
オズワルドはカシルダを連れて艦橋を抜け出し、艦橋横の上空観測所に出て青灰色の機体を眺めやる。ちょうど、かの機体は艦橋横に低速で横について来た。
その機能にオズワルドは驚いた。かの機体はルナ・バルコと同速度で飛んでいるのだ。
よく見れば、下方のノズルを下へ下へと変形させ空気を下に送り込んでいるではないか。そして、機体の胴体の内部に下向きに配置されたもう一つのエンジンがある。あの機体は垂直離着陸を行える。そんな機体は、空中艦隊でも持っていなかったはずだ。
「艦長……あの機体は……」
「分からない。だけれども、我々の敵じゃないことはたしかなようだね」
青灰色の機体の飛空士が敬礼をする。見たことのない形式の敬礼だったが、すぐにオズワルドとカシルダも敬礼を返す。
風防は特殊な加工がされているのか、橙色に輝いていて飛空士の顔はよく見えなかったが、かの飛空士はかなり若い印象を受ける。
すると戦空機はノズルを前に戻して速度を上げていく。機種を翻し、空賊の方へと向かっていった。
「海猫……」
オズワルドは歓喜が残る中、青灰色のジェット戦空機の尾翼描かれていたマークの鳥の名を呟いく。
空賊たちが撤退をしていったのはその三十分後だった。