再生した自分は、絶望を摂取して生きていく。   作:影斗朔

3 / 15
その世界を一目見たものは立ちつくしてしまうだろう。
あまりの美しさに、ではない。
あまりの(おぞ)ましさに、である。


一章 そしてまた、暗雲たちこめ日の刺さない大地に一人、立ちつくす。

「・・・うっ!!」

 

喪失していた意識を引き戻したのは、体を地面に叩きつけられたかのような衝撃だった。

そのまま平衡感覚を揺さぶられるかのような感覚が数秒の間続いたが、次第に勢いを失い、ゆっくりと静止した。

 

「一体全体なにが起こったんだ・・・!?」

 

さっきまで『自分』と話していたはずなのに、何が起きたのか・・・。

それに、どうして自分は頭を下にしたまま止まっているのだろう。

 

「・・・おかしい。人間が静止するなら仰向けか俯せのどちらかだ」

 

強く揺さぶられダメージを受けている脳をどうにかフル回転させる。

視界は暗黒に包まれ、匂いを感じることもできなかった。

少なくとも頭を下にして静止する訳がないと、体を動かして体勢を整えようとするが手足を少しも動かせない。

それどころか、拘束されているかのように体の全てを全く動かすことができない。

―――いや、この感覚はあの時と同じだ。

体の上に土を乗せられているような、そんな感覚・・・。

拘束されているというよりも、むしろ何かを周りに敷き詰めているかのような感覚だった。

それならば・・・。

 

「力を加え続けていたら、そのうち出られるか・・・?」

 

動かせないと感じていた体は、力を加えると僅かばかりではあったが動かすことができた。

全身を大きく引き伸ばしがむしゃらにもがくと、まるで皮膚が千切れるような音と共に、動けるスペースがだんだんと広がっていく。

だが、スペースが広がる度にべたつく液体が体に付着し、頭がくらくらする程の甘い香りが辺りに充満した。

あまりにもきつい匂いで強烈な悪寒と吐き気に襲われ、その場でえずく。

 

「・・・っ、早く出ないと―――」

 

不調を訴える体を叱咤し、手足を動かし続ける。

せっかく蘇ったのだ、こんなところで窒息死するなんて洒落にならない。

態勢を整え直して再度、壁を殴り、蹴り、引っ掻いた。

体を動かすだけで広がる程柔らかい壁はすぐにぼろぼろと崩れ、あっという間にスペースを増していく。

そして、微かながら光が見え始めた。

 

「あと、少し・・・!」

 

ようやく出られると思ったが、爪は固い何かに引っかかりその動きを途中で止める。

どうやら光を透過するほど薄い壁のようなものに当たったようだ。

薄壁から漏れる光で自分と外を隔てている物はこれだけだと確信できる。

しかし、壁は光を透過するほど薄い割にやけに硬い。

打撃を加えても弾き返される程の弾力で、爪を立てようとしても、削れた壁が爪にこびりついて碌に引っ掻くことができなかった。

手足が使えないとなると使える部位は残り一つ。

液体に毒があるかもしれないのでやりたくはなかったが、仕方がなく薄壁を噛み、全身全霊で引き千切りにかかる。

数秒程で硬かった薄壁はベリベリと音を立てて千切れ、外の光が差し込んだ。

 

「やっと出れ―――」

 

千切れた薄壁からどうにか半身を引っ張り出して外を見た自分は、息をのむことを余儀なくされた。

 

「―――なんだ、ここは・・・?」

 

そこにあったのは、見渡す限りに広がっている建造物の群れ。

街を見下ろせる小高い丘の上に自分がいることは理解できた。

・・・いや、街という表現は誤っている。

建造物は立ち並んでいたが、決して街と呼べるものではなかった。

道路や車らしきものなど人の手が加えられた人工物がある点は街とも呼べなくはない。

―――そこに命あるものの気配は無いということ以外を除くならの話だが。

正確に言うとすれば・・・そう、街ではなく廃墟群。

建造物も道路も車らしきものも・・・そして生命も、巨大な木の根のようなものによって蹂躙され、木の根以外に植物らしいものは存在しない荒れ果てた大地と化していた。

 

何かに閉じ込められていた時に明るいと感じた外は、今思うと自分が生きていた時よりも明らかに暗く重たい。

日の光を隠す暗雲が延々と続いていることもあるが、まるで空に(ひび)が入っているかのような長さや太さがまちまちな線が、数え切れないほどに広がっていることが原因のように思える。

そして、その罅のような線は見覚えのあるものだった。

 

「もしかして・・・木の枝か?」

 

