カワルミライ   作:れーるがん

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彼女は、本当に救いたい人を救うために。

 何時もと違う風景の流れる何時もと違う通学路。更に何時もと違うのは、一緒に登校する相手。常ならば妹を自転車の後ろに乗せて中学まで送ってやったりしているのだが、今日は徒歩で、しかもガッチリと手と手を絡めて繋いでいる恋人が。

 

「どうかしたの、比企谷くん」

「......いや、なんでもない」

 

 昨日の帰りも同じやり取りをしたなぁ、なんて現実逃避してみるがそれも無駄なこと。周囲の視線が刺さる刺さる。

 繋がれた手を見て幸せそうに隣で微笑むお嬢様は、どうやらこの視線は気にならないらしい。嫉妬や好奇の視線には慣れっこという事だろう。

 

「なぁ、いつまで手繋いでんの?」

「取り敢えずは下駄箱に着くまで、かしら」

 

 ああうん。学校はもう目の前だもんね。学校に着くまでだったらもう離さなきゃいけないもんね。取り敢えずは、って事はそっから教室に行くまでもまた繋ぎ直すんですかね。

 いや別に手を繋ぐ事自体が嫌なわけではないんだよ。そこは勘違いしてもらっては困る。

 

「ヒッキー!ゆきのーん!」

 

 後ろから最早聞き慣れてしまった元気な声が。振り返ってその姿を確認するよりも早く、そいつはガバッと雪ノ下の左手、つまり俺と繋いでるのとは逆の手に抱きついた。

 

「えへへ、おはよ二人とも!」

「おう、おはようさん」

「おはよう由比ヶ浜さん。あの、少し暑苦しいから離れてくれるかしら?」

 

 なんか凄い上機嫌な由比ヶ浜は、雪ノ下の言葉に聞く耳なんて持たずに更にギュッと密着する。うんうん、仲良きことは素晴らしきかな。でもねガハマさん。それ以上はゆきのんが謎の敗北感に打ちひしがれるからやめてあげて欲しいな!

 

「なんでお前朝っぱらからそんな元気なの?」

「んー?だって、昨日小町ちゃんから色々聞いちゃってさー」

「あの、由比ヶ浜さん?一応聞いておきたいのだけど、小町さんからなにを聞いたのかしら?」

 

 雪ノ下が恐る恐る尋ねるが、由比ヶ浜は尚もニマニマと笑みを深めるのみ。

 

「ふふーん。ヒッキーとゆきのんがようやく素直になれたーって!それで、さっき手を繋いで歩いてる二人見たらさ、なんか凄い嬉しくなっちゃってさ」

「なんでそれで嬉しくなっちゃうんだよ」

「だって大好きな二人がようやく結ばれたんだから、当たり前じゃん!」

 

 屈託のない笑顔でそう言ってくれる。

 ああ、全く。やはり由比ヶ浜には敵わない。俺も雪ノ下も、きっとこの子には生涯をかけて敵うことなんてないのだろう。

 こんなにも強くて優しい女の子が俺たちの友達でよかったと、心の底から思う。

 

「でもあたしだってゆきのんとイチャイチャしたいんだからね!ヒッキーに独り占めはさせないから!」

「おい、ゆるゆりは許せるけどお前ガチ百合は辞めろよ。流石の俺も許容範囲外だぞ」

「ゆる、ゆ......?ごめんなさい、比企谷くん。出来れば日本語で話してくれると助かるのだけれど。流石の私も恋人がヒキガエルの言語を使っていると思うと......」

「日本語だから。めっちゃ日本語だからね?俺別にヒキガエルの言語を理解できてるわけじゃないからね?」

 

 そんないつも通りのやり取りと、いつも通りじゃない歩き方で学校へと向かう通学路。

 柄にもなく、幸せだなんて思ってしまった。

 

 

 

 

 

