とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》 作:篠乃丸@綾香
それから──
アイガイオン空中艦隊の介入により窮地を脱したイスラ。
空賊達は味方の飛空要塞の完全掌握により、撤退を決意。空賊側は航空戦力の四割を喪失し、その身を引いていった。
飛空要塞から出港してイスラへ砲撃支援をしようとしていた敵艦隊も、ルナによって戦艦一隻を喪失。不利だと悟って撤退していった。
イスラ空挺騎士団と空中艦隊は深追いはせず、徹底的に逃げる方向性に徹する。空中艦隊の空挺部隊は掌握した飛空要塞を操って、イスラと共に空賊飛空要塞とは逆の方向へと一目散に逃げていった。
イスラ地表面に取り残された空賊兵は、空中艦隊のヘリボーン部隊による増援と衝突。数の違いをものともしない空中艦隊の進んだ装備と連携の前に生き残った者はほとんどいなかった。
イスラ側は少なくない損害を被ったものの、新しい飛空要塞を手に入れ、敵戦力に総数の約四割の損害を与えることができた。
こうして、イスラが経験した初の空戦は途中で奇襲を受けたものの、勝利となった。
しかし、イスラと空中艦隊は損害を受けても補給を受けられない。かろうじて手に入れた飛空要塞の戦利品に期待するしかないが、それでも後方支援を受けているであろう「空の一族」とでは損害の深刻度が違った。
イスラ側も少なくない被害を被っていたのだ。今後の展望を考慮に入れるなら、イスラと空中艦隊の勝利は「辛勝」としか言えない。
これからの道行きに暗雲が漂うことになるのは、誰の目にも明らかだった。
翌日──
窓の桟が板張りの床へ斜めの十字の影を引いていた。
差し込む光が、琥珀色の明るさを漂わせ、漂う薬品の匂いと一緒になって宙を舞う。
窓の外見えるヴァン・ヴィール地区。夕焼け色に染まる街の最中に、あちらこちらと崩落した石造りの家屋が見て取れる。
イスラの住民に死傷者はいなかった。避難訓練を兼ねて防空壕へと早い段階で避難していたのが幸いだったのだ。家屋や店を失ったものも多いが、命あっての物種である。
「何がイスラを守りたい、だ」
もう何時間も自分で自分を罵倒している。カルエルはずっと、ベットの横の木の椅子に腰を下ろして動かない。
「下手くそのくせに。自分の実力くらい知ってろよ」
病院のベットの上、真っ白な患者服を着せられたアリエルはじっと眠っている。
あの後、学生ながらも迎撃に当たっていたことが評価されて、アリエル達は個室のベットを与えられていた。
カルエルが聞いた話では、なぜかイスラ管区長ニナ・ヴィエントが飛空科生の生き残りに特別な配慮を施すよう下達したそうだ。
ニナと聞いて気分が悪くなったカルエルだが、アリエルのために我慢することにした。飛空科生以外のけが人は安いベットに詰め込まれていることを鑑みれば好待遇である。
センデジュアル組も、ヴァン・ヴィール組の生徒達も大勢がアリエルを見舞いに来た。中にはあのファウストの姿もあった。
カルエル機が囮になったおかげでファウストたちは全員が助かった。あの時の二人の勇気を労ってくれた。あの嫌味なファウストとは思えないくらい礼に正しかった。
「僕のせいでアリーがこんな事になったんだ」
無感情な声音だった。俯いて、髪の毛で顔を隠すようにカルエルはぶつぶつと独り言を続けている。
「何にもできなかった。何にも……」
「それは違うさ」
カルエルの自虐の思考を遮るような、優しい声音。
「君はあの機体相手によく奮闘していた、立派だったさ」
カルエルを励ますかのような、優しい口調。
「不甲斐なかったのは私の方だ。アリエル君を助けられなかったのは私の責任だ」
しかし、その代償としてアリエルが怪我をしてしまった。アリエルはずっと眠ったままだ。医者によると頭に破片が当たっただけで、命に別状はない上にまた飛空機には乗れるだろうと言ってはいる
「ロレンズさんはよく戦ってました。ミツオを助けて、僕も助けてくれた。あの時ロレンズさんがいなかったら今頃は……」
