一人が死んだふりをしていて、君のことを狙っていることすら気づけないように。
たどり着いた小屋はその半分を砲弾で打ち抜かれたかのように抉り抜かれていた。
「・・・もしかして、『ベーゴマ』がやったのかな?」
「あいつはこんなところで油を売ったりしてないだろ。そもそも、賊でもない一般人を殺す程猟奇的な奴じゃない」
ひねくれ者の知り合いがやったものかと五版は思ったようだが、二人の知り合いである『ベーゴマ』は咢の言葉通り、それこそ面倒くさい人物でこんなことをするとは思えなかった。
「とにかく中へ行くぞ。『壊捨印』の野郎の言葉が正しいなら、まだ生きている人がいるはずだ」
「うん、絶対に助けよう・・・!」
爆破物や罠がないことを慎重に確認しながら、二人は建物の中へと滑り込む。
屋内は外とは比べ物にならない惨状だった。
むせ返りそうになるほど血と死の臭いが充満し、辺りにはおもちゃをほったらかしにしているかのように、所かまわず死骸が転がっていた。
死体の大半は動脈を的確に切り裂かれて、天井まで飛び散った血液が未だぽたぽたと落ちてくる。
そんな血の雨の中をいやな顔一つすることなく二人は進む。
死体だと確認できる者だけでも、家族にしては明らかに多い。
乱入してきた賊を、この家の住人が返り討ちにしたのだろうか。
「どこもこんな感じだな。これだけの惨状だと、青葉とかいう少女ももう殺られ・・・」
「そんなの、まだわからないでしょ! 今もどこかに隠れているのかもしれないじゃない!」
「そうだといいがな。とりあえず手がかりだけでもないか探すぞ」
咢はそう言ってみたものの、血の海と化した室内には血に濡れてないものなんて殆どなく、役立ちそうなものはどれも壊れているか血糊で固まってしまっていた。
―――とある一つを除いては。
「ん? あれは・・・」
咢は倒れている小さな額縁を見つけ、血の海から拾い上げる。
それは日付がまだ新しい写真だった。
「よくもまあ、血塗れることなく奇麗に残ったものだな」
きっとここの家族のものだろう、四人の人物がそこに写っていた。
目つきが鋭い男性とその横に立つ柔和そうな女性。
おそらくこの二人は青葉の両親だろう。そして、その前に立っている碧眼の少女が青葉と思われる。
だが、青葉の横に立っている、少し不機嫌そうな青年はよくわからない。
青葉が腕を絡ませているから恋人ともとれるし、兄弟や従兄弟の可能性もある。
「まあ、青葉という娘ってことがわかっているから、こいつはどうでもいいか」
だがもし、この写真に写っているうちの一人でも生き残っているのなら、青葉の居場所を知っているかもしれない。
綺麗に残っている写真を見つけられたのは幸運だった。
人相や背格好、彼女らの関係性を知るには、家族写真は十分すぎるほど大切な役割を果たせる。
「重要な手掛かりだ、持ってろ、五版。・・・五版?」
返事がないことを訝しんだ咢が、仏頂面で隣を見ると、五版は顔面を蒼白にさせて、口元を覆っていた。
目を逸らせないのか、一点を凝視し続けている。
「あ、咢・・・!」
「おい、どうし―――ッ!?」
五版が前へと指している先へ視界を映しながら咢は問いかける。
その言葉は途中で途切れることなった。
五版が指差す方向にあったのは、何者かの屍だった。
それは、蛇や百足が脱皮したかのように見える短く縮こまった肉塊と化していた。
背中と思われる部分はパックリと裂け、まるで見せつけているのかと錯覚してしまうほど、体内の臓器が露出している。
二人は明らかに異質なそれを人間だったモノだと思えなかったが、下敷きになっているズタズタの服や、かろうじて形を残している顔面から、人間だと考えざるを得なかった。
あまりの光景に注視できなくなった二人は反射的に顔を逸らす。
そんな、血濡れた部屋の端へ視界を移した咢の目に二つの碧い光が見えた気がした。
「―――? おい、居たぞ!」
「う・・・っ。何処・・・!?」
件の死体を見た五版は、抉り出されるかのような苦しみから具合を悪くしているようだったが、咢の言葉に反応してどうにか隣へ移動する。
その距離に近づくことで、五版も彼女の存在に気付いた。
『名無し』より少し年上だろうか、
大量の血を浴びたせいだろう、瞳以外は真っ赤に染め上げられて、風景と同化していた。
