気付いたらキングダムの世界で王妹だそうです   作:空兎81

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反乱

※漂視点

 

 

王都を脱出する作戦は失敗に終わってしまったらしい。

 

突然現れた兵士達に取り囲まれあっという間にその場が戦場に変わる。

 

荷馬車に乗っているせいで周りの様子はわかりにくい。だけれども辺りから響く金属音に剣を握り覚悟を決める。

 

この任務を受けた時からこうなる覚悟は出来ていた。大王の身代わり、それが俺の役目だ。だからといってこんなことで俺の夢を途絶えさせたりしない。

 

ついにこの荷馬車の周りからいくつもの馬の足音が聞こえるようになった。先手必勝、斬り込まれる前に先に飛び出して正面にいた男に蹴りを食らわし馬を奪い取る。

 

そうして剣を取り周りを鼓舞するように大声で叫ぶ。

 

今の俺は大王の代わりなのだ。ここで大王の兵士を多く死なせてはならない。

 

特に昌文君を死なせてはならないだろう。あの人は大王にとってなくてはならない人だ。

 

副将の人に昌文君救いに行くように呼びかける。だがその瞬間丘の上から新手が現れた。

 

このままぶつかれば兵力の少ないこちらが押し負ける可能性が高い。敵の兵を引きつけるだけのオトリが必要だ。

 

 

『信…、俺に力を!!』

 

 

今の俺は大王の代わりだ。この戦場に俺の首より価値の高いものなどない。

 

敵の騎兵の中へと単騎で突っ込む。脇目も振らず走る。走る。馬と共に駆け抜く。

 

意表をつけたのか思った以上に敵の軍の中を進むことが出来た。しかし半ばまで来たところでこちらを迎え撃とうという兵力が見える。

 

アレを抜けなければ勝機はない。剣を構える。

 

双方がぶつかり合おうとした瞬間だった。向かい合う騎兵達に影が差し上から声が降って来る。

 

 

「見つけた」

 

 

瞬間、白刃が煌めいた。気付けば先頭にいた4人の騎兵が落馬し俺の目の前にはひとりの女の子が立っていた。

 

振り返ったその子と目が合い思わず息を飲む。仏頂面で目付きの悪いその子のことを俺は知っていた。

 

以前王宮で昌文君と逸れてしまい辺りを歩き回っていた時に壁を手も使わず走っていた女の子、王妹、成凛だ。

 

後で昌文君に話を聞くと彼女はこの反乱の首謀者、成蟜の同母の妹だそうだ。

 

本人自身はあまり権力争いに興味がなく王宮にいることは少ない。武芸を磨くことに全てを注いでおり王騎将軍に師事しているらしい。

 

今回の反乱に直接関わる可能性は少ないが成蟜の実妹である以上危険な存在であると昌文君に聞いた。

 

成凛は王弟側の人間だ。なのに今大王の格好をした俺を助けたのか?

 

 

「いくぞ」

 

 

成凛はそれだけいうと勢いよく駆け出した。走り出した彼女に慌てて馬の腹を蹴り手綱を握る。

 

向かって来る敵騎兵に対して彼女は次々と馬を斬り動きを止める。またそのまま先行し飛び上がり敵騎馬隊の馬の上に乗ると馬から馬へ飛び移って上の騎兵を蹴り落としていった。道がどんどん開かれていく。

 

信じられないことに彼女は馬に乗った俺より速い。いくら登り坂で馬の速度が落ちているとはいえ人の出せる速度ではない。

 

その尋常じゃない光景に周りも畏れを抱いたようだ。周りから敵騎兵の声が聞こえて来る。

 

 

『せ、成凛さまっ!?なんでここにっ!??』『何故成凛が攻撃をしてくるのだっ!?我々の味方ではないのか?!』『ヒィッ、成凛様が相手なんて、あんな化け物と戦えるわけないだろっ!!』『馬鹿、離れろっ!戦場の成凛様はまともではないんだぞ?!!』

 

 

段々と敵が及び腰になっているのがわかる。

 

王弟、成蟜の実妹である成凛は反乱側の人間だと思われていたはずだからそれが敵側になれば士気も低下するだろう。

 

そうだと思うんだけど、うん、明らかにそれ以外の悲鳴が聞こえるんだけどどういうことだろう。化け物とか聞こえるんだけどこの子は本当に何者なの?

