カワルミライ   作:れーるがん

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けれど、彼はもう独りじゃない。

「なにこの安っぽいコスプレ......」

 

 それを見て最初に口を開いたのは三浦だった。

 宇宙人に魔法使い、化け猫に雪女に巫女装束。果てはよくわからないアフロやら馬の被り物やら。

 うん。これも前回と同じだな。全くもって意味の分からん衣装が集められている。

 戸塚の魔法使い姿、もう一度見たかった......。

 その戸塚の代わりに魔法使いのコスプレをしているのは一色だった。

 頭に被ったとんがり帽子のツバを手で抑えて不思議そうに呟く。

 

「魔法使いってオバケなんですかね〜?」

「まぁ、広い意味ではオバケなんじゃねぇの?」

 

 キュルン、と上目遣いであざとくこちらを見てくるが無視だ無視。ちょっと頬染めてこっちに寄ってくるんじゃねぇよ後ろからなんか冷たい視線を感じてるんだよ!

 

「でも怖くなくないですか?」

「そんな事ないんじゃねぇの」

 

 本当に怖い。こいつのあざとさがとどまる所を知らなさすぎて本当怖い。

 俺のそんな本心も知らず、一色は両手で肩を抱いてバッと後ろに飛び退く。

 

「なんですか口説いてるんですか。魔法使いだけに君に魔法をかけてあげるよとでも言いたいんですか。かなりセリフが臭くて無理ですごめんなさい」

「あぁ、そう......」

 

 俺はこいつに通算何回振られたら良いんだよ。

 

「お兄ちゃーん!」

「ん?」

 

 後ろを振り返るとそこには化け猫のコスプレをした小町。これも前回と同じだ。そして小町の後ろからユラユラと幽霊のように接近する雪女さんも前回と全く同じように、耳をもふり手をもふり尻尾もふり、そして最後に一つ頷いた。

 

「あの、雪乃さん......?」

「小町さん、よく似合っているわよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 雪ノ下の猫大好きっぷりには流石の小町も若干引いてる。今度猫と共鳴してるところでも動画に撮って小町に見せてやろうか。

 

「あら、比企谷くんもよく似合ってるじゃない、ゾンビの仮装。目なんて凄いクオリティよ」

「残念ながらこれはノーメイクだ。お前こそその着物よく似合ってるじゃねぇか。雪女とかキャラ的にもピッタリ」

「最近はそこまで冷たくした覚えはないのだけれど」

 

 うん、まぁ確かに二度目の世界での雪ノ下は結構、というかかなり優しい。あの氷の女王っぷりは鳴りを潜めた、と言うほどでは無いが、以前と比べると天と地の差がある。

 奉仕部部室内でのみ、と但し書きは必要ではあるが。

 

「それとも比企谷くんは冷たい態度で罵倒されるのがお好みかしら?流石はドMね。気持ち悪い」

「ああ、それそれ。そう言うのが雪女っぽいんだよ」

 

 一転して氷点下の言葉を投げかけてくる雪ノ下にウンザリしながら溜息を吐くと、姿見の前でポーズをキメては落ち込んで、を繰り返す由比ヶ浜が視界に映った。

 

「忙しいやっちゃな、お前」

「あ、ヒッキー。どうかな、これ」

 

 由比ヶ浜が着ているコスプレもまた前回と同様で、恐らくは小悪魔コス。某弾幕ゲームに登場するキャラでは無い。

 小悪魔で言うともっとピッタリなやつがそこで魔法使いになっているが、それは言わぬが花だろう。

 

「似合ってなかったらはっきりとそう言うんだがな。それが出来なくて残念だ」

「へ?えっと......。あぁ!もう、素直に褒めてくれれば良いのに」

 

 暫く俺の言葉の意味について考えたようだが、合点がいったのか嬉しそうにえへへ、と笑みを見せる。

 

「出たよお兄ちゃんの捻デレ」

「こらそこ、変な造語を作るな」

 

 他に辺りを見回してみると、海老名さんは巫女装束を着てなんだか本格的な感じになってるし、葉山に至っては戸部がなんでもかんでも着させる所為でよく分からないものになっていた。キメラのコスプレですかね。

