彼らの夏は、これから幕が開けていく。
ミンミンミンと蝉の鳴く音が聞こえる。アスファルトは太陽を照りつけ、熱が陽炎になり揺らめいている。
暑い。
本来ぼっちの夏休みと言うのは一日中クーラーの効いた家に籠り、宿題を計画的に済ませ、読書したりゲームしたりプリキュア見たりするものだ。ついでにニチアサと時間の被ってしまう朝のこども劇場でやる一昔前のアニメ(るろ剣とか幽白とか)は録画してから見る。
そんなゆるゆる夏休みライフを満喫していた俺に襲い掛かったのは妹からのおねだりと言う最強の敵だった。
駅前のモールにある期間限定スイーツが食べたい、と。それがないと宿題なんてやってらんないとか言い出しやがったのだ。
しかし、俺とて長年小町の兄をやってきた身。この程度のおねだりなどなんて事はない日常茶飯事だ。
そう、これが真夏の夏休みでなければ、日常茶飯事だったのだ。
「暑い......」
雲一つない快晴。太陽を遮るものは何もなく、容赦無く俺を照らす。俺が本当にゾンビだったら死んでる。
て言うか駅前ってなんでこんなに人多いの?こんな暑い日にわざわざ特に目的もなく集まるとかリア充どもはバカなのかしらん?それとも毎日お友達(笑)と会わなきゃ死んじゃうのかな?
そんなリア充の群れの間を縫うようにして俺は目的の場所へと向かう。
貴様らに足りないもの、それは速さだ。
なんてバカなことを考えつつ、目の前に迫ったモールの入り口。あそこを潜ればそこはクーラーの効いた天国だ。
さぁ天国への一歩を踏みしめようとしたまさしくその時。
「比企谷くん?」
背後から俺を呼び止める声が聞こえた。
振り返らずとも誰の声か分かる。こんな群衆の中ですらよく通る鈴のような声。
振り返った先には俺の予想通り、雪ノ下雪乃が立っていた。
涼しげな白いサマーワンピースは、彼女の清楚さをより際立たせているのだが、先月ワンニャンショーとららぽに言った時と比べて肌の露出が多い。ノースリーブの袖から見える肩はうっすらと汗ばんでいて、いつもの黒いニーソも履いていないのでスラリと伸びた白い手足が眩しい。
端的に言って目のやり場に困る。
「お、おう雪ノ下。奇遇だな」
「奇遇ね。それより大丈夫かしら比企谷くん。こんな猛暑の中出歩いていては腐敗がより進むわよ?」
「いやゾンビの類じゃねぇよ。確かに腐ってもおかしくないくらいの暑さだけど」
奉仕部とか全く関係なく雪ノ下と学校外で会うのはこれが初めてではなかろうか。
川崎の時は仕事だったし、ワンニャンショーは小町が無理矢理セッティングした上に雪ノ下自身も元々由比ヶ浜と一色を誘うつもりだったらしいし、ららぽは由比ヶ浜のプレゼント選びだったし。
そもそもこうして偶然街で会うと言うのが珍しい。俺は知っての通り外に積極的に出歩くタイプではないから、雪ノ下に限らず由比ヶ浜や一色なんかと出会う確率も相当低い。
やだ、夏休みにこうして偶然出会えるなんて、これって運命?
なんて、そんなわけあるか。
「そう言えばお前の家ここから近くだったか」
「ええ。モールの中の本屋さんに行こうと思って。折角の夏休みだし、何冊か買って読もうかと」
「これまた奇遇だな。俺も本屋に寄って夏休み用の本を買い溜めしとこうと思ってたんだよ。夏休みなんて家で本読むくらいしかやること無いからなぁ」
「似たようなことを考えるものね」
「選択肢がお互い少ないだけだろ。ぼっちの収斂進化の結果だ。俺とお前が似てるわけじゃねぇよ」
本当に俺と雪ノ下が似ていると言うのなら、俺はここまで彼女に惚れていないだろうし。
似ていないからこそ、俺に持っていないものを持っている彼女だからこそ好きになってしまったのだ。
っべー、今のはちょっと臭すぎてキモかった。心の中で考えてるだけでもかなりキモかった。
「ま、本はついでで実際は小町にお使いを頼まれただけなんだけどな。モールの中にある限定スイーツが食いたいんだとさ」
「相変わらず小町さんには甘いのね」
「頑張って勉強してる妹のおねだりを聞くのは兄の特権だからな」
「そう。では行きましょうか」
「は?行くって何処に?」
もしかして行く、じゃなくて逝く?八幡殺されるの?
