「リン……。」
オビトは自分の掌を見つめながら呟く。
「オビト。」
「ヨロイ……。」
気力なく言葉を紡ぐオビト。今までやってきたことが間違いだったと、ナルトの説得で思ってしまったのだろう。無限月読が間違いであったと。
横たわるオビトを見下ろす俺の隣の空間が渦を巻いた。オビトの目が力なくそちらを向く。
「カカシ……。」
自分の名前を呼ぶオビトに向けるカカシの目は覚悟を決めていた。
「ヨロイ。急に出てきてすまないが、かつて……同期で友であったオレにこいつのけじめをつけさせてくれ。」
オビトに目を向けたままカカシはクナイを取り出す。
「カカシ先生!そいつは今……!」
「ナルトの言う通りだ。」
カカシの手が止まる。
「オビトは反省している。それに、手柄を独り占めしようとしているようにも取れるお前の行為をここにいる忍たちは納得できないだろう?ああ、そうそう、雷影様。マダラの封印がまだですので、全員でマダラを仕留めてください。」
「そうだな。ここはお前に任せる。……行くぞォ!」
「……。」
忍連合軍は一斉に動き始めるが、カカシは動かない。この場に残っているのは俺と俺のペイン六道たち。穢土転生組で言えば、リンと二、三、四代目火影と長門。そして、カカシの部下であるナルト、サスケ、そして、サクラの第七班。
「第三部隊、戦闘近中距離隊長はたけカカシに忍連合大将赤銅ヨロイが命ず。下がれ。」
カカシは一度、俺を見た後、命令に従い下がる。忍連合の中でも地位が総大将の次の位である俺の命令だ。忍にとって順列は絶対。
カカシがクナイを収めたことを確認して口を開く。
「さて、オビト。戦争を終わらせないといけない責任が俺にはある。マダラもまだ暴れていることだし、単刀直入に聞く。この質問にすばやく、そして、正直に答えてくれ。」
「質……問?」
「ああ。ナルトに、そして、俺たち忍連合に協力するか否か。どちらだ?」
「忍連合に協力と言っても……俺にはその資格がない。」
「違う。」
「?」
「お前の気持ちを聞かせてくれ。」
「オレ…の?」
「ああ。“うちはオビト”の気持ちが知りたい。」
「オレは……ナルトに協力したい、と思う。」
唇で孤を描く。
「いい答えだ。橙ツチ!」
俺の後ろへと橙ツチが現れる。
「構えろ。」
「分かった。」
印を組み、オビトの体に手を当てる。
「解尾法印!」
ズルリと外道魔像がオビトの中から抜け出てきた。尾獣たち全てのチャクラが抜き取られ休眠状態となった外道魔像は動かず沈黙を保つ。
「一時のお別れだ、オビト。」
オビトに背を向け、マダラと柱間が戦っているであろう方向へと歩き出す。
「橙ツチ。オビトを殺せ。」
後ろで閃光が煌めいた。オビトの微かなチャクラは完全に消失した。それを見たナルトのチャクラが荒ぶる。
「何やってんだってばよ!」
「オビトは大罪人。戦争の勝者として当然のことをしたまでだ。生殺与奪権は戦争の勝者である忍連合にある。」
「けど!ヨロイの兄ちゃんはオビトと友達だったんだろ!?なんで!なんでオビトを殺したんだよ!?」
「オビトが生きられると思うのか?この世界の全てに敵対したオビトを世界中の全ての人間がお前一人の説得で納得できると、そう本気で思っているのか?」
「思ってる!」
「幸せな思考回路だな。現実はお前の思い通りになるほど簡単じゃない。」
ナルトに目を向ける。
「行動には常に責任が伴う。そして、その行動が失敗した時はその責任を取らなくちゃ周りは納得しない。オビトを殺すということもそういうことだ。オビトは連合の忍たちの命を奪う戦争を起こすという行動して、負けた。大衆を納得させるには、死んで償わせるのが一番早い。他には、連合に協力して大きな成果を上げるというのがその次に納得できる償いだろうな。」
リンが両手を合わせた。
「穢土転生の術!」
地面から現れた棺に納められていたのは、綺麗なオビトの姿だった。穢土転生の設定を弄り、外道魔像由来の柱間細胞を排した体で生き返らせるように設定している。
「ここは?」
「オビト、協力して貰うぞ。」
「……そういうことか。オレを穢土転生してマダラを倒そうと。」
「納得できねェ…。」
ナルトが呟く。
「お前だけが納得できないと我儘を言っても何も変わらない。指向性を持った大衆の勢いは言葉だけで止めるには限度がある。犠牲となった者の血が大衆という聖杯に注がれて世界は平穏を取り戻す。それは過去から決まっていることだ。」
「なら、お前の血を注ぎ世界を救おう。」
脹脛に小石が当たる。土遁の術で飛んできた小石だ。
次いで、背中に手が置かれ大量のチャクラが体に流し込まれるのを感じた。マダラの声が頭の中に響く。
――輪廻天生でオレを蘇らせろ!
