カワルミライ   作:れーるがん

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それでも、三浦優美子は知りたいと願う。

「今ちょっといい?」

 

 開かれた扉の先にいた人物は、どこか不機嫌そうな顔と声色をしていた。

 恐らくは彼女のプライドのようなものが、ここを訪ね、頼ることを是としていないのだろう。

 その証拠とでも言おうか。いつもより自前の金髪縦ロールをみょんみょんする回数も多いように思える。いや別に普段からどんだけみょんみょんしてんのかは知らんけど。

 

「あれ、優美子? どうしたの?」

 

 そう、奉仕部の扉を叩いたのは誰あろう、我らがオカン三浦優美子だ。

 三浦は並んで座る俺たちに一瞥くれた後、女王らしく悠然たる足取りで室内に入ってきて、長机の前に立つ。

 

「取り敢えず座ったら?」

「あんがと」

 

 流れ出した微妙な雰囲気の中、由比ヶ浜が後ろに段積みされている椅子から一つ取り、三浦に座るよう促す。

 短く礼を言って、やや乱暴にそこへ腰を下ろした。その尊大とも取られるような態度は流石女王と言ったところか。

 一方で奉仕部の女王様はと言うと、冷え切った無表情で粛々と紅茶を淹れていた。

 分かっていたことではあるが、どちらも女王様タイプなのにビックリするくらい正反対だなこの二人。

 三浦はもうまさしく女王様! って感じなのだが、雪ノ下はどっちかって言うと女王様よりもお姫様とかの方が似合う。

 世界で一番お姫様である。そう言う扱い心得なきゃ......。

 来客用の紙コップに紅茶を淹れ終えた雪ノ下は、それを三浦の前へと運んでいった。

 

「どうぞ」

「ん」

 

 酷く簡素なやり取りだった。会話にすらなってない。

 由比ヶ浜との落差すげぇなこいつら。三浦に至っては礼すら無いし。

 さっきの「ん」が三浦なりの礼だとは思うんだけど、君たちもうちょっと仲良くしてくれません? 心なしか雰囲気がギスギスして来たよ?

 ほら、一色なんてまるでライオンに睨まれたチワワみたいに震えてますよ?

 

「それで、用件はなにかしら」

 

 そのギスギスした雰囲気の中で雪ノ下が尋ねる。

 冷えた声色ではあるが、そこに敵意は見られず、どころか少し気遣わしげな声だったかもしれない。

 なんで声色だけでここまで分かっちゃうんだよ。そろそろ雪ノ下検定一級が取れそうな、どうも俺です。

 

「あんたら、文化祭ん時隼人となんかあったん?」

「へ? 文化祭?」

 

 間抜けた声で疑問符を浮かべる由比ヶ浜だが、それは俺も同じだ。恐らく雪ノ下と一色も頭に疑問符が浮かんでいることだろう。

 修学旅行前のこの時期に突然やって来たかと思えば文化祭の時の話。しかも葉山に関わる話ときた。

 三浦が奉仕部を尋ねる時は大体葉山関連だったので、そこに驚きは無いのだが、何故文化祭まで遡って話をするのだろうか。

 

「ヒキオが倒れて運ばれた時あったっしょ。そん時、なんかあったんじゃないの?」

「......葉山がどうかしたのか?」

 

 三浦の言葉を聞くだけと言うのも埒があかない。まずは三浦の目的、延いては依頼を確認しなければなるまい。

 そう思って確認のための言葉だったのだが、あちらさんの質問に質問で返す形となってしまったからか、キッと睨まれた。三浦さん怖いです。

 

「最近、隼人の様子がどっかおかしいって言うか、なんか前までと違う感じって言うか。文化祭くらいからずっとそんなんだから、あんたらならなんか知ってんじゃないの?」

 

 思い返されるのは、あの時の葉山の表情。

 俺が病院に運ばれ目が覚めた時の会話。

 しかし、あの時の会話が原因で葉山の様子がおかしくなるとは考えられない。

 そもそも今日の休み時間に見かけたあいつからは、そう言った不調などは見られなかった。人間観察が趣味の俺が言うのだから間違いない。

 他のメンツは今の三浦の言葉にどう思ったのかと隣を見てみるが、由比ヶ浜も一色もイマイチピンと来ていない様子だ。

 しかし、雪ノ下だけはそうでないようで、少し考え込む素振りを見せている。

 

