中忍選抜“第一の試験”のルールを見てみよう。
①最初から各受験者には満点の10点が与えられている。試験問題は全部で10問・各1点とし、不正解だった問題数だけ持ち点から引かれる。減点方式。
②試験はチーム戦。つまり、三人一組の合計点(30点満点)で競われる。
③「カンニング、及びそれに準ずる行為を行った」と見なされた者は、その行為1回につき、持ち点から2点ずつ減点される。
④試験終了時までに(カンニングにより)持ち点全てを失った者・及び正解数が0だった者は失格とする。また、その失格者が所属するチームは、3名全員を道連れ不合格とする。
筆記試験の体を取っているが、その実、この試験の目的は受験者の情報収集能力を見るためにある。試験問題を極端に難しく設定し、受験者をカンニングに追い込むという意地の悪い試験だ。この俺も、原作でこの試験の裏を知っていなかったとしたら、まず間違いなく問題を解いて終わりという面白くない結果だっただろう。大蛇丸様に鍛えられ、“根”でダンゾウ様に絞られ、更に暗部として走り回った俺にとっては、この程度の問題など造作もないことである。
だが、前世の記憶としてこの試験の“裏”を知っている身としてはそのアドバンテージを生かさない訳にはいかない。
…つまり、イビキをおちょくる為にカンニングに一手間加える訳だ。昨日の夜に3時間程悩んだ成果を見せてやる!
しかし…。
静かだ。試験特有のこの感じ、焦燥と絶望が混ざった空気は気分が悪くなる。ついでに、静か過ぎて耳がキーンってなる。
「あの~、これだけ教えて欲しいのですが…。」
立ち上がり、説明を求める声がした。教室の中程の席の奴だ。この空気をぶっ壊してくれたらいいのだが。
「いったい上位何チームが合格なんですか?」
「ククク…。」
まぁ、そんなことができるハズもないので…。イビキの含み笑いを聞き、結果を察した。
「知ってどうなるワケでもないだろ…。それともお前…失格にされてーのか…?」
「す、すいません。」
また、退屈な時間に逆戻りだ。他人のカンニングの様子を観察するのも楽しくないしな。…寝るか。
頭を腕に乗せる。忍は睡眠をコントロールすることも重要だ。いつ寝ることができるか分からない状況に陥った時には、寝る時にはしっかり寝て、何かあった時にはすぐ起きることができなくちゃならない。という訳で…オヤスミ。
+++
「よし!」
イビキの声で目が覚めた。そして、行動を始める。まず、立ち上がり大きく伸びをする。これが重要。深呼吸をしながら体を動かすことで頭と体をシャキンとさせる効果があるのだ。
「随分と余裕だな、ヨロイ。」
「まぁね。こんな問題、眠っていても解けるし。」
「それにしては、答えを何も書いていないが?」
白紙の答案用紙をヒラヒラと振るとイビキはすぐさま反応する。
笑ってイビキに言う。
「けど、本当の問題はそれじゃあ、意味がない。違うか?」
「いや、違わない。お前のことだ。この試験の“裏”に気づいているのは別に不思議ではない。しかし…。お前…一体何をしている?」
試験開始の合図があった時にチャクラが全く動かなかった奴の内の一人、Tシャツに勉と書かれた奴の答案用紙を後ろから覗きこんでいる俺にイビキが震え声で尋ねる。
「何って?カンニング。」
答えを書き写しながら、イビキの疑問に答える。
「『カンニング、及びそれに準ずる行為を行った』と見なされた者は、その行為1回につき、持ち点から2点ずつ減点される、だろ?で、俺がしているカンニング行為は1回。満点から2点引かれたとしても8点。なかなかの高得点だし、完全な回答を写すだけだから簡単なのがいいよね。」
教室中が静まり返る。皆が再び動き出す前にイビキの笑い声が響いた。
「ハハハハハ!なるほど、確かにそれなら点数は2点しか引けん。認めよう。ただし!ヨロイ、貴様だけだ。これから、ヨロイと同じ方法でカンニングをした者はその場で失格とする。」
