カワルミライ   作:れーるがん

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なんとしても、その約束は違えぬように。


 千葉村から帰ってきた数日後、お盆が過ぎたあたりの日に雪ノ下からメールが来た。

 内容は至ってシンプルなもので、由比ヶ浜と三人で花火大会へ行こうと言うものだ。

 千葉村でも軽くそんな話をしていたので、特に断る理由なんて無い。なにより、前回も由比ヶ浜と花火大会行ったし、多分ここで断ったら小町に根回ししそうだし。

 その後待ち合わせ場所とか時間とか決めて、俺は現在待ち合わせ場所である駅の改札前に来ていた。

 最初は現地集合で良いんじゃないのかとか思ってたんだが、それをすると約一名確実に合流できそうにない奴がいるので却下したのだ。

 

 それにしても人が多い。

 花火大会当日なので仕方のないことかもしれないが、こうも人が多いと一刻も早く家に帰りたくなってしまう。

 雪ノ下の家から見下ろしたら『人がゴミのようだ!』とか叫べるかもしれないレベル。でも残念なことに俺がゴミ人間なのでそれも叶わない。

 そんなしょーもない事を考えていると、人混みがバサっと二つに割れた。

 え、なに、何があったの?怖い怖い。

 割れた人混みの間を歩いて来たのは二人の美少女。

 一人は桃色の浴衣に身を包んだ雪ノ下雪乃。

 浴衣には何かの花の模様が一つ大きく描かれており、それを着る雪ノ下は浴衣の魅力と彼女自身の魅力を最大限に引き出していた。まさにシナジー効果である。

 もう一人は青色の浴衣を着た由比ヶ浜結衣。

 まず目が行くのは帯を締めている事によって普段よりも強調されてしまっている二つの大きなメロン。まさかこんな所でも乳トン先生の偉大な教えを活かすとは流石ガハマさん。今日の彼女と普段の彼女との違いはそこだけではなかった。髪の毛はお団子にせず、アップスタイルで纏めてある。しっかりと見えてしまうウナジに妙なエロスを感じてしまう。

 

「あ、いたいた!ヒッキー!」

 

 俺を視認したのか、由比ヶ浜が元気よくこちらに手を振って来る。隣の雪ノ下も控えめに手を上げている。

 やめて由比ヶ浜!ただでさえお前らは注目浴びてるんだから!そんなさらに目立つような事したら俺のステルスヒッキーが機能しなくなっちゃうから!

 

「お待たせ!」

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」

「いんや、俺も来たばっかだ。て言うか集合時間までまだ三十分もあるだろ」

 

 十八時待ち合わせなのにまだ十七時半なんですよね。俺は小町に家から叩き出されたからだけど。雪ノ下はこの時間に来ることはなんとなく想像がついていたが、まさか由比ヶ浜も一緒に来るとは思わなかった。前日から泊まってたのかな?

 

「あら、遅刻するよりかはマシだと思うけれど」

「あたしもちょっと早いかなーって思ったんだけどね。ゆきのんが『比企谷くんなら三十分前から来ているに違いないわ。この日照りであれ以上腐ってしまっては可哀想だから、私たちも早めに出ましょうか』って」

「お前、雪ノ下の物真似絶望的に似てないな」

「そりゃヒッキーには負けるよー」

「......随分と愉快な会話をしているわね」

 

 ハッハッハと笑い合っていた俺と由比ヶ浜だったが、途端に妙な寒気を感じたのでこの話題は早々に打ち切った。

 

「では、予定より少し早いけれど行きましょうか」

「そうだね!」

 

 花火大会の会場へはここから電車で数駅ある。早速三人で電車に乗り込んだわけなのだが、視線がヤバイ。道行く人々全員が俺の隣を歩く二人の美少女へと向けられる。老若男女問わず、あらゆる人間が雪ノ下と由比ヶ浜の浴衣姿に見惚れていた。

 そしてその隣を歩く俺に向けられる嫉妬の視線。どうしてお前みたいなゾンビがそこにいるんだと言わんばかりに憎悪にも似た何かを向けられる。

 