今度は逆にカルエルがロレンズを励ましかける。カルエルは知っていた、ロレンズが空賊の爆撃機艦隊を殲滅の貢献者であることを。帰ってきたミツオが感謝の意を込めて、ロレンズにお礼をしていたからだ。
彼のおかげで、ミツオは命を救われた。その事だけでも、感謝しきれない。
「アリエルに怪我をさせたのは僕のせいです。僕が無茶をして銀狐を釣り上げたから……」
ぽた、ぽたと両膝に乗せた手の甲に水滴が落ちた。
「ヘタレのくせに。何がイスラを守りたいだ……」
「……」
ロレンズはカルエルの隣の椅子に腰をかける。今にも泣きそうで、自分を自責しているカルエルをそっと慰めようとする。
ロレンズは彼の自責を黙って聞いてあげている。彼にも、カルエルの気持ちが十分理解できた。それどころか、その責任はこちらにあったはずなのだ。
だが、それでもカルエルは自分を責めている。
「カルエル君……」
「?」
「君は偉かった、あの時きみが囮になってくれなかったらセンデジュアルのみんなは死んでいた」
ロレンズは事実を述べ連ねる。彼のいっていることもまた優しい事実であった。
「君は皆を助けるために勇敢に戦った。とても勇敢だった。生き残ったみんなも君に感謝している」
カルエルが銀狐をおびき寄せてくれたおかげで、残りの生徒たちはあれから接敵することなくエスコリアル飛空場へと帰還することができたのだ。
カルエルは責められるべきじゃない、それどころか褒められるべきだった。たしかに、無茶をしたのは事実だが、そのおかげで生き残りは増えた上に死者を出さなかった。賞賛に値する。
「カルエル君、約束してくれないか?」
夕焼け空の淡い風が、病室をたなびかせる。カーテンが揺れ、夕日の優しい光が漏れてくる。
「私だけじゃ、このイスラを守りきれないかもしれない……」
優しい日差しは、ロレンズとカルエルを照らしあげる。二人は金色の夕日を背にして向かい合う。
「だから、私と……私とカルエル君の二人でこのイスラを守ると……約束してくれ……」
ロレンズは手を伸ばす。暖かく、優しく、鍛えられた骨の太い大人の手を伸ばす。
カルエルは迷わずその手を握りしめる。カルエルの手はロレンズに比べたらまだまだ小さい。小さいながらも、カルエルの手はしっかりと力強くロレンズの手を握った。
眦からあふれそうになったじっと涙をこらえ、ロレンズと目を合わせる。
二人の約束は交わされた、自分の身を犠牲にしてでも、イスラを守ってみせる。
例えどんな結果になろうともこのイスラを守ってみせる。
「あ──暑苦しい……」
二人の約束事は、その一言で中断された。二人の顔が跳ね上がる。
「あ……アリー……」
アリエルは天井を向いたまま、両目を開けていた。カルエルの方へ顔を向けると、掠れた声を投げる。
「そんなとこでお熱い友情を見せ付けんなっつーの、おちおち寝てられないじゃん」
「アリエル君、容体は……」
「大丈夫ですよ。痛みも引いて来たし、なんとか……」
アリエルは上体を起こしてベットの上で半立ちになる。そこをカルエルが慌てて止めようとする。
「あらダメだよ、寝てなきゃ。無理じゃダメ」
アリエルは天井を向いたまま構わず気さくな言葉を投げかける。
「あーよく寝た。ここ、病院だよね?もう夕方?1日経っちゃったんだ」
「う、うん……一日、経ったよ……」
「みんな無事?飛空科の人たち、元気にしてる?」
「うん、ファウストもウォルフもアスカもシノンもみんな生きてる」
「……そう。……ならいいけど」
静かだった。窓の日が落ちて行く。琥珀色が深みを増して窓枠の影が長くなる。
「アリエル君……その……」
「大丈夫ですよ、ゲガの方は。カルエルの奴、頑張ったんです。銀狐の囮になってみんなを助けて」
「……でも、そのせいで君は……」
「……私がもっと早く駆けつけていれば……」
「二人とも、聞いて」
「「……」」
ぴしゃりと、アリエルは二人の自責を一言だけで止める。
「私はね、貧乏だったうちにカルが来て、飛空機に乗れるようになって、こうやってイスラで生活しながら、空の果てを目指す冒険に出れて。素敵な友達もいっぱい出会えて……辛いことも多いけど、でも、全然後悔していない。
だから、カルがくれた今が私大好きだよ」
「……」
