再生した自分は、絶望を摂取して生きていく。   作:影斗朔

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弱い者はいつだってそう、強者によって駆逐される。
奪われ、失われ、朽ち果てたそれに、何か意味があるとするなら。
それは一体何なんだろう。


三章 其一:ただ失われて、奪われて、朽ち果てていくだけ。

ガキンガキンと金属を打ち合わせるような音が、紅く染まった室内に鳴り響く。

その硬質的な音は、刃と刃がぶつかり合っているかのように聞こえる。

・・・否、片方は骨であり、普通は金属を打ち合わせたような音がするはずもなく、骨が刀と競り合うこともない。

にもかかわらず、刀すら弾く硬度を持つ骨は、咢の剣戟をものともせずに打ち返してくる。

青葉が操作する一撃はそれほどまでに隙がなく、洗練されていた。

だが、一撃を与えるまでの動作はそれほどでもない。

さらに、骨が狙ってくる箇所は肩や足、脇腹などいった人体の急所とはかけ離れている。

 

(殺す気は無いのか・・・?)

 

咢がそう思ってしまう程にその動きは緩慢に見えた。

 

(いや、違う。必殺の一撃を与える隙を探している感じだな)

 

切り裂かれている死体は、どれも切り口が奇麗だった。

あの骨はそれほどまでに鋭く、力のある一撃を兼ね備えているのだろう。

その一撃をはじくことや避けることができなければ、今頃両断されていてもおかしくはない。

 

(そもそもこいつ、刀の間合いに一度も入ってこないどころか、一歩も動いてないとはな・・・)

 

近づきたくとも伸縮自在な骨の猛攻によって、一向に近づくことができない。

それどころか、咢の方が後退せざるを得ない状況に、咢は刀を鞘にしまえずにいた。

 

「っと!」

 

右手を落としにきた骨を、刀の持ち手を返し跳ね飛ばす。

その隙をつき、左足を貫こうとしたもう片方の骨を、体全体を捻らせて回避する。

 

(大体、一刀対二骨の時点で卑怯だってーの!)

 

この状態では一対二とそう大差ない。一人で捌くには限度がある。

だが、肝心の五版は、十字架を手に持ったままその場で固まっていた。

 

「五版! 何やってんだ!」

「だって・・・」

 

十字架を握りしめてはいるが、一向に攻撃しない五版に対して咢は怒鳴る。

そんな五版は咢へ苦しそうに言葉を投げかけた。

 

「だって、今の青葉ちゃんからは、感情も心も感じられないの・・・!」

「はぁ!?」

 

そんなのどうでもいいだろうが!

心なき殺人者とかよく耳にするじゃないか!

と、言いたくなった咢だったが、何か引っ掛かった。

心なき者、感情がない者だったならば絶対にしないような行動。

そういえば、青葉が襲い掛かってきたタイミング・・・。

 

(まさかこいつ・・・!)

 

咢はとある結論に思い至った。

もしその考えが正しいのならば・・・。

―――だが、少し考えすぎていたことで、背後が疎かになっていた。

 

「咢後ろ!」

「しまっ・・・!」

 

脊髄を狙った致命の一撃。

咢はそれをすんでのところでずらした。

ずらすことが精一杯できたことだった。

 

「がふっ・・・!」

 

内臓の一部を貫かれた咢の口から、逆流した血が吐き出された。

 

「く、そがあああぁぁぁぁ!」

 

腹を貫いている骨を左手で掴み、前方から迫ってくるもう片方の骨を幾度もはじく。

だが、その剣戟は襲い来る骨を逸らす程度の力しか入っていない。

無防備になった足に、腕に、顔に、裂傷はどんどん増えていく。

 

「う・・・あ・・・」

 

連撃を受け続けた右腕が力が限界を迎え、刀が滑り落ちた。

腹を貫いていた骨も、そのタイミングで青葉の元へと引き戻る。

激痛に耐えかね、崩れ落ちそうになるその体に、双骨の猛攻を止めるすべはもはやない。

 

「そうはさせないから・・・っ!」

 

すんでのところで咢の前へ割り込んだ五版は、持っていた盾を構えて骨の攻撃を弾き返した。

 