真上を見上げていた視界を下げていくと、想像した通りではあったが木があった。

しかしそれは、自分が想像していたよりもはるかに大きいものだった。

街一つを軽く超える程の大きさを誇る幹、付近の地形を変動させている木の根・・・。

そうか、街を蹂躙していた木の根のようなものは実際に木の根であり、この巨大な木から伸びたものだったのか。

 

「それにしても、この世界の木はこれほどの大きさで存在しているのか?」

 

雲を突き破る程の大きさから、日光に当たっている部分も多いのではと思うが、その割には酸素が薄いのか息苦しさを感じる。

この木は光合成でそこまで酸素を排出しない植物なのだろうか。

・・・兎に角、自分が死んだ場所でそのまま蘇ったとしたら、三百年前には存在していない大木がそこに鎮座していた。

あまりにも現実離れしている光景に少々戸惑ってしまったが、考えてみればそこまでおかしくない話ではある。

なにせ、三百年も月日が経っている。これくらい世界が変容していて当然と考えたほうがよさそうだ。

そもそも、生前は殆ど外に出たことなんてなかったから、驚くのはいささかおかしいのかもしれない。

 

「・・・ううっ!」

 

そういえば今の自分は、閉じ込められていた『何か』から半身を出したままで、考え事にふけっている場合ではなかった。

鼻に詰まる甘ったるい匂いとべたつく赤い液体に動きを阻害され、体を覆い尽くしているこの液体に侵されているかのような感覚に悪寒が走り、悲鳴を上げそうになる。

いい加減抜け出さないと大変不味い。

思考するのを一旦止めて、体をやっとのことで引っ張り出し、大地に足を付ける。

そして『何か』の正体が分かった。

 

「うっ・・・。そうか・・・、木の実か」

 

自分を閉じ込めていた『何か』は、血のように紅く染まっている果実だった。

匂いや果汁もきついものだったが、果実の見た目も明らかに食用には向かない毒々しく諄(くど)いものだった。

どうやら意識が戻るきっかけとなった、全身を大きく揺さぶる程の強い衝撃は、自分が入っていた果実が木から落下したときのものだったらしい。

まてよ、あれほどの高さから落ちてきたのならば―――。

 

「・・・よかった。とりあえず、怪我はなさそうだ」

 

今更だが怪我はないかと自分の体を見てみると、果汁にまみれ赤くなっているだけで傷一つないどころか、生前に全身を蝕んでいた“呪印”すらもきれいさっぱり消え去っていた。

どうやら『自分』が言ったとおりで本当に蘇ったようだ。

それも五体満足、無傷の健康体で、である。

強いて言えば、どうやら蘇るのは肉体だけのようで、今現在の自分は体に何もまとっていない赤子のような状態だったが、特に気にする必要はないだろう。

気候、天候は問題なし。

見られて困るようなこともなく、羞恥心も持ち合わせていない。

どちらにしろ人気が無いのだから、誰かに見られることはなさそうだ。

 

「さて、これからどうしようか・・・」

 

あの『自分』が言っていたことが色々と気になるが、とりあえずは体の汚れを落とすことが先決だった。

不快感を催す赤色の液体を洗い流さない限り、碌に頭が回りそうにない。

それに、これほど強い匂いを放っていたら、人間は寄り付かないだろうけれど他の動物が寄り付いてくるかもしれない。

もしそうなってしまったならば、何も持たない自分はただ逃げるしかない。

仮に、自分の身体能力が常人を遥かに超えるようなものだったとして、三百年経ったこの世界の常識に通用するだろうか。

そもそも常人を超えるような身体能力を持っているなら、あの果実から脱出することなど容易くできたはず。

・・・ダメだ。考えたところで解決できるわけじゃないのだから、今は体を動かさないと。

そう思ってその場から一歩踏み出そうとした。

 

『君は決して幸せになれないだろう』

「うっ!?」

 

頭を揺さぶるような感覚と共に、聞き覚えがあるような声が聞こえた。

慌てて辺りを見回してみるが、特に人影は見当たらない。

何だったんだ・・・?

