カワルミライ   作:れーるがん

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三巻これにて終了です。事故の件がないと早いね


ただ一人、彼女は胸になにかを抱える

 こう言う状況に陥ってしまったからこそ、色々と考える事が出来た。

 

 

 彼のこと

 

 彼女のこと

 

 それから、家族のこと。

 

 

 私の知っている彼と彼女はもうどこにもいない。その事がとても寂しくて、とても苦しい。どうやら私は自分で思っていた以上に二人に、特に彼に依存してしまっていたみたいだ。

 独りなんて慣れていると思っていたのに、いざ二度と会えないとなるとそれだけで心が痛む。

 

 

 きっとこのまま私が何もせずに、同じ時間を辿ろうとすれば彼はまた自らを傷つけて、それでもそれは傷でもなんでもないと言いながら色んな人を救ってしまうのだろう。

 きっと彼女は、私を置いてどんどん彼との距離を縮めて行くのだろう。

 きっと私は、家族と向き合うこともせずにただ反発だけをして、まるで幼い子供が駄々を捏ねるようなことしかしないのだろう。

 

 それは嫌だ。だからこそ向き合わなくてはならない。

 今までの一年にも満たない生活が、私に色んな事を教えてくれた。その経験を活かそう。

 まるでカンニングのように答えを振りかざそう。

 でもきっとそれだけではダメだ。

 答えを知っていても、理解していなければ意味がない。

 だからしっかりと考えなければならない。

 彼が何を思ってあんな方法を取ったのかを。

 姉や母が、何を思って私と接しているのかを。

 私が、何をしたいのかを。

 私だけの答えを、このやり直しの世界で見つけなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、身体も精神もフリーズした。

 雪ノ下によく似た声だ。でも、決定的に違う声。聞いたことなんて無いはずなのに、聞いただけで防衛本能が働いてその場から立ち去りたくなる。だと言うのに、動けないでいた。

 

「どうして姉さんが......」

「は?姉さん?」

 

 ゲームセンターの向かいの店から出て来たのは雪ノ下雪乃ととても似た顔立ちで、雪ノ下雪乃が絶対に浮かべない類の笑みを携えた女性だった。

 

「ひゃっはろー雪乃ちゃん!奇遇だねえ。お買い物?それともその子とデートかな〜?」

 

 雪ノ下に詰め寄る女性。雪ノ下は姉だと言っていたが。確かに二人はかなり似ている。顔のパーツはそっくりだし、笑った時に見える八重歯とかえくぼとかもそっくりだ。

 でも、決定的に違うと言える。外面はいくら似ていようが、雪ノ下とこの人はどこも似てなんかいない。

 何よりも、この人が今日ここにいる事自体に違和感を感じてならない。

 

「初めまして!雪乃ちゃんの姉の雪ノ下陽乃です。君は雪乃ちゃんの彼氏かな?」

「違いますよ。ただの部活仲間の比企谷八幡です」

 

 グイッと距離を詰めてくる雪ノ下のお姉さんこと陽乃さん。それに後ずさってしまい、しかも出た声は思ったよりも低く棘を含んだものになってしまった。

 だからだろうか、陽乃さんのその完璧な笑顔が一瞬だけ崩れた。

 

「比企谷......。うん、よろしくね比企谷くん」

「こっちはあんまりよろしくしたく無いんですけどね」

「あはっ、面白いこと言うなぁ!」

 

 更に密着されてなんか体に色々と柔らかいものが当たってる。普段の俺ならばその事に内心慌てふためいていたのだろうが、残念ながら今はそんな余裕すらない。

 笑顔であるはずの陽乃さんのその二つの瞳が俺の腐った目を捉える。ただそれだけの事のはずなのに、背筋に悪寒が走る。

 まるで品定めするかの様な目。その目に俺は一体どのように映っているのかを考えようとして、しかし思考を中断する。

 

「姉さん、もういいでしょう」

 

