カワルミライ   作:れーるがん

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そこには、あたたかな家族の姿がある。

『これからは遠慮なんて一切しないから』

 

 そう宣言した雪ノ下雪乃。

 一体俺はどんな目に合うのだろうかと期待半分怖さ半分だったのだが。いや、正直これは予想外ですね。

 

「どうかしたの、比企谷くん?」

「......いや、なんでもない」

 

 あの宣言をした直後に雪ノ下は俺の手をしっかりと離さないように握ってきた。俗に言う恋人繋ぎと言うやつで。職員室に鍵を返しに行った時に平塚先生の表情が般若のように歪んでいたのは言うまでも無いだろう。

 つまり学校にいる間も靴を履き替える時を除けばずっと手を繋いでいたので、下校中の生徒にめっちゃ見られた。

 流石の雪ノ下も注目を浴びれば羞恥心から手を離すかと思ったが、その逆。周囲からの視線を自覚したであろう瞬間に、まさかまさかの腕に抱きついて来やがったのである。まるで、所有権を主張するように。

 勿論注目は更に集めることになってしまい、そこかしこで上がるキャーキャーと言う黄色い声。そして男子どもから嫉妬の目で見られる俺。

 なんとも言えない居心地の悪さから逃れるように学校を出ても、雪ノ下さんは俺の腕を離してはくれなかった。

 

「なぁ、いつまでひっついてんの?」

「家に着くまで、かしら」

 

 聞いても幸せそうに微笑みながらそう言われるだけだ。

 正直な話、雪ノ下がそう笑って言ってくれるだけで俺的には十分満たされるんですけども流石に腕に当たる感触による刺激が強すぎてですね。

 

「途中でスーパーに寄っても良いかしら?」

「ん、別に構わんぞ」

「何が食べたい?」

「じゃあハンバーグで」

「ふふ、意外とお子様なのね」

「悪かったな......」

 

 そんなやり取りをしながらもスーパーへ。

 買い物してる最中も雪ノ下さんは俺の腕を離してくれないようでずっと引っ付いてた。

 そしてスーパーの中でも集めてしまう周囲の視線。学校内と違ったのはその視線の種類だろうか。校内では嫉妬混じりのものだったが、ここではなんだか生暖かいものを感じる。若いっていいわねー、的な。凄くむず痒かったです。

 雪ノ下の方もそう言ったものには慣れていないのか、途中から耳まで真っ赤に染まってたし。恥ずかしいなら離せばいいと思うんですよ。思っても口に出せない俺も悪いか。

 

 そんなこんなで無事(?)に買い物を終えた俺たちは尚も腕を組みながら雪ノ下の家へ。

 ここに来るまでに随分と精神的に磨耗してしまった気がする。最早錬鉄の英雄もビックリのレベルで磨耗してる。いや、あれは記憶が磨耗してるのであって精神的には問題ないのか。まぁその段階まで行っても只管戦ってるあたり問題ないとは言い難いけど。

 閑話休題

 なんとかエレベーターで15階まで到着。雪ノ下がカバンの中から鍵を取り出し、ガチャリと扉を開いて、

 

「ひゃっはろー雪乃ちゃん!」

 

 バタン!と速攻で扉を閉めた。

 

「なぁ雪ノ下。今中に」

「気のせいよ。錯覚だわ。きっと疲れているのね比企谷くん。まさか私の家の中に姉さんがいるわけがないわ」

 

 いや姉さんって言ってるじゃん。お前も今中にいた人見たじゃん。え、て言うかなんでいんのあの人。まさか小町から情報がリークされてたとか?いやいや小町と陽乃さんが連絡先を交換したと思われる時期は文化祭の打ち上げの時だった筈。てことは偶々?

 スッと俺の腕を離して、深呼吸を一つ。それから再び扉を開く雪ノ下。

 玄関には恐らく雪ノ下のものではないであろう靴が二つ並んでいる。二つ?

