緑間真太郎を知っているだろうか?
そう。おは朝信者で、ラッキーアイテムを手放さない、語尾が「~なのだよ」の変人。
しかし、彼がラッキーアイテムを手放さないのには理由が有った。
彼本人も知らない理由は、まあタイトルを見れば分かるよね、って話。

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女神様に愛されすぎてラッキーアイテムが手放せないのだよ

「ん……」

 

天界で最高の地位に属する女神がもぞりと動くと、緩くウェーブのかかった緑の髪がふわりと揺れた。

神々が好き勝手自堕落に過ごすここで、起きたばかりの彼女が完全に覚醒したかというとそうでもなく、ぼうっとした顔で男女構わず美しい者ばかりの側仕え達が丁寧に髪を結うのに身を任せていた。

やがて新緑のように鮮やかで豊かな髪が豪奢に編みこまれると、ようやく意識も目覚めたのか伏せていた目を開ける。

誰もが見惚れざるを得ない美貌をさらけ出した彼女はスクッと立ち上がり、大きな(やしろ)の外にある澄んだ泉に歩み寄った。

そこには現世にある彼女の社を中心に、彼女が守る日本が映し出される。

 

「さて、今日はどこまで行っているのかしら」

 

どうやら彼の今日のラッキーアイテムとやらは、案外近くにあったらしい。

満足そうに友人が自転車で引くリアカーに乗って扇子で優雅に自らを扇ぐ様子は、見るものが見れば我が儘な女王様だと言うかも知れないが、女神からしてみればそんなことは寧ろ愛し子のかわいらしい仕草のひとつでしかない。

朝からいいものが見れたと目を綻ばせる女神は、腕を上げて宙で何かを掴むような仕草をする。

すると、いつの間にか彼女のたおやかな手には装飾の美しい、飾り物のような白い弓が表れる。

同じように反対の手で宙を掴むと、光の集合で出来た緑の矢が握られる。

生命(いのち)運命(さだめ)を司る最高位の女神自らつくった破魔矢である。

……その効果は、もう説明など要らないだろう。

 

彼女は弓に矢をつがえると、泉の中ではなく空へ向かって引き絞り、放った。

 

「ふう。これで今日も何事もなく過ごせるのだわ。大好きな"しゅうと"も沢山決まるわよ」

 

彼女がそう言う間に、煌々と輝く矢は流星のように泉に吸い込まれ、まるで糸で誘導してあったかのように真っ直ぐ彼――緑間真太郎の持つ扇子へと入っていった。

まるで彼の"しゅうと"のような軌道だ、と美しい顔をだらしなく緩める女神を見て、側仕えの者達が複雑な顔をしている。

彼女は朝からそんな生暖かい空気に包まれるのに気付くと、咳払いをして顔を引き締めた。

 

「別にいいじゃない。愛し子が居るのは、何も私だけではないのだわ」

 

知的で冷たい印象を抱く美貌が頬を赤らめてむくれる姿は、中々に目の保養である。

側仕え達が半分そんな目的の為に恒例のやり取りをするのは、女神だけが知らない暗黙の了解であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

部活で着るバスパンやTシャツなどの入っているエナメルバックのポケットがブルブルと震えるのを感じ、緑間は扇子をいったん仕舞いポケットから携帯電話を取り出した。

音の短さからしてメールだろうと開くと、やはり新着のメールが1通届いていた。差出人には桃井の文字が。

中学を卒業して暫く経つと言うのに何の用かと開くと、なんてことはない。ただの近況報告と、こちらの近況を尋ねる世間話程度のものだった。

別に無視をしても良かったが、朝練へ向かう最中にメールが届いた事と、中学時代に世話になった事もあって手短な返信文を作成する。

しかし目敏くも後ろを振り返った下僕の高尾は、持ち前の観察力の高さで緑間の表情がいつもより心なしか柔らかいことに気づき驚きを滲ませた声で探りを入れた。

 

「なに、真ちゃん珍しく機嫌よさそうじゃん。さっきまであんなに文句言ってたのに」

「お前が漕ぐのが遅いからなのだよ。バカめ」

 

ツンと尖った声音で言い捨てる緑間に、高尾は思わず苦笑する。

 

「しょーがねぇだろ坂道だったんだから。女王様かって。で、なに?もしかして女の子?」

「……ああ」

 

緑間は少し考えるように間を置いてから素直に頷いた。

彼の座右の銘は『人事を尽くして天命を待つ』だ。意味は自分の全力をかけて努力をし、後は静かに天命を待つこと。最高の努力こそ運命を味方すると信じてやまない彼にとってみれば、ここで高尾に嘘を吐くのは人事を尽くした事にならない。

日頃から嘘を吐く事がない彼は正直に答えた時のめんどくささを天秤にかけたが、地に着いたのは何事にも努力を怠らない誠実さだった。

正直者だからこそ人と衝突する事もしばしばあるのだが、それは今は置いておいてもいいだろう。

 

