カワルミライ   作:れーるがん

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ルミルミ登場です。


等しく、人間と言うのはかくも愚かで。

 目の前の光景に戦慄する。

 林間学校と言う日常からかけ離れた非日常に身を置かれていることでテンションがうなぎ登りな小学生達。声を大きく張り上げ、会話に花を咲かせている。きっと彼らにとっては意味のある言葉、音として耳に入るのであろうが、傍から見ているとそれは最早雑音以外の何者でもない。

 ヤバイな小学生。あの由比ヶ浜や一色ですらそのはしゃぎように若干引いてるし、雪ノ下に至っては血の気が引いてる。かく言う俺も雪ノ下と変わらない反応ではあるが。

 

 小学校の教師陣はなにも言わずにただ前に立っているだけだ。時折腕の時計を見ては、また生徒の方に視線を戻す。その異様とも言える雰囲気を感じ取ったのか、喧噪は徐々にやんでいく。

 完全に静まり返った後、教師が口を開いた。

 ま、まさか、あの伝説の言葉が炸裂すると言うのか......⁉︎

 

「はい、皆さんが静かになるまでに3分かかりました」

 

 で、で、で、出たー!小学校教師必殺の説教する時の決まり文句!

 その後も教師は林間学校ではしゃいでる小学生共にいっちょかましてやろうかと言わんばかりの説教を暫く続けた後、エリエンテーリングの説明をする。

 

「では、最後に今日から三日間サポートしてくれるお兄さん達に挨拶しましょう」

 

 拡声器を持って一歩前に出る葉山。いつの間にかあいつがボランティアの代表になってるらしい。

 

「今日から三日間、お願いします。みんなで素敵な思い出をたくさん作りましょう」

 

 小学生特有の間延びした声での「よろしくお願いします」

 葉山の方が奉仕部の部長っぽいんだけど。

 

「お前も挨拶しとけば?」

「......」

「雪ノ下?」

 

 隣の雪ノ下に声をかけるも反応がない。まさかの無視ですか?とも思ったがどうやら違うようで。

 雪ノ下は小学生の集団のある一点を凝視していた。それもなにやら深刻そうに考えごとをしている表情で。

 

「......え?あ、ごめんなさい比企谷くん。何か言ったかしら?」

「いや、何でもないんだけど、どうかしたか?」

「少し、考えごとをしていただけよ」

「ならいいが」

 

 深刻そう、とは表現したが、もっと具体的に言うのであれば、何か苦々しい記憶を思い返しているような、そんな表情だった。久し振りに雪ノ下のその顔色を見た気がする。

 葉山の挨拶が終わると、教師の号令のもとオリエンテーリングがスタート。予め決めてあったのか五、六人に分かれて小学生達は森の中へと入っていく。

 何をすればいいのか分からない俺たちは自然と一箇所に集まってそこに留まっていた。

 

「いやー小学生マジ若いわー。俺たちとかもうおっさんじゃね?」

「ちょ、やめてよ戸部ー。あーしがババァみたいじゃん」

「んなこと言ってないでしょー!」

 

 戸部うるせぇ......。

 女王のご機嫌とりも大変結構だが、その無駄に長い茶髪のせいかウザさと煩さがマックスである。

 

「でも小町から見ても高校生って大人って感じですよー。兄を除いて」

「バカお前、俺なんか超大人っぽいだろ。愚痴をこぼしたり、汚い嘘をついたり、卑怯なことをしたり」

「ヒッキーの大人のイメージってそんなのなんだ⁉︎」

「イメージが悲惨すぎますよ先輩」

 

 ドン引きされていた。

 

「でもでも、クラスでのヒキタニ君ってちょっと大人っぽいよね。クールと言うかいつも落ち着いていると言うか」

 

 思わぬところからフォローが入った。戸部と三浦の横で話を聞いていた海老名さんだ。俺この人と話したことないんだけど。なんならクラスのほぼ全員と話したことないまである。

 

