カワルミライ   作:れーるがん

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面倒になって来たので一巻分連投します。


雪ノ下雪乃は、強さと優しさと正しさで出来ている。

 由比ヶ浜のクッキー作りは、結局あの後由比ヶ浜自身が自分の力で頑張ってみると言って無事終了した。

 奉仕部としての初依頼を終え、その翌日である所の今日は雪ノ下がお茶請けにクッキーを作ってきてくれていた。

 

「おお、昨日の由比ヶ浜のやつとは全然違う......」

「当然よ、私が作ったのだから」

 

 若干ドヤ顔で皿に取り分けるその姿はなんか子供っぽくて微笑ましい。

 どうぞ、と紅茶と共に差し出されたので、先にクッキーをパクリと一口。

 美味い。涙が出そうなほど。

 

「昨日の反動なのか、マジで泣きたくなるくらいうめぇ......」

「大袈裟ね」

 

 いや何も大袈裟ってわけではないんですよこれが。

 まぁ由比ヶ浜だって昨日の最後の方はちゃんと普通のクッキーが作れるようにはなっていた。雪ノ下と一緒だと、と言う但し書きは必要だが。

 強烈なのは初っ端の辺りだけで、徐々に上達はしていたのだ。

 雪ノ下の方も、手の掛かる妹か何かの相手をしているように感じていたのか、由比ヶ浜の事を優しい眼差しで見守っていたし、あとは由比ヶ浜に任せようとも言っていた。

 依頼達成、と言う事でいいのだろうか。

 

「ねえ比企谷くん」

「なんだ?」

「その、少し話があるのだけれど」

 

 長机の対角に座っている雪ノ下が、至極真面目な顔でそう切り出した。

 しかし続く言葉は中々出て来ず、カチカチカチと時計の針が進む音だけが聞こえる。

 

「あの、入学式の日の、事なのだけれど」

 

 息を吸い、次の言葉を口に出そうとして、それを辞めて首を横に振る。

 

「いえ、ダメね。この話は三人でしましょう」

「三人?さっきから話が見えないんだが」

 

 入学式の日と言ったが、生憎ながら俺は入学式に出ていない。

 新生活にウキウキしていた俺は調子に乗って普段よりも早く登校。七時ごろだっただろうか、学校付近で首輪が壊れてリードから離れた犬が道路に飛び出していたのた。

 その犬が車に轢かれそうになった所を俺が庇い、不幸にも黒塗りの高級車と事故った俺は入学式には出れず。

 足を骨折して一ヶ月遅れで高校生活をスタートし、入学ぼっちをかましたのだった。

 まぁ事故がなくてもぼっちだったとは思うが。

 

 仮に入学式の日に何かしらのイベントがあったとしても、残念ながら雪ノ下の話は俺には分からない事だろう。

 

「そろそろかしら」

「あの、雪ノ下さん?説明の一つくらいくれると」

 

 自分一人で話を進めていく雪ノ下に説明を求めるが、タイミング悪くノックの音が来客を伝える。

 雪ノ下の返事を待つよりも前に、扉は元気よく開かれた。

 

「やっはろー!......ってあれ?お取り込み中だった?」

「こんにちは由比ヶ浜さん。ちょうど良かったわ、そこにかけてくれるかしら」

「え?う、うん」

 

 え、なに、そろそろかしらってのは由比ヶ浜が来る事を言ってたの?