 念の為、昨夜は一睡も出来ていないとだけ記しておく。

 これも全部雪ノ下雪乃って奴の仕業なんだ。

 それ即ち午前の授業は全て睡眠にあてられるというわけで。目が覚めた頃には既にお昼休み。移動教室が無くて助かった。

 今日は部室で三人でお昼を食べようと誘われているため、さっさと部室へ向かおうと席を立ち上がる。

 チラリと由比ヶ浜の方を見てみるとまだ三浦達と話に花を咲かせていた。一瞬だけ目があった時に先に行ってて、と口の動きだけで言われたので素直に教室を後にするために扉を開こうとしたが、それは叶わなかった。

 扉に手も触れていないのに勝手に開いたからである。

 一瞬自動ドアになっちゃったのかなん?とか思ったがまさかそんな事があるわけもなく。

 扉の向こうにいた、見慣れた亜麻色の髪の少女が開いたのだろう。

 

「あ、こんにちはです先輩」

「おう。どうしたこんな所に」

「いえ、相模先輩に用があったんですけど。その前にちょっと先輩に一つだけ確認したいなーって」

「確認?」

「ですです。ほら、あの噂ですよ」

 

 噂、と聞いても俺にピンと来るものはない。

 一色の口ぶりからするに、今日の朝から発生した噂だと思われるが。残念なことに俺は教室に入って自分の席に着いたと同時に夢の世界へ落ちていたのだ。そんな俺の耳に入って来るはずもなく、そんな話はここで初耳である。

 

「え、先輩知らないんですか?今朝雪ノ下先輩が見たこともない男子生徒と手を繋いで笑顔で歩いてたって話ですよ!」

 

 んー、それ俺ですね。自分の存在感の無さは自覚していたのだが、まさか見たことのない、とまで言われてしまうとは。若干凹む。

 

「あー、その話なら放課後にでも雪ノ下に聞け」

「嫌ですよ。前に葉山先輩とのことを聞いた時のを忘れたんですか?」

 

 どうやら一色にとって軽くトラウマになってるらしい。でも君最近も事あるごとにあの視線向けられてるよね?

 

「じゃあ由比ヶ浜にでも聞け。それと相模ならそこだ。文実の件か?」

「まぁそんな所です」

 

 一色の手には一冊のノート。昨日の夜に雪ノ下の家で見たものだ。どこかのタイミングであいつが一色に渡したのだろう。

 

「なんか手伝えるようなことあったら言えよ。出来る範囲でならなんとかしてやる」

 

 言って立ち去ろうとするも、目の前の一色はポケーっとしてそこから退こうとしない。

 

「なに、俺なんか変なこと言った?」

「いえ、先輩がそんな積極的に仕事をしようとするなんて考えられなかったので......。はっ、まさか今の口説いてましたか。頼れる先輩面とかちょっと似合わないので無理ですごめんなさい」

「うん、もうなんでもいいよ。取り敢えず退いてくれない?」

「ちょっと反応が適当すぎませんかねー!」

 

 プンプンと頬を膨らます一色を尻目に部室へ向かう。

 あまりあいつに構っていると昼休みがどんどん短くなっていってしまうからな。早く雪ノ下に会いたいし。

 なによりも、なんと今日は雪ノ下が弁当を作ってくれているのだ。ワクワクしないわけがない。

 なんかキモいくらいテンション上がってんな俺。

 そんな謎のハイテンションを心の中だけで維持しつつ、特別棟へ向かおうと足を踏み出すと。

 

「随分一色さんと仲がいいのね?」

 

 鉄血にして熱血にして冷血の我が愛すべき恋人が正面に立っていた。

 

「お、おう雪ノ下。え、てかなんでここにいんの?」

「いたら悪い?」

「いや、そんな、ことは、無いです......」

 

 なにこの悪いことはしてないのに何か悪いことをしてしまったかのように感じてしまう気持ちは。え、俺なにもしてないよね?一色と話してただけだよね?

 

「折角だからあなた達と一緒に部室へ行こうと思っていたら、あなたが随分一色さんと楽しそうに会話していたものだから、つい話しかけるのを躊躇ってしまったわ」

「いやいやいや。そんなに楽しいもんじゃないぞ」

 

 と言うか、なんだ。こいつはもしかして、嫉妬してるのか?

