かくして。
少年と騎士は、相向かいに対峙した。
少年はこれから始まる戦が待ちきれないとばかりに歯を剥き出しにした笑みを浮かべ、対照的に騎士は眉根を寄せ、顎に指を添える。
「……サーヴァントとお見受けするが」
「さあ、どうだろうな。ひょっとしたら、通りすがりのただのガキかもしれねえぞ?」
「まさか。人間に……いや、
騎士は首を横に振る。
「……サーヴァントは全盛期の姿で現界する。君の全盛期は、そのような年頃なのか……」
「そういうあんたは、青年期に大活躍した騎士様のようだな」
「ああ……まあな。今回、
「別に構わねえさ。俺は、名前どころかクラスを名乗るつもりもねえからよ」
「……何?」
「ま、人には人の事情があるもんだ……ってなぁ!」
少年が瞬時に間合いを詰める。
常人には瞬間移動をしたようにしか見えない速度の踏み込み。同時に行われた斬撃は、相手に自分の首が落ちたと悟らせないほどの剣速だ。
哀れ、騎士は召喚されて間もなく、聖杯戦争最初の脱落者と成り果てた――
「……無礼な」
――それが、並の人間だったのならば。
少年がサーヴァントならば、騎士もまたサーヴァント。
超人的な反応速度で握りしめた騎乗槍を引き上げ、少年の剣を既の所で受け止めていた。鍔迫り合いも束の間、少年はあっさりと身を引き、距離を取る。
「へえ、やるじぇねえか」
「そちらこそ。……子供と侮るのは、こちらの命取りになりそうだ」
「そうじゃなきゃ困んだよ。こっちがガキだからって手加減されちゃかなわねえ。全力のあんたをぶっ潰してこそ、俺の実力をマスターに示せるってもんだ」
「成程……成程」
騎士――ライダーは表情を引き締め、槍を構えた。
少年もまた、いつでも飛びかかれるよう姿勢を低く保つ。
互いの闘気が高まり、視線と視線が火花を散らし――
「二度と、年上に生意気な口を聞けなくしてやる!」
「やってみろ、オッサン!」
二人は、同時に激突した。
「――――」
言葉にならない。
王貴は呼吸をするのも忘れたかのように、ただただドローンから送られてくる映像に魅入っていた。
これは、本当に現実の光景なのだろうか?
振り下ろされた剣が嵐を呼び込み、槍の一撃が大地を割る。そこに作り物めいた嘘臭さは一切感じられない。相手に迫る攻撃の全てが殺意に満ち溢れ、反撃を回避する動きの全てに必死さが滲み出ている。
油断すれば、そこに待つのは死。
自分が死ぬか、相手が死ぬかの鬩ぎ合い。王貴はようやく、殺し合いに参加した実感を覚え、額に脂汗を浮かび上がらせた。
――それにしても、サーヴァント同士の戦いというのは想像の域を超えている。
空中から全体を俯瞰しているからこそ、彼らがどのような戦いをしているのかがかろうじて見て取れる。そうでなければ、王貴の動体視力では彼らの高速戦闘を目で追いかけることなど出来やしなかっただろう。
たった一秒の間に、どれだけの連撃を繰り出しているのだろうか。ひとつところに留まらず、周囲を縦横無尽に駆け回りながら剣戟を繰り返す二人の戦いは、まるで映像を早送りしているかのように錯覚する。余波で地面は抉れ、ガードレールは細切れになって宙を舞った。翌朝、誰かがこの惨状を目にしたら、一体何が起きたのかと驚愕するのはまず間違いない。
これが、聖杯戦争。
常識という常識を置き去りにする、神秘と幻想の渦巻く狂乱――
(あいつ……本当に、強かったんだな)
相手の騎士――直接視認しなければステータスは見れないらしく、会話が聞こえなかったので想像するしかないが、槍を使っているのでおそらくランサーなのだろう――は非常に難敵だった。リーチの長さを活かして射程距離外からの攻撃を繰り返し、自身への二度目の肉薄を許さない。剣とは比較にならないであろう重量の槍を自由自在に操り、纏った鎧も羽毛のごとく感じさせる身軽な動きは、英雄と呼ぶに相応しい熟達した戦士の業だった。
そんな強豪を相手に、七、八歳ほどにしか見えない少年が、一歩も引かずに立ち向かっている。
王貴が確認したステータスの通り、彼の敏捷性は群を抜いていた。リーチでかなわぬ分、手数の多さと移動速度で騎士を見事に翻弄している。その瞳は妖しく爛々と輝き、まるで獲物を求めて流離う餓狼を連想させた。
(疑って悪かった。お前は強いよ。これなら行ける!)
