それからさらに1年経った。あれからほぼ毎日斬り合いを続け、両手に刀を構えるバジオウと刃を打ち合うことはできるようになったがまだ一本取るには至ってない。毎日夕食を取られてムカついたので腹いせに襲ってきた熊を返り討ちにして熊鍋にしてやったが血抜きに失敗して生臭くあんまり美味しくなかった。ああ、美味しいものをお腹いっぱいに食べたいよう。
初めてここに来て毒キノコにやられた時よりはたくましくなった気がするが(今じゃ毒キノコ程度じゃお腹も下さないし)それでも化け物がゴロゴロいるのがキングダムだ。この程度じゃ将来秦にくるだろうまだ見ぬ兄上の役に立てる気がしません。ああ、もっと強くなりたい。
そんな風に過ごしていたある日忘れていたあの人がやってきた。
「おや、まだ生きていたとは正直驚きですねぇ」
約2年ぶりに会うコココッと笑う唇が分厚すぎるその人に私も驚く。
え、王騎将軍?なんでここにいるのですか?まさか私を迎えに来たとかそんな感じなのでしょうか?もう絶対忘れられてたと思ってたから正直びっくりです。私の野生児体験学習はもう終わりなのでしょうか?
「私を迎えに来たんですか?」
「そうです。正直もう少し自分の力だけで生きてもらった方がよかったのですが情勢が変わったので仕方ありません。貴方のお父様が皇帝になられたのですよ」
そういって王騎将軍がにっこりと微笑む。私のお父様?それってあの幸薄そうで影薄い子楚父さんですか?あー、もうそんな展開まで来たんだな。
呂不韋の多額の賄賂によって私の父さんは王座につくことになった。そうすると私もただの王族から王位継承権を持った皇女様になるのだから立場的にこんな野山にいるわけにもいかなくなる。いやまあそもそも王族の私がこんなとこにいるのはどういう状況でもおかしいんだけどね。
ということで今から私は山を降りることになるらしいんだけどその前にバジオウ(あれから名前を教えてもらったので彼がバジオウなのは確定している)におうちに帰ることを伝えないといけない。せっかくだしバジオウに習った山の民の言葉で手紙を書く。
『実家に帰らせていただきます』
これでいいだろう。書いた紙をそのあたりに置いて飛ばないように石で押さえておく。え、その文面でいいのかって?ユーモアがあっていいではありませんか。意味はきっと通じますよ。
そんなわけで王騎将軍に連れられて王宮に戻るわけだけれどもその前に一度王騎将軍の城に行って頭から足先まで綺麗に磨いてもらって服を着替えることになった。山では人の尊厳を守る最低限の布巻いたリアルターザンみたいな格好してましたからね、そのまま王都いっても誰もお姫様だと信じてくれませんよ。
高価そうな絹の服着せられて装飾品で飾り立てられてなんか改めて自分が王族だってことを思い出す。いや、昔はちゃんとした生活送っていたはずなんだけどここ2年は下僕の信より酷い生活送ってたもんな。改めてあの野山の生活は7歳のロリガールが送るべき生活ではないと思いました。
私が戻って来たことで王宮はちょっとした騒ぎになった。兄の成橋なんかには『生きていたのか、凛』とか言われてしまった。いやいや、生きてましたよお兄様。野山で元気に毒キノコ食べたり虎と格闘したりバジオウと斬り合いしてましたよ。…自分で言うのもなんだけどよく生きていたよね私。これは成橋兄さんに生死を疑われても仕方ない気がする。
王族として復帰した私は親戚回りやら勉強やら楽器やら舞やらで毎日忙しく過ごす羽目になる。
2年間王族としては何も学ばなかったからその辺りは同年代の王族に遅れてしまっている。一応5歳まで書物を読み漁っていたから勉強面はそんなに苦労しないんだけど親戚付き合いと楽器を奏でるのは苦手である。元々コミュ力はそんなに高くないしこの2年間でさらにぼっち力に磨きがかかりましたからね、人付き合いはめっちゃ苦手ですわ。
楽器も前世ではリコーダーくらいしか触れたことなかったのにいきなり琴とか横笛吹けとか言われても無理ですよ。まあ舞を踊るのは苦手ではないかな。身体動かすのは割と好きです。
そもそも私はそんなことよりもやりたいことがあるのだ。王族として最低限のマナーを身につけるのは仕方ないとしてもそれ以外は剣を振っていたい。やっぱりキングダムの世界なのだから武力はしっかり身につけておきたい。
政治力なんかもこの世界では必要なのだろうけど正直私のこのコミュ力では政兄様のお役に立てる気がしませんし私は武の方で力になるとしましょう。
それで思い出すのは王騎将軍のことだ。あの唇お化け稽古つけてくれるとかいっていたくせに結局山に放り出すことしかしてないぞ?2年間も野山でちゃんと生き抜いたわけだからここはしっかり稽古をつけてもらわなければ!