「落ち着いてクールなヒキタニ君を無理矢理攻め立てる隼人君......!嫌々ながらも徐々にそれを受け入れてしまうヒキタニ君は禁断の関係へと......!」

 

 ぶはぁっ!と海老名さんの鼻から鮮血が舞う。それに慣れた手つきでティッシュで介抱する三浦。

 海老名さんとの会話にすらなっていないような初会話は、出来れば今後二度と会話したくないような代物だった。

 

「それじゃあ、俺は平塚先生にどうしたらいいか聞いてくるよ」

 

 苦笑しながら去る葉山。指示を仰ぎに行ってくれるのはありがたい。きっと奴もこれまで海老名さんの妄想の被害に遭っていたのだろう事を考えると、なんだか同情の視線を向けてしまう。

 

 

 

 

 

 平塚先生から受けた指示は、小学生をサポートしながら先にゴールまで辿り着き、そこで昼食の準備をしていろとの事だった。

 小学生達は元気に楽しくチェックポイントを巡りながら駆け回っている。よく体力持つなぁ。

 そんな中で、一つだけ異様な雰囲気の班を見つけた。

 班のメンバーから一歩離れた場所に立っている首からデジカメをぶら下げた、紫がかった黒髪の女の子。そしてその他の四人は茂みの方を見てキャーキャーと悲鳴をあげている。

 それを見て襲い掛かる猛烈な既視感。久しく感じていなかったあれだ。だが何故いま?

 いや、ただ単に、スタンド使いとスタンド使いが惹かれ合うように、ぼっち同士で何か惹かれ合うものであっただけかもしれない。

 

「何かあったのかな。ちょっと見てくるよ」

 

 俺たちから離れていく葉山。

 どうやらアオダイショウがいたらしい。手で掴んで茂みの向こうに放り投げる葉山に小学生達は黄色い声援を上げている。

 一色がさっきから凄い舌打ちしてるんだけど相手小学生だからね?

 

「ねえお兄さーん。次のチェックポイント教えてよー」

「ダメだよ。それじゃあルール違反になっちゃう」

「えー、ここだけだからいいじゃーん」

「しょうがないな。今回だけだよ?みんなには内緒な」

 

 やったー!と喜びの声が上がる。

 秘密の共有、なるほどこれも平塚先生の言っていた人と上手くやる、と言う事の一つなのだろう。

 キャイキャイとはしゃぐ四人を尻目に、葉山はもう一人の班員の女の子の前に立つ。

 

「チェックポイント、見つかった?」

「......いえ」

「名前は?」

「鶴見、留美......」

「留美ちゃんだね。じゃあ一緒に行こうか」

 

 さりげなく名前を聞き出し、更には背中を押すと言うさりげないボディタッチ。俺には一生掛かっても出来そうにないリア充スキルに戦慄していると、隣の雪ノ下がため息を漏らした。

 その気持ちはわかる。一人でいるものを無理からに集団へとねじ込むのは正しい選択ではない。事実として、あの子が合流した後の他の四人はヒソヒソチラチラと厭らしい目線を送りながら会話を交わしている。

 明らかに悪意のある孤立。

 

「小学生でもあんなのあるんだな」

「小学生も高校生も変わらないわ。皆等しく同じ人間なのだから」

 

 そう言った雪ノ下の視線は鶴見留美から外れ、葉山隼人へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 山の中腹辺り、飯盒炊爨のための炊事場が設けられた広場に着いた俺たちは、先に到着していたらしい平塚先生からの命令で昼食の準備を進める。

 程なくしてから小学生達もチラホラとゴール地点に集まり始め、本格的に飯盒炊爨が始まった。

 

「では、よく見ておきたまえ」

 

 ライターと新聞紙を持った平塚先生が火をつける手本を小学生に見せている。

 カチッ、カチッ、と何度かライターを着火させる音が聞こえ、薪に燃え移ると団扇でパタパタと仰ぎ始める。

 やがてそれが億劫になったのか、なんとサラダ油をぶっかけやがった。一瞬だけ燃え上がる炎。

 危険だから小学生にそれはやらせないでくださいよ。

 

