確実に、彼らの未来は変わりつつある。
「なん、だと......⁉︎」
夏休みが明けて、二学期が開始されてから数日が経ったある日の事。俺は黒板の前で絶句していた。
そこにチョークで書かれているのは
『文化祭実行委員 男子 比企谷八幡』
と、俺に残酷なほどの事実を知らしめるものだった。
おかしい。前回の教訓を活かして保健室でサボらずちゃんと教室にいたのに。確かに戸塚には適当に決めておいてくれ、とは言ったが。
「次の授業が始まると言うのに、まだ実行委員を誰がやるのか決めていなかったようなのでな。だから、比企谷にしておいた」
俺の肩をポンと叩き、凄いいい笑顔で言ってのける平塚先生。
「いやでも先生、それはあんまりじゃ......」
「LHR中に本気で居眠りする方が悪い。さぁ席に着きたまえ。授業を始めるぞ」
あれ、ひょっとしなくてもこれって俺の自業自得?折角保健室のベッドじゃなくて硬い机の上で我慢したって言うのに。いや、そもそも寝るの前提なのがダメだわ、うん。
しかし、文化祭、である。
八幡知ってるよ。この後放課後に女子の委員決めようにも中々決まらなくて結局葉山の推薦した相模が委員になって実行委員が立ちいかなくなるんでしょ?
そして文化祭が終わった頃には俺も一躍時の人!
......やだなぁ、やりたくないなぁ。
放課後になってから俺は教室に残る事なく、足早に会議室へと向かっていた。
どうせ女子の委員が誰かなんて分かりきったことだし、教室に残る意味はない。
俺からしたら丁度一年前に通い慣れた会議室の扉を開く。
まだ委員会までに時間があるからか、人は疎らだったが故にか、いち早くその人物を見つけることが出来た。
そいつの座っている席の近くまで行き、声をかける。
「よお」
「こんにちは」
座って静かに本を読んでいた雪ノ下雪乃は、顔を上げて挨拶をしたあと、心底意外そうな表情をする。
「意外ね。あなたならなんとか委員にならないように逃げようとするものだとばかり」
「俺もそうしたかったのは山々なんだがな。そう言うわけにもいかんだろ」
今日の会議の途中から委員長となったものが座るであろう席を見る。
俺としても、文化祭実行委員なんて非常に面倒でやりたくなんてないのだが、その先を知ってる者としてはそうもいかない。
何より、どうせやらなかった所で平塚先生に奉仕部として引っ張り出されるのは目に見えている。体育祭がいい例だ。
「んで、どうすんの?」
「どうする、とは?」
「まだ決まってすらいない委員長だよ。お前のことだから手をこまねいているだけ、って訳じゃないんだろ?」
「私はやらないわよ」
「それは知ってる」
雪ノ下は姉の陽乃さんと比べられる事を嫌う。
彼女が委員長になれば、必然的に類を見ないほどに盛り上がったと言われている陽乃さんの代と比べられるだろう。
「文化祭の準備中の部活だよ。無しにするのか、休みにするのか」
「どちらも同じじゃない......」
はぁ、と溜息を吐かれた。
だって仕方ないじゃん。俺働きたくないし。
「それよりも、そろそろ座ったら?」
いつの間にか結構な人数が集まってきていたようで、殆どが各々の席に着いている。
立って話をしているのは俺だけな上に、その話し相手があの雪ノ下ともなれば嫌でも視線を集めてしまう。
居心地が悪くなったので、雪ノ下にまた後で、とだけ言ってから彼女と少し離れた場所、と言うか前回と同じ場所に腰を落ち着かせた。
辺りを見回してみると、やはりと言うかなんと言うか、俺の五つくらい隣の席には相模南が座っている。
こりゃ本格的にどうするか考えんとなぁ、なんて思っていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
こんなぼっちに何の用ですかな、と振り返ってみると。
「こんにちはです。せーんぱい♪」
一色いろはがそこにいた。
「お前なんでこんな所いんの」
「そりゃわたしも実行委員だからに決まってるじゃないですかー」
え、こいつ前回いたっけ?いたら流石に気付いて......いや気付いてないか。あの頃はまだ他人に無関心だったし。なんなら今も無関心だけど。
「先輩こそ珍しいですね。こんなんする人でしたっけ?」
「俺は半ば強制なんだよ。平塚先生の策略でな」
「なら納得です」
納得されちゃったよ。実際、平塚先生のせいでもない限りはこんな面倒な仕事は普段やらないのだが、今回は事情が変わってくる。
恐らくはこの後に奉仕部に持ち込まれるであろう依頼のことを考えると、俺が文実にいた方が色々と都合がいいのだ。
「前に文実委員長を屋上で泣かせたのって、やっぱり先輩だったんですねー」
「は?」
唐突に、一色がとんでもないことを口走った。
こいつは、今なんて言った?
