「やるな、御老体!」
「そちらこそ、若いの」
切り結ぶライダーとキャスターの口元には、共に微笑が浮かんでいた。
実力は伯仲。槍と剣が幾度となく鍔迫り合い、暗夜に無数の火花を散らす。迸る魔力が飛散し、旋風となって周囲一体に吹き荒れる。
ライダーは内心で唸らざるを得なかった。まさか相手が、ここまで自分と渡り合えるとは思ってもみなかったのだ。
魔術師のクラス、キャスター。彼らが得手とするのは当然ながら魔術の行使であり、こうした接近戦など言語道断、回避するのが常道だろう。ところが、この老人はセイバーかと見紛うほどに流麗な剣技を披露してみせる。その一撃は苛烈で、かつ洗練された正道の剣。
おそらく生前、魔術師としても、戦士としても大成した人物なのだろう。老人の手に握られた宝剣が、只者でないことをありありと証明している。
「せやぁッ!」
「ぬぅん!」
裂帛の気合と共に突き出した槍の一撃を防がれ、唸りを上げて迫り来る剣の一撃を弾き返す。
優勢だろうと劣勢だろうと、次の瞬間には攻守が交代している一進一退の剣戟を繰り広げながら、ライダーは歓喜に満ち溢れていた。
先刻の少年。
そしてこの老人。
聖杯戦争は始まったばかりだというのに、こうして続けざまに強敵たちと相見えることになろうとは!
武勇を示すのが騎士の誉れ。相手が強ければ強い程に、それを打ち負かした者の名声も高まる。
仕える主人こそ代わったが、彼が騎士であることに変わりはない。姑息に逃げ隠れして漁夫の利を狙い、盗人のように聖杯を得たところで何の名誉があろうか。居並ぶ好敵手たちを己が手で撃破することこそ、騎士の本懐。それこそが、誰もが認める騎士道の在り方というものであり――
(おっと……いかんいかん)
高揚していた自分を戒めるべく、ライダーは一度キャスターとの距離を離し、意識して二、三度深呼吸をした。
悪い癖だ。全盛期の姿で召喚されたせいか、思考や精神状態も若さ特有の青臭さを取り戻してしまっている。
「ふぅむ? ライダーよ、先程までの気勢はどうした」
「いやあ、どうやら熱くなりすぎてしまったようなので、反省しているのですよ」
ガシガシと頭を掻き、ライダーは恥じ入るように茶目っ気のある笑顔を覗かせる。
「若い頃は必要以上に血気盛んでね、どうにもそちらに引きずられてしまう」
「難儀なことだな。儂もこの姿でなければ、同じ轍を踏んでいたやもしれぬが」
「フッ。老いてなお衰えを感じさせぬその肉体、若いころはさぞ凄まじかったのでしょうな?」
「さあて、どうだか」
気軽に受け答えしながらも、キャスターは一切の隙を見せようとしない。身体から発する尋常ではない剣気は歴戦の強者然としており、その生涯における潜り抜けた修羅場の数々を想起させるかのようだ。
ライダーはちらりと視線を後方にやる。
獅子に背負われた己のマスターが、呼吸を忘れたかのように二騎の凄烈な戦いに魅入っていた。双眼鏡越しではない、肉眼で視認した英霊同士の死闘。その迫力に呑まれてしまったようだ。
(さて、どうするか)
カルンウェナンを呼び戻せば、状況は俄然有利となる。
一対一から外れるのは卑劣――なんてことがあるはずもない。聖杯戦争は儀礼的な決闘ではなく、純然たる殺し合いだ。勝つために手段を選ばないことこそ常道と言える。
さりとて、疲弊したマスターを放置するのもマズい。
近くに、キャスター以外のサーヴァント反応はない。だが、アサシンの持つクラススキル……『気配遮断』は話が別だ。高ランクの『気配遮断』は攻撃に転じようとしない限り、相手が警戒していようと自身の存在を悟らせない隠密行動用スキル。今も何処かで、暗殺の機会を虎視眈々と狙っているかもしれない。
例えカルンウェナンの協力を得たとしても、キャスターは全身全霊を傾けなければならないほどの難敵。勝負に集中している最中に、無防備なマスターを狙われる可能性は、決してゼロではないだろう。
マスターとは、サーヴァントが限界するための要石のようなもの。マスターとの契約が切れた瞬間、サーヴァントはすぐに魔力を枯渇させ、消滅することとなってしまう。
そのため、サーヴァントはマスターの身の安全を確保することこそ第一に考えるべきなのが定石と言えた――もっとも、彼はそれ以前に騎士として、主君の命を粗末に扱うことなど出来ない性質ではあったのだが。
(ここは……仕方ない、先程はあの少年に見せられなかった
ライダーが決意を固め、騎乗槍を持ち上げようとした刹那――
「ッ!?」
「これは……!」
地響きと、重苦しい残響が彼らのもとに届いた。
木々が揺れ、葉がざわめき、寝静まっていた鳥や虫たちが一斉に羽ばたく。音の震源地に目を向ければ遠目の崖下、先程までライダーが少年と激闘を繰り広げていた場所に、巨大な黒い物体が鎮座しているのが見て取れた。