 電車の中も外と同じく物凄い人混みだった。椅子に座ることなんて出来るはずも無く、三人並んで吊革を支えにして立つ。

 流石の由比ヶ浜も電車の中ではお喋りしないらしい。まあそれくらいのマナーは守るか。

 ふと、右側に若干の重みを感じた。ともすれば気にするほどのものではないそれ。そちらに目を遣ると、雪ノ下が俺のTシャツの裾を控えめに摘んでいる。

 由比ヶ浜が気付いている様子は無いし、雪ノ下本人も素知らぬ顔をしている。

 それでも、彼女の指はしっかりと俺の服の裾を摘んでいた。

 なんだかその姿がいじらしくて、その上とても可愛らしくも見えてつい笑みが溢れてしまう。

 先日の千葉村であんな事をして来たやつと同一人物なんて俄かには信じられないな。

 

「ヒッキー何笑ってんの?」

「ん?いや、なんでも無い」

「比企谷くん、無闇矢鱈と公共の福祉を害するのはやめなさい。通報するわよ」

「笑っただけで通報されるとか、俺の人権は何処へ行ったんだよ」

 

 全く、誰のせいで笑ってしまったと思ってるんだか。

 

 

 

 

 

 電車が目的の駅に到着すると、乗っていた人達は吐き出されるかのように電車を降りて行く。

 俺たちもそれに流されて無事に電車から脱出する事が出来たが、降りた先にも溢れんばかりの人、人、人。

 今からここを突破して行くのかぁ、と憂鬱になりなっていると、グイッと左腕が引っ張られる。

 

「えへへ、逸れたらダメだから、さ」

 

 どうやら下手人は由比ヶ浜だったらしい。彼女の左側には、俺と同じく引っ張られたのであろう雪ノ下が腕を抱きかかえられていた。

 

「ま、そうだな」

「そうね、逸れたらダメだものね」

 

 二人して苦笑しながら、由比ヶ浜に腕を引かれるがままに歩いて行く。

 こうして二人して彼女に腕を引かれたのは、クリスマスでのディスティニー以来か。

 あの時も今と同じで不意打ちだったけど、なんだか悪く無い気分ではある。

 

 改札の前まで来ると由比ヶ浜も腕を離してくれたが、残念なことにこの人混みから抜けられる訳では無い。

 恐らくはここにいるほぼ全員が同じ場所を目指しているのだからそれも当たり前か。

 

「で、花火の開始までまだ時間ある訳だがどうする?帰る?」

「帰らないし!なんでそんな簡単に帰宅を提案出来るかなぁ」

 

 いやだってこの人混みだし。さっきから歩くスピードもかなりゆっくりなもんで遅々として進まないし。

 

「そもそも今のあなたに帰れる場所なんてないわ。小町さんは人質に取ったわよ?」

「人質ってなんだよ、こえぇよ......」

 

 実際ここで帰ったところで小町に家に入れてもらえないのは目に見えてるし。更にはゴミを見るような目で俺のことを蔑んでくるに違いない。

 それもありかもしれない。

 

「小町ちゃんにお土産のリスト、メールで送られて来たんだ。だから最初は適当に屋台回ろうよ」

「お土産ってあいつ......」

 

 妹の図々しさが怖い。

 確かに前回も、一応は小町の為に屋台の食いもんを買いに行くって名目で来たけども。

 そして由比ヶ浜の携帯に書いてあるのも前回と同じ。

 だから、花火を見た思い出ってなんなんだよ。修学旅行の時もそうだったけど、そんなに兄の見て来たものとか気になるの?だったらお兄ちゃんと一緒に行こうよ。

 

「一応、花火を見る場所はもう取ってあるから、時間までゆっくり出来るわよ」

「おい雪ノ下、それってまさか」

「そのまさかよ。有料エリアの貴賓席。母さんが用意してくれたわ」

 

 と言うことは、つまり。

 雪ノ下雪乃が抱えていた実家との問題はもうクリアしたという事なのだろうか。

 いや、そんなもの考えるまでもない。

 だって、そう口にした時の彼女の柔和な表情を見れば一目瞭然なのだから。

 

 

 

 

 

 

 それから二十分ほど経過して、俺たちは漸く花火大会の会場へと到着する事が出来た。

 到着してみれば案外混雑はマシになっているもので、先程までに比べて幾分楽に歩ける。

 体力の無い雪ノ下がバテていないか不安になったが、その顔に疲労の色は出ていなかったので大丈夫だと判断する。

 もしかしたら無理しているのかもしれないが、彼女自身が今この時を楽しもうと思っているなら、俺が何か言うのは野暮だろう。きっと、由比ヶ浜もそれを察している。

 

「わー!見て見てゆきのん!ここの景品凄い豪華!」

「そ、そうなの?私にはあまり分からないのだけれど、そうなのかしら?」

「まぁ、景品だけ見ると豪華だな。だが、こう言う場合は大体にして紐はどこにも繋がってないとかだぞ」

 

 宝釣の屋台の前で声を上げる由比ヶ浜とそのテンションに困惑する雪ノ下。そして屋台のおっちゃんに軽く睨まれる俺。

 だって実際にどこにも繋がってないでしょう?