「なんか随分手慣れてますね」

「大学時代はサークルの活動でよくキャンプをしたものさ。私が鍋に火をかけてる間、リア充共はイチャコライチャコラ......」

 

 目の腐り具合に定評のある俺ですら若干引くくらいに平塚先生の目が澱んでいく。

 腐り具合に定評あるってなんも嬉しくないな。

 

「チッ、気分が悪くなった。男子は火の準備、女子は食材を取りに行きたまえ」

 

 ここで男女を分けたのは私怨が混じってませんか。大丈夫ですか。

 

 さて、俺たちも自分達のカレーを作ろうかとそれぞれが分担された役割を全うしている。

 女子達には食材を切ってもらったりとしてもらい、俺と葉山と戸部の男子三人で火の番をしていた。

 

「まあ、小学六年生の野外炊事としては妥当なメニューよね」

 

 その妥当なメニューすらこなせそうにない方が貴女のお隣にいますよ?

 因みにその当人であるところの由比ヶ浜は包丁を持つことを禁止された。さっきの梨の皮むきとか何故かボンキュッボンのナイスボディーな梨が出来上がってたし、妥当な判断だろう。

 

「家カレーだと家庭によって個性出るよな。母ちゃんの作るやつなんかだと色々入ってて、厚揚げとか」

「あるある、ちくわとか入ってるべ!」

 

 隣の戸部がいきなり声を上げる。

 あんまり気安く話しかけるなよ友達かと思っちゃうだろ。

 ぼっちはそう言った経験が少ないので「お、おう」くらいしか返す言葉が見つからずなんだか申し訳なくなる。申し訳ないので今後二度と話しかけないようにしよう。

 

「でも確かに色々あるよねー。こないだもなんか変な葉っぱ入っててさー。うちのママってたまにボーッとしてる時あるから」

「結衣先輩、それ多分ローリエですよ」

 

 由比ヶ浜の隣の一色が手際よく野菜を切りながら指摘する。どうやらこの前言っていたお菓子作りが出来るってのは嘘ではないらしい。料理すること自体に慣れているって感じだ。

 しかしローリエ、ローリエか......。なんか新しい萌えキャラみたいだな。葉っぱの擬人化。カレーの妖精ロリエたん。

 

「一応説明しておくけれど、ローリエと言うのは月桂樹のことよロリコンさん」

「ロリコンじゃねぇよシスコンだよ!」

「それを堂々と認めるのは小町的にポイント高いんだけど、なんだかなぁ......」

「ローリエ......ティッシュ......?」

 

 それはエリエールじゃないですかね由比ヶ浜さん。

 しかし火の前にずっと座りっぱなしってのもキツイもんだ。この暑さに付け加えて火の熱さ。結構汗が出てきた。

 

「俺と戸部で見ておくから、ヒキタニ君は休憩してきたらどうだ?」

「ん?あぁ、悪い」

 

 女性陣から回収してきた具材をドボドボと鍋に入れていると、葉山にそんなことを言われた。

 ここはお言葉に甘えさせてもらおう。なんならこのままフェードアウトしたいまであるのだが、それをしたら後が怖いのでやめておく。

 近くにある適当な椅子に腰掛けて汗を拭おうとすると、真横からスッと白い腕が伸びてきた。

 

「軍手で汗を拭うのはやめなさい。みっともないし顔が更に汚れて醜くなるわよ?」

「その言い方だと元から醜いみたいに聞こえるんですけど?」

 

 雪ノ下だ。どうやら自分に振られていた仕事は全部片付けてきたらしい。

 その手に握られているのは洗顔ペーパー。それを俺に差し出すでもなく、そのまま顔に当ててきた。

 

「ちょ、これくらい自分でできるから」

「いいからジッとしてなさい」

 

 ちょっとちょっとセクハラじゃないんですか奥さん⁉︎なんでそんな無駄に距離近いんだよいい匂いするじゃねぇか!