「葉山君の不調の原因を調べる、と言うのが依頼という事で良いのかしら?」

「まあ、そんな感じ......」

 

 どうやら意外と乗り気なようだ。

 しかしこの依頼を受けるには、問題点が一つある。それを三浦に確認しておかなければなるまい。

 

「彼が誰にも言わないと言うことは、誰にも知られたくない悩みなのかもしれない。もしかしたら、拒絶されるかもしれない。それでも、あなたは知りたい?」

 

 どうやら俺と同じ考えに至ったらしい。

 雪ノ下は、冷たい目で三浦を見据え、突き放すような言い方で問いかける。

 要はマラソン大会の時と同じだ。

 あの時も、なにも言わぬ葉山の気持ちが知りたくて、三浦は奉仕部を訪れた。

 ならば今回もきっと。

 

「......知りたい」

 

 告げられたのは、たったの一言だけだった。

 しかし、その一言には三浦優美子と言う少女の思いの全てが込められているのだろう。

 そう感じる程に、強い一言だった。

 なにより、雪ノ下のあの目に見つめられながらも、目を逸らさないと言うのがそれを証明しているだろう。

 俺だったら目を逸らした挙句恐怖でちびりかけるね。

 

「そう......。分かったわ、依頼を受けましょう。修学旅行が終わる頃までになんとかあたりをつけてみるから」

 

 言うと同時、今まで張り詰めていた雰囲気がようやく弛緩したものとなった。

 自然と安堵のため息が漏れてしまう。どうやらそれは一色も同じだったようで、隣から同じようにため息が聞こえてきた。

 まあ仕方ないよね。この二人怖いもんね。

 とまあそんな訳で、今回の修学旅行も仕事に振り回されるらしい。

 ......自由行動の時くらいは大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 三浦が部室を去った後、早速葉山の不調についての話し合いが開かれたのだが。

 

「でも、あたしはよく分からなかったかな。隼人君、見た感じいつも通りだったけど」

「ですです。部活の時とかも、どっちかと言うといつもより気合入ってる感じですし」

 

 俺と雪ノ下よりも葉山と交流のある二人に聞いてもこの様な答えしか返ってこなかった。

 この場合は逆に、あの由比ヶ浜が気付かない程度のレベルの不調や違和感を感じ取った三浦が凄いのだろうが。

 

「まあ、ポーカーフェイスくらいあいつなら余裕でこなすだろうし、部活に打ち込んでる方が気がまぎれるとか、そんなんじゃねぇの? 知らんけど」

「そんなもんなんですかねー」

 

 僕としては一色がちゃんとサッカー部に行ってる事に驚きを隠せないけどね!

 君最近うちの部室にずっといるけど大丈夫? 生徒会とか行かなくていいの?

 

「それより、葉山について探るっつっても、修学旅行中は難しいと思うぞ」

「なんで?」

「なんでってそりゃ、今回は戸部の件が無いだろ。だからグループは別になるだろうし、そもそも仕事でも無いのにあいつらと同じグループってのが嫌だ」

「めっちゃ個人的な理由だし......」

 

 だって俺あいつのこと嫌いだし。向こうも俺のこと嫌いだし。利害の一致ってやつだよ。

 

「それより、戸部君の依頼が無いと言うのは確定なのかしら?」

「て言うか、なんで戸部先輩? あの人関係なく無いですか?」

 

 そう言えばそこから説明せねばならんのか。

 一色の言い方にはどこか引っかかるものを感じたが、まあ戸部なので当たり前であろう。

 

「一度目の時は戸部から依頼があったんだよ。んで今日の休み時間中、その依頼を持ってこない的な発言を聞いた」

「え、先輩って戸部先輩と話すんですか?」

 

 んー、その言い方だと「そもそも先輩と話すような相手が教室にいるんですか?」って聞こえるよ?

