古城メイは、その戦いを遠方から眺めていた。
手にしているのは、暗視機能付きの双眼鏡。雲名島唯一のミリタリーショップで、同じ考えのマスターとばったり遭遇しないかひやひやしながら購入したものだ。
危険はなるべく避けるに越したことはない。闇夜の中を相手のマスターのものらしきドローンが飛行しているのを目撃した時には、その手があったかと思わず歯噛みした。まあ、そちらは高価な上にサーヴァントに撃墜される恐れもあるのだが。
――絶対にここを動かないでください、レディ。
そう念を押して、戦いの場へ向かった自身のサーヴァントのことを思い返す。
ライダーのクラスで召喚に応じた彼は、まさに騎士という言葉を体現したかのような紳士であった。礼儀正しく女性を気遣い、悪徳を許さず主君への忠誠に命を懸ける。まるで少女漫画に出てくる王子様のような振る舞いは、どうにも庶民的な自分にはむず痒くてしょうがない。
叶えたい願いを持つものだけが聖杯の招きに応じる、と彼は言った。
その願望の内容は、尋ねてもはぐらかされてしまった。おそらく、それは非常に切実な願いで、軽々と口にしてはならないものなのだろう。
自分にだって願望はある……
――私がこの聖杯戦争の勝者となれる器であることを、示してご覧に入れましょう。
宣言通り。彼の戦いぶりは、メイを満足させるものであった。
敵のサーヴァントは子供だったが、人知を超えた力量の持ち主だった。だから、メイはライダーに対して『子供と互角』などという評価は下さない。
少年の実力は本物だ。そして、無難に凌いでみせたライダーの実力もまた、本物だった。一時期、武道を学んでいたこともあるメイにはわかる。ライダーはまだまだ余裕を保っていた、と。
素晴らしい。
メイは心中で賞賛を惜しまなかった。ライダーは強い。口だけではなく、この騎士ならば聖杯戦争で勝利の栄光をもたらしてくれるだろうという認識を身をもって促してくれた。
ならば、望みどおり自覚しよう。
あたしは聖杯を掴めるカードを引き当てたのだ、と。
……と、そのように思い至ったのが十秒前の話。
メイは現在、絶体絶命の危機に瀕していた。
「なんの、ホラー映画の撮影よ……!」
メイの現在地は、凪羽と青徒を繋ぐ道路――いわゆるメインとなる県道ではなく、1キロメートル以上離れたその隣、農道として使用されている細長い坂の上だ。高低差の関係で、戦場と定めた街灯の下を遠目から視認出来る絶好の
この時間帯は誰も通り掛かる者はなく、
「きゃあ!」
悲鳴を上げながら、既の所で身を捩る。
一瞬前まで自分の首があった場所に、竹槍が差し込まれた。当たっていたら、怪我どころでは済まなかっただろう。
武道を習っていて本当に良かった。今でも交流のある師匠たちに感謝を捧げつつ、メイは気丈にも眼前の敵を睨み付けた。
夜影に蠢く、薄汚れた白いヒトガタの群れ。
それは小学生の頃、学校の理科室で見たことのある模型と同型にして、真なるもの。
肉も、皮も、全てを失った人間の骸骨だった。
その骸骨が、何十という数を以て、わらわらと押し寄せてくる。
メイはテレビゲームで、そんな敵を見たことがあった。ファンタジー系のRPGには必ずといって存在する
だが、それはあくまでもゲームの話。人間の骨は、ひとりでに動いたりはしない。
あまりに超常的な状況。
だから、そう……これには必ず、超常的な存在――サーヴァントが関わっている。
「危険は、承知の上、だったけど……!」
護身用にと一応持ってきた竹刀で骸骨たちの武器である竹槍を打ち払ってはいるものの、あまりに多勢に無勢だった。
骸骨たちの動きは緩慢だが、その攻撃は手加減というものがない。
本気の本気で、相手を殺そうとする一撃。
当然だが、メイはそんな殺意に晒されたことなどない。いや、骸骨たちに感情めいたものは感じられないので殺意と呼ぶのは語弊があるかもしれないが、とにかく、命を落としかねない状況に追い込まれた経験などない。
ましてや、相手は化物ときたものだ。恐慌から混乱し、恥も外聞もなく逃げ惑うのが一般的な反応なのかもしれない。その点で言えば、冷静に逃げ場を探し、あまつさえ反撃まで繰り出しているメイは非常に度胸が据わっていた。
無論、それは聖杯戦争という非常識な事象に現在進行系で関わっているが故の、予想と覚悟の賜物であるのは間違いない。
「ヤバッ……!」
とはいえ、メイは所詮は戦場に身を置いたことのない素人であり、限界はすぐに訪れた。
前方にいる三体の骸骨に気を取られ、背後から迫るもう一体の骸骨を見逃していたのだ。振り向いた時には、既に竹槍が眼前へと迫っている。
これは、かわせない。
鋭く尖った竹の切断面が自分の身体に突き刺さる未来を予想し、絶望で思わず目を瞑るメイ。
――――ウォォォォォォォォォンッ!!!
