カワルミライ   作:れーるがん

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雪ノ下雪乃は可愛い、それも、かなり。

 ワンニャンショーの会場を離れた俺と雪ノ下はららぽーとへと足を運んでいた。

 流石は休日のショッピングモールだ。リア充どもがウェイウェイソイヤソイヤとそこかしこで叫んでいる。リア充どもだけでなく、家族連れも結構いるみたいだ。小さな子供がキャッキャ言いながら走り回る姿も見受けられる。

 

「さて、んじゃまずは飯にするか?」

「そうね。丁度いい時間だし、いいんじゃないかしら」

 

 ではどこに入ろうかと辺りを見渡す。

 幸いにもここは飲食店が立ち並ぶエリアだ。雪ノ下も体力がそろそろ限界だろうし、そんなに並んでいなくてすぐ座れる、かつリーズナブルで料理の種類が豊富かつ美味い店が好ましい。

 ふ、そんな店、やっぱり一つしかないよな!

 

「なぁ、サイ」

「却下」

「最後まで言ってねぇんだけど......」

 

 なんでだよ。いいじゃんかよサイゼ。ミラノ風ドリア安くて美味いし。ドリンクバーあるし。そんな笑顔で却下しなくてもいじゃんかよ。

 

「あのね、仮にも男女二人で出掛けているのだから、もう少しお店選びには気を遣ったらどうかしら?」

「おいおい雪ノ下、俺だぞ?俺がそんなオシャンティな店を知ってるとでも思ってたのか?」

「まぁ、最初から期待はしていなかったけれど」

 

 期待されてなかったのかよ。それはそれでなんか悲しい。いや、期待されても困るんですけどね。

 

「ついて来なさい」

 

 言われるがままに雪ノ下の後ろにノコノコとついて行く。果たしてどんなお店に案内されるのだろうと思っていたのだが、雪ノ下は直ぐ近くにあった案内板の所で足を止めた。

 

「このお店に行くから案内してくれるかしら」

 

 あぁ、ゆきのん方向音痴だもんね......。目的の場所がどこにあるか知っててもどうやって行くかは分からないもんね......。

 ついつい視線に哀れみの感情が乗ってしまう。

 

「何か不満でも?」

「いいや。ぜひご案内させて頂きますよ」

 

 二人並んで歩き出す。雪ノ下の指定した店まではそう距離があるわけでもない。

 俺と雪ノ下の間には確かな間があって、それでも、手を伸ばせば届く距離。残念ながら俺にはその手を伸ばすだけの度胸がない。

 いつか届けばいいななんて思いながら、足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下がチョイスした店はオムライスの専門店だった。メニューはオールオムライス。セットでついてくるサラダ以外は全部オムライス。だからなのか、店内は殆ど女性客で埋まっており、男性客が居たとしても家族連れか老夫婦くらいのものだった。

 完全に俺場違いなんじゃないのかと思いもしたが、先月のエンジェルラダーに比べたら大分マシだったし、オムライス美味しかったし。美味しそうにオムライスを頬張る雪ノ下の平素よりも若干幼い笑顔が見れたので良しとする。

 

「ではプレゼントを選びに行きましょうか」

「随分気合入ってんな」

 

 昼食を摂った店を出てから、俺たちは飲食店のエリアから移動していた。周りはなんかファンシーなお店ばかりでさっきよりも更に居心地が悪い。一番キツイのは、通り過ぎる店の店員さんが俺のことを警戒した目で見てることか。別に不審者じゃないから、頼むから通報とかはしないでね。

 こんなんじゃいざ店の中に入った時が怖いな。

 

 そして雪ノ下のこの気合の入りよう。多分だが、友達の誕生日プレゼントを選ぶのなんて初めてなんだろう。だから無駄にというか余計に気合が入ってるのか。

 いや、前に一人だけ友達がいたとか言ってたしその時に経験してるのかも知らんけど。

 

「折角だからしっかりしたものを選びたいじゃない?」

「でも、お前がしっかりしたものって言うと、なんかこう、服を耐久性とかで選びそうだな」

「さ、流石にそんな事はしないわよ......」

 

 顔を逸らした。おっと既に前科ありですかな?布の服でいいだろ、布の服で。

 

「それより、あなたは何を買うか決めてあるの?」

「まだ考え中だ」

「なら取り敢えずお店に入りましょうか」

 