 

「はい、出来た」

「......サンキュ」

 

 なんだか気恥ずかしくて目を逸らしながらではあったが、一応お礼は口にしておく。

 そのまま俺の隣に座る雪ノ下。だから、距離が近いんだって。いや嬉しいし若干幸せな気分になってるのは否めないけども。

 

「暇なら見回りでもしてきたらどうかね?」

 

 俺が小さな幸福を噛み締めていると、平塚先生からそうお達しがあった。いまだ澱んでいる目で俺を睨みながら。またイチャコラしているリア充でも発見したんですかね(すっとぼけ)

 

「そうだな、小学生と話す機会なんてそうそうないし、行くか」

 

 鍋の具合もいい感じになって来ているのだろう、葉山が率先して立ち上がった。

 今の葉山の言葉を俺がそのまま言うとロリコン扱いで通報されるのだから世の中というのは理不尽だ。

 

「じゃあ俺が鍋見とくわ」

「なら私も」

「遠慮するな二人とも、鍋なら私が見ていてやろう」

 

 そう言った平塚先生の目は澱んでこそいなかったが怖かったので素直にその場を立ち去る。

 後ろから聞こえた「リア充爆発しろ」の声は聞いていないことにしよう。

 ぼくはかんけいないからね

 

 と言っても、キングオブぼっちたる俺と氷の女王様が小学生と上手くお話が出来るわけでもない。いや、氷の女王様はO☆HA☆NA☆SHIなら得意かもしれないけど。

 まぁつまりは行く当てなんて無いわけで、炊事場から離れて行く雪ノ下に着いて行き、二人して遠目から小学生と高校生(あと一人だけ中学生)のやり取りを眺めていた。

 雪ノ下がこちらに来ていることで地味に心配していた由比ヶ浜だが、どうやら小町と一色が着いているみたいなので大丈夫だと思いたい。

 ついでにこの心配は由比ヶ浜本人の心配ではなく、その被害を被るであろう周りの心配だ。もっと言うとなんだかんだで巻き込まれてしまいそうな俺自身への心配である。

 

 由比ヶ浜の料理スキルへの憂いで心が持っていかれそうになっていると、雪ノ下がまた一つため息を零した。

 俺も先ほどと同じく同感である。

 葉山隼人が、また鶴見留美に話しかけている。

 ダメだな葉山。それは悪手だ。

 悪意によって孤立させられている子に、みんなの前で話しかけると言うのは吊るし上げでしかない。

 例えば体育の時間にペアを組めず一人余ってしまい先生と組まされる感じだ。半端な優しさが何よりもキツイ。

 ただ一人でいるだけなら無色透明のノーダメージだが、体育の時間に先生とペアを組まされたりすると無職童貞くらいのダメージを受ける。ソースは俺。

 ぼっちに話しかける時はあくまで秘密裏に行わなければならない。

 

「カレー、好き?」

「......別に。カレーとか興味ないし」

 

 この場においてそもそも鶴見留美には選択肢が与えられない。

 好意的な返事をすると「チョーシノッテル」となるし、否定的な返事をすると「何アイツ、チョーシノッテル」となる。

 切れる手札は元から戦略的撤退しかないのだ。

 そのまま彼女は人の輪の外、つまりは俺や雪ノ下のいる方まで歩いてくる。

 一方の葉山は困ったように爽やかな笑みを浮かべるのみ。困ってんのに爽やかとかふざけてんのかこいつ。

 

「よし!じゃあカレーに隠し味いれてみようか!何か入れたいものがある人!」

 

 仕切り直すように、全員に聞こえる明るい声で話し出す。これで鶴見留美に向けられていた視線は全て葉山の下へと集まった。

 小学生達はあれを入れたいだの、これを入れたいだの、言いたい放題。

 

「はい!あたしフルーツ入れたい!桃とか!」

 