「本屋さんに決まってるでしょう。私もあなたも行き先は同じなのだから、わざわざここで離れる理由もないじゃない」
「ああ、そうかそうだなその通りだ、うん」
突然降って湧いた雪ノ下と二人きりの時間に内心動揺がヤバイ。
小町、良くぞ今日このタイミングでおねだりしてくれたな。ご褒美にコンビニのアイスも買って帰ってやろう。金は母ちゃんのだけど。
モールの中に入ってエスカレーターへと向かう。中は空調がしっかりなされていてとても快適だ。もうここに住みたい。でも休日になるたびにリア充のウェイウェイ煩い鳴き声を聞かなければならないと考えるとやっぱり嫌だわ。なにより小町がいないのがダメだ。
クソどうでもいい事を考えながらモール内を歩いていると、最早見慣れた亜麻色の髪を見つけた。友人らしき女子数名と楽しそうにお喋りをしながら歩いている一色いろはだ。
「あら、一色さん?」
どうやら隣の雪ノ下も一色を視認したらしい。見つけてすぐは若干驚き混じりの表情をしていたが、それは一瞬のことで、代わりに温かい微笑みを浮かべていた。
「安心したわ。ちゃんと仲のいい友人がいるのね」
雪ノ下の言わんとしている事も分かる。
一色いろははああ言う性格だから、女子は敵ばかりだと思っていたのだが、ああして素の笑顔で接することの出来る間柄の人間が奉仕部以外にもいる。
少し考えれば当たり前のことかもしれないが、いかんせん部室の外での一色のことなんて知らないし知ろうとも思ってなかった。だが、いざこう言うところを見ると少しばかり安堵するのは俺たちの唯一の後輩だからだろうか。
「あいつとは基本的に部室でしか接点ないしな。それも毎日来てる訳でもないし。部長としては気になるところだったか?」
「少しだけよ。以前あんな事があったのだし、心配もしてしまうわ。でも、その心配も杞憂みたいね」
「以前?あいつ前になんかあったのか?」
「......失言よ。忘れてちょうだい」
雪ノ下が忘れろと言うなら忘れるが、こいつでも失言とかするんだな。いや、意外ってほどでもないけど。ゆきのん案外ポンコツな面もあるもんね。
友人と楽しく遊んでいる一色を暖かい目で見送りエスカレーターに乗る。
このモール内の本屋は二階にあるらしい。実は俺がここの本屋に来るのは今日が初なのだが、雪ノ下曰く品揃えも悪くないとのことで。自分のやつのついでに小町の読書感想文用とか買ってやろうかな。
ふと、前を見てみると、下り側のエスカレーターに何処かで見たような小太りの男がいた。
材木座である。
一緒にいるやつらはゲーセン仲間だろうか。なんか良くわからない言語で会話をしている。多分ゲーセン業界の業界用語とかだろう。
出来ればお近づきにはなりたくないのでそっと目を逸らそうとしたまさしくその瞬間、材木座の眼鏡の奥の瞳がキランと光って俺を捕捉しやがった。
「はちま......ひぃ⁉︎」
てっきりデカイ声でこちらを呼びかけて来るのかと思いきやそんな事はなく、むしろ情けない悲鳴をあげて縮こまっている。
ツレのゲーセン仲間も何事かと剣豪さん(笑)の様子を伺ってるが、なにどしたの?俺の後ろ見てるけどお化けでもいた?いるのは雪ノ下だけですよ。
材木座達を乗せた下りのエスカレーターはそのまま俺たちとすれ違う。
結局何だったんだあいつ。
「なんか材木座が悲鳴あげてたけど」
「ざい......?......誰?」
酷いなおい。材木座くらい覚えておいてやれよ。今の所奉仕部に来客として来てる数はあいつがトップだぞ。
栄えある奉仕部訪問数ランキング第一位の材木座君だぞ。彼にはそのまま二度と来ないでもらいたいけども。
夏休み前の遊戯部とのイザコザとか酷いもんだったしなぁ。
エスカレーターを登り切り、その目の前にはもう目的の本屋だ。
一応ここでいいのかと雪ノ下に確認を取ろうと振り返った時、その人物が視界に移った。
総武高校テニス部のジャージを着てラケットケースとエナメルバッグを背負った銀髪の天使!正直言って一色とか材木座とか声掛けたりとかどうでもよかったけど今回ばかりは声を掛けねばなるまい!