 

―――突然、背後から殺気を感じた。

 

「っ!」

 

慌ててその場から横に飛びのくと、先程自分が立っていた場所からガチンと金属がぶつかり合うような音が聞こえた。

何事かと振り向くと、そこには大型の狼がいた。

―――いや、狼にしては大きい、体長は小柄な熊程の大きさはあるだろうか。

体色と瞳は黄土色で、口に収納することが出来ないのだろう、巨大な牙を剥き出しにしていた。

先程の金属音はどうやらこの牙が空を切って勢いよくぶつかり合った音だろう。じっと立ったままだったら体の半分近くを食い千切られていたに違いない。

このままでは不味いと、助けを呼ぶため口を開こうとして・・・やめた。

目の前にいる獣を刺激させるかもしれないし、そもそも人気が無いのだから助けを呼んでも来ないだろう。

そんなことをするよりは、この現状を打開する策を練るべきだ。

緊張感と果実の匂いでクラクラする頭をどうにか動かす。

あの動物はおそらく果実の匂いに誘われて来たのだろう。

群れを成す動物だったなら打つ手がなかったが、幸いにも他の個体はいなさそうだ。

・・・だからといって全裸の自分に打つ手はないが。

 

「・・・参った。考えたところで何も出来ないなんて」

 

そう言いながらも、他の手段はないかと知恵を絞る。

現実逃避をするかのように思考し始めた自分を、備え膳のように思ったのだろうか。先程とは打って変わり、狼は駆けることなくこちらへとゆっくり歩み始めた。

死を目前にすると人間は普段では考えられない異常な行動をとると言うが、自分はどうやらそんなことはなく、生前と同じようにどうでもいい事に疑問を覚えていた。

きっと前世でも死ぬ前にしてはどうでもいいことを考えていたのではないだろうか。

いつの間にか獣は目前まで迫り、胴体に狙いを定めて口を大きく開く。

腐臭が発せられる口内は、それほど大きくないはずなのにぽっかりと穴が開いているかのように仄暗い闇が満ちていた。

 

(・・・ああ、蘇ったとは思えないほど速い死だ)

 

何も分からないまま、この命は失われる。

今ほど自分が生きる価値が無い状態は他にはないだろうから、死ぬならばまたとないタイミングなのだろうけれど。

折角蘇った命がすぐに摘み取られることをほんの少しばかり悔やみ、目を閉じた。

 

「―――生きることを諦めないで!」

 

・・・? なんだ?

女性の叫び声が背後から聞こえた気がして目を開けてみる。

 

「・・・っ!?」

 

そこで目にしたのは、先程まで自分に襲い掛かろうとした獣が、脳天に穴をあけて地に伏している姿だった。

襲われている自分に気づいた誰かが咄嗟に助けてくれたのだろう。

それは十分に考えられることだ。自分は死体と化した獣に驚いたわけではない。

驚いたのは死体の傷口とその傷を与えた方法である。

獣の眉間に空いている風穴は明らかに弾丸によってできたものだが、肝心の銃声が聞こえなかった。

しかも、自分の方を向いていた獣の眉間を穿っているのだから、その前に()()()()()()()()()()()()()()ことになる。けれど、自分の体に穴なんて開いていない。

前方にいただろう自分へ向けられた声が、やけに明瞭に聞こえたのも少々おかしい・・・。

 

「ねぇ、大丈夫!? ケガしてない!?」

 

そう、この声だ。

緊迫した高い声色だが、子供に優しく諭すような柔らかい口調。おそらく女性のものだろう。

後ろから聞こえてきたということは、やはり弾丸は自分の体を通り抜けて・・・。

 

「おい、聞こえているなら返事しろ」

「いてっ」

 

先程とは違う声が聞こえ、頭を叩かれる。

文句を言おうと振り向くと、そこには二人の人間がいた。

一人はレモンのような色をした長髪に、綺麗な花びらを思わせる桜色の瞳の女性。

服装はなんと形容したらいいか・・・よくわからない。

ライダースーツというものだろうか? 体のラインがはっきりわかるような服が、ところどころハサミで切ったかのように破れている・・・というより、あえて破ったかのように見える奇抜な服を身に纏っていた。

多分、自分に声をかけたのはこの人だろう。瞳が涙で潤んでいた。

これがこの時代のファッションなのか・・・? 後で聞いてみよう。

もう一人は全身、それも切りそろえられた短髪や切れ目の瞳、服装に至るまで全て枯葉のような茶色に染まっている人物。

さっき自分を叩いた人だ。

声の低さやレモン髪よりも身長がやや高いことから、おそらく男性。

外套や靴、深々とかぶっている帽子でさえ、まるでミノムシのように枯葉をかき集めて作られたような造形をしていて、もはや枯葉の精か何かと思ってしまう。

 

「ちょっと! 返事をしないからって叩かない! 怯えて声も出せないのかもしれないじゃない!」

「さっき『恐怖心が全然ない』って驚いてたのはお前だっただろ」

「だからって叩いていいわけじゃないでしょ!」

 