 

「先輩、先輩」

「あ?どうした?」

「あの子のこと、どうするつもりですか?」

 

 一色のその一言で、楽しいコスプレ会場の雰囲気は一気にテンションだだ下がり。お通夜みたいな空気に包まれる。

 

「やっぱり、留美ちゃんがみんなと話すしか無いんじゃないかな」

 

 葉山の言葉だ。沈痛な表情で言うが、その格好も相まって真剣に見えない。いや、本人は至って真面目に発言したつもりなんだろうが、申し訳ない事に巫山戯てるようにしか見えないのだ。

 そして、その発言内容も巫山戯たものであるのに変わりはない。

 

「葉山、一つ確認しておくが、その『お話』は一体どうやって実現させるんだ?」

「それは、俺たちが仲介するしか無いんじゃないかな?現状だと留美ちゃんか他の子達からって言うのは難しいかもしれないし」

「それじゃダメですよ、葉山先輩」

 

 否定の言葉は意外な所から。一色は、自分の想い人であろう筈の葉山の意見を真っ向から否定した。これまで見てきた一色いろはと言う人物からは想像がつかない発言だ。

 

「一色の言う通りだ。俺たちが仲介に入ってしまっては意味がない。大人たち、いや高校生の俺たちの手前表面上は取り繕って仲良くする振りをするかもしれないが、その後はどうする?仮にそれで留美が上手くいったとしよう。だが留美の代わりの被害者がまた現れたら?お前はそこまで考えて発言したか?」

 

 葉山に返す言葉は無い。俺の言葉だけでなく、一色からも否定されたのが効いているのかもしれない。

 

「今回の件、お前たちは手を引け」

「はぁ⁉︎ちょっと!それどう言う意味だし!」

 

 突っかかってきたのは三浦だった。その目に浮かんでいるのは驚きと怒り、だろうか。どうやら納得いかないご様子で。

 

「どう言う意味も何も、言葉の通りの意味だ。留美の現状は俺がどうにかする。だから、お前らはもう何もするな」

「ふざけんなし!そもそも、友達もろくにいないあんたにどうにか出来る訳が」

「少し黙りなさい」

 

 三浦の怒声を遮る、酷く落ち着いた声。だがそこに籠められた感情は三浦と同じ、怒りだった。

 瞳の奥には青い炎が揺らめき、雪ノ下雪乃は静かに激怒している。

 

「三浦さん、あなたに比企谷くんを貶す資格はないわ。昨日の一件でまだ懲りていないのかしら。だとすれば愚か、いやいっそ哀れですらあるわね。そもそも」

「雪ノ下」

 

 続けようとする雪ノ下を制する。まだ言い足りないのか、不満げに俺を睨め付けるが、一つ溜息を零してから引き下がってくれた。

 三浦は雪ノ下を若干震える目で見ているが、彼女のトラウマにならないことを祈ろう。

 が、別に雪ノ下を止めたのは断じて三浦のためでは無い。俺が自分の言いたい事を言いたいだけ。

 

「ま、三浦の言う通り俺には友達なんて一人もいないがな。でも、味方になってくれる奴はいるんだよ」

 

 少しくらい、素直になってもバチは当たるまい。

 俺と同じものを欲した後輩がいて、俺を十数年に渡り見てきてくれた妹がいて、俺に叱咤激励してくれるクラスメイトがいて、俺の事を否定してくれる部長がいる。

 今の俺にかつてのやり方は選択できない。ならば、今の俺にしか出来ないやり方を見つけよう。

 俺の味方になってくれる奴らと一緒に。

 

 

 

 

 

 

「それで、何か案は思い浮かんでいるの?」

「いや、全く」

 