「間違いない、『壊捨員』が言っていたや・・・青葉だ」
「また奴って言おうとしたでしょ!?」
文句を言うが早いか、五版は居ても立っても居られなくなり、青葉のもとへと駆け寄った。
(・・・何だ? 何か変だ)
青葉はきょとんとしたまま、駆け寄ってくる五版の姿を見つめている。
あれぐらいの距離なら、声を出して助けを求めてもいいはずなのに、どうして彼女は何も言わないのだろう。
「大丈夫!? 怪我してないっ!?」
「・・・う?」
急に五版から抱きしめられたからだろう、青葉はポカンと驚いているように見える。
だが、その口から漏れる声は言葉の形を成していない。
「・・・もしかして、喋れないの!?」
「うー、うあー」
青葉は無邪気な表情で、咢へと手を伸ばした。
その姿はまるで・・・。
「・・・まさか」
咢は気付いてしまった。
そう、青葉は喋れない訳ではない。
言葉がわからなくなっているのだ。
つまり―――
「―――おい! 五版!」
「あ・・・っ、うあぁぁ・・・っ!!」
それを理解した五版は、その事実を受け止めることが出来ず、瞳から涙をボロボロ零しながら慟哭する。
おそらく、青葉の精神はこの惨状に耐えることが出来なかったのだろう。
言葉も思考も、そして記憶でさえも、幼児と同等までに低下しているようだった。
「落ち着け五版。お前が泣いたところで・・・」
「わかってる! そんなこと、わかってるよ! でも! でも・・・っ!!」
五版が泣いている理由は、咢にだって流石にわかる。
家族を目の前で失うという絶望から、心身ともに幼児化してしまったことによる苦しみ。
そして、その状態でこの世界を生きるには、施設の力を借りなければならないということ。
「やっぱり、施設に入れなきゃ、ダメなのかなぁ・・・」
「俺たちが引き取っても、青葉を助けてはやれない。あそこは決していい場所とは言えないが、俺たちの住処よりもまだましだ」
「そう、だよね・・・」
『名無し』の少女が嫌がっていたように、あの施設は普通ではない。
名づけ方にしろ、方針にしても、そして運営する人物ですら異常な空間である。
十年間住んでいた五版ですら嫌がる場所なのだから、行かせたくないと思うのは当然だろう。
だが、彼女が生きていくにはその道を歩む以外、他に存在しない。
青葉は『家族の死』という多大な絶望を植え付けられた後、『施設での生活』という永劫に絶望を与えられる場所に行かなければならないのだ。
「ぐすっ・・・。だけど、よかった・・・! 特に怪我らしい怪我はないみたいだから」
「そうか、怪我がないなら何より―――」
五版は、少し落ち着いたのか、苦しげではあるが愛おしそうに青葉の頭を撫でる。
だが、咢の表情はどんどん険しいものになっていた。
「・・・いや、おかしい」
「咢?」
戦闘を多く経験していた、咢は青葉のおかれている状況に違和感を感じていた。
違和感の原因はわからないが、咢の頭脳は警鐘を鳴らしているのだ。
そうだ、青葉は怪我を負ってなければならない。
なぜなら・・・。
「青葉はこの惨状の中、返り血を浴びるほど近い場所にいたのに、どうして無傷のままなんだ?」
「―――え?」
「うぅ?」
五版の動きが止まった。
急に硬直した五版に戸惑っているのか、青葉は五版のほほに触れる。
「よく考えてみろ、五版。ここでじっとしているだけだったなら、ここを襲ったやつらの格好の餌食でしかないんじゃないか?」
「そんな・・・。じゃあ―――」
五版の手が青葉から静かに離れる。
そのまま、ゆっくりと青葉から距離をとった。
「・・・ああ、これをやったのは
五版の目には再び大粒の涙が零れ落ちていたが、咢は気にせず言葉を続ける。
―――目の前にいる少女に、引導を叩きつけるかのように。
「お前が、ここにいる全員を殺したバケモノだ」
「うーーーー!」
にっこりと笑みを浮かべて大声を出した青葉の背から、擦れるような音を立てて二本の巨骨が飛び出した。
「どうだァ、驚いたかァ!」
「まあ、少しは。けれど、おかしいこともある」
得意げになっている『自分』の顔は気に入らなかったが、少し驚いたのは本当だ。
だが、本当に『自分』が木なら、今自分の目に見えている『自分』は何だ?
