再生した自分は、絶望を摂取して生きていく。   作:影斗朔

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彼は幸せを欲した。
他の誰の為でもなく、ただ愛する彼女の為に。
その為に彼が捨てたものは、余りにも莫大で・・・。
その中にはもちろん命も含まれていた。


三章 其三:溢れんばかりの幸せを、名もなきこの手で生み出そう。

三層はみんなのヒーローだ。

力持ちで成績もいい。

怪我した人がいたらすぐに手当てしてくれる。

そして何より、男女問わずに優しい人の良さとその美貌・・・。

そう、三層は外見も内面もイケメンだった。

・・・うん。やっぱりルックスは大事だよね。

 

かく言う私も三層のことは好き。

でも、ほかの人が抱いている感覚とはちょっと違う。

ラブじゃなくてライク、恋愛感情とはまた別の感情。

三層という人物のようになりたいという、強い憧れからの好意だった。

 

だから私は、三層がどのような人なのか徹底的に調べた。

だけど、博愛主義で友愛に満ち溢れているその根源が一体どこから来ているのか、全然分からなかった。

 

その闊達とした物腰はどうやったらできるのかと、隙をついて一度だけ問い詰めたことがある。

その時に答えてくれたことでさえ、どうしようもないほど三層らしいと思ってしまうものだった。

 

「『名無し』として生まれたなら、きっと誰かのために生きていけと神様から命じられたんじゃないかな。って、そう俺は思ったんだ」

 

そんな事、私たちは逆立ちしても言えそうにない。

やっぱり何もできない私は、何者にも成れないのだとそう思った。

 

でもあの日、『施設』に襲い掛かってきた狂人を撃退したその後に、誰にも告げることなく三層はどこかに行こうとしていた。

常に誰かのために動いていた三層らしくない行動で、すごく嫌な予感がする。

 

「三層・・・、どこ行こうとしているの?」

「あ・・・、五版か・・・。」

 

気づいたら私は三層に話しかけていた。

 

「悪ぃ、それは言えない」

「すぐに、帰ってくるよね?」

「・・・」

 

どうして悲しそうな顔して黙り込んでしまうの?

いつものように笑ってよ・・・。

 

「いや、ちょっと帰るまで時間がかかりそうだ」

 

「だから、五版。お前が俺の代わりをしてくれないか?」

「そ、れは・・・」

 

私にそんな大役が務まるはずがない。

私のような、役立たずの『名無し』なんかに・・・。

 

「前からずっと思ってたんだ。俺の代わりが務まるのは五版だけだって」

「そんな、こと・・・」

 

そんなはずない。

私は自分のことだけで精一杯で、ほかの人を助けてあげることなんてできそうにない。

 

「ちゃんと理由もある」

「理由?」

「ああ。ここにいるみんな、自分のことで精一杯だってことはわかるよな?」

 

もちろんわかる。

私だってその中の一人なんだから。

 

「でも、五版は俺という『人格』に興味を持ってくれた」

「それはみんな―――」

「いいや、それは違う。みんなが俺を好いていてくれたのは、俺という『救い』を求めていただけだ。俺のことを知ろうとしてくれたわけじゃない」

「・・・」

 

そう・・・かもしれない。

三層がみんなから好かれる理由は多々あるけれど、その元となっているのはすべて、彼の優しさに触れたからだと思う。

 

「俺のことを深く知ろうとしてくれたんだ、そんな五版だからこそ、俺の代役が務まると思う。」

「でも・・・」

 

それじゃあ、私は?

私の幸せは誰が満たしてくれるの?

