「さて、成凛。王女の貴方が私に何の用でしょう?」
「お、王女様っ?!」
さっきの見張りの人がめっちゃびっくりした声を出している。そうです、王女様です。城壁上ったり王騎将軍の城まで走ってきちゃう人だけど王女様です。自分でも王族っぽくないって思うけど、うん。誰のせいというのなら私に野生児体験させた王騎将軍のせいだろう。
「稽古をつけて欲しいといったはずだが?」
「おや、せっかく元の生活に戻れたというのにまだ武の世界に身を置きたいというのですか?」
「当然。まだ必要な力は手にしていない」
前と同じように真っ直ぐと王騎将軍を見つめてそう答える。
いや、元の生活に戻れたも何もまだ王騎将軍からは野山に放り込まれた以外何もされていないぞ?あれはあれで必要なことだった気はするがもっと武芸的なことを教えて欲しいんですよ。カッコいい技とか使えるようにしてください。
王騎将軍はじっとこちらを見つめしばらく何か考えているような仕草をすると『付いてきなさい』と言って歩き出す。今度こそ稽古をつけてくれるのかな?これでまた野山に捨てられたら次はその唇切り取って皿に乗せて、たらこだって笑ってやる。
着いたのは城の真ん中にある運動場のような広々とした空間だった。王騎将軍は真ん中まで来ると矛をドンと地面に突き立てこちらを見て口元を吊り上げる。その瞬間ぶわりと闘気が湧き上がった。
「2年間、あの場で生き残った貴方の力を見て差し上げます。殺す気でかかって来なさい」
そういう王騎将軍から殺気のような物が放たれこの勝負が真剣勝負であることが伝わってくる。え、稽古付けて欲しいっていったら生きる死ぬの真剣勝負になるの?正直そんなことは予想してなかったから覚悟決まりきっていないんだけど、でも王騎将軍に腕を見てもらえる機会などそうないだろう。
私も王騎将軍にもらった脇差を抜く。王騎将軍の言う通り本気でやろう。殺すつもりでやる。
足に力を溜める。そして全力で駆け出す。王騎将軍の武器が矛であるというならば懐に入れば私の攻撃を避けるのが難しくなる。中に入りその首を掻っ切る。
だが思った以上に王騎将軍の矛を振る速度は速かった。私が懐に入るその寸前、脇腹目掛けて矛が振られた。
勢いがついていて避けることはできない。先に私の攻撃が届き仕留めることもできない。受け止めるしかない。
ガキッ!と音が鳴り脇差の刃と竿の部分がぶつかり合う。だが王騎将軍の膂力を受け止めきれない。踏ん張りが利かずそのまま吹き飛ばされる。
投げ飛ばされる。だが、足を地につけ最短時間で態勢を立て直す。バジオウとの戦いでも刃を交わせば力に圧倒され吹き飛ばされることがよくあった。
だがそこで為すがままになっていれば追撃を受け敗北する。足で地を蹴り方向転換、ついでに王騎将軍がこちらを追いかけて来てないのを見てからもう一度向かって駆け出す。
向かって来た私に王騎将軍が矛を振るう。だが今度は避けない。
私と王騎将軍では力にあまりにも差がありすぎる。受け止めたところで再び吹き飛ばされるだけだ。
だから良く見ろ。目を切るな。バジオウの双剣だって剣筋を見ることはできた。ならば王騎将軍の矛だって見切ってみせる。
斜め上から振られた矛を避ける。そのまま懐に入ろうとした瞬間矛の柄で突かれる。それも避ける。
同時に剣を振るう。無理な体勢から振ったせいかあっさり受け止められた。だが手を止めずそのまま2撃目に移る。
王騎将軍を切る。受け止められる。切る。受け止められる。切る。切る。斬る。
手を止めるな。迷うな。ただ目の前の敵を殺すことだけを考えよ。
バジオウとの戦いはいつもそうだった。小細工を仕掛けることも多いが結局最後は正面戦闘、真っ正面からの斬り合いとなる。
いくつもの斬撃が私の肌を掠める。終わることない攻撃に次は私の命を刈り取られるのだと予感する。
死にたくない。なら殺せ。向こうの刃がこちらに届く前に私の剣で命を奪う。
目の前が真っ赤に染まった。私の思考は目の前のただ1人に集中する。
殺す。殺す。殺す。私が死ぬ前に相手を殺す。
剣を振るう。がむしゃらに最速に、だけれども相手の動きをよく読み剣を当てることだけを考える。
矛が振り下ろされた。それは私の肩口を切り裂いた。
刃が完全に食い込む前に身体を捻り矛の下へ沈める。頭上を矛が通過した。肩がじくじくと熱を持ち身体中が燃えるように熱い。
だが王騎将軍は矛を振り切っている。隙ができた。考えるより先に身体が王騎将軍の懐へと滑り込む。
手に持っていた剣を突き出すようにして腕を伸ばす。
狙うのは心臓、ここで命を殺り切るッ!