 コスプレ、もとい仮装の衣装が置いてあった講堂を出て、現在は肝試しのコースを下見している。

 時間もまだ余裕があるので、雪ノ下達も一旦元の服に着替え直していた。

 いや、余裕なんてないか。肝試しは今から三時間後程したら開始される。肝試し前の前座として怖い話を小学生に聞かせるらしく、葉山や三浦達にはそちらの打ち合わせをしてもらっている。勿論俺たちが戻ったら次は葉山達がコースの下見へ行くのだが、俺たちが前座に関わることは無い。留美の件をこちらに任せるのだから、前座は全部任せてくれと葉山に言われたためだ。

 

「え、何も考えてないのにあんな啖呵切ったんですか?馬鹿なんですか?」

「うっせぇ。今から考えるんだから別に良いだろうが」

「まぁまぁいろはちゃん。ヒッキーなら何かいい考えを思いついてくれるから大丈夫だって!」

 

 心底馬鹿にした目で一色に見られたが、由比ヶ浜がそれとなくフォローしてくれる。しかし、そこまで期待されても困る。

 前回の千葉村で取った行動は採用するわけにはいかない。あの時のあの方法は当事者である全員が等しく嫌な思いをしただけだ。

 また、文化祭や修学旅行、生徒会選挙の様に問題を解消、若しくは先送りにして回避する方法も取れない。

 そのやり方は昨夜雪ノ下に否定された。

 だから、考えなければならない。こいつらと一緒に。

 

「で、どうするのお兄ちゃん?どうせお兄ちゃんの事だから一つくらい、いつもみたいな碌でもないの思い浮かんでるんでしょ?」

「おい、俺が常に碌でもない事しか思いつかないみたいな言い方するな。

 ......まあ思い浮かんだっちゃそうなんだが、それは雪ノ下に却下されたからな」

「因みにどんなやつだったの?」

「教える必要性を感じない」

 

 えー教えてよー、と由比ヶ浜が近づいて来て腕をグイグイと引っ張ってくるが教えたところで芳しい反応が返ってくるわけがない。

 と言うか由比ヶ浜さん近い近い。近いしいい匂いするしなんか柔らか......

 

「比企谷くん」

「ひゃいっ!」

 

 雪女、じゃなかった雪ノ下に名前を呼ばれた。

 それだけなのに背筋に嫌な汗が走るとか雪ノ下さんマジっべーわー。

 声色と言いタイミングと言い、もしかして俺の思考読まれちゃってる?

 

「折角だからあなたの名案を披露してあげたらどうかしら?言い辛いなら私から言ってあげましょうか?」

 

 すっごい良い笑顔でそんな事を宣った。

 

「はぁ......。いいよ、自分で話す」

 

 それから俺は他の三人に、昨夜雪ノ下に話した内容と全く同じ事を聞かせた。

 聞く前こそ興味津々と言った様子の三人だったが、話が進むにつれて徐々に苦いものでも噛み潰したかのような表情へと変わって行く。俺の話が終わった頃には、まるでゴミを見るかのような目になっていた。

 やめて!そんな目で俺を見ないで!その目で俺を見て良いのは雪ノ下だけなんだからねっ!

 今のは流石にキモいか。

 しかし、由比ヶ浜だけはそうでは無く、下を俯いていてどんな表情をしているのかは見て取れない。

 

「なんて言うか、最低ですね先輩」

「まぁ、いつも通りのゴミいちゃんだね」

「それ、ヒッキーがやるつもりだったの......?」

 

 一色と小町の声は耳に入ってこなかった。

 ただ、由比ヶ浜の力のない震えた声だけが、俺の脳に響く。

 あの時と、生徒会選挙の時と同じ。

 

「俺以外にできる奴がいないからな。それに発案したのも俺ってなったら、やる奴なんて決まってるだろ」

「でも......」

「でも、その案は没だ。雪ノ下には否定されたし、俺自身やりたくないしな」

 

 その先を言わせまいと、無理矢理言葉を紡いだ。これ以上、由比ヶ浜のそんな表情を見ていたくなかった。

 

「そっか......。なら安心だ」

 

 本当に心底安堵したように微笑む由比ヶ浜。

 なんだか照れ臭くなってしまってその顔を直視出来ない。

 仕切り直しとばかりに、一つ二つ咳払いをしてから話を転換する。

 