「へぇ?……マジで!?やっべぇ、真ちゃんが女子とメールとか、意外すぎて…ブッハ!」

 

珍しいものでも見たようにこちらを振り向きつつ大きく口を開け笑う高尾に緑間は眉をひそめる。

ぐらぐらと揺れる自転車のハンドルに気付いているのかいないのか、転倒だけは避けている高尾に変に器用な男だと呆れて息を吐くと、すかさず笑いの滲んだ声で抗議された。

 

「冷てぇな。でもマジでびっくりしたわ。真ちゃん普段殆ど女子と話さねーじゃん?あ、もしかして彼女?」

「そんな訳がないのだよ。中学時代のマネージャーだ」

「なんだ。でも、真ちゃんのメアド知ってる女の子なんて家族とその子くらいなんじゃね」

 

からかう様な不愉快な口調でそう言う高尾に緑間はギッと睨み付けたが、実際それは事実だった。

いつの間にか辿り着いていた学校の駐輪場に自転車と繋がれたリアカーを止めると、緑間は自身に関わった今までの女性に起きた不幸を思い出した。

 

不幸、というと重たく取られるかもしれないが、大きな怪我などをした人物は一人も居ない。

むしろラッキーアイテムを持たない時の緑間の方が不幸の度合いとしては大きいぐらいだが、確かに何かしら起こったのだ。

それにも程度の差や基準があるらしく、家族には話したり接触したとしても何も起こらない。そして、何か伝言などを伝えに来ただけの女子にも今まで何も起こった様子はない。

問題なのは、それ以上の何かしらの感情を持って接してくる相手だ。

 

緑間は、自分の容姿が平均より整っている事は自覚している。

幼い頃から周囲に幾度となく褒められたし、告白と取れるものも何度か受けた事がある。鈍感と言われる緑間だが、直接言葉で気持ちを伝えられれば勘違いの仕様もなく理解は出来る。

しかし、緑間を男として見て好意を抱く人間に、何者かは容赦なかった。

大事にしていた物がなくなったり、指に棘が刺さったり、苦手なものがやたらと出現するようになったり……とまあ、レパートリーは色々だ。

 

桃井もマネージャーとしてよくしてくれたが、距離が近すぎたのか彼女にも何度かそんなことが起こった。

しかし、彼女は原因が自分だと知った上で「仕事だから」と周囲と同じように接してくれた、数少ない人間だ。こうして今でも時折気にしてくれている。

緑間もそんな彼女に感謝していたし、そんなことがあってあまり無碍にはしたくなかった。

 

「なるほどね。納得だわ」

「……やけに簡単に信じるな」

 

緑間が掻い摘んで過去を説明すると、高尾は納得したように頷いた。

しかしそれが却って怪しいと感じて緑間は訝しげな顔をする。

 

「いや、だってお前がラッキーアイテム中々見つかんなかった時、めっちゃ酷い目に会ってたじゃん」

「ああ……」

 

以前高尾を付き合わせてラッキーアイテムを探した事があった事を思い出し、緑間は得心が行ったというように眼鏡を上げて小さく頷いた。

自分でもこの不幸体質が常軌を逸していることは理解している。だが、改めて目の前の男に言われると腹が立ったので睨みつけるも、辿り着いた体育館の入り口をくぐる高尾はどこ吹く風だった。

 

 

 

 

 

 

いつも通りきつい朝練も終わり、並んでモップをかける緑間の顔を高尾はそれとなく観察してみた。

初対面の時は自分が倒そうと思っていた"キセキの世代"が同じ学校に居たショックで顔なんて見ていなかったし、その後もそのいちいち高尾の笑いのツボを刺激する(本人にそのつもりは無いだろうが、高尾にとってそんなことは瑣末な事だ)性格だったり行動で霞んでいた上、自分よりも大柄な男相手に顔なんて気にした事もなかったが、こうして改めて客観的に見ると確かに綺麗な顔立ちをしている。よくよく見るとレンズの奥のまつ毛は長く、高校生として男らしい骨格はしているがパーツは繊細でどこか女性らしさを感じる。

……これは、昔はさぞご近所のマダムの噂の的だったろうと一人ニヤつく高尾に気付いた緑間は、鬱陶しそうな顔を隠しもせずに「真面目にやれ」とお小言を言ってきた。ご丁寧にも「バカめ」と付け加えるのも忘れていない。

だが、自分の行動を思い返すと傍目にはヘラヘラ不真面目にモップをかけているように見えるのは仕方なかったので、高尾も「ひでぇ」といつもの様に軽口を返すに留まった。

 

思考は戻るが、確かにもっとモテてもおかしくはない顔をしている事は確かだ。

常にラッキーアイテムを持ち歩いている変人という所に目を瞑れば、女子が寄ってこないのが不思議なほどである。むしろそのギャップがかわいいなんて子が現れても、まあ高尾は笑うだろうが大して疑問にも思わない。自分にはそんな殊勝な態度を見せた事はないが、女子には紳士らしいし。

