とある飛空士の重巡航管制機《アイガイオン》   作:篠乃丸@綾香

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久しぶりにアイガイオンの投稿をいたします。
更新再開です。


第4章〜New battle〜
第31話〜弔い〜


あの戦闘の二日後。ヴァン・ヴィール軍港の埠頭にて、戦闘での犠牲者を追悼する葬儀が行われた。儀仗兵たちを全面に従え、ニナはニナ・ヴィエントとして雛壇に上がり、鉄仮面を携えて腰を下ろしている。

 

幾多もの空砲がイスラの青空へ轟いた。収容された遺体は木の棺桶に入れられて、名前を読み上げられてから聖泉へと投げ捨てられる。出席者の間からもすすり泣きや慟哭が漏れる。

 

この式に参加していない市民もいる。ほとんどの市民はこの勝利に沸いているが、その中で死んでしまった人間も少なからずいる。死に向き合った者は、このように嘆き悲しむしかない。

 

死んだ人物の名前が次々と呼ばれる。遺体すら入っていない箱が出てくると、知っている名前が呼び始められる。知っているのは全員、ヴァン・ヴィール組の生徒たちだ。いつか立派な飛空士になって、自分たちを追い出した故郷の人々のところへ凱旋する日を夢見てきた子供達だ。

 

全員が貴族の少年少女だったが、辛く厳しい訓練を、歯を食いしばって、汗を流して、時に笑って、励ましあいながらこなして来た。クレアも一緒のクラスで飛空士になるための訓練を受けてきたから、その事の辛さも分かる。

 

 

──もう、みんなに会えない。

──2度と言葉を交わせない。

 

 

戦死した生徒一人一人の名前が呼ばれるたびに、その事実が染み渡る。心の破れ目から泣き叫ぶ声が出そうになる。しかし、ニナである時はそれはできない。

 

会場の遠い一端に、センデジュアル組の生徒たちの顔が見える。さらにはヴァン・ヴィール組の生き残りであるファウスト、アスカ、シノンの姿もある。

 

彼らは豆粒ほどの遠さだが、凄然に到着するまでのあの平和で楽しそうな雰囲気は消え去っていた。全員が顔を凍らせて、聖泉へ落ちていく棺の列を見守っている。

 

その奥には空中艦隊の人達も見える。彼らも表情を暗くし、死にゆく現実を目の当たりにして暗い顔を見せている。彼らがあの長い夜の一番の立役者だが、決して誇ることはないようだ。

 

空砲が遠のいていくのが感じられた。この光景が、この悲しみが、全て嘘だと言ってくれれば……

 

いつまで経っても、そんな人は現れなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

本来、イスラにはここの墓標がない。旅の途中で亡くなった者たちの墓地には、シルクラール湖畔に立つ大きな石板へ名前がひとまとめに刻まれて追悼される。

 

しかし、悲しみのあまり行き場をなくす遺族たちは、個人のために購入したり作ったりした墓標を石板の周りに建て、自然にそこが墓地になった。

 

今、生き残った飛空科の生徒たち全員が、額に汗を流しながら手作りした仮の墓標を地面に突き立てていた。もうすぐ夕暮れ。防風林を抜けて来た柔らかい風には湿り気が少なく、乾いた草の匂いがした。

 

何本もの仮墓標が長い十字架の影を地面に作り出す。血の色の空を背景にして、黒々とした鉄骨の墓たちが天を仰いで両手を掲げていた。

 

生徒たちは一つ一つの墓標へ、鷹の徽章を丁寧に吊るす。合同葬儀が終わった後、戦死した飛空科生徒全員が特進してイスラ空挺騎士団正規兵としての認定を受けていたのだ。戦死した彼らは、正規兵の証である鷹の徽章を一足先に手に入れたのである。

 

生き残りの女子生徒とアスカが積んできた花が、ひとつひとつの墓へ手向けられる。それが終わると、皆で墓前に整列し、頭を垂れる。

 

 

