奉仕部へと入部してから数日経ったわけだが、俺の学校生活は激変したと言っても過言ではなかった。
まず朝、昇降口でたまに会う由比ヶ浜に挨拶を交わされるとキョドリながらもなんとか挨拶を返すわけだが、その際の「あいつ由比ヶ浜さんのなんなんだよ......」と言う周りの男子どもの視線が痛い。
次に、移動教室などで廊下を歩いてる時に雪ノ下と会うと笑顔で手を振ってくれるわけだが、その際の「あいつ雪ノ下さんのなんなのよ......」と言う2J女子の視線が痛い。
そして最後に、何故かたまに昼飯を部室で食べることがある。これは毎日じゃないんだけど。
まぁ、この手のマイナスの感情から来る視線には慣れ切っているのでどうこう言うつもりはないが。
今日だってなんだかんだで部室へと足を運び、雪ノ下の紅茶とお茶請けを楽しみにしてるんだから。
.........いやマジで奉仕部ってなんの部活だよ。お茶飲んで読書して携帯弄って談笑してるだけじゃん。
奉仕部の存在理由についてウンウンと考えながら歩いていると、どうやら部室の前まで着いたらしい。
部室の前では由比ヶ浜が扉を盾にして中を覗いており、「ゆきのん逃げてー!」とか言ってる。
「おい」
「うひゃあ⁉︎......ってなんだヒッキーか。ビックリさせないでよ」
不機嫌さを微塵も隠す事ない由比ヶ浜。
確かにいきなり声掛けた俺が悪かったけども。
側から見たら今のあなたかなり不審人物ですよ?
「あ、そうだヒッキー!ゆきのんを助けて!」
「は?雪ノ下を助けるってどう言う......」
背中を押されて部室の中へ入ると、一陣の風が吹いた。
その風に綺麗な髪を揺らす我らが部長雪ノ下の前には、でっかい図体を極限にまで丸めて萎縮してるコートの暑苦しい男。
男の方は俺に気がついたのか、まるで絶望の中に一縷の希望を見出したような目を向けて来る。
雪ノ下もこちらに振り返り、俺の姿を確認した。
「こんにちは比企谷くん。早速で悪いのだけれど、あなたの担当案件よ」
「おい待て、何故それの扱いが俺の担当なんだ」
「だって比企谷くんのお友達でしょう?」
「そんな奴知らん。知ってても知らん」
「ク、ククク、ハハハハハ!ようやく現れたか、我が相棒比企谷八幡よ!」
「なんか相棒とか言ってるけど」
俺たちよりも一歩後ろから由比ヶ浜の声が掛かる。クズはもろとも死ねと言う目をしていた。
「別に相棒でもないし友達でもない。で、なんか用か材木座?」
「ぬ、我が魂に刻まれた真名を呼んだな?いかにも、我は剣豪将軍、材木座義輝である!」
こいつの名は材木座義輝。俺が体育でペアを組まされてるやつだ。正直それ以上でもそれ以下でもない。出来るなら他の所にトレードに出したいが、こんなのを引き取ってくれる奴なんていないだろう。
由比ヶ浜はうへぇ、とか言いながら嫌悪感を露わにしてるし、雪ノ下に至っては紅茶を淹れ始めている。
「相変わらず理解に苦しむ生き方だわ......」
「なに、お前の周りにもこんなんいんの?」
「ええ、まぁ、いた、と言ったほうが正しいのだけれど」
ほう、と言うことはそいつは中二病を卒業出来たのかな?だが卒業出来たとしても待っているのは量産された黒歴史に苛まされる毎日だけだ。ソースは俺。
「ねぇあれなに?」
「あれは中二病というやつよ」
「ちゅーにびょー?」
由比ヶ浜の今のイントネーションは絶対文字に起こすと全部平仮名だった。
訳わかんないって顔でアホヅラしてるし。
「精神病の一種だと思ってくれれば構わないわ。で、依頼の件なのだけれど」
雪ノ下は適当に説明を済ますと、取り敢えず座りましょう、と言ってから紅茶をそれぞれの所へ持っていく。依頼人の席に座った材木座の分までちゃっかり淹れてある辺りやっぱ優しい奴だわこいつ。
そのあと、長机の上に置いてあった紙の束を手に取り、俺に渡してきた。