 最近では割とクラス内で喋る人間増えてきた方なんだけどな。戸塚は言わずもがな、由比ヶ浜とか相模とか、たまに川崎とか。

 

「いや、そう言う話をしてたのが聞こえて来ただけだ」

「あー、確かにそんな話してたね」

 

 どうやら由比ヶ浜も聞いていたらしい。てか女子共に聞こえていい話じゃないだろこれ。あいつらもうちょっと気をつけろよな。

 もしこれが由比ヶ浜や三浦でない別の女子だとしたら、

『え、なに比企谷誰かに告んの? ウケる』

『誰に告るか知らないけど、絶対無理っしょ(笑)』

『あたしだったりしてー(笑)』

『いやいや、あんたはあり得ないから(笑)』

 なんて陰で言われる可能性があるんだぞ。

 って、これ俺の話じゃねぇかよ。戸部はどこいったんだよ。

 

「成る程、そう言うことね。なら話は簡単よ」

「え、なにが?」

 

 俺が心の中で黒歴史を振り返って勝手に鬱になっている間に、雪ノ下は考えを纏めたらしい。

 

「葉山君に直接尋ねればいい事だわ。彼の不調の原因には一応心当たりがあるから」

「心当たり? ゆきのん何か知ってるの?」

「ええ。と言うより、この話はこの場の全員に関係のあることね」

 

 言われて、はたと思いつく。

 雪ノ下と葉山の間でなにかしらあったとして、この場の全員に関係のあること。

 可能性としてはこれが一番高い、どころかこれしかないのではなかろうか。

 

「葉山が記憶を保持していた場合、か」

 

 俺の言葉に雪ノ下は首肯した。

 未だ謎だらけのこのタイムリープと言う現象ではあるが、こうして三人もの人間が一度目の記憶を思い出している。まだ他にいたっておかしな話では無いだろう。

 敢えて無理矢理に共通点を見つけるとするなら、誰もが雪ノ下雪乃と浅からぬ関係にあると言うことか。

 そして俺の場合、その雪ノ下の言葉が引き金となって全てを思い出した。

 文化祭の時の何かしらのやり取りで葉山が全部思い出していたとしても不思議ではない。

 

「ただ、今聞きにいっても上手くはぐらかされてしまうでしょうね」

「どうしてですか?」

「彼も少し一人で考え過ぎるきらいがあるのよ。何処かの誰谷くんと同じでね」

「ゆきのんそのあだ名は無理あるよ⁉︎」

「そうだな。どこかノ下誰乃さんと同じでな」

「先輩の方がもっと無理ありますよそれ」

 

 自分の進路ですら他人に話さなかったあの男の事だ。

 どうせ今回も、色々と考えてはどうしたらいいのかを見いだせず迷っているんだろう。

 

「でもさ、今聞いてダメならいつ聞くの? 多分隼人君、どのタイミングでも言わないと思うけど」

「そうね。チャンスがあるとすれば、修学旅行の三日目の夜かしら」

「なんでです?」

「不安、と言うものは誰しも心に隙を作るものよ。今回、戸部君の依頼が無いにしても、葉山君からすると戸部君が自分に相談の一つもせず独断専行で海老名さんに告白する可能性がある。つまり、三日目の夜まではその不安を抱えたまま過ごすと言う事」

「じゃあ今聞いても同じじゃないの?」

「同じじゃ無いんだな、これが」

 

 突然雪ノ下の説明に横槍をいれたせいか、長机の向かいから鋭い視線が飛んでくる。

 しかし由比ヶ浜と一色に視線で先を促されているので、それを無視しながら言葉を続けた。

 

「単純な話だ。それまでの期間よりも、当日になった方がその不安も大きくなる。マラソン大会の時、ああも頑なだった葉山を崩すには、少しでも可能性の大きい方に賭けた方がいいだろう。後は、適当な理由をつけて戸部と海老名さんが二人きりになっている、とか言う情報をあいつに与えたら尚更だな」

 

 となると、海老名さんにも協力を仰がなければならなくなるが。

 あの人はあの人で、何を考えてるのかさっぱり分からないから難しいだろう。

 

「流石は比企谷くんね。誰かを貶めることに関しては右に出る者がいなさそうだわ」

「褒められ方が微妙過ぎる......」

 

