カワルミライ   作:れーるがん

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結局、どうあっても彼は自分を顧みない。

「なん、だと......⁉︎」

 

 更に数日後、俺は自宅のベッドの上で驚愕していた。

 手に持っているのは体温計。なんかダルいなーしんどいなー学校行きたくないなー、と寝起きに思うのは誰しもが一度ならず何度も経験したことがあるだろう。俺の場合は毎日そう思っているのだが、今日は一段とその気持ちが強かったのでちょっと体温測ってみようと思ったら。

 

「38度2分......。ガッツリ熱出てんじゃねぇかよ......」

 

 見事に風邪をひいて発熱してしまったのである。

 確かにここ最近徹夜続きで若干無理してるかなーって感じが無きにしも非ずだったのだが、まさかこんなになるまで気がつかなかったとは。

 しかも残念なことに今日は休む訳にはいかない。今日中に提出しておかなければならない書類が幾つかあるのだ。これで休んでしまって提出出来ない、なんて事になったら一色に迷惑を掛けてしまう。いっつも迷惑掛けられてるからちょっとくらいこっちからも迷惑掛けてやろうかなんて気持ちも無いことは無いが、その皺寄せが雪ノ下にまで及んでしまうかもしれない事を考えるとやはり休むわけにはいかない。

 取り敢えずリビングに向かおうと思い立ち上がると、想像以上に体が重い。しかし真っ直ぐ歩けないほど弱っているわけでもないので、なんとか体を引きずるようにしてリビングに辿り着いた。

 

「おはよーお兄ちゃんって、どしたの?なんか顔色悪いよ?」

「あー、おはよう小町。ちょっと寝不足なだけだから気にすんな」

「本当に?最近お兄ちゃん夜遅くまで文化祭のお仕事してるんでしょ?あんまり無理したらダメだよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

「最後の一言が無ければ本当にポイント高いんだけどな」

 

 食欲は少なからずあるので、小町が準備してくれた朝食を口にする。と言っても元気な時に比べるとそりゃ少しは食欲も劣るもので、いつもよりも時間をかけての朝食となってしまった。

 このまま雪ノ下の家の下に行って二人で登校するとなれば、確実にこの顔色を指摘されて心配を掛けることとなる。だからと言って一人で行っといてくれなんて言おうものならそれはそれで何事かあったのかと心配されるし、雪ノ下と一緒に登校しない事を小町に指摘されてやっぱり小町にも心配掛ける。

 うーん、これ詰んでますね。そもそも体調崩す時点でもう色々と終わってる。

 とするならば、取れる選択肢の中から選ぶべきは

 

「あー、小町」

「んー?」

「お兄ちゃん今日ちょっと体調悪くてな」

「熱測ったのー?」

「おう。8度2分だった」

「ふーん......、って!大変じゃんお兄ちゃん!」

 

 うるせぇ......。体調崩して熱もあるっていってんのに大声だすなよ。余計に頭痛が痛くなるでしょうが。

 台所の方でなにやらガサゴソとしてると思うと、小町は薬と水を持ってきてこちらに差し出した。

 

「ほらお薬飲んで!今日は学校休まなきゃ!」

「いや、薬は飲むけど学校には行く」

「なんでさ!言っとくけど今のお兄ちゃんいつもの倍以上に目が腐ってるからね⁉︎そんなの小町はまだしも学校の人に見せたら病人が出るよ!」

 

 あの、小町ちゃん?流石にそれは言い過ぎじゃないかしら?あと病人は俺だから。なに、比企谷菌とか言いたいわけ?手始めにこいつから感染させてやろうか。こいつも比企谷か。

 

「今日休むわけには行かないんだよ。今日中に提出しなきゃいけない書類もあるし、俺がここで休んだら雪ノ下と一色に今以上に負担を掛けることになっちまう。それだけは避けないとダメだからな」

「でも......」

「大丈夫だよ小町。ヤバイと思ったら早退なりなんなりするから」

「......分かった」

 

 めっちゃ渋々ながらも頷いてくれた小町。さて、本題はここからな訳だが、俺が切り出すよりも前にニコッと笑顔を見せた小町に先に言われてしまう。

 

「それで?お兄ちゃんは小町に何かお願い事でもあるんでしょ?」

「なんで分かるんだよ......」

「そりゃ小町は妹だからね。お兄ちゃんの事で分からないことなんてないのです!今のも小町的にポイント高いでしょ!」

「あーはいはい高い高い」

「うわぁ適当だなー」

 

 流石は俺の妹。兄の行動心理をよく把握してらっしゃる。でもそれが転じて兄の行動自体まで逐一把握してなくてもいいからね?