 雪ノ下の声がやけに大きく感じた。その雪ノ下の声もどこかおかしい気がする。

 彼女の声自体がおかしいのでは無い。それ自体はいつものトーンだ。部室の外で聞く、少し冷気を纏ったかのように錯覚する冷めた声。だがそれだけだ。必要以上に棘を含めているわけでもない、フラットなそれ。

 陽乃さんに向けてその類の声色を出しているのが酷く不自然に感じるのは何故だろうか。

 

「姉さんの言った通り、私今は比企谷くんとデート中なの。邪魔しないでくれるかしら?」

「は?ちょ、お前何言ってんの⁉︎」

 

 先ほどまでの思考が全て吹き飛ぶくらいの爆弾を、雪ノ下はなんの前触れもなく投下した。

 陽乃さんもまさか肯定の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。酷く間抜けな顔を晒している。かと思えばそれも一瞬の間だけで、次には怪訝そうな表情を雪ノ下に向けていた。少なくとも、その表情は妹に向けられるものではない。

 

「あなた、本当に雪乃ちゃん?」

「さぁ、どうかしらね。ここで私がなんと言おうと、姉さんは信じないでしょう。

 でも、一つだけ言えるなら、私は何も知らなかった頃の私じゃないわ。いえ、今ですら知った気になっているだけなのかもしれないけれどね」

 

 ふっ、と柔らかな笑みが陽乃さんに向けられる。

 先月の川崎の件の時に、雪ノ下が家族絡みでなにかあると言うのは察せられたが、この様子じゃ大丈夫なのだろうか?

 暫く雪ノ下の目をじっと見ていた陽乃さんだったが、こちらも表情を崩して笑みを浮かべる。それは対面した時に見せた強化外骨格みたいな造られたもので無いのは火を見るよりも明らかだった。

 

「そう、雪乃ちゃん成長したのね」

「それはどうなのかしらね。自分では分からないものよ」

「ううん、雪乃ちゃんは成長したわ。母さんとも、話すつもりなんでしょう?」

 

 雪ノ下の肩が微かに震えたのが分かった。

 家族の事情と言うのは各家庭それぞれだろう。例えば俺の家なんかは小町至上主義であり、俺が若干蔑ろにされてる感じは否めないが、だからと言って俺がその事に対して両親に何かを言うつもりなんてない。

 雪ノ下の家の中で、雪ノ下雪乃が一体どう言う立ち位置に居て、彼女にとって母親という存在がどんなものなのか。俺はそのどちらも知らないし、知るべきではないのかもしれない。

 

「夏休み、お盆に入ったら一度実家に帰るわ。その時に母さんとは話すつもりよ」

 

 だが、そのままで終わらせる雪ノ下雪乃ではない。

 母親と上手くいっていないであろうことは今の会話から嫌でも察しがついてしまう。だからこそ、雪ノ下の中の正しさはそれを容認しないのだろう。

 

「分かった。それまで待ってるね。それじゃあ私はもう行くわ。比企谷くん、雪乃ちゃんをお願いね」

「俺なんかにお願いしても何も出来ませんよ」

「またまた謙遜しちゃって〜。じゃあね雪乃ちゃん!夏休み、楽しみにしてるね」

 

 まるで台風のように、雪ノ下陽乃は去っていった。

 今の数分のやり取りだけでドッと疲れが押し寄せてくる。一体彼女は、俺の中に何を見て雪ノ下をお願い、だなんて言ったのだろうか。

 

「お前の姉ちゃんすげぇな」

 

 口をついて出たのはそんな言葉だった。

 何も考えず半ば反射的に出た言葉だからこそ、今のは本心からの言葉だった。

 

「一応、あれでも自慢の姉なのよ。文武両道、才色兼備。コミュニケーション能力も高くて、誰も彼もがあの人のことを持て囃す」

「俺が言ってんのはそう言うんじゃねぇよ。あの強化外骨格みたいな外面のことだ」

 

 結局、彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 俺とて長年ぼっちをやって来た身である。人の機微についてはわりと敏感だと自負している。

