召喚
――かくして、ここに
そこは、神秘も、幻想も、魔術も存在しない世界。
当然、本来ならば聖杯戦争など起こり得るはずのない世界。
だがしかし、現実として聖杯はこの地に降り立ち、儀式の完遂を待ち焦がれている。
この奇跡は偶然か、あるいは必然なのか。
はっきりしているのは、選ばれたマスターたちは既に聖杯の存在を信じ、参加する意欲を見せているということ。
あるいは――それも、聖杯によって歪められた思想なのか。
「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
時は深夜。都会と違い、雲名島の夜は暗く、人の気配は失われる。あるのは、延々と木霊する虫の鳴き声くらいなものだ。
その中で、各マスターたちが人目につかない場所を見繕い、英霊を召喚する儀式に臨んでいた。
ある者は山奥に入り、ある者は廃工場に忍び込み、ある者は家の中で堂々と。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
召喚に必要な魔法陣の描き方も、令呪が教えてくれていた。
本来ならば生贄の血液や水銀など、魔術的な意味合いのある素材を使用すべきところを、全てのマスターがただのチョークで代用している。
「
詠唱も同じく、与えられた知識にあったものだ。
脳髄に焼き付けられた言の葉は、思い返そうとする必要すらなく、するりと口の中から自然に零れ落ちる。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
魔法陣の輝きが一層増す。令呪が熱を灯し、何か見えない力のようなものが吹き荒れるのをマスターたちは感じていた。
英霊を召喚するに際して、必要な魔術回路を彼らは持っていない。
それなのに儀式が滞りなく進行しているのは、彼らの右手に刻まれた令呪が、その全てを代行しているからだ。
それは、令呪従来の機能ではない。
だが、そこに疑念を挟める存在は、この世界に存在しなかった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
もはや目を開けていられないほどに、魔法陣の光が周囲に満ち溢れている。
異様なまでの高揚感。
常識の埒外に足を踏み入れようとしている、背徳と悦楽の狭間。
この先に進んでしまったら、もう後戻りは出来ないだろう。
それでも、彼らは引き下がらない。
己が望みを叶えるため、未知の領域へと手を伸ばす。
そして――最後の一節を、唱えた。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
爆発したかのような光の奔流。
迸る魔力の波が物理的な衝撃となり、マスターたちの髪や服を揺らす。
夜が明けたのかと見紛うばかりの煌々とした空間に、何者かの気配が生じたことを、彼らは察した。
それは、具現化された神秘。
肉体を得た幻想。
降臨した魔力の塊。
即ち――この世に在らざる者。
こうして、聖杯戦争の幕が開く。
勝利者となるのは誰か。
敗北者となるのは誰か。
今一度、マスターたちの覚悟を求めるが如く、サーヴァントたちの言葉が響き渡った――
「――問おう。汝が我がマスターか」