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その日は遠くまで透き通った青が広がる空模様だった。団員たちもその空を見て、追々と甲板に自分の洗濯物をかけては青空の下で平穏な日々を過ごしている。かくいうグランたちも例には漏れず、陽の当たる暖かな場所で日向ぼっこを満喫していた。
時折こうやってセンと一緒にのどかな時間の流れを楽しんでいたのだが、数日前の模擬訓練を経て改めて彼女が「天気のいい日は一緒に寝ましょう!」とお願いされて今に至る。
今回は割と本格的に熟睡しようと考えているのか、薄生地の布団を抱えてドヤ顔のセン、その隣には彼女と同じ真似をしているのか、ポンポンのついた寝帽子を頭に備えたユグドラシルが楽し気な表情で枕を抱きしめていた。
「今日も絶好のお昼寝日和ですね~!」
「――――♪(こくこく)」
幸せそうに破顔する二人。訓練とはいえ、少し前まで牙を向けあっていた間柄とは思えないその様子にグランもつられて笑い出しそうになった。
帝国の脅威を退け、裂帛と劈く怒号が飛び交っていた戦場から辛くも脱した今。周囲には魔物の気配もなく、喉元に切っ先を向けられるような殺気も微塵と感じない。流れる世界は平穏そのものだった。
「出来ればルリアたちも連れてきたかったんだけどね」
「ルリアちゃん、ビィくんジータさんと一緒にお買い物に行っちゃいましたものね。残念です」
まあ、帰ってきたら帰ってきたで文句も言わず、むしろ毛布にコソコソと潜り込んでくるだろう。
ルリアはルリアで意外としたたかな行動に移ることが多いので問題はない。むしろ問題があるのはジータの方か。
最近グランを見る目がやたらと物騒になってきた気がする。たとえるならそう、罪を犯した咎人を見るような蔑んだ目だ。侮蔑に近い視線の理由を問うても「……別に、なんでもないもん」とそっけなく答えるだけで曖昧に濁される始末。
それにジータだけではない。仲が良かった団員たちからも妙なちょっかいをかけられることが多くなっている。グラン自身はそれを団内のスキンシップなんだろうと認識しているが、ジータのそれだけは理由がない分質が悪い。
団を纏める者たちとして示しがつかない行動や態度はご法度だ。もし自分に落ち度があるなら謝罪するし、そうでないなら理由を聞かせてほしいし――などと無言でむっつりとした顔で黙り込んでいたら
「にゃ~」
「わぷっ!? ちょ、ちょっとセン!?」
唐突にセンが毛布をグランにかけてきた。もふもふとした肌触りのそれはセンのお気に入りらしく、最近はよくそれを甲板に持ち込んでいる。顔に触れる綿生地は尖りつつあった思考を丸め、穏やかな気持ちにさせる。
「むぅ、グランさん。今なんだか、難しそうな顔してました」
「いや、そんな顔してな――してたかも」
「してました。駄目です、楽しい時は笑わないと損ですよ。そうじゃないと、グランさんだけじゃない、ほかの人にまでしかめっ面がうつっちゃいますよ」
そうセンに諫められて、グランは肩を小さくすくめる。
そうだ。こんな時まで自分はいったい何を考えていたのだろう。きっとジータのそれもちゃんとした理由があるのだろうし、これ以上意味のない険悪な空気が続いたって仕方ないだけだ。
重苦しい空気にならないよう、それとなくジータが帰ってきたら話を切り出してみよう――とセンとユグドラシルに促されながらいそいそと布団に入り、甲板に寝転がろうとして
「あれ、団長じゃん。それにセンとユグドラシルも。どしたのよ、こんなところで布団なんか被って」
ふわふわと空を散歩(?)中のメーテラと出会った。
「あ、メーテラ。いい天気だね」
「メーテラさん、こんにちは~。今団長さんたちと一緒に日向ぼっこしてるんです」
「はいはい。いい天気だしこんにちは。まったくおこちゃまはいい気なもんね~。こういう晴れた日こそいい男探しに精を出すアタシを見習ってほしいわー。今どき日向ぼっこなんて――ん? 待って、日向ぼっこ……?」