「お前が、どうして自分の姿をして移動しているのか理解できない」
「まァ、そう言うだろうとは思ッたぜェ」
『自分』はその言葉を待ってましたと言いそうな顔で、両手を大きく広げる。
「これはァ、オレが外を見て回る時に使う仮の姿さァ。簡単に言うならァ、『木の精』ッて感じだなァ」
「『木の精』・・・」
「そうそう、デカくなりすぎたせいでオレ自身でもどこに根を張ったか分かんなくなッちまッてからなァ。そんな時は『木の精』状態で色々と散策するッてわけよォ」
それならわざわざ自分の姿にならなくてもいいだろうけど、自分の姿を模倣しているのはきっと、自分に対しての嫌がらせを兼ねてだろう。
『自分』がどうしてその姿なのかは分かった。
「でも、実態があっただろう? 男に肩を触られてた」
「あァ。この体はオレが自分の枝先を編み込んで作ッた入れ物だからなァ」
「入れ物・・・」
「お前以外に姿を見せてやろうと思ッたら見せてやッてるんだがァ、大体見せる気ないしィ、仮に見えたとしても枝が落ちているだけで
「・・・」
どうだァ? と言わんばかりに、『自分』は顔を近づけてくる。
洒落をかましたつもりなのだろうか?
一気に話を聞く気が失せてきた。
「今じャ世界すら飲み込んだオレが、この星の命運すら握ッているんだぜェ」
「ああそう」
「まァ、皮肉なもんだよなァ。まさかァ、神聖だと言われていた木が呪いの原因だなんて誰も思わなかッただろうよォ」
「それはさっき初めて知った。けれど、それがどうかしたのか?」
「・・・はァ?」
どうして驚かないんだ? とでも言いたそうな表情で『自分』はこちらを見つめてくる。
いや、蘇った時に果実の中にいたのだから、その時から『自分』は木から蘇ったんだと思い浮かんでいたし。
そもそも、自分を蘇らせた『モノ』に最初から興味はない。
自分が死に至る原因を作ったものだったとしても、種が体内に入るような場所で生まれた、自分の運が悪かっただけでしかない。
自分が『自分』から聞き出したいのは、『蘇る具体的な理由』ただそれだけだ。
「さっきまで言っていたのは、お前が何者なのかってこと。どうして自分を蘇らせたかは、まだ聞けていない」
「またそれかよォ・・・。それを聞いてどうすんだァ?」
「生きる意味がないなら、別に死んだままでよかった」
「なァにそれェ? お前頭おかしいんじャねえのォ?」
『自分』は心底呆れたような表情をしながら、めんどくさそうに答える。
「最初に言っただろォ? 理由なんて一つしかねェ、
「それが・・・」
「
・・・ああ、そうだった。
『自分』にとって、人間はただの食用家畜に過ぎないと、あいつは先ほど言っていたではないか。
「誰かと話すどころか迫害されェ、慰み者にされェ、虐待されェ、人として扱われなかッたお前には、絶望がさぞ大量に蓄積されていると思ッていたんだけどなァ」
それはそうだろう。
自分が覚えている記憶の中では、それこそ、人でなしのような扱いをされていた感覚が残っている。
話しかけようとしたら暴力を振るわれた。
無視しようとしても暴力を振るわれた。
実験動物のように投薬させられたことなど日常茶飯事だったし、毎日のように男たちが体を求めに来ていた。
『自分』の言う通り、人生に、自分の全てに絶望することなんてそうおかしくはなかった。
・・・のだろう。
「だがそれは間違いだッたァ、お前の中に
そうだ。自分は
人並みの幸せを送ってきた人ならきっと嘆き、悲しみ、苦しむにはそうおかしくないだろう。
でも、自分はそういった幸せを知らない。
生まれた時から忌み児として扱われてきた自分には、人でなしとして扱われてきたことが当たり前のことだから。
それに対して何も感じることはない。
幸せがわかるから不幸だと感じることと同じように。
希望を知らない自分が、絶望を知ることはなかった。
「それが何故かはどうだっていい。困るんだよなァ、そういう奴は美味しくないし。栄養にすらならねェ!」
やはり、『自分』にとって、自分はただの食用家畜に過ぎないのだろう。
悔しそうに歯噛みしている『自分』の顔は、大事に育てたものが思い通りにならなかったことを、激怒しているようにしか見えない。
「人に絶望しろ! 世間に絶望しろ! 命に絶望しろ! 世界に絶望しろ! そうしてお前が全てに絶望し、考えることすらできなくなッた時に、もう一度この手でじッくりと味わってやるよ!」
人類を食物連鎖の頂点から退け、自らの家畜同然にするまでの能力。
三百年も生き続けているのにもかかわらず、衰えるどころか今なお成長し続ける巨大な体躯。
星のバランスすらも壊した、大地を蹂躙する根。
傲慢になるのもわからなくはない。
生物として完成していると言えなくはないのだから。
―――でもまあ、自分の生きる意味はその程度のことだとわかった。
「そうか」
『自分』も酔狂なものだ。
絶望を知らない自分を、わざわざ絶望させるために蘇らせたなんて、無駄にもほどがある。
・・・とりあえず、それさえ知れたらもうどうでもいい。
絶望するために生きていく必要なんてない。
「じゃあ、
舌を根元から噛み切り、『自分』めがけて吹き出した。
驚いた様子を見せた『自分』だが、なぜか憤怒の形相が醜悪な笑みへと戻っていた。
『自分』が今更何をしようが、自分は死ぬ。
時間はかかるだろうけれど、多量出血で、そのうち・・・。
いや、おかしい!
