文化祭も二日目となると俺たち実行委員は全員が駆り出される。
一般公開ということは校外の人、つまりは受験生や地域の人なんかがやって来るので、問題行為には一日目よりも一層目を光らせる必要がある。
そんな中で俺は記録雑務としての仕事を全うしていた。あちこち回って写真として記録を残しているのである。俺が撮った写真は文化祭終了後に各生徒が望むものを購入したり、卒業アルバムに掲載されたりする。そして何故かどの写真にも写り込んでいない俺。もしくは変に見切れてて幽霊扱いされる可能性も。あれ本当酷い話だよな。思い出を残すための写真なのに全く思い出を残せないどころか黒歴史を作り上げてしまうだなんて。やはり写真は悪い文明。
労働による疲れからか思わず黒塗りの歴史と衝突してしまったが、まぁつまりはそう言うことである。いやどう言うことだよ。
そもそも俺が写真を構えるとレンズの向こうに写っている人たちが不審者を見るような目をするのはマジで解せない。ちゃんと文実の腕章してるでしょうが。
そんな現実にうんざりしながらも仕事故に再びカメラを構えていたら、横合いからドンッと衝撃が。
「お兄ちゃーん!」
「おぉ、小町。来てたのか」
マイスウィートシスター小町だ。中学の制服に身を包んだ小町はこの世界で一番可愛い笑顔で俺に抱きついて来た。
あ、ちょっとそこのお姉さん通報しようとしないで。
「一人か?」
「うん。お兄ちゃんと二人きりで会いたかったし!今の小町的にポイント高いし!」
「ああそう」
相変わらず余計な語尾が付いて回ってるが、それも愛嬌。うちのあざとい後輩と違って小町はあざとい上に可愛いのだ。
「結衣さんとかいろはさんは?」
「由比ヶ浜はクラスの方にいるんじゃねぇの?一色はどっかで仕事してるだろ」
「ふーん。じゃあ雪乃さんは?」
「あいつも仕事だろ」
「え、二人で一緒に回ったりしないの?」
「いや、仕事あるから。それに昨日一緒に見回りしたし......」
「へ〜」
なにその色々察したと言わんばかりのニヤニヤ笑顔は。やめて、兄の恋愛事情を推察しないで。恥ずかしいから。
「で、お兄ちゃんは何してるの?居場所がないの?」
「彷徨える孤高の魂は拠り所を必要としないんだよ」
「わーかっこいいー。で、なにしてんの?」
無視ですか......。最近の小町ちゃん、お兄ちゃんに対して辛辣過ぎない? やだ、小町の俺に対する愛が冷めていってる。でもその分俺が小町を愛せばプラマイゼロどころか寧ろプラスになるまであるから心配ない。
「はぁ......。仕事だよ、仕事」
「ふーん。で、なにしてんの?」
こいつは壊れたラジカセかよ。
「仕事だって」
「......お兄ちゃんが、仕事⁉︎」
え、なんでそんなに驚くの? 準備期間からめちゃくちゃ働いてたの小町も知ってるよね? それでお兄ちゃんが倒れたのも知ってるよね?