というわけで王騎将軍のところへ押掛女房のごとく突撃しにいこうと思うのだけれどいくつか問題がある。まずひとつ、王騎将軍のところに行くのを周りが許してくれない。
うじゃうじゃいて1人減っても誰も気にしないような王族のひとりではなく今の私は皇位継承のある王女様である。王騎将軍に会って稽古つけてもらいたいなんていってもそれよりお琴の稽古をしなさい!とばあやに怒られる未来が見えますね。それに許可が出たとしても王族の身分ふりかざしながら山ほどいる護衛引き連れていかないといけないんでしょ?うーん、そういうのはあんまり好きじゃないんだよな。
それにさらにもうひとつ、王騎将軍がいる場所は物理的に距離が遠い。将軍なんて人が常に王都にいるはずもなく今王騎将軍がいるだろう場所はきっと自身の居城だ。ここから王騎将軍の城までは確か半日くらいかかるんじゃなかったかな?友達の家に遊びに行くように気軽にはいけない。
どうしようかな、でも絶対王騎将軍に稽古は付けて欲しいし…、うん。まあなるようになるか。取り敢えず押しかけていってダメだったらその時考えよう。
というわけで午前中にやらなきゃいけないことはすべて終わらせて時間を確保し、そして机の上に『家を出ます。探さないで下さい』と置き手紙を残して部屋を出る。これで意味は通じるだろう。え、文面これでいいのかって?ユーモアがあっていいでしょう。
持ち物は王騎将軍にもらった脇差だけだ。さて、ここからどうやって外に出よう。普通に城門から行っても警備兵に止められるたろうし、うん。
じゃあ城壁を登ろうか。
前々から城の壁ってデコボコしているし登れるんじゃないかって思っていたんだよね。森では日常的に木を駆け上がっていたし城壁でもいけるだろう。
人目のつかない城壁でデコボコに足をかけ蹴りあげて上に登る。重力により身体が落ちる前に反対の足で城壁を蹴って上にあがる。上がる。駆ける。
お、城壁も問題なく走れそうですね。じゃあこのまま外に出ましょう。
降りるときも同じように壁を走って地面に降り立つ。そこから走って王騎将軍の居城を目指す。
王都につれて来られる前に一度王騎将軍の城は訪ねたことがあるから場所は知っている。全力で走ったらたぶん3時間くらいでつくんじゃないかな?
本当は馬があった方が楽なんだけどまあ身体鍛えるためだと思ってここは走りましょう。それに走るのは得意だからね。5歳の頃は森の獣に追いかけられて逃げ回るのが日常でしたから。
真上にあった太陽が傾きだした頃、私は王騎将軍の居城についた。うわ、でっかい。これが将軍の城というやつですか。さて、どうやって入ろう。
確か原作では信が大声で叫んだら扉が開いたような気がするがコミュ力不足の私は声を出すのは苦手なんですよ。運良く王騎将軍が通りかかって中に入るところじゃないかな?と思って後ろを見るも誰もいない。じゃあもう勝手に入るか。
少し助走をつけて勢いよく駆け出し城壁を蹴って登る。戦上手の将軍の城だけあって王都と比べるとちょっと登りにくいな。上に行けば行くほど反り返ってて走りにくい。
それでもなんとか登りきり城壁の上に到着する。どんっ、はい、着きました。いやあ、実際に王騎将軍の城に入ると達成感ありますね。あ、城壁の見張りの人と目があった。こんにちは。
「成凛と申します。王騎将軍はおられますか?」
「な、なっ、城壁を走って、」
「コココッ、これはとんでもない化け物に成長したようですね」
せっかくだから見張りの人にとりついでもらおうと思ったら後ろから王騎将軍が現れた。どうやら私は無事王騎将軍に会うことができたらしい。