 

「ほら、言ってみそ」

「今日学校には一人で行くから、アリバイ作りを手伝って欲しいんだ」

「つまり、雪乃さんに嘘を吐けと?」

「そういう事」

「んー、本当は嫌なんだけど......。分かった、他の誰でもないお兄ちゃんの頼みだからね」

 

 テーブルの上に置いてある携帯を取ってスルスルと操作する小町。一通り終わった後俺に見せてきたのは雪ノ下へのメールだった。

 内容は自分が寝坊しちゃったので今日の朝だけ兄を借りますテヘペロ☆みたいなやつ。

 

「悪いな」

「いーよいーよ。その代わり、本当にヤバかったらちゃんと雪乃さんとか結衣さんに言うこと。分かった?」

「分かったよ」

 

 小町には申し訳ない事をさせてしまったな。今度アイスでも奢ってやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出て久方ぶりに自転車で登校。

 果たしてこんなに辛かっただろうか。ペダルを踏む足が酷く重い。今まではなんて事ない距離だったのに、今は三千里彼方へと向かっているかのように錯覚してしまう。

 そうして学校に着いた頃にはかなり息が上がっていた。これ風邪悪化してないだろうな......。

 

「ヒッキー!」

 

 背中にドン、と衝撃。あ、頭がぁ......。頭痛がぁ......。

 下手人が誰かなんぞ問うまでもなく、俺の事を引きこもりみたいなあだ名で呼ぶやつなんて一人しかいない。

 

「おう、おはよう由比ヶ浜」

「うん、おはよ!」

 

 朝はやっはろーじゃ無いんですね。あれはお昼限定なのかな?多分やっほーとはろーを掛け合わせているだろうからお昼限定なんだろうな。

 

「今日はゆきのんと一緒じゃないんだ。なんか自転車のヒッキー久しぶりだね」

「今日は小町が寝坊してな。送ってやってたんだよ」

「出た、シスコン......。それより、ヒッキーなんか顔色悪い?」

「あ?」

 

 ヒョイと俺の顔を覗き込む由比ヶ浜。ちょっとちょっと近いですよお嬢さん。頭痛とは違った要因で頭がクラっとしちゃうじゃないですか。

 とまぁ、こんな巫山戯た事を考える余裕があるくらいには大丈夫なのだ。こいつに心配掛けるような事もあるまい。

 

「あーあれだ。久しぶりの自転車通学で疲れてるんだよ」

「そんなに体力落ちてたの⁉︎」

「ばっかお前、体力無いのは雪ノ下の特権だろうが。暫くまともに身体動かしてなかったらこうなるんだよ。多分」

「いや、ヒッキー前から割と身体動かしてないじゃん」

「マラソン大会での俺の頑張りを忘れたのかよ」

「そういや隼人君と途中まで一緒に走ってたんだっけ」

 

 そんな毒にも薬にもならないような会話をしながら教室へ向かう。

 彼女ほっぽって女友達と一緒にいるってのもおかしな話だが、まぁ由比ヶ浜だから大丈夫。これは浮気には入らないよ。

 

 教室に着くと由比ヶ浜は三浦達グループの奴らの方へ行き、俺は少しでも体を休ませる為に机に突っ伏していた。なんだいつも通りじゃないか。

 このまま一時間目が始まるまで、なんなら昼休みまで爆睡決め込もうかと思っていたら、チョンチョンと肩を控えめに叩かれる。

 

「おはよう八幡!」

「......毎朝俺に味噌汁を作ってくれ」

「え⁉︎」

 