「なーんて、冗談だよ冗談。お兄ちゃん、今回は頑張ってたもんね」
今度は二ヒヒ、と笑いながらこちらの顔を覗き込んでくる。ええい小っ恥ずかしい。そう言うの同級生の男子にしちゃダメですよ。死人が増えるから。
「......まあそうだな。なんなら一生涯分働いたまである。これで将来専業主夫になってもなにも言われないな」
「いやいや、流石にそれはないよ」
急に素のトーンで返さないでくれますかねぇ......。冗談に決まってるじゃん......。
「と言うことで、小町は色々見て来ます!じゃあねお兄ちゃん! ちゃんとお仕事するんだよ!」
「おう、小町も気をつけろよ。変な奴に声掛けられたりしたら直ぐにお兄ちゃんを呼ぶんだぞ」
「その過保護っぷりは流石にキモいかなぁ」
最後に俺の精神へとダメージを与えてから、小町はスタコラサッサと雑踏に消えて行った。
そうか......。キモかったのか......。どうしよう死にたい。
「また随分と面白い顔を晒しているわね」
「うへぃっ⁉︎」
突然声を掛けられて自分でも何て言ったのか分からないくらい珍妙な声が出た。お陰で周囲の視線が滅茶苦茶刺さる。なにあの気持ち悪い人、みたいな感じの視線。
しかし今のは俺は悪くない。突然声を掛けて来た奴が悪い。果たして下手人は誰か、なんて確認せずとも分かるのだが。
振り返った先には案の定、雪ノ下雪乃がいた。
「相変わらず奇天烈な鳴き声ね」
「やめろ。珍獣扱いやめろ。てか今のはいきなり声を掛けたお前が悪いだろうが」
頭痛を抑えるようにコメカミに手を当てる雪ノ下だが、その格好をしたいのは俺の方だ。
て言うか気配も無く人の後ろに立つのやめてくれませんかね。お前は暗殺者かよ。なに、唐突に背後から心臓鷲掴みのハートキャッチとかされちゃうの?こいつの場合は心臓氷漬けとかしそうで怖い。そんなサバーニーヤは嫌だ。
「んで、お前こんな所で何してんの?」
「仕事に決まっているでしょう。今日も各教室の見回りをしているのよ」
「それって副委員長の仕事なんじゃ......」
「一色さんなら所用で外しているわ。私はその代役」
「あいつ本当仕事してねぇな......」
俺も妹にキモいって言われたから帰りますって言ったら帰らせてくれるかな。ダメか。ダメだな。
「少し仕方ない所もあるのよ。彼女、有志に出るみたいだから」
「え、そうなの? 初耳なんだけど」
「誰も言っていないのだから当然ね」
つまり、準備期間中の一色は副委員長の仕事をこなしながら有志の練習もしていたと言うことか。確かに名前を売り出すと言う彼女本来の目的を考えるなら有志に出場することは効果的だろうが、それなら昨日も練習しとけと言う話である。それはそれで文化祭を楽しめなくなるから酷な話か。
「あなたは?」
「俺も仕事だよ」
「そう。なら少し付き合ってもらえるかしら」
「何処に?」
「行けば分かるわ」
結局今日も雪ノ下と行動を共にすることとなってしまった。
いや個人的には嬉しいんですけどね。ただ文実の仕事的にこれでいいのかと疑問に思ってしまうこともある。
そうして辿り着いたのは、三年E組『ペットどころ うーニャン うーワン』。
あぁ、そう言えばこんなんあったな。しかも昨日行けなかったですもんね。オマケに犬もいるから雪ノ下さん一人で行けないもんね。
「......何かしら、その生暖かい眼差しは」
「いや、なんでもない」
「そう?なら早く入りましょう。ボディガードは任せたわよ比企谷くん」
「へいへい」
犬に対するボディガードってのが少し情けないが、文句は言うまい。ワンニャンショーの時にも一度経験していることだ。
教室に入ると、そこには多種多様な動物達がいた。犬猫のみならず兎やハムスター。果ては蛇まで。蛇飼ってるやつとかアニメでしか見たことなかったんだけど。とあるの婚后さんとか。
そしてそれらの動物(主に犬。てか犬だけ)から雪ノ下を守るように歩き、無事に猫がいる元へと辿り着いたわけだが。
「何をしているの。仕事よ雑務」
「今はお前も記録雑務なんだけどな」
雪ノ下はその猫と戯れようとはせずに俺の後ろに隠れながら目で愛でている。しかし溢れ出んばかりの猫欲は抑え切れておらず、今にも飛びつきそうだ。
「触りにいかねぇの?」
「え?」
