カワルミライ   作:れーるがん

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愛し愛される、その実感が欲しいから。

 突然だが、雪ノ下雪乃という少女の笑顔について語ろうと思う。

 彼女の笑顔には幾つか種類がある。

 まず、嬉しかったり幸せだったり、そう言った感情の発露としての笑顔。

 俺が一番好きなタイプの笑顔だ。彼女はああ見えて感情表現が豊かであり、ことこのタイプの感情については中々表に出てこないのだが、ここ最近の雪乃はこの類の笑顔をよく見せてくれるようになっていた。めちゃくちゃ可愛いから八幡的にもポイント高い。

 次に、俺を詰る時の笑顔。

 この時の笑顔もまたとてもいい顔をしている。俺を詰ることに喜びを見出している、彼女のSっ気が存分に演出された笑顔だ。可愛らしいのに変わりはないが、その代償として俺の心がやられる。最近は慣れてしまったので自分のドM化が心配である。

 そして、雪のように儚い、壊れそうな笑顔。

 一度目のクリスマスの時に見た、何かを諦めたかのような笑顔だ。正直、あんな雪乃は二度と見たくない。

 最後に、今まさしく浮かべている笑顔。

 

「あら、奇遇ね八幡」

 

 主に怒っている時の、目が笑ってないやつである。

 この笑顔を浮かべた雪乃はマジで怖い。やばい。どれくらいやばいかって言うと、隣に座っている葉山や奥に見える陽乃さんが固まるくらいやばい。

 

「お、おう、奇遇だな雪乃......」

 

 声が裏返りそうになりながらも、なんとか返事をする。折本と仲町の二人は、突然の雪乃の襲来と言う状況に脳が追いついていないのか、ポカンと呆けた表情だ。

 そちらに顔を向けた雪乃は、堂々と言い放った。

 

「初めまして。そこの比企谷八幡の彼女の雪ノ下雪乃です。私の彼氏がなにか粗相を働いてないかしら?」

「え? 彼女って、比企谷の?」

「ええ。それがなにかおかしいかしら?」

 

 信じられないと言った様子の折本。先程映画館の中で見た雪乃の姿と合致したのだろう。

 雪乃は尚も笑顔を浮かべている。そして俺の方を一瞥した後、その笑顔のままで言い放つのだ。

 

「たまたま姉さんと由比ヶ浜さんとこのお店に来ていたら、随分と面白いお話が聞こえてきたものだったから。本当はスルーしようと思っていたのだけれど、つい口を挟んでしまったわ。ごめんなさいね」

「いやー、別に、面白いってことでもないんだけど......」

「ああ、勘違いしないで欲しいのだけれど、あなたが昔八幡に告白されたとか、その辺はどうでもいいのよ。彼の魅力に気がつかず振ったあなたが哀れなだけなのだから。けれど......」

 

 そこで一旦言葉を切り、笑顔をしまう。

 その視線には敵意を込め、ひどく落ち着いた、それでいて冷え切った声色で彼女は言うのだ。

 

「あまり私の大切な人を馬鹿にしないでもらえるかしら? それ以上八幡を侮辱すると言うのなら、どうなっても知らないわよ?」

 

 いつだっただろうか。確か、二度目の川崎の時だ。俺がまだなにも思い出していなくて、けれど雪乃への恋心を自覚したあの時にも、彼女は俺を侮辱するような言葉へ怒りを見せた。

 あの頃はまだなにも思い出していなかったからか、何故彼女がそこまでの怒りを見せるのかイマイチ理解できなかった。

 でも、こう言う関係になってから漸く俺にも理解できる。

 大切な人を、俺にとっては雪乃や由比ヶ浜、一色なんかを侮辱されたら、怒るに決まっている。それが例え誰であれ、だ。

 雪乃の苛烈なまでに敵意を込めた視線と言葉を向けられた二人。仲町は未だ困惑と恐怖が綯い交ぜになったような表情で呆然としているが、折本はその限りではなかった。

 俺を見て、雪乃を見て、そして葉山を見てから奥にいる由比ヶ浜と陽乃さんを見る。

 そうしてまた俺に視線が戻って来たときには、折本には似つかわしくない、随分と穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「そっか、そう言うことか......」

「かおり? どうしたの?」

「なんでもない。行こっか、千佳。修羅場になるとか、流石にウケないし」

「え、ちょっと待ってよ!」

 

 荷物を纏めた折本たちは、飯の代金だけを置いて去って行った。

 彼女のあの表情の意味は分からない。一体俺たちを見て、何を感じたのか。ただ、あの笑みを見る限りは、何か好意的な解釈でもしていたのだろう。

 さて、去って行った折本のことをこれ以上考えても仕方がない。今はこの現状に目を向けなければ。雪乃ははぁ、と溜息を一つ吐いた後、俺に向き直る。

 

「さて、帰るわよ八幡」

「え、帰るってお前......」

「彼女たちも帰ったのだから、もう用はないでしょう?」

「いやそうだけど」

 

 隣の葉山をチラリと見る。こいつに付き合わされた身とは言え、一応は元々の同行者だ。

 しかし葉山はあいも変わらず爽やかな笑みを浮かべて言う。

 

「俺はもう少し陽乃さん達とゆっくりしてるから、ここの代金は俺が払っておくよ。今回付き合ってもらった礼だとでも思ってくれ」

「悪いな」

「いや、いいさ」

 

 お言葉に甘えさせて貰って席を立つ。無言で差し出された手を、羞恥心を押し殺してそっと掴んだ。ヒューヒュー言ってる魔王とかニヤニヤしてるお団子頭とかをスルーして、逃げるように店を出る。

