カワルミライ   作:れーるがん

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修学旅行編、登校開始です!
原作のようなラストにはならないのでご安心を!


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やはり二度目も、何事もないわけがなく。


 女子は夏服よりも冬服の方が可愛い。そう感じるような季節になって来た。

 あの嫁度対決とか言う謎の企画から数日。秋も深まり始め、今や涼しいを通り越して若干寒いくらいの風が吹いている。臨海部に位置する我が総武高校では殊更にそれを感じられると言うものだ。

 コートを出すにはまだ早いが、マフラーを巻いて登校する生徒も少数ながら見かける。

 それくらい寒々しい季節となって来た。

 文化祭が終わってから一ヶ月以上が経過している。人の噂も七十五日とある通り、当時総武高校を騒がせていた『雪ノ下さんの恋人のヒキタニ君』の噂も最近では滅多に聞かない。そもそも聞く相手がいないけど。

 しかしそれでも、完全に消え去ったと言うわけではない。

 未だクラス内の男子たちからは腫れ物のように扱われている俺。ただのぼっちだと思っていたら校内の女神の恋人だったと言うのだから、扱いに困って当然であろう。

 その証拠に、教室中央に位置する俺の席周辺は、まるでドーナツ化現象のようにポッカリと穴が空いていた。

 クラスのリア充どもは挙って教室の隅の方に寄り集まって、今月の修学旅行についての話に花を咲かせている。

 わいわいぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるその姿はさながらドラミングのようだ。

 

「っべー。修学旅行どうする?」

「京都じゃん?USJで決まりだろ!」

「それ大阪やないかい」

「出た!本場大阪のツッコミやで!」

 

 どうやらあそこには少し早めの冬が到来してるようですね。

 関東人が関西弁を喋る時の薄ら寒さは異常である。関西人いたら灰皿で殴られた挙句に謎の可変式階段から滑り落ちること請負だ。

 戸部、大和、大岡の三馬鹿は今日も今日とて元気なご様子。その中にあの男の姿がないと言うことは、やはりそう言うことなのだろう。

 

「てか大阪まで出るのめんどいでしょー」

「せやな」

 

 そもそも京都へ修学旅行に行くと言うのに大阪まで出るのは許されるのだろうか。流石にそれは自由過ぎて学校側に止められると思うのだが。

 そのままエセ関西弁で話し続ける三馬鹿。時折女子の方を向いて『俺たち今めっちゃ面白い話してるぜ?』的アピールが悲しい。

 

「そう言えば戸部、あれどうすんの?」

「っかー、それ聞いちゃう? 聞いちゃうかー」

 

 態とらしくペチンッとデコを打つ戸部は一転して真剣な表情を見せて長い襟足を靡かせる。

 おぉ、お前もそんな表情出来たんだな。

 

「いやー、正直? まだいいかなって思ってんだよね」

「え、マジかお前」

 

 驚いたような声を上げる大岡。

 俺も驚いていた。

 戸部たちが今なんの話をしているのかは察しがつく。海老名さんに告白云々だろう。

 今日の放課後にでも葉山が三馬鹿を連れて奉仕部を訪ね、戸部が海老名さんに告白するサポートをするようにとの依頼を受ける。

 それが一度目での出来事だった。

 

「でも、今行かないでいつ行くんだ?」

「いやー、今行っても多分決まらないって言うか? もちっと距離を詰めてからの方が良さげっつーか?」

 

 重々しく口を開いた大和にそれっぽい事を言い連ねる戸部だが、こいつ要はヘタレてるだけなのでは?