 

「なぁ雪ノ下。この靴は」

「少し黙っていて頂戴」

「アッハイ」

 

 雪ノ下の後ろに続くように玄関の廊下から、リビングへと繋がる扉の前へ。

 その扉を雪ノ下が思い切って開くと。

 

「おかえり雪乃ちゃん!」

「おかえりなさい、雪乃。今晩御飯の支度をしているから、少し待っていて頂戴ね」

 

 リビングのソファに座る雪ノ下の姉と、キッチンから顔を覗かせた雪ノ下の母親。そしてコメカミに手をやって溜息を零す雪ノ下。

 どうやら俺は、ここに来るタイミングを間違えてしまったらしい。

 

「取り敢えず、姉さんはいいとして。どうして母さんまでいるのかしら?」

 

 そう、雪ノ下雪乃の母親。一度目の世界で二度ほど対面したことのある、雪ノ下とよく似た実年齢よりも若く見えるその女性が、なんと晩御飯の支度をして娘の帰りを待っていた。

 失礼ながら、以前会った時はそんな事をするような人には見えなかったのだが。

 

「さっき静ちゃんから電話が来てねー。雪乃ちゃんと比企谷くんが手を繋いで帰ってたって!もうこれは本人に直接聞くしかないじゃない?だからお母さんも誘ったの」

「大体陽乃の言う通りよ。偶にはあなたに私の料理を食べて欲しくて」

 

 ヤバイ居辛い帰りたい。さっきから陽乃さんが俺に何も言ってこないあたりが凄い怖い。何時もなら真っ先にこっちにちょっかいかけて来るような勢いなのに、どうしてこんな時に限って何も言ってこないのか。

 

「来るなら来るで連絡の一つくらい寄越したらどうなのかしら。さっきスーパーで買い物しちゃったじゃない」

 

 はぁ、と再び溜息を零す雪ノ下のその反応は、俺からすると心底意外なものだった。

 母親と姉の間に蟠りを残していた雪ノ下雪乃。夏休みの花火大会の時、ある程度は解決したと見ていたが、まさか自宅に来る事自体を拒絶しないほどに和解していたとは。

 

「それで、そちらの方がこの前言っていた比企谷さんかしら?」

「あ、はい。比企谷八幡です」

 

 突然雪ノ下の母親から声をかけられた。返事の言葉が裏返らなかったのは奇跡だろう。まさか陽乃さんからではなくママのんから仕掛けて来るとは思いもよらなかった。

 

「丁度良かったわ。少しお料理を作りすぎてしまったと思っていたの。もう少しで出来るから、お話は夕飯を食べながらにしましょうか」

 

 それだけ言い残してキッチンの奥へと消えていくママのん。話ってなに?怖い、助けて小町!

 

 

 

 

 出て来た料理はどれも絶品だったとだけ言っておこう。

 雪ノ下家に囲まれた中での食事は緊張のあまり味なんて分かりはしないと思っていたのだが、その緊張すら吹き飛ばすくらいに美味しかったのだ。いや緊張してたのに違いはないんだけど。

 そして現在はソファに座ってママのんと陽乃さんと対面している。俺の隣に雪ノ下がいるから良かったものの、ここで雪ノ下に離席されてしまっては多分マトモに話なんて出来ないだろう。

 

「では改めて、初めまして。雪乃と陽乃の母です」

「は、初めまして。比企谷八幡です」

 

 今回ばかりは折角雪ノ下が淹れてくれた紅茶も味が分からない。どれだけ口に含んでも喉が乾く。

 雪ノ下の家にお泊まりと言うだけで相当緊張してたのに、まさかこんなイベントが待ち構えているなんて想像できるわけもないのだから。

 

「早速ですか、単刀直入にお聞きしましょうか。比企谷さんは雪乃と男女交際をしていると言う事でよろしいのですか?」

 

 マジで単刀直入に切り込んで来たなオイ。

 しかしその質問は困る。俺も雪ノ下も、互いに想いを伝えあったわけだが、付き合うとかそう言うのは一切口にしていない。まあそれも俺がメンドくさい性格してるせいなのだが。

 隣をチラリと盗み見てみると、顔を真っ赤にした雪ノ下が。さっき人前であんな事をして来た奴とは思えませんね。

 

「ダメだよお母さん。二人とも馬鹿みたいにウブなんだから、そんな直接的な聞き方」

 

 助け舟は思わぬところから。

 対面でママのんの隣に座っている陽乃さんは至極真面目な表情でそう言った。

 

「そうですか。なら、質問を変えましょうか。比企谷さん、あなたは雪乃の事をどう思っていますか?」

 

 それ実質変わってないよね。言い回しが変わっただけだよね。

 しかし、その質問に対してはぐらかす訳にはいかない。彼女の事を好きでいるのなら、言葉にしなくてはならない。

 