 

・・・なんて言えるはずない。

そう言いたかったのは他でもない三層のはずだから。

 

「俺の代わりにみんなを助けてやってくれ。その役目ができるのは、きっと五版だけだから」

「・・・わかった。でも、帰ってくるまでだからね」

 

この場ではそう言うしかなかった。

そう言わないと三層は悲しむ。

誰かを悲しませたり、苦しませたりすることはしたくない。

たとえそれが、三層であっても。

だって私は、三層のような人間になりたくって今まで生きてきたんだから。

 

「ありがとう。後は頼んだぞ!」

 

そう言って、三層は裏口から出て行った。

あの時私はどうして何も言えず、彼が去りゆく姿を見ているだけしかできなかったのだろう。

私はあなたに伝えたいことがいっぱいあったのに。

 

だから、まだ・・・。

 

 

 

 

「まだ、行かない、で・・・? う・・・ッ!?」

 

突然激しい痛みが私の体に襲い掛かった。

さっきまで『施設』にいたはず・・・。

 

―――そうだ、思い出した。

 

あの後、三層は死んだということ。

みんなの囮となって、獣たちを撒いたこと。

襲われそうになった時、咢とベーゴマに助けられたこと。

 

そこから紆余曲折あって、青葉ちゃんを殺そうとして返り討ちにあった。

そこまでは覚えている。

涙と痛みで霞んだ視界を凝らすと、今いる場所はとても見覚えがあった。

 

「家・・・?」

 

いつの間にか家まで戻ってきていた。

意識を飛ばしながらも、命かながら家まで帰ってこれたのかな・・・?

 

「あー、うー」

 

今の青葉ちゃんの背中からは、骨も出てなくて、心の内もしっかりと見える。

近くにあった物を使って楽しそうにおままごとをしているようだった。

 

そうか、青葉ちゃんは私を追いかけてここまでついてきたんだ・・・!

それなら、『名無し』の子はどこに行ってしまったのか・・・。

まさか・・・!

 

カタン

 

扉を開く音が聞こえて、『名無し』の子が外から入ってきた。

よかった。生きていたんだ・・・。

でも、その姿を見て思わずぞっとした。

『名無し』の子も青葉ちゃんのように、体が真っ赤に染まっている。

貸してあげた服もところどころ破けたりしていた。

もしかして、さっきまで青葉ちゃんから攻撃されてたの・・・?

立つことが出来るくらいには怪我が浅いのかもしれないけれど、そんなに近づいたら、いつ攻撃が来るか分かったものじゃない。

・・・ううん、違う!

あの骨が攻撃するタイミングには法則がある。

青葉ちゃんが攻撃してきた時、咢も私も同じことを意識していた。

 

『名無し』の子が右手を青葉ちゃんに向ける。

その手の中にはどこで拾ったのか、私が持っていた十字架が握られていた。

その手は今にも青葉ちゃんへ引き金を引きそうで・・・。

 

だめ・・・。

青葉ちゃんを攻撃しちゃだめ!!

 

 

 

 

五版の匂いを辿ると、たどり着いた先は二人の住処だった。

五版は命からがら家に帰り着いた・・・というわけでもなさそうで、ここに来るまでの途中、何かを引きずっている跡と垂れ落ちた血の跡が点々と残されていた。

だからこそこうしてたどり着けたわけだけれど・・・。

 

(罠、かな・・・?)

 

どうやって二人の住処へたどり着いたのかわからない。

けれど、こうやって跡を付けてまで自分を誘導しているのだから、罠と受け取った方がよさそうだ。

まあ、どうせ死なない自分にはどんな罠が仕掛けていようが関係ないけれど。

 

「行くか」

 

人の姿に戻って、引き扉を開ける。

目の前にいたのは自分より少し年上に見える少女。だが、その様子はまるで幼児のようだった。

それでも、この少女が呪木の言っていた“絶望の塊”に違いないだろう。

三百年も経ったら子供の遊びも変わってくるだろうけれど、返り血を浴びたまま遊ぶなんてことは流石にしないだろうから。

 

“根の森”で拾った十字架を構える。

使い方はここに向かう道中、邪魔してきた奴らに実践して学んだ。

少女がこちらに気づいていないうちに無力化させておかないと厄介だ。

こうしている間にも五版は死にかけているのかもしれない。

五版をいち早く助けるためにも、躊躇するわけにはいかない。

引き金に指をかけた。

 

「攻撃しちゃ、だめっ!!」

「・・・!」

 