「死ぬまで折れることのない執念ですか。貴方があの山で学んできたことは生きる為の術だけではなかったようですね」
瞬間、上から降ってきた声とともに衝撃が私を襲った。腹から胸にかけて何かが私を突き抜ける。以前猪に突進されてもここまでの衝撃は感じなかった。
私は王騎将軍に蹴り飛ばされた。そして吹き飛んだ。口からは肺に入っていた空気とともに血が溢れる。骨、下手したら内臓もいった。
そのまま地面に叩きつけられる。だがこのまま寝ていれば殺されるだけだ。すぐ様起き上がろうとする私の喉元に矛が突き付けられる。ああ、そうか。
私はまた負けたのか。
「ゴホッ、まいり…まし、た」
「無理に話さなくてもいいですよ。おそらく肋骨は折れてますからね」
コココッと王騎将軍が笑う。あ、はい。やっぱりあばらイッちゃいましたよね。めっちゃ痛いしズキズキするしつらい。いくら真剣勝負っていっても私は幼女で王族ですよ?もっと優しくしてもいいじゃないですか。
首元の矛が外されたのでよろよろと脇腹を押さえて立ち上がる。
ふと見上げると王騎将軍がどこか遠くを見つめるような柔らかな目つきをしていた。まるで何か大切な思い出を懐かしむようなそんな顔だ。
だがそれもすぐ変わりンフフと笑い出す。あの、王騎将軍がなに考えているか知りませんが医者を呼んでくれませんか?お腹がめっちゃ痛いです。
「中々面白い勝負でしたよ。この2年間で心身ともにかなり成長したようですね。特にその相手を喰らい尽くそうという怒涛の攻めはとても良いですよ。貴方の気迫に私も少しドキリとしました」
「どう、も…」
「ですがなおさら私が教えることはありませんね」
そういって王騎将軍がニコリと笑う。え、ちょ、こんだけ痛い思いしといて結局稽古はつけてくれないのですか?なにそれ酷い。私が痛い思いしただけ損じゃないですか。
「勘違いしないで欲しいのですが貴方に才能がないといっているわけではないのですよ?ただ貴方に“型”を教える意味がないといっているのです」
貴方の血に飢えた獣ごとく全てを蹂躙する動きは戦場ではとても役に立つでしょうと王騎将軍がいう。おおぅ、これって褒められているのでしょうか?にしては血に飢えた獣って例えが酷くない?せめてお腹を空かせた仔犬くらいにして欲しいです。
「じゃあ私はどうすれば強くなる?」
「コココッ、貴方の強さへの執着は本物ですね。その思いが本気であるというならば場を用意して差し上げます。今日はもう帰りなさい」
そういって王騎将軍が身を翻す。どうやら今日はここまでのようだ。
その後私は寄ってきた部下の人に手当てを受けて王城まで馬車で送ってもらった。この時代の馬車ってむちゃくちゃ揺れるんですね。イタタっ、傷に響くからもっと優しく運転してよ。これなら自分で走った方がはるかにマシだったかもしれん。
家に帰り出迎えたばあやに説教されながらベッドで過ごす。ちなみに肋骨にヒビが入っているということらしい。あの攻撃受けて折れてないなんて頑丈になりましたね、私。でも次は無傷でいられると嬉しいな。やっぱり怪我はつらいわ。
そうしてベッドの住民として過ごした1ヶ月後王騎将軍が迎えに来る。
私を強くするための“場”として本物の戦場に連れて行かれることになるとはベッドの中でぬくぬくと過ごすこの時の私はまだ知らないのだった。