「え~、いけずぅ~。」
「そ、そうだ!その人だけズルい!」
「黙れ!ここでは俺がルールだ!」
俺に続いた反対の意見は全てイビキの一睨みで黙らせられる。
「これから“第10問目を出題する”!ヨロイ、席に着け。」
「うぃ~す。」
素直に席に着く。やりたいことはやったし、これ以上怒られるのは堪らない。
「…とその前に一つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう。」
皆が驚いている所にタイミング悪くドアが開く。試験官の恰好をしたカラスを引き連れたカンクロウだ。
「お人形遊びが終わったならさっさと座れ!」
「!?」
可哀想に。カンクロウ、八つ当たりされてるじゃん。大物っぽく冷静に振る舞っていても、実は頭に来ていたらしい。頭から湯気が出ていたら面白いのにと思いながら体の向きを変えるイビキを見る。
「では、説明しよう。これは…絶望的なルールだ。まず……お前らにはこの第10問目の試験を……“受ける”か“受けないか”のどちらかを選んでもらう!」
「え、選ぶって!もし10問目の問題を受けなかったらどうなるの!?」
「“受けない”を選べば、その時点でその者の持ち点は0となる。つまり、失格!もちろん、同班の2名も道連れ失格だ。」
「ど……どういうことだ!?」
「そんなの“受ける”を選ぶに決まってるじゃない!!」
「……そして、もう一つのルール。」
受験者たちに絶望が強く突きつけられる。
「“受ける”を選び、正解できなかった場合……その者については今後、永久に中忍試験の受験資格を剥奪する!そして、その班員もだ!」
「そんなバカなルールがあるかぁ!!現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているハズだ!!」
「ワンワン!」
イビキはキバの抗議を笑って受け流す。
「クク……運が悪いんだよ、お前らは。今年はこのオレが…………ルールだ。」
わぉ、悪い顔。イビキの奴、ノリノリじゃねぇか。
「その代わり引き返す道も与えてるじゃねーか。」
「え?」
「自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで……来年も再来年も受験したらいい。」
冷たい目で教室を睨むイビキ。お前、この前、一緒に飲んでいた時に大蛇丸様のことを『何を考えているか分からない奴』と言ってたけど、受験者は全員お前のことをそう思っていると思うぞ。お前の今の目、大蛇丸様と同じ感じがする。
…ごめん、言い過ぎた、それはない。大蛇丸様の方が数段ヤベェ。
「では、始めよう。この10問目………“受けない”者は手を挙げろ。番号確認後ここから出てもらう。」
イビキの言葉で教室がしーんとする。しかし、さっきまでの退屈はもうない。楽しみだ。中忍試験編での名場面を目の前で見ることができるなんて。ハゴロモの爺さんにはここだけは感謝してやってもいいかな。
一人の男が手を挙げる。チャクラの動きからして、こいつは動揺していない。イビキの差し金か。
「オ、オレはっ……やめる!“受けない”ッ!」
こういう大きな決断が必要な時、人は動けないことがほとんどだ。そして、その中で一番初めに動いた誰かに合わせて行動を決めることが多い。イビキはそのことをよく分かっている。流石は拷問・尋問部隊隊長なだけはある。大した奴だ。
「50番失格。130番、111番道連れ失格。」
「オ、オレもだッ!!」
それに続いて……あ、こいつもイビキの差し金か。チャクラの動きが少ない。随分な念の入れようだな。
「わ、私も……。」「す、すまない、皆!」「オレもやめる!」「わ、わたしも!」
手を挙げ、教室を出て行く者が多くいる。その中でピンと真っ直ぐに伸ばされた手は異彩を放っていた。……さあ、行け。……ナルト!