 いかん、風邪で脳が回らないからかつい本音を口にしてしまった。いやこれも割といつも通りだな。え、俺っていつも戸塚に愛の言葉囁いてたの?......悪い気はしないな。

 

「すまん、間違えた。おはよう戸塚。どうかしたか?」

「えっと、これ。読み終わったから八幡に返そうと思って」

 

 戸塚が差し出してきたのは貸していた『星の王子様』。何度も読んでいたから変な読み癖がついていたり所々汚れていたりする。戸塚に貸すならもっと綺麗なものを貸したかった。なんなら新しいのを買えばよかった。

 

「おう、勉強になったか?」

「うん!」

「それなら良かった」

 

 ま、眩しい......。戸塚の笑顔が眩しいよ!またさっきとは違う要因で頭がクラっとしてしまう!

 そんな戸塚の眩しい笑顔が、次の瞬間に曇ってしまう。戸塚の笑顔を曇らせるとは、原因であるやつを即刻排除せねばなるまい。

 

「八幡、具合悪そうだけど大丈夫?」

 

 原因俺でした!

 いつも通りにしてたつもりなんだが、戸塚も由比ヶ浜もどうして分かっちゃうかな。やっぱり小町の言う通りいつも以上に目が腐ってるのだろうか。でもそればかしはどうしようもないしな。目が腐ってない俺とかただのイケメンだし。

 

「ちょっと疲れてるだけだから大丈夫。気にすんな」

「そう?八幡、実行委員頑張ってるみたいだからさ。僕は何も出来ないけど、何か困ってたら言ってね?ちょっと頼りないかもだけど......」

「いや、頼れるさ」

 

 そう。戸塚が頼りにならないなんて事はない。思えば俺に初めて出来た友達であり、初めて俺が自分から頼った友達でもあるのだ。

 それに、今は頼ろうと思える人も沢山出来た。

 そんな人達に無遠慮に頼って甘えない為にも、今日一日くらいは頑張らなければ。

 

「だから本当に困ってたら、ちゃんと頼る」

「そっか......。うん、ありがと!」

 

 ここで朝のチャイムが鳴り担任が教室に入ってくる。

 戸塚もこちらに手を振りながら自分の席へと戻っていった。

 さて、今日はどうやら移動教室も無さそうだし昼休みまで爆睡するとしますかね。

 

 

 

 

 

「うす」

「こんにちは」

 

 結局午前中の授業は全て寝て過ごしお昼休み。あのお泊まりの次の日以来毎日来ている部室へと足を運んだ。

 家のベッドで寝てる時程ではないが、約四時間も睡眠を取れたら少しは体調もマシになると言うもので。戸塚にも少しマシになったとお墨付きを貰った。

 

「毎日すまんな」

「いいのよ。私が好きでやってる事なのだから」

 

 あれ以来雪ノ下は俺の弁当を毎日作って来てくれている。朝と晩は小町の飯が食えて昼は雪ノ下の飯が食えるとか本当もう胃袋がずっと幸せな気分。

 いつもは由比ヶ浜も交えて三人で昼食を取っているのだが、今日は三浦達と食べる約束をしてるらしい。ついでに文化祭の打ち合わせも兼ねるのだとか。まあうちの演劇のトップはあのグループで固められてるしな。その内のトップ3は海老名さんが一人でやってるし。

 そこには恐らく川崎も混じってる事だろう。つい先日、ソワソワしてたあいつを衣装係に推薦してやったばっかだ。一度目の時と同じことをしただけだが。まぁ、これであいつも多少は海老名さんや由比ヶ浜と仲良く出来るだろう。由比ヶ浜に至っては記憶あるからもうサキサキ呼びだったし。あいつちょっと迂闊過ぎやしませんかねぇ......。

 ん?三浦?ああ、それは無理じゃないですかね。川崎と三浦とか確実にソリあわなさそうだし。ソースはバレンタインイベント。ここに雪ノ下を加えると総武最恐女子三人衆の完成である。

 

「比企谷くん」

「ん?どした?」

 

