またハーメルンへの投稿は暫くお休みとなりますm(__)m
現在渋で生徒会選挙編執筆中ですので、渋で終わり次第ハーメルンにも投稿しに来ますね。
修学旅行も三日目の朝がやって来た。
今日一日は完全な自由行動が許されており、クラスの柵から解放される。各々が部活仲間だったり恋人同士だったりで行動するだろう。
そんな日の朝に俺はと言うと、未だ惰眠を貪っていた。
昨日依頼を完了させたことによる安心感からか、疲れがドッと押し寄せて来ていたのである。戸塚に揺り起こされたような記憶もあるが、その時は「俺を置いて先に行け」って超カッコよく言った気がする。
しかし、何時迄も寝ているわけにはいかない。あまり遅いと朝食を食い損ねるし、何よりも今日は雪ノ下と一日行動する約束をしているのだから。
数時間後の事に胸を躍らせながらも起床すると、隣から声がかかってきた。
「お早う比企谷くん。随分と遅い起床ね」
「おー、おはようさん。疲れてたんだから仕方ないだろ」
どうやら雪ノ下が部屋に入って来て旅館の各部屋に備え付けてあるお茶を飲んでいるらしい。
もしかして待たせてしまっていたのだろうか。そうだとしたら申し訳ない事をした。さっさと着替えて荷物纏め......、
「いやいやいや」
「なにかしら?」
「なにかしら? じゃねぇよ。え、なに、なんでいんの?」
ここは男子の部屋で、雪ノ下は女子で、しかも今は朝食の時間。おかしい。なにがおかしいって、半ばこの状況を受け入れていた俺が一番おかしい。
「葉山君に頼まれたのよ。あなたがまだ寝ているから、起こしに行ってくれって」
いやそれでもダメだろ。男子が女子の部屋に入るのが禁じられているのと同様、その逆もまた然りなのだから。
葉山も雪ノ下もバカなのかなぁ......。
「そんな事より、はやく準備しなさい。朝食を食べに行くわよ」
「あぁ、うん。もういいや......」
これ以上深く考えたらダメな気がしてきた。
なんにせよ、早く準備しないと朝食を食いっ逸れるのは変わらないのだし。それに、俺だけでなく雪ノ下まで朝食抜きになってしまいかねない。体力のない彼女が朝食抜きなんて、流石にそれはマズイ。
取り敢えず制服に着替えるためにジャージを脱ごうとして、視線に気づいた。
「......あの、着替えるから取り敢えず出てってくんない?」
「そ、そうよね......」
チラチラとこちらを見ながらも、雪ノ下は立ち上がって部屋を出ていった。
ああもうそう言うのやめろよなんか意識しちゃうだろうが!
もうちょい鍛えた方がいいのかなぁ、なんて考えながらも制服に着替える。後は荷物を纏めてホテルのエントランスへと移動させなければならないのだが、まあ取り敢えず纏めるだけ纏めて、移動させるのは朝食の後でもいいだろう。
携帯と財布、後一つの手荷物を持って部屋を出ると、雪ノ下はすぐ側のベンチに座って待っていた。
「悪い、待たせたな」
「問題ないわ。それより、あなた荷物は?」
「ん? 手荷物は取り敢えず持ったぞ」
「そうではなくて、旅行バッグの方よ。今のうちにエントランスへ移動させておくから、そちらも持ってきなさい」
これはあれか。一度目と同じ感じか。
ホテルの朝食ない代わりにどっか他の所で食う感じか。
まあ朝食に有り付けるのなら文句はない。一度部屋に戻って荷物を持ち、雪ノ下の後に続いてホテルを出る。
そこで気になったことがあったので、一応確認しておく事にした。
「なあ雪ノ下。今から行く場所って前回と同じ所か?」
「いえ、また別の場所だけれど。それがなにか?」
「いや、お前道分かるのか?」
京都の道は直角の曲がり角が多く迷い難いのだが、このお嬢様は方向音痴の癖があるからな。白昼堂々二人して迷子とか流石に嫌だし。
俺の質問にムッと眉根を寄せた雪ノ下。その拗ねた感じも可愛いですね。
「誰に聞いているのかしら? 目的地までのルートは昨日のうちに頭に叩き込んであるわ」
「まあそれならいいんだが......」
「つべこべ言わずについて来なさい比企谷くん」
「へいへい......」
本人が大丈夫だと言うのなら信じてついて行くのみだが、本当に大丈夫かな......。今の俺の一言で負けず嫌いの血が騒いでたりしないよね?