「咢! しっかりして・・・!」

「遅、い! いつまで、待たせる、気だ!」

 

今にも倒れ伏しそうな咢の体を支えるようにして、五版は盾を構えなおす。

 

「まあ、いい。俺は、まだ・・・!」

「何言ってるの! そんな怪我じゃどうしようも・・・!」

 

口論になりながらも、二人は青葉の出方をうかがっていた。

このまま戦っても埒が明かないことはどちらもわかっている。

だから、一度戦線を離脱し、咢の傷が癒えてから再突入するのが一番だった。

その為には、青葉の隙をぬって逃げるしかない。

しかし、未だ骨を構えたままの青葉にはそんな隙なんてあるはずもなく・・・。

 

「・・・んうぅ?」

 

今まで無言だった青葉が急に言葉を発した。

仕掛けに来るか! と二人は身構える。

 

だが、その予想は大きく外れることになった。

 

「は・・・?」「え・・・?」

 

青葉から伸びていた骨が、瞬時に体の中へと戻っていったのだ。

その様子に驚いた二人はつい、戦闘態勢を崩してしまっていた。

 

「あーー! あうーー!」

「え!? ちょっと、青葉ちゃん!?」

 

そのタイミングを見計らったのか、青葉は無邪気な表情で、五版へと抱きついた。

まるで()()()()()()()()()()()かのように。

 

「なん、だ・・・? 何が・・・?」

「私も訳が分からないんだけど・・・。今は、分かるの。青葉ちゃんの心の中が」

「なんだ、そりゃあ・・・?」

「・・・! 咢っ!」

 

力んでいた体の力が緩んだのか、咢はその場に倒れこんだ。

その傷口からは、とめどなく血が流れ、依然として血液が失われつつあった。

このまま放っておく訳にはいかない。

・・・だが、今のままで手当てをして、また青葉が襲ってくるかもわからない。

 

(だったら・・・!)

 

五版がやれることは、この場においてただ一つだけしかない。

 

「五版・・・? お前、まさか・・・!」

 

普段は殆ど見せないような、決死の表情をしていた五版の様子に、咢は何かしようとしていることに感づいた。

 

「“根の森”だったら誰もいないよね!?」

「何を、言って、やがる・・・!」

 

決心したかのように話しかける五版に咢は慌てる。

根の森。それは、獣すら立ち入らない未踏の樹海。

そんなところに青葉を連れて行くとなると、五版がやりたいことはただ一つだ。

そんなことはさせまいと、咢は五版の足を掴もうとする。

だが、体全体を侵食する痛みに阻害され、その場から手を伸ばすことすらままならない。

 

「大丈夫! 絶対戻ってくるから!」

 

「待て・・・! 行くな・・・!」

 

血塗れの青葉を背負い、咢へと笑いかける。

その顔に暗い部分は少しもない。

死地へ赴くのと大差ないのにも関わらず、いやに晴れやかで、「心配ないよ」と言いたげな程だった。

だが、その顔をした者が自分の目の前から消えることを、咢は知っている。

咢の両親も、剣の師も、そして咢が憧れていた先輩すらもその顔を見せていなくなったのだから。

 

(そういや、この表情を最後に見たのは三年ほど前だったか・・・)

 

暗くなっていく視界には、もう五版の姿は映らない。

もはや声を出す力すら出なくなった咢は、非力な自分を責めるように、歯を食いしばったまま瞼を閉じた。

 

 

 

 

五版が懐から取り出している十字架だが、あれは『施設』で配布されている得物だ。

見ただけだと普通の十字架にしか見えないが、銃、剣、槍、盾の四種の武器を兼ね備えている、れっきとした兵器である。

そもそも、『施設』は名もない子供を助ける場所ではない。

名もなき子供に番号を付けて、戦士として育成する場所だ。

戦う相手は様々だが、大体は人類が敵わないような存在。

獣や狂った『壊捨印』、地域を統括する組織や手が付けられなくなった人間。

そして、あの『木』を殺せる人間を作ろうとしている。

しかし、相手を殺めることが苦手な五版は銃と盾しか使ってこなかった。

そのため、『施設』ではいつも役立たずとして扱われていた。

 

(そんな時、ベーゴマと五版に助けられた)

