再生した自分は、絶望を摂取して生きていく。   作:影斗朔

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決して希望を捨てなかったそれらは、悲鳴のような咆哮と、裏切りの絶望で埋め尽くされた。

神はあざ嗤う。
愚かな人類と、神を憎む模造品を。


エピローグ:所詮、暇つぶし程度の玩具に過ぎなかったのならば・・・。

あれから一週間が経った。

 

あの後、青葉はそのまま二人が引き取ることになったけれど、自我を取り戻した青葉は、最初はショックからか何も喋ることができず、一人きりになりたがっていた。

でも、三日と経たないうちに折り合いをつけたのか、自分たちの中で最も元気で最もうるさい人物となった。

こんな人物と思わなかった自分は紅葉との約束を守れるか不安になったけれど、咢や五版、それにベーゴマもいる。恐れるような事態が起こることはないと思いたい。

 

二人の怪我は順調に治って・・・というよりは、もう完治したと言っていいだろう。大きい怪我だったから傷跡はどうしても残ってしまうけれど、後遺症とかもなさそうだった。

自分が何物であるか目の前で見せてしまったから、二人から出て行けと言われることも覚悟していたけれど、なぜか保護された時よりも丁重に扱われている気がする。出かけるときはどちらかが付き添うようになったし、自分の部屋まで作られていた。

咢の言葉を借りることになるけれど、二人とも自分以上の物好きなんじゃないだろうか?

 

それでも、世界は変わらない。

弱きは淘汰され、強きはそのうち廃れていく。

そして誰もかれも絶望に染められる。

それが『壊捨印』を生み出して、咢や五版が鎮めに向かう。

その繰り返しだ。

 

・・・自分は、どうだろう。

人間という体から、呪木の複製としてこの世に再生した。

過去を思い出し、今やるべきことを得た。

前世に比べると相当に変わったかもしれない。

でも、相変わらず自分は人間だと勘違いしてしまうこともある。食事や睡眠を必要としない体なのに、その二つをやろうとして何度も痛い目にあった。

過去の記憶は大切だけど、捨てろと言われたら捨ててしまえそうだし、今の記憶にもそんなに残っていてほしい記憶は・・・ないと言えば嘘になるけれど、殆どに必要性は無いと思ってしまう。

 

やっぱり自分は初めから『人でなし』で、それが変化することなんてこれから先もきっとない。

そう結論付けると、タイミング良く自分たちの住処へ帰ってこれた。

いまだ血の汚れが取れきっていない戸を引くと・・・。

 

「こら! 何も言わずに出て行ったから、探したんだよ!」

「二人だって、何も言わず出ていく時が多い」

「た、確かに行先は言ってないけど・・・」

 

中に入った途端、目の前で仁王立ちしていた五版に怒られることになった。

二人が何処に行こうがどうだっていいんだけれど、ついつい言い返してしまう。

人に言えないような場所に行くことだってたまにはあるだろう。その場所が危険な場所なら尚更だ。

だから、自分もさっきまで『本体』に宣戦布告しに行っていた、なんて言えないのだけれど。

それにしても、何をそんなに五版は怒っているのか・・・。

 

「それは置いておくとして、帰ってきたら「ただいま」でしょ!」

「え・・・?」

 

そんな事で怒っていたのか?

確かに五版が出かける時は「行ってくるからね」と一言入れていた、でも咢は一言も言ってなかった気がするんだけれど・・・。

 

「え? じゃない! 誰が何と言っても君はもう、私たちの“家族”みたいなものなんだから!」

「か、ぞく・・・」

「そう、家族」

 

・・・家族。

ここが自分の居場所になってもいいのだろうか。

自分は三人の害を成すモノとなるかもしれないのに。

 

「でも、自分は・・・」

「樹木だから・・・って言いたいんでしょ?」

「そうだ」

「大丈夫。観葉植物を家族と言う人だっているって」

 

え、それは・・・。

流石に言っていることに後付けしているようでしかないじゃないか。

咢の言葉を借りて言うなら、そう。

 

「・・・変わり者だ」

「それは心外だなぁ。咢よりは常識人だと思うんだけど」

 

いや、咢の方が五版以上に常識をもっている。それを態度や行動に出さないだけで。

でも、五版の押しの強さは身をもって体感している。

だったら、少しぐらい・・・。

 

「・・・ただいま」

 

家族と言うものを経験してみたいと思う。

 

「よろしい! でも、勝手に出ていったことは別の話よ!」

「わかった、これからは行ってきますって言って出ていくから」

 

これ以上五版に話続けていたらいつまでたっても中に入れない。

自分が不老不死だと知っているはずだから、そこまで心配する必要なんてないのに、いつまで経っても五版は心配性だった。

玄関口に上がると、上からバタバタと誰かが駆ける音が聞こえてくる。

 