暫くの間特に会話もなく歩き続けていたのだが、そのうち携帯がメールの着信を知らせた。
「悪い雪ノ下。ちょっと携帯鳴ってるわ」
コクリと頷いたのを見て、いつの間にか繋がれていた手を離しポケットから携帯を取り出す。
いや本当いつから繋がれてたんですかね。余りにも自然な動きで俺じゃなきゃ見逃しちゃう所だった。嘘、俺も見逃してた。
メールアプリを開いてみると、新着メールはアドレス未登録のよく分からないメアドから。てっきり由比ヶ浜あたりかと思ったのだが違ったようだ。
適当に既読だけして置いておくかと思いそのメールを開いたのだが、件名の欄を見てうんざりとした。
そこには『おはよう、葉山隼人だ』と書かれていたのだ。
「どうかしたの?」
「なんか葉山からメールが来た」
「あなたが葉山くんの連絡先を知っていたなんて意外ね」
「いや、なんか由比ヶ浜が勝手に教えたらしい」
「あの子は......。比企谷くんのだから良いものの......」
「いや俺のだから良いってわけじゃないから。俺のアドレスも勝手に教えちゃダメだからね?」
本文には簡素な文面が。
由比ヶ浜に連絡先を教えてもらった事。昨日は色々と助かったとの事。後はお礼程度にオススメデートスポットを何個か。
まあそんな所だった。
取り敢えず、由比ヶ浜に勝手に人のアドレスを教えないよう釘をさしとけ、とだけ返信してスマホをポケットにしまう。
「もういいの?」
「おう。別にあいつとメールのやり取りなんて進んでしたくないしな」
「徹底的に彼のことを嫌っているのね......。あれでも昔よりはマシになっていると思うけれど」
「俺はその昔ってのを知らんからなんとも言えんよ」
それきり会話は途切れ、またどちらともなく、何を言うでもなく手を繋いで歩き始める。
何度か曲がり角を曲がった所で、雪ノ下が立ち止まった。どうやら目的地についたらしい。
「ここよ」
「ほーん」
大通りからちょっと逸れた道にある木造の喫茶店。脇道にあるとは言っても客入りはそれなりにいいらしく、外から見る限りでは満席とまでは言わなくとも、それなりに席も埋まっているようだ。
店の中に入ると、意外や意外、総武高の生徒も何人か見受けられた。知り合いいたらいやだなー、なんて思いながら通された席につく。
「前回行ったところがあるでしょう? そことこのお店とで、女子の人気が分かれてるのよ」
「それで総武の生徒がいるのか」
気づかれない程度に視線を回して見ようかと思うと、逆に俺たちがめっちゃ見られてるのに気づいてしまった。
まあ、そうなるよな。なんせちょっと前の文化祭やら体育祭やらで色々とやらかしてるし。そりゃ注目集めちゃうわな。
周囲からの視線に居心地の悪さを感じて身じろぎしていると、しかし雪ノ下は然程気にしていないのが、いつの間にか店員を呼んで注文をしていた。
あ、いやこいつ気にしてないんじゃなくて気にしないよう努めてるだけだ。耳の下ちょっと赤い。
「モーニングセットを二つ。両方ともドリンクは紅茶で」
畏まりましたー、と偉く間延びした声を上げて店員は引っ込んで行く。て言うかなんで俺の分も勝手に注文しちゃってんの?