「敬礼」

 

 

墓を建てるのを手伝い、勲章を掲げた一人の成人男性が生徒たちにそう言う。彼はロレンズ・リーデルだ。この場にいるたった一人の成人でありながら、その目には悲しみが滲み出ている。

 

生徒たちも彼に習い、敬礼を死者に手向ける。正規兵ではないが、あの空戦で正規兵以上の勇気を持って戦った彼らには、敬礼でも足りないくらいだ。

 

カルエルの傍らでは、制服姿の義妹アリエルが、負傷した頭を包帯で包んだまま、同じく敬礼をしていた。軽い怪我だが、まだ入院しなくてはならない病院を黙って抜け出し、手向の花を積んできたのだ。

 

 

「あの子たちはさ」

 

 

不意に、比較的高い男子の声が夕焼け空に届いた。アスカの声だ。彼は俯いたまま、そのスカートの裾を握って悲しみに耐えている。その口からこぼれ出るように、思い出が滴れる。

 

 

「ヴァン・ヴィール組の子たちは、いつも偉そうにしているように見えたかもしれないけど、本当は影でたくさん努力を重ねていたんだ」

 

 

シノンも同じく語り出す。

 

 

「そうね。みんなで厳しい訓練に耐えて、切磋琢磨して、励まし合っていた。みんな頑張っていたのよ、ヴァン・ヴィールの子たちも」

 

 

センデジュアル組の生徒たちからしたら、ヴァン・ヴィール組は憎たらしい生徒しかいないと思っていた。もちろんアスカとシノンのような例外はいるが、所々で意地悪をしてくる生徒に良い気はしない。

 

 

「もちろんファウストもね」

 

 

しかし、それが今まで偏見だったことを知った。生き残ったファウストも、俯きながら目を瞑る。恥ずかしげな、しかし悲しげなその表情はとても複雑だ。

 

 

「私は……己の出身を言い訳に偉そうにしていただけだ。皆に意地汚い悪さをしたり、女々しいやり方で邪魔をしていただけだ……そのせいで、私はクラスの皆を……」

 

 

ファウストは反省を通り越した、何か懺悔のような事を語る。

 

 

「それは違う」

 

 

しかし、それを止めた言葉が夕焼けに放たれた。カルエルの言葉だった。

 

 

「君は確かに意地悪な奴だったさ……けど、それは努力の裏返しみたいなものだろ? クレアも、時々『ファウストは根は優しい人』だって言っていた!

クレアからそう言われた時は……少し悔しかったさ。それでも、ファウストは僕たちに追いつくために、偉そうな態度を続けるために頑張ってきたんだろ? あの空戦の時だって、皆んなを導いてくれた! 指揮してくれた! それを否定しちゃダメだ!」

 

 

カルエルはファウストを必死に弁解し、彼を慰めた。カルエルはファウストの事を「意地汚い奴」と否定していたが、あの時の空戦で背中を合わせてからは、ファウストに対する考え方を改め始めていた。

 

彼には、カルエルのライバルとしての、戦友としての友情が芽生え始めていたのだ。彼が落ち込んでいるのを見て、慰めないほどカルエルは薄情ではない。

 

 

「そうか……そうだな……」

 

 

その言葉に元気付けられ、ファウストは声を鳴らす。

 

 

「戦友を失ったのは悲しいが、悲しみや罪に溺れてはダメだ。前向きに生きていこう……!」

 

 

ファウストは改めて、センデジュアル組に向き直る。

 

 

「皆、今まで意地の悪い事をし、迷惑をかけてしまって……本当に申し訳ない!」

 

 

彼は頭を深く下げ、謝罪の念を込めた。ファウストがここまで誠実になったのは、センデジュアル組の生徒たちにとっても、アスカとシノンにとっても初めてだった。クレアの言う通り、本当は根のいい奴なのだろう。

 

 

「大丈夫だよ。ファウストの事、私たちは許すから」

「おいどんも、漢として謝る男を許すでごわす」

 

