カワルミライ   作:れーるがん

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番外編、嫁度対決編です。


番外編
彼も彼女も、幸せを求める。


 結婚、それは人生の墓場だ。

 既婚者は例外なく、その素晴らしさを誇らしげに語る。

 やれただいまを言う相手がいると嬉しいだの、子供の寝顔を見ると明日も頑張れるだの......。

 いやマジで素晴らしいわこれ。

 家に帰ると笑顔で俺を迎える雪ノ......、奥さんが『おかえり』って玄関で言ってカバンを預かってくれたり、その後に雪ノし......、奥さんが『ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?』なんて言ってくれるのだ。男子諸君ならば必ず一度は妄想した事があるだろう。

 雪ノ下との子供なんて彼女に似た美人になるに違いないから溺愛するに決まってるし。もう雪ノ下って認めちゃったよ。

 が、待て。しばし。

 そんなものは所詮新婚ホヤホヤのラブラブ夫婦だけだろう。妄想はすれど、それを望もうとは思わない。

 そう言う夫婦に限って三年目辺りから急に冷め出して、すれ違いの生活を送る末に子供も出来ずに離婚してしまうのだ。

 別にラブラブ夫婦だったり子供がいる事が幸せの全てではない。

 幸せって言うのは、ほら、こうなんていうの。こうさ、何時もの部屋で愛しい人が紅茶を淹れてくれる後ろ姿を眺める、こんな感じのことを言うんじゃないかな。

 そんな光景を前に、俺は昼休みの部室で欠伸を噛み締めながらも雪ノ下がお茶を淹れるのを今か今かと待っていた。

 これぞ幸福であろう。誰だよ結婚は人生の墓場とか言ったやつ。こんな可愛い嫁さん貰ったら墓場に行けるわけがない。

 

「はい、どうぞ」

「おう」

 

 お茶と一緒に差し出されるお弁当箱。

 文化祭の準備中、俺たちが今の関係になってからの昼食はいつも雪ノ下が用意してくれたお弁当を、雪ノ下と由比ヶ浜の三人で部室で食っていた。

 今日は残念なことに由比ヶ浜がおらず、雪ノ下と二人きりである。三人で過ごす時間も心地いいものだが、やはりこうして彼女と二人で過ごすのもいい。

 

「いつもすまんな」

「それは言わない約束でしょう、あなた?」

 

 揶揄う様に微笑まれてつい視線を逸らしてしまう。今の『あなた』のイントネーションが常日頃俺を呼ぶ時のそれと違っていて、まるで特定の関係となった者に対する呼び方の様だった。

 今さっきまでまさしくそんな事を考えていたのも照れを助長させている。

 冷静に考えてさっきの俺の思考は流石に無いわ。キモいわ。まあ嘘は一つも言ってませんけどね!

 取り敢えずさっさと弁当を食おうと思い蓋を開けて見る。色とりどりのオカズと白米が所狭しと並べられているそこに、奴の姿を見つけた。

 

「ちょっと? 今日トマト多くなぁい?」

 

 どこからか俺のトマト嫌いと言う情報を得た雪ノ下は、毎回の様にプチトマトを一つ弁当に入れてくる。彼女なりに俺を思ってくれての行動だと好意的に解釈しているのだが。

 俺がプチトマトを食べて顔を顰めた時に雪ノ下が嗜虐的な笑みを浮かべていたのなんて断じて見ていない。ドSのゆきのんも可愛いと思うけど残念ながら俺はそこまで完成していないので。

 さて、その問題のプチトマトなのだが、なんと今日は三つも入っているではないか。

 流石の俺もそれには抗議せざるをえない。

 

「他意はないわよ」

「そのセリフが最初に来る時点で他意有りまくりって認めちゃってんだよなぁ......」

「いいから食べなさい。それとも、私が折角作って来てあげたお弁当を残すと言うのかしら?」

 

 随分と上から目線だが、実際俺は作って貰ってる側だから何も言えない。それに雪ノ下はこれくらい上から物を言っている方がらしいっちゃらしいしな。

 

「そんな事一言も言ってないだろうが」

「あなたは好き嫌いが多過ぎるのよ。人も食べ物も」

「それ小町にも言われたことあるんだけど......」

 

 それに人の好き嫌いに関してはあなたも同様ですからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭が終わり、体育祭も大過なく過ぎ去ると、厳しかった残暑は鳴りを潜め涼しい風が吹いていた。朝方は少し冷えるくらいで、布団を被れば丁度いい感じに微睡める心地のいい季節だ。

 そんな心地いい季節に居心地のいい空間で今日も今日とて紅茶を啜っていたのだが、その依頼は唐突に舞い込んで来た。

 

「ラブマリッジ千葉ウエディング......?」

 

 ぽけーっとした表情と声色で由比ヶ浜が机の上のペラ紙をめくる。

 その冊子は俺にも彼女らにも見覚えのあるものだ。由比ヶ浜は覚えてるか分からんが。

 

「若者の結婚特集、ね......」

 

 デカデカと書かれたその文字を読んでチラリとこちらを盗み見る雪ノ下。ちょっと恥ずかしいのでやめて下さい。そう言うのはまだ早いと思うな!

