カワルミライ   作:れーるがん

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て言うか既にこの文実崩壊してね?


徐々に、崩壊へのカウントダウンが始まっている。

「なん、だと......⁉︎」

 

 放課後、徹夜で持ち帰った仕事をしていた為帰りのホームルームが終わるまで見事な爆睡を決め込んだ俺は、黒板に書かれたその文字を見て驚愕する。

 

『ミュージカル 星の王子様』

『飛行士(ぼく) 比企谷八幡』

『王子様 葉山隼人』

 

「説明が必要かね?」

 

 固まったままの俺の背後に現れるのは腐ったオーラを醸し出した海老名さん。そして俺の隣では葉山が困ったように苦笑している。

 完全に忘れてたがそう言えば一度目の時も俺と葉山でキャスティングされてたんだっけか。

 

「いや、俺文実あるし無理だから」

「えぇ⁉︎でもでも、薄い本ならハヤハチはマストバイだよ⁉︎て言うか、マストゲイだよ!」

 

 何言ってんだこの人。

 

「やさぐれた感じの飛行士を王子様が温かい言葉で巧みに攻める!」

 

 いや原作そんな話じゃないから。フランス人怒るぞ。

 因みに俺たちの背後では男子達が屍となっている。それぞれが海老名さんの割り振った配役に絶望し、生きる気力を失っていた。

 

「うーん、でも確かに少し厳しいかもな。ミュージカルなら演劇の稽古とかもしなきゃだし」

 

 おお、ナイスフォローだ葉山!もっと言ってやれ!

 

「だからさ、一度全体的に配役を見直してみたらどうかな?王子様役とか!」

 

 この野郎やはりそれが狙いか。

 暫く考えるようにうんうん唸っていた海老名さんは黒板に書かれた文字を乱暴に消し、その上からこれまた乱暴に新たなキャスティングを書く。

 

『飛行士(ぼく) 葉山隼人』

『王子様 戸塚彩加』

 

「やさぐれ感は少し足りないけど、まぁこんなところかな」

「俺は結局出なきゃいけないのか......」

「お、そのやさぐれてる感じ、いいねぇ!」

 

 ざまぁ葉山。せいぜい腐海に沈むがいい。

 

「王子様役かぁ......。僕に出来るかな?」

 

 突然メインの役を貰ってしまった戸塚が困ったように呟く。

 うん。全然いけるよ。戸塚なら大丈夫!

 

「ま、そこまで気負う必要もないんじゃねぇの?」

「そっか。頑張って練習しなきゃ」

「いやこの海老名さんが書いたのは大分脚色されてるから、勉強するなら原作読んだ方がいいと思うぞ。なんなら貸そうか?」

「本当?ありがとう八幡!」

 

 い、癒される!この笑顔を見ると徹夜で疲れ切った体もフル回復してしまう!

 戸塚の笑顔で癒されたところで、そろそろ文実の方に向かうかなと思いながら教室の端に視線をやる。

 

「ちょっと男子〜、もっとしっかりやりなさいよ〜」

 

 そこでは相模南が背景となる道具を作ってる戸部達に叱咤を飛ばしていた。本人は特に何も作業していないのに。

 

「あ、ヒッキーこれから文実?」

「おう」

 

 教室を去ろうとしている俺は見かけた由比ヶ浜が耳にペンを掛けて声をかけてくる。お前は競馬場のおっさんか。

 因みにこいつも前回と同じで全体の予算管理なんかをやってる。

 

「ねぇ、大丈夫なの?」

 

 一応、由比ヶ浜にも今回の俺の作戦については話してある。由比ヶ浜の心配はその事に関してだろう。

 正直、かなり賭けの要素が強い。相模が己の失態に気づくことが無ければ、俺は容赦なくあいつを切り捨てるつもりでいる。それでもこの方法を選び取ったのは、一度目の世界での経験則からだ。

 体育祭でも委員長の座につき、友人からも見放されてしまう所まで追い詰められた相模はなんでかんでと最後までしっかりやり遂げた。それであいつの人間が変わったのかと聞かれると否と答えるしかないのだが。

 

「ま、大丈夫にして見せるさ。それに、もしヤバかったらお前にもちゃんと頼るよ」

「そっか。なら安心だ。あ、でもちゃんとゆきのんとかいろはちゃんにも頼るようにしなきゃダメだよ!」

「分かってるよ」

 