 ......ふざけた事をぬかしよる高校生がいるが、他人のフリをしておこう。

 て言うかあいつマジで大丈夫なのか。料理スキル云々のレベルじゃないぞ。最早発言が小学生どころか小学生よりも劣ってる。

 流石の葉山さんも表情が強張ってるし。

 

「結衣先輩、ここもういいのであっち行っててください」

「うぅ......」

 

 容赦ない後輩の言葉により肩を落として由比ヶ浜はこちらにヨロヨロと歩いてくる。

 

「馬鹿かあいつ......」

「本当、馬鹿ばっか」

 

 いつの間に隣に来ていたのか、地べたに腰を下ろした鶴見留美が呟いた。

 

「世の中大概馬鹿ばかりだ。早めに気づけて良かったな」

 

 返事が返ってくるとは思わなかったのか、驚いた目をしている。

 あれ、もしかしてただの独り言だった?拾っちゃいけないやつだった?

 

「あなたもその大概でしょうに」

「あまり俺を舐めるなよ。大概とかその他大勢の中ですら一人になれる逸材だぞ俺は」

「最近のあなたを見ているとその言葉も信憑性がないわね」

「いや、そんなことは......」

 

 無いとは言えないような事に心当たりがあり過ぎた。クラスでは戸塚や由比ヶ浜、たまに川崎なんかと話すし、廊下で一色に見つかれば絡まれるし、部室に行けば雪ノ下がいるし。

 材木座?知らない子ですね。

 

「......名前」

「あ?名前がどうした?」

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

「名前を尋ねる時はまず自分から名乗りなさい」

 

 常と比べると比較的冷たい声色で話す雪ノ下。子供にも容赦ないとか流石です。いや、もしくは子供と接するのが苦手なだけかもしれない。知らんけど。

 その雪ノ下に少し怯えた様子で、彼女は名乗る。

 

「......鶴見留美」

 

 鶴見留美だからルミルミで良いや。

 

「私は雪ノ下雪乃。彼は比企谷八幡よ」

「そんでそこのが由比ヶ浜結衣だ」

 

 俺の名乗りを雪ノ下に取られたので、代わりにすぐ近くまで歩いて来ていた由比ヶ浜を紹介する。

 

「なに?どしたの?」

 

 うむ、相変わらずのアホヅラで余は安心じゃ。

 

「えっと、鶴見留美ちゃん、だよね。よろしくね」

「......」

 

 しかし留美は由比ヶ浜に返事をせず、俺と雪ノ下、それから由比ヶ浜をもう一度見てから口を開く。

 

「なんか、この二人は違う感じがする。あの辺と。私も違うの」

 

 主語が無く、具体性のかけらもない言葉だったが、言いたい事は分かった。

 あの辺、とは葉山達リア充のことを言ってるのだろう。そして俺や雪ノ下、そして自分はそう言うやつらとは違うと、明確な線引きをした。

 

「違うってなにが?」

「だって、みんなガキなんだもん。だから、別に一人でもいいかなって」

 

 その目は小学生とは思えないほどに冷め切っていた。この子は、すでに諦めたのだろう。自分を取り巻く環境、人間関係を。

 

「でも、小学校の時の思い出とか大切じゃん?」

「思い出とか別にいらない。中学に入れば、他所から来た人と仲良くなればいいし」

 

 だから、先に希望を持つ。

 だが留美は知らない。いや、本当は知っていて目を逸らしているだけなのかもしれないが。

 その先に待つのは希望でもなんでも無い事を。それが当然のように、世界の理のように当たり前に裏切られる事を。

 

「残念ながらそうはならないわ」

 

 それを、雪ノ下雪乃は容赦なく指摘する。

 

「中学に入っても他所から来た子と一緒になって、今と同じことが起こるだけよ。あなたが変わろうとしないのならそれは高校に入っても同じこと」

 

 公立の中学へと進学するのなら、小学校からメンバーはそのまま繰り上がりになる。現状が変わるわけではない。

 だからと言って、今の留美のまま高校に上がれば待っている結末はぼっちだ。

 ただ一人でいるだけなのに、お高くとまってるだの調子乗ってるだのと言われる。

 それはまるで、誰かを想起させるようだ。

 