 雪ノ下陽乃の場合、その言動の裏を読もうとしても何も見えない。仮面を外したと思えばまた別種の仮面がそこには待ち受けている。まるで底なし沼のようだ。それを暴こうとしてしまったら最後、足を取られて抜け出せなくなる。

 

「それに、そう言う意味でならお前の方が余程すげえよ」

 

 陽乃さんのあれは嘘と欺瞞で塗り固められた偽物の塊。それは俺も、恐らくは目の前の少女も、この世で最も嫌うものだ。

 だが雪ノ下雪乃はそれら偽物を嫌い、正しさを損なう事なく生きて来た。どのような悪意に晒されようと、負ける事なく、強く生きて来た。

 

「お前はあの人に出来ないような生き方をして来たんだから、それだけでもうあの人よりも一枚上手だろ」

「そうかしら。私は今まであの人のやり方をトレースして来ただけ。あの人の影を追っていただけよ」

「でも今は違うだろ?」

 

 それくらいは見たらわかる。

 陽乃さんとは今日会ったばかりだし、雪ノ下ともまだ出会って数ヶ月の付き合いだ。それでも、今の雪ノ下が自分なりのやり方で今を生きていることくらい、俺だけでなく由比ヶ浜や一色にだって分かるだろう。

 

「......あなたはなんでも分かってしまうのね」

「お前が分かりやすいだけだ」

 

 ハッと笑って言うと、雪ノ下もつられて笑みを見せる。

 

「それよりもさっきのはなんだよ」

「さっきのって?」

「雪ノ下さんに俺とデートだとか説明してただろうが」

「あら、男女が二人で出かけているのだからデートではなくて?私はそのつもりだったのだけれど、比企谷くんは違ったのかしら?」

「いや、違わないけども......」

「ならいいじゃない」

 

 いやいいじゃないと言っても妙な誤解をされたり変な噂が立ってしまったりとか色々あるじゃん。

 とは思っても口に出せなかったのは、雪ノ下がそう思ってくれていたことに対する嬉しさがあったからだろう。

 こりゃ本格的にダメみたいですね。

 何がダメって、ここで嬉しいと思ってしまうほどに雪ノ下に惚れてしまってる辺りがダメダメだ。

 

 

 

 

 

 

 

「由比ヶ浜さん、誕生日おめでとう」

「おめでとうございます結衣先輩!」

「おめっとさん」

 

 週が明けて月曜日の放課後。

 いつものごとく部室に集まった俺たちは、それぞれが用意したプレゼントを机の上に並べていた。

 俺の買った首輪とリード。雪ノ下の買ったエプロン。そして一色はなんかよく分からないが化粧品を買ったらしい。

 そしてプレゼントされた本人であるところの由比ヶ浜はと言うと、嬉しさからか一色と雪ノ下に抱きついていた。

 

「ありがとうゆきのん!いろはちゃん!それとヒッキーも!」

「由比ヶ浜さん、少し暑いわ......」

「ふわぁ、結衣先輩なんかいろんなところが柔らかいよぉ......」

 

 口では嫌と言いながらも実際は全く拒絶しない部長と危ない道に走りかけている後輩を、離れた場所から見る。

 仲良きことは良い事だ。しかしゆるゆりは許せてもガチ百合は許容範囲外なので気をつけていただきたい。

 あと俺にはついでにお礼言った感が凄いしたが気のせいだと思いたい。

 

「ケーキを焼いて来ているから。お茶もいれてみんなで食べましょうか」

「ゆきのんのケーキ!」

「雪ノ下先輩ってケーキも焼けるんですか。マジハイスペックですね」

 

 由比ヶ浜の腕の中からスルリと抜け出した雪ノ下はケーキを入れているであろう袋から箱を取り出す。流石にライターとかは誰も持って来ていないのでロウソクは無しだが。

 ふと、雪ノ下を目で追っていると気がついた事があった。

 俺と同じものを一色も目ざとく発見したのか、それについて雪ノ下に問いただした。

 

「雪ノ下先輩、そのパンさんのストラップどうしたんですか?」

「一昨日、由比ヶ浜さんのプレゼントを買う際についでに買ったのよ」

「どれどれ?あ、本当だ!ゆきのんそのパンさん可愛いね!」

 

 パンさんって可愛いのか?