 

二人がどうやって五版を『施設』から連れだせるようにしたのか。

それを五版は聞かされていない。

けれども二人は五版にとって、地獄から救ってくれた恩人だ。

 

(咢は厭世的で誰に対しても厳しいし、ベーゴマは何考えてるのかよくわからない流浪人だけどね)

 

だから、五版は助けてくれた二人のように、誰かを助けるためだけに、懸命に努力してきた。

その結果がこれだ。青葉を傷つけたくなくて手を出さなかった代わりに、五版を瀕死の重傷まで追い込んでしまった。

誰かを助けるためには、誰かを傷つけないといけないことを、ずっと避け続けてしまった五版の過失だ。

 

(だから、私がここで青葉ちゃんを・・・!)

 

根の森の奥地まで来た五版は、青葉を背中から降ろす。

 

「うぅ・・・?」

「・・・少しここで待っててくれるかな?」

「うーーー!」

 

幼児化しても言葉はわかるのか、青葉は右手を上げて元気よく返事をした。

五版は、ニッコリ笑って青葉から背を向けて歩き出す。

 

「ごめん・・・。ごめんね・・・っ!」

 

その瞳からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。

 

「よし・・・っ、ここなら、やれる・・・っ!」

 

青葉から見えない位置に移動した五版は、震える両手をどうにか押さえつけて、心臓へと銃口を向ける。

懺悔を決意に辛苦を敵意に変えて、五版は十字架の引き金を引いた。

 

(う・・・っ!)

 

だが、銃口から放たれた弾丸は、青葉から離れた見当違いの方向へと飛んで行った。

それもそのはず、五版は力を使っていない。

さらに十字架の向きが逸れているのだから、当たるはずがない。

なぜ、銃口が逸れたのか。

それは―――

 

五版の二の腕、その両方を骨が貫いていたからだ。

 

「う、あ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

(失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した・・・ッ!)

 

腕を貫いている骨を強引に引き抜き、五版はその場から逃げ出した。

それを骨は執拗に追ってくる。距離が詰まれば必殺の一撃を与えてくる。

かすり、裂け、血が流れる素肌を気にすることなく、五版は走り続けた。

 

殺そうとすることに躍起になって、能力のことを考えていなかった。

震える手を固定しようとして、そこばかり見ていた。

・・・結局五版は、天性的ともいえる程、人を傷つけることが向いていなかった。

 

結局、あっけない速さで死の鬼ごっこは終わりを迎える。

 

「ぎッ、ああああああああッ!!」

 

凶刃と化した骨が左大腿部を貫いた。

駆けていた勢いを殺せず、五版はそのまま大地へ倒れこむ。

もはや走るどころか立つことすらできなくなった五版に、逃げ道なんてどこにもなかった。

 

(私は・・・、こんなことがやりたかったんじゃないのに・・・)

 

五版の周りは、体から溢れ出す血液で次第に紅く染まっていく。

二本の骨は、狙いを澄ましているかのように、五版の上でうろうろしている。

だが、意識が朦朧としている五版に、そんなものはもう見えない。

 

「ごめん、三層。約束、守りたかった、けど・・・。やっぱ、ダメ、みたい・・・」

 

施設のみんなからヒーローとして称えられた三層の満面の笑みが、視界から離れなかった。

 

 

そして、無慈悲に、的確に、二本の骨が五版の体へ振り下ろされた。

 

 

 

 

自分が蘇生でも転生でもなく、再生したのだと思ったのは、実はしっかりとした理由がある。

 

そもそも再生とは、新しい組織を形成することで、組織か身体部分を取り替えることである。

自分の場合、新しい組織が不老樹であり、取り替えた組織は自我や記憶以外の全てだった。

 

ただそれだけのことだ。

 

「・・・お前、どうして()()()()()()()使()()()()()?」

 

視界を埋め尽くす程の『大噛み』の死体が転がる中、その端で不愉快そうに『自分』が睨んでいた。

 

「自分が不老樹ならば、不老樹の力も使えるだろ」

「・・・はッ! 一本取られちまったなァ!」

 

言われて気付いたのか『自分』は不敵に笑う。

その顔は些か醜く歪んでいるように見えた。

 