そう言った五版の声は、自分の耳に届くのがわずかに遅く、もう十字架の引き金を引いてしまった後だった。

作業的に、何事も思わずに青葉の心臓に狙いを定めたはずなのだけど、手元はぶれて弾丸は左肩に当たる。

青葉が人形のようにその場に倒れた。

 

「そこにいたのか」

 

引き戸のすぐ傍に、両手に風穴を開け、体のいたる所に切り傷を負っている五版が、壁に寄りかかっていた。

これは不味い。“根の森”で見た血はまだ液体だったが、早く『治癒』しないと、命にかかわる。

幸いにも五版はすぐ近くだ。

急いで駆け寄ろうとする。

 

「だめ・・・、こっちに、来ちゃ・・・」

 

何を言われようとも、助けるために来たんだから足を止めることはできない。

一歩踏み出して・・・。

 

「・・・っ!」

「うぅ・・・、うぅぅぅぅ!」

 

背筋に悪寒が走り、慌てて少女のほうを向く。

だが、少女は傷口を抑えながら呻いているだけで、特に何の変哲も・・・。

 

「逃、げて!!」

「え!?」

 

五版の叫びを聞いた直後、少女の体がブルブルと震え、いきなり背中から何かが飛び出した。それが、()()()()()()()()()だと気づいた頃にはもう遅い。

 

「ぐ、ふっ!?」

 

避ける間もなく、自分の四肢と腹部を深々と貫かれた。

痛みと衝撃で視界が歪み、意識を奪われそうになる。

 

『殴ってきた男に仕返しをしたいと思ったことはないかい』

『侮蔑してきた女に罵声を浴びせようと思ったことも、きっとあるだろう』

『でも、君はそれをしなかった』

『正しかったのは、一体どちらの方なんだろうね』

 

ガンガンと頭を叩きつけられているような感覚と共に、たまに聞こえていた誰かの声が聞こえてきた。

何か・・・、大切な何かを思い出せそうな気がした。

けれど、それを拒むかのように視界が戻りだし、声も聞こえなくなった。

代わりに聞こえてきたのは懺悔の声だった。

 

「ごめん・・・。ごめん、ね・・・」

 

視野をどうにか整えなおすと、五版は今にも泣き出しそうになっていた。

その場でうなだれている五版は、おそらく「私がここまで連れてこられたせいで、少女を止められなかったせいで、『名無し』の子のことを守れなかった」とでも思っているのだろう。

相変わらずだが、呪木はどうして自分ではなく、その周りの人たちばかりに絶望を植え付けたいのだろうか。

 

「―――気にしなくていい。これくらいじゃ自分は死なないから」

「え・・・? え!?」

 

平然としている自分を見て呆気にとられていた五版は、自分の体を穿っている骨から血が出ていないことを見て、仰天していた。

 

「痛く、ないの?」

「痛い。けど、自分は『呪木』だから問題ない」

「じ、樹木・・・?」

 

目を白黒させている五版はおいといて、問題があるとしたら、自分を貫いている骨が背後の壁まで貫いていることだろうか。

これでは磔にされているのと何ら変わりなく、少女へと反撃することも無理そうだ。

それにしても、二人はこんな化け物と戦っていたのか・・・。

 

「あの骨は何?」

「わから、ない。でも、あの子が、悪いわけじゃ、ないの」

 

・・・そうだろうか?

確かにあの骨は少女の意思とは関係なく動いているように見える。

だが、それだけで、少女のせいではないと言い切れるのだろうか?

