再生した自分は、絶望を摂取して生きていく。   作:影斗朔

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植物に水が必要なように。
機械に油が必要なように。
人間にも何かが必要だった。

その答えを得るにはもう遅いのだけれど。


三章 其二:萎びれ枯れたこの体を、血液に代わる何かで潤すことができたなら。

きっとわたしは、いつまで経ってもあの時から変わってないんだろう。

無様で惨めで、そして弱い。

 

あのころのわたしは、今の数十分の一に満たないほどに弱かった。

だから、両親や師が戦地に赴く際に、ついていこうとしてよく言われた。

「お前にはまだ早い」と。

それは先輩も同じだった。

「もう少し腕をつけてからだな」といつも言われた。

けれど、先輩はいつもわたしのことを見てくれていた。

まるで妹のように接してくれた。

この人だけは失いたくないと、本気でそう思った。

 

でもそれは儚い願いだった。

 

「どうしても行かないといけない・・・?」

「ああ。俺が行かないと、誰もお前を守る人がいなくなるだろ?」

「だからって・・・」

 

いや、だからこそなのだろう。

手塩にかけて育ててきた後輩をそう簡単に失いたくないという、先輩の気持ちはわからなくない。

それでもわたしは、戦地へと行ってほしくなかった。

だから、やめてよ・・・。そんな顔するの・・・。

そんな顔はもう見たくない!

まるで呪いのように、みんな同じ顔をして、わたしから去っていった。

・・・でも、そんな顔をされてしまったら、わたしは貴方をどう止めればいいかわからなくなってしまう。

 

「やめろよ、○○。そんな顔するな! 俺は決して死に行くわけじゃないぞ?」

 

わたしが言いたかったことを先に言われてしまった。

それでも、家族も、師も失ったわたしには、もう貴方しかいないの。

わたしは何もいらない。

ほしいものも、力も、夢も、愛もいらない。

ただ、貴方が生きてさえいてくれたら、わたしはそれで充分だから。

―――だから、行かないで・・・!

手を伸ばして先輩の手を掴んだ。

 

暗転。

 

気づいたら、わたしは先輩が肌身離さず持っていた、使い込まれている刀を受け取っていた。

()()()()()()()()()()()()

 

・・・どうして?

どうして、わたしの周りにいた人たちは、みんないなくなってしまうの?

奥歯を固くかみしめる。

鉄の味が口の中に広がった。

 

わたしに関わった人たちがみんな死んでしまうのなら・・・。

わたしが好きだった人たちがみんな死んでしまうのなら・・・。

 

わたしはもう一人でいい。

 

決めた。明日からわたしが咢になる。

師匠と先輩の教えを、技を、志をわたしが引き継ぐ!

そして、もう二度と誰かを失わないように、一人で生きていくんだ・・・!

 

・・・そう思っていたのに。

 

ひょんなことからベーゴマと知り合って、五版を救う羽目になった。

そこから、住む場所がない五版をわたしの住処に置いてって、ベーゴマは旅に出かけてしまった。

あれから、人から嫌われるような態度ばかり取ってしまうようになったわたしは、もちろん五版にも例外なく嫌な態度をとってしまう。

けれど、五版は嫌な顔一つすることなく・・・。

いや、他の人に悪い態度を取ったときはよく怒っていたけれど。

それでも、自分が何を言われようとも、前々気にしていないようだった。

 

その柔和だけど芯は強い態度は、わたしが恐れていたことを引き起こす。

そう、わたしは心のどこかで五版を失いたくないと願ってしまっていた。

 

だから、こうなったのだろう。

わたしはまた、大切な人を失うことになるんだ。

 

でも、わたしはまだ生きてる。

まだ、動けるし、戦うことだってできなくはないかもしれない。

それなら、こんなところで『大噛み』に殺されるわけにはいかない。

 

握りしめていた刀をゆっくりと鞘に納めた。

 

 

 

 