 由比ヶ浜の様子からして事前に連絡取ってた訳でもなさそうだし。未来予知か何かかよ。

 

「で、どうしたのゆきのん?」

「あなたたちには、謝らないといけない」

「謝る?何を?」

 

 ゆきのん呼びはスルーですかそうですか。

 そんな風に茶化せる空気でも無く、雪ノ下は俯きながら、途切れ途切れになりながらも話してくれた。

 入学式の日の事故。あの日のあの車に自分が乗っていたこと。その後謝罪に向かおうとしたが、母親に止められていたこと。

 つまり、このタイミングで話を切り出したと言うことは、あの犬の飼い主は由比ヶ浜だったと言うことか。

 由比ヶ浜が依頼に来たことで、この件について話そうと覚悟を決めたって感じか。

 

 その雪ノ下の話を聞いていた由比ヶ浜は、こちらも至極真面目な顔で問い返した。

 

「なんでゆきのんが謝るの?」

「え、何故って、それは、私はあの車に乗っていたし、貴女の家族を傷つけるかもしれなかったのよ?それに、比企谷くんだって骨折と言う目に見える被害を受けているじゃない」

「でもゆきのんは車に乗ってただけなんだよね?」

 

 由比ヶ浜の言い分は最もだ。

 雪ノ下は車に乗っていた。ただそれだけでしかない。彼女が責任を負う理由はどこにも無いんだ。

 

「諦めろ雪ノ下。アホの子の由比ヶ浜相手に理論武装したって勝てねぇぞ?」

「む、アホの子言うなし!」

「でも、比企谷くんだって......」

「確かに俺は骨折した。それで入学が一ヶ月遅れたのも事実だ。でもそれだけだろ。お前の家の弁護士やらが来て話は纏まったらしいし、運転手の人も謝罪に来てたらしい。ま、俺が寝てる間に両方とも終わってたから俺は知らんけど」

「でも......」

「デモもストもねぇよ。お前はあれか?事故を起こしたバスに対して、乗ってた乗客にも責任取れって言うのか?そんな無茶苦茶な話あったもんじゃねぇだろ。でもな」

 

 でも、それでも、一つ俺から言えるとしたら。

 

「それに対して負い目を感じて、俺に優しくしてるんならそんなんは辞めてくれ。いい迷惑だ」

 

 雪ノ下雪乃は信頼に足ると、俺の本能の部分がそう告げている。出会ってまだ一週間も経たないような相手なのに、なんの根拠も無く、俺はこいつを信頼できると根っこの部分でそう判断が下されている。

 しかし、今までのトラウマが、比企谷八幡を形作る理性が、それを肯定しない。

 勝手に期待して勝手に失望するのはもう懲り懲りだ。

 ましてや同情を向けられるなんて、その末の優しさなんて、俺は求めていない。そんなものは偽物だから。俺がこの世で最も嫌う欺瞞だから。

 

「......やっぱり、あなたはそう言う考えに至ってしまうのね」

「は?」

「いえ、なんでもないわ。それと、あなたのその心配は杞憂よ。同情とか憐れみとか、そう言ったものは私もあなたも常に辟易して来たでしょ?」

 

 最初に何を言ったのかは聞こえなかったが、後の言葉はハッキリと、強く告げられた。

 比企谷八幡と同様に、雪ノ下雪乃もまたぼっちだ。その経緯にかなりの差はあれどそれは変わらぬ事実。だからだろうか、俺と彼女の求めるものは似ているのかもしれない。

 

「私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐きたくないの。信じろと言う方が無理な話なのは分かっているけれど、でも信じて欲しい。負い目とか同情とか、そんなもので私は人に優しくなったりしないわ」

 

 ならば何故俺や由比ヶ浜には優しくあるのだ、なんて聞くのは野暮ってやつなんだろう。

 しかし、雪ノ下の今の言い方はズルい。何がズルいって、俺がここで拒絶してしまえば彼女を嘘つきにしてしまう。

 それは、なんか嫌だった。

 

「......別に信じるもクソもねぇよ。お前がそう言うんだったらそうなんだろ。ならそれで話はお終いだ」

 

 信じる、と素直に言う事に照れ臭さを感じてしまったので、偉く遠回りな言い方をしてしまった。

 いや、多分だが、俺は仮に雪ノ下であろうと完璧に信じ切る事なんて出来ないんだろう。

 幾らこいつなら信じられると感じても、最後の最後に考えて出した結論は、理性の下した判断は、きっと他人を信じるなと言うものだから。だから、信じるだなんて簡単には言えない。