「そんな事より、そろそろ会議始まりますよ」
「いや、お前」
「後でお話ししますから」
先の発言について問い詰めようとしたが、会議が始まってしまうのも事実。
恨みがましい視線を一色に送っていると、会議室の前の方に置かれたホワイトボードの前に我が校の生徒会長が立つ。
「それでは、文化祭実行委員会を始めます!生徒会長の城廻めぐりです」
三つ編みおさげとおでこがチャーミングなほんわかめぐりん☆パワーでお馴染みのめぐり先輩だ。この人も久しぶりに見た気がするが、相変わらずのめぐりっしゅ効果である。
そしてその傍にはメガネを装備した現生徒会役員の人達が佇んでいる。あの人達も相変わらず忍者みたいと言うか、めぐり先輩に忠実と言うか。
「それでは早速、実行委員長の選出に移りたいと思います。実行委員長は例年二年生がやる事が決まっているので、二年の人で誰かやりたい人は挙手してね」
誰も挙手しようとしない会議室内を見渡してみる。席順なんて特に決まってる訳でもないので誰が二年かとか分からないが、見渡す限りモブっぽいやつばっかだった。その中でも俺は抜きん出たモブ感を持っている。なんなら明日からフェードアウトしてもバレないくらいのモブ。存在感的にも超モブ。
この中で主役、つまりは委員長に相応しいだけの存在感を放っているやつなんて片手で数えて足りるくらいだ。
雪ノ下雪乃と一色いろは。
この二人くらいだろう。指二本で足りちゃった。
「それって絶対に二年じゃないとダメなんですかー?」
俺の隣から発言が。
一色が挙手しながらめぐり先輩に確認するが、取り敢えず発言していいかどうかは確認しようね?
周りの生徒たちは、突然一年生が発言した事とその内容に驚いているようだ。
「ごめんねいろはちゃん。二年生がやるってきまりなんだ。もしよかったら副委員長とかどうかな?」
「んー、考えておきます」
一色の依頼内容、と言うか目的を考えたらここで実行委員長に名乗りをあげるのは当然といえば当然か。一年で生徒会長になると言う彼女の目的から察するに、実績作りでもしておきたかったのか。
しかし、さっきのこいつの言葉といい、こいつの存在自体といい、一色いろはについては分からない事が多い。これも、しっかりと話し合わなければなるまい。
その後めぐり先輩や実行委員顧問の厚木先生が呼びかけるも、立候補する者はおらず。
前回と同じく、二人は雪ノ下を見つけて声をかけていたが、こちらも前回と全く同じ言葉で流していた。
「あの〜」
そんな中、一人の生徒が手を挙げる。
分かっていた事ではあるが、心の中でだけ溜息を吐いてしまう。
「誰もやらないなら、うちやってもいいですけど......」
「わ、本当⁉︎えっと......」
「二年F組の相模南です。こう言う人前に出るのとか苦手なんですけど、ウチもこの文化祭を通して成長したいなって」
相模の言葉に委員会のメンバーは心を打たれたのか、暖かい拍手が送られる。三人を除いて、だが。
雪ノ下はほぼ無表情のままだし、俺もあからさまに興味無さそうにしている。そしてもう一人、一色は超白けた目で相模のことを見ていた。あ、今誰にも聞こえない程度に舌打ちしたぞ。
「うんうん!それも文実の醍醐味の一つだね!」
そんな感じで嬉しそうに笑うめぐり先輩には申し訳ないが、俺としては相模には立候補して欲しくなかった。
この文実を正常に機能させ、文化祭を難なく開催するのに最も手っ取り早い方法は相模南以外の人間が委員長を行う事である。
別に期待していた訳ではないので、相模が委員長になってしまったのはこの際仕方がない。問題は、この後俺が、いや俺たちがどう動くかだ。
相模が奉仕部に持ってくるであろう依頼。それは奉仕部の理念に反するものであるのは分かっている。
前回は俺と雪ノ下の間でちょっとした問題を抱えていたが故、雪ノ下が一人で依頼を受けることを容認してしまった。更には陽乃さんの介入による雪ノ下、相模両名の暴走を止められなかったし、その結果として雪ノ下が体調を崩すことになってしまった。