そう嘯き、メーテラがじろじろと三人を眺め思案顔で俯く。その奇妙な行動に三人そろって首を傾げた。
そして何やら釈然としない様子でセンの近くに寄ると、こう耳打ちしてきた。
「ねえセン、あんたこないだ『団長やユグドラシルと寝てる』って言ってたよね? それってまさか……」
「あ、はい。そうですよ~。日向ぼっこです。今日も良い天気なので、良かったらメーテラさんも一緒にどうですか?」
嘘偽りのないセンの言葉を聞いて「やはりか」といった顔でメーテラの表情が一気に渋くなるのが見えた。
そのまま盛大なため息を吐き、センに助言する。
「……はぁ。ねえセン、あんたあんまり公共の場で『誰かと寝てる』って言わない方がいいわよ」
「え? ど、どうしてですか?」
「意味が違うのよ意味が。日向ぼっこ、なら大丈夫だけど頻繁に寝てるってのは――ああもう!めんどくさい!つまりはねー―ごにょごにょごにょごにょ……」
そうセンの大きなエルーン耳にひそひそと言葉をかける。それに最初は「ふむふむ」と相槌を打っていたセンだったが、後半になるにつれてビクッ! と身体が強張り始め、耳打ちしていたその個所は次第に赤く染まっていって――彼女自身もわなわなと震え始めていた。
挙動不審な様子は見て取れる。一体メーテラはセンに何を語りかけているんだろう。
どうせろくでもないことだろうけど、と不審な眼で二人を眺めていたグランだったが――
「――というわけで。今グランサイファーはあらぬ誤解が広まっている。という事実だけ伝えておくわ。それじゃ。アタシはこれからいい男探しのために空を旅するから。早いトコ誤解は解いた方がいいわよ~」
それだけ告げて。メーテラはさも無関心な様子でふわふわと空を飛んで行った。
誤解とは一体何のことだろう。話題とは蚊帳の外で毛布の中にいるグランは晴れぬ疑問に首を傾げるばかり。
ちなみにユグドラシルは既にお休みモードに入っていた。
兎にも角にも。何を言われたのか聞かなくてはとグランがセンに声をかけた――
「なあ、セン。さっきは二人で何の話をしてたんだ? 誤解、って言ってたけど……」
――刹那。目尻に涙をいっぱいためたセンが、それはそれはものすっごい真っ赤な顔でグランに振り返った。
その表情を見てグランがメデューサの石化にかかったかのよう、びくりと肩を上げて硬直した。
羞恥と困惑と悲哀が入り混じった三面相のような相貌が広がっていて言葉を失う。とはいえ、こうにらめっこを繰り返しても無駄に時間を費やすだけだ。
そう思い、もう一度こちらからセンに何とか声をかけようとするも
「……にゃっ」
「……セ、セン?」
「にゃっ――にゃにゃにゃあああああああっ!!!? ごっごごごごめんなさいごめんなさいグランさあああああん! わたっわたし! わたし、とんでもないこと言っちゃいましたああああああああああっ!!」
がばっ! と毛布に潜っていたセンが、あろうことかそれを跳ね除けて立ち上がり、ありったけの謝罪をグランにぶつけると――そのままくるりと背を向けて踵を返してしまう。
「あ、ちょ、ちょっと!? セン!?」
「ごめんなさああああああああああいいっっ!!」
それに慌ててグランが静止するも、もはや彼女の耳には届かず。疾風怒濤の勢いでセンは猫のように逃げ去ってしまった。ちなみに毛布を跳ね除けられてもユグドラシルはすやすやと幸せそうに寝入っている。
唐突な事態にも我関せず、彼女はマイペースそのものだ。
突発的なセンの行動に理解の追いつかないグランは、まるで時が止まった世界のように、走り去っていくセンの背中を眺めることしか出来なかった。
いつものように流れていた日常が、少しずつ変わり始めていく。
星晶獣って眠るんですかね…? ま、まあそれは兎も角。
もうちょっと続きます。