・・・最初は何が起こったのかわからなかった。

普通の肉体だとすれば、いとも容易く寸断される程の咬力がある『大噛み』の顎は、自分の体を噛み千切ることなく、途中で静止した。

勿論肉が裂かれ、骨が砕けるような痛みを感じて叫び苦しんだが、意識を失うほどのようなものではなかった。

対する『大噛み』は、まるで、誤って木に食らいついたように、どうにかその歯を体から引き抜こうとしていた。

愚鈍で痛みで思考が吹き飛びかけていた自分でもその様子から察することぐらいはできる。

『自分』が言っていた”蘇る”という言葉と、意識が戻った時に果実の中にいたということで気づくべきだった。

どうやら自分は咢の言っていた通り、人間ではない。

自分は()()()()()()()()()この世界に再生されたのだ。

 

そうとわかったら、自分は何ができるのか把握することは容易だ。

『お前はオレだ』と言っていた不老樹の言葉通り、自分は不老樹だ。

だからこそ、自分は不老樹の力を使えるのではないか?

そう思って噛みついたままだった『大噛み』の頭をわしづかみにする。

その瞬間、自分が使える力を全て把握した。

 

自分が使える力、それは自分もしくは相手が自分に触れることによって発動できるものだった。

これを仮に『侵食』と呼ぶことにしよう。

相手の体を『侵食』できると、様々な力を使うことができた。

相手の力の一部を得ることができる『吸収』。

知能が低い相手を操れる『操作』。

触れた相手の傷を塞ぐ『治癒』。

記憶や知識を覗き見ることができる『精査』。

相手の精神に入り込む事ができる『干渉』。

そして、不老樹が植え付けている種も体表で作り出すことができた。

種は体のどの部位からでも遠くへと射出でき、刺さったものに対しても『侵食』することが可能だと分かった。

 

そうした力の確認として、次々と襲い掛かってきた『大噛み』は絶好の的で、おかげで自分に備わっている力はある程度把握できた。

前世で殆ど動かさなかった体は、筋疲労や、固くなっていた関節が存在しないかのようにいとも容易く動かせる。

それどころか、まるで体全てが筋肉、骨格、神経、そして頭脳のようで、思考した通り自由自在に動かせるのだ。

だから、躊躇や臆する必要はなかった。

 

左腕に食らいついた奴は、呪印を刻まれ、腹から内臓をぶちまけた。

背後から飛びかかってきた奴は種を射出し、近くにいた他の個体へ襲うよう『操作』する。

『吸収』した『大噛み』の顎で、近くの『大噛み』の喉を砕いた。

頭を一飲みにしようとした奴は『干渉』したからか発狂し辺りかまわず暴れまわる。

『操作』していた『大噛み』が怪我で動けなくなっていたら、『治癒』してから再度、他の個体を襲わせた。

襲ってきた『大噛み』を使って、この体の使い方を一から十まで学んだ。

 

―――そうして、この光景が出来上がった。

 

惨殺された『大噛み』の死体は、耐性が無い者が見たら意識を失うどころか発狂することは免れない。

けれど、呪木に殺された男たちを見た時もそうだったが、自分は死体の山に嫌悪感を抱くことも、発狂することもなかった。

昔の自分は、このような光景を幾度となく見たことがあったのか?

・・・むしろ、自分が殺したからこそ、目の前の死体になんの感情もわかないのかもしれない。

 

「それじゃあ、行かせてもらう」

「お好きにどうぞォ。止められねェッてことはもう十分に分かッたからなァ」

 

しっしと手を振り、呪木はその場から姿を消す。

これで自分を邪魔するものはいなくなった。

借りた服は少し破け、返り血でベタベタに汚してしまい少しバツが悪いけれど、それは後で謝ればいい。

咢はきっと扱いが雑なんだと怒るだろう。

五版はきっと心配しながらも許してくれるだろう。

とにかく、今はただ、二人を助けなければ。

自分を助けてくれた恩を返せずに、見殺しにするのは流石に気が引ける。

 

「今から行く」

 

そう言って息を大きく吸った。

その後、『大噛み』の姿をイメージして体に力を込める。

 

 

辺りに骨がひしゃげる音が響き渡った。

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