「原稿用紙......これ、ラノベの原稿か?」
「そうみたいね。では比企谷くん、後は頼んだわ」
「いやいや、だから勝手に俺の担当にしないでくれます?つーか何、これ読めっての?」
雪ノ下が、そう言えばまだだったわね......とか呟いてるが、特に拾うような呟きでもなさそうだったので材木座に向き直る。
「いかにも。それはさる新人賞に応募しようと思っていた作品でな。友達がいないから読んでくれる人がおらぬ。それの感想を聞かせて欲しいのだ」
「さらっと悲しい事言われた⁉︎」
「投稿サイトとか2chに載せればいいだろ」
「それはダメだ。彼奴等容赦無く酷評して来るからな。多分泣くぞ、我」
まずは精神力鍛えろよ、と言いたいが、確かにたまに見る投稿サイトの批評はわりと辛辣だ。中二ぼっちの材木座が耐えられるとは思えない。
「......ちゃんと読める作品なのよね?」
確認するように問いかける雪ノ下に、材木座は何故か俺の方を見て答えた。
「ふ、それは我が書きあげた『
「ならなんで俺たちに読ませに来たんだよ......」
冷静に突っ込む俺と、飽きたのか紅茶と今日のお茶請けであるスコーンを頬張る由比ヶ浜。
しかし、部長様は今の言葉を俺たちのように、何でもないように流さなかったようで。
「良いでしょう、その安い挑発に乗ってあげるわ。あなたごときの文章、私が直々に真っ赤に染めてあげる」
負けず嫌いかこいつ。
あと言い回しが若干中二っぽくなってますよ。
結論から言おう。
材木座の小説は非常に面白くなかった。
その癖無駄に長い上、完結していない。最後主人公どうなったんだよ気になるだろうが。
お陰で久し振りに徹夜してしまい、朝から妹に「お兄ちゃん、今日はいつもより目が腐ってるから小町一人で学校行くね」って言われた。泣きそうである。
「ヒッキーおはよう!」
ドン、と背中に軽い衝撃を受けて振り返ると、由比ヶ浜が自分のリュックを当てて来やがった。
随分と元気そうなご様子で。
「おはようさん。何でお前そんな元気なの?あれ読んで良く寝る時間あったな......」
「え?あ、いやー、私も超眠いから」
こいつ、読んでないな......。
まぁ今回の依頼は俺たちが出るまでもないだろう。何故なら、こちらには雪ノ下雪乃がいる。きっと彼女ならメチャクチャな文法からルビふり、展開まで全てにツッコミを入れてくれるだろう。
それはそうと、今日の授業は全部睡眠学習と言うことでよろしいですかね?
平塚先生が怖かったので現国の授業だけ寝ぼけ眼で欠伸を噛み殺しながら必死に受け、全ての授業が終わった放課後。
俺は重い足取りで部室へと向かっていた。
あの人の授業で寝てたら確実に衝撃のファーストブリットが飛んで来てたぜ。危ない危ない。
最早噛み殺す事もなく、盛大に欠伸をしてから部室のドアを開ける。
「うーす」
いつも通りよく分からない気の抜けた挨拶をしながら部室に入ると、そこには天使が舞い降りていた。
すうすうと可愛く寝息を立て、暖かい日差しに当てられて雪ノ下は座って寝ていた。
いや待て落ち着け俺。こいつは氷の女王。いつもは俺に優しく罵倒をしてくる女だ。
あれ?でも優しくしてくれるし良いやつだし可愛いし、もしかして雪ノ下って天使だったの?
そんな訳のわからないことを考えていると、ん、と雪ノ下から寝言が聞こえてきた。
「ひきがやくん......」
おいおいおいおい、なーに寝言で人の名前呼んじゃってんですか?でもこれあれだろ?この後ちょっと幸せそうに笑って罵倒の言葉が出てくるんだろ?八幡知ってるよ。
白状して申し上げちゃうと今凄いドキドキしてるけどね。心臓やばい煩いちょっと静かにしててくれってくらい。いや、だって校内一の美少女が寝言で自分の名前呟くって中々ないシチュエーションだぜ?