マダラの指示に従い、俺は印を組む。
「外道 輪廻天生の術。」
体の中から命が抜けていく感覚。全ての力が抜け、地面に倒れ込む。
「やっとまともに戦える!やはりこの体でなければ!血沸き肉躍ってこその戦いだ!……ハハハハハハハ!」
体も頭も重い。だが、まだ時間はある。チャクラを込めて、重い体を無理矢理動かしてマダラの足首を掴んだ。
「ヨロイ、礼を言う。お前の輪廻眼があったからこそオビトが死んでもオレは生き返ることができた。……さて、お前の眼を頂くとしよう。」
片目が空に消えたマダラは、残った左目で地面に伏す俺を見つめた。
「安心しろ。すぐに貴様のペイン六道も貴様と同じ場所、地獄へと送ってやる。そうすれば、寂しくはないだろう?」
生を引き換えにした俺の体に死が迫る。錆び付いたように動きづらい体を動かして視線を上に向ける。
「元より地獄行きのチケットの予約など…」
俺は一度、目を閉じ、そして、チャクラを練り上げながら目を開ける。
ザシュッという音が響いた。それと同時に俺は目の前に立つ人物に一度、手を当てる。
「…しておりませんので。」
マダラの目が見開かれた。口から血を流しながらマダラは信じられないといった様子で呟く。
「な、何が?」
「分からないのか?お前というやつは、ハッハハッハ!愉悦!」
自分の胸を貫いている黒刀から目を外し、口から血を流したマダラが首を回す。後ろに立つ俺を、弟子に裏切られアゾット剣に刺された魔術師のような顔で見てくる。
「お前は死んだハズだ。」
「仕方ない、始めから説明しましょう。まずは足元に転がっている死体を見てください。」
マダラの視線が足元にある“白ゼツ”に向けられる。
「分かりましたね?輪廻眼の瞳術、象転の術です。生贄に自らのチャクラを与えることで自分の同一体を作る術。五影と共に戦い、双蛇相殺の術を使った時も象転の術を使っていたので本体である俺は無事だった訳です。」
「それはあり得ない。チャクラ量が多すぎる。」
「象転の術で使うチャクラは3割程度がセオリー。で・す・が!今回は俺の99%のチャクラを分け与えました。一人ずつにです。ですので、二体とも本体と遜色のない動きができたんですよ。そうはいっても、多少の制限はありましたが。ちなみに、本体はアジトでゴロゴロしながら象転の術を操っていました。」
「二人で198%のチャクラだ。計算がおかしい。」
「いえ、合っています。自分のチャクラが足りなければ他から持って来ればいい。って訳で俺の特殊体質、チャクラ吸収体質が素晴らしい効果を発揮しました。今まで多くの敵から奪って貯めてきたチャクラを使い、生贄に渡したんですよ。それに、チャクラを回復するために食事時間も取っていました。チャクラ量は十二分にあったって訳です。マダラさんも俺にチャクラを流し込んでくれましたしね。」
「チャクラを流し込む。まさか、幻術か?」
「その通りです。俺の特殊体質は自らに流し込まれたチャクラを吸収します。つまり、俺に幻術は効かない。」
「待て。幻術に掛かっていないのにオレが考えていることが分かる訳がない。」
「首の後ろに手を当ててください。」
マダラは左手で自分の首を触る。マダラの左手が首に付いているステッカーに触れた。
「何だ、これは?」
「ミスティッカー“
「いつ仕掛けた?」
「十尾に繋がってコントロールしていたアナタたち二人の首筋に攻撃を加えた時です。と、いうより、このミスティッカーを張り付けるために攻撃を加えたというのが正しいのですが。」
「なるほど。だが、この程度で俺を止められると思っているのか?」
マダラは体を前に移動させ、黒刀を自分の体から引き抜かせた。血に塗れた黒刀を斜めに上げ、刀をマダラに良く見えるようにする。
「見えます?ここ欠けてんの?」
胸から血を流しながら振り向いたマダラに黒刀の腹に空いた穴を見せつける。
「柱間細胞の回復力を期待していると思いますが、それは無理です。柱間細胞の研究はとっくの昔に終わっています。」