 

だからこそ、許す価値がある。センデジュアル組の生徒たちは、穏やかな笑顔で彼を受け入れた。

 

 

「ミツオ」

 

 

ミツオを呼ぶ、あまり印象のない声がする。振り返ると、凡人ならすぐさま忘れてしまうような顔立ちをしたノリアキが、俯きながらミツオに近づく。

 

 

「俺も……謝らなくちゃいけなくて……」

「うん」

 

 

ミツオも彼の言葉を受ける。

 

 

「ミツオ……あの時、出撃前に『デブ』だなんて悪口言って、本当にごめんなさい!!!」

「いいよ」

 

 

ミツオはノリアキの謝罪を受け入れ、すぐさまはその言葉を言った。優しい口から放たれるその許しは、ノリアキを逆に困惑させた。

 

 

「い、いいのかよ……?」

「うん。謝ってくれるなら、許すから」

「でも、俺……あんな酷い事を言って……」

「ノリアキ」

 

 

ミツオはノリアキに語りかけるように、肩に手を置く。

 

 

「僕は……謝ってくれる人がいたら、許してあげなくちゃダメだと思っているんだ」

「で、でも……」

「だって、いつまでも引きずってちゃ、仲直りもできないでしょ?」

「ミツオ……」

 

 

ノリアキはミツオの優しさに心を打たれ、少し涙が出始める。それを慰めるよう、チハルがそっと抱きしめる。

 

 

「ね? だから言ったでしょ? ミツオは許してくれるって」

「ホントに……ホントにごめんな……ミツオ……」

「大丈夫だって」

「俺……俺、あの事謝れないままミツオが死んじゃったらって思うと……」

「大丈夫だよ、ロレンズさんが助けてくれたから」

 

 

生徒たち全員が、ロレンズ・リーデルを見る。なんだか英雄視されているような気がして、気恥ずかしいロレンズだった。

 

 

「私は……別に大した事はしていないさ……ただ、皆とイスラを守りたかった。それだけなんだ」

「それで十分英雄ですよ」

 

 

ミツオはロレンズにそう言った。

 

 

「真の英雄って、自らを奢りませんからね」

 

 

これは嵌められたと、ロレンズは苦笑いをするしかなかった。その途端、生徒たちから小さな爽やかな笑いが出てくる。

 

 

「皆んな、ここで焚火をして話そう。夜まで語り合うんだ、彼らとの思い出を」

 

 

ロレンズは墓標へ向けて顔を向け、生徒たちに提案をした。彼らも追悼の焚火を焚くことを望んでおり、その夜は彼らとの思い出話に花を咲かせた。

 

 

「夏、終わるね……」

「うん」

 

 

気づけば、8月の中旬。そろそろ、長い長い夏が終わる頃だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日の午後、ルイス提督を乗せた戦艦ルナ・バルコは、イスラの南側へそのプロペラを回していた。

 

 

「凄いな……上陸からわずか3日で解析が完了するとは」

 

 

ルイスの眼下には、聖泉を覆い尽くす島が浮かんでいた。それは空飛ぶ島イスラではない。表面にはハリネズミのような対空砲と、灰色の軍事施設達。これは、二日前の空戦でイスラを真後ろから追跡し、空中艦隊によって上陸、占拠された空賊の飛空要塞だ。

 

 

「今上陸ができるようになったのは、後処理がひと段落したからです。解析は1日で終わっています」

「ああ……なんでも、空中艦隊は瓦礫の片付けに時間がかかったらしいな?」

「はい」

 

 

瓦礫というのは、そのほとんどが空中艦隊とイスラ連合による攻撃の爪痕だ。戦艦が墜落したり、建物がニンバスのせいでズタズタにされていたりと散々な為、空賊要塞は後片付けをしていた。

 

 

「あれだけの規模の瓦礫を人手で片付けるのは大変だろうしな。むしろこれだけの短さで上陸できるように整備したのは、評価に値するな」

 