「とつコポォ」
思い切って勇気を振り絞り声をかけようとした所で、寸前でそれに急ブレーキをかける。
お陰で物凄く変な声が出たし、近くを通りがかった女の人に奇異な目で見られて足早に去られていったし。隣の雪ノ下には心底蔑んだ目で見られるし。
俺が呼び声を中断したのにはちゃんと理由がある。戸塚に駆け寄る、同じジャージ姿の男子。恐らくは戸塚と同じテニス部だろう。
そうだよな......。当たり前だけど、戸塚には俺以外との人間関係があって、コミュニティにも所属してるもんな......。そんな中で声を掛けても、迷惑なだけだよな......。
「突然奇声を発した挙句、勝手に落ち込まないでくれるかしら。さしづめ戸塚君が友達といるのを発見したと言った所だろうと思うけれど。あまり公共の場で変態的行動はしないほうがいいと思うわよ?もう少し公共の福祉に気を遣ったらどうかしら」
「今の俺の一連の行動は公共の福祉に害を齎すレベルなのか......」
雪ノ下さんエスパーか何かですか。なんで俺が戸塚一人で一喜一憂してるって分かっちゃったんだよ。この場合は俺が分かりやすいだけですね。雪ノ下も戸塚を発見していたのならこれくらいは考えるまでもなく分かってしまうだろうし。
とまぁなんやかんやで本屋に突入。
取り敢えず雪ノ下の後ろについて歩いて本屋の中を物色。
なるほどこれは、確かに中々の品揃えのようだ。ライトノベルもかなりの種類置いてあるし、一般文芸なんて聞いたこともないような作家の作品もある。かと思えばメジャーどころはしっかりと抑えてあるな。
「ライトノベルはあちらよ?」
「俺がラノベしか読まないみたいに言うなよ。いや、あながち間違いでもないけどよ」
でも割と一般文芸とか純文学とかも読んだりするんですよ?ただし恋愛小説、お前だけはダメだ。あの『頑張って青春してます!』みたいな感じが鳥肌立つ。
「んじゃ、取り敢えず別行動でいいのか?」
「ええ。お互い買い物を済ませたら入り口で落ち合いましょう」
「了解」
雪ノ下と一旦別れ、案内板に沿ってラノベコーナーへ。確かガガガ文庫の新刊が幾つか発売されてた筈だ。
ふむ、新しいものは特にめぼしいのはないか。取り敢えず『妹さえいればいい』の新刊だけ買って行くかな。
後は小町の読書感想文用に一冊。そう言えば家に『人間失格』置いてなかったっけか。昔置いてあったらしいけど親父が読んだ後に売っちまったって言ってた。とりあえずこれでいいや。
レジを済ませて本屋の入り口で待つこと十分。流石に長い。もしかして何かトラブルでもあったのか?あり得ない話ではない。なにせ雪ノ下は可愛い。その見てくれに騙されて本屋だろうと構わずにナンパするやつとかいるかもしれない。
一度そんな考えに至ってしまうと心配と言うのは尽きないもので、本屋の中に確認しに行ってしまった。
まずは雪ノ下と別れた辺りから探すとしよう。確か雑誌コーナーだったか。
が、そこにはいない。
まず順番に見て行くかと思い、少し早足で隣の百科事典コーナーに足を向ける。ここは主に小学生用の百科事典なんかが置いてあるらしい。
俺も小学生の時、恐竜百科とか昆虫百科とか読んだわ。何故か小学生男子は必ずと言っていいほどその類にはまってしまうんだよな。恐竜かっこいいし仕方ない。
果たして、俺がそこで見た光景は。
最上段に置いてある本を精一杯背伸びして、しかし微妙に指先が届いていない雪ノ下雪乃だった。
彼女が取ろうしてしている本は『にゃんにゃん大百科マル秘版』。つい最近発売されたばかり、とPOPに書いてある。
控えめに言って超絶可愛い。
「雪ノ下」
背後に回って声をかける。
雪ノ下の肩がビクッと猫みたいに跳ねた。
「ひ、比企谷くん?その、買い物が終わったら入り口で落ち合いましょうと言ったはずだけれど......」
「それより、これでいいのか?」
ひょい、と俺の身長からすると容易く取れるその本を取って雪ノ下に手渡す。あのまま雪ノ下が無理して取ろうとしていたら、隣の本まで雪崩形式でバサバサと落ちてしまいかねなかった。ここで見つけられて良かったと言うべきだろう。