と、そんな俺の期待(?)とは裏腹に、雪ノ下はその綺麗な顔を苦しそうに歪める。
「た、す...けて......」
刹那、脳裏にいつかの記憶が過ぎる。
『---い■■、わた■を■すけ■■』
映像には靄がかかり、音はノイズ混じりでよく聞き取れない。それでも、大切な誰かと大切な約束をしたような。
それが思い出せなくてもどかしくて。
暫く雪ノ下の顔を見ていると、パチリと目を覚ました彼女と視線がぶつかる。
急速に赤みを帯びる雪ノ下の頬。それを確認した途端何故か羞恥心がやって来てふい、と目を逸らす。
「ご、ごめんなさい。つい寝てしまったみたい......」
「あ、いや、俺の方こそなんか悪い......」
寝顔をマジマジと見てしまったことに対する謝罪なのか、それとも別の何かに対する謝罪なのか、自分でも判然としないままに謝ると、ふふ、と雪ノ下に笑われた。
「どうしてあなたが謝るのかしら」
「そりゃ、なんとなくだろ」
「そう?......紅茶、淹れるわね」
「おう」
いつもの、雪ノ下の対角の位置にある椅子に腰を下ろし、雪ノ下が紅茶を淹れる姿をぬぼーっと眺めていると、部室の扉が勢いよく開かれる。
「やっはろー!」
「こんにちは由比ヶ浜さん。今紅茶を淹れているから座っていて。それと、お茶請けにチョコクッキーを焼いて来たの」
「やったー!ゆきのんのクッキーだ!」
「同じクッキーなのになんでここまで違うんだろうな」
「ヒッキー、それどう言う意味だし」
今日も今日とて放課後ティータイム。
一人でなくても心地いい時間を、まったりと過ごす。
だけで終われば良かったんだけどなぁ。
「さぁ!感想を聞かせてもらおうではないか!」
由比ヶ浜が雪ノ下のクッキー食べて、今度また一緒にクッキー作りをしよう、と由比ヶ浜が雪ノ下の家にお泊まりの計画を立て始めた所で、材木座がやって来た。
勿論忘れてた訳ではない。いや、出来れば忘れたかったけど、そもそも雪ノ下が部室で寝ていたのも、俺が寝不足なのも、こいつの小説が原因な訳で。
と言うか良く良く考えると雪ノ下のやつすげぇな。あの小説を読んで尚今日もお茶請けを作って来てるとか。流石は完璧超人。
「ではまず私から」
挙手した雪ノ下の表情は冷たい。この前の三浦との戦いの時のどっこいどっこいだ。
そんな表情を見たら、感想なんて言わずとも分かるものだが、材木座は無駄に目を光らせてワクワクと待っている。
「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」
「ぴぎゃっ!」
真っ正面から切り捨てられた材木座は気持ち悪い悲鳴を上げて椅子から転がり落ち......あ、ギリギリで耐えやがった。
早く楽になった方がいいと思うけどなぁ。
「さ、参考までに、どの辺がつまらなかったのかご教授願おうか......」
「まずは文法がメチャクチャね。『てにをは』の使い方知ってる?小学校で習わなかったのかしら」
「そ、それは崩れた文体で読者に親しみを持ってもらおうと......」
「そう言うのは最低限まともな日本語が書けるようになってから考えるものではないかしら。
次にルビ、『能力』に『ちから』と振るのはまだしも、この必殺技みたいなやつ、ちゃんと漢字を文字ってルビを振りなさい。全くもって意味不明だわ。
あぁ意味不明で言うと、ここの展開。ヒロインが服を脱いだのは何故?必要性を全く感じないのだけれど」
「そ、それはファンサービスと言うか需要に基づいてと言うか......」
「ファンの一人も居ないうちから随分とおめでたい発想ね。それに完成前の作品を読ませるだなんて、文才の前にまずは常識を学んだら?」
「ふぐほっ!」
あ、椅子から落ちた。
て言うか膝から崩れ落ちたと言った方が正しいか。
しっかし容赦ないですね雪ノ下さん。俺たちが言う事もう無いんじゃないの?てかこれ以上言ったら材木座死んじゃうんじゃない?