「ロレンズさんも、異世界からやって来て、右も左も分からないのに私たちに協力してくれて。一緒に仲良くなって、アリーメン食べて、お互いの世界のことを話して……」
それから、とアリエルは続ける。
「それから私たちの事、何度も助けてくれた。すっごい強い戦空機に乗って、ピンチだった私たちを助けてくれた。あの時、駆けつけてくれなかったら、今頃私ここにいないよ……」
「………………」
「だから……くじけるな、カルエル・アルバス、ロレンズ・リーデル。二人とも自分を責めなくていいんだよ。そんなことするくらいなら、もっと上手に操縦できるように毎日頑張る事!」
その言葉に、カルエルとロレンズは顔を見合わせを見合わせ、目配せをさせる。その後に笑顔になると、アリエルの励ましに感謝して思いっきり頷いた。
「特にカル、あんた意外と才能あるみたいだし。すごかったじゃん、途中からあの狐の攻撃、スイスイ躱していたでしょ?」
「……あれは……無我夢中でなんであんな風にできたのか、僕もよくわかんなくて……」
「……ねぇカル、気づいてる?」
「うん?」
「あんたが狐の攻撃躱しているとき、あたし、意識あったんだよ」
「……え?……あ……」
カルエルはここでやっと、まずいことを聞かれたと悟った。頼む、あの時の甘い甘いセリフだけは復唱しないでくれ……
そんなカルエルの想いなどつゆ知らず、アリエルは思いっきり意地悪な笑顔を向けた。
「伝音管からさ。戦っている最中なのにポエムが聞こえてきて……」
「……え?あ……ええ?な、なんのことかな〜!」
それを聞いたロレンズも、意地悪そうな笑顔を出してカルエルをからかい始める。
「そう言えば通信にポエムが混じっていたな。私は無我夢中だったからもう一回朗読してくれないものかな?」
「ロ、ロレンズさんまで!そ、そんなの戦っているときに言うわけないでしょ!うん、絶対そう!」
「なんか、弟でいい、とか、命あげる、とか」
「そういえば君がいないと生きていけない、とも言っていたな……」
「い、言っていない言っていない!!」
カルエルは慌てふためきながら、両手と首を振るって怒鳴りつける。アリエルは意地悪そうな笑みを浮かべたまま、顔を上げてにっこり笑った。
「ありがと、お兄ちゃん」
その言葉を受け、数瞬のうちにカルエルの頬が真っ赤に染まった。
「え、ええ……!?」
「お、兄、ちゃ、ん」
カルエルは口をあんぐり開いたまま、義妹の笑顔を立ち上がって見下ろす。その顔が、たちまち湯気を立てて火照った。
「バ、バカ、やめろよ!いきなり何を……」
「お兄ちゃん……」
「お、弟って言え!!」
「ハハハッ!ハッハッハッ!!」
「ロ、ロレンズさんもからかわないでよ!!」
アリエルは笑顔のまま、隣の義兄の膝に頭を預けた。銀狐に狙われながら、必死に逃げていったカルエルの姿をまぶたの裏に思い描く。
「かっこよかったよ、お兄ちゃん。ヘタレは卒業だね」
「……バカ…………!」
赤面しながらも、カルエルは黙って膝にのしかかってくる妹の頭を支えている。兄の膝枕に揺られながら、アリエルは眠りについた。すうすうという健やかな寝息が幸せそうな寝顔から聞こえてくる。
もう夕日は落ちていた。西の空の残照が、橙色に輝く。
真っ青な月が出ていた。網膜に焼き付いた、あのジェット機の音叉のターンが今の月に重なる。
──海猫さん。
見知らぬ僕たちを助けてくれた、あの異邦の飛空士のことが脳裏に蘇る。
──あの人を目標にしよう。
今はまだ飛べないかもしれない。でも、いつか猛訓練して、もう勉強して、毎日毎日努力して、海猫さんが飛んだところまで上り詰めるんだ。
そうしたらもう、大事な人を危険に晒したり、失ったりすることもなくなるだろう。そうなれた時、初めて約束を果たすんだ。
僕はイスラを守ると。
「ロレンズさん」
「?」
「僕、約束を絶対守ります。このイスラを、僕たちの手で守ります!」
「ああ、皆でこの島を守ろう」
カルエルは頷く。もうカルエルはロレンズに対してかつてのような嫉妬心は喪等もない。飛空士同士の、空駆ける天使同士は熱く手を交わす。
教えてもらった合言葉は……
「「天使とダンスしてな」」