この中で最も懸念すべきは、雪ノ下陽乃の介入だろう。これだけは今回も避けて通れない筈。
今から気が重いな......。
「城廻先輩、わたし副委員長やりたいんですけど、いいですか?」
「勿論だよ!いろはちゃんなら安心して任せられるし、よろしくね!」
どうやら俺が考えごとをしている間に一色の方も自分で考えを纏めたらしく、改めて副委員長に名乗りを上げる。それを快諾してくれるめぐり先輩。どうやら一色の事を高く評価しているようだ。
実際、こいつはやれば出来る子だしな。一度目の世界でもひいこら言いながらも生徒会の仕事はこなしてたみたいだし。
......いやでも大体の面倒ごとは俺たちに押し付けられてたような気もするぞ。あと副会長。
「じゃあ早速二人に会議の方は任せるね!」
「え、あ、はい......」
「分かりましたー」
まさか初日からやらされるとは思っていなかったのか、相模は若干驚いたような声を上げ、一色はいつも通りニコニコと人好きされそうな笑顔を貼り付けたまま二人はめぐり先輩の立っていたホワイトボードの前へと向かう。
その席に座った瞬間、全員の視線を感じ取ったからか相模は緊張で身動ぐ。
ま、人前に立つことに慣れていないやつがいきなりこんなところに引っ張り出されたらそうなるわな。そして相模の運がなかったのは、隣に一色いろはがいることだ。
緊張で強張る相模と比べ、一色のやつは周りからの注目なんぞどこ吹く風とばかりに堂々としている。そんな二人が並んでトップに居座っていたら、比較されるのも当然。今はまだ大丈夫かもしれないが、これは時間が経つにつれて問題になっていくだろう。
「相模委員長、始めちゃいましょう」
「うん。えっと......」
「まずは各部署への配属決めからですよ」
「そ、そうだね。じゃあ、宣伝広報やりたい人」
その声に応えて挙手する人は誰もいない。特に一年生なんかは具体的にどの部署がどんな感じの仕事なのかなんて説明されないとわからないかもしれないし、当たり前っちゃ当たり前か。
相模の方も黙り込んでしまっている。
「宣伝広報だったらいろんな所に行けちゃいますよー。テレビとかラジオとか」
一色のその補足説明でチラホラと手をあげるやつが何人か。
因みに宣伝広報だからと言ってテレビだかラジオだかは関係ない。総武の文化祭は確かにここ近辺の他の学校と比べたら割と規模も大きなものだと思うが、一介の公立高校の文化祭程度でテレビやラジオに出れるわけがない。
「えっと、次は、有志統制」
今度は何人もの生徒が挙手する。余りにも多くて相模はキャパオーバーしたのか、またも固まってしまう。
「ちょっと多過ぎですねー。後ろの方でじゃんけんして決めてもらっていいですか?」
そしてまたも一色のフォロー。
生徒会役員の人が挙手したやつら全員を後ろに集め、決まったメンバーをメモに書いていく。
しかし、ここまで相模の対応が前回と同じだとなんだか笑いが溢れそうになる。
フォローしてくれる相手がめぐり先輩から一色に変わっているが、後輩にフォローされていると言う事実はプライドの高い相模にとってどう影響を及ぼすか。一色の場合はあいつもあいつでいい性格してるので、見ててハラハラするというのもある。
このまま何事も起こらない事を祈りたいが、そう言うわけにはいかないんだろうなぁ......。
結局その後も、相模が話して、それを一色がフォローして、と言う感じで会議が続いていき、所属部署決めと部署ごとの顔合わせをして会議は終わった。
俺と雪ノ下は前回と同じく記録雑務である。出来ればこの後も雪ノ下が記録雑務から離れるような事態に陥らない事を願うばかりだ。
別に雪ノ下と同じ部署がいいとかそんなんではない。
一抹の不安を残しながらも会議室を出ると、雪ノ下と一色、それとクラスの方が終わったのか由比ヶ浜もいた。
どうも一色から俺たちに話があるらしく、その三人に連れられて部室へ移動する。
どうやら一色は会議が始まる前の自分の発言を忘れていなかったらしい。