 

「地域活性化の一環でタウン誌を作るんだそうだ。若い世代に結婚について深く知ってもらおうと、行政や付近のブライダル会社、式場を持つホテルなんかが提携して作るらしい」

「それ俺たち関係なくないっすか?」

 

 問いかけると、平塚先生は言葉を詰まらせて肩身が狭そうに明後日の方を向いた。

 

「その、我が校もなんらかの形で協力するようにと上から言われてしまってな......」

「何故総武高が......」

 

 こんなもん海浜総合のやつらにでもやらせてたらいいだろ。漏れ無く意識高そうな返答がくるぞ。ただし意味が分からなさすぎて誰も手に取らない可能性が大。

 平塚先生は視線をそのままに、どこか遠い目をして呟いた。

 

「理由か。そうだな......。上からの命令に理由なんて求めてはいけない。働くとはそう言うことだ」

「聞きたくなかった。そんな話は聞きたくなかった......」

 

 そろそろ専業主夫の道も諦めるしかないのかと思ってしまっていた矢先にそんな話を聞かされてはやっぱり専業主夫になるしかないなと思いました。

 いやだなぁ......。働きたくないなぁ......。

 

「でもそれ平塚先生のお仕事ですよねー? 私達本当に関係なくないですか? 先輩達を除いて」

 

 俺たち三人からすると分かりきった質問ではあるのだが、当時いなかった一色が間延びした声で質問する。聞かない限りは話が先に進まないので仕方がない。

 いや本当、分かりすぎて辛いのだが、聞くしかないのだ。

 あと一色の台詞の最後の言葉は聞かなかったことにする。

 

「だって......、結婚とか、どうしたらいいのか分からないし......」

 

 嗚咽が漏れそうな悲痛な声が、部室に反響した。

 この場の誰もがその声と表情に胸を痛めた。まあ約一名痛めるほど胸が無い人もいますけどね!

 

「ゆきのん......」

「雪ノ下先輩......」

 

 いや雪ノ下何も悪くないよね? 寧ろ追い込んだのは一色だよね?

 その二人から見つめられると弱るのが雪ノ下であり、やはり今回も例外では無かった。

 

「はぁ......。私もこう言ったことにあまり詳しくはないのですが、出来る範囲でお手伝いします」

「うん、ありがと......」

 

 その年齢と姿には似つかわしくない可愛らしい言葉が返って来た。

 マジで誰か早く貰ってあげてくれ。俺はもう無理だから!

 

 

 

 

 

「さて、ではどこから手を付けましょうか」

 

 あれから平塚先生を必死で宥め、雪ノ下が紅茶を淹れ直してから俺たちは再び顔を突き合わせてウンウンと唸っていた。

 前回もそうだったが、一ページ担当しろと言われても何をすればいいのか分からないものである。

 

「一応聞いときますけど、納期は?」

「入稿が来週。校了までに一週間だな」

「なんか早くないですかー?」

 

 いや、前に君がフリーペーパー作るの依頼しに来た時も結構締め切りまで早かったよ? 人のこと言えないよ?

 

「仕事ってつい手元で寝かしてしまうんだよなぁ......。手がつけづらいやつならなおさら......」

 

 わかる。超わかる。夏休みの宿題とかそのパターンだよね。本当計画性って大事。あ、計画性が無いから結婚出来てないのか。これ本人に言ったら絶対殴られるやつだ。

 

「それで、結局どうするんですか? 結婚に対しての高校生らしい意見なんて何書けばいいか分からないですし」

「ま、俺も雪ノ下もお前も高校生らしくないからなぁ」

「遺憾ながら同意ね......」

「ちょっ、それ何気に酷くないですか⁉︎」

 

 いやだってその計算高さとかあざとさとかはダメだろ。ある意味高校生らしいのかもしれないけど、タウン誌を読む人達はそんな意見期待してないし。

 

「取り敢えずアンケートでも取ってみるか? 意識調査とかそんなんで」

 

 前回と同じく、とは言わない。リープしていなさそうな平塚先生がいる以上は、それを推察されそうな発言は控えるべきだろう。

 理由を問われれば明確な答えを返せるわけでもないが。

 俺のそんな意図を察してくれたのか、雪ノ下はコクリと頷いた。

 

「ではこちらで幾つか設問を用意しましょうか」

「うむ。試しに我々で答えてみようではないか」

 

 ここも前回と同じく、それぞれが適当な質問を考えて雪ノ下がそれを取りまとめ、平塚先生が紙をコピーして来てくれた。

 それからまた用意された質問にそれぞれが答えを書き連ねていく。

 

「じゃあ早速見てみよっか」

 

 由比ヶ浜が手近な紙を手に取って読み上げた。

 

【Q 結婚相手に求める年収は?】

【A 1000万以上】

 

「比企谷くん......」

「ヒッキー......」

「な、違うぞ!俺じゃない!」

 

 シラーっとした目を向けられるが、今回はマジで俺じゃない。前に書いてドン引きされた上に雪ノ下から扱き下ろされたから書いてないぞ!