 それでも雪ノ下雪乃と言う女の子を嘘つきにしたくなかったから、俺は嘘をつくんだ。

 何より、彼女のことを知りたいと思ったじゃないか。本当に、雪ノ下雪乃が信頼できる様な人間なのか、それを知るのも彼女を知ると言うことではなかろうか。

 

「ちょっと!終わりじゃないし!」

「おぉう、なんだ由比ヶ浜まだいたの」

「まだいたのって何よ!私だって関係者なんだから。それに、これ......」

 

 カバンから取り出されたセロハンの包み。

 中には何やら黒々しい物体が入っているように見える。恐らく、あくまで俺の推測で主観的な見方をするならばだが、それはクッキーだろう。

 いや、こう予防線を張って置かないと本当にクッキーかどうか怪しい代物だし。

 これで、残念!実はジョイフル本田の木炭でした!なんて言われたらヒッキーほんとにヒッキーになっちゃうよ?

 

「サブレを助けてくれたお礼。本当に、ただのお礼だから。同情とか、憐れみとか、そんなんじゃなくて、私がただヒッキーにこうしてお礼を渡したかっただけ。私のただの自己満足」

「別に、俺が個人を特定してあのイヌを助けて恩を売ったわけじゃないんだ。だから別にいいお礼とか、そう言うんじゃないだろ」

「それでも」

「それでも、まぁなに?礼ってんなら受け取らんわけにもいかねぇよな」

 

 自分のただの自己満足だと、由比ヶ浜は言った。ならばそこに俺みたいな他人の思考やら感情やらが入る余地は無い。

 その自己満足とやらに、付き合ってやればいいだけの事だ。

 

「うん......うん、ありがと!」

 

 そう言って笑ってみせた由比ヶ浜の笑顔に、不覚にも一瞬見惚れてしまって、照れ臭くなって視線を逸らす。

 それを見てクスリと笑うと雪ノ下。

 それがこの話はもう終わりと言う合図であるかの様に、由比ヶ浜は雪ノ下の方へと駆け寄っていった。

 

「そうだ、ゆきのんにもお礼のクッキー作って来たんだ!」

「いえ、その、私は何もお礼をされる様な事はしていないから結構よ」

「もーなんてーの?ほら、クッキー作るの手伝ってもらったし。本当、ほんのお礼の気持ちだから!」

「私今は食欲があまり無いから、その、由比ヶ浜さん?聞いてるかしら?」

「あ、そうだ!私放課後とか暇だから部活手伝うよ!ヒッキーと二人じゃ色々心配だし!」

「そこは大丈夫じゃないかしら。彼のリスクリターンの計算と小悪党振りには信頼を置いているもの」

「常識的な判断が出来ると言ってくれませんかねぇ......」

 

 グイグイと距離を詰める由比ヶ浜に、嫌そうな素振りを見せながらも決して拒絶しない雪ノ下。

 そんな二人の仲睦まじい百合百合した光景を見つつ、漸く、欠けていたピースが埋まった様な、そんなよく分からない感覚を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四限目の授業終了のチャイムが鳴り、昼休みが開始される。

 半日の授業の疲れを癒すために、彼ら彼女らリア充達は群れを成してウェイウェイと騒ぎ始める。

 いや、それは何もリア充に限った話ではない。

 例えば俺の席の前の方に座ってPSPを持ち寄っている二人。名前はなんだったか覚えてない。その二人は、後方に位置するトップカースト集団程ではないにしても、声をあげてゲームを楽しんでいる。

 それも一種の青春模様だろう。

 一方の俺はと言えば、生憎の雨なのでベストプレイスへ向かうことも出来ず、一人楽しくコンビニのパンを貪っていた。

 一人でも悲しくなく楽しいのは重要だ。

 何故なら、ぼっちはその無駄に思考能力が高い。本来ならば対人に向けられるリソースの全てを己一人に向けているからだ。

 今現在も考えてる事なんて、最近爪伸びて来たなーとか、明日はラノベの発売日だなーとか、今日の雪ノ下の持って来ているお茶請けはどんなものかなーとか、そんな感じだ。

 