「な、何あれ……」
呆然としたメイの声。
明らかに超常の現象。まず間違いなく、何者かの宝具なのであろう。
それにしても、剣でも弓でも槍でもなく、ただひたすらに大きく黒いだけの塊というのが不気味だった。何かの逸話の再現だとしても、あんなワケのわからない代物など思い至るはずもない。
――ところが、その次に起きた展開を目撃した結果。ライダー、そしてキャスターも、その宝具の正体に気付いたのだった。
「黒い巨人……ッ!」
「……成程、九つの世界を滅ぼしたという灼熱の国の門番か。まさか生物ではなく、人形の類だとは思いも寄らなかったが」
先程まで相争っていた二騎のサーヴァントは闘いの手を止め、共に慄然とした様子で姿を現した巨人――スルトを睨み据える。
ビリビリと肌に伝わる痺れは、彼の巨人が発する莫大な魔力を感じ取ったが故のものだ。
文字通り、桁が違う。
頭部や関節の隙間から噴出される炎によって煌々と照らされるその巨体。細かい材質は不明だが、金属製であることは間違いないだろうその体躯に生半可な武器は一切通用しまい。
それ以上に恐ろしいのは、巨人が無手であることだ。
神話に語られる炎の剣――邪神が鍛えし伝説の魔剣を手にしていないというのに、この圧倒的な威圧感。果たして、魔剣を取り出しその真名を開放したならば、どれ程の脅威となるのか――
ごくりと、ライダーは唾を飲み込んだ。
あれには勝てない。
一対一の真っ当な決闘では、万に一つも勝ち目がない。
ならば、手段として考えられるのは――ライダーは意を決した表情で、キャスターに向き直る。
「キャスター。ここは一つ――」
「残念ながら、それは儂に許されておらんのだ、ライダー」
「なっ……キャスター!?」
正面にいるキャスターの気配が急激に薄れていく。肉体を解き、霊体化しているのだ。
「馬鹿な! あれを放置するのか!?」
「我が主からの命令でな。逆らうわけにはいかんのだよ」
「ま、待て、キャス――」
キャスターの気配が高速で遠ざかる。
呆気に取られて固まるライダーは、だが数秒の後には気を取り直し、戦闘を開始したらしい――先刻勝負を預けた少年が逃げ惑っている姿も視界に映った――スルトに目を奪われているマスターへと呼びかけた。
「すぐに立ち去りましょう、マスター」
「それは……構わないけれど」
振り返ったメイの顔には、ありありと不安の色が浮かんでいる。
見慣れた故郷の土地に、異質に過ぎる巨人が炎を纏って立ちはだかっているというのは、どのように彼女の目には映っているのだろうか。主の心情を慮るだけで、忠実な騎士であるライダーの胸には悲痛の棘がチクチクと突き刺さる。
「……あれに勝てるの? ライダー」
「直接対決では、無理でしょう」
とはいえ、事実は覆せない。
首を横に振るライダーの回答は、一切の異議を受け付けない強い意思を感じる程に明瞭だった。
ただ、己のマスターを真摯に見つめるその瞳に絶望の色は無い。焦燥や憂慮の念は濃くても、希望の光は失われていなかった。
「しかしあの魔力量は、長時間維持出来るものでもないはず。マスターが膨大な魔力を保持する稀代の魔術師ならば話は別ですが……
「ええと……つまり?」
「恥も外聞もかなぐり捨てて逃げ回り、相手の消耗を待つのが上策ということです」
無論、この推測が的外れである可能性も否定出来ない。
何らかの手段で予備の魔力を貯蔵しているのならば、長期戦にも耐えられるだろう。その場合、自分たちは為す術もなく敗北を喫し、聖杯を得るのはスルトとそのマスターということになる。まさか、あれと同格のサーヴァントが他にも喚び出されているとは、考えたくもない。
どちらにせよ、ここで戦うという選択肢だけは絶対に有り得ない。
必要なのは情報。
あの巨人を討滅せんとするならば、兎にも角にも相手の戦力を入手・分析し、策を講じねばなるまい。
「私はここに残り、情報収集に務めます。マスターは、いち早く離脱を」
「……わかったわ。気を付けて、ライダー」
「必要あらば令呪をお使いください。カルンウェナン、必ずマスターを無事に送り届けるんだぞ」
「ヴォフッ」
獅子に連れられて立ち去る己のマスターを見送り、ライダーはスルトへと視線を戻した。
正直なところ、あの焔を宿した巨体を遠目から眺めるだけで次から次へと冷や汗が吹き出し、総身に震えが走る。
勝てるのか? あれに?
何かしらの弱点が、本当に存在するのだろうか?
「……さて。出来るだけ戦闘を引き伸ばしてくれよ、少年」
僅かな期待に賭け、ライダーはその場に身を伏せて少年と巨人の戦いに注視するのだった。