ある日少年は公園の並木道で軍服姿の少女を見かける。
悪童たちに絡まれ始めたその少女を助けようと、少年は助けに向かう。
だが、その少女は普通の少女ではなかった。

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某所に投稿された幼女戦記の二次絵が元となっている作品です。
過去に飛ばされたデグさんを少年レルゲンさんが必死に庇っている絵からの小説です。
絵師さんとの会話の流れで、私が小説を作ることになってしまいました。
恋愛要素0 エロス0 過去に飛ばされようとも一切フラグを立てずいつも通りのデグさんをお楽しみください。
なお、最後の場面はアニメ最終話のデグさんとレルゲン中佐の会話の直後ぐらいと思ってください


リンデン並木の下で ~20年前の邂逅~

 帝都ベルン

 

 どうしてこんなところに私はいるのだ。

 黄色く色づき始めたリンデンの立派な並木道に置かれた公園のベンチにターニャは座っている。秋の澄んだ陽の光がそこに差し込み、穏やかな雰囲気を醸し出している。

 ベンチに座り話し込むご婦人方の笑い声、子供たちの遊びに興じる声が明るく響き、近くのカフェからだろうか微かに芳醇なコーヒーの香りまで漂ってくる。実に平和な帝都ベルンの風景だ。 

 ターニャは、、横に置いていた新聞を再び開く。記事の内容は実にライヒの明るい未来を想像させる内容、化学工業と電気工業を中心とした工業生産の著しい上昇とそれに伴う好景気、プロパガンダや誇張ではない軍の輝かしい功績が紙面を埋め尽くしている。

 力強く発展する希望に満ち溢れた平和なライヒ、ターニャの求めてやまなかったこの風景を苦々しく思う理由、その答えは手にしている新聞にある。

 

一九〇五年一一月一日

 

 新聞に記載されている日付、それはターニャの感覚で言えば二〇年も前の日付である。クローゼットの奥や古い書棚から取り出した新聞を読んでいるわけではない。信じがたいことだが、これが今ここにおける今日の新聞であるらしい。

「くそっ」

 ターニャは、この異常な状態が存在Xの悪意であると確信している。姿こそ見えていないが、こんなことを出来るのは自称創造主を名乗る存在X以外ありえない。

 おおかた、私が過酷な環境でも屈さず着実に社会的地位を築いているのが気にくわなかったのだ。帝国が勝利の使い方を誤り、私以外の全員が勝利の美酒に酔いしれているこの刹那に、この穏やかな過去の世界に送り込んだにそう考えるべきだろう。

 奴は私が精神的に無防備な状態になることを狙ってこんなことをしたに相違ない。ターニャは絶望などしてたまるかと、身の回りを確認する。身に纏っているのは着慣れた航空魔導士官の軍服、残念ことに、今が二〇年前の世界とあっては、私はただの軍服を着た少女、いや見た目からすれば幼女だ。胸元に輝く銀翼突撃章も、肩に着いた少佐の肩章も飾りに過ぎない。

 次に、襟元にあるエレニウム九五式演算宝珠を確認する。魔力を通すときちんと起動する。予備に持っているエレニウム九七式も問題がない。ただし、ライフルは担いでいなかったため持っていない。

 ターニャは身を護る術があることを確認すると、次は資金の確認と財布を取り出す。だが、入っている紙幣は3年前に出切り替わった新紙幣ばかり、これでは使えない。しかたがないかと、服の裏地の縫い目をほどき、そこから小さいながらも重量のある袋を取り出す。

 袋には大戦勃発以前に発行されていたライヒの20マルク金貨や5マルク銀貨、森林三州誓約同盟の20フラン金貨が数枚入っている。ターニャは、最悪のための備えが役に立つことになるとはと、そのうちの5マルク銀貨を手に取り、次の行動を考え始める。

 食料・衣類の調達が必要だなと考えていると、目の前が若干暗くなった。見上げると数人の少年が取り囲んである。考え事にご没頭して気が付くのが遅れたようだ。ターニャが顔を上げると少年たちが声を上げ始めた。

 

「よう、お嬢ちゃん。なんで軍服なんて着てるんだ」

「おい、見ろよ。こいつの軍服の肩章、少佐だぞ」

「女のくせになに士官の恰好なんかしてるんだ。このチビ」

 

ターニャは、こんな典型的な街の悪童がいるのかとあきれ、

「私にはやることがあるのだ。君たちにかまっている暇などないのだが」

と一言いうと、かまうのも無駄だと無視して思案に戻る。

 

しかし、少年たちはそれが気にくわなかったようだ。

「なんだその言い草は」

「なんだ、その態度は。そんななりで俺たちが遠慮するとでもおもっているのか」

「その胸元の勲章は お父様のものかい、ははは」

「おうちまで送ってやろうか、手間賃はその銀貨1枚でいいぜ」

 