 

「さっきの話だけどさー」

「さっきの……あれか。まだ何かあるのか」

 

緑間はうんざりしたように返事をした。

慣れてると言っても面白い話題ではないらしい。

 

「お前、つかれてるんじゃね?」

「……まだ朝だぞ」

 

目を逸らして下手くそにごまかすが、高尾は話題が話題だけにごまかされてやる気はなかった。

霊だのの存在を信じては居なかったが、実際に見た緑間の不幸体質は異常だと思う。高尾はこれでも彼なりにチームのエース様を心配していた。

 

「マジで。そういう意味じゃねぇって、分かるだろ?」

 

そう、"疲れてる"ではなく、"憑かれてる"と言ったのだ。

緑間も分かっているのか苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……実は、以前一度だけ、友人の紹介でその界隈では有名な霊能者に会ったことがあるのだよ」

「本格的だな。で、なんて?」

「視る事は出来ないが、途轍もなく偉大な存在だと、酷く怯えた様子だった。俺に害は無いだろうとも言っていたが…」

「こわっ!逆に怖っ!」

 

自然と立っていた鳥肌をなだめる様に腕をさすると、高尾につられて顔を青ざめさせる緑間に高尾は内心、正直すまんかったと謝った。

なんて事ない一通のメールから始まった緑間の不幸体質の謎は解かれること無く、こうして秀徳高校の朝練は微妙な雰囲気の中いつも通りに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました!」

「あら、遅かったのね」

 

背後から聞こえた元気な声に、女神は泉から目を離すことなく答えた。

泉で愛し子とその周囲の人の様子を覗くのは、彼が生まれてからの女神の暇つぶし兼娯楽だった。悠久の時を存在し続ける女神にとって、数十年同じ人物を見守る事なんて何の苦でもないし、むしろ日々成長し変化のある愛し子の様子を観察するのは何百年だって飽きが来ないだろう。

愛し子に変な虫が付くのも心配で、泉の向こう側で迷惑を被っている当の本人達には気付かず、こうして毎日楽しげに観察をするのだった。

 

「ご、ごめんなさい。収録の後、スタッフさんに呼び止められてしまって…」

「責めては居ないのだわ。今日もきちんと"らっきーあいてむ"を持っているようだし」

 

生前占いの得意だった彼女は、しかし全く関係の無い仕事に就き、特に誰の目に付く事も無く死んだ。

しかしその才能を見抜いた女神は、運命を司る神でもある自身の眷属として迎え入れ、今では彼女は毎日おは朝占いコーナーに出演するために、簡単に降臨出来ない女神の代わりに現世に降りて占いの結果を放送している。

女神の眷属である彼女の占いの効果は抜群の上、普段から女神の側に居るだけに女神自身の祝福も宿りやすくなるのだ。

 

 

 

こんな状況を聞くと、きっと誰もが直接本人を祝福すれば良いと思うだろう。

しかし、彼女がこんな回りくどい事をするのにも理由があった。

 

そもそも、力のとても強い女神に"愛されている"という事実だけで、どんな祝福よりも強い効果はあるのだ。

しかし、それには緑間の体質が合わなかった。

彼は、元来()()()()()()()()だったのだ。

 

生命と運命の女神の愛は、霊たちにとってそれはもうこれ以上ない極上の餌だった。

祝福は飢えた者達に全て食い尽くされ、残った彼自身の生まれつきの運まで食われる始末。

緑間にとっては傍迷惑な話だが、神とは身勝手なもの。人の子を愛するのをやめるという選択肢は無く、代わりにと出てきた案が"占い"と"ラッキーアイテム"だったのだ。

女神が毎朝ラッキーアイテムに放つ破魔矢は、いとし子への祝福と同時に名前通り彼を霊達や悪い事から守る破魔の効果を与え、彼が常に側に持ち歩く事で彼を様々な害から守っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

女神は今日も愛する子を泉の側で見守る。

 

 

 

 

 

「ああ、早く会いたいのだわ、私の愛し子(しんたろう)

 

 

でももう少しゆっくり、自分の好きな事をやっていて

そう女神は願う。

 

だって、こちらに来たら、もう少しの間も離してやれそうに無い。

 

 

 




ネタが降って来たので、試し書き。慣れない第三者視点の練習も兼ねてますが、激ムズだったぜ。
緑間の不幸体質が、こんな理由だったら面白そうだなーなんて軽い気持ちのやつです。設定自体は面白いと個人的に思ってるけど、何せ時間が無いので短編にしました。

チラッと書いた女神様の容姿が緑間君と似通っているのは、女神が緑間に似ているのか、緑間が女神の愛のせいで女神似になっているのか……。


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