「おい、モーニングセットたら言うもんがなんなのか俺は知らないんだが」
「ハズレではないはずだから安心しなさい。それと、いい加減挙動不審なのもどうかしなさいな。他のお客様があなたを見て気分を害したらどうするつもり?」
「そりゃ好都合ってもんだな。リアル充実してるキャピキャピJKビッチなどども滅んでしまえばいい」
「はぁ......。その辺りは相変わらずというか、そのクズさ加減は見ていて安心するわね」
まあな。最早クズじゃなかったら俺じゃないまであるからな。キングオブクズの名を欲しいままにしてるからな。言ってて悲しくなってきた。
周りからの視線はなんだかんだ慣れてるので、暫くも経たないうちに気にならなくなった。丁度完全に気にならなくなった辺りで、店員がモーニングセットと紅茶を運んで来る。
セットは自家製クロワッサンが二つに目玉焼きとウインナーとなっていた。育ち盛りの男子高校生的には量的にイマイチ物足りない感じはするが、喫茶店のモーニングセットなんてこんなもんだろう。
二人揃っていただきますと挨拶をして、黙々と食べ進める。
一部の人から見たら、恋人と仲睦まじく食事をしていると言うのにお互い無言なのは異様に見えるかもしれない。
だがまあ、これが俺と彼女の食事風景。会話があってもそれが広がることもなく。かと言って無言で気まずいこともなく。
部室で弁当食ってたりしたら由比ヶ浜がいるので、そりゃ煩くもなるしいつもの部活中みたいにもなるが、あいつがいなければこんなもんだ。
「美味いな......」
暫く食べ進めた所でポツリと呟いた。
実際、結構美味い。恐らくこれを作ってる人は、何年も何十年も同じメニューを作って来たのだろう。クロワッサンに目玉焼きにウインナーとシンプルな内容にも関わらず、調理の拘りが見て取れる。
「確かに美味しいわね。お店の雰囲気も悪くはないし」
俺の呟きを拾った雪ノ下が、そう言って目を瞑り流れている店内BGMに耳を傾ける。
流れているのはジャズだろうか。いかんせんその辺りは疎いので具体的にどんな曲かは分からないが、店の内装と見事にマッチングしてると言えるだろう。
「紅茶も美味いし、評判に上がるだけはあるってことか」
「そうね。所で比企谷くん。私の作った料理や紅茶とどちらが美味しいかしら?」
「そりゃお前に決まって......、ごめんやっぱ今のなし」
「ふふっ、ダメよ」
思わず即答してしまった。それで気を良くしたのか、雪ノ下はご機嫌に微笑む。
でも事実だから仕方ないよね! 雪ノ下の紅茶も料理も美味しいもんね!
なーんかまた周りの視線が気になりだしたなー。しかも生暖かい目に変わってる気がするし。
ふえぇ......、恥ずかしいよぉ......。
************
あんま長居しても恥ずかしい思いをし続けるだけになるので、喫茶店とは早々に別れを告げた。
あの居心地の悪さが無ければ最高の喫茶店だったんだけどなぁ。最早それ店は関係ねぇじゃねぇかよ。
そしてその後やって来たのは北野天満宮。
学業の神である菅原道真を祀っていると言われる神社だ。今日はここに小町の受験合格を願うためにやって来た。
「そう言えば、結局小町さんの受験結果は分からないままだったのよね」
「ああ。前もここで参拝したしな。もしこれで俺がここに来なかったと言う理由だけで小町の受験が、って思うと来ないわけにはいかないだろ」
「流石にそこまで変化することはないと思うけれど......」
いや、気を抜いてはいけない。そもそもこれは小町に関わる事なのだ。気を抜いていい筈がない。小町は俺の中では雪ノ下と同じくらい優先度が高いからな。
「最後は小町さんの頑張り次第なのだし、今からあなたが気張っても意味はないと思うけれど」
「困った時の神頼みって言うだろ」
「信仰心のカケラも持ち合わせていないあなたがそれを言うと、逆にご利益が無くなりそうね」
会話を交わしながらも天満宮の拝殿までやって来た。
昨日一昨日も様々な所で修学旅行生を見て来たが、北野天満宮は主に学業系とあってかそれなりの人混みになっている。
逸れないように繋いでいる手に少しばかり力を込め、参拝の列に並んだ。
「そんな心配しなくても、中々逸れるものではないわよ」
隣の雪ノ下がそう言って微笑みかける。
こちらの心を見透かされたみたいで、どうにも気恥ずかしくなってしまうが、それも今更だ。こいつに隠し事なんて出来るわけもない。
「まあ、あれだ。念のためってやつだよ」
「そう。なら、仕方ないわね」
雪ノ下はその微笑みを絶やす事なく、繋がれた手を見ていた。
ちゃんと好きだと言葉にして伝え、こう言う関係になってから二ヶ月が経とうとしている。勿論恋人同士らしく、好意を言葉にすることもキスをすることだって何度もして来た。
だと言うのに、こうした何気ない彼女の表情や仕草は未だに慣れない。いつでも見惚れてしまう。果たしてそれは慣れてしまってもいいものなのかどうかは分からないが。
ふと、彼女の笑顔を見ていると思いついた事があった。