 ......今ナチュラルに思考の中に雪ノ下が入っていたことに自分でも驚きを禁じ得ない。

 

 そんな俺が一人で悲しく思考の海に耽っている教室の中でも、一際目立つ声を出しているのが、件の後方に位置するトップカースト集団だ。

 更にその中で目立つのが葉山隼人。

 イケメンでスポーツも出来て成績もいいと来た。男子版雪ノ下みたいな奴。

 雪ノ下と違う点をあげるとするならば、こいつはコミュニケーション能力に長けている事だろうか。

 爆発しちまえばいいのに。

 

「隼人も今日行くよねー?今日ね、サーティワンでダブルが安いんだー」

 

 その葉山の相方であるのが、あの集団の女王様、三浦優美子。

 由比ヶ浜以上に着崩した制服に金髪ドリル。

 顔立ちは整っていて美形だとは思うのだが出来ればお近づきにはなりたくない。だってあいつ怖いし。

 そしてその集団の中には由比ヶ浜結衣も所属している。

 

「あーし、チョコとショコラのダブルが食べたいんだよねー」

「どっちも同じじゃないか。そんなに食ってたら太るぞ?」

「あーし太んない体質だから大丈夫っしょ」

「だよねー、優美子本当スタイルいいって言うか羨ましいよー」

「でもさー、あの雪ノ下さんとか言う子の方がヤバくない?」

「確かに、ゆきのんはヤバ......」

 

 由比ヶ浜に突き刺さる三浦の視線。

 ここで雪ノ下の事をゆきのん呼びするのは不味かったのだろうか。三浦は由比ヶ浜の事を薄っすらと睨んでいる。

 

「あーでも優美子の方が神スタイルと言うか、足とかちょー綺麗だし、華やかと言うか、その...」

 

 そのフォローではお蝶夫人のご機嫌は治らなかったのか、空気を察した葉山が口を開く。

 

「ま、部活終わった後なら付き合うよ」

「マジ?んじゃ終わったら連絡して」

 

 爽やか王子の一言で機嫌を直すとか、あの女王も案外単純な奴だな。

 なんて思いながら後方をチラチラと見ていると、由比ヶ浜と目が合った。

 由比ヶ浜はそれから気合いを入れるように頷くと、三浦に切り出す。

 

「あの、私今からちょっと行くところあるから......」

「そうなん?ならレモンティー買って来てくれる?あーし今日パンなんだけど飲み物忘れてさー」

「いや、私五限始まるまでいないって言うか、お昼はまるまるいないかなーって......」

「なにそれ?ユイ最近なんか付き合い悪くない?この前もそんな事言ってバックれたっしょ」

「あの、それには深い事情があるといいますか、止むに止まれぬと言いますか......」

 

 あいつも疲れる生き方をしてんなぁ。

 由比ヶ浜の煮え切らない態度にイライラして来たのか、三浦がカツカツと机の上を他叩く音が響く。

 女王の爆発によって教室内も静かになり、俺の前方でゲームをしていた二人もPSPの音を消している。

 

「あんさぁ、言いたい事があるならハッキリ言ってくれる?あーしら友達じゃん」

 

 友達だから、仲間だから、全てがそれで許される訳ではない。

 そんなものは単なる仲間意識の強要だ。封建社会も良いところだ。

 

「......ごめん」

「だから、ごめんじゃなくて言いたい事あるなら言えって言ってんの」

 

 由比ヶ浜の目が見る見るうちに潤んでくる。

 けっ、精々リア充同士で潰し合っていればいいさ。どうせこんな出来事もそのうち青春の一ページとして刻まれるようになっているんだろう。

 .........だが、なんと言うか、知ってる女の子が涙目になっているのに無視すると言うのは、パンが不味くなる。

 俺はなけなしの勇気を振り絞って立ち上がった。

 

「その辺で」

「るっさい!」

「......その辺で飲み物でも買ってこようかなー。でも辞めとこうかなー......」

 

 怖っ!あーしさん怖っ!今背後に蛇が見えたよ。なに、スタンド使いなの?蛇のスタンド使うの?