「その、上手く言えないんですけど。俺は雪ノ下......、雪乃さんの事をとても大切に思ってます。付き合うとか恋人とか、そんなのはよく分からないんすけど。それでも、この先もずっとこいつの事を好きであり続けられるって。それだけはハッキリと言えます」

 

 ヒュー、と場違いな口笛が聞こえた。なんだか凄い恥ずかしい事を言ってしまった気がするが、それでも俺の本心に変わりはない。

 雪ノ下のお母さんは瞑目してそうですか、と小さく呟いた後に俺と目を合わせる。雪ノ下と良く似た、澄んだ空を思わせる瞳だ。

 

「いつも、雪乃の幸せを思ってこの子と接していました。雪乃の為に、雪乃らしく自由に生きて欲しくて。でもこの前、私たちがしていた事は間違っていたのではないのかと気づかされました。初めて親子らしい会話をして、雪乃の気持ちを全部聞かせてもらって。それも全部比企谷さんのお陰よ。あなたが雪乃と出会ってくれたから、雪乃は変わる事が出来た」

「......買い被り過ぎですよ。俺は何もしてないです」

 

 雪ノ下雪乃に変化があったと言うのなら、それはこの『やり直し』と言う状況があってこそだろう。人的要因が絡むと言うのならそれは由比ヶ浜や一色のお陰だ。

 

「比企谷さん、雪乃をお願いします。この子はとても弱い子だから」

「はい」

 

 それでも、そこに俺も入っているのだとしたらこれ以上ない程に光栄なことだ。

 何かを出来ているとか、成し遂げられているとか、そう言うのは主観的ではなく客観的に見て初めて分かるもので。だから、この人がそう言ってくれるのであればそうなのだろう。

 

「では、私たちはそろそろ帰るとしましょうか」

「ええー、もう帰るの?」

「当たり前です。あなたはいつ迄いる気ですか?余り構ってばかりだと二人に嫌われるわよ」

「母さんっ!」

 

 立ち上がった母親を呼び止める雪ノ下。

 その顔は以前のような母親に怯えるものではなく、なんとも晴れやかな笑顔で。

 

「また、近いうちに帰るわ」

「ええ。その時は比企谷さんも連れてらっしゃい。主人も会うのを楽しみにしているから」

 

 そう返す雪ノ下のお母さんも笑顔で、それは何処にでもいる普通の親子のやり取りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ママのんと陽乃さんが帰宅した後、精神的な疲れからか俺と雪ノ下はソファでぐったりしていた。

 いや本当マジで疲れた。つかこれってあれなの?親公認ってことでいいの?まだ付き合ってすらいないのに。いや付き合ってないのか俺たち?マジで分かんなくなって来た。

 

「疲れたわね......」

「本当にな......」

 

 俺の肩に頭を預けているのでなんだかいい香りがして来て現在進行形で俺は疲れてるんですけどね。嫌なわけではないけども。

 

「ねえ比企谷くん」

「ん?」

「好きよ」

「ゴホッ!ゴホッ!」

 

 あまりにも突然過ぎて盛大にむせた。紅茶飲んでる途中じゃなくて良かったわ。

 

「随分と唐突だな」

「そうかしら?こうしてもう一度しっかりと言葉にしないと、あなたははぐらかしそうだから」

「はぐらかさねぇよ。そう言う曖昧なのは、もう辞めたって決めてるからな」

「そう。なら、あなたもちゃんと言葉にして?」

 

 俺の顔を覗き込むように、上目遣いでそう言ってくる。あんな事があった後だから羞恥心なんて今更出てくるはずも無く、言葉は予想以上に喉を通って口から出せた。

 

「好きだ雪ノ下」

 

 絡まる視線。何を言うでも無く、自然と唇と唇を触れ合わせる。一秒にも満たない短いキス。ただそれだけでこんなにも満たされてしまう。

 顔を離して彼女を見ると、その目からはハラリと雫が落ちている。そんな姿ですらも美しく愛おしいと感じてしまう。

 

「とても嬉しい筈なのに、何故かしらね。涙が止まらないの」

「嬉し泣きってやつじゃねぇの」

「そうかもね。なら、泣かせた責任はちゃんと取ってね?」

「おう」

 

 顔を見合わせて二人してプッと吹き出す。

 全く、らしくないにも程があるだろう。俺も、雪ノ下も。でもこれがこの二度目の世界で得たものなのだとしたら。それはきっと何よりも尊いものだ。

 