純粋な疑問を口にしたら目を丸くして驚かれた。そんなに意外な質問でもあるまいに。
「いや、いつもなら周りのことなんて気にせずいの一番に猫と戯れに行くだろ?」
「あぁ、そう言うことね」
......いの一番に戯れに行くことは否定はしないんだな。まぁ今更否定されても無理があるのだが。
それに雪ノ下は周囲から見た自分の姿と言うのを、なるべく崩さないようにしている。校内のアイドルどころか女神の雪ノ下が猫を前にしてにゃーにゃー言ってる姿なんて見られたらそのイメージも崩壊待った無し。
そこら辺を上手いこと言い訳にするのかにゃーと思っていたのだが、そんな俺の想像に反して雪ノ下は少し頬を赤らめてから俯きがちに呟いた。
「その、ここで猫達の相手をしてしまうと、時間を忘れてしまいそうになるから......」
思ってもいなかった言葉だった。
猫と会話してる姿を見られては必死にそれを誤魔化そうとしていた雪ノ下が、誤魔化しも言い訳も無く素直に本心を口にしたのだ。
しかも恥じらいつつ言ってる辺り八幡的にポイント高い。
これもきっと彼女が変わったと言うことなのだろうかね。
「......んじゃ今度またうちに来い。好きなだけカマクラをモフらせてやるよ」
「そう。それは、魅力的な提案ね」
ダメだな。素直な雪ノ下とかダメだ。核爆級に可愛すぎて俺の心臓が持たない。
三Eで一通り猫の写真を撮り終えた後、同じく三年のフロアを回っていると何やら人集りが出来ているのを見つけた。
列の整頓はしっかりなされているから一見問題無さそうだが、教室の中からはキャーキャーと悲鳴が聞こえる。
「あー、思い出した」
「どうやら仕事のようね」
確か『トロッコロッコ』だったっけか。教室内部を様々な装飾で彩り、その中を手製のトロッコで回ると言うものがジェットコースターになってたんだったか。
前の時は雪ノ下と一緒に中に押し込まれたんだっけ。
「このクラスの責任者はいますか?」
三年の先輩相手にも物怖じせず堂々と取り締まりに向かう雪ノ下の後ろについて行く。
でも八幡知ってるよ。この後二人して押し込まれるんだけど雪ノ下の方だけ女子生徒に運ばれて俺は厳つい男子生徒に運ばれるんでしょ?しかもお尻触られるし。どうせ押し込まれるなら綺麗なお姉さんに押し込まれたい。
「ヤバイ!文実に見つかった!」
「どうするどうする⁉︎」
「えっと、取り敢えず乗せちゃえ!」
「え、ちょっと......!」
案の定と言うか予定調和と言うか。雪ノ下は三年の先輩方に無理矢理教室内へと運ばれていった。
「そっちの子も文実⁉︎」
「腕章してるから取り敢えずその子も乗せちゃえ!」
俺を取り囲む厳つい男の先輩方。綺麗なお姉さんを期待してなかったと言えば嘘になる。
しかし、俺は同じ失敗を繰り返す男ではない。この状況をなんとか脱して見せるぜ!
「あ、こら!抵抗するな!」
「取り囲めぇ!」
「三人に勝てるわけないだろ!」
馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前。
とか言ってる場合じゃねぇぞこれ! 普通に取り押さえられたんですけど! ちょっと! お尻触ったの誰ですか! ネタがネタじゃ無くなっちゃうでしょうが!
結局抵抗虚しく俺はトロッコの中へと放り込まれる事となってしまった。
「はぁ......。大丈夫か雪ノ下?」
「え、えぇ......」
なんか歯切れの悪い返答が返ってきたなと思ったが、それもそのはず。今ここはトロッコの中で、かなり狭い車内に身を寄せ合って座っているわけで、故に互いの顔が超至近距離にあるわけで。そのことを正しく認識した途端に顔に熱が集まってくる。
今更その程度でなに恥ずかしがってんだと言われそうなものだが、そんなこと言われても仕方がない。だって雪ノ下の超絶綺麗な顔が直ぐ近くにあるんだぞ? しかもここはトロッコ内と言えども学校の中。普段勉学に勤しむ場所で抱き合うような体勢になってしまっていると言うことにちょっとした背徳感すら抱いちゃう。
更に言っちゃうと雪ノ下は暗い所とか絶叫系は苦手だ。そのせいと言うべきか、お陰と言うべきか、俺が中に放り込まれてからと言うものの俺の制服をギュッと握って離さない。
なんかもう萌え死にそう。
