カワルミライ   作:れーるがん

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千葉村です。戸塚outのいろはすin


ここでも、雪ノ下雪乃はなにかを見据えている。

「小町ー準備できたかー?」

「うんー、今行くからちょっと待ってー」

 

 部屋の方からリビングに向けて小町の声が届く。

 リビングで待機している俺の傍らには二泊三日分の荷物が入った旅行バッグが置いてあり、小町の準備が終わるまで淹れた紅茶を飲んでいる。中々雪ノ下みたいに美味しく淹れる事が出来ない。

 

「おまたせー!」

「おう、そんじゃ行くか」

 

 動きやすそうな格好にベレー帽を被った小町が旅行バッグを持ってリビングに入ってきた。どうやら準備が完了したようなので残っていた紅茶を飲み干して立ち上がる。

 

「行ってきまーす!」

「行ってきます」

 

 特に誰もいない家の中にそう告げて、太陽が燦々と輝く外へと身を投じる。

 ヤバイもう帰りたくなってきた。暑すぎる。

 

「なーにやってんのお兄ちゃん!遅れたら雪乃さんに怒られるよ!」

「そいつは勘弁......」

 

 今日から、二泊三日で奉仕部の合宿だ。

 

 

 

 夏休みが始まって二週間。

 街で雪ノ下達に会ってから一週間とちょっとが経っていた。

 あの日の雪ノ下の宣言通り、その二日後くらいに夏休みの奉仕部の活動についてのメールが来ていた。

 

『奉仕部の合宿としてボランティア活動を行います。場所は千葉村で二泊三日の予定です。自由時間は近くの川で遊んで良いそうなので水着を持って来ておくといいかもしれません。

 最も、視姦谷くんは私たちの水着姿を見る事で頭が一杯になって川遊びなんてしてる暇はないのでしょうけれど。

 一応由比ヶ浜さんにお願いして戸塚くんにも声をかけてます。比企谷くんの方から小町さんにも声をかけておいてもらえるかしら?

 当日は駅前のロータリーに集合です。

 遅れないように』

 

 みたいな内容だった。勝手に犯罪者じみた扱いを受けていたが、実際結構水着姿楽しみだったりするので否定できない。悲しい男の性だ。

 しかし、そんな事どうでもいいくらいの情報がこのメールには詰まっているではないか。

 戸塚が、戸塚が来る!!戸塚とキャンプとか夢にまでみたシチュエーションだ!

 小町がいて戸塚がいて雪ノ下もいるとか何この俺得な合宿。夏休みに部活あって良かったー!

 ......ナチュラルに雪ノ下が名を連ねていたのには突っ込まない方向性でお願いしたい。

 

 因みに平塚先生からも連絡が来ていたのだが、あの人のメールは怖いので見ていない。

 何が怖いって、やたらと文字数が多い上に連続で何回もメール送ってくる。メールに反応しなかったら直接電話かけてくるし。それが二日間続いたし。本当怖い。あの人が結婚できない理由の一端を垣間見てしまった気分になった。

 

「さて比企谷、電話に出なかった言い訳を聞こうか」

 

 とまぁ、平塚先生からの連絡を全部スルーしてたら勿論こうなるよね!

 ロータリーの一角に停めてあるワンボックスカーの前に仁王立ちしている平塚先生。見るからに怒ってらっしゃる。

 

「いや、連絡は雪ノ下から受けてましたし遅刻せずこうしてちゃんと来てるんですから別にいいじゃないですか」

「それでも返信の一つくらい寄越すものだろう。全く、返事がなければ何か事故に巻き込まれたのかと心配してしまうよ。雪ノ下からお前が参加する旨を聞いていなかったら妹君にまで手を回していたところだった」

「確認のしかたが一々こえぇよ......。そんなんだから結婚できな」

 

 最後まで言い切る前に、平塚先生の拳が俺の腹に減り込んだ。

 

「三発殴って比企谷を倒せ」

「一発じゃねぇか......」

 

 あとその技そんな力技じゃないからね?