画面に向かい、王貴は激励の念を送る。
伝わらなくても構わない。ただ、小さな身体で大人と渡り合う少年の姿が、王貴には眩しいものに見えた。
幾度目か数えるのも億劫なほど打ち合った末、二人は再び距離を取った。
あれだけの激戦の後だというのに、互いに息が乱れる気配もない。
「認識を再度改めなければなるまい! 正直、ここまでやるとは予想外だったぞ、少年」
「へっ。お褒めに預かり、光栄だね」
「しかし……残念ながら。私も君も、決定打に欠けているようだ! このまま続けても、堂々巡りにしかならないだろうな」
勿体ぶるかのような言い回しで、ライダーは大仰に首を竦めた。
気配が変わる。
離れたことで弛緩した空気が、再び張り詰めていく。ライダーから放たれる圧力が、先程よりも遥かに重みを増していた。
「――ならば。次は勿論、宝具を見せなければなるまい」
「…………ッ!」
宝具の開帳は、おいそれと気軽に行うものではない。
宝具とは、そのサーヴァントの伝説や逸話そのものと言い換えても良い。英雄としての象徴であり、基本的には宝具の真名を開放することで真の力を引き出す。しかし口にする必要があるため、敵対する相手に宝具の名を教えることとなり、そこからサーヴァント本人の真名を連想されてしまう欠点も抱えていた。
英雄には弱点が付き物だ。特に、死因が広く伝承されているなら尚更である。
仮に、毒を飲まされて死んだ英雄がいたとする。その英雄がサーヴァントとして現界した場合、どのような手段を用いようと、絶対に毒に対して抵抗することが出来ないのだ。
このように、宝具の使用は慎重に行う必要がある。だが、ライダーはマスターから全権を委任されているのか、あるいは宝具の名がたまたま真名とは結びつかない無縁のものであるからなのか――切り札を切る心持ちのようであった。
「宝具と宝具のぶつかり合いと行こうじゃないか。君の宝具がどのようなモノかは知らないが、私は必ずや、それを打ち破ってみせよう!」
「くっ……」
ライダーの魔力が高まる。彼の身体を中心にエネルギーの波が渦巻き、少年の身体をびりびりと震わせる。
騎士を包む白銀色の燐光。膨大な魔力の塊が、顕現しようとしている。
何が来る。騎乗槍の真名の開放か。それとも腰の剣か。あるいは鎧か。まったく別物の武装を呼び出す可能性もある。彼は騎兵なのだから、生前に苦楽を共にした愛用の騎馬というのが可能性としては妥当なところだろうか。
少年はぐっと奥歯を噛み締めて――この時、召喚されて以来初めて見せる表情になった。
微かに。
本当に微かに――怯えるような素振りを見せたのだ。
だが、それも一瞬のこと。
元の凄絶な笑顔に戻った少年は、剣を構えたままどっしりと足を踏ん張り、ライダーを迎え撃つ姿勢を取る。
「……宝具は使わないのか?」
ライダーの訝しげな問い。
少年から魔力の変動が一切ないことを、感じ取ったのであろう。
「必要ねぇな」
少年の返答は短かった。
傲慢か、または何かしらの策か。あるいは、名を名乗れぬのと同じ事情か。
いずれにせよ、少年はあくまでも宝具を開帳する素振りを見せない。
「……いいだろう。後で悔やんでも遅いからな……!」
騎乗槍を天に掲げるライダー。
暴風雨のように荒れ狂う魔力の波濤の中心で、騎兵として選ばれた理由たる伝説を、今、ここに具現する――
ウォォォォォォォォォ――――ンッ!!!