が、比企谷八幡痛恨のミス。
雪ノ下がつい今さっきまで取ろうとしていた本を俺が取ったと言うことは、雪ノ下に覆い被さるような体勢になってしまうと言うことであり、雪ノ下は俺の胸にスッポリと収まる形になってしまうと言うことであり、側から見るとそれは抱き締めている構図にした見えないということであり......。
「わ、悪い!」
「い、いえ、別に構わないわ......」
バッと後ろに飛び跳ねるようにして雪ノ下から距離をとった。
急激に頬が赤くなるのを自覚してしまう。
チラリと雪ノ下の方を伺って見ると、雪ノ下は頬どころか顔全体、耳まで赤くなっていた。
おいおい、周りは小学生ばかりだってのに高校生がこんなところで何やってんですか。
「それより、その、ありがとう。レジに行ってくるわね」
「お、おう。そうか」
去り際にそんな嬉しそうに微笑まないで下さいよ勘違いして告白して振られちゃいますよ?振られちゃうのかよ......。
仕切り直しだ。
なんか変な雰囲気になってしまったので仕切り直しである。
さて、雪ノ下は当初の目的を果たし、俺はと言えば本命の小町用のスイーツをまだ買っていない。残念ながらここでお別れだろう。
「比企谷くん、あなた今から小町さんの為にお菓子を買って帰るのよね?」
「ん、まぁそうだが」
「なら私も付き合うわ」
「は?いやいや、お前がそこまで付いてくる義理はないだろ」
「私も今日は一日暇なのよ。このまま家に帰って無為な時間を過ごすなら、この後比企谷くんに付いて行ったほうが余程有意義だわ」
嬉しいこと言ってくれんじゃねぇかコンチクショウ。そもそもそんな言い方されてしまっては断れないだろうが。
「......好きにしてくれ」
「ええ、好きにさせてもらうわ」
本屋を離れて目的の店を探すべくモール内を歩く。一応、ある程度の場所は小町から教えてもらっているが、俺はここに来る事自体が少ないので館内の構造も分からないし、隣を歩く雪ノ下は方向音痴なので聞いたところで意味はない。度々案内板で現在地を確認しながら進んでいく。
念の為、雪ノ下がちゃんとついてこれているかはこまめに確認していた。この人混みの中では逸れてしまう可能性もあるし、そうなってしまってはこの方向音痴さんを探すのも一苦労だ。いや、携帯で連絡取れば良いんだけどね。
そうしてまたチラリと隣を見てみると、雪ノ下は薄っすらと汗をかいていた。その表情にも若干の疲れが見える。首筋から滴る汗が照明で反射している。なんだかエッチいです。
「ちょっと休憩するか」
「そうね。少し、疲れたわ」
丁度空いているベンチを見つけたので雪ノ下をそこに座らせ、俺は飲み物でも買って来るかな、と目の前の自販機に向かおうとした時、そこにいたお団子頭と目があった。
「あ、ヒッキーとゆきのんだ」
「よお」
「こんにちは由比ヶ浜さん」
自販機から『い・ろ・は・す 桃』を取り出した由比ヶ浜がトテトテとこちらに駆け寄って来る。その後ろを見てみると、一緒に遊びに来ていたっぽい三浦がいた。
「ヒキオじゃん」
うーん、二文字しか合ってない!なんならヒキタニの方が近いまである。
「ユイー、あーし海老名に電話してるから」
「わかったー!」
空気を読んでくれたのかは分からないが、三浦は携帯片手に少し離れたところに移動する。
「どうしたの二人とも?お買い物?」
「まぁそんな所だ。小町に限定スイーツをねだられてな。んで、ここに来たらたまたま雪ノ下と会ったんで、ついでだし一緒に行動してる」
なんか言い訳してるみたいになってしまった。誰にしてるとか何に対してとか聞かれると答えられないが、なんだか自意識過剰みたいで恥ずかしい。どうも、自意識高い系男子こと俺です。
「そうなんだ。って、ゆきのん大丈夫?なんか疲れてる?」
「人混みにあてられただけよ。そんな心配する程の事でもないわ」
「心配するよ!ほら、いろはす飲んで!」
その言い方だと一色いろはを飲めって言ってるみたいでなんだか卑猥ですね。