 

横から空挺騎士団団長のレオポルドも会話に入ってくる。

 

 

「いえ、彼らは手作業の問題はありませんでした」

 

 

しかし、レオポルドの考えを真っ向から否定するようにアメリアが否定した。最も、本人には喧嘩を売る意思などないのだが。

 

 

「何?」

「彼らは『ブルドーザー』や『ショベルカー』と言った工作重機を持っているのはご存知でしたか?」

「工作重機?」

「はい、彼らはそれらの重機を使って後片付けを行いました」

 

 

レオポルドは空中艦隊を信用はしていたが、彼らの装備についてほとんど調べていなかった。それを少し反省し、詳しい話をアメリアから聞く。

 

 

「では、なぜ時間がかかった?」

「その重機が不足していたのです」

 

 

アメリアは話を続ける。

 

 

「空中艦隊の工作重機は『ブルドーザー』と『ショベルカー』が5台ずつだけです。その数では、あれだけの広さの飛空要塞を片付けるのには時間がかかります。そして、手伝いをしていた我々イスラには……」

「そもそも工作重機がない……か……」

 

 

イスラには大工や職人、彼らが働く工房などもあり、こういう後片付けの人材は男女問わずいる。しかし、イスラには重機などは配備されていない。本国ではブルドーザーやショベルカーは、エンジンの馬力の関係でまともな重機の製造に難航しているからである。

 

 

「あの飛空要塞の名前は『アンタレス』と名前が付けられていたらしいです」

「アンタレス……星の名前か……」

 

 

アンタレスとは、ストレンジリアル世界でも一等星として輝いている星だ。別の世界では、とあるエースの名前にもなっているこの星は、さそり座の中で一番明るい。

 

 

「空賊は要塞に星の名前を付けるのが好きなようです」

「実にスピリチュアルな名前だ。少なくとも、空賊にも天体観測の学問があるようだね」

 

 

ルイス提督が空賊の文化を予測しながらそう言った。現在アンタレスは、イスラの後方8000メートルを、イスラに追従する形で付いていっている。あまりに近すぎると、逆に衝突の危険が高まるからだ。

 

 

「オズワルド艦長。本艦はこのまま湖に着水、ドックへ入港するぞ」

「はっ。両舷減速、着水用意!」

 

 

ルナの艦長であるオズワルドに命令し、レオポルドは『アンタレス』のドックを見やる。ルナ・バルコは先日の空戦で損害を受けており、小破している。対空砲などを損傷しており、あの戦いの後に副砲1基も故障している。

 

本来ならば素早い修理が必要である損害だが、イスラには本格的に修理するためのドックも物資もない。あのアンタレスには、物資が山ほどあると聞いているがいつまで保つかどうか。

 

しかし、空賊は補給ができる。今回は空中艦隊のおかげでその物資の一つを奪うことができたが、敵はまた新たな戦力を補給してこちらと事を構えてくるだろう。その時は今度こそ、本当に危ないかも知れない。

 

 

「勝つことだけでなく、その後も考えなければならない。小軍というのは、ここまでも不利なものか……」

 

 

レオポルドはイスラの事をそう自虐しながら、大軍がいかに有利かを痛快した。

 

ルナ・バルコはそのまま湖にゆったりと着水し、水中スクリューで進んでいく。水上タグボートが「エッサホイサ」とでも掛け声を言うように押していき、ルナはドックに入港することができた。

 

ルイス提督とアメリア、そしてレオポルドがタラップを伝ってルナから降り、アンタレスへの初上陸を決める。ルイスが上陸に際して一つ粋な台詞を言おうとした時、アイガイオン空中艦隊のヴィクトル中尉が前に見えた。

 

 

「お疲れ様です。ルイス提督殿、レオポルド団長殿、そしてアメリア外務長殿」

「ああ、視察の案内をしてくれるのはヴィクトル君か」

「はい。ご案内を務めさせていただきます」

 

 