 

「あ、本当だ。よく見たらヒッキーの字じゃないね」

 

 紙の上を黒で走っている線はあざとさ全開の丸文字。どう見ても男子が書くような字体ではないし、こんなあざとい字を書くやつなんて決まっている。あざとい字ってなんだよ。

 

「え、なんで皆さんこっち見るんですか⁉︎ 私がこれを書いた証拠なんて無いじゃないですか!」

「犯人ってのは往々にしてそんなセリフを吐くもんだ。『自分はやっていない』『大した推理だ。小説家にでもなったらいいんじゃないか』『殺人鬼と同じ部屋になんていられるか』てな」

「昔の私のセリフを盗らないで貰いたいのだけれど......」

「しかも最後はただの死亡フラグだろう」

「て言うか! そんなの証拠になってませんし!」

 

 此の期に及んで未だに反論を続ける一色に向かって、諭すような声音で決定的な証拠を突きつけてやった。

 

「フリーペーパー、ケンケン、編集者。これを聞いてもまだ証拠がないって言うか?」

「うっ......」

 

 言葉を詰まらせる一色。ふっ、勝った。

 ところであの体験記を書いたケンケンは元気にやってるだろうか。彼の就活が上手くいくことを心の片隅で祈っておこう。

 

「ま、まあまあ、他のも見てみようよ」

「結衣先輩......!」

 

 取りなすように言ってくれた由比ヶ浜が次の紙を取る。

 

【Q 結婚後の休日はどう過ごしたいですか?】

【A 比企谷くんとゆっくりする】

 

 

 

 

 ..............................。

 

 

 

 

 悶え死ぬかと思った。

 

「な、なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

 

 いつものキリッとした表情で見事に開き直っていやがる世界で一番可愛い女の子。あ、よく見ると耳真っ赤ですね。結構無理して耐えてるのかな?

 と言うかさっきからニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべてる由比ヶ浜と一色と平塚先生はなんなの? 恥ずかしいからその笑い方やめて欲しいです。

 

 うん、まぁ。なんと言うか。今度の休みの予定は決まりですね、としか。

 

 

 

 

 

 

 先程の謎の雰囲気漂う空間に耐え切れなかったのか、雪ノ下は仕切り直すように全員の紅茶を淹れなおしていた。

 その間に由比ヶ浜がうちのクラスへとアンケートを取りに行っている。

 あと平塚先生が哀愁漂う感じで遠い目をしてました。

 

「アンケート答えてもらってきたよー!」

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

 由比ヶ浜を待つ間文庫本を読んでいた雪ノ下がアンケート用紙を受け取る。

 それを全員が見れるように机の上にサッと広げた。

 

「では順番に見ていこうか」

 

【Q 希望する結婚相手の職業は?】

【A 声優さんと結婚したい】

 

「はいはい、次々。てかこいつうちのクラスじゃないだろ」

 

 なに、暇なの? やる事ないの? そんな事してる暇があるならさっさと原稿仕上げろよ。

 材木座の書いた紙を撥ねて次の紙に目を移す。

 

【Q 結婚後の不安は?】

【A 料理とか無理。あと掃除、マジ無理】

【A 嫁姑関係とか同居別居とか遺産相続とか。うち兄弟多いから】

【A 葉山×八幡の行く末とか心配】

 

「見事に誰が書いたか分かるな......」

「まあうちのクラスだし......」

 

 と言っても、実際に不安に思う事があるのは如実に感じられる。

 三浦のやつは結婚する上で避けて通れない家事に関するものだし、川崎のやつも彼女のような家庭ならではの、と言ったところだろう。

 海老名さんは論ずるに値しないよね。

 

「やっぱこれをそのまま載せる訳には行かんよなぁ......」

「回答にリアリティが無さすぎるのが問題だな」

 

 結婚出来てないあんたがそれを言いますか......。

 

「でも、結婚って言われてもイマイチ分からないよね。まだそこまで意識出来ないって言うかさー」

 

 高校生なんて大体そんなもんだと思うが。

 俺たち子供が結婚について得られる情報なんて一番身近な両親くらいなものだ。その両親の身になって考えて見たらいいのかもしれないが、俺がそうした所で働くことの無意味さを痛感するだけ。

 最近まで折り合いの悪かった雪ノ下はそう言ったことを想像するのは難しいだろうし、由比ヶ浜の所はガハマママを見る限り夫婦仲円満っぽいけど果たしてガハマさん本人にそこまでの想像力があるかどうか。一色は知らん。

 

「んー、ここは助っ人でも呼んじゃいますか」

 

 そんな事を言いながら携帯を操作しだす一色。その助っ人とやらにメールでも打っているのだろう。

 暫くもしないうちに返事が来たようだ。

 

「お、今から来れるみたいですよ」

「誰呼んだんだよ......」

 

 最早半ば答えが分かっているような質問なのだが、一応聞いてみる。

 人差し指を口元に持って行き、ウインクをしながら一色は答えた。

 

「ヒ・ミ・ツ、です!」

 

 嫌な予感しかしねぇ......。

 


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