最後の1人を斬って追手を全て倒した。思ったよりもたくさんいて大変だったけどやっぱり地の利は大きかったですね。こっちは自由に動けるのに対して向こうは足場も視界も悪かったしなんとか勝てましたよ。
さて、では兄上様のところへ帰ろうかと思った瞬間、がさりと草を踏みしめる音がした。
まだ敵兵が残っていたのかな?と思って振り返るとボロボロの風体の髭面の男が立っていた。あ、この人見たことあるわ。
「な、なんだこの惨状は…。成凛様っ!?まさか貴方がされたのですかッ!?」
そういって驚いた声をあげたのは昌文君、兄上様の最も頼りになる腹心の部下である。そういえばこの時に追いついてくるのでしたね。
「兄上様の命を狙う者を始末することは当然のことだ」
「その兄とは大王様のことでしょうか?壁から成凛様がこちら側についたと聞いていたがまさか本当のことだったとは、」
昌文君が信じられないといったように声を上げる。うん、まあ私成蟜兄さんの妹だもんね。普通に考えたら成蟜兄さんの味方すると思うだろうし昌文君が驚くのも無理はないだろう。別に成蟜兄さんのことは嫌いではないんだけど王に相応しいのは政兄上だ。私は兄上様の夢を成し遂げると決めているので成蟜兄さんには悪いけどこの場所に立っている。
とにかく昌文君に味方認定してもらったのは良かったよ。さて、じゃあムタ戦がどうなったのか気になるし取り敢えず兄上様の所まで戻るか。
昌文君に背を向け避暑地に向かって走っていく。後ろで昌文君が『成凛様っ!?我々も追うぞ!』と聞こえたからついてきてはいるのだろう。気にせず兄上様のところへ戻る。
全力で走る。そうして目的の場所にたどり着き視界が開け瞬間見えたのは大柄な四角い男が兄上様に吹き矢を向けている姿だった。
は?兄上様に何しているんだこいつ?殺すぞ。
反射的に剣を抜きその背中を斬りつける。それで倒せたらしく大柄な男が倒れる。
「成凛!?何処いってたんだよ!って、お前すげえ血だらけじゃねえか!怪我しているのか!?」
「追手を始末してきた。これは返り血だ。信こそ大丈夫か?」
見ると信は傷だらけでボロボロだ。ムタ戦は中々大変だったらしい。まあ何にしても信が実戦経験を積めたのはよかったよ。これで準備は整いましたね。
その後昌文君たちが合流してきて兄上様に会えたことに感激の涙を流した後状況を話し始めた。私もそれらに耳を傾けながら剣の手入れを始める。血や口に出したくないような物で剣は汚れてしまっているからね。これからの展開を考えるに装備はしっかり整えておいた方がいい。
呂氏は来ないから王弟に対抗する力を手にする為山王に会いに行こうという話になった。私も特に異存はないので着いて行く。ただ剣はいつでも抜けるように構えていた。
皆で山を登って行く。だが疲れている兵士達は進みが遅く段々と列が間延びしていく。まあ彼らは夜通し王騎軍と戦って全力でここまで駆けてきたからね、疲れているのも仕方ない。
あれ?でもそれって私たちもじゃない?王騎軍の騎兵を破って朱凶を倒して黒卑村の盗賊たちを成敗して、ムタや追手の兵士を倒したぞ。おっさん達の体力がないだけじゃないだろうか。もっと頑張って下さい。
合間合間の小休止に壁が馬酒兵の話をしてくれた。なんでも昔穆公がピンチになった時山の民が助けに来てくれたそうなのだがその時の戦闘があまりにも凄惨すぎて味方すら背筋を凍らせたらしい。詳しく聞くと夜トイレに行けなくなるくらい恐ろしい戦い方だった。
うわあ、なにそれ怖い。世の中にはそんな狂った戦い方をする人たちがいるんですね。やっぱりここって物騒な世界なんだな。私も気をつけよう。
そうして行軍を続けているとふと、視線を感じた。どうやらお出迎えが来たらしいので剣を握り兄上様の前に立つ。
周りを奇妙な仮面の集団に囲まれた。その異様な光景に周りが慌てふためくが兄上様の一喝で騒ぐのをやめ冷静に周りを見渡す。
そして、しばらく対峙していると仮面の集団の中から1人の男が出て来た。
うん、久しぶりだ。もう何年経っただろうか?まあ元気そうでよかったよ。貴方を殺すのは私だからくたばってもらっては困る。
「凛ナノカ?」
「そうだ、バジオウ。久しぶりだな」
「おい、凛!こいつらと知り合いなのか!?」
私とバジオウとのやり取りに驚いたように信が声を上げる。うん、まあ、いきなり現れた武器持った仮面の集団に親しげに話しかけたらそりゃ驚きますよね。取り敢えず『私の剣の師のようなもので殺したい相手だ』と答えとく。
すると後ろからざわざわと『山の民が剣の師匠!?』『道理で成凛様の剣は荒々しい』『あの化け物のような力はそのせいか』と聞こえてくる。おいこら、誰だ化け物って言った奴。後で見つけたらぶっ飛ばしておこう。
「山の民と交流があったのか?」
「強くなりたいと王騎将軍に言ったら山に捨てられた。そこで2年ほど奴と殺し合いをしていた」
兄上様にそう聞かれたので正直に答えておく。すると貂が引き攣った顔でこっちを見上げてきたのでめっちゃ傷ついた。黒卑村で生きてきた貂に引かれるほど私の生活はやばかったのですか?違うんです、全ては王騎将軍のせいなんです。やっぱり山に捨てるのはおかしかったんじゃないですか、あの唇お化けマジ許さん。この敵味方に分かれている絶好の機会に唇だけじゃなくて顔面まで腫らしてやろう。
バジオウは山の王が兄上様に会いたがっているから連れて行くという。逆らえば皆殺しだそうだ。
喧嘩っ早い信がお前らこそ皆殺しにされたくなければ俺たちを王の元に連れて行けと言って戦いが始まりかけたが兄上様が山の民の要求を呑んで1人で山の王の所へ行くという。まあ原作通りの展開だし大丈夫だと思うけど一応口を出しておこうか。
「私も行く」
「イクラ凛トイエドソレは聞キ入レラレナイ。我ガ王ガ会ウノハ秦王ノミ」
「兄上様だけを行かせることはできない。それにまだお前との決着をつけてないぞ」
「…凛ハ公女ナノカ?」
バジオウが驚いたように声を上げる。そうです、公女様です。2年間山でサバイバル生活を送ることを余儀なくされたけど公女様なんです。
バジオウは少し悩んだ素振りを見せた後『秦王ノ妹ナラバ付イテキテモ問題ハ無イダロウ』と許可をくれた。これで私も兄上様に付いて行くことができる。まあ原作の展開考えた時に私がいて何か変わるわけでもないだろうけど気持ちの問題で。今の山の民は兄上様にバリバリ敵意があるし完全に一人きりにするのはなんかヤダ。
昌文君にも『大王様を頼む』と言われたので兄上様と共に山の王に会いに行く。いよいよ楊端和に会うのか。ちょっと緊張しますね。