 いや、その依頼が奉仕部に来ないと言うのであれば何も問題ない。寧ろ来て欲しくない。

 一度目の世界で全てが狂い始めた切欠は、そもそも戸部の依頼を受けてしまったことにあると言っても過言ではないだろう。

 何も戸部の気持ちを否定するわけではない。その原因を追求するのであれば、奉仕部の理念から外れた依頼を受けてしまった俺たちにこそあるのだから。

 戸部たちはそれきり声を潜ませて会話を始め、俺の席まで話の内容が届くことはなくなった。

 特にやる事も無くなったので、このまま寝る体勢に入ろうかと思っていると、視界の端でヒラヒラと何かが揺れた。

 

「おはよっ」

 

 毎朝アラームにして目を覚ましたいランキング堂々の一位(俺調べ)の天使じゃなかった戸塚だ。

 その笑顔を見てしまえば先程の戸部たちの会話なんぞ頭からすっ飛んでしまった。て言うか誰だよ戸部。

 

「おう。なんかあったか?」

「次のLHRで修学旅行の班決めるんだって」

「そうか。まあ大体みんな誰と行くのかなんてもう決まってるだろ」

 

 こう言った班決めにおいては大抵が所属してるグループのメンバー同士となる。一々改めて決める程でもないのだ。

 

「そうなのかな......。僕、まだ決まってないんだけど」

 

 周りの連中がある程度決まっている中、行き場がないことが恥ずかしいのか、戸塚は恥ずかしそうに俯いた。

 そして奇妙な間が生まれてしまい、その空白に気づいた戸塚は誤魔化すようにえへへ、と笑った。

 

 守りたい、この笑顔。

 

「......なら、一緒の班にするか?」

「うん!」

 

 喜びを噛みしめるように頷く戸塚。誘って良かった。その笑顔を見ると生きてて良かったと思えるのだから不思議だ。

 

「そしたらあと二人だね。どうしよっか?」

「まあ、他の二人組しか作れなかった所と合併だろうな」

「そうだね。後はどこに行くのか考えないと......」

「それは追い追い考えようぜ。ほら、そろそろ授業始まるぞ」

 

 もうすぐ授業が始まってしまうので、そう言って戸塚をやんわりと席に戻るよう促す。勿論その際に肩をさりげなくタッチすることも忘れない。

 頷いて席へと戻って行く戸塚を穏やかな眼差しで見送っていると、教室に二人の生徒が入ってくるのが目に入った。

 葉山と海老名さんだ。

 恐らくは戸部の件だろう。

 二人は秘密めいて二言三言交わした後にそれぞれのグループへと戻っていった。

 どこか安堵したかのような表情の葉山を見る限り、戸部の判断を予め聞いていたのだろう。

 なんにせよ、奉仕部に厄介ごとが舞い込んでこないのならばそれでいい。

 今は二日目のグループ行動と三日目の自由行動をどうするのか考えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れたティーポットからシュッと音が鳴る。お湯が沸いたことを知らせているようだ。

 それに気づいた雪ノ下は読んでいた雑誌の端を折って立ち上がる。所謂ドッグイヤーというやつである。猫好きの雪ノ下なら「これは犬の耳では無くスコティッシュフォールドの耳よ」なんて言いそうなものだが。

 因みにスコティッシュフォールドは猫の中でも珍しく折れた耳、即ちドッグイヤーで有名な猫だ。

 それぞれのティーカップに紅茶を注いでいる雪ノ下の姿は相変わらず様になっている。

 これが仮に、紅茶では無くコーヒーや緑茶なのだとすれば。確かにその姿すらも雪ノ下雪乃は魅力的に見えるだろう。しかしそれは、こうして紅茶を淹れている姿には到底かなわないと思う。

 もう雪ノ下ボトルとと紅茶ボトルでベストマッチ。Are You Ready? って感じだ。その名も「残雪のティータイム」 無いな。

 寧ろ雪ノ下は俺を罵倒でデストロイしてる時凄い輝いてるのでゴリラモンドでいいだろう。

 そう言えばタイムリープしちゃってるから今の仮面ライダーはお医者さんなんだよな......。物理学者の方の続き凄い気になるってのに......。いや好きだったけどねお医者ライダー。デンジャラスゾンビとか親近感湧くし。寧ろ俺がデンジャラスゾンビのバグスターなまである。

 そうか、俺が神だったのか......。

 

「あ、おやつの時間だね!」

「わたしもちょっと休憩です......」

 