「何?」
「抗柱間細胞溶液。柱間細胞の働きを阻害する物質を刀の中に仕込んでいました。で、卑劣切りをした後に刀に埋め込んでいた抗柱間細胞溶液が入ったカプセルにチャクラを流し込んで壊して、溶液をアナタの体に送り込んだ訳です。」
「柱間細胞を止めたぐらいでいい気になるな。地獄道!」
マダラは叫ぶが何も起こらない。
「残念なお知らせです。血継限界も今のアナタは使うことができません。」
「そんな……バカな。」
「事実、輪廻眼は使えなかったでしょう?外導ノ印 封という対象の血継限界を封じる術を使わせて頂きました。アナタに黒刀を刺した時に同時に手を当てて術を発動させていたんですよ。」
「そんな術、ある訳がない!」
「我が大蛇丸様の術の開発力は世界一ィィィ!なので、そんな術があるんですよ。輪廻眼をも封じることができるのは、自分の体で証明済みです。」
マダラの顔がショックと失血で青くなっていく。
「喋るんやったら早うした方がええですよ。まあ、早うしても死ぬもんは死ぬんやけど。」
「まだだ。まだ……。」
マダラは地面に膝を付き、息を整える。そして、チャクラを練ろうとした。
「グ、ガアアアアッ!」
「ああっと!さーません、言い忘れていました。象転の術が解ける前に、足首に触ったでしょう?その時、火遁 天牢という術式を呪印に落とし込んだものをアナタの体に組み込ませて頂きました。忍の監獄、鬼灯城で使われていた術で、この術に掛けられるとチャクラを練ろうとする時、焼かれているような痛みが走ります。無理にチャクラを練ろうとしたら、体から発火してセルフ火葬ができちゃう優れもの。」
「き、貴様……。」
「今のマダラさんが医療忍術を使おうとしたら、刺し傷だけじゃなく火傷まで出来ちゃうってことです。チャクラを練ろうとするのは止めておいた方がいいと思いますよォ。」
「くっ。」
苦し気な表情を浮かべるマダラを見下ろす。
「輪廻眼の開眼者であり、生まれ持ってのチャクラ吸収体質で幻術を無効化することができ、更に大蛇丸様の部下として様々な技術や忍術を覚え、そして、“音”のスパイや“木ノ葉”の暗部として各地の術を集めて回った俺にしかアナタを追い詰めることができない。俺が、俺だけがうちはマダラを殺すことができる。これまでの全てが今、繋がった。そう、アナタの敗北という形で。」
とうとう地面に倒れてしまうマダラ。急所を刺し貫いたのに、よく持った方だよ。四代目風影なんかは刺して数秒後には死んでいたというのに。いや、そちらが普通の反応か。
「オレの……オレの夢はこんな所で終われない。」
マダラに向かって歩きながら右腕にカラクリを口寄せして、鍵を開けるようにそれを捻る。
「夢を束ねて覇道を志す。その意気込みは褒めてやる。だが、うちはマダラよ。弁えていたか?夢とはやがて悉く、醒めて消えるのが道理だと。」
右腕のカラクリがその姿を戦闘に適した形に変わっていく。
「なればこそ、お前の行く手に俺が立ちふさがることは必然であったな、うちはマダラ。……さぁ、見果てぬ夢の結末を知るがよい。この俺が手ずから
マダラの前で足を止め、厳かに唇を上げる。
「いざ仰げ。輪廻の光を。」
砲をマダラに向け、
「ククク。」
後は、隙を見せるだけ。チャクラの鎧を見えないように服の内に纏いながら、俺は声を上げる。
「ハハハハハハハッ!ハーハッハッハッハッハ!」
大きく手を広げながら狂ったように嗤ってみせる。俺の予想があっていれば、このタイミングで来るハズだ。……黒ゼツが。
そして、俺の予想は当たった。今まで感じられなかった黒ゼツのチャクラが急に俺の背後に現れた。このまま、黒ゼツの攻撃を受け止めて、マダラと同じ運命を辿らせてやろう。
背中から胸に衝撃が走った。
「え?」
痛い。
視線を下げる。信じられない光景に体が固まる。俺はチャクラの鎧を纏っていた。それなのに、なぜだ?なぜ、黒ゼツの腕が俺の体を貫通しているんだ?