・・・けれどまあ、あの骨が襲ってくるタイミングは大体把握できたし、あまり気にしないでおくとする。

あの骨は人の悪意に対して敏感に反応して対処し、危害を加えられたら報復するといった、一種の装置みたいなものだろう。

だから、襲い掛かろうとした二人は返り討ちにあったということか。

だとしても、わからないことがある。

 

「どうしてここに帰ってきた?」

「私も、気が付いたらここにいて・・・」

 

―――皮膚が爆ぜるような音が聞こえた。

 

「・・・っ!」

「ひっ・・・!」

 

反射的に少女の方向を見て、思わず顔をしかめた。

五版も同様に顔が恐怖で引き攣っていた。

それもそのはずだ、五本だった背中の骨がいきなり()()()()()()()のだから。

五版が自分の体の痛みを忘れたかのように、小さく悲鳴を上げ、自分の方へと体を寄せてくる。

怯えてしまうのも無理はない。正常な人間ならとうの昔に気が狂っていてもおかしくはない光景だった。

今なお増えていく骨は、数えただけでもゆうに二十を超えている。

いつ襲い掛かってきても対処できるよう意識を向けていたが、骨はこちらへ向かうことなく、少女の体を壁へ固定していた。

そのうち四本の骨は少女の前で警戒しているかのようにゆらゆらと揺れているが、こちらも全く危害を加えてくる様子はない。

 

・・・とりあえず、今の間に種を五版の体に打ち込んでおこう。

 

「あの骨、何をやろうと、してるの、かな?」

 

五版が血まみれになった右手で指さす先では、壁に固定していた四本の骨腕が、壁に固定した少女の手足を動かないように押さえつけた。

その様子はまるで、暴れる人を抑えるような―――

 

「・・・まさか」

 

残った骨の一つが、少女の傷口を裂いた。

 

「・・・やめて!」

「違う。自傷しているわけじゃない」

「え・・・?」

「あの骨は、()()()()()()()()()()()()()()

「摘出って・・・、本当に!?」

 

悶絶していた少女はあまりの激痛に意識を失っているようだが、骨腕はお構いなしに傷口を開き、骨にぶつかり止まっていた弾丸を丁寧に抜き出す。

 

「嘘、でしょ・・・?」

 

目の前で起きている状況を否定したくなる五版の気持ちはわからなくもない。

けれど、これは紛れもなく事実だ。

弾丸を取り除き、千切れた血管や開いた傷口を髪の毛で縫合する手際の良さは、まさに本物の医者が手当したかのようだった。

この年の少女にそんなことができるとは到底思えない。

つまり、その技術や知識を持っているのは少女ではなく・・・。

 

「・・・確かに五版の言う通り、少女は悪くないのかもしれない」

 

この骨は明らかに少女の意思とは無関係に行動している。

少女の意思を尊重することはあっても、敵意があるもの、害をなすものに対し攻撃することや、怪我の手当は、幼児化している彼女の意思で到底できるようなものではない。

つまり、別の人格が少女の体に寄生し、操作しているということだ。

それなら、五版が言っていたことも納得できる。

そして、自分なら少女を助けられる。

 

「五版」

「・・・どうしたの?」

「自分を飛ばしてほしい」

「飛ばす・・・って、どこに?」

「骨の主の中に」

「それって・・・」

 

五版が言いたいことはわかる。

飛ばすことが成功するかどうかわからないし、五版にとって自分はいまだ信頼のおけるモノだとは言えない。

分の悪い賭けだということは重々承知している。

それでも・・・。

 

「大丈夫。彼女に巣食っている絶望はちゃんと取り除く」

 

呪木とほぼ同じ存在だというならば、絶望を付与することもそうだが、絶望を取り除くことだってできるはず。

だったら、自分は呪木とは真逆のことをやってやる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言って五版のほうを向いた。

五版も自分の顔をじっと見つめていた。

そのまま、しばらく見つめあうこと数秒。

 

「うん。わかった」

 

五版が折れた。

どちらにしろ、このままだとらちが明かないと気づいたのだろう。

 

「そのかわり、無事に、帰ってきてね・・・?」

 

返事の代わりに静かにうなずき、骨を握りしめる。

自分がこの世界で生きていく目的を見つけたんだ。

決して、呪木の思い通りに生きてたまるものか。

そのためにも、少女を絶望から救いだす。

そう決意した途端、視界が歪み始める。

まるで、自分を貫いている骨の中へと吸い込まれるかのように、意識が飛んだ。

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