机に掌を叩きつける音がした。
「なめんじゃねー!!!オレは逃げねーぞ!!受けてやる!!もし、一生下忍になったって…意地でも火影になってやるから別にいいってばよ!!!怖くなんかねーぞ!!」
ナルトの言葉が教室の空気を変えた。諦めかけていた奴らの目に火が灯る。
「もう一度訊く。人生を賭けた選択だ。やめるなら今だぞ。」
「まっすぐ自分の言葉は曲げねえ。オレの……忍道だ!!」
ナルトの言葉に小さく頷いたイビキは他の試験官たちに目線を向ける。試験官たちもイビキの言いたいことが分かったのか、頷きでその合図に返す。
「いい“決意”だ。では、ここに残った78名全員に……“第一の試験”合格を申し渡す!」
あっけに取られた表情を浮かべる受験生一同。後ろの席からだと奴らの表情は想像で補うしかできないが、俺の想像はそう間違っていないだろう。
「ちょ……ちょっとどういうことですか?いきなり合格なんて!10問目の問題は!?」
サクラの震えた声を聞けば、表情まで想像するのは簡単なことだ。
「そんなものは初めから無いよ。言ってみればさっきの2択が10問目だな。」
「え!?」
「ちょっと!じゃあ今までの前9問はなんだったんだ!?まるで無駄じゃない!」
「無駄じゃないぞ。9問目までの問題はもうすでにその目的を遂げていたんだからな。」
「ん?」
「君たち個人個人の情報収集能力を試すという……目的をな!」
「情報収集能力?」
なんていうか……ツインテールを二つ作った?いや…なんなんだ?前世ではコスプレでしか見たことのない髪形をした女の子が疑問を呈す。
つまり、テマリがイビキに質問する。
「まず、このテストのポイントは最初のルールで提示した“常に三人一組で合否を判定する”というシステムにある。それによってキミらは“仲間の足を引っ張ってしまう”という想像を絶するプレッシャーを与えたわけだ。」
「なんとなくそんな気がしたんだってばよ、このテスト。」
……嘘つけ、ナルト。
「しかし、このテスト問題は君たち下忍レベルで解けるものじゃない。当然、そうなってくるとだな……会場のほとんどの者はこう結論したと思う。点を取る為には“カンニングしかない”と。つまり、この試験はカンニングを前提としていた!そのため“カンニングの獲物ターゲット”として全ての回答を知る中忍を2名ほど、あらかじめお前らの中に潜り込ませておいた。……一人は誰かのおかげで分かるとは思うが。」
ギロリと俺を睨むイビキ。口笛を吹いてそっぽを向く。そう根に持つなよ。
「そいつを探し当てるのには苦労したよ。」「ああ、ったくなぁ。」
「……ハハハハ!バレバレだったっての!!!ンなのに気づかない方がおかしいってばよ!!な!ヒナタ!」
「う、うん……。」
イビキの解説で賑わう教室。しかし、イビキが話しだすと教室は沈黙に包まれた。
「しかし、だ。ただ愚かなカンニングを何回もした者は…当然、失格だ…。なぜなら、情報とはその時々において命よりも重い価値を発し…任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるものだからだ。」
頭の頭巾を外し、その下の傷を下忍たちに見せる。モザイクを掛けても良さそうなほどの火傷やネジ穴などの悲惨な拷問の痕だ。
「敵や第三者に気づかれてしまって得た情報は“すでに正しい情報とは限らない”のだ。これだけは覚えておいて欲しい!!誤った情報を握らされることは仲間や里に…壊滅的打撃を与える!!その意味で我々はキミらに…カンニングという情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別した、というわけだ。」
「……でも、なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど。」
「しかし……この10問目こそが、この第一の試験の本題だったんだよ。」
イビキは優しい顔で手を広げる。
「いったい、どういうことですか?」
「説明しよう。……10問目は“受ける”か“受けない”かの2択。言うまでもなく、苦痛を強いられる2択だ。“受けない”者は班員共々、即失格。“受ける”を選び問題に答えられなかった者は“永遠に受験資格を奪われる”実に不誠実極まりない問題だ。」