 なるほど、かまってほしいわけか。ならばとターニャが少し痛い目に合わせてやろうと神経系への干渉術式の準備しようとした時、その時、一人の少年が、ターニャと悪童たちの間に入ってきた。

 

 公園で読書をしていた少年が近くのベンチに座っている軍服姿の人物が少女であることに気付いたのは、彼女に気付いてから暫くしてからであった。よく見れば十歳にも満たないような華奢な金髪碧眼の少女、白い肌と整った顔立ちはドレスを着ていれば貴族の令嬢といっても通用するような小さな少女でしかないはずなのに、かっちりと身に纏った軍装はまさにその少女のとってはそれが自然だという雰囲気を醸し出していた。

 どこかの部隊の名誉将校だろうか?それにしては違和感がなさすぎる。気になって見ているうちに、その少女を数人の見るからに悪童といった感じの少年たちが囲い始めた。おかしい彼女の保護者はどこにいるのだろう。悪童たちがちょっかいをかけ始めても一向に現れない。彼女は黙ったままだ。

 ひょっとして彼女はどこかから逃げてきたのだろうか。幼い少女の身で軍隊の式典に参加するのが怖くなったのかもしれない。ならば、自分が彼女を救わなければならない。少年は迷いなく駆け出す。

 

「君たち、何をしている。少女一人を多人数で取り囲んで恥ずかしくないのか」

 

少年は両手を広げ、悪童たちの前に立ちはだかる。そしてターニャに声をかける

 

「君は大丈夫か?ここは僕が何とかするから、ここから離れるんだ。」

 

 少年が少女を守ろうと飛び込んできたとき、ターニャはその少年の無謀な行為を理解しかねていた。

 悪童たちは少年よりも年長で体格が良い、おそらく喧嘩慣れもしているであろう。一方、少年はいかにも良家のお坊ちゃんといった感じだ。もし、助けに入るのであれば、大人でも呼んでこればいいのだ。きっとこの少年は騎士道精神などというもので、合理的な判断ができなかったのだろう。高い授業料になりそうだ。

 

「邪魔をするんじゃねえよ。一人でかっこつけるな」

「こいつから、先に片づけるか」

 

 少年が悪童の一人に押され、尻もちをつく。それでも健気にその少年はターニャを守ろうとしている。横目で見ると歯を食いしばり、勇気を振り絞っている。だが、彼にこの状況を逆転する力はないだろう。

 流石にターニャも、ここまで健気な行動をされては、流石に見捨てるわけにもいかない。どのような動機であれ、私を助けてくれようとしているのだ。相応の敬意は払うべきだろう。

 ターニャは、おもむろに立ち上がり少年の肩にに手をやる。

 

「少年。私を助けようとした勇気には敬意を表しよう。だが、一対多数そしてその体格差を考えれば圧倒的に不利であるとは考えなかったかな?」

 

少年に向かってそう言い放つと、悪童に対し宣言する。

 

「ああ、諸君。街中で銀貨を見せびらかすなどという不注意については詫びよう。私のような幼気な少女が分不相応の金銭を持っていることを知ってしまったら、不埒な考えを起こさせてしまうのも無理はない。国民を守るべき軍人が犯罪を誘発するような行動をとってしまうとは、私もまだまだ未熟だな。今なら気の迷いと見逃してやろう。ママのもとにでも帰りたまえ」

 

 少年も取り囲んでいた悪童たちも一瞬何を言っているのか理解することが出来なかった。軍服纏う少女が発した言葉は明瞭な帝国標準語、大人の軍人が言うのなら理解できても、それを発するのは、金髪碧眼の白い肌を持つ少女、悪童たちに囲まれて言う言葉ではない。

 だが、少年が顔を上に向けたとき、その少女は少年を守るように立っていた。十歳になっていないような少女であるはずなのに、その後ろ姿は戦場帰りの古強者にしか感じられなかった。

 

「私は警告を発した。ああ、まさか、君たちは自分が何をしようとしていたのかまだわからないのかな?困ったことだ。帝国は強くあらねばならない。物事の道理も理解できないような輩が帝国に増殖するなど、私には耐えられない。間引かなくてはならないと思うのだが、諸君はどう思う?」

 

 悪童たちは自分たちが馬鹿にされていると気づいたようだ。もはや、相手が少女であるにもかかわらず、罵声と共に全員で襲い掛かってきた。

 防ぎようがない。少年は動くこともできず手で顔を防御する。軍服の少女と共に袋叩き似合う覚悟をした。

 だが、上がった悲鳴は少女のものではなくあからさまに悪童たちのもの、少年がそむけていた顔を向けたとき、地面に転がっていたのは悪童の中ではリーダー格と思しき男子、ご丁寧にその少女は、彼の顔を足蹴にしている。