空いている左手で制服のズボンのポケットから、修学旅行前日に小町から手渡されたあれを取る。
特に何か合図をするでもなく構えて、シャッターを押した。はい、ピーナッツ。
「......何をしているのかしら?」
カシャッとシャッター音がした後、見事に笑顔が消え去り冷たい眼差しを携えてしまった雪ノ下がこちらを向く。
ポケットから取り出したのは何を隠そう、俺が持って来ていた手荷物の一つ、デジカメである。
雪ノ下の笑顔があまりにも綺麗で可愛かったので一枚撮ってみたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
「いや、小町にこれ渡されてな。なんか思い出撮ってこいって」
「だからと言って無許可で撮影していいわけではないでしょう。肖像権って知ってる?」
「悪かったよ。今度からはちゃんと言ってから撮る」
「......別に、私を撮るだけなら許可なんて取らなくても構わないわよ」
少し頬を染めて、雪ノ下はプイッとそっぽを向いてしまった。
ていうか、許可いらないんですね......。まあ言質は取ったしこっからはバンバン撮ってやろう。今日一日でフォルダを雪ノ下だらけにしてやるんだからね!
その後無事に参拝も終え、ついでにお守りも買っていこうという事になった。
それにしても、学業の神を祀っていると言うのに学業成就のお守り以外とか置いといていいのだろうか。ざっと見た感じだと、家内安全だとか無病息災だとか交通安全だとか焼肉定食だとか。まあ色んな種類がある。
「こうして見ると、お守りというのも沢山あるのね」
先程有無を言わさず学業成就と無病息災の小さな招き猫を買った雪ノ下が、並べられたお守りを見てほぉ、と息を吐く。
因みに学業成就が小町へのお土産らしい。無病息災の方は家に飾っておくのかな?
俺も暫くぬぼーっと眺めていたのだが、雪ノ下の視線がある一点から動かなくなってるのに気がついた。
俺もそこを見てみて、絶句する。
視線の先に置いているのは、安産祈願のお守り。
...........................。
反応しづらい......。
これはスルーした方が良いのだろうか。いやまあ別に俺的にもそう言うのは吝かではないと言いますかなんと言いますか。
でもほら、僕たちまだ学生だし。そう言うのはちょっと早いんじゃないかな!
「あー、雪ノ下」
「へっ?」
「取り敢えず学業成就のだけ買ってこうと思うんだが......」
「そ、そうよね。えぇ、ここには小町さんの受験の成功を願って来たのだもの。別にそれで問題ないと思うわ。私も小町さんへのお土産となる招き猫は買ったのだし、それでいいんじゃないかしら」
えらく早口で捲し立てながらも、視線はチラチラとお守りの方へ。
俺は小町のためのお守りと、もう一つ受験とは全く関係ないお守りの二つを買う羽目になってしまった。
************
天満宮を出た後は二人で嵐山を散策したり、千本鳥居で雪ノ下が死に掛けてたりと色んなところを回った。写真もめっちゃ撮った。
基本的には一度目の時に行った場所と同じところだ。別に行く場所考えるのがメンドくさかったとかそんなんではない。
ついでに葉山のメールに書いてあったオススメデートスポットは完全に無視してやった。あいつの言う通りに、と言うのもなんか癪だし。行った先であいつらと出会うとかもっと無理。
そんなこんなでそろそろ太陽も沈むかと言う時間。
俺と雪ノ下は、まるで一度目をなぞるかのように、この場所へ来ていた。
「やはり、見事なものね」
「そうだな」
渡月橋から天龍寺方面へと歩き、その裏手にある竹林の道。
俺の嘘告白によって、俺たちの間に決定的な亀裂が入った場所。
あの時と同じように竹林は天高くどこまでもその背を伸ばし、しかし足元の灯篭は未だ光を灯してはいない。夜になればこれらがライトアップされ、また違った景色を生み出すのだろう。
「ねえ比企谷くん」
名を呼ばれ、隣の彼女の顔を見る。
俺を見つめるその瞳はどこまでも澄んでおり、かつてここであった過去の事など気にも留めていない風だった。
いや、違うのだろう。雪ノ下雪乃は決して過去を無かった事になどしない。それはこの二度目の世界で、必死に足掻いて来たのが何よりの証左となっている。
あの時の間違いを思いつつ、しかしその瞳が見つめるのはここから先の未来だ。
「その、ね。私達、こう言う関係になってから暫く経ったじゃない?」
「まあ、そうだな......」
改めて雪ノ下の方からそう言われるとちょっとむず痒い。けれど決して視線は逸らさず、言葉の続きを促す。
「もう、二ヶ月、経ったのよ。だから、その......」
めいいっぱい頬を紅潮させる雪ノ下を見ていると、何故だか俺の方まで顔が熱くなってくる。
一体何を言うつもりなのかと黙って待っていると、雪ノ下は声を若干裏返しながらも言葉を発した。
「そっ、そろそろ、次に進んでもいいのではないかしらっ......」
「つ、次って......」
次って、まさか、え、まさかの?