「あ、帰ってきた?」

「帰ってきた。ただいま、青葉」

「おかえりー」

 

二階から顔を覗かせてそのまま一階に降りてきた青葉は、初めて会ったときは血塗れでよくわからなかったけれど、髪色も名前の通り瑞々しさを感じる若葉色をしていた。今日は五版の服を借りているようで、関節部分が殆ど露出している青い服を着ている。

・・・やっぱり、二人が着ているような服以外の服もないと大変だと思う。特に全てのサイズが合っていない自分と胸が無い青葉には辛いところがある。

 

「みんなに内緒でどこ行ってたの?」

「ちょっとそこまで」

 

二人がよく言う言葉を借りることにする。

・・・こうやって誰かから言葉を借りないと会話が成立しそうにないのは、あまり良くないんだけれど。

 

「もしかして、禁足地に行ってたとか?」

「・・・いや、行ってない」

「行きたくなるよね、禁足地。立ち入るなって言われる場所ってどうしてこうも魅力的なんだろうね!」

「・・・行ってないって」

 

どうして行ったことがわかるんだろう。

そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか?

それとも、ただの勘・・・?

 

「どうして何も言わなかったとか、何処に行ったとかどうでもいい」

「ただいま、咢」

「・・・馬鹿正直なこいつが何かを企むことは出来そうにないけどな、別に心配する必要もないだろ。こいつは『あの木』の複製品みたいなもんだ。野垂れ死にされたって困る事どころか利益しかないじゃないか」

 

台所から出てきた咢は五版と青葉にそう辛辣に言い放つ。

咢に関しては驚くことがいくつもあった。

一つ目に、料理を作るのは咢の管轄だということ。

しかも律儀に料理をする時は五版の服を借り、その上からエプロンを着ている。

料理なんてできなさそうだと勝手に思っていたけれど、料理ができないのは寧ろ五版の方だった。

二つ目に、咢は剣術がこれっぽっちも上手くないということ。

刀を使っているのだから当然上手だと勘違いしていた。

そりゃあ、刀で切れる範囲に物があったら問答無用で切り裂ける力を持っているんだから、抜刀と納刀さえ達人並ならば剣術は必要ない。『大噛み』を輪切りにしていたのも納得できる。

・・・そりゃまあ、記憶を覗いたから全部知っているのだけれど、実際に目にするとやっぱり信じられないという感覚が勝る。

 

「それと、家族と言ったか? 俺はこんな奴と家族になるのは御免だぞ!?」

 

だからそんなことを言われても、過去に何があったのかは理解しているから、怒りよりも諦観が来るのだ。

一人にされる苦しみは、孤独を知らない自分には一生かけてもわからない。

 

「何それ!? わたしを見つけてくれたのは感謝してるけど、そんな言い方って無いんじゃないの!?」

 

自分に抱き着きながら、青葉は咢へと食い掛かる勢いでまくしたてる。

青葉は・・・何というか、怖いもの知らず?

呪木である自分にひっつくこともそうだが、誰に対しても食いついていく勢いは、紅葉が心配して過保護になるのもうなずける。

・・・だからって、あそこまでシスコンを拗らせることにはならないだろうけれど。

それにしても、青葉はよく自分に抱き着いてくるけれど、これはどういう意味があるのだろう。

スキンシップが過剰なタイプなのか?

 

「お前はよくもまあ、そんな得体の知れないモノに、べたべたとひっついていられるな」

「得体が知れなくなんてないってば! 『ナナ』はわたしの命の恩人だから!」

「・・・ナナ?」

 

誰のことを言っているのだろう。

紅葉の記憶を引き出してみたが、該当する人名は一人もいなかった。

 

「・・・って聞いてる、『()()』?」

「もしかして、自分のこと?」

「君以外誰もいないでしょ!」

 

いつの間にか名前を決められていたようだ。

咢や五版の表情を伺って見た限りでは、青葉が唐突に言い出して困惑しているのだと思う。

自分には望という名前を与えられているのだが、・・・これは困った。

 

「君は記憶がないって二人から聞いたよ。名前も覚えていないってことも」

「いや、それは・・・」

「だから、わたしが名前を付けたの。名無しさんからもじって、『和凪(なな)』。これで誰からも和凪のことを獣だとか得体の知れないものだとか言わせないから!」

「青葉・・・」

 

紅葉と邂逅してから全てを思い出したのだけれど、結局皆に打ち明ける機会が無かったからこうなってしまった・・・。

 

―――まあ、いいか。

 

自分へと祈ってくれたあの人たちはもういない。誰からも覚えられていないかもしれない。

でも、その分、自分が覚えておけばいい。

自分が望みを捨てない限り、彼らの祈りは決して消えないはずだ。

それにしても・・・。

 

「和凪・・・か」

「え・・・もしかして、嫌だった・・・?」

「いや、このまま名前がないと、いろいろと苦労するだろうと思っていた。ありがとう、青葉」

「ふふん。どういたしまして!」

「あーっ! 青葉ちゃんずるい! 私はまだ感謝の言葉なんて貰えてないのにー!」

 

二人が言い争う姿は・・・なんだろう、子犬がじゃれているよう?