 などと心底どうでもいい事を考えていると、由比ヶ浜がカバンの中からお菓子を取り出し、一色は握っていたシャーペンを放り出して机に突っ伏した。

 

「どうぞ」

「ありがとー」

「どうもですー」

「サンキュ」

 

 長机の中心に置かれたティーカップをそれぞれが手を伸ばして受け取る。

 

「そういや一色、お前何書いてんの?」

 

 部室に来てからと言うもの、ずっと何かの紙と睨めっこしながら書いては消して書いては消してぇぇぇぇ! リライトしてぇぇぇぇ! を繰り返していた一色に問いかける。

 宿題か何かかしらん? と思って覗き込んでみるが、それら俺の予想とは全く違うものだった。

 

「選挙の公約考えてるんですよー。でも中々ウケがいいのが思い浮かばなくて......」

「公約を考える基準がおかしいと思うのだけれど......」

 

 持っていたティーカップを置いてコメカミに手を当てる雪ノ下。

 いや全くもってその通りですね。ウケがいいってなんだよ。もうちょっとオブラートに包んで表現しなさいよ。

 

「前と同じじゃダメなの?」

「前は雪ノ下先輩が考えたのをそのまま使いましたから」

「別にそれでもいいんじゃねぇのか? 所詮は高校の選挙だ。公約掲げたところで誰もそんなの見ないだろ」

 

 学校の選挙なんて言わば人気投票のようなものだ。選ばれる基準はカーストの高さ、その人個人の人気度、などなど、実際の選挙とは色んな意味で大きく違う。

 あいつのこと好きだから入れておこう、とか嫌いだから不信任、とか。いや、寧ろ一色は嫌われてたからこそああ言う羽目になったのだったか。

 とまあ、その他諸々の理由で公約なんぞ考えてもそれに惹かれて投票しました! なんて物好きな輩がこの学校にいるわけがない。

 本来なら既に新生徒会が立ち上がっていなければならないこの時期に、未だ立候補者が出揃わず選挙の日が延期されたのがその証拠だ。

 

「今回は、わたしがわたしの意志で会長になりたいって思ったんです。だから、ちゃんとわたしで考えないと」

 

 しかし、一色は力強くそう宣言した。

 彼女がどうしてそこまで会長と言う立場に拘るのかは知らないが、それでも諦めきれずなりたいと心底から思っている。それは彼女の目を見たら理解出来た。

 

「まあ、お前がそれで良いんなら良いんじゃねぇの?」

「はい」

 

 どうせこいつの他に会長候補はいないんだ。

 また一色が会長になって、俺たちがその手伝いに振り回される未来は見えている。

 

「あ、そう言えばいろはちゃん。推薦人はもう集まったの?」

 

 煎餅をボリボリと頬張りながら由比ヶ浜が尋ねる。

 若干頬が膨らんでるのでリスに見えなくもない。でもものを口に入れてる最中は喋っちゃダメだって習わなかったのかしらこの子は。

 そしてその質問に対して一色は。

 

「まあ、そのうち、追い追い、って感じですかねー......」

 

 目を逸らしながらそう答えた。

 いや、推薦人集まってないって事はこいつまだ正式な立候補も出来てないんじゃ.....。

 俺も由比ヶ浜も雪ノ下も呆れたように一色を見ている。雪ノ下なんかさっきから手がコメカミから動いてないぞ。くっついちゃったんじゃないの?

 

「だ、大丈夫ですよ! なんたってわたしですよ? その気になれば推薦人の100人や200人は余裕ですって!」

 

 うんまあ、一色の人気を考えると200人とかは言い過ぎでも普通にかなりの数が集まるだろう。

 文化祭では実行委員副委員長を務め、体育祭では運営委員長を務めた。実績は十分だし、現生徒会長のお墨付きもある。

 今や雪ノ下やめぐり先輩に並ぶ総武の有名人だ。その自信が湧いてくるのも仕方ない。

 

「て言うか、先輩達は今度修学旅行ですよね? 京都でしたっけ?」

 