「お前本当に大丈夫か?」
「大丈夫と言ってるでしょう。......きゃっ!」
雪ノ下が強がったのとトロッコが動き出したのはほぼ同時だった。どうやら俺がこの状況を冷静に分析してる間に『地下の世界をお楽しみください』的なアナウンスが流れていたようで、スタートするタイミングが完全に分からなかった。
てかこれ人力で動かしてるんだよな。そう思うとめっちゃ怖え。怖いのは雪ノ下も同じなようで、密着度がさっきよりも増している。なんかもう柔らかい感触とかいい匂いとかで頭がクラクラして恐怖は一瞬で吹っ飛んでしまった。
俺が煩悩と戦ってる間にトロッコは無事ゴール。完全に動きが停止したのを見計らってから、この短時間で憔悴した雪ノ下の手を引いて外に出る。
「どうよ!うちの『トロッコロッコ』!」
自慢気にそう言ってくるが、問題だらけだ。
個人的には非常に役得だったけど。しかし文実としては見過ごせない。
「申請内容と異なることは認められません。今直ぐ元の内容に戻すか、追加書類を書いてもらいます。よろしいですか?」
まだ復活しきってない雪ノ下がキリッとした眼差しでそう告げるが、どこか迫力が欠ける。結構怖かったもんな。
その後追加書類を提出することを責任者に約束させてからその場を離れた。取り敢えずこいつを休ませる場所に移動しなければ。
「どっか座れる場所探すか」
「そうね。流石に今のは疲れたわ......」
相変わらずの体力の無さである。今日はこれからエンディングセレモニーなどの仕事も残っているので、今の内に体力を回復させておいた方がいいだろう。
そんなこんなでまたフラフラと歩いて結局中庭のベンチへと辿り着いた。
出店は基本的に校内や正門付近となっているため、ここは人が少ない。
近くの自販機で適当に紅茶とマックスコーヒーを買ってから、紅茶を雪ノ下に手渡す。
「ほれ」
「......ありがとう。幾らだった?」
紅茶を受け取った雪ノ下は財布を取り出そうとしたが、それを手で制する。
「いや、いい。病人から金を巻き上げるのは気がひける。......って、このやり取り前にもしたな」
「そう言えばそうね」
あれはクリスマスイベントの前だったか。ディスティニーで、こいつの初めての願いを聞いた後の話だ。
あの願いを、果たして俺は叶えてやる事が出来ているのだろうか。
「その時にも、前にも似たようなやり取りをしたって話になって、それで、姉さんやあなたの話になったのよね」
「やめろ雪ノ下。あの人の話をすると本当にどっかから登場するかもしれん」
てか陽乃さん有志に出るとかこいつから聞いてるけど、勿論それって今現在校内にいるって事だよね? マジで登場するんじゃねぇのこれ。
「確かにそんな気がするわね......」
「まあ所詮はそんな気がするってだけだけどな。まさかこんな何もない中庭で遭遇するわけが」
「あー!やっと見つけた!ひゃっはろー二人とも〜!」
oh......。
流石にフラグ回収が早すぎませんかね。もしくはフラグなんぞ立てなくとも魔王とは遭遇してしまう運命だと言うのか。
きっと今の俺と雪ノ下は全く同じ感情を表情に出してしまっている事だろう。
「どうも、雪ノ下さん」
「比企谷君久しぶりだね〜。もう体調の方はいいのかな?」
「お陰様で快調ですよ」
「それは何より」
皮肉のつもりで言ったのだが陽乃さんはそんなものどこ吹く風。そもそも俺程度の皮肉なんてこの人は意にも介さないだろうし。
「姉さん、何をしに来たのかしら?」
「雪乃ちゃんを迎えに来たんだよ。そろそろ時間だよ?」
ゲンナリした様子の雪ノ下だったが、中庭にある時計を見て一転。慌てたように立ち上がった。
「もうこんな時間じゃない!」
「まさか雪乃ちゃんが遅刻なんてとは思ってたんだけど、比企谷君と一緒にいたから時間も忘れちゃってたのかな?」
「そう言うのは今はいいから急ぐわよ!ごめんなさい比企谷くん。少し用があるから失礼するわ」
「お、おう」
「て事だから、雪乃ちゃん借りてくねー。あ、そうだ。比企谷くん、ちゃんとステージ見ててよ?」
じゃあね〜、とひらひら手を振って去っていく陽乃さんと全力疾走で駆けていく雪ノ下。あいつあんなに全力で走って大丈夫なのか。用があるって言ってたけど、体力尽きるんじゃ?