 名前を呼ばれたので振り返ってみると、雪ノ下がとても心配そうに俺を見ている。あれかな。巫山戯たこと考え過ぎてたのがバレたのかな。いやそれで心配そうにするって何を心配するんだよ。俺の脳みそですね分かります。

 

「あなた、具合が悪いのでしょう?」

「な、何のことだ?」

 

 バレテーラ。

 だから、なんでみんな分かっちゃうんだよ。

 てか俺のバカ目を逸らしちゃったらもうその行為自体が自白してるようなもんだろうが。

 

「いつもよりも目の腐りが酷いもの。目が合ったら比企谷菌を感染させられそうなほどよ?」

「小町と同じこと言ってるし俺と同じこと考えてるし」

「やっぱり、体調がよろしくないみたいね」

「うぐっ......」

 

 しまった、ツッコミが仇となってしまったか。いやでもマジで、こうやっていつも通りの軽口を交わせるくらいには体調もマシではあるのだ。

 

「観念して白状したらどうかしら。ネタは上がっているのよ」

「ネタってなんだよ」

「小町さんからメールがあったのよ。あなたの体調がよろしくないから気にかけて欲しいと」

 

 小町の奴め、雪ノ下にチクりやがったのか。確かに小町にはアリバイ作りを頼んだが雪ノ下に言うなとは言っていない。いや、雪ノ下に俺の体調のこと言っちゃう時点でアリバイ作り成立してないじゃん。嘘バレバレじゃん。妹に裏切られた。八幡悲しい。

 

「それに、メールなんて無くても今のあなたが体調を崩している事なんて一目瞭然よ」

「なんで分かっちゃうんだよ......」

「あら、恋人が体調を崩していたら普通は直ぐに分かるものではなくて?」

 

 悪戯な笑顔を見せる雪ノ下に、頬が紅潮するのが分かる。ちょっとちょっと余計に体温上がっちゃうじゃないですか熱が酷くなったら責任取ってもらいますからね⁉︎

 まぁ、確かにこいつが体調崩しても学校に来ようものならいち早く気がついて速攻で家に帰す自信がある。そもそも体力のない雪ノ下が体調を崩した時点で家の外に出られるのかは甚だ疑問ではあるが。

 それはそれとして、ここは素直に謝らなければなるまいと頭を下げる。

 

「......悪かったよ、嘘ついて」

「本当よ。お陰様で午前中の授業は何も手につかなかったのよ?」

「......すまん」

「それに、久しぶりに一人で歩く通学路は少し寂しかったもの。どうやって補填してもらおうかしら」

「......ごめんなさい」

「そうね......。比企谷くん、あなたこんな話は知ってるかしら。風邪は移せば早く治る、って」

「は?」

「んっ......」

 

 余りに唐突で突飛で素っ頓狂な提案に頭を上げた途端、とても柔らかくて甘い感触が唇に触れた。

 え?は?え、えぇ⁉︎

 

「これで私も比企谷菌に感染してしまったわね」

「ちょ、おま、いきなり⁉︎」

「話すのなら日本語でお願いできるかしら」

 

 なんでこいつこんな堂々としてんの⁉︎まだ3回目ですよ3回目!いや回数とかは問題ではないんだけども!あ、ちょっと耳の下赤いですねお嬢さん本当はかなり恥ずかしかったんですね。ってそうじゃなくて!ああだめだのうみそがうまくまわらないよ

 

「それで、今ので治りそうかしら?」

「......ダメそうって言ったら?」

「じゃあ、もっとこの治療法を試してみるしかないわね......」

 

 今度は流石の雪ノ下も頬を染めていた。

 こんな返答をしてしまったのも、きっと熱にうなされているからなのだと。心の中で誰に対してでもなく言い訳をした。

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終わって五時間目。

 十分にハピネスチャージされた俺はと言うと、風邪を引いている事なんて忘れて普通に授業を受けていた。

 平塚先生の授業だったから寝れないと言うのもある。殴られる云々の前に、あの人に体調不良がバレたら問答無用で早退させられそうだったからだ。普段の素行から忘れそうになるけど、あの人実際にはとても面倒見のいい人なんだよな......。ちゃんと俺たちの事を見てくれているし、考えてくれてもいるとてもいい先生だ。なのに、なのに何故まだ結婚出来ないんだ......。早く誰か貰ってやってくれ!

