嫌な予感しかしねえぜ……!
具体的には『公式とキャラ被り』という嫌な予感が……!
赤色が、全てを飲み込んで広がっていく。
夏の夜風を孕んで、膨れ上がる熱気。長い年月をかけて育ち、あるいは朽ちた木々の数々が、一つの例外もなくその姿を変えていく。
葉も、枝も、根も、幹も、何もかもが炎上していた。
紅蓮より生まれた火の粉があちこちで
灼熱は仲間を求めるが如くあちこちに手を広げ、その度に風景を赤色に侵食した。燃え盛る勢いは衰えを見せず、さながら小さな太陽を呼び出したかのように、周囲一体の暗黒を取り除いていく――
「……って! やりすぎじゃないか、これ……!?」
ようやくセイバーのマスターは、忘我の状態から覚醒した。
神秘と神秘の激突を目の当たりにして虚脱していた精神を克己させ、現状を冷静に認識する。
火事が起きている。
犯人はセイバー。
セイバーは己のサーヴァント。
何故、そんなことしたのか?
どうやらそれは、自分が調子に乗って宝具の使用を許可したせいらしい。
さあっと、血の気が引いた。
九つの世界を滅ぼす紅蓮の大火は、己のサーヴァントが操る武装の一つである。しかし、この
本音を言えば、実戦を行う前に相棒となるセイバーの
「セイバー、お前……こんなに凄かったのか……!?」
この世に在らざる存在。
その事実を、どれだけ軽く見積もってしまっていたのか。彼女たちが力を発揮するだけで、自然はその姿を変える。文明は容易く崩壊を迎える。
まさしくサーヴァントとは、小型化された兵器なのだ。人間が莫大な時間と労力と資材を投入してようやく得られる成果を、手の一振り、足の一振りだけで成し得てしまう。
その実例が、この火災だ。
見慣れた場所。生まれてから変わることのなかった風景。それが今、赤色に染まって消え去っていく。
そして、それは――己の発した命令のせいで行われた結果だった。
「セ――セイバー! セイバーッ!!!」
恐怖や焦燥といった感情に追い立てられるように、セイバーのマスターは巨人へと駆け寄った。
己の迂闊さ、愚昧さに吐き気がする。
だけど、悔やむのは後でも出来る。今は、そんなことをしている場合ではない。
「マスター」
当のセイバーは振り返り、
「どうだった、オレの勇姿は」
自らの手で周囲一体を炎上させてしまったことに対して何の感慨も抱いていないらしく、巨人の手でピースサインを作ってみせる。
一瞬、その呑気すぎる態度に対して苛立ちを覚えたセイバーのマスターだったが、その感情を言の葉に乗せる前に奥歯を噛み締め、どうにか思い留まった。
セイバーは悪くない。
彼女の時代における戦闘行為とは、わざわざ木々の一本一本を大切にするような小規模なものではなく、それこそ周囲の自然環境を一変させてしまうほどの天変地異すら巻き起こすものだったはずだ。
この時代の常識を当て嵌めてはならない。
いや、常識と言うのならば、現代だって武装した兵士同士の争いは凄惨なものだと知られている。
聖杯戦争はスポーツ選手の健全な試合などではない。
文字通り、戦争なのだから。
とはいえ……それでも、出来れば被害を最小限に留めてほしいというのが、この平穏な離島で生まれ育った者としての切願だった。
「うん、強かった。凄いな、セイバーは」
「そうだろう?」
「ただ、ええと、そうだな、ちょっと目立ちすぎた。出来れば、炎を消してもらいたいんだけど?」
得意気に顎を突き出す――実際にその動作を実行しているのはスルトだが――セイバーに、マスターは要請する。
「無理だ」
返答は簡潔だった。
「『
「そんな……何とかならないのか? その巨体で林を踏み潰せば、鎮火出来るんじゃ……」
「火を止めればいい? それが命令なら従う、けれど……」
首を振り、あちこちに延焼した眼下の炎を眺め回すセイバー。
それだけの動作で、巨人のあちこちから赤い焔が噴出し、火の粉を飛ばして現状を悪化させてしまう。
「スルトは炎の巨人。炎を吐き出さずに動くことは、出来ない」
「えぇ……」
「とりあえず、脅威は去ったようだ。一度、宝具を解除したいのだけれど、良いだろうか?」
「あ、ああ。消火の役に立たないのならしょうがない。そうしてくれ」
マスターが頷いたのを確認してすぐに、スルトの身体が淡い光に包まれた。
複雑に編み込まれた魔力が次々と解け、その黒鉄の肉体を消失させていく。搭乗した瞬間を逆再生したかのごとく金属の装甲から浮き出るように姿を現したセイバーは、形を失いつつあるスルトの身体を駆け下り、マスターの隣へと着地した。
「……さて。この炎をなんとかしたいという話だったな、マスター」
「何か良い方法が?」
「いや、特に役立ちそうな知識も技術もない。精々、周囲の木々を薙ぎ払ってこれ以上の延焼を防ぐくらい」
「それが……限度か」
悔しそうに、マスターはヘルメットの下で歯噛みする。
「サーヴァントといえど、出来ることと出来ないことがある」
「……そうだな、これ以上の我儘は言えない。やってくれ、セイバー」
「承知した――む。いや、待て、マスター」
「え?」
槍を構えて一歩踏み出したまま動きを止めたセイバーにつられて、彼女が向けた顔の先に視線を移すマスター。
それは、頭上に広がる夜空だった。
今日は晴天、太陽が沈む夕刻から続いて煌々と星々が広がっており――
「――――あっ!?」
違う。
先程まで確かに上空に存在していた無数の煌めきが、徐々に暗闇へと塗り潰されていく。
信じがたい光景。
しかし冷静に周囲の様子を見渡してみれば、その理由の特定は簡単だった。
原因は、雲だ。
巨大な雲が、彼らの頭上に広がり始めている。
――有り得ないスピードで!