 

 祭りの雰囲気に充てられてか、常よりも更にはハイテンションな由比ヶ浜。

 そんな彼女とどう向き合うべきなのか。

 俺は別に鈍感な訳では無い。寧ろ敏感で、過敏で、過剰に反応してしまう。故に今まで、勘違いしないようにと自身を戒めて来た。

 だがもうそんな事は言ってられない。今俺たちが陥っている状況が、そうはさせてくれない。

 いや、違うな。周囲に理由を求めようとするな。それは俺の悪癖だ。確かにこの状況はきっかけの一つかもしれないが、それは俺の行動の理由には出来ない。

 ただ、俺がそうしたいから。

 雪ノ下雪乃の事が好きだから。由比ヶ浜結衣の事が大切だから。

 この三人で、この先もずっといたいから。

 だから俺は動く。理性の化け物だか自意識の化け物だか知らないが、そいつらには大人しく引っ込んどいて貰おう。

 

 だがしかし由比ヶ浜にはどう切り出したものか。

 出来れば二人だけで話がしたいが、その話の内容自体も、由比ヶ浜が何かを覚えているのか否かで変わってくる可能性がある。

 そもそもこれって俺から切り出していい話なのか?やっぱり雪ノ下にもいてもらった方が良いんじゃ......。いやしかしそれはそれで恥ずかしいし......。

 

「ヒッキー」

「ん?」

 

 徐々に頭の中がヘタれていくところで、由比ヶ浜から呼びかけられた。

 近くに雪ノ下の姿がないんだけど、大丈夫?

 

「あたしあそこのりんご飴買ってくるから、ゆきのんの事見ててくれる?」

 

 由比ヶ浜が指差した先にあったのは射的の屋台。雪ノ下の姿もそこにあった。どうやら景品にパンさんの人形が出ているらしく、その目はハンターのそれへと変化している。

 パンさんの事になると人が変わるのは今更だが突っ込まない事にするが、そんな雪ノ下から由比ヶ浜が自ら離れていくとは珍しい。

 いつもなら雪ノ下の隣で苦笑いしながら時折突っ込んだりしてるのに。

 

「了解だ。俺らはここいるから、さっさと買ってこい」

「分かった!」

 

 俺の返事を受けて、射的屋からそう遠くない位置にあるりんご飴の屋台へと向かおうとする由比ヶ浜だったが、その足が二歩目を踏み出す事はなかった。

 

「あ、ユイちゃんだー」

 

 誰かの由比ヶ浜を呼ぶ声。

 誠に遺憾ながら、俺にも聞き覚えのあるその声。

 あちゃー、みたいな顔した由比ヶ浜と二人して声のした方に振り向いた先にいたのは、ある意味では因縁のある相手、友人らしき人物と共にいた相模南だった。

 

「あ、さがみん、久しぶりー」

 

 どうやら由比ヶ浜がここを一人で離れようとしたのは、相模を予め発見していたからっぽい。

 由比ヶ浜が一人になれば、仮に彼女らと遭遇したところでそれはただ友達と出会っただけに終わる。俺や雪ノ下の方も、由比ヶ浜がいなければ相模から絡んでくることなんて100%無いし。

 だが残念な事に由比ヶ浜がここを立ち去る前に、相模は絡んで来やがった。

 こうなったら前回と同じく俺は木の役に徹するとしようか。

 

「それで、今日は誰と来てるの?」

 

 おっとその質問はいけないぞ相模。俺のステルスヒッキーが作用しなくなるじゃないか!