 

「あんさー、ユイの為に言っとくけど、そう言うハッキリしない態度ってイライラすんの」

「......ごめん」

「またそれ?」

 

 ハッと呆れと怒りを混ぜたような溜息を零す三浦。

 確かに由比ヶ浜のそのハッキリしない態度は、人によっては少し苛立たしいものかもしれない。

 だが、三浦のように勢いで捲したてるのも正しいとは言えない。

 本当に友達だと言うなら許容してやるのではないか。

 許容せず、強要する方がおかしいのではないか。

 

「さっきから謝ってばっかだけど」

 

「謝る相手が違うわよ、由比ヶ浜さん」

 

 三浦が続く言葉を紡ぐ前に、教室内に極寒の吹雪がやって来た。

 心の底まで凍てつく声色。登場したその瞬間に、三浦の独壇場だったその場の雰囲気全てを掻っ攫う。

 昨日まで俺や由比ヶ浜に見せていた穏やかな表情とは一転変わって、怜悧な表情で、雪ノ下雪乃は教室の入り口に毅然として立っていた。

 最早怖いとか通り越して美しいとか感じちゃう始末だ。

 

「由比ヶ浜さん、貴女自分から誘っておいて待ち合わせ場所に来ないのはどうかと思うわよ?連絡の一つでも寄越したらどうかしら」

「ご、ごめんねゆきのん。でも、私ゆきのんの連絡先知らないし」

「そう言えばこの時はまだだったわね......。なら後で教えておくわ。今後は事前に連絡を頂戴」

 

 だが由比ヶ浜と話す時はその冷たさも抑え、普段と同じ穏やかな表情に戻る。

 随分と器用でいらっしゃいますね。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 三浦の声を聞いた途端、また雪ノ下の纏う雰囲気が変わる。先程登場した時と同じものだ。心なしか、そこには幾分か怒気も含まれてるように感じる。

 

「なにかしら、貴女と話してる時間も惜しいのだけれど。まだ昼食を取っていないのよ」

「まだあーしがユイと話してた途中なんだけど?」

「話す?がなりたてるの間違いでなくて?......あぁ気づかなくてごめんなさい。貴女達の生態系に詳しくないものだから、ついつい類人猿の威嚇と同じものにカテゴライズしてしまったわ」

 

 ひえぇ......。

 今度からこいつの事を心の中で氷の女王と呼ぶことにしよう。この罵倒が普段俺に向けられてなくてよかった。

 いや、待てよ?なんだかんだでたまにする会話の中にもちょくちょく罵倒が挟まれてる気がするぞ?

 なんにせよ、獄炎の女王も氷の女王の前ではその炎を燃やし切れずに凍てつかされてしまうのか、三浦は苦しそうに雪ノ下の言葉を聞いているだけだ。

 

「お山の大将気取りで虚勢を張るのは結構だけど、自分の縄張りだけでしなさい。でないと、貴女の今のメイク同様直ぐに剥がれ落ちるわよ?」

「......っ!意味わかんないし!」

 

 吐き捨てる様に言って、三浦は再び携帯を弄り始める。

 完全に敗者のそれだった。

 一方の雪ノ下はと言うと、今までの舌刀を納めて由比ヶ浜に向き直っている。

 

「先に行っているわね」

「あ、私も」

「......部室で待ってるわ」

「うん!」

 

 由比ヶ浜に柔らかい笑みを返し、雪ノ下は教室を出る前に再び三浦へと言い放った。

 