 要約するなら、奴の不安を煽りに煽って心に隙を作る。その不安が頂点に達するであろう修学旅行三日目に仕掛けたら、今回の依頼は難なく終了、と言うことだ。

 問題は、仮に葉山が記憶のことで悩んでいたとして、それを三浦に話したところで信じてもらえない可能性が高いと言うことか。

 て言うかこんなん当事者じゃなかったら誰も信じないっての。

 

「一応他の可能性も探ってはみる」

 

 あくまでもこれまでの話は、葉山が記憶を持ってるって仮定した場合の話だ。別の可能性だって大いにある。

 そのことは雪ノ下も分かっているのか、特に異議もなく頷いてくれた。

 

「ええ。では、当日のその辺りの根回しは由比ヶ浜さんにお願い出来るかしら? 私と比企谷くんで葉山君に聞いてみるわ」

「うん、任せて!」

「わたしはお役に立てなさそうですねー」

 

 いいからお前はさっさと公約考えるかサッカー部行くかしろって。

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行中での奉仕部の方針を確認した翌日である所の今日は、修学旅行でのグループを決めるLHRがある。

 前回は依頼のこともあったので、割と早々にグループが決まったのだが、今回はあぶれた二人組を見つけるまで待機という事になるだろう。

 最初のうちは、俺もそう思っていたのだ。

 

「なんでこうなってんだよ......」

 

 俺の机の周りに集まった面々を見て、重々しくため息を吐いた。

 まずは困ったように可愛く笑ってる戸塚。

 そしてウェイウェイ騒いでいる戸部。

 最後に、爽やかに笑いながら戸部に相槌を打っている葉山。

 戸塚はいい。元々同じグループなる約束をしていたし。なんなら戸塚と二人だけのグループが良かった。

 だが葉山と戸部。お前らどっから来た。

 大和と大岡はどうしたんだよ。なに、喧嘩でもしたの?

 

「いやー、このメンバーで修旅とかマジアガるわー!」

「確かに、いつもとは少し違うメンバーだしな」

「いやいやいや、なんでお前らと組む事になってんの? 俺が寝てる間に一体何があったの?」

 

 LHRが始まる前、確かに戸塚には適当に決めといてくれとだけ声を掛けて俺は夢の世界へとヒアウィーゴーした訳だが、よりにもよって何故この二人?

 俺が怪訝そうな表情を葉山と戸部の二人に向けていると、戸部がちょいちょいと手招きをしてきた。それに反応して葉山と戸塚が更に机に近づいて来て、小さく円を作る。

 隣の戸塚からいい匂いがしてくるが、なんとか煩悩を抑えて、秘密めいて言葉を発する戸部に耳を傾けた。

 

「ここだけの話なんだけどさ。なんつーの? 俺、海老名さんの事結構いい感じに思ってるっつーか? だから、この修旅でいい感じになっときたいっつーか?」

 

 驚くくらい要領を得ない内容だった。

 いい感じってなんだよどんな感じだよ。そこ具体的に言わんと何もわからんだろうが。

 まあ、俺は一度目のことがあるので、ある程度理解は出来た。しかし戸塚はイマイチ分からなかったようで、可愛らしく小首を傾げている。可愛い。

 

「つまり、海老名さんに告白するまでは行かなくとも、ちょっと距離を詰めたいとか、そんな感じか?」

「そう、それ! いやーヒキタニくん話が早くてマジ助かるわー」

 

 俺の言葉に肯定を示すかのように、戸部はパンッと手を打ってみせた。

 やはりそう言うことか。恐らく、昨日の休み時間に大和と大岡に言っていたのは嘘ではないのだろう。実際こいつ告白する気なさそうだし。

 しかしまた何で俺個人に言うような形を取っているのだろうか。

 その疑問を視線に込めて、戸部の隣の爽やか野郎を睨みつける。

 

「悪いな比企谷。力になってやれないか?」

「俺なんかよりもお前の方が力になれるだろ」

「雪ノ下さんと付き合ってる比企谷が味方になったら戸部も心強いかと思ってね」

 

 その表情、その声色はいつもの葉山隼人だ。

 そこに不調や違和感は感じられない。一見すると三浦の勘違いのようにも思えるが、そうではないだろう。

 もしこいつが思い出しているのだと仮定したら、こうして俺へ個人的に頼みに来たのが証拠となる。

 

