カワルミライ   作:れーるがん

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結構際どい描写があるので、R-15タグつけました。


溢れてしまいそうな感情の波を、彼女は優しく受け止め包み込む。

 ベッドの上に深々と腰を下ろし、ふぅ、とため息を吐いた。周囲を見回してみるも、内装は以前となんら変わりない。パンさん人形やら猫グッズやらが所狭しと並べられた部屋。

 あの時はママのんあねのんの相手をしなければならなかった故、かなり精神的に磨耗したが、今回は別の要因で精神がやられそうだ。

 晩飯のハンバーグは絶品だった。その後二人で片付けもしたし、その後淹れてくれた紅茶も俺の心を落ち着かせるには十分だった。

 けれど、風呂に入るとなった途端に、この後のことを想像してしまって、俺も雪乃も、明らかに挙動不審だった。ここが外なら一発で警察呼ばれるレベルで。

 お言葉に甘えて一番風呂を頂き、前回と同じスウェットに着替え、部屋で待っていてくれと言われたので、言われた通りに今は雪乃が上がるのを待っている。

 全く心が休まらない。今は紅茶も無く、いや、例えあったとしても、俺の心を落ち着かせる事は出来なかっただろう。

 彼女が風呂から上がった後、その時にどのようなやり取りが交わされたとしても、最終的にはそう言う事になるのだろう。

 触れる事など叶わないと思っていた、彼女の白雪のような柔肌に触れ、想像すら出来ない彼女の女性としての声を聞く。

 俺と雪乃がそうなると言う事が、頭の中でうまく像を結ばない。けれど、そうなるのだろうと言う意味のわからない確信だけはあった。

 うーとかあーとか気持ち悪い声をあげながら悶えていると、部屋の扉が音を立てて開かれた。

 顔を上げたその先には、勿論雪乃が立っていて。

 

「お、お待たせ......」

 

 身体と精神が、止まったかのように錯覚した。

 いや、錯覚などではない。目の前の彼女を見た瞬間、俺の全ては、確かに停止していたのだろう。それ程までに、見惚れてしまった。

 可愛らしい猫の柄が入ったパジャマを着用きた雪乃は、風呂上がりだからか、火照った顔をしている。濡れた瞳は忙しなく泳いでおり、中々視線が合わない。

 俺の視界が映す世界の全てが色褪せたモノクロに見えてしまい、しかしその中で、彼女だけが極彩飾の輝きを放っていた。

 その姿がいつもより色っぽく見えてしまうのはなぜだろうか。問わずとも答えは出ているが。

 

「そ、その、あまり見られると、恥ずかしいのだけれど......」

 

 雪乃の言葉で、漸く時が動き出す。

 色を取り戻した視界の中で雪乃が動き、黙って俺の隣へと腰を下ろした。しっかり俺と密着して、指先を絡めてくる。

 こんな事にも、もう慣れたはずだった。最初はそりゃキョドりっぱなしだったけれど、何度かそう言う距離感で接していると、それが心地よくなっていたはずだった。

 けど、今は煩いくらいに心臓が高鳴っている。それはきっと、隣で顔を薄く染めて俯く雪乃も同じなのだろう。

 

「ねえ、八幡」

 

 先に沈黙を破ったのは雪乃だった。俯いていた顔を上げてこちらに視線を合わせる。

 

「あなたは、いつから私のことが好きなの?」

 

 問われたのは、随分と唐突とも言える内容。少し思考を巡らせてみるも、しかし明確な答えは出てこない。

 

「......いつから、ってのはよく分からん。お前のことが好きだって自覚したのは、二度目の川崎の時だった。でも、もしかしたらそのずっと前から、それこそ一度目の時から、お前のことが好きだったのかもしれない」

 

 そうでも無ければ、記憶を取り戻していない俺がそう簡単にこいつに惚れるわけがない。て言うかなそうじゃないと、なんか中学の二の舞みたいで嫌だ。

 

「お前は?」

「私?」

「お前は、いつから俺のこと好きだったんだ?」

「私も、よく分からないわ。ただ、自覚出来たのは、二度目になってからよ。目が覚めたら一人きりで、誰もいなくて。その時、真っ先に求めたのは由比ヶ浜さんでも一色さんでもなく、あなただった。それまではこの意味のわからない感情に翻弄されていたけれど。でも、あなたの事が好きだって自覚した途端に、なんだか力が湧いてきたの」