 やばい、そう考えるとなんか嬉しさと言うか愛おしさと言うかその他諸々がこみ上げてきて、思わず笑ってしまいそうになる。

 

「何を笑っているの?」

「いや、なんでもないよ」

「全く、あまりだらしのない顔はしないで頂戴」

 

 そう言って俺の隣にピッタリとくっつくようにして手を繋いで来る雪ノ下。

 その顔はどこか拗ねているようにも見える。

 

「あなたは私のものなのだから」

「......お前は俺を殺す気なのか」

「なんの話?」

「いや、こっちの話だ」

 

 本当、トキメキ過ぎてキュン死しちゃうところだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日間、特に何事もなく文実はスムーズに機能していた。勿論今の段階でサボりなんぞ出る事もなく。

 いや、何事もなかったことは無いんだけどね。流れていた噂のお陰で雪ノ下と俺に刺さる視線。何故俺にまでその被害が及んでいるのかと言うと、俺と雪ノ下が手を繋いで仲睦まじそうに会議室に現れたことに起因している。

 噂が流れた当日。雪ノ下に噂のことを話したら、何故か「なら堂々と見せつけてやりましょう」と言う結論に至ってしまったのだ。そのせいでなんか視線が気になって仕方がないのだが、作業に支障をきたすほどのものでもなかったので気にしないことにした。

 

 スムーズに行っている要因としては、俺と雪ノ下の働きが大きいと思える。いや、自慢じゃないから。

 一度目の記憶を引っ張り出して回されて来る書類を華麗に捌いていた。一度経験したが故にある程度勝手も分かるため、仕事は随分と楽になり他の奴らよりも手早く割り振られた仕事が終わる。お陰様で多部署で少しでも遅れてるような仕事があれば副委員長様がニッコリ笑顔でこちらに回して来るのだ。これは雪ノ下も同様。

 まぁ、今のところは致命的な遅れがあるわけでもなし。自分のペースでゆったりと書類を片付けていたら問題はない。

 

 そうしてやって来た定例ミーティングの日。

 確か前回では雪ノ下が正式に副委員長に就任した日だったか。

 この数日の間、奉仕部で出来る限りの対策を話し合ったわけだが。相模がどのようにして委員長の役割を果たしていくのかによって細部は変更を余儀なくされるだろう。

 

「それでは、定例ミーティングを始めます!」

 

 委員長の席に座った相模南の掛け声でミーティングが開始される。

 やることは進捗確認程度だ。宣伝広報から始まって記録雑務まで、各部署の進捗は正直言って予定よりもだいぶ余裕がある報告が上がった。これなら十分なバッファを持たせた上で作業を進められそうだ。

 恐らく一色が上手い具合に立ち回ってくれているのだろう。先日のような昼休みの相模との打ち合わせだけでなく、文実の作業中も各部署の代表と話しているのを何度か見かけた事がある。元来年下上司と言うものは嫌われやすい傾向にあるのだが、そこは流石の一色いろは。男女で器用に演じる自分を切り替える。『一年生だけど副委員長を一生懸命頑張っている私』をこの短い期間で確立させたのだ。

 

 さて、この調子で文化祭まで進めばいいなぁ、なんて楽観的な考えがないわけでもないのだが。そうは問屋が卸さない。

 

「ではミーティング終了の前に私から一つだけ提案があります」

 

 各部署の進捗報告も終了し、これからミーティングを終えてそれぞれの作業に戻ろうと言うタイミングで相模は切り出した。

 

「皆さんのお陰で予定よりもかなり順調に作業が進んでいるので、少しペースを落とすって言うのはどうですか?」

 

 一度目の時よりもかなり早くに出されたその提案。思わず笑いそうになってしまう。

 そしてそれに食ってかかるのは副委員長の一色いろは。

 

「相模先輩、それはそれは少し違いますよ。まだ文実が始まってから一週間も経ってないですし。なによりバッファを持たせるための前倒し進行であって」

「一色ちゃんはまだ一年生だから分からないと思うけどさ、実行委員が文化祭を最大限楽しまなくちゃ他の生徒たちも楽しめないじゃない?クラスの方も大事だと思うし、だからここで少し作業のペースを落とそうかなって思うんだけど」