「雪ノ下、お前はなんかないのか?」

「あら、早速人任せ?もう少し脳を働かせてはどうかしら」

 

 冷たい目でジロリと睨まれる。心なしか少し不機嫌に見えないこともない。

 

「脳を働かせた結果、何も浮かばないんだよ」

「そう、数ビットしか容量のないあなたの脳みそでは仕方のない事ね」

「せめてバイトにしてくれ。てかなに、なんで不機嫌なの?」

「別にそんなことはないわ。......でも、そうね。比企谷くん、一つ確認しておきたいのだけれど」

「なんだ?」

「鶴見さんを取り巻く世界を変える為に、私達が直接介入する必要はあるかしら?」

「無いな」

 

 即答する。

 鶴見留美が、既に諦めた関係にも手を差し伸べる事が出来る事を前回の千葉村で知った。

 そして、周囲の子も受け入れてくれる事もクリスマスの時に知った。

 だから俺たちはお膳立てするだけでいいんだ。留美が一歩踏み出すために。

 

「では考え方を変えましょう。鶴見さんの現状をどうにかする為に、では無く、鶴見さんが現状をどうにかする為に、と」

「ん?え?あれ?変わって無くない?」

 

 いやいや結構な差があったぞ由比ヶ浜よ。確かに言葉だけを受け止めればそこに差異は無いが、その意味合いは全くと言っていいほど変わる。

 昨晩から俺たちや葉山たちが考えていたのは、『鶴見留美を救う為に、俺たちは何をすればいいのか』だったが、雪ノ下が言っているのは『鶴見留美を救う為に、鶴見留美自身が何をすればいいのか』だ。俺たちが直接介入しないと言うことは、問題の解決は留美自身に委ねられる。では留美がどのように解決していくのか。その為に俺たちは何をすればいいのか。

 と言った感じのことを掻い摘んで由比ヶ浜に説明する雪ノ下。由比ヶ浜もそれで納得いったのか、なるほどー、と頷いている。

 

「でも、留美ちゃんは実際にどうするんでしょうね?今の惨めな状況が嫌だってお兄ちゃん達に言ってたって聞きましたけど」

「なら、その状況をひっくり返しちゃったら良いって事ですよねー?」

 

 いつも通りの間延びした声で一色が言う。

 

「だから、その状況を変えるのにどうしたら良いかを話し合ってるんだろうが」

「いえいえ、そう言う事じゃ無くてですね。て言うかこんな事も分かんないんですか?アホなんですか?」

 

 え、なんで俺今馬鹿にされたの?馬鹿にされる要素無かったよね?

 

「......なるほど、そう言う事ね」

「あー、そう言う事ですか。いろはさんも結構小狡いこと考えますねぇ」

 

 どうやら雪ノ下と小町は一色の言わんとしてることに察しがついた模様。

 一方で一色にアホの子呼ばわりされた俺と元祖アホの子由比ヶ浜は何を言ってるのか全く分かっていない。

 

「せーんぱーい」

 

 一色の甘ったるい声色が耳に届く。

 八幡知ってる、これ碌でもないこと言い出すときのいろはすだ!

 

「そこに分かれ道がありますよねー?」

「そ、そうだな......」

 

 中央に大きな岩。それを起点として道が左右に分かれている。

 千葉村の事務室から借りてきた、肝試しのコース用の地図に雪ノ下が何やら書き書きしている。多分、誘導用のカラーコーンを置く場所のメモだろう。この下見にはそれをする目的も含まれている。

 

「これ、間違えた道に進んじゃうとどうなると思いますー?」

「そりゃ、迷子になるだろ」

 

 小学生達が肝試しの目的地としている祠は、この分かれ道を右に進んだ先にある。

 左側にも道は繋がっているし、ある程度の舗装もされているが、この山の中の夜となれば周囲に明かりも無く、文字通り真っ暗だ。ソースは俺。昨日の夜はマジで真っ暗で若干怖かったまである。

 そんな暗闇を、俺たち高校生なら兎も角小学生達が歩くとなれば、必然的に迷子になってしまうだろう。そのための誘導用カラーコーンだ。

 

「じゃあじゃあ、迷子になった後はどうなると思います?」

「そりゃまずパニクるだろ」

「ああ!そう言うことか!」

 

 隣で大声を上げる由比ヶ浜。

 え、まさかガハマさん分かったの?

