気付いたらキングダムの世界で王妹だそうです   作:空兎81

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牙を持つ幼子

ンフフフ、思った以上に面白い子どもですね。

 

私の前に立ちはだかり食い殺さんとばかりに殺気を放つ女童を見て思わず笑みが零れる。

 

昭王の曾孫にあたる目付きの悪い女童が私に武を身に付けたいと教えを請うたのは2年ほど前のこと。

 

物怖じせず私の目を見て戦乱の世を生き抜く力が欲しいというその姿に少し興味を惹かれた。

 

昭王の血を引く者で武芸を磨きたいという女童、それは私の後ろでひっそりと武を学びやがて六大将軍と呼ばれそして戦乱の世に消えた私の大切な人を思い出すには十分な要因だった。

 

だけどもその情景が浮かんだのは一瞬のこと、目の前の女童は全くと言っていいほど摎に似ていなかった。

 

幼き頃の摎はいつもニコニコと笑っていて愛嬌があり私の後を追いかける姿はまるで親鳥を追う雛のように愛らしかった。

 

だが目の前の女童は仏頂面で目付きも悪く愛想のかけらもない、笑顔の絶えなかった摎とは似ても似つかない。

 

それでもこの女童から目が離せなかったのは瞳が燃えるように輝いていたからだ。この歳で自我があり意志があり自ら進むべき道があると目が訴えかけている。昭王が歳を取り動けなくなって退屈をしていたこともありこの目付きの悪い女童を少し見ても構わないかと思ってしまった。

 

王族であるこの娘が本気で戦場に行くとなった時に何が1番問題になるかと聞かれれば間違いなく環境と答える。

 

戦場は過酷だ。王宮のように柔らかな寝具も暖かな食事もありはしない。形だけの野営に地面に横になるのと変わらない環境で眠りにつく。いえ、それは遥かにマシな方、時には死体と抱き合わせになって眠らなければならない。

 

食事も保存を重視しているから味は格段に悪くなる。それでも食べれるだけ良しとする。敵に兵糧攻めにされ飲まず食わずで数日、あるいは数十日歩かねばならないこともある。戦場という過酷な環境をこの王宮という恵まれた場で育った幼子が耐えることはできないだろう。

 

だから山に連れて行き野に捨ておく。野山でひとりで生きることができなければ戦場で生き抜くことなどとてもできない。

 

餞別に私の脇差を渡しましたがおそらく1日とは持たないでしょう。彼女の育ってきた環境とは何もかも違いすぎますからね。

 

幼子をひとり残し山を降りる。一応公女を見殺しにするのは不味いのでこっそり見張らせておく。ただし余程のことがない限り手は出してはいけないと言い含める。

 

そうして1週間経ち、泣きべそをかいて憔悴しているだろう女童の様子を見に行くと反吐を吐きながらもこちらをキッと睨みつける成凛の姿があった。

 

おそらくはキノコに当たったのだろう、成凛は胃の中の物を川に吐き捨て身体を震わせていた。身体の具合が悪いのは一目瞭然だが成凛はけしてこちらに助けを求めない。最初と変わらず燃えるような熱を瞳に宿し続けている。

 

これは予想を裏切られましたね。

 

この娘は本物なのだ。摎とは似ても似つかないが摎と同じように過酷な環境で生き抜く強さを持った本物の意志を持っている。

 

この強さを持っていればひとりで生き抜くこともできるだろう。今度は部下も連れて山を降りる。もし成凛が1年以上この山で生き抜くことができればこの娘は大きく化けるはずだ。

 

それから2年が経った。時々様子を見に行かせている部下からは狼や虎を倒すようになり連日山の民と手合わせしているのだと聞く。

 

戦場という環境に適応できるように野山に送ったのだがどうやら成凛はそれ以上の物を得ているようだ。

 

野山で生き抜くだけでなく武芸まで磨くなんて貪欲な娘ですね。このままどのように成長するのか見てみたかったですが残念なことに時間切れです。

 

昭王が亡くなり孝文王が次の王となった。孝文王は子楚を太子に指名している。つまり成凛は次の王の娘なのだ。

 

流石に次期国王の娘を野ざらしにしているのは不味いでしょう。王宮に連れ帰るとしてさて、なんて言い訳をしましょうね。

 

王女を2年間も野に放っておいたといえば不敬罪で死罪は間逃れない。といったところで今の王に私を裁くほどの力はありませんしいざとなればどうとでもなるでしょう。

 