 

 一年生だから。

 そのセリフに他の文実メンバーはどう思っただろうか。

 ここまで順調に進んでいるのは委員長が頑張っているからであり、年下の副委員長よりも委員長の方が信じるに値する、とかか。

 相模の持つ実行委員長と言う肩書きと、一色の持つ一年生と言う覆しようのない事実。その固定観念がある限り、この場で尊重されるのは相模の言葉だ。

 その相模の提案に同意を示すように拍手が上がる。疎らだったそれはほぼ全員から。

 それに満足が行ったのか、相模はウンウンと満面の笑みで頷いてミーティング終了を言い渡した。

 

「では、これで定例ミーティングを終わります!これからはクラスの方も大事にして頑張っていきましょう!」

 

 ミーティング終了後会議室を出て行くものは少なくなかった。クラスの方の手伝いにでも行くのだろう。

 そうして残ったのは半分ほど。俺も自分の仕事をやりますかな、と机に書類を広げたところで、雪ノ下と一色がこちらに来た。

 

「なんだよ。俺は今からお仕事なんだけど?」

「いいから、少し外に出なさい」

「えぇ......」

「まあまあ良いじゃないですか先輩。今後についての確認ですよ」

 

 二人に背を押される形で会議室の外に出される。

 美少女二人を侍らせているのだから、残っている文実メンバー男子からの嫉妬の視線が痛い。

 

「んでなに?」

「言ったじゃないですか。今後の確認だって」

「まさかこれ程までにあなたの言う通りコトが運ぶとは思ってもいなかったわ......」

 

 はぁ、とコメカミを手で押さえてため息を漏らす雪ノ下。一色の方は若干不機嫌な顔をしている。

 

「て言うか、本当にこれで良かったんですか?相模先輩程度ならあそこでどうとでも論破出来たと思うんですけど」

「そりゃそうだ。あいつはただ自分がサボりたいだけに提案してるようなもんだしな」

 

 前回は雪ノ下に対する優越感を得るため、と言うのもあったかもしれないが。今回はその対象が一色に変わっているだけだろう。

 相模南はこの数日で一色いろはの優秀さを思い知ったはずだ。そしてその過程で劣等感を覚えているはず。

 その行動原理はどちらも同じ。このタイミングであの提案は読めない事ではない。

 

「それで、取り敢えずは打ち合わせ通りでいいのね?」

「ああ。暫くは俺たちの掌の上で踊ってもらうとしよう」

 

 ニヤァ、と口角が上がるのを抑えられなかった。きっと今の俺はかなり悪い顔で笑っている事だろう。その証拠に目の前の二人は若干引いてるし。

 その反応はさすがに傷つきますよ?グスン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道を二人並んで歩く。前までは自転車通学だった彼も今は電車と徒歩での通学だ。

 当初は電車賃が云々と言っていたが、小町さんが両親に事情を詳らかに語ったところ彼自身も思わぬ程にすんなりと定期代が与えられたらしい。

 特に示し合わせたわけでもなく自然と繋がれた手。彼の温もりを感じる事が出来て、心の奥がとてもポカポカする。ああ、私はこの人の事が心底好きなんだと思える。

 言葉は無くとも心地のいい下校途中。

 

「......悪いな」

 

 そんな中で比企谷くんはポツリと言葉を漏らした。

 一体何に対する謝罪なのか、いまいち理解できなくて首を傾げてしまう。

 

「どうしたのかしら突然?もしや漸く自分がこの世界に与える害を自覚することができたの?」

「違えよ。存在するだけで世界に害を与えるとか俺どんだけ世界にとっての害悪なんだよ」

「安心して、それでも私は離れたりしないから」

「......さいですか」

 

 こんなセリフも、彼の照れたような顔を見るためだと思えば恥じらうこともなく言えるようになった。

 ふふ、とついイタズラ混じりの笑みが零れる。

 

「それで、本当に突然どうしたのかしら?私、あなたに謝られるような事した?」

「いや、そうじゃなくて。文実の件だよ。俺だけなら兎も角、お前にも負担を強いちまうことになったし。何より雪ノ下はこんな方法嫌いだろ?」

「ええ、そうね。全くもってその通りだわ」

 