 

「先輩、まだ分かりません?」

「いや、ちょっと待て、由比ヶ浜に分かって俺に分からない筈が無い」

「ヒッキーあたしのこと馬鹿にしてない⁉︎」

 

 いや、一つだけ浮かんだ考えはあるが、流石にそれは無いと信じたい。一度あんな方法を取っている俺が言うのもなんだが、割と最低な部類に入る手段だろう。

 

「お前、まさかとは思うけど、あの子達を迷子にさせるとか言わない、よな......?」

「んー、まあ結果迷子になってしまうかもしれませんけど、正確に言うならば」

 

 にこー、と近年稀に見る極上のあざとスマイルで、我らが愛すべき後輩は実にシンプルに、一言でその作戦を説明した。

 

「下克上、です♪」

 

 

 

 

 

 

 暗闇に包まれた森の中、俺は一人で息を殺すようにして繁みに隠れていた。

 聞こえてくるのは鈴虫の鳴く音と風の音くらい。周囲に灯りは存在しないが、道が分からなくなるほどでは無い。

 それでもこんな真っ暗闇の中で一人は若干怖いし淋しさを感じてしまう。一人でいることに対してそんな感情を抱くとは、もうぼっちを名乗れないかもしれないな。

 いや、そもそも三浦達にあんな事を言った時点で、自分はぼっちでは無いと言っているようなものだ。

 不思議と悪い気はしない。

 そんな感傷に浸っていると、後ろからガサゴソと音が聞こえた。誰か来たのかと振り返ってみると、そこには白い着物に身を包んだ雪ノ下が。

 

「雪ノ下」

「ひっ......!」

 

 こりゃまたなんとも可愛らしい悲鳴な事で。そう言えばこいつ幽霊とか暗い所とか苦手だったっけ。

 

「ひ、比企谷くん?」

「俺以外の何に見えるんだよ」

「幽霊かと思ったわ。目が死んでいたから」

「俺の目は腐っちゃいるが死んではいない」

 

 言いながら俺の隣まで来て腰を下ろし繁みに隠れる雪ノ下。

 

「しかしお前、本当着物似合うな」

「どうしたの突然?」

「いや、思った事を言っただけだが」

「比企谷くんが素直に思った事を言うだなんて怪しいわね。何を企んでいるのかしら」

「ひでぇ言い草だなオイ」

 

 たまに素直になってみればこれである。まぁ、こう言う会話をする方が俺たちらしくて良いかもしれない。

 

「今度、浴衣姿も見せてあげましょうか?」

「浴衣?」

「ええ。夏休み中に花火大会があるでしょう?由比ヶ浜さんも誘って三人で行きましょう」

 

 一色と小町は誘わないのかとか、お前から誘うなんて珍しいなだとか、言いたいことは色々とあったが、それよりも何よりも、確か前回こいつは......。

 

「家のことなら大丈夫。それまでに決着をつけるわ」

「だから、なんで俺の考えてることわかるんですかね......」

 

 あれか、二度目の世界に来てから超能力に目覚めたとかか。テレパシーでも使えるのかしらん?

 

「もうそれなりに長い付き合いなのだから、浅はかなあなたの考えてることなんて分かるわよ」

「どうして今余計な一言を加えた。別に浅はかでも良いだろ。底が深くて足がつかない方がよっぽど怖い」

「それで、どう?」

「話聞けよ。はぁ......。ま、花火大会くらいなら別に良いよ。前は由比ヶ浜とも行ったしな。小町のお使いしに」

「そう」

 

 嬉しそうに微笑む雪ノ下。その笑みは、雪女や氷の女王だなんて揶揄するのが失礼だと思うほどに、暖かいものだった。

 その笑顔に見惚れていると、ポケットに入れた携帯が震える。

 小町からの連絡だ。どうやら留美達の班が出発したらしい。

 