 言いながら雪ノ下が入った店はディスティニーショップ。夢と希望の国の出張所である。

 出張所とか言ってる時点で夢も希望もあったもんじゃない。

 その店の中でも大きな割合を占めているのが、ディスティニーの人気キャラクター『パンダのパンさん』だ。

 ランド・マッキントシュ氏の描いた『Hello,Mr.Panda』が原作で、つい最近も映画をしていた。ランドにある『パンさんのバンブーファイト』は超人気アトラクションであり、常に一時間以上の待機列となっているらしい。

 俺のこの知識、何を隠そう目の前で瞳をキラキラと輝かせパンさんの人形を手に取りフニフニと弄ってる少女、雪ノ下からの受け売りである。

 もうね、メールで凄い語ってくるの。時には家にコレクションしてあるらしいパンさんのぬいぐるみの写メとか送ってくるし。その人形がどんなに素晴らしいのかとかも送ってくる。

 

「おい雪ノ下」

「なぁに?」

 

 少し大きめのパンさんの人形を両腕で抱えてこちらに振り向く。その顔はあどけない笑顔を演出していた。あとそれまだ商品だからあんまりフニフニするなよ。

 

「お前、由比ヶ浜の誕生日プレゼントここから選ぶのか?」

「これは私の個人的な買い物だけれど」

「ソッスカ」

 

 雪ノ下の視線の先にはパンさんのストラップ。見れば『期間限定‼︎』と書かれたPOPがある。在庫も残り少ないようで、雪ノ下は抱えていた人形を棚に戻してからその期間限定パンさんの置いてある棚を凝視する。

 目がマジだ。

 俺から見るとどれも同じにしか見えないのだが、恐らく雪ノ下には些細な違いすら見えているのだろう。先程までのキラキラした幼い少女のような瞳は、一転して勝負師のギラギラしたものに変わっていた。いや何と勝負してるんだよ。

 暫くそうしていたのが、やがて棚へと手を伸ばし始める。しかし中々商品を手に取る様子は無く、二つのストラップの間を行ったり来たり。どうやらその二つのどちらにするか悩んでいるようですね。マジで何が違うのか分からん。

 よし、と決意を固めたように一つ頷きをして、なんと雪ノ下は二つとも手に取ってレジへと向かった。

 同じの二つ買うとか流石はブルジョア。趣味に金を全振りする辺り平塚先生と同じスメルがする。

 

「お待たせしたわね」

「そんな待ってねぇよ」

「そう?では、はいこれ」

「は?」

 

 レジから戻ってきた雪ノ下は右手に待つ二つの袋のうちの一つをこちらに寄越してきた。察するに、先ほどのストラップを袋を分けて貰ったのだろうが、何故俺に?

 

「受け取らないの?」

「いや、受け取らないの?じゃなくて。そもそもそれを受け取る理由が見当たらないんだが」

「理由が必要かしら?」

 

 こてん、と小首を傾げる雪ノ下。可愛い。じゃなくて。

 理由が必要かと問われたら答えに窮してしまう。確かに好きな子からこうしてプレゼントを貰うのは嬉しいのだが、今日は由比ヶ浜へのプレゼントを買いにここに来たわけであって俺へのプレゼントを買いに来たわけではない。

 

「その、あれだ。俺がそれを貰っても返せるものは何もないぞ?」

「お返しなんて要らないわよ。私があなたに上げたいから上げるの。ダメ?」

「......謹んで頂戴いたします」

 

 最後の「ダメ?」で完全にやられたね。こんなんセコイやろ。雪ノ下さん上目遣いとかマジあざといわー。一色のやつ移ったんじゃね?

 

「学校のカバンに付けてね」

「......はい」

 

 もう断る気もない。そもこれを受け取ってしまった時点でその言葉に対して断るという選択肢は与えられていないのだから。

 あとあれだ。ここで受け取らなかった場合、雪ノ下が悲しそうに顔を伏せる未来が見えた。それは嫌だった。

 

「さて、由比ヶ浜さんへのプレゼントはあそこで選びましょうか」

 

 指し示されたのはディスティニーショップの斜向かいにある雑貨屋。ふむ、そこならちょっとした小物なんかも置いてあるし、プレゼントを選ぶにはいいチョイスだろう。

 特に異論も無いのでまた雪ノ下の後ろにノコノコついて行き雑貨屋へと入る。

 

「由比ヶ浜さん、あれからまだ料理の練習をしているそうなの」

「それは......、大丈夫なのか?」

「その質問には黙秘権を行使するわ。あまり言いふらして由比ヶ浜さんの尊厳を貶めることはしたくないもの」

 