「本当に会話をしたいのであれば、相手の言い分も聞くことね。でないと、必ず後悔する事になるわ」

 

 穏やかでも、怜悧でもなく、ただただ苦しい表情。

 この前家庭科室で見せたものと同じ表情。

 彼女は時折それを見せる。一体なにを思っているのか。何かを思い出しているのか。

 その雪ノ下の心情も、また知りたいと、傲慢な考えに至る。

 

 なんて考えてるうちに雪ノ下は教室を出て行ったようで、周囲のクラスメイトもここぞとばかりに教室を出て行く。

 乗るしかない、このビッグウェーブに!とばかりに俺も食いかけのコンビニパンを袋に詰めてそそくさと教室から退散。

 いつものベストプレイスは使えないからそれなりにいい場所を探して食うとしよう。

 

 教室を出る寸前、すれ違った由比ヶ浜がか細い声で呟いた。

 

「ヒッキー、さっき立ち上がってくれてありがと」

 

 ......別にそんなんじゃねぇっての。

 

 

 

 

 

 

 

 教室を出て直ぐの所には雪ノ下が壁にもたれかかって立っていた。

 どうやら中の様子が気になるようだが、そこからじゃ教室内は見えませんよ?

 特に行き場のない俺は向かいの窓側にもたれかかった。

 

『あの、ね。私、こう言う性格だから、時々イライラさせてたと思うの』

 

 中から由比ヶ浜の声が聞こえてくる。

 時折嗚咽が混じり、一生懸命、自分の言葉を伝えているのがよく分かる。

 

『いやー、昔からそうなんだよね。おジャ魔女ごっこしてても、本当はドレミちゃんやりたいのに葉月で我慢してたりとか。団地生まれのせいなのか、積極的になれないと言うか......』

『結局なにが言いたいわけ?』

『その、さ。ヒッキーとかゆきのん見てたらさ。今まで周りに合わせてたのがバカみたいに思えちゃって......。だってヒッキーとかマジヒッキーじゃん?たまに笑ってるのとか超キモいし』

 

 ちょっと由比ヶ浜さん?俺泣くよ?高2男子が周りの目も気にせずわんわん泣くよ?

 

「ライトノベル、と言うのが面白いのは分かるけれど、もう少し周りの目も気にして読んだらどうかしら?」

「バッカお前、周りの目気にしてたらラノベなんて読めねぇだろ」

 

 今度から教室で駄女神と爆発バカとドMがヒロインのラノベは辞めておこう。

 て言うか雪ノ下さんラノベ知ってはるんですか意外ですね。

 

『だから、さ。これからはもっと適当に生きていこうかなーとか、そんな感じなんだけど......これからも、友達でいられる、かな?』

『......あーしも、ちょっと言い過ぎたかも。ごめん』

 

 パタン、と携帯の閉じる音が聞こえた。

 あの獄炎の女王が謝った、だと......⁉︎

 一連のやり取りを聞いていて雪ノ下も安堵したのか、いつも部室で見せる優しい微笑みを携えていた。

 

「やっぱり、ちゃんと言えるのね」

 

 ここでもやっぱり、と来たか。

 こいつはたまにそう言う風に、まるで先のことが分かってるかのような発言をする。

 まさか雪ノ下って超能力者⁉︎なんてそんなわけがあるはずも無い。

 ただ、こいつの明晰な頭脳を持ってすれば多少未来のことならば予測できると言うだけなのだろう。

 

「何をアホヅラを晒しているのかしら。さっさと行くわよ」

「いや別にそんな顔してないから。てか、行くってどこへ?」

「部室に決まってるじゃない。昼食を持って来たと言うことは、このまま教室で食べるつもりはないのでしょう?居場所のない比企谷くんに居場所を提供してあげるのよ」

「ひでぇ言い方だが間違ってないから反論出来ねぇ......」

 

 まぁ、たまには誰かと共に過ごす昼休みも良いかもしれない。なんて、そんな風に思った雨の日だった。

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