 

「あ、うん。えっと」

 

 俺を紹介しようと由比ヶ浜がこちらに視線を向けた事で、相模も俺を視認する。

 その瞬間、相模南は確かに嗤った。

 

「同じクラスの比企谷君。それと......」

「へぇー。私たちなんて女だけで花火大会で、超寂しいんだよねー。いいなー、私たちも青春したいなー」

「あ、えっと、そんなんじゃないんだけどな......」

 

 由比ヶ浜は恐らく雪ノ下も紹介するつもりだったんだろうが、それよりも前に相模があの厭らしい笑みで言葉を紡ぐ。

 きっと、俺だけでなく由比ヶ浜の事も馬鹿にして嗤っているのだろう。

 ここは女子にとって社交場と同義だ。一緒に来ている相手ですらステータスとして認識されてしまう。

 だが残念だったな相模。お前は今、この場で、由比ヶ浜に話しかけるべきではなかった。

 

「あら、由比ヶ浜さんのお友達?」

 

 俺の背後から聞こえてくるのは、夏の暑さすらも吹き飛ばす程の冷たい声色。

 その声の主を視認したのか、相模達の表情が一瞬凍りつく。

 それもそうだろう。まさかこの場に、校内の有名人である雪ノ下雪乃がいるだなんて思いもしなかった筈だ。それが俺たちの連れだというのなら尚のこと。

 俺からすれば実に白々しいと言えるセリフを吐いた雪ノ下は、悠然とした足取りで俺と由比ヶ浜の隣に立つ。

 

「うん、こちら同じクラスの相模南ちゃん」

「そう、同じクラスなのに認知されていないなんて、流石は比企谷くんね」

「お前いつから見てたんだよ......」

 

 その口振りから察するに、こちらへ来る少し前から状況を見ていたらしい。

 

「少し前からよ。具体的には、彼女があなた達の事を嗤ったあたりから、かしら」

 

 鋭い眼光で相模達を射抜く。

 その目に気圧されたのか、半歩ほど後ろに下がっていた。

 最近の、と言うか今の雪ノ下は俺や由比ヶ浜の事を馬鹿にしたやつに対して容赦無く敵意を見せている。三浦の時しかり、川崎の時しかり。

 それはちょっとばかり嬉しかったりするのだが、それでもやっぱりちょっと怖いです。

 

「由比ヶ浜さん、そろそろ行きましょう。小町さんへのお土産を買わないといけないのだから、花火の時間に間に合わなくなるわ」

「あ、そうだね。ごめんねさがみん。じゃあまた学校で」

「う、うん、また学校でね」

 

 一転してどこか苦しそうな笑みを見せる相模を尻目に、俺は二人の後についていくように歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 小町へのお土産を無事に買った後、雪ノ下の案内のもと俺たちは有料エリアの貴賓席まで来ていた。

 雪ノ下の案内、とは言ってもご存知の通りこいつは方向音痴。間違った道に行こうとする度に、前回の記憶をなんとか掘り出した俺が道を間違えていることを指摘してしては睨まれ、みたいな感じだったが。

 

「それにしてもゆきのんやっぱり凄いね!こんな所顔パスとか初めて見たよ!」

「そうかしら?」

 

 有料エリアの入り口、更にはこの貴賓席の入り口と、立て続けに雪ノ下の顔パスでやって来たが、俺と由比ヶ浜はその後ろでボケーっとついていく事しか出来なかった。

 たまに忘れそうになるけど、こいついいところのお嬢様だもんな。

 そして本人もそれを変に気取ろうとしないから嫌味にもならない。まぁ、こいつの場合は実家との折り合いが悪かった故、だろうが。

 そしてなんの因果か皮肉か、俺たちが現在座っているのは、前に陽乃さんと由比ヶ浜と三人で花火を見た場所と同じだった。

 

「それより、そろそろ始まるんじゃないかしら?」

 

 携帯で時間を確認してみると、確かに花火が打ち上がる時間までもう後一、二分と言うところだった。

 有料エリアで人が少ない故、と言うのもあるのだろうが、先ほどまでの喧騒は止んでおり、会場の全員が今か今かとその瞬間を待ちわびている。

 そんな奇妙な静寂の中、ドンッ!と言う大きな音と共に空に大きな花が咲いた。

 俺の両隣からは綺麗だわ、と小声で聞こえて来たり、おおー!と感嘆の声が上がったりしている。

 暫くそうやって三人で花火を眺めていたのだが、唐突に雪ノ下が口を開いた。

 

「ごめんなさい、父に顔を見せるように言われているから、少し外すわね」

「別に構わんが......」

「心配しなくても直ぐに戻るわ」

 

 クスリと笑って、雪ノ下はテントがある方へと向かった。そこには椅子だけでなく机も設置されている事から、お偉いさん達が食事をしながらお話しているのだろう。

 