「さて、そろそろって事だな」

「そうね」

「心配か?」

「......何も言っていないのだけれど」

「それなりに長い付き合いだと相手の考えてる事なんて分かるんだろってちょっと待てその携帯から手を離せ一体どこに掛けるつもりだオイ!」

 

 してやったり顔で、雪ノ下自身の言葉を返してやると何故か通報されそうになった。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 一色の考えた作戦は非常にシンプルなものだった。

 先程の分かれ道、あそこに置いてあるカラーコーンを反対側に置き留美達の班を迷子にさせる。

 彼女達はまだ小学生。一応ライトを持たされるとは言ってもこの暗闇の中、安全だと信じて歩いた道がまさかゴールの見えない迷路だと分かった時、まずパニックに陥ってしまうだろう。だが、留美はそうならないと確信があった。

 前回のあの状況下においても冷静にその場を逃げ切るための判断を下せた少女だ。たかが迷子程度なら大丈夫だろう。それが、俺と雪ノ下が一色の案を採用した理由だ。

 自分以外の人間がパニックに陥る中、鶴見留美は一体どのような判断を下すのか。

 果たして班のメンバーを見捨てるか、それとも彼女達と手を取り合い共に脱出しようとするか。

 一色が言った下克上の意味とはつまり、普段虐められてる留美が上に立ち、虐めてる側の少女達が下につくと言う構図がどうしても出来上がってしまう、そう言う事だった。

 そこまで考えていた一色には素直に感嘆するばかりだが、何故彼女は、留美がパニクらないと確信していたのか。肝試しが始まる前にそれを聞いてみた所

 

「あの子、多分わたしと同じ種類の人間だからですよ」

 

 と、なんでもないように言って見せた。

 しかしその時の一色は完全なる無表情。いつものようなあざとい仮面でも、あどけない年相応の素の表情でも無い。

 その表情を消した顔で、一色はこうも続けた。

 

「わたしも、昔留美ちゃんと同じような事になった時があったんですよ。誰かをハブってって言うのを繰り返してたら、いつの間にか自分がハブられてて。その時やっぱり思いましたよ。今のわたし、すっごく惨めだなーって。だから見返してやろうかと思ったんです。それで、わたしでこのしょーもないお遊びもお仕舞いにしちゃおうって」

「一応聞くけど、何したんだ?」

「知りたいです?」

「いや、いい。なんか嫌な感じするし」

「失礼ですね。ただ男子達を使って、わたしをハブってた女子達のヘイトを高めただけですよ。お陰で女子達のヘイトはわたしに固定されましたけどね」

「えげつねぇ......。だから聞きたくなかったんだよなぁ......」

「ま、この際わたしが何をしたのかとかはどうでもいいです。要は、留美ちゃんはわたしと同じで何か行動を起こすことが出来る子って事ですよ。わたしは結局その時どこかで間違えたんだと思うんですよね。だから今こんなんだし」

「......」

 

 一色の語ったその話。その中で彼女のとった行動はどこかで聞いた事のあるようなものだった。それもそうか、今までの俺自身が全く同じ事をして来たのだから。

 周囲の悪意や害意を利用して、それらの向き先を自分へと変える。そうする事で解決へと繋げてしまう。

 それを、間違ったんだと一色は断じた。

 あぁ、全くもって耳に痛い。

 

 それに加えて、昼間の留美の言葉を少し理解した気がした。彼女は一色を指して『違う』と称した。

 俺や雪ノ下なんかのぼっちとは違い、由比ヶ浜や葉山なんかのリア充とも違う。言うなれば精神的ぼっち、と言ったところか。

 対外的にはリア充だが、対内的にはぼっちのそれ。

 ふと、夏休み開始当初のショッピングモールでの光景が頭に思い浮かんでいた。

 

「お前、夏休み始まってすぐの時に駅前のモールにいただろ?」

「え、そうですけど、なんで知ってるんですか?ストーカー?」

「ちげぇよ。偶々見ただけだ。そん時雪ノ下も一緒にいたから後で確認なりなんなりして見ろよ」

「あ、デートですか」

「それも違う。話を戻すぞ。その時、一緒に友達といただろ?」

「えぇ、まぁ」

「そん時雪ノ下が言ってたよ。あんな風に仲の良い友達がいて安心したってな」

「まぁ、同級生では唯一素を見せても大丈夫な子達ではありますね」

 