しかし成凛を王宮に連れて帰ったところで大きな問題にはならなかった。成凛自身が修行していたのだと言い張りそれが受け入れられた。成凛は王族のひとりへと戻りまた緩やかに時が流れて行く。

 

あれほど強くなることに拘っていた成凛ですが王族に戻った後もその気持ちが続くのでしょうかね。やはり野ざらしの生活より暖かな家と食べ物のある生活を望むのが人の性でしょう。それに成凛の地位はただの王族ではなく王位継承権を持った公女です。戦場へいかなくとも地位と身分の保証された生活に安穏とした気持ちを覚えても不思議ではありません。

 

戦場にしか選択肢のなかった摎と違い成凛には未来がある。違う道を歩むことも考慮しなければいけない、そう思った時だった。成凛が私の居城を訪れたのは。

 

たまたま城の見回りをしている時に城壁を登ってきた彼女に出くわした。なんと私に師事したいと王宮からここまで走ってきたらしい。

 

王宮から私の居城まで馬で約半日はかかる。それを走って来るのにどれほどの体力が必要なのか。

 

それからもう1つ、信じられないことがある。成凛は城壁を手も使わずに登って見せたのだ。

 

まるでその辺りの地面を走るのと同じように城壁を蹴って登る。本人はそれがどれほど非常識なことかわかっていないのかいつもの仏頂面で稽古をつけてくれという。

 

ココココ、こんな化け物が私から何を学びたいというのですかね。

 

より一層成凛に興味を惹かれた私は1試合真剣勝負で刃を交わらせることにする。

 

矛を構え相手を討ち取らんとする私の殺気に怯むことなく成凛は逆に殺意を持った瞳を返して来る。

 

そうして始まったこの殺し合い、ひとことで言えば成凛の剣は狂っていた。

 

ただ私を殺す為だけに剣が放たれる。吹き飛ばしても弾いても成凛には撤退という言葉はない。ひたすら剣が振るわれ私の攻勢を上回ろうと斬撃が飛ぶ。

 

自分の身が削れることも厭わず攻撃を仕掛ける。まるで死兵だ。死地に追い込まれ最後に己の命を省みず全てを出し切っている。それで尚且つ成凛は冷静だ。数多に繰り出される斬撃の中に時折私の首を取るための必殺の斬撃が忍ばされている。実にタチが悪い。

 

何度攻撃を浴びせようが成凛の手が止まることはない。ならばトドメをと思い矛を振るう。それは成凛の肩に食い込んだ。しかしその身体を両断する前に成凛の身体が下に沈む。

 

矛の軌跡にはもう成凛はいなかった。それより素早く私の懐に潜り込み剣を突きつけて来る。何の躊躇いもない私を殺すための一撃だ。

 

どうやらこの2年間で学んで来たのはひとりで生きる術だけではないようだ。命を奪う行為をこの剣は知っている。

 

 

『死ぬまで折れることのない執念ですか。貴方があの山で学んできたことは生きる為の術だけではなかったようですね』

 

だが成凛と私では何もかもが違う。腕力も体格もそして脚力も。

 

私の矛を避けた成凛は下に沈んでいた。浮上してその剣が心臓に突き刺さる前に身体を捻る。

 

金属の鎧を纏う足が小柄な成凛の身体を蹴り上げた。骨の軋む感触が足に伝わり成凛の身体が吹き飛ぶ。

 

地面に叩きつけられた成凛の首元に矛を突きつける。この娘は命ある限り戦いをやめることはないでしょう。きっちりと敗北を突きつける。

 

どうやってもひっくり返ることがないのだとわかったのだろう、成凛の目から狂気が消えて『まいり…まし、た』と敗北の言葉を口にする。私も矛を引く。まったくもってとんでもない女童でしたね。

 

今の成凛はいつもの仏頂面で愛想のない女童だ。だけれども戦いになると狂ったように相手を殺しに来る。まだ7歳ということで体格、腕力、脚力、経験、付け入る隙はいくらでもあるがこれが成長したら……誰も見たこともないような怪物になるのでしょうね。ンフフフ。

 

狂戦士である彼女の強みは型にはまらない勢いにある。稽古をつけることはできないというとならばどうすれば強くなれるのかと聞いて来る。

 

“強さ”についてはかなり貪欲ですね。そうですね、その狂気に鋭さをつけるならば実際に戦争に連れて行くのが手っ取り早いでしょうか。

 

強くなる為の場を用意してあげましょうといい部下に手当てをするように指示を出す。

 

この目つきの悪い仏頂面の女童の行く末が少し楽しみだった。

 

 

 

 

 


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