「ゆきのん、家族と仲直りしたみたいだね」

 

 去っていく雪ノ下の後ろ姿を見て、由比ヶ浜が言った。

 彼女は何も口には出さないが、それでも今日ここに来られている事実、どこか肩の荷が下りたかのような雰囲気から察するに、母親との戦争は無事に勝利したのだろう。

 

「雪ノ下から聞いたのか?」

「ううん、聞いてないよ。でも、見てたら分かるよ」

 

 ---もう一年以上一緒にいるんだし。

 

 由比ヶ浜のその言葉は、思ったよりも俺に衝撃を与えなかった。

 千葉村でのこいつの言動はそれを推論させるには十分過ぎたし、きっと、俺も心の何処かで由比ヶ浜に思い出していて欲しいと言う願望があったのだろう。

 

「ねえ、ヒッキーはさ、ゆきのんの事、好き?」

「............ああ」

「そっか......」

 

 噛み締めるように呟いた後、俯いた。

 多分俺は今、何か決定的に大きな選択をした。

 何かを選ぶと言うことは、何かを選ばないと言うことで。俺は、雪ノ下雪乃を選び、由比ヶ浜結衣を選ばなかった。

 由比ヶ浜は顔を上げ、何処か泣きそうな表情で花火を見上げる。

 

「千葉村の最後の日の夜にね、ゆきのんと話したんだ。あたしのこと、ゆきのんのこと、それからヒッキーのこと」

「なんだよ、本人のいない所で陰口か?」

 

 こうして茶化しでもしないと、由比ヶ浜の顔が見れなかった。

 

「違うよ。色々話したんだ。色々と」

 

 その時の事を思い出しているのだろうか。その目は花火を見ているようで、どこか別の場所を映しているようにも見える。

 やがて少しの間の後、由比ヶ浜は強い力を持った目で俺を見つめてくる。

 そこから決して目を逸らしはしない。俺は由比ヶ浜と向き合うと決めたのだから。

 

「あたしはヒッキーが好き」

 

 心臓が痛いほどに高鳴った。

 由比ヶ浜の気持ちを今まで察せなかった訳ではない。でも、こうして改めて口に出されると、やはり動揺してしまう自分がいる。

 

「でもね、それと同じくらいゆきのんの事も好き。あたしはただ、三人でずっと一緒にいたい。今までみたいに、これからもずっと一緒に。二人の友達でいたいの。ヒッキーは、どう?」

「お前が、それを望むなら......」

「違うよ。あたしが望むとか望まないとか、そんなの抜きにして、ヒッキーはこれからどうしたい?」

 

 まただ。また、自分以外の何かに理由を求めて、それを免罪符にしようとした。それは辞めようと先ほど決意したばかりなのに、どうしても自意識の化け物が顔を覗かせる。そんな自分が、たまらなく嫌になる。

 それはしてはいけないことだ。由比ヶ浜に対する何よりの冒涜であり、俺がこの世で最も嫌う偽物だ。

 俺が、比企谷八幡がどうしたいのかなんて決まっている。

 

「俺は雪ノ下のことが好きだ。多分、今までもこれからも、こんなに人を好きになることなんてないんだと思う」

「......うん」

「でも、お前も、由比ヶ浜も、俺にとっては大切な存在なんだ。今更俺たちのうちの誰か一人で欠けるなんて、想像できない。したくもない」

「......うん」

「だから、許されるなら、俺は、お前達とこれからも一緒にいたい」

 

 雪ノ下の事が好きだからと言って、じゃあ由比ヶ浜のことは嫌いなのかなんて聞かれてもNOとしか答えられない。どちらも、今の俺にとっては大切な存在で、ただ好意のベクトルが違うだけ。

 それでも、俺はこの目の前の優しい少女を選ばなかった事実は変わらない。

 

「じゃあさ、一つだけ約束して」

「約束?」

「そう。ゆきのんのこと、大事にしてね」

「あぁ、言われるまでも無いさ」

 

 この話はこれで終わり、とばかりに由比ヶ浜はニッコリと笑い、その視線を花火の方へと戻した。

 

 やはり、由比ヶ浜は優しい女の子だと、改めてそう思った。それは俺が勝手に決めつけて、幻想を押し付けているだけなのかもしれないけれど。

 だからこそ、その約束は違えないようにしよう。

 


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