 しかし、俺たち以外のメンツが見当たらない。まだ来ていないのだろうか。

 俺が辺りを見渡したので察したのか、平塚先生がタバコに火をつけてから口を開く。

 

「他のメンバーは買い出しに行っているよ。なんだ、雪ノ下が来ないと思って不安になったか?」

「なんでそこ雪ノ下に限定するんですか」

 

 そのニヤニヤ顔辞めて。近所のおばあちゃんの「若いっていいわねぇ」みたいな生暖かいものを感じてしまう。うわ、これ本人に言ったら殺される。

 そんなやり取りを俺たちがしてる間に、小町も他のメンバーを探していたようで、おっ、と小さく声を上げる。

 

「結衣さーん!雪乃さーん!いろはさーん!」

「あ、小町ちゃん!やっはろー!」

「やっはろーです結衣さん!」

 

 小町の視線の先には買い物袋を持った由比ヶ浜と一色、その数歩後ろに雪ノ下が。

 そのアホみたいな挨拶外でするの辞めてくんないかな。

 

「雪乃さんといろはさんも、やっはろー!」

「やっはろー小町ちゃん!」

「やっ......、こんにちは小町さん」

 

 アホの子三人に釣られて思わずアホの挨拶を口に出し掛けた雪ノ下だったが、すんでの所思いとどまったらしい。見てる間に頬が紅潮していく。

 

「雪乃さん、今日は誘って頂いてありがとうございます!でも小町もご一緒させてもらってよろしいんですか?これって奉仕部の合宿なんですよね?」

「気にすることは無いわ。由比ヶ浜さんがこのメンバーでキャンプに行きたいと言っていたし、一色さんも部員では無いから」

 

 あ、やっぱり一色は部員扱いじゃないのね。いつも入り浸ってて気がついたら部員になってました!ってパターンでは無いのね。

 ありがとうございますー!と叫びながら雪ノ下の右腕にに抱きつく小町。

 

「ちょっと雪ノ下先輩、その言い方ってなんだか私だけ仲間はずれみたいじゃ無いですかー」

 

 あざとく頬を膨らませながら小町の反対側の腕に抱きつく一色。

 

「べ、別にそう言った意図があっての発言では無いわ。一色さんは部員でなくとも、大事な後輩には変わりないし......」

「ゆ、雪ノ下先輩ー!」

 

 感激した一色は更に密着度を上げる。抱きつかれてる雪ノ下は迷惑そうにしながらも、引き剥がそうとしはしない辺りを見ると満更でもないらしい。

 そして由比ヶ浜はそれを遠巻きに愛でるように見ている。

 

「お前も混ざれば?」

「え?いや、わたしはいいよ。こうやって眺めてる方が楽しいし」

 

 そう言った由比ヶ浜の顔はどこか大人びて見えて、違和感を感じた。いつもの感じと違うと言うか、平常運転の由比ヶ浜ならここぞとばかりに雪ノ下にくっつきに行ってゆるゆりしてるのに。

 流石のガハマさんも暑さにやられたか。犬って暑いの苦手だもんな。凄い伸びるもんな。ガハマさん犬っぽいもんな。

 一方で常にマイペースな猫じゃなくて雪ノ下は未だに小町と一色の二人とゆるゆりしてる。これで由比ヶ浜も混ざってたら雪ノ下ハーレムの完成だ。

 

「さて、全員揃ったようだな」

「え、全員ってまだ戸塚が」

「あぁ、戸塚にも由比ヶ浜の方から声を掛けてもらってたんだがな。部活だそうだ」

「なん......だと......⁉︎」

 

 戸塚が来ない?戸塚とお風呂入ったり戸塚と川遊びしたり戸塚と夜同じ布団で寝たり出来ない?じゃあ俺なんのために合宿行くの?