「ヨロイ!」
遠くの方からシスイの声が響き、俺は感覚を取り戻す。痛みが大きくなっていく。
「くぅあ……。」
「オ前ハ救世主ナドデハナイ。タダノ……生贄ダ。」
黒ッゼツッ!
あり得ないあり得ないあり得ない!俺の計画は完璧だった。白ゼツのデータから算出した黒ゼツの膂力では俺のチャクラの鎧を破れない。それなのに、なぜ……?
霞んでいく目の前に影が躍った。
「神羅天征。」
「クッ!」
黒ゼツが俺に神羅天征を使わせ、近くに瞬身の術で移動していたシスイを吹き飛ばした。……まだ、切り札は残っている。
体を動かそうとしたが、動かない。黒ゼツから根のように俺の体に張り巡らせられたチャクラが俺の動きを阻害しているせいだ。
「殺せ。」
そう呟くと、俺のペイン六道は動いた。
「六赤陽陣!」
六人を頂点とした正六角形の赤い結界で囲まれる。
「
右腕を変形させた橙ツチが腕の砲を俺に向ける。
「
腕に貼っているミスティッカーをなぞり、シスイが作り出した火の玉が俺に放たれる。
「
腕に貼っているミスティッカーをなぞり、クシナさんが口から般若の面を象った冷気を吐き出す。
「
腕に貼っているミスティッカーをなぞり、小南さんが自分の前に展開した紙から影の棘がいくつも俺に向かってくる。
「
腕に貼っているミスティッカーをなぞり、自来也様の前から発生した光が線となって俺に迫る。
「
腕に貼っているミスティッカーをなぞり、弥彦さんが黒い雷を俺に放つ。
世界線が違うこの攻撃は輪廻眼 餓鬼道でも吸収することはできない。終わりだ。
「黒ゼツ、盗ってきたよ。」
「アア。……神威。」
目の前の景色が、規則性がなく並べられた四角の石柱が広がる世界に変わり、次の瞬間、土煙が立つ光景になった。
神威で攻撃をすり抜けただと?白ゼツではカカシから写輪眼を奪えるほどの力がないハズだが。いや、今はそれよりも……。
神威に意識を割くことで黒ゼツの拘束が緩んでいた。
印を組み、最後に両手の指を絡める。
「貴様ッ!?」
再び胸に衝撃が走った。
「外道 輪廻天生の術。」
黒ゼツを道連れに輪廻天生を行おうとしたが、この感覚。術が完成する一瞬前に俺の胸から手を引いたか。
血を撒き散らしながら地面に倒れ込む。俺の目論見は上手くいかなかったが、これで黒ゼツは無防備。シスイの足が黒ゼツへと向かうのが目に入った。
「少シ遅イ。」
再び、胸に黒ゼツの腕が差し込まれる。黒ゼツにコントロールされるまま、俺の左腕がシスイの刀を防いだ。
「神羅天征。」
シスイが吹き飛ばされると共に、その衝撃で斬り取られた俺の左手も飛ばされていく。
あとは……任せた。
精神が塗りつぶされていく感覚を最後に俺の視界が黒に染まった。