絶望に満ちた終焉が始まった。
・・・さて、自分の話を始めるとしたら、どこから語るべきだろう。
自分が生を受ける二十年前、呪いが一部地域で発生し、そこから爆発的に広がっていったことからか。
普通の家庭に生まれたはずの自分に、その時から呪いの象徴・・・“呪印”が体に刻み込まれていたことからか。
廃墟と化した図書館に閉じ込められ、美しい自然や立ち並ぶビルどころか、日の目を見るような生活をしてこなかったことからか。
全てから迫害されて孤立無援の状態で、生きている意味を見いだせなかったことからか。
―――いや、語り始めるとするならば、あの薄暗く霧のような小雨が降っていた日。
自分が不老樹の根元へ埋葬されたあの日からだろう。
十四になった自分は、全身を“呪印”に蝕まれ、意識を保つことが出来ない程の激痛に襲われていた。
もがき苦しんでいる自分の姿を見た大人たちが、自分を引きずってどこかへ連れ出そうとした所を境に意識が途切れ途切れになり、よく覚えていない。
途切れかけていた意識がどうにか戻った時、自分はどうなったのだろうと体を動かそうとしたがピクリとも動かすことができなかった。
かすむ視界の中、動かない体をよく見てみると、その半分以上が土に埋もれていた。
・・・そして理解した。
今にも死にそうな姿を晒していたからだろう。村人たちはこれ幸いと言わんばかりに自分を担ぎ上げ、死者の体から蔓延するらしい呪いを辺りに広めないために、神聖だと言われていた不老樹の根元に埋葬していた。
どんどんと暗くなっていく視界。
それが痛みによる意識の跡切れだったのか、顔の上にかかる土だったのか、今となってはもうわからない。
おぼろげに見えていたわずかな光はあっという間に閉ざされて、辺り一面を静かな闇で埋め尽くされた。
―――こうして、自分は命を失った。
・・・幸せを一度たりとも得ることが無いまま死にゆく自分の境遇を、少しでも不幸だと感じたことはなかった。
ただ、純粋に疑問だけが頭の中に渦巻いていた。
何故、自分は生まれながらにして“呪印”を刻まれなければならなかったのか。
“呪印”が体に刻まれていなかったとしても、決して幸せを得るような人生を選びそうにない自分は、どうしてこの世界に生まれてくる必要があったのか。
そして・・・。
埋葬され明らかに死亡したはずである自分が、こうして
「―――そんなもん、オレのおかげに決まってんだろォ」
声のする方を振り返ってみたら、そこにいたのは『自分』だった。
死人のような表情に貧弱な体、適当に切った灰色の髪は、丁度水色の目に掛からないくらいだったのにそれすらも全く同じ。
ただ違うところと言ったら、生前の自分が一度もやったことのない横柄な態度で、ニヤニヤとした笑みはまるで顔にお面が張り付いているかのようだった。
・・・所詮、死の間際に見る走馬燈や幻覚に近いものだろう。
聞いたところで意味はないと座り込んだまま頭を下げて目を閉じた。
「つれねェ奴だなァ。せっかく蘇らせてやろうと思ったのによォ」
「・・・詳しく話せ」
決して蘇るという言葉を聞いて喜びを感じた訳でも期待を抱いた訳でもない。
だが、蘇らせてやると豪語した自分の姿をした何者かに少しばかり興味を持った自分は、頭を上げて『自分』の顔をもう一度見た。
思惑通りに事が運んだことがよっぽど嬉しかったのだろうか、『自分』は口角をさらに上げる。
「そもそも、お前は誰だ?」
「さあ、誰だろうなァ?」
「少なくとも自分ではないだろう?」
「さあ、どうだろうなァ? ていうかァ、自分のことを『自分』っていうヤツ初めて見るから驚いたぜェ」
目の前にいる『自分』はニヤニヤとした表情を一切変えることはないが、面倒なのか適当にはぐらかすように答える。
どうやら自らが何者なのかを明かす気はさらさら無いらしい。
そもそも、質問に答える気が一切たりとも無いのかもしれない。
「だがまァ、言ってやってもいいかァ」
「・・・変な奴」
かと思ったら、突然自分の名前を教えてくれるという。
目の前の『自分』は、やっぱり自分とは違う。喜怒哀楽がはっきりとした気分屋のようだから。
それならお前の性格はどうなのか、と聞かれても、考えたことがなかったから答えは返せないだろうけど。
「見て分かるだろうがァ、オレはお前さァ、『
「・・・?」
目の前にいる『自分』はどうやら自分の名前を言ったようだが、固有名詞となる部分からは、まるでノイズのように大勢の人々が狂い叫ぶ声しか聞こえなかった。
首を傾げた自分を見て『自分』も首を傾げそうになっていたが、ふと思い出したのか首の位置を元に戻す。
「おッとォ、お前の名前を
「・・・まあ、名無しでもいいよ。おまえの言う通り、名前なんて必要ないから」
だが、そのことに対して何も問題はないし、邪険に思うこともない。
蘇るとなれば昔の名前や人生を全て忘れることだってあり得なくはないだろう。
だが目の前の『自分』は、名前が無いと知っても平然としている自分の事が気に入らないのか、初めて口角を下げた。
「自分の名前が分からない事を、苦しいとは思わないのかァ?」
「別に? 苦にする必要性がある程、自分の名前に価値があるとは思っていない」
生まれながらにして“呪印”を刻まれていた自分にそんな大層な名前を付けられることはまずないだろう。
仮に価値がある名前を付けられていたとしても、自分が一文字も思い出せていない時点で、その価値は地に失墜しているのと何ら変わりない。
「まァいい、気にならないならそれで別に構わねェし」
目の前の『自分』は先程と同じように、興味が無さそうな態度で自分の言葉を軽く流した。
人によっては怒りを感じるのかもしれないが、名前に関心のない自分にはどうでもいいことでしかない。
少しばかり不機嫌そうになった『自分』へと、質問を続けることにした。
「蘇らせると言ったが、具体的にどう蘇ることになるのか聞いていない」
「・・・あァ、なァに、お前はただそこでじッとしているだけでいい。もうじき
「産まれる・・・? それはどういう―――」
「おッとォ、話はここまでだァ。喜べェ、もうじきお前は蘇れるぞォ!」
困惑する自分を見て機嫌がよくなったのか、『自分』は最初と同じように満面のにやけ顔で自分へと嗤いかける。
『自分』は自分に蘇ることについて詳しく話すつもりはなさそうだ。
これでは顔を上げた意味がない。
・・・寧ろ『自分』は自分の顔を上げさせるためにこの話題を振っただけだったのかもしれない。
「じャあ、達者でやれよォ」
「待て! まだ何も聞けて・・・」
「さァてェ、ようこそォ! ここはお前が生きていた世界から三百年経ッた世界、絶望に染まり切ッた終わりを待つ世界だぜェ!!」
一際楽しそうに両手を掲げ大声を上げた『自分』を見た途端、視界が暗転し、意識が薄れていく。
―――こうして、忌み児として不老樹に埋葬された自分は、もう一度この世に産み落とされた。
記憶の中に存在しているあの暗く淀んだ世界がまだ明るく、安定していた世界だったと確信できる程に、絶望で埋め尽くされた世界に蘇ったのだ。