途中で剣を投げてくる男とか、建物を自在に操る老婆とかの邪魔があったけれど、どうにか最速で目的地にたどり着けた気がする。

半壊した一軒家は濃密な血液と死の匂いにまみれていたが、確かに二人の匂いはこの中へと続いていた。

中をのぞいてみると、なるほど、納得できるほどの血の海が広がっていた。

室内に入らないといけないのは少し嫌だなぁ。

だけど、ここで臆していてもどうしようもない。

覚悟を決めて中に入った。

 

足元が血で滑ると思っていたが、地面を踏んだ感覚は、液体というよりも個体のような印象を受けた。

おびただしい量の血だけれども、そのほとんどが乾いているようだ。

争いがあって結構な時間が経ったのだろうか?

 

(うわ・・・これは酷い)

 

二人の姿を探しているうちに、一際目立つ遺体を見つけた。

その姿は浜辺に打ち上げられたクラゲのようにも、魂か何かが肉体を脱皮したようにも見える。

何よりその周りに集っている蠅や油虫により嫌悪感を覚えて後ずさりする。

 

ぱしゃっ

 

(ん・・・?)

 

液体・・・血溜まりを踏んだ。

どうやら一部の血は乾いていないらしい。

乾いていない血があるということは怪我人がいるということ。

まだ濡れている血の跡は部屋の奥まで続き、壁に背を向けもたれかかって座っている人物の下に血溜まりを作っていた。

そして、その血液の匂いは知っている人のものだった。

 

(咢・・・!)

 

ようやく見つけた。

死んでいるのかと思ったけれど、微かに目を開いている。

その瞳は赤茶に濁り、遠くを見ているようで、どこか諦観に浸っている気がした。

 

(・・・誰かが絶望するさまを見せたところで、自分は絶望なんかしないけれど)

 

とりあえず種を体内に打ち込んで『治癒』しよう。

このままだと失血死は免れない。

そう思ってゆっくりと咢へと近づいた。

 

(いッ・・・!)

 

右足に痛みが走り、とっさに後ろへと飛びのく。

見ると足が半分ほど切れていた。

 

「くそが・・・」

 

そう小さく悪態を漏らし、咢は刀を抜き、こちらへと向ける。

・・・? ああ、なるほど。

今の自分の姿を見たら誰だって身構えてしまうか。

だって、今の自分は『大噛み』の姿に『変身』しているのだから。

 

二人を助けに行こうとした自分は、どうやって行くか少し悩んでいた。

二人の居場所へ向かおうにも、どこにいるかわからないし、距離があったら移動に時間がかかりすぎる。

そこで、『大噛み』に『変身』することでその問題を解決しようとした。

『大噛み』の体は見た目の割に便利なもので、嗅覚、脚力、体力は人間を遥かに超えていた。

遥か遠くにいた咢の残り香を追うことも容易だったし、人間では走って一時間はかかるであろう道をたった十五分で走破できる。

 

問題があるとしたら、『変身』に壮絶な痛みが伴うことだろう。

この体じゃ手当てができないから、『変身』しなければならないが、正直やりたくない。

 

・・・と、言うわけにはいかないから、元の姿をイメージして体を力ませた。

惨状が広がる部屋に骨がひしゃげる音が響き、自分の体は少しずつ元に戻っていく。

 

「・・・何だ、お前か」

 

体勢を変える事なく、いきなり咢は話し出した。

 

「驚いた?」

「想定、通りで、呆れた、だけだ」

 

辛そうではあるけれど、しっかりと自分の声を聴いて返事をしている。

会話が成立する程度には意識があるようだ。

 

「だが、そうか・・・。お前は、絶望の、使い、だったか・・・」

 

今の咢からは力を僅かにしか感じられない。

自分を怒鳴りつけた声も、睨みが利いていた眼光もどこか暗く、重たそうだった。

 

「何もしない、のか?」

「何も?」

「今、だったら、俺を、好きなように、できるぞ。殺すことや、喰らうこと、見せしめにする、のもありだな」

「咢は、生きることを諦めるのか?」

 