「それは奉仕部への依頼か?」

「そうだとしたら部室へ行ってるよ」

「それもそうか。あいつらには言うなよ。変な心配掛けたくないからな」

「分かったよ」

 

 まあこの後部室で俺から言うんですけどね。

 ここであいつらに相談しなければ一度目と同じ失敗を繰り返す可能性もある。

 なんにせよ、修学旅行中の仕事は戸部の監視、延いては葉山の観察と言ったところか。

 

「マジあんがとねヒキタニくん!」

「頑張ってね戸部君! 僕も応援してるよ!」

「おう、戸塚もあんがとな!」

 

 両手を合わせて礼をしてくる戸部だが、名前間違えたままだからね?

 

「で、その海老名さんは?」

「優美子と結衣、後は川崎さんと同じグループだよ」

「そこは変わらず、か......」

 

 試しにわざと口に出してみた。これで反応があればもう確定したようなものだが、さてどうかね。

 

「変わらず、って言うのは?」

「いや、何でもない。ただの独り言だ」

 

 ビンゴ。

 葉山は一瞬だけ、あのらしからぬ苛烈な瞳でこちらを見ていた。本当に一瞬。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 さて、葉山の心にはこうして揺さぶりを掛ければ良いとして、ある意味本題である修学旅行の話へと戻ろう。

 

「二日目行く場所は適当に決めといてくれ。別に由比ヶ浜達のグループと同じでも構わんから」

「ああ、分かったよ」

 

 葉山と戸部が三浦や由比ヶ浜達の元へと行くのを見送って、さてどうしようかと考える。

 別に依頼の件ではない。三日目の自由行動の事だ。

 由比ヶ浜はどうやら三浦達と色々回るらしいと言うのは今日の朝本人が言っていた。また変な気を使ってるんじゃないかと思ったが、一度目は俺たち三人で回ったから、今回は三浦達と回りたいんだと。

 さて、三日目の自由行動。まず雪ノ下を誘うのは前提としよう。まだ誘えてないけど。

 どこを回るか以前の問題だが、今の俺なら大丈夫、なはず。今更その程度で恥ずかしがっていては恋人なんてやってられない。

 問題はどこを回るかだが。これに関しては俺が事前に決めておいた方が良いだろう。

「あなたから誘って来たのだから、エスコートくらいしてくれるのでしょう?」とか如何にも言いそうだし。まあそんな所も可愛いと思いますけどね。うわなに言ってんだ俺恥ずかしい。

 

「ねえ八幡」

「ん?」

 

 心の中で気持ち悪さ全開にしていたら戸塚に話し掛けられた。もしかして顔も気持ち悪くなってたかしらん?

 

「八幡は、三日目は雪ノ下さんと回るんだよね?」

「ん、まあその予定だけど」

 

 あくまでも予定である。無いとは思うけど、断られたりしたら泣く。泣いて小町に電話するまである。

 

「そっか......。僕も八幡と回りたかったんだけど、やっぱり、ダメだよ、ね......」

「そ、そんな事ないぞ!」

 

 思わず叫んでしまった。

 戸塚は目を潤ませ、頬を染めながら上目遣いで尋ねてきていた。戸塚のそんな顔を見て拒否すると言うのが無理である。

 いや、でも雪ノ下とも回りたいし......。しかしここで断ってしまえば戸塚を悲しませることに......。

 

「なんて、冗談だよ。冗談」

「へ? 冗談?」

「うん。流石に彼女さんと一緒にいる所には僕も行けないよ。それに、三日目はもう一緒に回る人決まってるからさ」

 

 と、戸塚に俺の純情な心を弄ばれたと言うのか......? なんだろう、何故かゾクゾクする。もっと俺の心を弄んで欲しい。

 

「テニス部の連中か?」

 

 尋ねた言葉に、戸塚は首を振って、あり得ない事を口走った。

 

「材木座君だよ」

 

 この瞬間、俺の絶対に許さないランキングトップに材木座がブッチギリで躍り出た事を記しておく。

 Aroma Ozoneのウォーターサーバーで感染の刑も辞さないレベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その日の放課後。修学旅行も目前に迫っている訳だが、部室には俺と雪ノ下しかいなかった。