 その発言自体が由比ヶ浜の尊厳を貶めているとは気付いていないご様子ですね。

 だが、今もまだ努力を怠っていないというのは悪いことではないだろう。もしダメだった時の慰めにはなる。

 

「じゃあそっち関係のものとかか?」

「ええ。エプロンなんていいんじゃ無いかしら」

 

 数種類のエプロンが並べられた棚から、雪ノ下は一つ取り出して鏡の前でエプロンを着ける。

 その場でくるりと一回転。ツインテールが猫の尻尾のようにピョコリと舞った。

 

「どうかしら?」

 

 黒い生地に、白い猫のワンポイントが入ったシンプルなエプロン。シンプル故に、雪ノ下の清楚さをより際立たせる。

 

「どうと言われてもな......。似合ってるとしか」

「そう、ありがとう。由比ヶ浜さんにどうかしらと言う意味で聞いたのだけれど、そう言ってくれるなら嬉しいわ」

 

 え、なに、じゃあ俺今凄い恥ずかしい勘違いをした上で凄い恥ずかしいこと口走ったって事?

 やだ雪ノ下さん俺程度に似合ってるとか言われただけでそんな嬉しそうに笑うなよ照れちゃうだろうが。

 

「由比ヶ浜はあれだ。もっと頭悪そうなポワポワした感じのやつの方が良いんじゃねぇの?」

「酷い言いようだけれど、間違いではないわね......」

 

 かくして雪ノ下が選んだのは、なんかフリフリでカラフルな偏差値25くらいのエプロン。エプロンの偏差値ってなんだよ。

 そのエプロンと、先程俺が似合ってると言ったエプロンを持ってレジへ向かう。

 そのエプロンご購入ですか......。なんか小っ恥ずかしいな......。

 ここは男らしく、俺が買おうか?とか言えたら良いのだが、あいにくと持ち合わせがないのです。

 

「比企谷くんはなにを買うの?」

「あー、一応決めてあるんだが......」

「何か言いにくいもの?まさか卑猥なものでも送るつもりじゃないでしょうね?」

「何故そう言う発想に至ってしまう。首輪だよ首輪」

「首輪?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃー......」

 

 はい、と言うわけでやって来ましたペットショップ。

 到着早々猫の前で鳴いている猫ノ下さんはこの際放っておくとして、俺は早速目的のものを物色しよう。

 

 首輪、と言ったが何も由比ヶ浜本人に首輪を付けようなんて趣味は俺にはない。いや、由比ヶ浜さん犬っぽいから首輪似合うと思うけどね。その場合は素直にチョーカーにするっての。

 俺が買うのは由比ヶ浜本人にでは無く、その飼い犬のサブレにつける首輪だ。あとついでにリードも。

 入学式の日の事故は首輪が壊れていたのが原因の一端だった訳でもあるし、今日だってリードの結合部が壊れていた。だからここは一つ、それなりに丈夫なやつをプレゼントしてやろうではないか。

 

「にゃっ......」

 

 だが選ぶ上で耐久性ばかりを気にすると言うのも愚かだ。誕生日プレゼントとは相手に喜んでもらわなければならない。故に、デザインにもそれなりに気を遣うべきだろう。

 幸いにしてこのペットショップは品揃えも悪くない。

 さて、どれにしようかな。

 

「お、こいつは良い感じだな」

「にゃー......?」

 

 手に取ったのは、犬の足跡がプリントされているリードだ。なんかPOPに丈夫だかなんだか書いてあるかリードはこれで良し。

 あとは首輪だな。ただの革製のやつというのも味気ないし、と言うかサブレの毛の色と被るし。青とかピンクとかの方がいいだろうな。

 なんて思いながら棚を見ていると、一つ目につくものが。青い花柄の首輪。

 うん、これいいな。なんか頭悪そうなポワポワした感じだし。これにするか。

 

「にゃんにゃん......」

 

 レジに向かおうかと思ったのだが、流石に無視出来なくなって来たので一応声はかけておこう。

 

「雪ノ下」

「にゃあに?」

 

 ......あっぶねー。今の雪ノ下の「にゃあに?」で軽く昇天しかけた。可愛すぎかこいつ。

 

「俺買うもん決めたからもうレジ行くけど。そろそろ出るぞ?」

「あ......。そう、分かったわ」

「......あー、いや、やっぱりもうちょい考え直すわ」

 