「ありがとう由比ヶ浜さん」
「水分補給はちゃんとしとかないとダメだよ!じゃないと『だっすいしょうじょー』になるんだって!」
こいつ、脱水症状って漢字で書けないんだろうな......。イントネーションが完全に平仮名のそれだったし。
「て言うか、こんな暑いのにヒッキーが外に出るのって珍しいね」
「アホ、妹の頼みとあらば何処へだって行くぞ、俺は」
「出た、シスコン......」
「小町さんも小町さんで相当なブラコンだから、この兄妹は手に負えないのよね......」
千葉の兄妹なんてどこもそんなものだ。何故なら千葉の妹は世界の妹。俺の妹は宇宙の妹だからな。シスコン万歳。
「逆に小町ちゃんのお願いじゃないと家を出ないってのがなんか超ヒッキーだよね」
「その言い方だと俺が引きこもりみたいに聞こえるからやめろ」
「なにも間違っていないじゃない」
「折角の夏休みなんだしさ、遊びに出かけたらいいじゃん!」
「やだよ暑いし」
なんで暑い日にわざわざ外に出なきゃならんのだ。そもそも一緒に遊びに出かけるような友達なんて一人もいないし。外はこんなに暑いのに俺の人間関係は相変わらず寒々しいとか温暖化防止に貢献しすぎだろ俺。省エネ大賞受賞もそう遠くないのではなかろうか。
いや、温度下げれば温暖化防止になるわけじゃないってのちゃんと分かってるよ?八幡そこまでバカじゃない。
「よし!じゃあ今度いろはちゃんと小町ちゃんも誘って五人でキャンプ行こう!」
「やだよ暑いし」
「じゃあ海!」
「やだよ暑いし」
「なら花火は⁉︎」
「やだよ暑いし」
「じゃあじゃあ、バーベキュー!」
「やだよ暑いし」
「さっきから同じ言葉しか繰り返していないじゃない......」
壊れたラジカセみたいに同じ言葉ばかりを繰り返す俺に、負けじと由比ヶ浜はウンウンと考えているが、なにを言われたところで俺の返答は変わらない。そもそもそう言う所に行ったら120%の確率で大学生やら高校生やらのウェイウェイ集団とかち合ってしまう。海なんて特にヤバイ。ヤバすぎて最早ヤヴァイのレヴェルだ。なにより海で懸念すべきはナンパ遭遇率の高さだろう。こいつら、見てくれだけは美少女だから確実にナンパ被害に遭う。
まぁ、雪ノ下はこの舌刀で相手の幻想をぶち殺すだろうし、由比ヶ浜はあれで結構身持ちが固いところがあるっぽいので頑として断るだろうし、一色は相手の男から金を搾るだけ搾ってそのままどっかにポイしそうだし、小町にナンパしたやつは俺が始末するし。
あれ?思ったよりも心配する必要なくない?
「そう焦らなくとも、どうせ今年の夏休み中に全部出来るわよ」
「本当⁉︎」
まさかここで雪ノ下がそんなことを言うとは。こいつの事だから俺みたいに反対意見を出すと思っていたんだがな。
「その代わり海ではなくて川遊び、バーベキューではなくて飯盒炊爨、花火は手持ち花火でキャンプと言うよりは部活動だけれど」
「え、夏休みなのに部活すんの?」
「当たり前よ」
休みなのに休めないの?何そのブラック。そんなの聞いてない。しかも休日手当も時間外手当もどうせ出ないんでしょう?
「まぁその件については後日私か平塚先生から連絡が行くと思うから、それまで楽しみにしていてちょうだい」
「うん!」
「はぁ......」
別にこいつらと一緒にいる事自体は嫌と言う訳ではない。寧ろ、あの部室や今みたいな時間は心地よくも感じる。
が、しかし。それとこれとは話は別だ。休みは休むためにあるものだ。単純に、こいつらとキャンプに行くと言うのであれば俺もここまで嫌がってはいなかっただろうが、部活動であると聞かされては素直に喜べない。
「ユイー!もう行くよー!」
「あ、うんー!じゃあね二人とも!ゆきのん、またキャンプのこと教えてね!」
トテトテーと三浦の方に走り去って行く由比ヶ浜。コケそうで見ていて不安になる。
「あ、そうそうヒッキー!小町ちゃんの言ってる限定スイーツ、さっき見たけど売り切れてたよ!」
それを先に言えよ馬鹿......。