 由比ヶ浜は三浦達と遊びに出掛け、自由行動やグループ行動でどこを回るのか話し合うらしい。

 一色は生徒会の方に向かった。あの子ちゃんと推薦人集められたのかしらん? なんか心配になって来たな。

 そんなこんなで久し振りに二人きりの部室となった訳なのだが、折角恋人と二人きりだと言うのに、今の所仕事の話しかしてないです。

 

「そう、葉山君と戸部君が......」

「多分、俺を監視役かなんかにしときたいんだろうな。戸部自身は告白しないとは言っていたものの、実際当日になったらどうなるか分からないし」

 

 一時の気の迷いで突貫する可能性だって十分に考えられる。

 裏返せば、今回のこの行動は葉山の不安が如実に現れていると言えるだろう。

 

「奉仕部を訪れなかったのも、記憶を持っていると仮定すれば頷ける」

「そうね......。それに、あなたが葉山君と同じグループならこちらとしても都合がいいわ」

「ああ。ある程度観察はしてみるが、恐らく確定的な情報は引き出せないと思うぞ」

「今日のやり取りで既に十分過ぎる程引き出しているじゃない」

 

 今日のやり取り、と言うのはグループ決めの時にカマをかけたあれの事だろう。

 確かにあいつが記憶を持っているのは殆ど確定という事でいいのだが、それに転じて、あいつが何で悩んでいるのか。そこまで調べてみなければなるまい。

 人のプライバシーを調べるような真似はあまり好きではないのだが、依頼である以上は仕方がないことだ。

 調べて、それを伝えた上でどうするのか。それは三浦次第だろう。そこに手を出してしまえば、それは奉仕部の流儀に反する。

 

「この話はここまでで良いでしょう。後は当日どうするか、ね」

「そうだな」

 

 そう言って雪ノ下は机の上にある雑誌を広げた。よく見ると、一度目の時にも持って来ていたじゃらんだった。

 内心凄く楽しみにしているのだろうか......。

 まあ雪ノ下さん一度目の時もめっちゃ事前に調べてましたもんね。龍安寺の石庭めっちゃ真剣に見てたし。

 

「......なにか?」

「え? あぁ、いや、なんでも」

 

 どうやらジッと見ていたのに気づかれたようで、思わず言葉に詰まる。

 雪ノ下は尚もこちらを怪訝そうな目で見ている。誘うなら、ここか。

 

「あー、雪ノ下」

「なあに?」

「そのだな......。えーっと、三日目、一緒に回らないか?」

 

 よし、なんとか噛まずに言えた!

 多分目とかめっちゃ泳いでたけど大丈夫! 今も雪ノ下と目を合わせられないけど大丈夫だ!

 後は雪ノ下の返事を待つのみ。いや、断らないよね? 僕達一応付き合ってるもんね?

 内心不安でドキがムネムネしている。

 中々返事が来ないので、余計に不安になって長机の向かいにに視線を戻すと、そこにはコメカミに手を当ててため息を吐いた雪ノ下が。

 え、僕何か変な事言いました?

 

「私はずっとそのつもりだったのだけれど......」

「え、そうなの?」

「それとも何? 許可を得なければあなたは私と一緒にいられないとでも?」

「いや、そういう訳じゃ、無いですけど......」

 

 鋭い眼光が俺を射竦める。お陰で言葉尻は随分と弱々しいものになってしまった。

 いや、だって俺だけその気になってて実は雪ノ下は別の人と回る、とかってなったら悲しいし......。

 ネガティブな思考で脳内を染め上げられていると、少し上ずったような咳払いが聞こえて来た。

 

「んんっ......。その、あなたと一緒に回るの、ずっと楽しみにしているのだから、少しは察しなさい......」

 

 白磁のような肌が朱に染まって見えるのは、差し込む夕陽のせいだけでは無いのだろう。

 そっぽを向きながら、随分と上から目線で言ってくれたものだが、俺にはその言葉がとても嬉しくて、つい笑みが溢れてしまった。

 

「何を笑ってるのかしら」

「いや、なんでも無い。んじゃまあ、精々エスコートさせて頂きますよ」

「ええ、宜しくね」

 

 修学旅行が、楽しみだ。

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