「やっぱり、そうなんだ......。ほんと、バカみたいな事してた」

 

 俯いて地面を見つめてそう吐き捨てる留美に、恐る恐る由比ヶ浜が尋ねる。

 

「なにが、あったの?」

「誰かをハブるのは何回かあって、でも暫くしたら終わるし、そのあとは普通に話したりする。マイブームみたいなものだったの。私も、仲のいい友達とそれで距離を置いちゃってたんだ。いつも誰かが言い出して、なんとなくそんな雰囲気になる。それが今回は私だったの」

 

 なにそれ、小学生怖いな。

 特に理由のない悪意。

 みんながそうしてるから。みんなが言っているからと、そんな言い訳をしてただ一人をその『みんな』から除外する。

 

「中学になっても、こんな風になっちゃうのかな......」

 

 涙を堪えるように空を見上げ、嗚咽を噛みしめるように呟いたその言葉、雲一つない青空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 全員で夕食のカレーを食い終わり、小町の淹れてくれた紅茶で食後のティータイムを過ごしている。

 雪ノ下が端に座り、その隣に俺、小町、由比ヶ浜、平塚先生と続き、向かい側には海老名さん、一色、葉山、三浦、最後に戸部だ。

 見事に奉仕部側と葉山側で別れてるかと思ったらそうでも無かった。葉山を挟んで一色と三浦が火花を散らしている。怖いから仲良くしてくれませんかね。

 

「大丈夫、かな」

 

 だがそれもカレーを食っていた時まで。今ここに流れているのは沈痛な雰囲気だ。

 由比ヶ浜の言葉に、席を離れて紫煙を燻らせている平塚先生が反応した。

 

「何か心配事かね?」

「ちょっと、孤立しちゃってる子がいて」

 

 思わず鼻で笑いそうになった。思った通り、葉山は事態の本質を正確に把握できていない。

 

「違うな葉山。一人でいること自体は別にいいんだ。問題は、悪意によって孤立している事なんだよ」

「は?意味わかんないんだけどなにが違うわけ?」

 

 葉山に言ったはずなのに三浦から返ってきた。怖い。

 

「好きで一人になっているのか、そうじゃないのかってことか?」

「まぁ、そう言う解釈でいい」

 

 うーん、三浦が食って掛かってくるんなら雪ノ下には大人しくしておいて欲しいんだけど、そうもいかないだろうなぁ......。

 雪ノ下と三浦とか究極的に相性悪いし。

 

「それで、君たちはどうする?」

「出来る範囲の事で、なんとかしてあげたいと思います」

 

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 

 雪ノ下の凜とした声が響く。絶対零度の声音と視線。氷の女王の降臨だ。

 大人しくしといてくれと願った瞬間これである。

 

「そう、だったかもな......。でも今回は」

「今回も無理よ。みんなで仲良く、みんなで話し合えば。選択肢を多く与えられるくせに、そんな最低な方法しか選べないあなたには何もできないどころか事態を悪化させかねない。違う?」

 

 雪ノ下の言葉に、葉山は何も答えられずに俯く。その表情には幾ばくか影が差していた。

 そしてそんな氷の女王の主張に食いつくのは、俺の予想通り炎の女王様。

 

「ちょっと、それの何がいけないわけ?みんなで仲良く出来たら良いに決まってんじゃん。なのにそれが最低とか、意味わかんないんですけど」

「意味がわからないのはあなたの思考回路の方ね。つい今しがた比企谷くんが言った言葉を忘れたの?集団から悪意を持ってして孤立させられている子を、その悪意の渦中へと引きずり落とそうと言うのよ?」

 

 それではなんの解決にもならないし、誰も救われないと、雪ノ下はそう言う。

 