「一応雪ノ下さんの演目確認しとくか」
後ろのポケットに入れてある文化祭のパンフレットを取り出し、ステージの演目を確認しようとして、探すまでもなく陽乃さんのグループだと思われるものを見つけた。
『はるのんと愉快な仲間たち』
......うん。実に分かりやすいことこの上ない。しかもちゃっかり大トリだし。
しかしこのグループ名で今この時間に陽乃さんが雪ノ下を迎えに来たと言うことは......。いや、流石に無いだろ。考えすぎだ。雪ノ下からは何も聞いてないし。
「てかあいつ、紅茶置いて行ってるじゃねぇか......」
ベンチの上には雪ノ下が飲みかけた紅茶の缶が。さて、これをどうするべきか。持ち上げて見たところそれなりに中身は残っているし、このまま捨ててしまうのも勿体無い。
でも俺が飲んじゃうってのもなんか疚しいことをしてるみたいであれだし。
いや、疚しいと思うからダメなのだ。そう、これは言わば残飯処理である。拉致られた雪ノ下が残していったこれを俺が飲むのは、購入した俺の義務であり権利であろう。
誰に言い訳してんだよこれ。
と言うわけで、いざ飲み干さんと缶に口をつけようとしたその時。
「いた!比企谷ー!」
急に遠くから声をかけられた。
思わず咄嗟に紅茶を隠してしまう。なんで隠してんの俺。
声をかけられた方に振り向くと、相模がこちらに走って寄って来た。え、なんで委員長様が俺を探してんの?
「何か用か相模?」
「何か用かじゃないでしょ。さっさと体育館行くよ!」
「まあ俺も今から行くところだったからいいけどよ。なんでお前が呼びに来てんの?」
「いいから!」
「あーちょっと待て。まだマッカン残ってるから。あとこいつも処分してくれ。さっき雪ノ下が置いていったんだ」
後ろ手に隠し持ってた紅茶の缶を相模に渡す。思いの外素直にそれを受け取ってくれたことになんとなく安堵。別に惜しい事したとか思ってない。
マッカンを飲み終えた後、相模に連れられるがままに体育館へと向かった。
「比企谷、ごめん」
その道中で、相模がポツリと呟いた。
「いきなりなんだよ。文実のことなら謝らなくていいって言っただろ?」
「それじゃなくて。夏休みの時と、部室に初めて行った時。笑ってごめん」
どうやら、俺の知ってる相模南と言う人間は本当にもういないらしい。かつて俺はこいつの事を、俺と同じ最底辺の人間だと言った。
確かに文実始動時のこいつはその通りだったかもしれない。しかし、相模はその最底辺から這い上がろうとする思いがあり、実際にそこから這い上がってみせた力がある。
最底辺から這い上がる気も無ければその力もない俺とは違う。
「それと、ありがと。お陰でいい文化祭になりそう」
「......それは雪ノ下達に言ってやれ。あいつらがいなかったら成功してねぇよ」
「あんたならそう言うと思った」
それきり互いに無言のまま体育館への道を歩く。
どうやら周りの生徒達も目指す場所は同じなようだ。ステージの大トリが終わればそのままエンディングセレモニーへと移行するので、自然と皆が同じ方向に足を向けるのだろう。
生徒達だけでなく校外のお客さん達も体育館へと向かっているのは、陽乃さんの影響だろうか。
そうして辿り着いた体育館。
スポットライトの当たるステージの上には、見知った顔が並んでいる。
葉山達のグループだ。どうやら演奏が終わった後らしく、観客席から葉山に向かって黄色い声援が飛んでいる。一緒にステージに立っている三浦からはなんかメラメラしたものが見えるし。
そして葉山達が退場した後、大トリのグループがステージへと上がって来た。
陽乃さん、だけではない。その他のメンバーも全員が知っている奴だ。
「予想的中かよ......」
白衣をなびかせながら登場した平塚先生。ニコニコと強化外骨格を貼り付けた陽乃さん。珍しく若干テンパってるように見える一色。緊張した面持ちの由比ヶ浜。
そして最後に出て来たのは、堂々とした足取りでステージの上を歩く雪ノ下。
「ほら、委員長権限で前の席取ってもらってるから行くよ」
職権乱用じゃねぇかよおい。
しかし折角用意してもらって悪いが、その提案には乗れない。
「いや、ここからでいい」
「はあ?何言ってんのあんた」
「ライブとかは一番後ろから見るって決めてんだよ。良いからお前はエンディングセレモニーの打ち合わせ行ってこい」
俺にはスポットライトはおろか、飛び跳ねるアリーナすらも似合わない。
だから一番後ろで見ていよう。彼女達のステージと、それが作り出す熱狂を。
今度は最初から最後まで。