 

「あぁ、もうなんでも良くなってきた。早く行きましょう......」

 

 戸塚が来ないってだけで全てがどうでも良くなってきた。

 

「先輩何いきなりやる気なくしてるんですか」

「まぁ、ヒッキーがこうなる時って大体決まってるしね」

「そうね、放っておいても構わないわ」

「まぁお兄ちゃんですしねー」

「はぁ、そうですか......」

 

 昨日それだけが楽しみで夜眠れなかったまであるのに、ここに来て神は俺を見放したのか......。戸塚と川遊びしたかったなー。

 だが待て。俺にはまだ天使が二人残っているではないか。水着姿の雪ノ下に、手持ち花火を持ってはしゃぎ回る小町。あれ、想像したらなんか楽しみになってきたぞ!ヤバイ!早く千葉村行きたい!

 

「先生何してるんですか早く行きましょう!」

 

 小町と雪ノ下がいるってだけで全てがどうでも良くなってきた。

 

「え、なんで今度は唐突にやる気出してるんですか......」

「まぁ、ヒッキーがこうなる時って大体決まってるしね」

「そうね、放っておいても構わないわ」

「まぁお兄ちゃんですしねー」

「はぁ、そうですか......」

「なんでもいいが、比企谷の言う通りそろそろ行くとしようか。あまりここで時間を使っても仕方がない」

 

 平塚先生が運転席の方に移動するのを見て、俺も後部座席へと乗り込む。

 が、何故か移動していたはずの平塚先生に襟首を掴まれた。

 

「比企谷、お前は助手席だ」

「ちょ、なんでですか」

 

 そうしてるうちに他のメンバーが車に乗り込んで行く。あっという間に助手席以外の席は埋まってしまった。

 

「べ、別に比企谷とお話がしたいとかそんなんじゃないんだからね!」

「うわぁ......」

 

 キツイ。色々とキツイ。アラサー教師のツンデレとか誰得だよ。需要ねぇよ。

 

「ただ助手席が事故した時に一番死亡率が高いってだけなんだから!」

「最低だなこの教師!」

 

 なんて事言いやがるんだこの人。メールの件といい趣味といい、この人本当に結婚する気があるのかってくらい結婚出来ない理由が明々白々なんだが。

 

「冗談だよ。比企谷と話すのは嫌いではないからな。君との会話は楽しいものさ」

「......そうっすか」

 

 そんなことを正面から言われてしまっては断れない。もう、最初からそう言ってれば八幡断らなかったのに。

 素直に助手席へと乗り込む。俺がシートベルトをしっかり締めるのを確認すると、平塚先生はエンジンを始動させて、一路千葉村へと車を走らせる。

 

 

 

 

 

 お盆前だからだろうか、高速道路は意外と空いている。後部座席では女子たちがガールズトークに花を咲かせ、由比ヶ浜は早速買ってきたお菓子を広げていた。それ、向こう着いてから食べるやつじゃなかったのかよ。

 因みに、真ん中の座席が雪ノ下と由比ヶ浜、一番後ろが一色と小町だ。

 數十分しないうちに千葉を抜け、トンネルを飛び出したその先は山、山、山。辺り一面山だらけ。その頃には由比ヶ浜は既に寝ていた。雪ノ下の肩を枕がわりにして。そこ代わってほしい。

 そこから更に数十分。合計一時間ほどで千葉村に到着だ。

 

「んー!空気が美味しい!」

「人の肩を枕がわりにしていたのだもの。さぞ美味しいでしょうね」

「ごめんってばゆきのんー!」

 

 車を降りた俺たちを待ち受けていたのはやはり山。もう本当山しか見えない。働かざる事山の如し系男子こと俺からするとなんだか親近感が湧く。無いか。無いな。

 全員が降りたのを確認した平塚先生が、車のトランクを開ける。どうやら荷物を下ろすらしい。メンバー唯一の男手だし、誰かに何か言われる前に自分から手伝いに行くか。

 

「手伝いますよ、先生」

「ぬ、比企谷が自ら仕事をしに来るとは珍しいな」

「一応唯一の男手ですからね。あいつらに重いもん持たせる訳にもいかんでしょう」

 