そんな様子に嫌気が差しているのか、自分の右手にいた咢から殺気を感じる。

・・・あ、忘れていた。

あの時抱いた疑問を解消していない。

 

「そういえば、咢、あの時の答えを聞いてない」

「・・・何か言ったか?」

「『大噛み』が人に対して明確な殺意を持つ理由は何?」

「ああ、そんな事言ったな。ったく・・・」

 

咢は憎々しげにそっぽを向いて舌打ちした。

 

 

「そもそも、お前のような考えてばかりいる奴ならすぐに思い至るとおもったが、見込み違いだったか」

「馬鹿だからいつも考えているんだ。どうしてもわからないから、どうか教えて欲しい」

「・・・人間以外の生物が殺意を持たないと知っていたのに、どうしてその発想にならないのかが分からない」

「・・・まさか」

「その「まさか」は何に対して言っているのか知らないが、『大噛み』は()()()()()()()()

 

頭を揺さぶられた気がする。

耳鳴りも聞こえ始めた。

 

「随分と昔の話だが、この世界には呪いが蔓延していた。今のお前ならわかるだろ? 呪いの原因は『あの木』だ」

 

そうだ・・・、あれは体が酷く痛かった日・・・。

 

「あの木が原因だと気づいた一部の人間は、木を殺すための毒を作り、成長を続ける木を殺す作戦を立てた」

 

痛み止めの薬をもらうために、彼らがいつもいる無菌室へ向かったんだ。

 

「だが、作戦当日になって、()()()()が出た。そいつは他の仲間を獣へ変異させる呪いをかけた」

 

無菌室にたどり着いてからの意識は酷く曖昧で、まるで自分の体が誰かに使われているようだった。

 

「今いる『大噛み』の個体はそこで変化した人間たちの子孫ということだ」

 

そして、意識が戻った時・・・。

自分は埋め立てられつつあった。

 

「裏切りを働いた人間共を末代まで呪うと決めたのだろうな。その日から『大噛み』と名付けられた獣は、人間に殺意を持って襲い掛かるようになった。これが『大噛み』が殺意を持つ理由だ」

 

そうだ・・・。

自分を埋めていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()・・・!

 

「おい! どこに行く気だ!」

「和凪!」

「和凪ちゃん!?」

 

気づいたら自分は外へ飛び出していた。

雨が降り出していたけれど、どうでもよかった。

狂人たちが襲ってきたけれど、どうでもよかった。

ただ、こんなにこの世界から消えてなくなりたいと思ったのは初めてだった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

叫ばないと気が狂いそうだった。

走らないと体が暴れだしそうだった。

そうだ、自分は・・・! 自分は・・・!!

 

 

 

今度こそ思い出した。事の経緯、最初から最後までの全てを。

 

 

彼らに呪いをかけたのは、何者でもなく・・・()()()

死ぬ間際、呪木の操り人形と化した自分は、呪木の力であの人たちを醜い獣に、『大噛み』に変貌させた!

そして今度は、あの人たちの子孫を・・・皆殺しにした!

それも・・・自分の力を確かめるために、嬲り殺しにした・・・!

一度ならず二度までも、自分はあの人たちを絶望の底に叩き落したんだ!!

 

・・・嗚呼、そうか。

これも自分を絶望させるために仕組んだ事だったのか。

つまり、全て・・・最初から最後まで、あの木の思い通りに事が運んだのか!!

 

―――許さない。絶対に。

 

これ以上あの呪木の思い通りに事を運ばせてたまるか!

忌々しい呪木を滅ぼして、自分も死ぬ。

復讐するんだ! 他の誰でもなくあの人たちの為、そして木によって人生を狂わされた四人の為に。

 

 

 

 

―――以上が蘇った自分の全て、自分が木に抗うことになったことの初めだ。

望なんて名乗る資格がない、和凪なんて呼ばれることすらおこがましい。

なんと愚かで無様で滑稽なモノなのだろうか。

それでも、今の自分が生きていく理由は存在する。

・・・そう。二度目の命、その全てをかけて呪木へ復讐するというただそれだけの命。

 

 

これはそんな、下らない自分の話だ。

 

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