「それで、話とは何かしら一色さん」
全員の紅茶を淹れていつもの椅子に腰かけた雪ノ下が口火を開く。
その向かいに座っている一色は少しの間言いにくそうに口ごもっていたが、やがて決意したかのように言葉を発した。
「先輩方は、全部覚えてるんですよね......?」
具体的な主語は無かったが、俺たち三人には何の事を指しているのか分かる。
そして、一色自身も俺たちが覚えている事を分かった上でのこの質問だろう。恐らくは会議前のあの発言、あれで確信を得たに違いない。俺が何も知らなくて覚えていないと言うなら、わざわざ反応するような台詞では無かったからだ。
「ええ、私も、由比ヶ浜さんも、比企谷くんも、みんな全部覚えているわ」
「本当ですか?」
「本当だよ、いろはちゃん」
一色に微笑みかける雪ノ下と由比ヶ浜。
そんな慈愛に満ちた二人の表情を見た一色は
「うぅ......。よかった......、よかったよぉ......」
突然ボロボロと泣き出した。
「いろはちゃん⁉︎」
「い、一色さん?どうしたの突然?」
オロオロしだす先輩二人。
なんかオロオロする雪ノ下と由比ヶ浜って凄い新鮮な感じがする。
一色は立ち上がって二人の方へと歩いていき、そのまま二人に抱きついた。
「だって......だってぇ......」
ぐすぐすとガチ泣きしだす一色とそれを宥めようとどうにか四苦八苦する雪ノ下と由比ヶ浜。
そんな三人を見て、俺は思わず口角が上がるのを自覚した。
「で、文実のことなんですけどー」
「お前よくそこまで切り替えできるな......」
一通り泣いた一色は雪ノ下達から離れて、暫く恥ずかしそうに俯いていたが、雪ノ下の紅茶で一度インターバルを置いた後、何事もなかったかのように話し始めた。
「何の事ですかー?」
「いや、さっきまでわんわん泣いて」
「何の事ですかー?」
「あ、うん。もういいわ」
どうやらなかった事にしたいらしい。雪ノ下が猫と共鳴してるのを初めて見てしまった時の表情に似ている。
つまり、それ以上言ったら殺すと、目が語っている。
「で、文実のことなんですけどー」
「私もその事について話そうと思っていたの」
「文実で何かあったの?」
「何かあったも何も、なぁ?」
同意を求めるように雪ノ下の方を見ると、頷きの代わりにアタマイターのポーズが帰ってきた。
「そうね、何かあったと言えばあったわね。ねぇ一色さん?」
「そ、そうですねー」
バツが悪そうに目を逸らしている一色だが、そんなことではゆきのんの攻勢は止まらないぞ。
「先程の話をする予定だったのなら、副委員長就任は明日からでも良かったのではないかしら」
「え、いろはちゃん副委員長なの⁉︎」
凄いじゃん!と身を乗り出す由比ヶ浜。確かに一年にして文実副委員長、それも今日の相模に対するフォローぶりを見ると凄いのだが、それは一色個人の話をした場合だ。
今後文実を正常に機能させていくには不安要素の一つである。
「なぁ由比ヶ浜。相模の性格を考えて見てもそんなことが言えるか?」
「どゆこと?」
「前回、相模は雪ノ下に対する対抗心故にあんな暴挙に出た。それはあいつのちんけなプライドと、雪ノ下の暴走が原因だ」
視界の端で雪ノ下が顔を逸らしたのが見えた。
「別に雪ノ下を責めてる訳じゃねぇよ。問題は、相模のプライドの方にある。
年下の一年生である副委員長にフォローされ続ける自分。そんなのあの相模南が許容出来ると思うか?俺は思わん」
「あー、確かに......」
「今回、一色が前の雪ノ下みたいに委員長を置き去りにして会議を進めようが、委員長を立てて動こうが、文実の他の連中には年下の一年生にフォローされ続ける情けない委員長として映るのは明らかだ」
今はまだ問題にならないかもしれない。
相模自身も立候補の時に、人前に立つのは慣れていないと言っていたからだ。一方で一色いろはは人前に立つという事に慣れている。その上、一度目の世界での生徒会長の経験もある事から、相模以上に会議を進めるのは上手い。