ふと思い出した言葉が自然と口に出る。

自分に向けられた言葉を返すような形となった

けれど、目の前にいる人は今にも世界から消えかけているような、居なくなりたいと思っているような、そんな気がした。

 

———それが凄く嫌だった。

 

「・・・誰が」

 

自分が言った言葉に触発されたのか、咢の目に火が灯った。

 

「———誰が、諦めると、言った? 俺はまだ、諦めて、いない・・・!」

 

急に怒鳴りつけるように言葉を吐き出したことに驚いた。

けれど、瀕死の重傷を負っているはずなのに、その場から動こうとしている姿はさらに驚かされた。

 

「動くな! 傷が・・・!」

「んなこと、知ってる、っての!」

 

止まりかけていた傷口の血が再度噴き出した。

だが、そんなことを気にせず、咢は立ち上がろうとする。

そんな自殺行為を黙って見ているわけにはいかない。

立ち上がろうと力む咢の肩を押さえつけて・・・。

 

「ぐ・・・ッ!!」

 

咢の傷口に手を触れ、種を指で押し込んだ。

 

「おい! 何して・・・っ!」

「怪我が早く治る手伝いをしている」

「そうだと、しても、余計な、お世話だ・・・っ!」

 

押さえつける手を払おうと咢はもがく。

余計なお世話?

そんなことは、どうだっていい。

 

「余計なお世話なんて知らない」

「はぁ!? ・・・ッ!」

 

また悪態を吐かれそうだったので、余分にもういくつか突っ込んで、無理やり黙らせる。

別に咢のためじゃない。

これは自分のためだ。

 

「咢にどう思われようとも、自分は絶望を知らない『モノ』であって、二人からいろいろと助けてくれた恩を返しに来た。ただそれだけ」

 

恩を返せないでいなくなられたら困る。

自分の体が呪木だったとしても、この頭は、感覚は、心は、人間だ。

だから、これはただ単に自分がこうしたかったからやっただけに過ぎない。

 

「・・・『人』とは、言わないんだな」

 

さんざん自分のことを訝しんでいた咢の口から、「人とは言わないんだな」という言葉が出るとは思わなかった。

 

「自分は『人』と呼べるような体じゃなくて、『あの木』の一部だってさっき知った。これから何者かと問われたら『樹木』と名乗るべきか?」

 

そう問いかけると。咢は一瞬ポカンとしていたが、すぐに口元を隠す。

 

「・・・ククッ」

「? どうした?」

「いや、相変わらず、お前は面白い奴だと、思っただけだ」

 

咢は自分に向けて嘲るように、馬鹿にするかのように笑った。

それでも、さっきから自分へと向けられていた敵意は少しばかり薄れたような気がした。

 

「そういえば、言ってなかったな・・・。俺は、自己再生能力を、持っている。余計な手出しを、しなくても、そのうち、傷は塞がる」

 

咢の言葉通り、確かに、最初に見たときに比べたら傷口が少し浅くなっている気がする。

 

「だからって、放っといたら死ぬかもしれない」

「何だ? 心配、してるのか?」

「いいや。死んだら五版が困るだろうなと・・・そういえば五版は?」

 

そう問いかけると、咢の顔が曇った。

まさか、もう・・・。

 

「“根の森”に、『奴』を連れて行った」

「咢を襲った人物のこと?」

「ああ。俺がこんな目に、遭っているんだ。五版は、ちょっと、ヤバいかもな」

 

“根の森”が何処だかわからないけれど、匂いをたどればどうにかなる。

手遅れになる前に急いで向かわないと・・・。

 

「わかった、行ってくる」

「そうしろ。あいつは、お前が何者であろうと、信頼している、ようだからな」

 

 

再度『大噛み』の姿に変身して、“根の森”の方角、五版の残り香が漂う方向へ駆け出した。

 

 

・・・だが、自分は咢に余計な事を言わなければ良かったと、後で後悔することになった。

下手したら、()()()()()()()()()()()()()()