 

 そして六時間目。今日最後の授業は体育。結論から言おう。

 俺の風邪は悪化した。それもかなり。

 五時間目の勢いそのままに普通にいつも通り体操着とジャージに着替えて普通に授業を受け始めた時にはもう時すでに遅し。

 あれ、俺風邪引いてんのになんで普通に体育受けてんの?

 と、馬鹿みたいな自問自答をする羽目に。

 途中で抜けようと思ったが、ペアを組んでいる材木座が泣きそうな目でこちらを見てきたためにそれも叶わず。結局風邪の体を圧して一時間普通に体育の授業を受けてしまった。

 

「ゴホッ、ゴホッ」

 

 これはちょっと本格的にヤバいかもしれない。

 現在は会議室に向かう途中。道すがら保健室に寄ってマスクだけでも貰ってきたものの、足は覚束ないし視界は歪んでいる。オマケに周りの音も何処か遠く聞こえる始末。それでも会議室までの道を間違えないのは遺伝子レベルで刻まれている社畜根性故か。

 ここまで来て途中リタイアなんて選択肢を取るつもりは毛頭なかった。朝小町にも言った通り今日中に提出しておかなければならない書類もあるし、せめて最低限の仕事だけでもしていかないと、幾ら俺たち三人である程度のバッファを持たせていたとしてもマジで間に合わなくなる。

 

「ようやく着いた......」

 

 自宅から学校までよりも遠く感じた廊下を歩き終え、会議室の扉に手を掛ける。鍵なんてかかってもいないのにそれが途轍もなく重く感じた。

 今日来てる文実は、えっと、何人くらいだ?半分いるのか?あぁ、最早数えるのも億劫だ。そもそもこんな歪んだ視界の中では相手の顔さえしっかりと視認できない。

 そんな中、会議室の中央付近に立っている人物だけはしっかりとこの目に映る。

 雪ノ下雪乃だ。

 彼女が話しているのは......、なんだ一色か。今後の打ち合わせかなんかだろうか。

 取り敢えず二人に適当に挨拶だけしていつもの席へと向かう。その途中でこちらを心配するような声を掛けられたが、取り敢えず大丈夫だ、とだけ言って席に着いた。

 

 さて、最後の力を振り絞れよ俺。今日一日頑張れば明日は......。明日は?明日も平日じゃね?つまり学校あるよね?文実も勿論あるよね?あれ、俺これヤバくね?

 はちまんはいつになったらやすめるのー?

 辞め辞め、この考えはいけない。只でさえ体が怠くてなけなしのヤル気を振り絞っていると言うのに、そんな事考えてたら今度こそヤル気失くすぞ。

 早速仕事に取り掛かろうと生徒会から借りている備品であるパソコンを立ち上げ、手元の書類にしせんを落とす。

 が、書類に何が書いてるのか全く分からない。文字が読めなくなったとかではなく、そこに書いてある単語、文章の意味を咀嚼するのにいつもの五倍ほどの時間が掛かってしまっているのだ。その事実を冷静に理解すれど、書類に書かれている文字の意味が理解に至らないのがもどかしい。

 

 こんな事ではマトモに仕事なんぞ出来ない。

 取り敢えず先に一色の方に持ち帰ってた書類を提出しておこうかと思い立ち上がり歩き出す。

 それと同時にバタン、と音が聞こえた。視界に映るのは横になった椅子や長机。これらが倒れたのだろうか?でも椅子は兎も角、長机も倒れるっておかしくないか?

 

 遠くから、声が聞こえる。

 

 とても愛しい人の声だ。

 

 その人の顔を見たくて、目を向けて、気づく。

 

 真っ青な顔と、涙を堪えた瞳。

 

 その人の姿すらも横たわって見えて。

 

 

 

 ---あぁ、倒れたのは、俺の方なのか。

 

 

 

 

 


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