勘のいいやつなら早々に気づいてしまうかもしれない。委員長に相応しいのは誰か、という事に。
「相模さん自身に変革が訪れない限り、中々難しい案件になりそうね......」
「でもそれって殆ど無理ゲーじゃないですか?」
雪ノ下の言うことは最もではあるが、一色の言う通りでもある。あの相模南がそう簡単に変わるとは思えない。
八方塞がりと言うほどではないが、メンドくさいことには変わりないなこれ。
どうしたもんかと考えていると、部室の扉がノックされた。雪ノ下のどうぞ、と言う声に応じて扉が開かれる。
「失礼しまーす。平塚先生から聞いてきたんだけど、ここって雪ノ下さん達の部活なんだ〜」
入ってきたのは相模南。前回と同じく、同じ文実の友人であろう女子生徒二人を引き連れてやってきた。
その顔には、狡猾な蛇にも似た厭らしい笑みを貼り付けている。
花火大会の時と同じだ。雪ノ下達が、俺と言う相模にとっては無価値に感じる人間が一緒にいることに対して優越感を感じている。
「何か御用かしら?」
それを彼女らも感じ取ったのか、雪ノ下の発する声は明らかな敵意の込められたものになっているし、由比ヶ浜は少し複雑そうではあるもあまりいい表情とは言えない。一色に至っては完全無表情である。
「ほら、うち実行委員長やることになったじゃん?だから、それの手助けをしてほしいの」
そんな三人が醸し出す雰囲気なんぞ気にする様子もなく、相模は依頼内容を口にした。
ここまで空気を読む能力に欠如してるとか、よくトップカーストでやってこれたな。
「自身の成長、と言うあなたが掲げた目的とは外れるように思うのだけれど」
「でも、失敗したくないじゃん?それに、誰かと成し遂げるのも成長のうちっていうか?」
「それならば副委員長である一色さんだけで十分なのではなくて?今日の会議も、上手くあなたのフォローを出来ていたように思うけれど」
痛いところを突いてきたな、流石は雪ノ下。
前回との大きな違いは、既に一色いろはと言う委員長の補佐役、副委員長が存在していることだ。しかも今日の会議で一色は見事に補佐としての役割を果たした。
「ほら、保険って言うの?一色ちゃんも一年生だし、まだ色々と慣れてないと思うんだよね」
今の相模の言葉を要約すると、『一年生程度が今後も私の補佐が務まる訳ないじゃん』である。よくもまぁ本人を目の前にそんな事言えるな。(言ってない)
てかいろはす顔怖い。ブチ切れそうなのを必死に我慢してなんとかニコニコ笑顔を作ろうとした結果凄い怖い顔になってるから。般若かよってくらい怖いから。
「......そう。そう言うことなら、お引き取り願えるかしら」
雪ノ下の言葉はしっかり相模達に届いたようで、まさか断られると思っていなかったであろう彼女らは固まってしまった。
「ど、どうして?うち、なんも変なこと言ってないと思うんだけど」
「自覚が無いのならそれで結構。その程度で委員長に就任だなんて笑わせるわね」
ふっ、と心底バカにしたかのような笑いを見せる雪ノ下。この笑みはあれだ。入部当初の俺に向けられてたやつだ。
人差し指をピンと天井に向けて差した雪ノ下は、懇切丁寧に説明を始めた。
「まず一つ、何もしないうちから失敗を前提として話を進めていること。
二つ目、今日の会議の一色さんの働きとそれに伴う結果。
三つ目、委員長と言う責任ある立場に対するあなたの意識の低さ。
最後に、そうやって始めから誰かに頼ろうとする時点で、成長するわけがないでしょう?」
投げかけられた言葉は辛辣だが、事実を的確に捉えてそれを言葉にしただけである。
結局、奉仕部が相模の手伝いをすることは誰のプラスにもならないのだ。
俺たちにとっても、相模にとっても、文実にとっても。
「それに、奉仕部は現在別の依頼を受けている最中なの。同時進行なんて言う無責任な真似は出来ないわ」
実際、修学旅行では戸部と海老名さんの依頼を同時に受けて痛い目にあってるわけだしな。
て言うかそれを最初に言ってたら良かったんじゃないですかね。わざわざ相模に喧嘩売る必要あった?