 そんな名残惜しそうな目をされちゃこうなるのも仕方ないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 その後結局一時間以上ペットショップに拘束され、人が多くなって来た頃合いに雪ノ下に声をかけて出て来た。

 

「その、ごめんなさい。少し夢中になり過ぎてしまったみたい......」

「別にいい。お陰で俺もゆっくり選べたしな」

 

 俺がもう少し猫と会話をする猫ノ下さんを見ていたかったというのは内緒の方向で。

 

「んで、これからどうする?目的も果たせたわけだし」

「そうね......」

 

 ふと、雪ノ下の足が止まった。

 顔を横に逸らして何かをじーっと見ている。何を見ているのかと思い俺もそちらを見てみると、意外や意外。そこにあったのはゲームセンター。そして更にその中にあるクレーンゲーム。

 あぁ、成る程ね......。

 

「あのパンさんの人形、取りたいのか?」

「へ?」

「やってみたら良いんじゃねぇの?」

「そ、そうね。では少しだけ......」

 

 両替機に英世を投入。百円玉をスタンバってから、雪ノ下はクレーンゲームの前に立つ。

 負けず嫌いなこいつの事だから取れるまでやりそうだな。途中でブレーキ掛けてやらんといくら使うか分かったもんじゃない。

 だが、雪ノ下は中々筐体に百円玉を入れる気配を見せない。

 どうしたのかしらとその背中を見守っていると、こちらに振り向いて恥ずかしそうに口にした。

 

「ひ、比企谷くん」

「どうした?」

「その、私、クレーンゲームはあまり得意ではないから、取ってくれないかしら?」

 

 ふーん。ほーん。雪ノ下さん、また上目遣いでそんな事を言いやがりますか。

 

「なに、そんなにこのパンさん人形欲しいの?」

「プライズ品は中々手に入らないのよ。ネットオークションでは保存状態もしっかり確認出来ないし......」

 

 まぁ、ゲームセンターでクレーンゲームに躍起になる雪ノ下というのも想像出来ないし、そんなもんかね。

 

「まぁ別にこれを手に入れる事自体は難しくない。しかも百円で済む方法はある」

「店員さんに取ってもらうのは許可しないわよ」

「な、何故その技を知ってる⁉︎」

 

 俺が度重なる小町のおねだりの末に編み出した必殺の技だぞ。その存在を知る人間は限りなく少ないというのに。

 

「はぁ、ま、それじゃ格好がつかないしな。普通に取ってやるよ」

「お金は私が払うから。頼んだわよ」

 

 こんな場面でそこまで頼りにされても反応に困る。もうちょっとあるじゃん。ほら、シチュエーション的に良い感じの場面が。

 それこそテニスの時みたいなさ。

 だけどまぁ頼まれた以上はやってやりますかね。

 雪ノ下が筐体に百円玉を投入。ふえぇ......、と言う音がなってゲームが始まる。この音ムカつくな。

 ボタンを押してクレーンの位置を調整。横の感覚はまだ大丈夫だが、奥の感覚は中々に掴みづらい。ここだと言うところでボタンから指を離し、筐体がまたふえぇ......、と鳴きながらクレーンが下降していく。

 アームはしっかりと目的の人形を掴み上昇。そのまま道中で落とすこともなく、なんともあっさりとパンさん人形を獲得してしまった。

 一回で取れちゃったよ......。

 

「ほれ」

「......ありがとう」

 

 取り出し口から人形を取って雪ノ下に手渡す。

 それをギュッと抱き締めた彼女は、ボソリと小さな声でお礼の言葉を呟いた。

 

「ふふ......」

「なに、そんなにそれ欲しかったの?」

「確かに欲しかったけれど、それよりもあなたが取ってくれたと言うのが重要なのよ」

「さいで......」

 

 真正面から幸せそうに微笑まれて照れ臭くなってしまう。いつものキリッとした凛々しい雪ノ下さんは何処へ行ってしまったのだろうか。

 

「ではそろそろ帰りましょうか」

「ん、そうだな」

 

 人形を抱き締めたまま歩き出す彼女の隣に並んで歩く。

 俺も雪ノ下もなにも喋らない。いつもの心地いい静寂だ。周りの喧騒も聞こえないくらいその静寂に身を委ねていたのだが

 

「あれ、雪乃ちゃん?おーい雪乃ちゃーん!」

 

 それを引き裂くかのように、明るい声色が響き渡った。


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