 

 ふふっ、とおかしそうに雪乃は微笑む。俺も釣られて頬が緩んでしまう。その表情のまま、雪乃は言葉を続ける。

 

「分かるものだとばかり、思っていたわ」

 

 それは、一度目の時にも聞いた言葉だ。

 けれど、それが纏う意味も、雪乃と俺の心境も全く違っていて。

 

「言葉にしなくても、か?」

「ええ。でも、そんなわけ無いものね」

「当たり前だ。俺とお前は違う人間で、ちょっと似てるとこが多いだけだからな」

「それでも、あの時よりは、あなたのことが分かる。例えば、私のことが大好き、とか」

「......まあ、間違いではないけど」

 

 不意にそんな事を言われてしまえば、恥ずかしいやらなにやらでつい顔を逸らしてしまう。

 今はあの時とは違う。奉仕部の関係性だったり、依頼に対する状況だったり。

 何より、あの時に願ったものが、確かにここにある。

 視線を彼女の方へと戻せば、そこには吸い込まれてしまいそうに錯覚する程の、澄んだ瞳が。

 お互いになにを言うでもなく、とても短い、触れるだけのキスを交わした。たったそれだけで心が満たされてしまう。

 

「好き。好きよ、八幡。もう、どうにかなってしまいそうなくらい、あなたが好き」

「俺も、お前が好きだ」

 

 言葉は酷く不自由だ。自分の気持ちの全てを伝えられないなんて、あまりにもどかしい。

 溢れてしまいそうなこの想いを、どうしても伝えたくて。今度は深く唇を触れ合わせる。まるで貪るように口内へと侵食した舌を、彼女は優しく受け入れてくれて、溶けるように絡まり合う。

 やがて離した口と口の間には淫らなアーチがかかる。彼女の手が俺の頬に添えられ、その顔を真っ赤に染めながら、どこか困ったように笑う。

 

「どうして、泣いているの?」

「えっ?」

 

 ハッとなって、彼女の手が当てられているのとは逆の方の頬に手を当てた。雪乃の言う通り、そこには雫が伝った跡が出来ていて、今も俺の目から静かに涙が流れている。

 

「俺、泣いてるのか......」

 

 どうして、こんなタイミングで涙を流しているのか。訳がわからない。けれど、きっと、この涙は悪いものではない。寧ろ好ましいものなのだろう。

 白く細い雪乃の指が涙を拭ってくれる。それだけで止まるはずもなく。余計に視界がボヤけてしまった気さえする。

 ああ、ダメだ。止まる気配がない。

 

「好きなだけ泣きなさい。全部、私が受け止めてあげる。今流している幸福な涙も、これから流すであろう悲しみの涙も。私が受け皿になってあげるわ」

「雪乃......」

「だから、まずはその涙から受け止めてあげる」

 

 ベッドに倒れていく雪乃に引っ張られ、彼女の上に覆い被さる。

 優しくキスをされた。それに応えるようにして、俺からもキスをする。

 こうして、俺と雪乃は初めて肌を重ねた。

 

 ---涙が、止まれば良かった。

 

 こう言う時は本来男からリードするもので。雪乃も口ではああ言っていたが、不安や恐怖も少なからずあるだろうに。それなのに。

 痛みと快感で震える華奢な体を強く抱きしめ、何度も名前を呼んで、呼ばれて、深く口づけを交わし、彼女と一緒に果てながらも。俺はずっと、みっともなく泣いていた。

 幸せ過ぎる。俺には到底受け止めきれない。

 彼女は俺の憧れだったから。本当の意味での、初恋の相手だったから。俺程度が汚していい存在だなんて、思っていなかったから。

 不安になる時なんて多々あった。本当に俺でいいのかと。こいつならもっと、他にいい男がいるんじゃないかと。

 でも、文化祭で、欲したものに手が届いて。

 修学旅行で、更に距離を縮めて。

 今こうして、一つになることが出来ている。

 こんなに幸福を感じることなんて、これまでの人生でなかったから。その感情を持て余してしまう。

 けれど、それで流した涙を拭うでもなく、止めるでもなく、そっと包み込むように、受け止めてくれるこの子がいるなら。

 

 ---涙が、止まらなくてよかった。

 

 

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