二人は、自分を目の前にしていきなり口喧嘩をし始めた。

完全に茶髪の方がレモン髪をあしらうようになっている。

二人の力関係は、やはりと言うべきか男である茶髪が勝っているようだった。

・・・そういえば、二人を見ている自分は自然と上を見上げている。

この時代は人間も皆背が高いのだろうか。

木や獣も大きかったから人間も大きいということは十分にあり得るが、大きさの比率を考えると、どうやら二人が大きいのではなくて、自分が小さいのだと思わざるを得ない。

・・・決して自分の身長が低いことを気に病んでいるわけではない。

 

「まあ、見事に脳天をぶち抜いたのはなかなかだ。本当、誰かを助ける時だけお前は役に立つな、“ゴバン”」

「『だけ』は余計だって!」

 

暇つぶし程度で聞いていた会話中に聞きなれない名詞が出てきた。

それが人名だとすると、どうやら女性は“ゴバン”という名前らしい。

女性の名前にしてはいささか不格好で不釣り合いな気がする。

ゴバン・・・、どういった字面なんだろうか。

 

「だがまあ、詰めの甘さは相変わらずだな」

 

茶髪がそう言ったと思ったら後ろから唸り声が聞こえた。

 

「まだ、生きていた・・・!?」

 

驚きのあまり思わず口に出してしまう。

脳天を撃ち抜かれたのにもかかわらず、獣はその場から起き上がり、こちらへ今にも襲い掛かる体勢になっていた。

明らかに死んでいるモノが蘇ったら誰だって驚かないだろうか?

・・・ん?

そういえば、自分も生き返っていたんだった。

もしかしたらこの世界では死体が蘇ったりするのだろうか?

 

「ウソでしょ! 聞いてないんだけど!?」

 

焦っているゴバンの様子から察するに、流石に死体が蘇ることはないらしい。

ゴバンは慌てて懐から、およそ三十センチ程の十字架を取り出した。

・・・()()()

このタイミングで十字架を取り出す理由は何だろう。

十字架に何らかの力が備わっているのか?

悪魔祓いか? それとも邪な力を鎮める、聖なる力とか・・・?

 

「慌てるな。こいつはもう死んでいる」

 

混乱しているゴバンを落ち着かせるように、茶髪はゆっくり語り掛けた。

その飄々とした口調で自分も我に返って茶髪を見る。

その手にはいつの間にか抜身の刀が握られていた。

先ほどは気づかなかったが、どうやらあの枯葉服のどこかに刀が隠されていたようだ。

確かに、あの服は物を隠すにはうってつけだ、ただの枯葉服から物を隠す服に評価を改めよう。

・・・だが、言った言葉の意味がどうも腑に落ちなかった。

確かにただ動いているだけの死体なのかもしれない。

それなら、わざわざ刀を抜かなくてもいいだろう。

だとすれば、獣はまだ生きていて、刀で切り裂いたのだろうか?

しかし、見たところ獣には刀傷が一つたりともついていないように見えた。

 

「あの獣はまだ生きているようにしか見えないけれど?」

「まあ見とけ」

 

茶髪はけだるげに口走って刀を鞘に戻した。

そのタイミングを見計らったかのように、獣は目に留まらない勢いで自分たちへと飛び掛かる。

 

「・・・っ!?」

 

・・・ことができたのは生気を失った頭だけだった。

残された体はその場で前足、胴体、後ろ足の三つに寸断されている。

獣は自身が気づかないほど一瞬のうちに四等分に輪切りされていたのだ。

 

「いつの間に・・・」

 

何が起きたのか理解が及ばない自分の口から漏れたのは感嘆の言葉だった。

それはゴバンも同じらしく、「やっぱり凄い・・・」と唖然とした表情でつぶやいていた。

 

 

 

 

「それにしても、どうしてこんな所に一人でいるの!」

「えっと・・・」

 

唐突にゴバンが語り掛けてきた。

それも、獣の死体に他の獣が群がってくるかもしれないので、獣の死体が見えなくなる場所まで移動している最中にであった。

他の獣が近くにいて大声を聞きつけて来たらどうするんだと思うが、ゴバンはそんなことを気にしていないのか自分へと説教を続ける。

ゴバンの危機管理能力はあまりよろしくないようだ。

 

「親は!? それとも友達と一緒にいなかったの!?」

「その・・・」

 

あらかじめ言っておくと、自分は会話が苦手だった。

相手と会話することが嫌いなのではない。

ただ、会話をしたことが殆どないから、その方法がよく分かっていないのだ。

だから、ゴバンが自分に向けて早口で言葉を投げかけてきても、うまく返すことができない。

そもそも、返しどころやどう返すべきかがよくわからなかった。

 