 まるで子供を叱るように言ってくる由比ヶ浜に苦笑交じりの返答をしてから教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな欠伸をしながら入った会議室には、半分ほどの文実メンバーしか来ていなかった。

 半分いれば仕事的には特に問題ないのだが、流石に意識低すぎてビックリ。ちょっとは海浜総合の生徒会を見習ってほしいものだ。あそこまで意識高くされても困るけど。

 

「だらしないから欠伸くらい我慢しなさい」

「ん?あぁ、雪ノ下か」

「こんにちは比企谷くん」

 

 入口の所で会議室を見回していたら雪ノ下に背後から声をかけられた。

 そして俺と同じく会議室を見回した彼女は溜息を一つ。

 

「まさか翌日から既に半分が来なくなるなんてね。少し意識が低すぎるのではないかしら」

「俺も同じこと考えてたわ」

「ただ、何故かしら。意識を高く持つのは良いことの筈なのだけれど、あまりそうはなって欲しくないわね......」

「俺も同じこと考えてたわ......」

 

 何事も程々が一番って事だ。今の文実みたいなのも御免被るが、だからと言ってクリスマスイベントの時みたいなのはもう二度と経験したくない。アグリーって言っときゃなんとかなるとか思ってんのか。

 

「所で比企谷くん」

「な、なんだよ」

 

 責めるような声色で呼ばれ、若干後ずさりする。俺なんかやばい事したっけ?

 

「あなた、ちゃんと睡眠は取っているの?お昼の時も思ったのだけれど、少し眠たそうよ」

「それなら問題ない。ちゃんと授業中に寝てるからな」

「授業中は睡眠に当てる時間ではないのだけれど......」

 

 はぁ、とまた一つ溜息を零した後、雪ノ下は俺の胸に手を当てて来た。

 

「あまり無理はしないでね?」

「......分かってるよ」

 

 心配そうにこちらを見上げる彼女に、そう返す他なかった。

 大丈夫、持ち帰ってる仕事も許容範囲内だ。こいつらよりも少しその量が多いだけで、特に無理をしていると言うほどでもない。

 

「そう、それならいいわ」

 

 ニコリと微笑む雪ノ下を見て、何故か恥ずかしくなってしまい顔を逸らす。

 ああもう心臓煩いぞちょっと静かにしろ。てかこれ心音聞かれてんじゃねぇの?

 

「ゴホン!」

「うおぉ⁉︎」

「......っ!」

 

 突然近くから大きめの咳払いが聞こえて来たので驚いて振り返ってみると、そこにいたのは一色いろは。なんか凄いニコニコ笑顔なんですけど。ちょっと怖いくらいなんですけど。

 

「お二人とも、イチャイチャするのは良いんですけど場所考えて下さいね?」

「別にイチャイチャしてたわけじゃ」

「あーはいはい。言い訳は見苦しいですよ先輩。ほら、雪ノ下先輩も、さっさと仕事して下さいねー。ただでさえ人少ないんですから」

 

 隣をチラリと見てみると、雪ノ下が顔を赤くしながら俯いてプルプルと震えている。

 え、なにこの可愛い生き物抱きしめてもいいですか?てか人前で腕に抱きついて来たりする癖に今のは恥ずかしいのか。雪ノ下の羞恥の基準がよく分からん。

 因みに俺は腕に抱きつかれるのも今さっきのも両方恥ずかしいから結果的に人前でああ言うのはやめて欲しいなって!

 

「ちゃっちゃと仕事始めるか......」

「......そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日間、文実の出席者は減っていく一方だった。記録雑務や保健衛生のような、当日に主な仕事がある部署はまだいいのだが、有志統制や宣伝広報などの欠席は流石に痛手となる。

 相対的に増えていく俺と雪ノ下、一色の仕事量。めぐり先輩を始めとする生徒会の人達も俺たちと同じくらい働いてくれてはいるが、彼女らにまで俺の都合で仕事を押し付けるわけにはいかず、結局持ち帰る仕事の量は以前の倍以上に膨れ上がっている。

 お陰様で更に睡眠時間を削られ、ここ最近は徹夜が当たり前となってしまった。

 