 流石にバツが悪かったのか、一色はあからさまに話題を逸らす。

 そしてそれに乗っかったのは由比ヶ浜だ。

 

「そうそう! 京都って凄いんだよ! 紅葉が、こう、バーって!」

「なんの説明にもなってないぞそれ」

「でも、京都行ってもどうしようもなくないですか? お寺とか神社とか見て何しろって話ですよ」

 

 こいつ由比ヶ浜と同じこと言ってんな......。

 流石はイマドキ女子高生。ミーハーなのは誰も同じと言うことですかね。

 さて、ここは一つ俺がご高説を垂れ流してやろう。

 

「いいか一色、修学旅行ってのは」

「一色さん、彼の戯言には耳を貸さなくてもいいわよ」

「っておい......。ちゃんと最後まで言わせろよ」

 

 向かい側から制止の声が掛かってしまった。

 折角一度目と同じこと言おうと思ったのに。

 

「でも、行ってもどうしようもないなんて事はないわ。修学旅行と言うのは遊びに行くのではないの」

「でもでも、先輩方はもう既に一度修学旅行に行ってるわけじゃないですかー? 前の時に印象的だった事ってあります?」

 

 一色のその言葉に三人揃って言葉に詰まってしまった。それを見て怪訝そうな顔を浮かべる。

 うーん、いろはすの地雷処理能力がこんな所で発動しちゃうかー。

 

「そう、ね......。私はあそこが良かったかしら。ほら、嵐山の竹林の道」

「あ、確かにあそこ良かったよねー。あたしもよく覚えてるよー」

 

 ちょっとー。二人してこっち見ながら古傷を抉るのやめてくれますー? て言うかなんで君達そんなケロッと言えちゃうの。俺なんてもう思い出したくもないんだよ?

 

「あんなの忘れろよ......」

 

 溜息と共に精一杯の感情を込めて漏らした言葉だったのだが、向こうからも溜息が返ってきた。それも二つ。

 

「忘れられる訳が無いでしょう。そもそも、あの時私がどんな気持ちでいたと思っているのかしら?」

「そうそう。ゆきのんの気持ちも考えてあげなよヒッキー。好きな人がいきなり目の前で別の女の子に告白したんだよ? そりゃ根に持つよ」

「あの、由比ヶ浜さん? 別に私はそこまで言っていないのだけれど......」

「え? でもあの頃からじゃ......。え?」

「なっ......。どうしてそれを......」

 

 段々と頬が真っ赤に染まって行く雪ノ下と無意識的に雪ノ下を虐める由比ヶ浜。

 あの、僕も照れるのでそう言うのは他所でやってもらえませんかね......。

 若干寒かった筈なのに今やサウナの中にいるのかってくらい顔が熱い。

 二人の方を見ていられずに視線を彷徨わせていると、ニヤニヤ笑った一色と目が合った。

 

「先輩愛されてますねぇ」

「うっせぇニヤニヤすんな選挙の時不信任にすんぞ」

「なんでそんな辛辣なんですかー!」

 

 ピーチクパーチク煩い一色を無視して、取り敢えずあの二人を止めねばなるまいと少し大袈裟に咳払いをする。

 

「あー、その事でちょっと話があるんだがな」

「その事って? ゆきのんがいつからヒッキーのこと好きだったかって話?」

「ばっかちげぇよ。依頼の話だ」

 

 由比ヶ浜さん本当に無意識だよね? わざとじゃないよね? これわざととか怖すぎなんだけど。ガハマさんは奉仕部の良心なんだから頼むぞ本当。

 

「今ってなんか依頼ありましたっけ?」

 

 修学旅行での一件を知らない一色は首を傾げていたが、雪ノ下と由比ヶ浜の二人には伝わったらしい。少し表情が強張るのが見て取れた。

 二人を安心させる意味でも、教室での戸部達のやり取りを教えてやろうかと口を開こうとした時、部室の扉が叩かれた。

 雪ノ下のどうぞ、と言う声の後に入室して来た人物を見て、小さく溜息を零す。

 どうやら、今回も一筋縄では行かないらしい。

 


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