「いくら何でも裸で外を歩き回るなんて自殺行為だよ! ただでさえ、君は女の子なんだから・・・、もっと自分を大切にしなきゃ―――!」

「ゴバン、あんまり漬け込みすぎるな。女の子の見た目をした怪物かもしれないのはもう十分にわかっているだろ?」

「でも・・・!」

 

茶髪が叱ると、騒いでいたゴバンは漸く黙り込んだ。

ゴバンが言っていることは至極真っ当だ。獣が出るような場所で、一糸まとわぬ状態で棒立ちしているなどただの自殺行為でしかない。

そして、ゴバンの言葉で把握したが、やはりこの体は女性のもので間違いなかった。

しかし、理由はわからないが、自分が女であることに違和感を覚えている。

酷く曖昧になってしまった一回目の人生では、自分の性別は男だったのだろうか?

 

「そうだな・・・、とりあえずうちに来い。その恰好でいつまでもいるわけにはいかないだろうし、お前に聞きたいこともあるからな」

「・・・身元が分からないものを連れ込んでもいいのか?」

 

疑問に思ってつい口走ってしまった。

・・・どうしてこんな質問をしたのだろうか。

自分を見ている二人は目を丸くしているが、わざわざ助けてくれようとしている人を跳ね除けるような態度を取ったことに、自分が一番驚いている。

無意識に軽率な事をしてしまったと、内心自分に向けて舌打ちをした。

 

「・・・ふふっ」

「・・・?」

 

だが茶髪は、何かおかしかったのだろうか口元を隠し、笑いを堪えている様子だった。

それを見てゴバンは体を仰け反らせるほどに驚いていたが、茶髪はそれほどに笑わない人物なのだろうか。

いや、そんなことはどうでもいい。

 

「何かおかしかったか?」

「いや、悪い。わざわざ怪しまれそうな事を言ってきたから、面白いやつだなと思っただけだ」

「・・・そうだろうか? 自分はそれほど面白い人物ではないと思うが」

 

三百年前の世界で死に、もう一人の自分によって木の実の中から蘇らせられた事以外は、呪いによって外の世界をほとんど見ることが無いまま死んだ人間でしかない。

そんな自分に対し茶髪は面白いやつだと言って笑った。

意味が分からない。理解ができない。

―――やっぱり自分は・・・。

 

「それにしても、どうして襲われているのにじっと立ち止まっていた? 恐怖で体がすくんでいる訳ではなかっただろ?」

 

茶髪の言葉を聞いてはっと思い出す。

そうだ、あの獣には不可解な点があった。

人間ではない生き物であるはずなのに、やけに人間じみていたとある意識。

 

「・・・狩りをする動物は普通気配を殺して獲物を仕留めるはずだ。それなのに何故、あの獣は殺意を持って自分に襲い掛かってきた?」

 

その言葉を聞いた茶髪はまるで息を呑んだかのような表情になっていた。

先程から話を聞いているだけだったゴバンも驚きの表情をして固まっていた。

・・・一体何を驚く必要があるのだろうか?

茶髪は少しばかり時間をかけて口を開いた。

 

「・・・とりあえず、お前のことを信用しよう。『大噛み』が人に殺意を持つ理由を知らないなんて大概だからな」

「・・・そう。どんな心境の変化があったのかわからないけれど、信用してくれるならそれでいい」

 

茶髪から敵意が無くなったことに驚いたが、それを心の内にとどめた。

助けてもらったのは確かだが、目の前の二人は自分の味方になってくれるとは限らない。

自分が少しでも変な行動を起こしたら、あの獣のように気づく間もなく殺されるだろう。

つまるところ、危機から脱することは出来ていなかった。

だが、この世界のことを知らない状態で歩き回るより、誰かに教えを乞う事の方がよっぽど有意義だ。

たとえ頼る相手が危険な人物であっても、この際仕方がないだろう。

 

・・・そういえば、あの時。

面白い人物だと言われたあの瞬間。

自分は何を考えていたのだろうか。

何かを思い出していたような気がしたけれど・・・。

 

―――駄目だ、何も思い出せない。

だけど、そのうち思い出すかもしれないし、思い出しても意味がないものかもしれない。

今の環境に適応することに頭を使いたかった自分は、思い出しそうになっていたことをいったん忘れることにした。

そして、何故か二人から信頼を得ることができたようなので、二人の住処へ共に向かうことになった。

 

 

まだ、この世界が絶望に染まりきっているとは知らずに・・・。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。