「一色さん、作業進捗の方はどうなっているかしら?」

「だいぶ遅れが出て来てますねー。入場門は完成まであと二日くらい掛かりそうですし、有志の方も地域賞のお陰で少し増えては居るんですけど、校内の有志がまだ増えることを考えるとその調整とかも入って来ますし。クラスの出し物にしてもまだ申請書が出てない所とかありますし。正直このままのペースで進めてると本番まで間に合うかどうか......」

 

 一色と雪ノ下の会話だ。そこから察するに、一応は当初の予定通りの遅れが出て来て居るらしい。問題は、俺たちがそれをカバーしきれるだけのバッファを組めているのかどうか、と言うところか。

 二人の会話を耳に挟みながらも黙々と仕事を続けていると、コンコンと扉をノックする音が。文実メンバーはノックなんてしないから来客だろうか。

 

「失礼します。有志の申し込みに来たんだけど」

「あ、葉山先輩!お疲れ様です〜!」

「やぁいろは、お疲れ」

 

 入って来たのは葉山隼人。ふむ、もう葉山が有志の申し込みに来るような時期か。

 前回と比べて少し早い、か?正確な日付を覚えているわけでは無いが、こいつが申し込みに会議室を訪れたのは陽乃さんが襲来して来た数日後だったはず。しかし現在陽乃さんは文実に姿を現していない。

 

「有志の申し込みは奥の方でお願いします」

「分かったよ」

 

 いや、あの人は来ないなら来ないで構わないんだが。寧ろ来て欲しく無い。前回の陽乃さんの行動の理由を推測するのならば、それは雪ノ下の成長を促す為に敢えて相模を焚き付け、雪ノ下を挑発し、文実を間接的にめちゃくちゃにしたと取れる。あくまでも俺の推測であり、それになんの意味もありはしないが。

 しかしそう考えるのならば、陽乃さんは今回干渉して来ないのでは?あの人が偶に現れては仕事を適当に片付けていっていたのも、前回文実がなんとか機能していた一端ではある。今回はその陽乃さんがやってた仕事量を俺や雪ノ下が代わりに担っているから、今はなんとか回っているのだ。

 

「人手、足りてるのか?」

 

 唐突に前から声を掛けられたので顔を上げてみると、葉山がそこにいた。そう言えば書類の精査に時間が掛かってるんだっけか。

 

「下っ端は担当部署で手一杯だからな。他のとこまではよう知らん」

「担当部署って?」

「記録雑務」

「似合うな」

 

 喧嘩売ってんのか。

 

「でも、そこの書類は記録雑務担当には見えないけどな」

 

 葉山がそう言って指差したのは、他部署から回された書類の山。確かにこれは記録雑務の仕事では無い。中には、本来ならば他部署に回すべきでは無いような内容のものまで含まれている。この書類の山自体が、今の文実の実態そのものとでも言えるだろう。

 

「俺がやった方が効率が良いんだ。だったら担当部署がどうとか言ってられないだろ」

「下っ端は担当部署で手一杯、じゃ無かったのか?」

「一々言葉の揚げ足取りをしてくるんじゃねぇよ」

 

 気がつけば、会議室内の誰もが俺たちのやり取りを聞いていた。俺の言葉に気まずげに目を逸らす奴までいる。

 別に俺が言ったことは特に嘘というわけでもない。前回と全く同じだ。

 効率を優先した結果、俺や雪ノ下に仕事が回されて来ているだけ。そこに違いがあるとしたら、俺たちは一人でやっている訳ではないと言うこと。俺には一色や雪ノ下がいるし、雪ノ下には俺や一色がいる。

 しかし、それでも手が回らなくなる所というのは出てくるわけで。

 

「手伝うよ」

「あ?」

 

 葉山がこの提案をするのは至極当然なことと言えた。

 

「有志の申し込みだけ、有志側の代表ってことでさ。流石に毎日は無理かもしれないけど、どうかな?」

 

 一瞬だけ一色と雪ノ下の方に目配せする。前回と状況が違うゆえに俺一人で判断を下せる事ではないし、実行委員としての決定権は相模がいない今一色にあるから。

 二人が頷きをこちらに返してくるのを確認して、俺は葉山に告げた。

 

「だとよ、副委員長。どうする?」

「是非是非お願いします〜!もう葉山先輩がいれば百人力ですよ〜!」

「はは、そこまで期待されると困るんだけどな。出来る限り力になるよ」

 