「どうして・・・!」
痛みはあるはずなのに、血が出ないんだ!?
慌てて舌を触ってみると、発破を触っているような感覚がする。
吹き出した舌があった場所には、まるで枯葉のように枯れていた何かしかなかった。
「理解したかァ?」
「・・・どういうことだ」
「お前はもう人間じゃねぇ、オレと同じ存在となったんだぜぇ。うれしいだろォ?」
「つまり、お前と同じ、
・・・言われてみればその通りかもしれない。
果実という腹から出てきたと自分は思っていたけれど、自分の存在が果実の種子だと考えたら、そう言えなくはないのだろう。
「そうだァ。お前は
舌打ちをしたくなったが、やめておくことにした。
ここで苛立った様子を見せれば、『自分』が喜ぶだけに過ぎない。
全く・・・、厄介な体になってしまったみたいだ。
蘇生したと勘違いさせられていたが、そうではない。
それは延生でも、転生でも、回生でもない。
自分は
文字通り、『再び生み落とされた』のだ。
しかしそれは人間ではなく、人間の姿をした樹木として、だが。
「自分が前に生きていた時は聖なる木だと言われていたけれど、本当は呪いの木だった訳か」
「ハッハァ! “樹木”じゃなくて“呪木”ってかァ? なかなかに上手い喩え方じゃねェかァ!」
そういってケタケタと『自分』は嗤う。
・・・いや、あれはもう『自分』とは呼べない。
自分の見た目をした醜悪なもの。
それこそ、あいつが先ほど言っていた“呪木”と呼ぶべきだろう。
だがまあ、苛立っていても仕方がない。聞けることは聞いていこう。
何か自分の役に立つかもしれないのだから。
「さっき、男たちが持っていた力を使っていなかったか?」
特に気になっていたのは、男たちを殺していった時の状況。
自分たちを取り囲んだ男たち然り、歩いている途中に立ちふさがった男たち然り、どちらも不自然に動けなくなっていた。
あれは、自分が金縛りにあっていたような感覚と同じで、『自分』―――もとい、呪木が言っていた『蛇睨み』なのではないだろうか。
「あァ、これかァ?」
そういって呪木はその場からかき消えた。
・・・っ! やはりそうか!
呪木は
「これは、今の種さァ」
「種・・・? 今のそれが?」
「あァ、そうさァ」
少し離れた場所に再度現れて、呪木はつらつらと語り続ける。
「三百年前の種はただ単に寄生してェ、絶望をある程度摂取したら宿主を殺すだけの力しかなかッたけどよォ、今の種は宿主に力を与えることによッてェ、他人が持つ力と反発しあうことで生まれる絶望を糧にしてんのよォ。代わりに宿主を殺す力は無くなッちまッたけどなァ」
つまり、あの二人が『大噛み』に対して使った技は、種によって得た能力ということで・・・。
あの二人を呪木に近づかせると、あの男たちのように無抵抗のまま殺されてしまうということか。
それは・・・困る。
二人から殆ど話を聞けていないし、助けてもらった恩も返せていないのだから。
「その種を回収することで、宿主の力を得ているわけか」
内心の焦りを悟られないように、自分は質問を重ねていく。
「その通りだぜェ。まァ、オレが世界を飲み込むぐらい大きくなッたからァ、宿主がどこで死のうが栄養を取り込めるんだけどなァ」
「・・・よくもまあ、詳しく教えてくれるな」
「知ッたところでェ、お前にはどうしようもないだろうからなァ」
呪木のご機嫌そうな様子から、おそらく内心の焦りが気づかれることはなかっただろう。
それとも、あの二人を最初から狙っているから、敢えて自分のことを泳がせているのか?