いやいやいや、その、雪ノ下さん? あなた自分が何言ってるのか理解してます?
だって好きだって言い合ったわけだし、キスもしたわけだし、その次ってもうあれですよ? お茶の間では決して言えないようなあれですよ? さっき買ったお守りが現実味を帯びちゃいますよ⁉︎
「待て、待て落ち着け落ち着け待て」
「わ、私は落ち着いているわ」
落ち着けと言った俺も、落ち着いていると言った雪ノ下も、決して落ち着いているとは言い難い。
冷静になれ、まずはこの困ったお嬢様を説得するのが先だ。
「いいか雪ノ下。確かに俺たちは付き合いだしてから暫く経ったって言っても未だ二ヶ月だ。それに、今は修学旅行中だろ? そんな中でってのは流石にどうかと思うんだが......」
「寧ろ付き合いだして直ぐが普通だとクラスの子達は......。それに、修学旅行中はチャンスだとも......」
ちょっとー! J組女子諸君は何でそんなにませてるのー⁉︎ 付き合いだして直ぐが普通ってどう考えてもおかしいでしょ。なに、最近のJKはやっぱりみんなビッチだったの?
俺が雪ノ下のクラスメイトのいらぬお節介に本気で頭を悩ませていると、雪ノ下は俺の手を握っている力を強め、こう言った。
「だから、私たちもそろそろ、名前で呼び合うのはどうかしらっ?」
「は?」
まるで一生の恥を告白したかのように顔全体を赤く染める雪ノ下。
それに対して本気で間抜けな面を晒している俺。
えっと、なに。つまり、俺の勘違いという事で、よろしいのでしょうか?
呆気にとられてなにも言えないでいると、それを不安に思ったのか雪ノ下の表情が見る見るうちに翳り出す。
「あっ、ダメ、かしら......?」
「......ダメなんかじゃねぇよ」
こちらを覗き込んで来るその表情を見ていると、拒否するなんて選択肢は浮かんでこなかった。
なんだか一気に全身の力が抜けた気がする。
ただ、名前で呼び合うだけ。それだけの事でここまでしなければならない程不器用な女の子。なんだか、愛おしくて堪らなくなってきた。
今日この場所でこの提案をしたのにも、彼女なりに何か意味があってのことなのだろう。でも、それは彼女だけの決意であり、俺が余計な詮索をするのは違う気がする。
俺がするべきはそんな事ではなく、ただ、彼女の望みを叶えるだけだ。
深く息を吸って、それを吐くと同時に、この世で最も愛おしい人の名前を口にした。
「............雪乃」
「......っ! ふふっ、なにかしら、八幡」
返ってきたのは極上の笑顔と透き通るような声で呼ばれた俺の名前。
ああ、これは恥ずかしいな。恥ずかしいけど、なんだか悪い気はしない。
チラリと周囲に視線をやり、誰もいないことを確認してから、その華奢な体を抱きしめた。
「......好きだ、雪乃。ずっと、ずっとお前のことを好きでいるよ」
「ありがとう。私も、あなたのことを愛してるわ、八幡」
抱き合ったまま小さく口づけを交わす。
こうして不器用な二人は、不器用なりにとても小さな一歩を踏み出し、修学旅行は幕を閉じることとなった。