瞬間、遠方より突如として獣の咆哮が響き渡った。
あまりに場違いな大音声に、少年が気勢を削がれたように目を瞬かせる。
なんだ、今のは。
サーヴァントは召喚された際、現代の知識や常識を付与される。この時代の日本において、今のような雄叫びを挙げる野生の獣は既に駆逐されて存在しないはずだった。
いや、今はどうでもいい。戦いに集中しなければ――
「……おい?」
しかし、異変はそれだけではなかった。
ライダーの周囲の魔力が、完全に蒸散してしまっていたのだ。
それどころか、槍をだらんと力無く下げ、先程までの闘争心が嘘のように、顔面蒼白で立ち尽くしている。
「どうした、ライダー。今の咆哮と何か関係が――」
「――失礼。勝負は預けた」
「あ、おい!?」
状況が飲み込めない少年に対してライダーは一礼すると、解き放たれた暴れ牛のごとき猛烈な勢いで、獣の声のした方向へと一直線に駆け出してしまった。
道も何もあったものじゃない。密集した雑木林の中に飛び込み、枝葉を薙ぎ倒して遠くへ姿を消してしまう。
少年は、呆然とそれを見送った。
追撃しようと思えば可能ではあったが、既にあの騎士は自分に対して戦意を失っていた。そのような相手に追いすがって勝負の続きを望むのは、なんとなく憚られたのだ。
「ワケわかんねえ」
少年は足元に転がったアスファルトの破片を蹴り飛ばし、幼い顔に似つかわしくないほど盛大に嘆息した。
中途半端に打ち切られたせいで力が有り余っている。釈然としないが、とはいえ緒戦としてはこんなものだろう。マスターに己の実力を認めさせるという目標はクリアしたはずだ。
聖杯戦争はまだまだ続く。いずれ、再戦の機会も生まれることだろう。
少年は空中で一部始終を目撃していたドローンに手を振ろうと右手を持ち上げ、
「ッ!」
気配を感じた方向を振り返った。
闇の中、小さな光がどんどん接近している。低い人工的な唸り声は、ここに来るまでの移動手段に使った軽トラックと同じ、『エンジン音』というやつだろう。
ただの通行者?
否、この気配は先程の騎士と同じ。隠そうとする様子も見せず、むしろ挑発するように自身の存在感をアピールしている。
――新たなサーヴァント!
「連戦か」
少年は自身の身体を見回し、状態を確認する。
問題はない。ダメージは受けていないし、魔力の消耗も気にする必要がないレベルだ。
ならば、丁度いい。相手には悪いが、憂さ晴らしをさせてもらおう。
少年は臨戦態勢のまま、新たな敵の到着を待つことにした。
ややあって、音の正体が判明した。金属の二輪車……いわゆるオートバイと呼ばれるものだ。少年の前方三十メートルほどのところで停止し、運転手が地面に降り立つ。
被ったヘルメットを脱がないせいで、その容姿は確認出来ない。
マスターの正体を知られることは暗殺のされやすさにも繋がるので、用心のためなのだろう。ただ、体格で男なのは見て取れた。
(あれが、マスターか)
運転手の気配はただの人間のものだ。
少年がそう判断した瞬間、運転手の横に、まるで幽霊がごとく一人の少女が姿を現した。
サーヴァントの肉体は物理的干渉力を持つ実体と、物理的干渉力を持たない霊体という二種類の形態を持つ。霊体の状態では戦闘行為を行えないが、不可視となるため壁をすり抜けたり、魔力の消費を抑えたりといった利点もあった。
何もない空間から少年の横に突然出現したように見えたのも、単に霊体化を解除しただけのことなのである。
要するに、この少女はサーヴァントで間違いない。
「……一応、確認する。サーヴァント、か……?」
「ああ、間違いなくな」
「そう」
少女は無表情に、一歩前へ進み出た。
およそ戦とは無縁そうな、古めかしい純白のドレスを着たうら若い少女だった。透き通るような色白の肌に、腰まで届く艷やかながらも燃え上がるような赤い髪。目鼻立ちも整っており、何処かの国のお姫様と言われても納得してしまうだろう。
「……そんなナリで、よく血生臭い聖杯戦争に参加する気になったもんだ。アンタ、
「違う。オレは、見ての通り」
少女が右手をかざすと、そこに魔力で形作られた槍が具現した。
先程ライダーが使用していたような騎乗槍ではなく、純粋に地上戦を想定された短槍だ。黒色の柄は夜の闇に溶け込むかのごとく飾り気の欠片もないが、それとは真逆に刃の部分は星屑を散りばめたかのように光り輝いている。
槍の穂先を少年に向け、少女は相変わらず無表情を貫いたまま、堂々と宣言した。
「