・・・とりあえず、分かったことを整理してみよう。
自分は不老樹と同じ体で、不老不死になったということ。
死ぬことができるのは、『自分』が死ぬか、自分が絶望に呑まれた時だけ。
呪いの原因は呪木の種で、この時代の種は人に特殊能力を開花させる力を持っている。
そして自分は本当に、絶望させられるためだけに生まれてきたようだ。
―――それなら、自分がやることは一つだ。
「そうか。じゃあ、
「・・・? ―――はァ!?」
とりあえず、質問することはこれくらいでいいだろう。
呪木からここまで自分のことを聞き出せたのだから、これ以上こいつに縋る必要はない。
二度とここに来る必要もない。
「知りたいことは知れた。もう用はない」
「自分勝手な奴だなァ」
文句をあれこれ言っている呪木を無視して、二人の住処へと歩き始める。
道は覚えているし、死なない体だと分かったから、どんなことが起こっても自分は二人の住処にたどり着けるだろう。
・・・いつになるかわからないけど。
「―――あァ、そういや伝え忘れていることがあッたわァ」
嬉しそうな声で呪木は唐突に語りだす。
嫌な予感がする。
だけど、ここで振り返ったらさらに呪木の術中にはまる気がして振り返ることができない。
無視しているような態度の自分を諭すかのように、呪木は優しく言葉を放った。
「お前を助けたあいつらのことだけどよォ。・・・
「・・・は?」
唐突に何を言い出すのだろう。
二人が死ぬ? 『大噛み』を容易く狩った二人が?
そんなの嘘に決まって・・・。
「嘘だと思うかァ?」
「・・・いや、お前のことだから、多分事実だろう」
「潔いのは嫌いじャねェぞォ。なァに、近くに絶望の塊になッちまッた奴がいるからなァ。ていうかァ、オレがそうさせたんだけどなァ!」
馬鹿にするかのような嗤い声をあげる呪木を無視して、再び歩き出す。
けれど、向かう先は二人の住処じゃない。
「おいおい、何処へ行こうとしてんだよォ? そっちは家の方向じャねェぞォ?」
「勿論、二人を助けに行く」
「ハッハァ! お前じャなにもできねェよォ! そもそもどこにいるかわからねェのに、どうやッて助けるんだァ?」
確かにその通りだ。
二人の場所がわからない以上、自分は二人を助けられない。
どちらにしろ、今の自分が行ったところで足手まといか時間稼ぎにしかならないだろう。
・・・それでも、何もしないよりはよっぽどいい。
『やらない善より、やる偽善だ』
「っ!」
まただ。
また誰が自分に言っていたような言葉が逆行してきた。
お前はいったい誰なんだ・・・?
痛みがぶり返した頭を押さえながら、その場から離れるため、歩みから駆け足に切り替える。
「どちらにしろォ、お前があいつらを助けることはできねェんだわァ」
走り出した自分へと呪木は言葉を投げかけた。
どうせ自分は死ねないのだから、どのような邪魔が入ったところで・・・。
そう思っていたけれど、目の前に広がる光景に足が止まってしまった。
「なぜならお前はァ、今からこの『大噛み』たちに喰われるんだからなァ!」
そう、目の前にいたのは数百はいるだろう『大噛み』の群れだった。
だが、ランランと輝く眼は初めて遭遇した時と比べるとやや生気を失っているように見える。
「種はこんな使い方もできるんだぜェ!」
「嘘だろ・・・っ!」
呪木が言っていることが事実なら、どうやら種は相手を操ることもできるのだろう。
この状況は非常に不味い。
たとえ死ぬことがない体だとしても、この数の『大噛み』から逃げきることは不可能だ。
それこそ、足止めとしては十分すぎる程に。
「お前はここで『大噛み』に喰われながらァ、自分の非力さに絶望しとけェ!」
さも愉快げな嗤い声を合図に、『大噛み』のうちの一体が、反応させる時間を与えない勢いで自分の脇腹に喰らいついた。