間近で獣の雄叫び。
目を開く。
骸骨が吹き飛んでいた。代わりにいたのは、白い毛並みが月光を浴びて鮮やかに輝く守護者の姿。
それは、獅子。
自分が離れている間の護衛にとライダーが召喚した、鋭き牙と爪を持つ偉大なる百獣の王――!
「カルン!」
名を呼ぶと、心得たとばかりに白獅子は烈風となって暴れ回った。
骨の身体を引き裂き、頚椎を食い破る。粉微塵となった骸骨は糸が切れた操り人形のように、動かなくなる。
まさに、獅子奮迅。
邪魔にならないよう身を守ることを優先することにしたメイは、騎士がもう一人――いや、一匹増えたように感じられた。
そう。
騎士は、もう一人いるのだ。
「ご無事ですか、マスター!」
突如、骸骨が五体同時に薙ぎ払われた。
竹藪をぶち抜いて躍り出たのは、鋼鉄の鎧を身に纏った若者。風にマントをはためかせ、手にした騎乗槍はこの上なく頼もしい。
思わず涙ぐみながら、メイは即座に指示を下した。
「ライダー、この骸骨どもを蹴散らして!」
「承知!」
形勢逆転。
後はただの掃討戦とも呼べぬ蹂躙だった。骸骨たちは次々と打ち砕かれ、アスファルトの地面にバラバラと崩れ落ちていく。
何処から、こんな数の骸を用意したのだろう。
敵のサーヴァントが召喚したというのならば良い。だが、この雲名島に眠る死者たちの骨を利用としてのだとしたら――
ぞっとするような想像に、メイは首を振った。
今は考えなくていい。助かったことに安堵していれば、それでいいはずだ。
「ふぅ。終わったようです、マスター」
そうこうしているうちに、あれだけいた骸骨たちは全て残骸へと成り果てていた。
ようやく緊張の糸が切れたのか、メイは疲労を感じて獅子に寄りかかった。獅子は黙って、その背にメイを受け入れる。
「ありがとう、ライダー。それに、カルンも」
「いえ、恐ろしい思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。よく知らせてくれたな、カルンウェナン」
「ヴゥ」
ライダーが獅子――カルンウェナンを撫でると、カルンウェナンは気持ち良さそうに目を細めた。
「ライダー、あの少年との戦いは……?」
「放り投げてきてしまいました。後で謝罪しなくてはなりませんね」
「そう……」
瞼を閉じ、両手を合わせて死者たちの冥福を祈るメイ。
死後は安らかであるべきだ。なのに、こんな仕打ちを受けることになってしまった骸たちが、あまりにも可哀想だった。
「……今夜はもうお開きかしら?」
「当然です。いつまた、こんな骸骨どもに襲われるか知れませんから」
散らばった残骸を見下ろし、ライダーは思案顔で顎を擦る。
だがすぐに顔を上げ、メイを背に乗せた白獅子を背後に庇った。
「……ライダー?」
「お気を付けください、マスター。サーヴァントの気配がします」
「えっ!?」
「あの少年のものとは違う。まず間違いなく、この骸骨どもの支配者……そうでなくても関係ある者でしょう」
ライダーの言葉に、メイは息を呑む。
肉体も精神も疲弊している。本音を言えば、何もかも投げ捨てて家に帰りたい。
しかし、どうやらそれはまだ許されないようだった。仕方なしに、ライダーが警戒する方向へと目を凝らす。
坂の下、凪羽側の道路の先。
暗闇の中にゆらりと姿を現したのは――老人であった。
「――――」
皺の刻まれた顔や手に、伸びるに任せた白髪。雨も振っていないのに、何故か雨合羽を着込んでいる。
ただ、そのサーヴァントはメイが想像していたような陰気で禍々しい死霊使いといったイメージからは大きく外れていた。
老人だというのに雨合羽の隙間から見える首や足先は筋骨逞しく、生命力に満ち溢れている。身長も二メートルに届く勢いで、まるで百年を越す樹齢の大木を見上げているかのような錯覚さえ覚えた。その瞳は慈愛に満ちながらも、何か深い哀しみに彩られているかのようだ。
本当に、この老人が地に眠りし死者を弄ぶ邪悪な存在なのだろうか?
イメージの食い違いはライダーも同等のようで、困惑しながらも老人に問いかける。
「……私はサーヴァント、ライダー。お尋ねするが、この哀れな亡骸たちを呼び起こしたのは、貴殿なのだろうか……?」
「――――」
老人は返答せず、腰の剣を引き抜いた。
思わず見惚れてしまうほどの、美しい剣だった。刃こぼれ一つ存在しない刀身は鏡のごとく澄み渡っており、星明かりを反射して神秘的な輝きを放っている。
素人のメイが見ても、その剣が尋常ではない業物だということがはっきり理解出来た。
あれは、宝具だ。
まだ真名を開帳こそしていないものの、そう確信する程の圧力を感じ取れる。
ライダーが騎乗槍を構え、警戒する。カルンウェナンが背のメイを守るように後ずさり、低い唸り声を上げる。
「儂はサーヴァント……キャスター」
老人は初めて言葉を発し、剣を振り上げた。
「恨みはないが、マスターのため……ここで果ててもらう」