 

「さて、君たちはまだ続けるかな?年端も行かぬ少女にいいようにあしらわれては、明日から恥ずかしくて外も出歩けまい。さあ、きたまえ。」

 

他の悪童たちはすでに及び腰となっている。

 

「ああ、来ないのか?君たちにも考える脳みそがあったようだな。それとも、痛さを怖がる獣の野生本性かな?」

 

 少女が手を突き出すと、悪童たちは慌てるように向こうへ走り出した。少女は少年にむかって肩をすくめると、足元に倒れていた少年を撫でる。

 撫でられただけの筈の少年が飛び起きるように起きるのを見ると、少女は顔を近づけ悪童にこう言った。

「おはよう。いい目覚めだったかな。本当なら君を官憲に突き出すところだが、私も騒ぎを起こしたくないのだ。今日は見逃してやろう。だが、次、同じようなことをしているのを見かけたら、君はシュプレーゲン川で寒中水泳をすることになるぞ。」

悪童は後ずさるように這い、そして、よろけながら向こうへ去っていった。

 

 悪童たちが去ったのち、そこには軍帽を被りなおす少女と呆然とする少年が残っていた。

 

「私を助けようとしてくれたことには感謝しよう、少年。そういえば、君の名前はなんというのだ。恩人の名前は憶えておきたい。」 

悪童たちを撃退したというのに、何もなかったかのように振る舞う少女の問いかけに少年は、恐る恐る返答する。

 

「エーリッヒ、 僕の名前はエーリッヒ・フォン・レルゲンだ。君は強いんだな。」

 

 名前を名乗った時、軍服の少女は一瞬だけ驚いた顔をした。だが、それはほんの一瞬で、すぐに少女というより軍人というのがふさわしい表情に戻る。

 

「そうか、エーリッヒか。では、今日の救援にあらためて感謝を言おう。エーリッヒ君。ああ、いけない、私としたことが自分の名前を名乗っていなかったな。私はタ・・・」

 

 少女が名乗ろうとした時、少年に向かって強い風が吹き、街路に落ちていたリンデンの葉を巻き上げた。少年はつい目を閉じてしまった。そして、再び目を開けたとき、並木道には人影もなく、ただ、数枚の紅葉した葉っぱが待っているだけだった。

 少年は、しばらくそのまま並木道を見続けていたが、家へと足を向けた。あの少女は、ああ見えて恥ずかしがり屋だったのかもしれない。一対一になって、急に恥ずかしくなって隠れたのだろう。そう思うことにした。

 結局、少年はこのことを誰にも話さなかったし、日記にも残さなかった。話したところで誰も信じないだろうし、自分自身も本当に現実の光景だったか思い返すと疑わしくなったからである。

 そして、いつしか記憶の奥底に沈み、思い出すこともなくなっていたのであった。

 

 それから、二十年後、デグレチャフ少佐が立ち去った参謀本部の応接室でレルゲン中佐はそれを突然思い出した。ドルマイヤーの珈琲の香りが残るその部屋で、少年時代に出会ったあの軍服姿の少女がふと脳裏に浮かんだ。

 あの少女もデグレチャフ少佐と同じ金髪碧眼ではなかったか、少女らしからぬ軍人然としたあの女の子は、まるで少佐ではなかったかと。

 そんなことはないと頭を振り、レルゲン中佐は再び煙草を手にする。火をつけ深く吸い込むと、先程、帝国の勝利をこの瞬間だけは本物と冷めた目で言い放ったデグレチャフ少佐の姿とあの日の少女を思い起こしてみる。

 もし、あの少女がデグレチャフ少佐なら、彼女は正真正銘のバケモノではないか、戦場に舞う硝煙の香り漂う戦闘妖精、それがあれの正体なのだろうか。しかし、レルゲン中佐はその考えをやめる。馬鹿馬鹿しい、今日は少佐のあの話を聞いて気がめいっているのだ。変な考えは捨てよう。

 そうひとりごちて、先程部下より受け取った共和国残党蜂起の報告書をつかみ、内容に集中した。決して別なことを考えないよう、繰り返し繰り返し読み続けるのであった。

 

 レルゲン中佐が、参謀本部の応接室で苦悩しているころ、ターニャは軍施設内の自分の宿舎にいることに気が付いた。いつの間にかに元の時代に戻ったらしい。部屋には一九二五年七月一〇日付の新聞がある。先程のあれは何だったのかと自問するが、ターニャは夢だったのだと結論付けベットに横になった。見上げると、一二歳の女児の華奢な手が視界に入る。疲れているな自分はと思った時、軍服の袖から一枚の木の葉が落ちる。

 その木の葉は初夏の今にはありえない紅葉したリンデンの葉であった。

 



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