 苦笑しながらそう言う葉山は、早速俺のところから書類をいくつか取って仕事を始めた。

 ......俺の隣で。

 

「おい」

「どうかした?」

「なんで態々隣に座るんだよ。空いてる席なら幾らでもあるだろうが」

「別に特に理由は無いよ。強いて言うなら、知り合いの近くにいた方が幾らか気が楽だろ?」

 

 出たよリア充理論。全く理解出来んが、群れる習性を持ったこいつらからすると誰か知ってるやつが隣にいた方が作業が捗るのだろうか。

 いやでも俺の場合は雪ノ下が隣にいた方が作業効率は上がるかもしれない。ただしその理由は隣から発せられる謎のプレッシャーになるのだが。あいつは編集者とかにならせたらダメなタイプだ。作家が泣く。

 

「お疲れ様でーす!」

 

 ガラガラ、と。今度はノックも無しに扉が開かれた。現れたのは相模南。どうやらクラスの方の手伝いから一度抜け出して来たらしい。

 

「あ、葉山君こっちにいたんだ?」

「うん。相模さんもお疲れ様。そっちはどう?」

「うん、クラスのみんなも頑張ってたよ!」

「ああいや、クラスの方じゃなくてさ。文実、どうなのかなって」

 

 葉山の言葉に込められた微量の毒。しかしそれに気がつく相模では無く、なんともあっけらかんとした顔で言い放った。

 

「大丈夫だと思うよ?一色ちゃんとか一年生なのに凄い頑張ってくれてるし!」

「相模先輩、これに決裁印お願いします」

 

 そんな二人の会話を遮るようにして一色が相模の前に立つ。手渡そうとしているのは俺たちが終わらせて決裁を待つだけとなった書類達。勿論、俺の立てた策の通りにそこにある書類は、本来俺たちが済ませた仕事のうちのほんの一部だ。

 

「あーうん。ありがと」

 

 それを特に中身も確認せずに決裁印を押していく相模。誰がどう見ても、それは委員長の取るべき行動ではない。

 

「て言うか、うちの判子預けとくから一色ちゃんであとはやっといてよ」

「相模さん、流石にそれは......」

「ほら、委託って言うんでしたっけ、こう言うの。うちがやるよりも一色ちゃんに任せた方が効率良いじゃないですか?」

 

 めぐり先輩が相模の行動を咎めるも、この状況において効率が云々と言われてしまうと何も言えなくなる。

 と、ここでチャイムが鳴った。最終下校時刻を知らせるチャイムだ。

 

「楽しいことやってると時間過ぎるのがはやーい!ではみなさん、お疲れ様でしたー!」

 

 結局相模が今日やった業務なんてのは幾つか決裁印を押した程度。

 これは明日から更に人が少なくなるかもしれないな。上の人間が適当に仕事をしていると、下の人間もそれで良いのかと思ってしまいサボリがちになるのは最早自然の摂理とも言える。相模があのままだと、文実崩壊も時間の問題だ。

 

「比企谷くん」

「ん?どうしたよ」

 

 さて俺も帰るかな、と机の上の書類を鞄に詰め込んでいると雪ノ下に声を掛けられた。

 因みに隣に座ってた葉山は雪ノ下がこちらに来たのを見計らって早々に退出していった。流石は空気の読めるリア充の王。

 しかし、いつもならば特に互いに何を言うでも無く合流して二人で帰ってるのに、今日はこうして声を掛けてくるとは何かあったのだろうか?

 

「文化祭、必ず成功させましょう」

 

 随分と唐突で、改まって言うほどの事でもないその言葉。

 それは彼女の願いなのか。はたまた宣誓なのか。

 彼女のその強い瞳を見ればそんなもの問わずともわかる。それは彼女の願いであり宣誓である。とするならば、俺のやる事なんて決まっている。

 彼女がその願いを叶え、その誓いを果たすために、俺は力を貸すだけ。

 

「当たり前だ。ここまで来て成功しなかったら、こんだけ仕事してる俺が報われない」

「そこで自分一人に当て嵌めるあたり、あなたらしいわね」

 

 さて、そう言われたからには精々こっからもう一踏ん張りさせてもらうとしますか。

 

 

 

 

 


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