 ここで素直に友達と言わないあたり、こいつも相当捻くれてるな。

 

「普段お前が見せている『一色いろは』の仮面も理解した上で、お前と友達でいられるって事は、偽物のお前も本物のお前も受け入れてくれてるって事だ」

「はあ、で、何が言いたいんですか?」

「偽物だと分かっていても手を伸ばしてくれて、お前もそうしたいと思えていたなら、それは本物なんじゃねぇの?知らんけど」

「本物、ですか......」

 

 そう呟いた一色はどこか彼方を見るように空を見上げていた。

 かつての彼女が、また今の彼女がその言葉にどのような意味を見出しているのかは分からないが、本物を求めようとするその気持ちだけは間違いなく嘘偽りのないものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー、ゆきのん」

 

 数十分前の一色とのやり取りを思い返していると、肝試しの仕事も全て終わったらしい由比ヶ浜がやって来た。

 そういやこいつ、こんな格好でガオーとか叫んでたな。しかも小学生から凄い笑われてた気がする。流石アホの子。

 一方の俺はノーメイクノーチェンジなのにバッタリ出くわしてしまった小学生からガチでゾンビだと思われて全力で逃げられてしまった。うん、流石は俺。悲しい。

 

「一色と小町は?」

「打ち合わせ通り、念の為ゴール地点で待機してもらってるよ。でもどうして二人は待機なの?」

「彼女達には、タイミングを見計らって鶴見さん達の迷子を小学校の先生達に報告してもらう為よ」

 

 もし、この作戦が俺の思っている通りの展開、留美と班員が和解したとして、しかしそれだけではダメなんだ。留美の問題はクラス単位で行われている。つまり、留美とあの四人が仲良くなったとしても、次はその五人全員を攻撃対象にするかもしれない。

 そうならない為にも、どういう経緯があって和解したのかを匂わせる程度でもいいから小学生達には知っておいてもらわなければ困る。その為に教師を使う。

 もしそれで、留美の優しさに周りが気付いてくれたなら、彼女を取り巻く状況は好転するかもしれない。

 

 こんなものはただの希望的観測でしかないと分かっている。俺らしくない考えであり、やり方であろう。

 それでも、これが今の比企谷八幡の選択だ。

 

「やっぱり、怒られる、よね」

「そん時は俺が謝りに行くさ。その為にこんなもんも用意してあるんだしな」

 

 ポケットから取り出したのは、昼間の下見の時に使っていた地図だ。カラーコーンの設置場所や人員の配置なんかが書かれている。

 その中の、今現在俺たちがいる分かれ道を示した箇所。そこにはしっかりと俺の名前が書いてある。

 つまり、これで責任を追及された時、追及されるべき人物は俺になるという事だ。

 

「ダメだよヒッキー」

「ええ、ダメね。流石は比企谷くんだわ。呆れるほど変わらないのね」

 

 由比ヶ浜がめっと子供を叱るように言えば、雪ノ下がやれやれと溜息を吐きつつ否定する。

 だがそれでも、二人は優しく微笑んだ。

 

「あたしとゆきのんも一緒に謝りにいくよ」

「もうあなた一人に背負わせたりしない。昨夜の会話、忘れたとは言わせないわよ」

「......悪いな」

 

 二人の視線にむず痒さを感じていると、向こうから灯りが見えた。恐らくは留美達の班が持つライトだろう。

 どうやら、ターゲットがご到着のようだ。

 五人は何の疑いを持つこともなく、間違えた道へと誘導されていく。

 

「では、行きましょうか」

「おう」

「うん!」

 

 雪ノ下のその言葉を合図に、俺たち三人は留美達の後を追った。

 今の俺が選んだこのやり方で、果たして鶴見留美を救えるのかどうか。それはここから先の展開にかかっている。

 


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