ヴィクトルは三人を連れていき、空中艦隊のエノク軽装甲車へ案内する。普通の車に比べて狭いが、全員が背筋を伸ばして座れる上にヴィクトルも乗るのだから文句はない。

 

 

「運転手、出発だ」

 

 

運転手に合図をすると、軽装甲車は走り出した。窓の外から見える港の風景は、ポツポツと穴が空いていて、建物の中には溶けて崩れているものもある。

 

 

「随分と派手にやったのだね……」

 

 

ルイスが言う。

 

 

「地上の兵士を壊滅させるにはこれしなかったので」

「だからと言って、我々にも極秘にしていた秘密兵器を使うことは無いだろう……?」

「……散弾を食らった兵士たちが哀れだな」

 

 

ルイスとレオポルドがそう言う。秘密兵器とは、隠語でもなんでもなくニンバスの事である。イスラ側には危険な広域破壊兵器としてあの空戦の日まで秘匿されていた。たった数日の秘密だったが、それでも彼らに与えた衝撃は計り知れない。

 

空雷よりもはるかに太く、巨大で射程の長い『巡航ミサイル』で、火球を発生させて超高温の散弾を撒き散らすニンバス。射程は戦艦の主砲どころか対艦ミサイルよりも長く、遥か彼方から飛空戦艦ですらもたやすく撃沈可能。

 

イスラの人々は空中艦隊の火力を崇拝しているが、ルイスやレオポルドを含めた一部の人間は恐ろしさを感じていた。相手が空賊だから良かったものの、それの矛先が自分たちだったらと思うと恐ろしい。改めて最初の交渉が成立し、空中艦隊が味方になってくれて良かったと思うばかりである。

 

軽装甲車はそのまま港を出て、湖の西側から島の南側へ進んで行く。アンタレスは東側より西側の海岸線の方が陸地が広い。湖が東側にずれているためである。その西側の道路を進んで行くと、右手に長大な滑走路が見え始める。

 

 

「アレが君たちの言っていた『タンドリーチキン隊』かね?」

「はい、そうです。彼らは空中給油機の部隊ですね」

 

 

ヴィクトルが解説を始める。滑走路に留まっているのは、前の戦闘でアイガイオン空中艦隊に対して燃料補給を行なったKC-767空中給油機だ。数は16機。

 

『タンドリーチキン隊』と呼ばれている彼らは、空中艦隊の専門補給部隊だ。アイガイオンが最後にエメリアと戦った時、ちょうど空中給油中の時に撃墜され、空中艦隊の機体に激突して損傷を与えてしまっていた。これもガルーダ1の策略だろう。

 

 

「KC-10は一機で160トンの燃料を満載できます」

「凄まじい輸送量だな……」

「幸運はまだまだ続きます。あの飛行場は2000メートル級の滑走路がある上、化石燃料資源が燃料タンクに大量にありました」

 

 

空中艦隊が「水が入っている」と予測し、鹵獲するためあえて損害を与えなかった円柱型のタンク。その中には水ではなく化石燃料が入っていたのだ。

 

 

「空中給油機は内部を洗浄すれば、水も輸送できるかと思います。あの湖の水を汲みだせば、イスラの飛空機の充電も可能かと」

 

 

と言って嬉しそうに語るヴィクトルであるが、内心空中艦隊は空中給油機部隊の出現に加え、これらの立て続けの幸運には逆に身震いしている。

 

 

──あまりに幸運が続き過ぎている。

 

 

空中艦隊の出現、イスラとの平和的接触、両者の同盟、空賊への大損害と燃料問題の解決。空中艦隊側にも、イスラ側にも幸運が続き過ぎている。軍人は神様を信じる人間ではないが、何か不幸な出来事がこの後ツケとして両者に振り返るのではないかと不安視している。

 

 

「幸運が続くとは限らない……次に我々に降りかかるのは、不幸だ」

「ごもっともです」

 

 

ヴィクトルはルイスの言葉に頷く。

 