「では次、由比ヶ浜さん」
「ほぇ〜......え、私⁉︎」
こいつ、今寝てただろ。流石はアホの子、活字には弱いのか、
「えっと、難しい漢字一杯知ってるね?」
「ひでぶ!」
雪ノ下よりも非情な一撃だった。
悪意がないから尚タチが悪い。
由比ヶ浜の一言は、詰まる所それ以外に褒めるところはないと言っているのと同義であり、作家志望の材木座にとってはダメージにしかならない。
「え、えっと、はい、次ヒッキー!」
「は、八幡!お主なら分かってくれるよな......!」
材木座は最後の希望を俺に見出したのか、縋るような目で見てくる。
ふ、俺だってアニメやラノベを嗜む世に言うオタクの端くれだ。
大丈夫、材木座。お前にかけるべき言葉は分かっている。
そう言外に告げるように、材木座に笑いかけてやる。
「八幡......!」
「で、あれなんのパクリ?」
「ぶふっ!」
今度こそ、材木座は完璧に沈黙した。
と思ったらそんな事なかった。なんか奇声を発しながら地面を転がり、最終的に壁にぶつかって本当に沈黙した。
「ヒッキー......」
「あなた、私より酷いこと言ってる気がするわよ?」
流石の二人も材木座の事が哀れに感じたのか同情の眼差しを送っている。
ここはフォローの一つでもしといてやるかと、未だ倒れ臥す材木座の肩を掴んで、一言言ってやった。
「ま、大切なのはイラストだから。中身なんて気にすんな」
材木座、死す。
フォローになってなかったわ。
「また、読んでくれるか?」
奉仕部の部室をさる間際に、材木座がそんなことを言い出した。
「お前......」
「ドMなの?」
由比ヶ浜の目が心底蔑んだ目になって居た。
その目でまたダメージを受けたのか、材木座がゆらりと巨体を揺らすが、なんとか踏ん張ったらしい。
と言うか、そうじゃないぞ由比ヶ浜。
「あれだけ言われて懲りてないのかよ」
「確かに酷評された。もう死んじゃおっかなーとか寧ろ我以外死ねとまで思ったが、それでも嬉しかったのだ。誰かに自分の作品を読んでもらい、感想を言ってもらうというのは」
そう言った材木座の笑顔は、剣豪将軍なんて意味不明なやつのものではなく、正しく材木座義輝のものだったのだろう。
そして、そんな材木座の言葉に意外にも雪ノ下が返した。
「奉仕部は迷える子羊を導く所よ。あなたが読んでほしいと言うのなら、幾らでもこき下ろしてあげるわ、比企谷くんが」
「俺がかよ⁉︎」
そこは自分とは言わないんですね。
雪ノ下からしてもあんな量の面白くもない小説を読まされて徹夜するのはお断りという事か。
まぁ、それでも、
「......また読むよ。だから新作ができたら持ってこい」
「あぁ、新作が出来たら持ってくる!では、さらばだ!」
材木座は確かに暑苦しい格好をして痛々しい発言をするどうしようもない中二病患者だが、もう一つ病気を患っているのだろう。
作家病と言う立派な病気に。
自分の書いた作品を読んで感想をくれると嬉しい。ましてやそれが人の心を動かしたのなら尚更だ。
「なあ八幡よ、最近流行の神絵師は誰だろうな」
「いいからまずは原稿仕上げろ。な?」
体育の授業。
いつも通りペアを組まされ、いつも通り材木座の相手をさせられる。
ただ、一ついつも通りではないとしたら
「ラノベ作家になったら声優さんと結婚できるのだろうか?あやねるもいいと思うが我的にははやみんがイチオシなのだが」
「だから、まずは一つ作品を完成させろよ」
体育の授業は嫌ではなくなった、ということか。