 比企谷くんが立案した作戦。

 やる事は至極単純。相模さんを一度徹底的に追い詰めること。

 現在の文実の作業進捗は驚くほどスムーズにいっている。一色さん曰く、このままだと文化祭開催の五日前までには全ての作業が終了しそうだ、とのこと。勿論五日前に終わったのだとしても、本番に向けて機材の扱いの練習やオープニングセレモニーのリハなどもしなければならないが、書類仕事はその時点で終わる見積もりだと。

 そのような進捗状況の中で、相模さんがあの提案を早期に出すのは想像に難くなかった。

 本来ならばその提案は止めなければならない。まだ文実が始動してから数日。今後どのようなトラブルに見舞われるかも分からない上に出席者が減ってしまえば確実に間に合わなくなる。

 だが、比企谷くんはそれに敢えて乗るのだと言った。

 

「自分は他の人達よりも作業の勝手が分かるから他の人よりもスムーズに出来るだなんて、そんなもの私だって同じなのよ?」

「すまん......」

 

 私と比企谷くんは一度目の世界で文実の作業を経験済み。しかもやる事なんて全く同じ内容なのだ。その時の記憶を引っ張り出せば、正直他の人達の倍以上の仕事は問題なく行える自信がある。それは比企谷くんも同様だろう。彼は頭がいいから。もしかしたら私よりも効率的に作業を進めてしまうかもしれない。それは少し腹立たしいわね。

 そんな中である程度人員が削減されたところで、多少の遅れはあれど大きなものにはならない。

 だが、相模さんの提案に乗った上で敢えて仕事を遅らせようと彼は言った。

 

「最初にあなたがもっと仕事をよこせ、だなんて言った時は耳を疑ったわ」

「だろうな。俺も自分の発言を疑ったよ」

 

 相模さんに足りないものは自覚だ。委員長と言う立場に立った自分のその言葉が、どれほどの責任を帯びているのか彼女は理解していない。

 文実を欠席する人が増える中での仕事の遅れ。それを相模さんが目の当たりにした時、彼女はどう思うだろうか。流石の彼女も自覚するはずだ。自分がどれほと愚かな選択をしたのかを。文化祭の開催すらままならない程の遅れを引き起こしたのは自分のせいだと、自分を責め立てるかもしれない。

 そうして彼女を追い詰める事で相模さんの成長、変革を促す。

 

 ただそれだけでは一手足りない。

 仮に相模さんが己の失態全てを自覚し変わったとしても、本当に文化祭が開催出来なければ本末転倒だ。

 故に、私と比企谷くん、それと一色さんは仕事の量を減らすどころか倍増させ、私達三人のみで来るべき遅れを取り戻すためのバッファを作る。

 どうも最初は比企谷くん一人で他の人の五人分くらいの仕事をしようとしていたらしいが、勿論私たちが止めた。

 全く、そうやって一人でやろうとする癖、いつになったら治るのでしょうね。

 

 これが比企谷くんの立てた作戦。

 彼が今言ったように、このやり方はあまり好きではない。

 以前のように比企谷くん一人が傷を負って全てを救ってしまう、と言うようなものでもないが。

 ただ、私のポリシーに反すると言うだけ。

 ある意味で相模さんを騙すこの作戦。嘘を嫌う私としては思いつかないであろう搦め手。

 それでも私が彼の作戦に乗った理由はただ一つ。

 そんなポリシーを無視してでも守りたい人がいるから。

 

「比企谷くん」

「どうした?」

 

 名前を呼べば返事が返ってくる。それだけの事なのにどうしようもなく嬉しい。

 

「なんでもないわ。ただ、呼んでみただけよ」

「......なんだよそれ」

 

 繋がれた手にギュッと力を込める。

 もう離さないように。もう失わないように。

 

 散々彼に助けられて来て、私に出来ることは何もないことを知ってしまった。でも、それではいそうですかと納得できるような人間ではない。

 本当に救いたい人を救うために、私にしか出来ないことをしよう。

 


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