「お風呂、沸かしてくるわ」

「ん。あぁそう言えば、俺の着替えどうしたらいいの?」

 

 スルリと離れていく感触に若干の寂しさを覚えつつも、今更な質問を投げかける。さっきまで色々あったせいですっかり頭から抜け落ちていた。

 

「男物の着替え一式なら置いてあるわ。女性の一人暮らしなら当然よ」

「そんなもんなのか?」

 

 俺が知らないだけで結構当たり前だったりするのだろうか。まぁ最近は物騒な世の中だし、こんな高級マンションの高層階で下着泥棒なんかが現れるとも思えないが。

 

「お風呂、一緒に入る?」

「..................」

「そこまで熟考されても困るのだけれど......」

 

 いやだって思春期男子の俺としてはそんなお誘いを受けてしまうと理性と本能が戦争を始めてしまうわけでして。辛うじて理性が勝ってくれたからいいものの、ここでYESと言ってしまったらどうするつもりだったんですかね。

 

「その、なに、そう言うのはまだいいだろ」

「そう、まだ、なのね」

「.........」

 

 どうやら言葉の選択を致命的にミスったらしい。いや確かに将来的にはそう言うのも吝かではないと言いますかむしろどんと来いと言いますか。

 

「その時が来るの、楽しみにしてるわね」

 

 ふふ、と悪戯が成功した子供のように笑う雪ノ下を見てもう色々とどうでも良くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 結局風呂はしっかり別々に入る事になり、雪ノ下が入った後に俺も渡された着替えを持って風呂に入ったわけなのだが。さっきまで雪ノ下が入ってたと思うとマイサンを収めるのに必死になったのは仕方がない事だろう。

 風呂から上がってリビングに戻ると、雪ノ下はノートを広げてなにやら思案しているご様子。勉強してるのかなん?と思って後ろから覗き込んでみると別に勉強していたわけでは無かったようだ。

 

「文化祭のやつか?」

「ええ。一色さんに渡すのに、理想的な進捗と前回の経験を踏まえたアドバイスをと思って」

 

 主に対相模用のアドバイスだろう事は書いてある内容に少し目を通しただけで分かった。

 ソファの隣に腰掛けると、雪ノ下はまたしても俺の肩に頭を乗せて来る。その態勢気に入ったのかな?

 

「あんま無茶すんなよ。また体調壊したとかなったら由比ヶ浜とか一色が心配するからな」

「あら、あなたは心配してくれないのかしら?」

「するに決まってんだろ」

 

 まあ今回に関してはそこはあまり心配していない。雪ノ下が体調を崩してしまった要因は、副委員長になってしまった事にある。その他にも幾つか上げられるものの、遅れる一方の仕事の殆ど全てを一人で処理しようとしていた事だからだ。

 だが、今回は大丈夫なはず。一色が副委員長をしてくれるし、俺も可能な範囲で一色と雪ノ下の手助けはする。

 不確定要素としては陽乃さんの存在があるが、あの人は本当に不確定要素なので考えるだけ無駄だ。考えて分かったんならあの人の存在にここまで苦労しない。

 

「そろそろ寝ましょうか。明日も学校はあるのだし」

「そうだな。んじゃ俺ソファで寝てるから、出来れば掛け布団くらい貸してくれ」

「なにを言ってるのかしらあなたは?」

 

 本当に何を言ってるのか分からないと言った様子で俺を見る雪ノ下。え、俺今何か変な事言った?

 

「同じベッドで寝ればいいでしょう?」

「いや流石にそう言うわけには」

「そう言う事はまだしないと言ったのはあなたなのだから、何も問題は無いと思うのだけれど」

 

 問題だらけなんだよなぁ......。確かにそうは言ったけども、本当にそう言うシチュエーションになってしまったらどうなるのか分からないのが男という生き物であってですね。

 

「私としては別に襲ってくれても構わないのだけど」

「......襲わねぇよ。お前が傷つくようなことはしない」

「なら良いじゃない」

「いやでもだな......」

「だめ?」

「............だめじゃないです」

 

 だからその上目遣いは卑怯だと思うんですよ本当に!

 その後引き摺られるようにして寝室へと向かった俺とどこか嬉しそうな雪ノ下。

 ベッドに入ってからと言うものの、雪ノ下の抱き枕にされた俺は只管般若心経を心の中で唱え続ける事となったのだった。

 理性の化け物よくやった。

 

 

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