気付いたらキングダムの世界で王妹だそうです   作:空兎81

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紅い鬼

※敵兵士視点

 

 

成凛様は変わった公女様であった。

 

成蟜様の妹君であられるが他の王族、貴族の子女のように美を磨いたり噂話に花を咲かせたりする事なく王宮のことには無関心であった。

 

ある日、姿を消したと思ったら2年ほど姿を眩ましひょっこりと戻ってきては王騎将軍に師事するようになった。政治よりも武芸を磨くことを好むらしい。あの昭王の血を継ぐことを感じさせる公女様だった。

 

これで王座に興味があれば王宮はさらに混沌を極めただろうが本人に権力欲はないらしく成凛様を祭り上げようとした勢力もあまりの無頓着さに散会した。

 

兄の成蟜様との仲も悪くないらしくよく話をしている姿が見受けられた。だから成凛様が今回の反乱に参加することがなくとも敵対するなど考えられなかった。

 

王騎将軍が我らの味方をしたのは成凛様のお力だと思えば当の王騎将軍より『そういえば妹君は別の兄を支持したようですね。うちの騎兵も随分やられましたよ。コココッ』と伝えられ王宮は騒然となった。

 

成凛様は成蟜様の妹君で、彼女の師事する王騎将軍もこちらの陣営にいる。大王側につく理由が全くわからなかった。

 

王騎将軍の妄言かとも思ったが集まって来る情報を整理するにどうやら事実らしい。成蟜様は怒り狂い『必ず凛を俺の前に連れてこい!』と叫ばれたがそこに殺せという命令はなかった。やはり成蟜様とて実の妹を殺すのは偲びないと思ったのかもしれない。

 

そうして大王を追う過程で我々は森の中で成凛様に出会う。おそらく偶然の出会いではなくこちらを待ち構えていただろう成凛様が剣を抜いた。

 

説得しようにも成凛様の目には強い意思が灯っている。

 

『私は信念に基づいてこの場に立っている。遠慮はいらない。私はお前たちの敵だ』

 

 

そういう成凛様に大王に唆されたのではなく成凛様自身の意思で成蟜様の敵に回ったのだと理解できた。

 

仕方ない、なるべく怪我のないように捕まえて成蟜様のところに連れ帰ろう。そう思っていた俺たちだがそんな余裕は戦闘が始まって吹き飛んだ。

 

そこにいたのは人の皮を被った化け物だった。

 

 

草木が騒めく。ビクッと身体を震わせて後ろを振り向くが誰もいない。我々は成凛様を見失った。いつ、何処から襲いかかって来るのかわからない。森の中、動く物全てに成凛様の影がちらついた。

 

戦闘が始まった瞬間成凛が木を駆け上り姿を消した。逃げたのかと思ったのが、すぐに遠くから悲鳴が聞こえた。

 

動きづらい山の中を進み慌ててそちらに向かうと数十人の兵士が血だらけで息絶えていた。

 

それで成凛様は…、と思って辺りを見渡すと反対方向からまた悲鳴が聞こえた。視界が悪く木々の生い茂るこの山の中でもうあんな所まで行ったというのか?

 

何やら得体の知れない悪寒を感じながら部下に指示を出す。

 

どうやら成凛様は遠くの少し孤立した部隊から潰しに行っているようだ。バラバラになっていては各個撃破されてしまう。それならば一箇所に固まり迎え撃つべきであろう。

 

この場に集まるように声を張り上げるもそれ以上の声量の悲鳴が聞こえてくる。末端の兵士の1人が恐れに慄き逃げ出した。だがそう遠くいかないうちに木陰から現れた成凛様に斬られた。成凛様は木を駆け上りまた森の中に姿を眩ませる。

 

悲鳴は止まない。辺りからガチガチと金属の擦れる音が聞こえてきた。それが兵士たちの身体の震えから鳴り響く物だと気付いたが怒鳴り散らす気にはなれなかった。正直俺も怖い。

 

恐らく生き残った兵士がこの場に集まり切った。最初に出立した兵士の半分もいない。他の者たちはもう皆やられてしまったのだろうか。

 

落ち着け、相手は幼子ただ1人だ、冷静に対処すれば勝てない相手ではない。森の中で奇襲され動揺してしまったがまだこちらは100人以上いる。負ける要素などない。

 

剣を構えて森を睨みつける。上空にも注意を払うように指示した。手も使わずに木を上りきる脚力に木々の間を自由に渡ることのできる身軽さ、どこから現れてもおかしくない。

 

隣の者の息遣いが聞こえてきた。汗が頬を伝う。恐怖と緊張で頭がクラクラした。

 

そして成凛様が現れた。奇襲など仕掛けず堂々と正面から歩いてくる。

 

 

「全員集まったな。これで終わりだ」

 

 

仏頂面でそういう成凛様に唐突に理解してしまった。これが成凛様の目的だったのだ。

 

遠くの部隊から狙ったのも孤立している部隊を狙うのが容易かったというのもあるだろうがそれよりも俺たちを囲い込むため。

 

外側順に潰していくことにより追い詰められた。我々は自ら集まったのではない、狩りやすいように集められたのだ。

 

チャリッと成凛様が剣を構える。瞬間、赤が舞った。

 

手前にいた兵士の首が飛ぶ。その隣の兵士も頭に剣が生えた。

 

剣を取り交戦する。だが前にいた兵士は剣が交わる前に腕を切り落とされた。次の瞬間には胴が上半身と別れをする。

 

赤い、何処もかしこも赤で染まっていく。

 

逃げる兵士が背中を斬られた。突撃した兵士が腹を突かれた。速くて剣が見えない。ただただ、赤が舞うだけだ。

 

 

「彼らと共にこの道を歩むと決めたのだ」

 

 

気付いたら成凛様が目の前に立っていた。彼女の頬は血で赤く濡れ衣服も赤く染まっている。

 

赤い、紅い、鬼がそこにいる。人ではない、あれは、化け物だ。

 

 

「だから貴方たちは皆殺しだ。兄上様の命を狙う者は生かしてはおけない」

 

 

瞬間、白刃が煌めき視界が赤く塗り潰される。

 

ああ、成蟜様、貴方は1番大切な者の制御をお忘れになられたのです。

 

貴方の妹君は人の姿をした化け物でした。

 


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