「そ、そっかー、なら仕方ないよね。じゃあ行こっか、ゆっこ、遥」
取り巻き二人を連れて、相模は素直に部室から出ていった。
外からは『なんなのアイツ!』『ホント感じ悪いよねー』なんて言葉が聞こえてくる。
「良かったのかよ、依頼断って」
部室の前から人の気配が無くなったのを見計らって雪ノ下に尋ねる。
前回のことを考えるなら断るべきかもしれないが、雪ノ下が補佐につかなければ文化祭が成功していなかった可能性があるのもまた事実。
「構わないわ。考えがない訳ではないもの」
「そう言えば、今って何か依頼あったっけ?さっきさがみんにはそう言ってたけど」
確かにそんなことも言っていたか、この嘘つかない系お嬢様。
二学期に入ってから依頼者どころか来客の一人も無かった奉仕部はいつも通りの平和を噛み締めながら平穏な日々を送ってたはずだが。
「あら、そこにいるじゃない。私たちが現在請け負っている依頼の、依頼主が」
雪ノ下の視線の先。
俺と由比ヶ浜は揃ってそちらを見る。
「え、わたし?」
三人から視線を集中させられて、一色は何の事か分からないと言った風に戸惑うが、雪ノ下の言いたい事は理解出来た。
「一色さんの依頼は、生徒会長になるための実績作りでしょう?なら、今回副委員長に就任した彼女の補佐も奉仕部の仕事の範疇だと思うのだけれど」
「要は、間接的に相模の補佐をしようってわけか」
相模の補佐をする一色の補佐をする。
前回の教訓を踏まえると、俺たち奉仕部があまり表に出てやるよりも裏でこそこそと動いた方がいい、と言う事か。
「だが、それは奉仕部の理念に反するんじゃないのか?俺たちはあくまでも魚の採り方を教えるだけ。一色に生徒会長になるための実績作りの機会を与えるだけで、その実績作り自体を手伝ったらダメだろ」
「なら言い方を変えましょうか。奉仕部としてではなく、私は私の友達の手伝いをしたいと思っている。だから、比企谷くんや由比ヶ浜さんにも手伝って欲しい、と」
したり顔で微笑む雪ノ下に、思わず溜息が溢れる。
柔軟な考えが出来るようになったと褒めるべきなのか。やはり、雪ノ下雪乃も変わったと言うことなのだろう。
かつての彼女ならば、こんな屁理屈で動かなかった筈だ。
「えへへー」
「な、なにかしら由比ヶ浜さん......?」
なんだかやたらとニヨニヨしてる由比ヶ浜に、若干引き気味の雪ノ下。
「なんだか、今のゆきのんの考えってヒッキーみたいだなって」
「あ、それわたしも思いました!先輩もいっつもこんな感じのこじつけっていうか屁理屈言いますよねー!」
「訂正を要求するわ。彼と同じ考えな訳がないでしょう?そもそも、比企谷くんは屁理屈を捏ねて仕事を回避しているのであって、私はそんな事していないのだもの。彼と同じ考えだなんて最早悪寒が走るまであるわ」
「そこまで否定せんでもいいだろ......」
雪ノ下の言う通り、彼女のそれは俺とはかけ離れている。屁理屈を捏ねると言う一点についてのみ言うのならば同じなのだろうが、彼女はそうでもしてまで自分の為すべきことをやろうとしている。
一方の俺はやるべきことすら屁理屈捏ねて回避しようとする。ただのダメ野郎だわこれ。
「ほら、喋り方まで似てきてるし!」
「よく言いますよねー。好きな人の喋り方とかって影響を受けやすい」
「二人とも?」
「「ひっ」」
一気に部屋の温度が低くなった気がした。
ちょっとー、まだ九月なんだけどー?これ雪ノ下一人で地球温暖化防止できるんじゃねぇの?