「雪ノ下、君はどうしたい?」

「一つお尋ねしますが、今回は奉仕部の合宿を兼ねていると聞いています。この案件も、奉仕部として取り扱っても?」

「合宿中に起きたトラブルであるのならば、原理原則としては問題なかろう」

「ならば私は奉仕部として、助けを求められればそれに応えるだけです」

 

 おぉ、雪ノ下が凄いカッコいい。小町も由比ヶ浜も一色もキラキラと尊敬の眼差しを送ってるし。

 

「で?実際助けは求められたのかね?」

「あの......」

 

 ここで声をあげたのは由比ヶ浜だ。どうやら、昼に交わした留美との会話の中で何か思うところがあったらしい。

 

「多分、言えなくても言えないんだと思います。留美ちゃん、自分も同じような事やったって言ってたし、自分だけ誰かに助けを求めるってのが、多分嫌なんだと思う......」

 

 恐らく、由比ヶ浜にも似たような経験があるのではないかと思った。空気を読むのに敏感な彼女。今は随分とマシにはなったものの、周りの空気を察してそれに流されると言うことは昔から多々あったのだろう。その中で、今回と似たようなことが。

 

「では、君たちでよく考えたまえ。私はもう寝る」

 

 タバコの火を消し、欠伸を噛み殺しながら平塚先生は立ち去っていった。

 

 

 

 

 第一回ルミルミ救出大作戦(俺命名)の作戦会議は恙無く進行、と言うわけにはいかなかった。

 雪ノ下が葉山の「みんな仲良く」作戦を拒絶した事で、その代案として適切なものが何も出てこない。

 

「つーかー、みんなで仲良くすんのがダメなんだったら、他に仲良く出来る子探したらよくない?あの子可愛いんだし、そっち系とつるめばいいじゃん」

「それだわー!優美子マジ冴えてるわー!」

「だっしょ?」

 

 ふふん、と得意げに胸を張る三浦だが、そもそもそれが出来るのならば留美はこんな状況には陥らない。三浦が言うところのそっち系とやらも一緒になって留美を孤立させているのだろうし。端的に言えば、クラスの女子が一丸となって、とやらだろうか。小学生ともなればカーストなんて言う概念はまだ存在しないだろうから、グループが明確に分かれてしまうこともないだろう。だからこそ、クラスの全員が敵になってしまう。

 なにも今回の林間学校で組んでいる班員との間で起こっている、と言うわけではないのだ。

 

「それは優美子だから出来るんだよ。留美ちゃんも、そう出来るならもうしてると思うし」

「でも、足掛かりを作るって意味では間違いではないかもな。そうする事で段々とクラスに溶け込んでいくって言うかさ」

 

 やんわりとした言い方で三浦の意見を否定する葉山。次に海老名さんが挙手して、葉山が発言を促す。なんでお前が仕切ってんの?

 

「大丈夫、趣味に生きればいいんだよ。イベントとかに参加して、そうしたら学校じゃない、本当の居場所っていうのが見つかると思うんだ」

 

 意外とまともな意見だった。その声に真剣みを帯びているのは海老名さんの実体験だからだろうか。

 そして、俺もその意見には十分に賛成できる。

 所属してるコミュニティで上手くいかないのであれば、別のコミュニティへと参加したらいい。小学生と言うのは認識している世界が狭い。学校の中でそれを否定されてしまっては、全てが否定された気にもなるだろう。

 ここに来て漸くマトモな意見が出たなぁ、なんて思ってると、海老名さんはガタッ、と音を鳴らして立ち上がる。

 

「私はBLで友達が出来ました!だから是非雪ノ下さんも」

「優美子、姫菜と一緒にお茶を取って来てくれないか?」

「ん、オッケー。ほら海老名行くよ」

「あぁ!まだ布教の途中なのに!」

 

 葉山が無理矢理話を打ち切った。

 海老名さんは三浦に引き摺られて行く。

 マトモだと思ったらこれかよ......。

 布教されかけていた雪ノ下はと言うと慄然とした様子で海老名さんを見ていた。

 