根の森で見つけた、血の海に浮かぶひびが入った十字架はまるで、血まみれで遺棄されている彼女の死体を暗示しているかのようだった。

 

 

 

 

静かになった室内に、誰かの足音がこだまする。

何者かは、ついさっきまで『名無し』がいた場所に立ち止まると、まだぐったりとしている咢へにんまりとした笑みを浮かべた。

 

「相変わらずしけた面してんなあ」

「うるさい。少なくとも、お前には言われたくないぞ、『ベーゴマ』」

 

キザったらしい笑みを浮かべるその少年は、背が高めな咢を追い越すほど背が高い。黒い服装や豪華な見た目は、三百年前で言うところの、どこかの御曹司を思わせる。

鈍い金色をしたオールバックの髪に、夕闇を包む夜の帳のような浅紫の瞳、白い肌は若い女性と見間違える程度に光沢や張りがあった。

咢が覚えている限り、その女性のような顔が変化したことは一度もない。

十年以上前から()()()()()()()だった。

白い手袋を付けた右手は、何かを弄んでいるのかカチカチと音を立てている。

その時、すっと掌で転がしていた物を放り上げた。それは今や見る事なんて殆どない貝独楽だった。

 

「さっきここから『大噛み』が、出てったけど、あんなのにやられたん?」

「最初から最後まで、見ていたくせに、よく言うな」

「なんだ、ばれてたんか。最初から言ってくれたらよかったんに」

 

おどけて話すベーゴマだが、咢の鋭い視線に気づいて、手のひらで弄びつづけていた貝独楽を左胸のポケットにしまう。

そのまま、つまらなさそうではあったが真剣に聞く態勢を取った。

 

「なんで言わんかったん?」

「言えるか。あいつとお前を引き合わせたら、話が拗れる」

「あんなに殺す気満々だったんに、かばうんか?」

 

少し回答まで時間がかかったが、咢は溜息を吐きながら、『名無し』が出ていった場所へ視線を移す。

 

「今殺してしまったら、五版を助けるすべがなくなるからな」

「ふーん?」

 

その態度にいささか疑問を覚えたのか、ベーゴマはさらに咢の元へと近づいて、顔を覗き込む。

 

「つまり・・・。あの木モドキは、とりあえず敵じゃないんかねぇ?」

「さあ、どうだろうな。だが、もし敵だったとしてもお前は手を出すな。殺るときは俺が手にかける」

「・・・んん?」

 

腑に落ちないと言わんばかりの顔をしているベーゴマに対して、咢は一切表情を変えようともしない。

 

「―――ああ、そういえばそうか!」

 

思い出した事を見せつけるかのように、咢の目の前で右握り拳を左手のひらに落とした。

 

「お前は兄弟子を、あの木に殺されたんだもんなあ」

「・・・」

「その服だってそうだもんな。()()()()()時に落ち葉ってできるんだし、咢のことだろうから『堕ち刃』って意味も掛けてんだろ」

「・・・」

 

ベーゴマの方を一切見ない咢がその言葉を聞いていたのかはわからない。

だが、『名無し』が駆けていった方向を見つめる咢の顔は、宿命の敵を見つけて悦んでいるかのような、ベーゴマが見たことのない素敵な笑顔をしていた。

それに満足したのか、ベーゴマは最初に立っていた場所へと戻る。

 

「それじゃ、元気そうだと分かったし、もう行くんでね」

「また、どこか行くのか」

 

ベーゴマがもう行くと告げた途端、咢はベーゴマの方へと視線を戻していた。

 

「まあ、そう心配せんでもいいよ。次は()()()()()けん」

 

ベーゴマはくるりとその場で一回転する。

それだけで、家を揺らすほどの暴風が吹き荒れた。

飛ばされないように近くのものを必死に掴んでいた咢が、視界を元に戻した時にはもう、ベーゴマという名の『能力者殺し』の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「―――そうか」

 

誰もいない紅い部屋で、咢はぽつりと呟いた。

 

 

「あいつ・・・、『()()()()()()()()

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