教室の全員が真剣な顔でイビキの話を聞く。
「じゃあ、こんな2択はどうかな?キミたちが仮に中忍になったとしよう。任務内容は機密文書の奪取。敵方の忍者の人数・能力・その他軍備の有無、一切不明。更には、敵の張り巡らした罠という名の落とし穴があるかもしれない。さぁ……“受ける”か?“受けない”か?命が惜しいから、仲間が危険に晒されるから、危険な任務は避けて通れるのか?」
「……。」
「答えはノーだ!どんなに危険な賭けであっても、降りる事のできない任務もある。ここ一番で仲間に勇気を示し……苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ!」
イビキの言葉が進む。
「いざという時、自らの運命を賭せない者。“来年があるさ”と不確定な未来と引き換えに心を揺るがせ、チャンスを諦めて行く者。そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍になる資格などないとオレは考える!」
険しい顔を緩め教室を見渡すイビキの目は暖かい。
「“受ける”を選んだ君たちは……難解な“第10問”の正解者だと言っていい!これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう。入口は突破した。“中忍選抜第一の試験”は終了だ。キミたちの健闘を祈る!」
「おっしゃー!!祈っててー!!」
「フフ……。」
そろそろだな……。
イビキも勘付いたのか、目線を右にずらし窓の外に注目する。
窓の外から見える景色はいつもの木ノ葉の里だ。ただ、そのいつもの景色にいつものではないものがあった。黒い塊。
そう……。黒い塊が教室の窓に向かって外から飛んできたんだ。その塊は速度をグングンと上げてこっちに向かってくる。そして……。
バンと音を立てて窓にぶつかり、それから、下に落ちて行った。
「……。」
「……。」
「……。」
「……ククククク。ハーハッハ!こんなこともあろうかと、昨夜の内に窓を強化ガラスに張り替えておきましたぁ!」
「やっぱり、お前の仕業か!」
窓を開け、叫んでくる妙齢の女がいた。
鼻を赤くして涙目で俺を睨んでくるアンコ。ヤベェ、むっちゃカワイイ。
「……空気読め。」
イビキがボソッと呟いてくるが知ったこっちゃない。アンコにイタズラをするのは、もはや俺の存在意義でもあるのだから。
「……気を取り直して。」
アンコは鼻を摩りながら、下忍には捉えることができない程のスピードで2本のクナイを天井に向かって投げる。そのクナイには布が結ばれており、別々の方向に投げられたクナイはその布を広げる。
『第2試験官みたらしアンコ見参!!』と黒地に白の文字で書かれた布の前でアンコがポーズを決める。
「アンタたち、喜んでる場合じゃないわよ!!私は第2試験官!みたらしアンコ!!次、行くわよ、次ィ!!!」
「ちなみに、忍者登録番号は011226。遊び好きで大雑把で大胆な性格で身長は167.0cm、血液型はA型。体重は本人の名誉のために話せません。好きな食べ物は団子と御汁粉。嫌いなものは辛いもの。それから、流血沙汰には興味津々で野次馬として参加する性質があります。そして、夜のアレは後ろから突かれるのが好バハッ!」
「余計なことは言わないでいい!」
こっそりアンコの裏に回って情報を追加したら裏拳で顔を殴られた。親父にも殴られたことないのに!
「78人……!?」
いつの間に教室の人数を数えたのだろう?アンコはイビキに尋ねる。
「イビキ!26チームも残したの?今回の第一の試験、甘かったのね!」
「今回は……優秀そうなのが多くてな。」
「フン!まあ、いいわ。次の“第二の試験”で半分以下にしてやるわよ!」
まぁ、数を減らさないと本戦が長引くし、ある程度は仕方ないか。
「ああ~ゾクゾクするわ!詳しい説明は場所を移してやるからついてらっしゃい!!」
+++
目の前には出てくる作品を間違えたんじゃねぇのって思う程でかい森があった。正直、ジブリで出てきた方がいいと思う。具体的にはラピュタとかナウシカとかで。
「ここが“第二の試験”会場、第44演習場…。別名、“死の森”よ!」
振り返るアンコは妖艶だった。