「......二回目と言えど恐ろしいわね」

「ゆきのんも勧められた事あるの?」

「ええ、前に一度、別の人に......」

 

 隣の由比ヶ浜もげっそりとしているあたり、彼女も被害にあったのだろう。

 それよりも雪ノ下の昔の交友関係とやらが気になるんだが。シュシュを上げるような男だったり、雪ノ下が親友だったと呼ぶような女子だったり、中二病患者だったり腐女子だったりがかつての話から察せられるが。いや、なんか知ったら知ったでその時が怖いから知らないままでいいや。

 

「やっぱり、どうにかみんなで話し合うしかないのかな」

 

 葉山が漏らしたその言葉に、何故か笑う気にはなれなかった。

 いつもの俺ならば嘲笑ともとれるような乾いた笑いを浮かべていたに違いない。だが、不思議とそうはしなかった。

 

「それは不可能よ。ひとかけらの可能性もありはしないわ」

 

 その葉山の言葉に答えたのは雪ノ下だ。

 その声はやはり先ほどと同じく冷たい。俺も雪ノ下と同じ意見である。

 みんな仲良く、なんてのは呪いでしかない。留美はその呪いの被害者だ。みんなで仲良くする為に生まれた犠牲者だ。

 だが、それはきっと、葉山隼人も同じなのではないのか?

 そんな下らない思考を頭を振って搔き消す。

 

「ちょっと、雪ノ下さんさっきから何な訳?折角どうにかしてみんな仲良くする方法を考えようってのにさ。あーし、あんたのことそんなに好きじゃないけど、折角の旅行だから我慢してんじゃん」

「まぁまぁ優美子、落ち着いて」

 

 またしても三浦が食ってかかる。こいつ、さっき雪ノ下にあれだけ言われて懲りてないのかよ。流石は女王。由比ヶ浜も大変そうだなー。

 

「あら、意外と好印象だったのね。私はあなたの事嫌いだけれど」

「雪ノ下先輩も!どうどうですよ、どうどう」

 

 一色、お前そんな馬みたいな扱いしてると雪ノ下に潰されるぞ。しかし緩衝材の二人がいてくれて助かった。由比ヶ浜と一色がいなければこのまま氷の女王vs炎の女王の戦いへと発展してしまうだろうし。

 

「と言うか、そもそもその留美ちゃんは今のこの状況をどうしたいんですかね?」

「いろは、それはどう言うことかな?」

「いやですね、留美ちゃん自身はみんなともう一度仲良くなりたいのか、それとも仲良くならなくてもいいから、周りからの悪意をどうにかしたいのか、これって結構大切だと思うんですよねー」

 

 一色の癖になんかそれっぽいこと言ってる。

 しかもその疑問は実に正鵠を射ていると言えるだろう。

 俺たちは留美自身の意思を確認していない。彼女がどうしたいのか、どうなりたいのか。それを知らない限り、そもそもとして奉仕部は動けない。

 俺たちはあくまでも魚の採り方を教えるのであって、ならばどのような魚を採りたいのかを聞かなければ教えようがない。

 

「つーか、あの子の態度にも問題があるんじゃ無いの?いちいちこっちのこと見下してるっつーかさ。どこかの誰かさんみたいに」

「それはあなた達の被害妄想よ。劣ってる自覚があるから、見下されると勘違いするのではなくて?」

 

 少なくとも俺はどこかの誰かノ下さんより劣ってる自覚はあるが、彼女に見下されてると思ったことはない......とも言い切れない、ような......。

 

「だからさぁ、そう言うのが......!」

「優美子!......やめろ」

「隼人......」

 

 更に食いつこうとする三浦を、葉山の低い声が制する。正直言ってかなり怖かったです。

 本当、仲良くしてくれないかな。高校生の俺たちが仲良くできないのに、小学生にそれをさせようだなんて無理だろ。

 

「あぁ、今日も星が綺麗だなぁ」

「お兄ちゃん、ちゃんと現実見ようよ......」

 


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