なんて心の中で茶化してはいるが、マトモに顔を上げられない。
一色と由比ヶ浜の言葉のお陰で俺の顔は真っ赤に染まってる事だろう。特に一色のせいで。
「あ、あたしそう言えば優美子達と打ち合わせがあったんだった!だから今日は先に帰るね!それじゃ!」
「わ、わたしも用事があるの忘れてましたー!それではお二人とも!」
逃げるようにしてカバンをひっ掴み部室から退散していく二人。
はぁ、と隣から溜息を漏らす音が聞こえた。
「全く......、困ったものね、あの二人には」
言葉とは裏腹に、その表情は穏やかだ。
まぁ、彼女の気持ちは分からないでもない。
嬉しいのだ。俺も雪ノ下も。
あの間違いだらけの一年間と言う時間がなかったことになっていない証拠が、確かにここにあることが。
この何よりも大切な空間が失われていなかったことが。
そんな穏やかな笑みを携えた雪ノ下を見ていて、ふと思った。
俺と雪ノ下って今どんな関係なのだろうか。
俺が由比ヶ浜と向き合うと言って引き延ばしにされていたが、あの時確かに俺と彼女は互いに好きだと言い合った。
そして夏休み中に由比ヶ浜としっかりと話し、向き合い、ケリはつけた、つもりだ。
......このまま、曖昧な関係で終わらせるつもりは毛頭ない。
しかし悲しいかな。自他共に認めるヘタレである俺はあと一歩踏み出す勇気がないのだ。
「私達も帰りましょうか」
「そうだな」
雪ノ下に促され帰る支度をしてから部室を出る。
そのまま互いに無言で歩き出した。このままいけば、職員室と昇降口への分かれ道でそのままお別れとなるだろう。実際今までもそうだった。
......らしくは無いが、ヘタレならばヘタレなりに頑張ってみるか。
「なあ雪ノ下」
「なに?」
「あー、そのだな......」
「はぁ......。言いたいことがあるならハッキリ言えばどうかしら。さしづめ、先ほどの私のやり方に文句があると言ったところかしら」
違う、そうじゃねぇよ。今言うからちょっと待ってくれよ。
「その、一緒にかえりゃないか?」
「......」
噛んだ。盛大に噛んだ。
そして雪ノ下さん無言である。あ、ちょっと肩震わせてますね奥さん。笑いそうになるのを必死に耐えてらっしゃるのかな?
ちょっと恥ずかしくて死にそうです。
「一緒に帰らないか?」
「ふふっ.......良くもまぁ、ふっ、なかった事にしようと、っ......、出来るわね、ふふふっ......」
「悪かった。俺が悪かったから。だから笑わないで。羞恥心に殺されるから」
なんだよ!笑うなら笑えよ!しょうがないだろ慣れてないんだから!あ、ぼっちだったから他人を誘う機会なんて今までなかったし慣れるもクソもねぇわ。悲しいなぁ......。
「それは困るわね。ええ、あなたに死なれては困るわ」
「そ、そっすか......」
「本当、先日千葉村で私に愛の言葉を囁いた男と同一人物とは思えないわね」
「本当すいませんでした......」
な、なんで俺謝ってるんだろう。別に悪いことしてないのに......。いや確かに雪ノ下を待たせてる事を言うのであればそれは悪いことかもしれないけども。
悪いと思ったからこうして帰りに誘ってるわけでして。
誰に言い訳してんだこれ。
「そうね......。悪いと思っているのなら、今日うちに寄って行きなさい。晩御飯をご馳走してあげる」
「ちょっと?前後の文脈がおかしいよ?」
「あら、断るの?」
「いや、流石にお前んちに寄るのはちょっと......。それに小町が晩飯用意してくれてるかもしれんし」
「そう言うことなら......」
徐に携帯を取り出した雪ノ下は、ササッとそれを操作する。一分も経たない内にピロン、と携帯が音を鳴らし、画面を確認して少し頬を染める雪ノ下。え、何が書いてあるの?怖い怖い。
戦々恐々としてると、俺にその画面を見せてきた。画面は小町からのメールを表示しており
『どうぞどうぞ!小町のことは気にせず好きに扱っちゃって下さい!不束者な兄ですがどうぞよろしくお願いします!小町も早く姪か甥の姿が見たいのです(*'▽'*)
あ、今の小町的にポイント高い(*´∀`)♪
それと兄には今日は帰ってきても家に入れないと言っておいて下さい( ͡° ͜ʖ ͡°)』
と書かれていた。
てかレスポンス早いし姪とか甥とか気が早すぎるし顔文字がなんか腹立つし。
あとなんでそんな簡単に兄を売れるの?最近妹からの愛情が冷めていってる気がする、どうも俺です。
「小町さんから許可は取ったわよ」
「いや、でもなぁ......」
「比企谷くん」
未だ言い淀んでヘタれる俺に、澄んだ空を思わせる蒼い瞳が向けられる。
でも、その目はどこか不安げに揺れているようにも見えて
「嫌、かしら......?」
「......嫌じゃ、ないです」
そんな目をされると断れるわけがない。
「そう。なら楽しみにしていてね。これからは遠慮なんて一切しないから」
どうやら俺は今日、学内一の美少女にお持ち帰りされちゃうようです。