 

「にしてもだが、何故空賊は化石燃料なんぞ持っていたのだ? 奴らの機体にも水素電池が入っていたのだろう? 化石燃料は必要ないであろう?」

 

 

今度はレオポルドが質問をしてくる。確かに空賊の戦空機や爆撃機の残骸を調べてみたところ、彼らの機体にも水素電池が搭載されている事が分かっている。それならば、今やなんの価値もない油など、持つ意味がないのだ。

 

 

「その事に関してなのですが、イスラに墜落した3機の無人機はご存知ですよね?」

「ええ、確か名前は『ファルケン』と言いましたか?」

 

 

『ファルケン』ことADF-01は、ベルカ公国が開発した特殊用途戦闘機だ。ベルカ公国の南ベルカ国営兵器産業廠(後のノースオーシア・グランダー・IG)は技術検証機ADFX-01/02の開発を行っていた。

 

戦争時に連合軍が南ベルカ国営兵器産業廠を接収し、さらに終戦後に発生した「国境なき世界」によるクーデターによって、開発中だったADFX-02は国境なき世界に接収され、実戦投入された。

 

後に南ベルカ国営兵器産業厰がグランダー・IGに変わった後、ADFX-02から実戦データを得た。このデータを元にADF-01へ移行し、数年後に完成した。一般公開されたのは、2011年にオーシア連邦のノヴェンバー市で開催された航空式典にて、他の実験機と展示飛行を行った時である。

 

そのファルケンが、何故かこの世界にも一緒に転移していた。それも空賊に無人機として運用されていたのである。

 

機体の残骸を調べたところ人は乗っておらず、代わりに演算機器だけが乗っている状態だったのだ。無人機として判断するのが正しい。

 

おそらく空中艦隊と同じく、ストレンジリアル世界からやって来た物と思われるが、真相はわからない。その出所不明の無人機が空賊によって運用されていたという事実は、空中艦隊とイスラを驚愕させるには十分過ぎた。

 

 

「君たちの世界の戦空機が空賊によって運用されていた。この事実が判明して以来、イスラと空中艦隊は合同で防空戦術の根本的見直しを行っているよ」

「それもそうでしょう。ファルケンの性能は最高時速マッハ2.2、本来ならばさらに多くの特殊兵装を乗せることも可能なバケモノ戦闘機です。前回の空戦で空賊は3機のみを投入しましたが、さらに多くのファルケンがいると見積もっても良いくらいです」

 

 

車はそのまま飛行場の隣を通り過ぎ、一直線に司令部のあった小高い丘に向かう。

 

 

「話を化石燃料に戻しますと、あのファルケンの機体には水素電池は備わっていませんでした」

「そうだったのか」

「はい、なのでこれは予想なのですが……空賊はファルケンを運用するために化石燃料を揃えていたのではないでしょうか?」

 

 

アンタレスの設備には謎が多い。明らかに近代的で、空賊にとって使わないであろう設備も大量にある。しかし、それらの設備がファルケンなどを運用するためだったら? 謎が繋がる。

 

 

「ファルケンだけではありません。この島には、さらに多くの謎の飛行機が多数あるのです」

 

 

車は空中艦隊の海兵隊が警備している旧空賊司令部に到着した。ゲートを認識表を渡して通り抜け、小高い丘の中に作られた車庫の中に車を止めた。

 

 

「こちらです、少し下に降りますよ?」

 

 

そう言ってヴィクトルは基地の中を通り抜け、地下へ続く扉を海兵隊に開けさせる。重圧な銀行の金庫のような扉を開け中に入ると、中は真っ暗である。

 

 

「ここは?」

「真っ暗なようですが?」

「何を見せるつもりだ?」

「電気をつけます」

 

 

ヴィクトルが海兵隊の隊員に指示を出し、地下施設の電気をつけさせる。手前から順番に電気が入り、明るい白熱電球が金庫の先を照らす。

 

 

「これは……!」

 

 

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