 今日は自転車だから、まずは駐輪場へ向かわなければならない。

 しかし、あの三人を残して来てもいいのだろうか? 葉山と由比ヶ浜だけなら、同じグループだしまだいい。葉山と陽乃さんも問題ないし、由比ヶ浜と陽乃さんの組み合わせでもまあ大丈夫だろう。しかし、三人で、となるとどの様な会話が繰り広げられるのか想像も出来ないし、したくもない。だって三人共通の話題って確実に俺たちじゃん。絶対俺と雪乃の事で会話が盛り上がっちゃうじゃん。

 などと割とどうでもいいことを考えながら駐輪場までの道を歩いていると、不意に握られている右手に力を加えられた。

 

「雪乃?」

 

 名を呼んで隣を見るも、彼女の顔は前を向いたままだ。そのままこちらを見ずに、言葉を発する。

 

「本当は、折本さんとデートなんてして欲しくなかったわ」

 

 彼女の表情はどこか浮かないものだ。今にも俯いてしまいそうで、ともすれば泣き出しそうなほどに。

 

「行かないでって言いたかったけれど、それは私の我儘に過ぎなくて、そんな事を言ってしまったら、またあなたに迷惑を掛けてしまうから......」

 

 確かに、今日のダブルデートに行かなかったら、俺は陽乃さんから何を言われたか分かったもんじゃない。折本や仲町からしたら、俺はお呼びでは無かったかもしれないが、葉山にも迷惑を掛けていただろう。

 でも、雪乃にそう言われたら、俺は行かなかったのも事実だし、実際行きたくなかった。

 

「独占欲が強くて、嫉妬深くて、誰かに愛されたい癖に、誰かを、あなたを愛している実感が欲しい。そんな面倒な女。幻滅したかしら?」

 

 漸く、雪乃と視線が合った。浮かべている笑顔は儚くて壊れそうで、俺が見たくはないと思っていた類のものだった。

 本当に、そんな顔は見たくない。でも彼女にその表情を浮かべさせた原因は俺にあって、だからこそ言うのだ。偽りなき本音を。

 

「さっき、俺のために怒ってくれて、ありがとな」

「......どうして、今その話を?」

「いや、まあ、なんだ。お前が自分の面倒くさいと思ってるところを、俺は別にそうは思わないんだよ。と言うか、全部知ってるし。お前が独占欲強いことも、嫉妬深いことも、愛されてる実感や愛してる実感が欲しいことも。全部。お前も、俺が知ってることくらい知ってるだろ?」

「......まあ、遺憾ながら、ね」

「なら、そう言うところも含めて、お前のことが好きだってのも知ってるはずだ。でも、もし仮に、それでも不安になるんだって言うなら」

 

 ここで言葉を区切って、息を吸う。恥ずかしい事を言ってる自覚はある。その割にはこの後言うセリフがなんでもないものであるのも自覚がある。それでも、言う。

 不必要に長く吐き出して、小さな決意をしてから、続く言葉を紡いだ。

 

「明日、デートしよう」

「......はい?」

 

 予想していたものとはかけ離れた言葉だったからだろうか。先程までの表情はどこへやら。今の雪乃は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。つまりキョトン顔滅茶苦茶可愛い。

 

「あの、どうして今の文脈でそうなるのかしら? 私の話、聞いてた?」

「聞いてた聞いてた。超聞いてたから」

「ならどうしてそうなるの?」

「要はあれだろ? 俺がどれだけお前のこと好きか、お前に分からせたらいいんだろ?」

「......まあ、そうなる、のかしら?」

「だから、明日デートしよう。よく考えてみたら、俺たちってこう言う関係になってからちゃんとしたデートってしたことなかったしさ」

「確かにそうね......」

 

 ワンニャンショーは小町の策略だったし、ららぽーとは由比ヶ浜の誕生日プレゼントのためだし、修学旅行は学校行事だ。

 その修学旅行で、次のステップに進もうと言って名前で呼び合っていると言うのに、そもそも恋人としてのデートという段階を飛ばしていた。

 

「あとは、あれだ。今日の埋め合わせっていうか、まあ、そんな感じだ」

「本当に関係のない話になっているじゃない......」

 

 額に手を当ててアタマイターのポーズ。どうやら、いつもの調子が戻ってきたようで。

 そう思ったのも束の間、雪乃は少しなにかを考える素振りを見せた後、頬を薄く染めてこちらを見た。

 

「その、私からもお願いがあるのだけれど......」

「お、おう。なんだ?」

 

 問ひ返すも、妙に口ごもって中々切り出さないせいで、変に身構えてしまう。なんだろうか、何か変なお願い事でもされるのだろうか。

 

「私は、あなたから愛されている実感が欲しくて、あなたを愛している実感が欲しいの」

「おう」

「それは、あなたも知っている、のよね」

「そうだな」

「なら、その......。今日は、うちに泊まってくれないかしら?」

「......えっ?」

 

 赤面上目遣いとかいうベストマッチの究極コンボで、とんでもない事を口にした。

 それこそ予想外の提案に、俺はなにも言えず固まる。

 雪乃の家に泊まったことはある。文化祭の準備期間中のことだ。だから、ただ泊まってくれとお願いされただけなのだとしたら、まあそれなりに照れたり恥ずかしかったりするが、なにも言えない、なんてことは無かった筈だ。

 つまり、今の雪乃の言い方は、ただ泊まりに行くと言うだけでなく、別の意味も孕んでしまうと言うことで......。

 

「......準備も、覚悟も、出来てるから」

 

 追い討ちのようにそんな言葉を聞かされてしまうと、頷く以外の選択肢は無かった。

 どうやら、デートと言う恋人としての段階をまた飛び越えてしまうらしい。

 




折本がこの場でなにを思ったのかについては、クリスマスで補完する予定です。多分。知らんけど。
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