「これは……!」
空を睨みつけるセイバーの頬に、ぽつり、と一粒の雫が落ちた。
やがて二粒、三粒と数を増し、どんどんと勢いを強めていく。
それに伴い、先程まで微風程度だった空気の流れもまた、強烈な突風に変化して吹き荒れた。
「うわぁっ、なんだこれっ!?」
マスターの悲鳴。
暴力的なまでの大嵐に変化した天候は、明らかに自然のものではない。
何かしらの『力』が働いた結果の、人為的な現象なのは間違いないだろう。
「宝具……か」
セイバーは打ち付ける飛沫を全身に浴びて不快気に眉を顰めながら、己のマスターが吹き飛んでしまわないよう、その肩を掴んで抱き寄せる。
もはや風雨は台風と呼べるほどに、その姿を変えていた。
滝に打たれているかのような重く冷たい豪雨は、炎上する群生林にも容赦なく覆い被さり、その赤色を塗り潰していく。
「……成程、そういう……」
無表情に、その光景を一瞥するセイバー。
そして――それほどの時間の経過も待たずに、気付けば雨はすっかり止んでいた。
風も収まり、上空の雨雲は蜃気楼のように掻き消えて、再び星空が姿を取り戻している。
後に残されたのはずぶ濡れになったマスターとサーヴァント、そして未だあちこちで小さな煙を吐き出す木々の残骸のみ。
炎は、完全に鎮火していた。
「――――」
急転した現状に思考が追い付かないのか、先刻のような放心状態を再発させて言葉を紡げないマスター。
一方、セイバーは油断なく周囲を見渡す。
やがて、何処からともなくサーヴァントの気配と、更に蹄の音が聞こえ始め――
「ふむ。まだそこにいてくれたか」
闇夜の影から、馬に跨った一人の騎士が姿を現した。
騎士は、影と同化するかのごとく、その全てが漆黒に染まっている。
全身を覆う金属鎧は黒色。騎士を鞍に載せた騎馬もまた、墨をぶち撒けたかのように色彩のない青毛。
星明かりがなければ姿を見失いそうなほどの様相でありながら、しかしながら――セイバーの目には、その騎士の存在感は目を眩ませんばかりに輝いて見えた。
――これほどまでの魔力量……宝具に間違いないな。
彼の者の鎧も、騎馬も、濃密な魔力に覆われているのが見て取れる。
セイバーは抱き寄せたままだったマスターから手を離し、背後に庇った。
マスターはふらふらした足取りでたたらを踏むも、腰を抜かすような無様は見せずに、どうにか騎士へと真正面を向いて対峙する。
背中の気配でそれを感じ、セイバーは微かに目を細めた。
しかしすぐにいつもの無表情に戻り、右手に握った槍の穂先を目前の敵へと向け、静かに問いかける。
「ライダー、か?」
「如何にも。そういう貴女は、セイバーに相違あるまい?」
「間違いない」
「そして、その真名は炎の巨人スルト――あるいはそれに連なる者、妻シンモラのどちらかと推察するが」
「……それは……どうだろう」
目を逸らすセイバーに、ライダーは顔全体を覆う
「まあ、いい。セイバー、今は貴女と戦う気はない」
「ふぅん? 臆したか、ライダー」
「そう取って頂いて構わない。無論、貴女が私を見逃さず、戦いを挑むというのならばその限りではないが」
「オレは、どっちでも構わない。どうやら、オレのマスターはお前に借りが出来てしまったようだから」
「……え?」
突然話題に出され、セイバーのマスターは間の抜けた声を上げる。
「気付かなかったか? さっきの雨は、ライダーの宝具だ」
「アレが? ……そうなのか?」
「ああ、特に隠し立てをする気はない」
あっさりと、黒鎧の騎士は事実を認めた。
「この地は我がマスターの愛する土地でもある。いらぬ被害は避けたかったからな」
「そうか……それは……その、礼を言います。ありがとう、ライダー」
頭を下げるマスターに、セイバーは唇を尖らせる。
「む……別にこいつの力を借りなくても、オレ一人でどうにでもなったんだぞ、マスター」
「いや、それだと時間がかかって被害は大きくなってただろ」
「…………むぅ」
「あんな宝具使わせておいてダブスタなのは分かってるけどさ。出来るだけ、雲名島を壊さないで欲しいんだ。だから、ライダー。あの炎の消し止めてくれて、本当に感謝してる」
「フッ……やはり私の目に狂いはなかった」
ライダーは満足気に何度か頷くと、騎乗していた馬からひらりと地面へと降り立った。
それを見て、セイバーもまた、臨戦状態を解いて槍を握り締める力を緩める。
「本当は、隠れたままやり過ごすつもりだった。しかし、延焼を食い止めようと慌てている君の姿を見て、私はこうして姿を現したのだ」
「……み、見られてたのか」
「恥じる必要などない。君の善性は、非常に好ましいものだ」
上機嫌な様子で――兜で表情は見えなかったが――ライダーは、セイバーのマスターに対して片腕を伸ばした。
その手に武器は握られておらず、徒手空拳のまま。
種も仕掛けも、何もない。
あるのは、ただ、有効と信頼を求める意味合いだけ。
「どうだろうか。これは、君にとっても悪い話ではないと思うのだが――」
掌の指先を揃えたそれは――――
――――誰がどう見ても、握手を求める動作だった。
「私と、手を組まないか?」