 凶悪な目に凶暴な爪ってもうその風貌だけでマスコットって感じはゼロなんだけど。女子の感性がイマイチ分からない。

 

「せ〜んぱ〜い」

「なんだよ」

 

 なにやら意味深な笑みを浮かべた一色が近づいてくる。そのニヤニヤ顔なんかムカつくな。

 て言うか近い、近いよいろはす。

 俺の耳に顔を寄せる一色。目の前で揺れる亜麻色の髪のせいで妙にくすぐったい。

 

「土曜日、あの後上手くいったみたいで良かったですね」

「は?」

 

 なんでそんな事が分かるのかと一瞬考えた後、一色が俺のカバンを指差すのを見て答えに至る。

 本当目ざといなこいつ。いや、別に隠すようなことでもないんだけども。

 今の言い方からして、もしかして俺が雪ノ下の事好きなのこいつにバレてる?

 

「一色さん」

「ひゃいぃっ!」

 

 雪ノ下の声にビビる一色。

 もうこのくだりも恒例化して来た感じあるな。俺を盾のようにして雪ノ下から隠れるまでが一連の流れだ。

 

「ケーキを切り終わったから、ほら、食べましょうか」

「そそそそうですね!食べましょう食べましょう!」

 

 いそいそといつもの場所、俺と由比ヶ浜の間に椅子を置いてから雪ノ下の配るケーキを受け取る。

 一色の隣の由比ヶ浜は餌を目の前にして待てと言われてる犬のように目を輝かせてる。今度犬耳付けさせてみようかな。

 

「ゆきのん早く食べようよ!」

「そう急がなくてもケーキは逃げないわよ」

 

 紅茶を淹れて配り終えた雪ノ下が座ったのを見計らい、由比ヶ浜は目で食べていいかと問う。

 それを微笑みを浮かべて首肯する雪ノ下。

 

「いただきます!んー、うまー!」

 

 由比ヶ浜が一口食べたのを見て俺も一口。

 おぉ、これは確かに美味い。さすがは雪ノ下。

 

「本当美味しいですねー!雪ノ下先輩、今度レシピ教えてください!」

「なに、お前お菓子とか作んの?意外だな」

「意外ってなんですかー!」

 

 ぷくーとあざとく頬を膨らませる一色。はいはいあざといあざとい。

 まぁ一色の場合はお菓子作りも自分を可愛く見せるために必要な努力なのだろう。そう考えるとこいつスゲェな。多分そのための努力はお菓子作り以外にもあるだろうし。それを維持しようとしているのは素直に賞賛するしかない。

 

「お菓子作りは女の子の必須スキルですよ!」

「必須スキル......。ゆきのん、私にも今度ケーキの作り方教えて!」

 

 うーん、ガハマさんの場合は無理して習得しようとしなくて良いんじゃないかな。

 習得しない事によって救われる命もあるんですよ!

 

「由比ヶ浜の場合はケーキ以前にクッキーをちゃんと一人で作れるようになってからだな」

「ま、前よりかはマシになってるし!」

 

 そんな俺たちのなんでもないやり取りを、雪ノ下は優しい眼差しで見つめている。

 その胸の内にどのような感情を抱いて俺たちを見ているのかはわからないが、彼女にとってこの部室が心休まる場所であるのなら。

 

 取り敢えず、カバンにお揃いのストラップを付けてる事で誤解されても、俺は文句を受け付けないからな。




はるのんとのやり取りはもうちょい書きたかった筈なんですけどね。
当時の自分ではあまりにも力量不足で諦めた過去があります。
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