 

道が拓けて丘の上を抜ける。走り抜ける成凛を追いかけてそのまま全速力で駆けていく。

 

暗闇の中をそのまま走り続ける。聞こえるのは自分の馬の蹄の音だけだ。後ろの軍は撒けたのだろうか?そう思った瞬間だった。

 

 

「危ない」

 

 

成凛の声が辺りに響いた。え?と思う間も無く身体が前のめりになる。馬が何かに引っかかったのだ。

 

身体が投げ出され地面に叩きつけられる。足に激痛が走った。どうやら投げ出された位置が悪かったらしく足を強く打った。骨の軋む嫌な音がした。

 

 

「あの包囲網を抜けただけありしぶとそうだな」

 

 

上から声が降ってくる。顔を上げると赤い衣に身を包んだ背の高い男が立っていた。

 

 

「悪く思うな。大王、その命貰い受ける」

 

 

剣を抜く男に俺も痛みを我慢して立ち上がり剣を構える。この男は大王を殺しにきた刺客だ。

 

足はズキズキ痛み体調は万全はないがやらねばならない。俺たちの夢を実現するためにもこんなところでやられるわけにはいかない。

 

そう思った瞬間だった。俺と刺客な間に小さな背が割り込んでくる。

 

 

「朱凶だな」

 

 

「なんだ、この小娘は?おい、そこをどかねばお前も斬るぞ」

 

 

刺客の脅しに怯むことなく成凛が剣を構える。

 

この刺客はおそらく王弟側が差し向けた相手だろう。成蟜の妹であることを言えばこの子は刺客に狙われることはなくなる。

 

だが成凛はそんなことは口にしない。凛と背筋を伸ばし剣先を刺客に向けた。

 

 

「殺してみろ。私はお前の敵だ」

 

 

そこからは嵐のようだった。

 

成凛の剣が刺客の男を斬り裂く。速い、恐ろしく速い。

 

刺客の男も成凛の剣を止めようとするがそれよりも速く成凛の剣が刺客を斬る。男の身体は傷だらけだ。

 

 

「ぐっ、馬鹿な。この俺がこんな小娘に押されているのかっ!?」

 

 

男の剣も成凛を切り裂いている。だけれどもそんなこと全く意に介さず成凛は斬り続けている。

 

斬る。斬られる。斬る。斬る。斬る。

 

成凛は自分を振り返らない。ただ相手を斬ることだけを考えて剣を振るっている。その姿はまるで獣のようだった。

 

止まることない猛攻に明らかに男は呑まれていた。半狂乱で男の振り下ろした剣を成凛が躱す。そしてそのまま跳躍し剣を振り上げた。

 

 

「お前は必要な命を奪う。だから殺すと決めていた」

 

 

声とともに降ってきた成凛の剣が男を斬り裂いた。肩口から斜めにかけて一閃、傷は胸にまで届いている。致命傷だ。

 

血を吹き出し男が倒れた。成凛はそれをジッと見ると剣を収めて俺の方へやってくる。

 

もう狂気はなりを潜めていた。

 

 

「立てるか?」

 

 

「どうして俺を助けたのですか?」

 

 

成凛が手を差し出してきたがその手を取る前にどうしても聞いておかなければならないことがあった。彼女は成蟜の妹であるのにどうして大王側の行動を取るのだろう。

 

 

「貴方は成蟜の妹なのでしょう?」

 

 

俺はジッと成凛を見つめる。覗き込んでも成凛は仏頂面で心の内に何を思っているのかわからない。俺は彼女の言葉を待った。

 

 

「確かに成蟜は私の兄だ」

 

 

成凛が静かに言葉を紡いだ。相変わらず顔は仏頂面だ。だけれども言葉には力が篭っていた。

 

 

「だけれども私が主と仰ぐのは嬴政様だ。だから君を助けたのだよ、漂」

 

 

「え、」

 

 

成凛が俺の手を掴み強引に立たせる。『走れるか?』と成凛が聞いてくるがそれどころではなかった。成凛が口にしたのは大王のではない、俺の名前だった。

 

 

「どうして、」

 

 

「一度王宮で会っただろ?君は必要な人間だ。だから助けにきた」

 

 

そう淡々と成凛がいう。だけれども俺は衝撃を受けた。彼女に会ったのは1度だけ、顔も名も隠した俺を見つけ助けに来たのだという。

 

どうして俺だとわかったの?なんで名前を知っているの?疑問は尽きない。だけれども次の彼女の言葉に全ての思考を奪われる。

 

 

「私も君たちと夢を叶えたい」

 

 

凛ッとした声が耳を駆け抜けていった。

 

俺の夢は天下の大将軍になることだ。信の夢も。大王様の夢は中華を統一することだ。彼女の夢も俺たちと同じなのだろうか。俺たちと同じようにこの戦乱の世を駆け抜けて行きたいと思っているのだろうか。

 

その言葉だけで充分だった。俺はにこりと彼女に笑いかける。

 

 

「ありがとうございます成凛様。俺を助けて下さって」

 

 

「凛でいい。行くぞ」

 

 

「はい」

 

 

暗闇の中、2人で駆け出す。辺りは真っ暗で静まり返っていたけれども心は沸き立つように熱かった。

 

俺たちの夢への道が始まったのだ。


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