 車の中には各々の荷物の他にも、飲み物の入ったクーラーボックスや川遊びで使う用であろうオモチャの入った袋、後は花火なんかもある。各自の荷物はそれぞれで持って貰わなければならないが、これらの荷物は俺が持った方がいい。

 働きたくは無いのだが、後々なんか言われるよりかマシだ。

 荷物を全部下ろし、これからどうするのかと平塚先生の方に向き直ると、もう一台別の車が目の前にやって来た。はて、千葉村の職員の方々ですかな、とか思ってると、中から出て来たのは爽やかな笑顔。

 我がクラスの王様、葉山隼人だ。

 

「あれ、隼人君だ」

「葉山せんぱ〜い!」

「やあ結衣、いろは」

 

 ちょっと聞きましたか奥さん!さらっと下の名前で呼んでますよ!

 葉山に続いて、車の中からは同じグループの三浦、戸部、あと海老名さん?だっけか。まぁその三人がぞろぞろと出て来る。

 

「あれ、ユイいんじゃん」

「みんなどしたん?」

「ふむ、全員揃ったようだな」

 

 互いに相手側がここにいる理由も分からずハテナを浮かべていると、平塚先生がザッと一歩前に出て説明を始める。

 

「君たちにはこれより三日間、小学生の林間学校のサポートを行ってもらう」

「あーしタダでキャンプ出来るって言うから来たんですけど」

「俺はボランティアで内申点が貰えるって聞いたぞ?」

「BBQじゃねーべ?」

「山の中の新鮮なハヤ×ハチが見れると聞いてhshs」

 

 どうやら向こうさんは全員が全員とも、自分に都合の良いところしか聞いてなかったっぽい。てか最後、海老名さんなんて言ったの?

 

「自由時間はしっかり設けてあるから、その時は好きに過ごしたまえ。それに、働きいかんによっては葉山のように内申点を追加するのも吝かではない。さて、早速移動するぞ」

 

 平塚先生を先頭としてその後ろに俺と雪ノ下が。更に後ろに他のメンツが話しながらついてくる。一色さん随分と嬉しそうですね。

 

「ちょっと、なんで葉山達まで来てるんですか。俺たちだけて十分でしょ」

「どうせ葉山くんの言う通り、内申を餌に募集を掛けていたと言うところでしょう。人手が多いに越したことは無いわ」

「大体雪ノ下の言う通りだ。地域のボランティア活動の担当が私に回って来てしまってなぁ。若手はなんでもかんでも任されてしまって辛いよ」

 

 今無駄に若手って所を強調したのに他意はありませんよね?

 

「形だけ募集の張り紙を貼っていたのだが、まさか本当に来るとは思わなかったさ」

「形だけって、それでいいのかよ社会人」

「君たちばかりを贔屓しているように見られるのもあまり気持ちのいい話ではなかろう。

 丁度いい機会だ。二人はあそこら辺のメンツと上手くやる術を身につけたまえ」

「いや、上手くやるって言われても......」

 

 かたやリア充トップカーストのグループ。

 かたや孤独と孤高を極めたぼっち。

 上手くやれる気がしない。

 

「仲良くやるのではなく、さらっと無難にやり過ごせと?」

「その通りだ雪ノ下。社会に出ると、嫌でも他人と関わらなければならなくなるからな」

「マジかよやっぱり働きたくねぇ」

 

 人と上手くやる、なんて事は別段難しい事では無い。

 相手の顔色を伺い、無理に話を合わせて場を繋ぐ。それは彼らが学校でやっていることとなんら変わりない事だ。

 畢竟、他人と上手くやると言うのは相手を騙し自分を騙す。それは俺が嫌う欺瞞、猜疑、偽物だ。

 だけど、だとしても

 そんな偽物だらけの中でも、彼らなりに大事なものがあり、守りたいものがあるのだと。

 俺はそれを、どこかの竹林で知った気がする。

 


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